蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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170 敵艦隊迎撃1「Mission Kill」

トラ・トラ・トラ

央暦1970年4月30日

菜戸藩菜戸港 AFS乙月(おとづき)

葦原連邦海軍第一艦隊参謀

江夏”剛明”金二中佐

 

「艦隊参謀、艦橋に入ります!」

 

 地上で繰り広げられた戦闘の支援を終え、補給のため菜戸港に停泊した連邦海軍ミサイル駆逐艦、乙月。

 剛明は第一艦隊各艦の、とりわけ先の戦いにおいて最前線で戦った艦艇の視察を(つぶさ)に行っていた。

 

「お役目、ご苦労様です! 参謀殿!」

 

「見事な指揮でした。乙月乗組員一同、通信機越しに感服しておりました」

 

「そちらこそ、副長までも出迎えとは恐縮です。

この度の旗本の名に恥じぬ働き、誠に大義でした」

 

 乙月艦長並びに副長と敬礼を交わした剛明はブリッジ内部を一瞥した。

 規則通り清掃が行き届いており、戦いの直後にも関わらず乗組員に乱れた様子は皆無。

 

「……戦いの合間にも、きちんと身だしなみは整えているようですね。

その心掛け、栄えある葦原の防人として好ましく思います」

 

「ありがとうございます!」

 

 ご満悦の笑みを浮かべた剛明は窓から菜戸港、続いてその先に広がる市街地へと視線をやる。

 すると、彼の顔が歪んだ。

 

 街には火災が広がり、各所から黒煙が立ち昇っている。

 これは近衛軍の突入に驚いた政府軍が撤退支援のため、市街地へ白燐弾を放ったためだ。

 

 戦闘が終わって2晩経ったというのに、未だ火事が治まらないのだ。

 近衛軍も鎮火のため現地の消防団に協力しているが、効率よく事が運んでいるとは言い難い。

 

「賊軍め、何が新たな葦原だ。余計な真似を……」

 

 果たして、この内戦に費やしたコストでどれほどの富を生むことが出来たのか。

 旧幕府海軍の平時において、江夏家には貿易に関わる勘定の役目があった。

 

 剛明は幕府海軍創設以来、要職を務めていた江夏家の次男として。

 そして、唯一生きて元服を迎えた江夏家の子息として。

 幼少期から海軍軍人としての厳しい教育を受けていた。

 

 だからこそ、いかにこの損失が馬鹿馬鹿しく、無駄なのか骨身(ほねみ)に染みていた。

 葦原は確かに厳しい情勢だが、革命を起こして改善する類の情勢ではないというのに。

 

「参謀。この馬鹿騒ぎ、いい加減終わらせましょう」

 

「当然です。武揚を解放すれば、あとはトントン拍子に……」

 

 剛明が艦長の言葉に頷いた時だった。

 

「空軍の電探車両より報告! 南より複数の機影補足!」

 

 南からの機影、考えるまでもなく敵の空襲。

 剛明が艦長に視線を送ると、彼女は良く通る声でマイクに向けて号令を送った。

 

「総員、警戒態勢! 通信、空軍の戦闘機に通報しろ!

艦長より防空指揮所、速やかに電探始動! 対空警戒を厳となせ!」

 

 号令が艦内に響きわたった直後、乙月艦橋の窓が衝撃で揺れた。

 

 この内戦で慣れ切ってしまった振動。

 遠くからの爆発だ。

 

「電探車両、通信途絶!」

 

 船務科の通信員は冷静かつ素早く報告した。

 空軍から増援としてやって来たレーダー車両からの通信が途絶。

 

「まさか、報告から1分と経たずに……⁈」

 

「乱破の工作か⁉」

 

 副長と艦長が顔を見合わせて相談する中、剛明には確信に近い予測があった。

 

「……いいえ。腕のいい戦闘機乗りが向こうにいるのでしょう」

 

 ブリッジ要員からの視線が一斉に集中した。

 なにせ、彼らには旧幕府海軍時代から続くひとつのトラウマがあった。

 

 播磨型戦艦飛騨の撃沈だ。

 一隻で一国を滅ぼせる力を求められた超兵器。

 それがたったひとつの戦闘機部隊、神機隊によって沈められたのだから。

 

「敵機視認、数3! 南!」

 

 その沈黙は見張り員の叫びにかき消された。

 水しぶきを上げながら海上を疾走する戦闘機が3機。

 

 剛明の予測は確信に変わった。

 

「赤報隊、夷俘海峡の死神……!」

 

 剛明が通信機越しに耳にした名前。

 蒼穹の魔王に匹敵する、神機隊の生き残りだ。

 

「抜描っ、両舷前進一杯!」

 

「抜描始めます!」

 

「ダメですっ、機関始動間に合いませんっ!」

 

 本来ならば隠れるべきところ、剛明は軍人の本能で敵を睨んだ。

 自分を殺さんと武器を向ける相手のその姿を、限界まで分析した。

 眼鏡の矯正された視力で、かろうじてシルエットが見えた。

 

(機体は、RACパニッシュ……主翼上部に兵装はない。

だが、胴体下……これは対空誘導弾か?)

 

 だとしても、戦闘機の武器はまだある。

 敵機の胴体下が煌めいた。

 

「隠れろ!」

 

 指示を飛ばした剛明は自らも床に伏せ、向かって来る砲弾から身を隠した。

 直後、艦橋左舷側を砲弾が貫き、防弾ガラスが砕け散った。

 

 過ぎ去る超音速の衝撃を船体越しに感じつつ、剛明は自分の状態を確かめた。

 視界を垂れた前髪が縦断し、眼鏡のレンズに亀裂が入ったが……少なくとも、四肢は揃っている。

 

 血は……左の掌を染めていた。

 

「ぐっ……」

 

 しかし、少し考えてそれが自分のものではないと気づいた。

 視線をわずかに遠くへやると、頭部のない死体が転がっていた。

 

 30ミリ砲弾が彼の眉間に直撃したのだ。

 その残骸は至る場所に散らばり、剛明の軍服にも貼りついていた。

 

 これが乙月副長だと、軍服の肩章でようやく気づいた。

 

「副長が戦死……! 艦長っ……!」

 

 30ミリ砲弾が至近距離を通過した衝撃波によって、軽い脳震盪を起こしていた。

 朦朧とする意識の中、剛明は乙月艦長の姿を探した。

 

 残念ながら、彼女は背中から赤い花を咲かせていた。

 胸部を貫かれ、心臓と背骨を床にぶちまけているのだ。

 

「艦長っ、副長っ……! さ、参謀っ! 江夏参謀っ!

我々は、どうすれば⁈」

 

 航海士が(すが)るような目で剛明を見た。

 ナンバー1とナンバー2の死。

 

「航海長っ、航海長ッ! 応えてくださいっ!」

 

 それだけではない。

 腕を失ってうずくまる男は航海長、そう呼ばれていた。

 意識がないのは、出血のショックで死んだのかもしれない。

 

 この一瞬で、駆逐艦乙月から意思決定者がいなくなってしまったのだ。

 

「誰かっ、誰か指示をっ!」

 

「先任伍長は! 伍長はどこに⁈」

 

 剛明は、あくまで参謀。

 艦隊に付随してはいるが、現場での指揮は教育こそ受けているが経験はない。

 ましてや、剛明の受けた教育は航空畑だ。

 

 深く息を吸い、呼吸と共に思考を整える。

 艦橋の要員一同は、恐慌の一歩手前にいる。

 

 ここで虚勢を張って維持しなければ、士気は崩壊しかねない。

 

「私は長年幕府に仕えた名門、江夏家だ」

 

 いつもやって来たこと、今さらひとつ増えたところで大差はない。

 自分に言い聞かせながら、剛明は続けた。

 

「私の指揮では不足か?」

 

「とっ、とんでもありませんっ! 参謀、いえっ、艦長っ!」

 

 敬礼する航海士に視線をやると、剛明は乱れた髪を手櫛(てぐし)で整えた。

 

「これより、江夏家の剛明が駆逐艦乙月の指揮を執る!

総員、対空戦闘用意!」

 

「総員、対空戦闘用意!」

 

 警報が鳴り響き、艦内各所でそれぞれの要員が配置に着く。

 剛明も眼鏡の位置を整え、準備を終える。

 

「機関始動完了! 両舷前進一杯!」

 

 すると、艦内全体に蒸気タービンの回る不快な振動が響き渡った。

 唸り声と共に、乙月が前進を始めた。

 

 急加速に艦内が揺れ、重力加速度(G)が乗組員の身体を後ろへ揺らした。

 

()舵20度!」

 

面舵(おぉもかぁじ)! 20(ふたじゅう)度!」

 

 機関始動が済んでいない前方の僚艦を避けるため、剛明は舵を切らせた。

 一杯ではなく、20度。

 航海士は確認するまでもなく復唱、実行したが理由があった。

 

 右に旋回した乙月右舷スレスレを(はしけ)が過ぎ去っていった。

 この船は乙月の補給を担当し、今さっきは僚艦の補給をしていた。

 剛明が確認するまでもなくその存在を知っていたのは、この艀は剛明が乙月乗船に利用した船でもあったためだ。

 

 もし面舵一杯に切っていれば、退避中の艀と衝突していただろう。

 

「戻せ!」

 

(もどぉ)せぇ! ヨーソロー!」

 

 動けない僚艦と艀を回避し、乙月は菜戸港の外へ向かっていく。

 

「あの参謀、やるな。よく見てやがる」

 

 そうこぼしたのは、艦長副長両名戦死の窮状を聞きつけて艦橋へと上がってきた先任伍長……兵卒と士官を取り次ぐことが出来るベテランの下士官である。

 星の数より飯の数という軍隊では、軍歴の長い下士官兵にしか務まらない職務だ。

 

「噂通りの七光りなら海に放り出したが、

これなら問題ないだろう」

 

 剛明に聞こえていると知っているのかいないのか。

 先任伍長は堂々と歩み寄ると、剛明に並んで立った。

 

「乙月先任伍長、如月(きさらぎ)(ひさし)です」

 

「補佐を頼みます。先任伍長」

 

「了解しました」

 

 勝手の分からない参謀よりも、先任伍長相手の方が乗組員も相手がしやすいというもの。

 たちまち艦内の情報が挙がってきた。

 

「電探及び通信に被害!

現在、索敵は目視、通信は発光信号にて僚艦と通信中!」

 

「被害状況は?」

 

「損害箇所は電力ケーブルのみ、復旧は可能との事!」

 

「では、味方の状況は?」

 

「港外、港内の味方艦艇2隻が損傷、被害軽微! 大半が健在!

先ほどの戦闘機は上空で空軍と戦闘中、南の機影はなおも接近中とのこと!」

 

「空軍の部隊は彰義隊ではない……赤報隊相手に、長くはもたない」

 

 あくまで、指揮官として。

 剛明は冷徹に判断を下した。

 

 赤報隊の練度は尋常ではない。

 彰義隊第一中隊、つまり蒼穹の魔王は撃退出来ると言う。

 

 しかし赤報隊の前身、神機隊は幕府空軍の一線級部隊が束になっても勝てなかった相手。

 二線級部隊を格上げした今の連邦空軍一般部隊では勝ちなぞ望めない。

 

 出来ることなど精々、消耗させて撤退を促すことくらいだろう。

 

 南から迫る敵編隊については朗報かもしれない。

 

 機影発見の報告から3分ほどが経過していた。

 だというのに、やけに速度が遅い。

 となれば、赤報隊とは違って現代的なジェット攻撃機ではない。

 

 そう分析した剛明は、少しだけ落ち着く時間を見つけた。

 

「電探と通信機の復旧を急ぐように。

乙月はミサイル駆逐艦、電探がなくては意味がありません」

 

「了解っ!」

 

「こちら機関科、被害なし! 機関過熱前の減速を具申します!」

 

「いいでしょう。両舷、最大戦速まで減速」

 

 乙月はスペック上の最大速力は33(61)ノット(キロ)となっているが、機関一杯……機関に無理をさせれば40(74)ノット(キロ)まで加速できる。

 肝心な時にオーバーヒートを起こして機能不全に陥れば、いい的にしかならない。

 

「砲雷長! 対空兵装の調子はどうか!」

 

「機銃、異常なし! 主砲はFCSが損傷、応急修理中!

誘導弾も電探が復旧次第やれる!」

 

 伝声管越しに、先任伍長が防空指揮所と連絡を取り合った。

 夷俘海峡の死神は文字通り、ミサイル駆逐艦の核を最低限の力で潰してきたのだ。

 

 しかしあくまで、最低限の力。

 機銃掃射だけで戦闘不能になる程、戦闘艦はやわな存在ではない。

 

「僚艦より報告! 敵航空機、間もなく目視圏内に接近します!」

 

「電探、通信の修理はどうか!」

 

「通信間もなく復旧! 電探は交戦まで間に合いません!」

 

 ミサイル駆逐艦の肝である対空兵装は、この空襲には間に合わない。

 あるに越したことはないが、間に合わないものを惜しんでも仕方がない。

 

「お待ちを……主砲射撃管制装置(FCS)が復旧!

主砲の精密射撃可能です!」

 

 ひとつだけ、兵装関連で光明が差した。

 主砲2基の精密射撃が可能になれば、多少は状況がマシになる。

 例え相手が旧式機だとしても、物量を勘定に入れればマシにしかならないが。

 

「艦長、どうします?」

 

 先任伍長の問いに、剛明は迷いなく答えた。

 

「決まっています。面舵一杯、針路南!

敵攻撃機を誘引し、艦隊の被害を低減する!」

 

 乙月の主砲は127ミリ単装速射砲が2基、正面方向を向いている。

 火力を最大限に活かすためには、敵へ向かっていくしかないのだ。

 

 戦時体制であるため、乙月甲板の銃架には20ミリ機関砲が据え付けてある。

 これは人力の照準となるため、戦果は期待できない。

 しかし、敵機の照準を嫌がらせするのに使える。

 

「こちら如月! 砲雷科へ、手の空いてる奴は小銃持って甲板に出ろ!

やる事はわかるな⁉」

 

 剛明と先任伍長は視線を交わし、頷き合う。

 乙月の乗組員一同の腹は決まった。

 

 ミサイル駆逐艦乙月を先頭に、戦闘準備が整った艦艇が南下を始めた。

 乙月以外は皆、ミサイル運用能力を持たない旧式の艦艇ばかり。

 かつて幕府側に着いた藩海軍の出身だ。

 

「こちら松後藩海軍駆逐艦、高砂。乙月、貴艦に追従します」

 

「菜戸藩海軍駆逐艦大洗だ。故郷をこれ以上攻撃させるつもりはない」

 

「北部藩海軍第1水雷戦隊! 魚雷を降ろしてここに来た!」

 

「水雷戦隊……? 魚雷艇がここまで来たのか?」

 

 復旧した通信機からの交信に、剛明は困惑した。

 魚雷艇といえば、ガソリン機関で航行する武装型モーターボート。

 

 その船体は小さく、魚雷2発がなければ20ミリ機銃を積んだ高速艇でしかない。

 それも照準するためのFCSすらない、ただの機関銃だ。

 航空機を相手に、真っ向から戦うような舟艇ではない。

 

「北部藩第1水雷戦隊。名門江夏家として、その忠義に礼を言いましょう」

 

「その言葉、後にとっておいてください!」

 

「……了解した」

 

 互いに生きて帰れる目の少ない戦いだ。

 通信機越しに決意を語り合うと、見張り員が叫んだ。

 

「目標視認! 敵機、キ05戦闘爆撃機(せんばく)

機数……100以上!」

 

「ええ……私の目でも、よく見えています」

 

 央暦1940年代の葦原には空軍の概念がなく、陸海軍の航空隊だけがあった。

 キ05は央暦1945年に設計された陸軍用単発単座のレシプロ戦闘爆撃機である。

 

 葦原単独で開発された最後の戦闘機で、幕府陸軍のみならず各藩陸軍航空隊向けに供与されていた。

 そのため、現在の葦原各地にはこの機体が多数、現役で運用されている。

 

 だとしても数十キロ手前からでも羽虫の如く空に集う姿が見えるこの数。

 在庫処分とでも言いたげな判断である。

 

「やはり、旧式のプロペラ機か……!」

 

 乙月のミサイル運用能力が復旧していれば、この数が捌けるか?

 答えはノーである。

 

 搭載されているSAMはセミアクティブレーダー誘導方式。

 赤外線誘導と違い、イルミネーターで着弾まで誘導を続けなくてはならない。

 そして乙月にはこのイルミネーターが1基しかない。

 

 即ち、一度に1発しか誘導出来ないのだ。

 

 誘導数以前の問題として、3分の1を撃墜する前にSAMが尽きる。

 さらに付け加えるなら、3分の1を撃墜する前に懐に飛び込まれる。

 

 防空網を突破するのに最も適した戦術は、犠牲を顧みない飽和攻撃。

 すなわち、物量での圧倒だ。

 

 これは央暦1940年代から続く基本であり、1970年となった今でも健在だ。

 政府軍は最適な判断を下してきたのだ。

 

 ただし40年代の機体でそれをさせるのは、無能・非人道的の誹りは免れないだろう。

 あるいはの命を一切顧みない、度を越した合理主義か。

 

「なんてこった……向こうの飛行機乗りは、こんな作戦を承服したのか⁈」

 

 先任伍長もこの光景を見て戦慄した。

 自分達を突破した後、彼らは第一艦隊の本隊と交戦することになる。

 

 播磨型戦艦信濃と交戦すれば、三式弾で一網打尽に出来る。

 散開すれば被害は低減できるが、それでも無視は出来ないはず。

 信濃の存在を、彼らは知らされていないのか?

 

「敵機、主砲射程圏に接近!」

 

 時間だ。

 ミサイルはやはり復旧しなかったが、やるだけやるしかない。

 

「主砲、防空指揮所指示の目標! 打ち方はじめ!」

 

「主砲、打ちィ方はじめ!」

 

 剛明の目前で2基の主砲が乱射を始めた。

 それでも1発1発がレーダー照準されている正確な射撃。

 数秒後、時限信管が敵機の目前で炸裂した。

 

 生じた爆炎の中には、無数の鉄片や燃えるゴム。

 鉄片が機体を切り裂き、ゴムが機体を燃やした。

 

 数度の掃射で10機近くが炎上、墜落していった。

 

 だが、敵は墜落する機体の背後から、横から。

 (しかばね)を踏み越えるかの如く前進する。

 

「目標複数撃墜! ですが、迎撃間に合いません!」

 

「これだけやられても、誰一人怯まない……!

政府軍にまだこんな精強がいたとは!」

 

「精強なんてもんじゃねぇ、どうかしてる……!」

 

 空を覆わんばかりの黒点が、距離を縮めるごとに像を結び。

 やがて編隊が2つに分かれた。

 乙月へ向かう編隊と、迂回する編隊の二手に。

 

「敵機直上!」

 

 乙月の真上で、敵機が急降下爆撃の体制に入った。

 新鋭ミサイル駆逐艦とはいえ、現代戦闘艦の基本はアウトレンジ。

 やられる前にやる、というのが前提だ。

 

 現代の艦艇は長年の研究によって、攻撃でもなかなか沈まないように設計されている。

 一方で、戦闘不能になる時はあっという間だ。

 

 この艦内で最も操艦に優れた人間は医務室にいる。

 判断を下せるのは、剛明か先任伍長か。

 

()舵一杯! 右舷前進一杯、左舷前進原速!」

 

 叫んだのは剛明だった。

 

(とぉり)(かぁじ)! 一杯!」

 

「右舷前進一杯、左舷前進原速! よぉし!」

 

 左に目一杯舵を切り、再びエンジンに無理を言わせる。

 速度バランスを崩すことで左に急速回頭し、急降下爆撃の投下先から遠ざかるのだ。

 

 敵が攻撃態勢に入ってから、わずか数秒後のこと。

 

「敵機、爆弾投下!」

 

「総員、衝撃に備え!」

 

 身を屈めた剛明は、右正面から轟く衝撃を確かに感じた。

 直後、艦と一緒に身体が突き上げられた。

 

 爆弾の至近弾が海中で炸裂したのだ。

 この衝撃だけでも、艦にとってダメージになる。

 

「被害状況は!」

 

「第一分隊員が数名滑落! 他被害なし!

戦闘、航行に支障なし!」

 

 第一分隊とは、要するに砲雷科である。

 その中でも対空火器などを直接運用する要員だ。

 

 艦が揺れた衝撃で、海に放り出されたのだ。

 平時ならば救助艇を出して助け上げ、アホマヌケと罵るのだが……

 戦闘中に助けを出す余力はなかった。

 

「座標を記録しなさい。戦闘終了後、捜索する」

 

「了解しました!」

 

 仮にも戦闘態勢であったため、皆がヘルメットと救命胴衣を身に着けている。

 別の衝撃を受けていなければ、漂流しているところを見つけられる可能性はある。

 

 誰かが落ちても、戦闘は続く。

 

 主砲や銃架の機銃だけでなく、小銃を抱えた砲雷科が周囲を取り囲む敵機に曳光弾を打ち上げる。

 とにかく、適当な狙いで爆弾を落として帰ってくれ。

 そう願いながら、引き金を引く。

 

「艦長! 駆逐艦高砂が!」

 

 見張り員の報告に、剛明は危険を承知でブリッジの外へ。

 彼らの視線の先には乙月に追従していた、駆逐艦高砂の姿が。

 ハエのように無数の敵機がたかり、機銃掃射や爆弾を受けていた。

 

 高砂はミサイル駆逐艦ではない、1940年代に建造された旧式艦だ。

 乙月のような現代的なFCSはなく、主砲も目視照準だ。

 その差が迎撃率と命運を分けたのだろう。

 

 高砂直上を降下する敵機が、剛明の目に留まった。

 これは、直撃する!

 

「高砂に通達……!」

 

 間に合うわけがなかった。

 既に投下コースに入っていた敵機は高砂のど真ん中目掛けて爆弾を落とした。

 

 まるで意思を持っているかのように爆弾は船体中央に向かって降下し……

 煙突の中へ飛び込むかのように落ちた。

 終わりだ。

 

 数秒と経たぬうちに、高砂は艦内で爆発を起こした。

 

「高砂被弾……! 轟沈ッ!」

 

 文字通り、真っ二つだ。

 唸りを上げながら生き延びた乗組員を道連れに、一直線に水底へと沈んでいく。

 判断を一歩間違えれば、乙月もこうなっていた可能性があった。

 

「艦長っ、艦内に戻れ! また来るぞ!」

 

 先任伍長の声に、剛明はまたブリッジの中へ引っ込んだ。

 そう、ここは安全地帯ではない。

 

 この戦いに付き従ってくれた旧式艦と比べて、僅かばかり生存率が上なだけだ。

 この海にいる誰もが、数秒後に死んでいても不思議ではないのだ。

 

「こちら第1水雷戦隊、攻撃により沈没多数!」

 

 駆逐艦が轟沈するような猛攻。

 魚雷艇に耐えられるはずがない。

 

「我々ももう保たない! 乙月へ、武運を!」

 

 第1水雷戦隊からの声が最後まで届くことはなかった。

 爆弾を落とされるまでもなく、機銃掃射でやられたのだ。

 

「味方艦、残るは大洗のみ!」

 

「大洗、被害状況を報告せよ!」

 

「至近弾により重度の浸水! 乙月、我々が落伍するようなら置いて行け!

既に艦隊行動は困難な状況だ!」

 

 彼らの状況は外に出るまでもなく、窓から見ることが出来た。

 剛明の視力でも、大洗は大きく右舷側に傾斜しているのがわかった。

 大破の一歩手前、といったところか。

 

「第一分隊より報告っ! 電探復旧!」

 

「来たか……!」

 

 艦のコンソールに視線をやると、確かにレーダー画面に索敵状況が表示されていた。

 これならば、ミサイルを用いた攻撃が出来る。

 

「砲雷科へ! 目標は任せます、全火力を投射しなさい!

優先目標は我が艦ならびに、本隊へ向かう敵機!」

 

「了解! 艦対空誘導弾、発射始め!」

 

 後甲板のSAM発射機が遂に動きを見せた。

 白煙と共にミサイルを打ち上げ、南から向かってくる敵編隊へ飛翔する。

 

 身重のプロペラ機相手に、レーダー誘導のSAMが外れるはずがなかった。

 射程圏の懐に入られながらも、砲雷長の判断により強引に発射。

 

 信管の安全装置が作動し、炸裂はしなかったが……

 ミサイル本体が持つ質量と速度が敵機の主翼を切り裂いた。

 

 主翼を失った敵機は制御を失い墜落。

 凄まじいのはここからだった。

 

 航空機との衝突を想定していないミサイルも制御不能となり、間もなく自爆した。

 この自爆した際の破片が、後続の敵機に当たったのだ。

 

「うっし、誘導弾命中! 2機撃墜!」

 

「そのくらいやってもらわねば」

 

 極限状態の連続で、剛明他乙月乗組員の感覚は狂っていた。

 回頭しながら主砲を乱射し、戦果を確認するまでもなく次の標的に狙いをつける。

 

「こちら機関科! タービンが焼け付くっ、減速を!」

 

「もう少し耐えなさい。さもなくば被弾するっ!」

 

 加速と減速、それも極端な加減速を繰り返しているため、タービンは限界寸前であった。

 では、艦を労って加減するべきか?

 この状況では敵を喜ばせるだけだ。

 

「敵機、撃墜数32! 33!」

 

「数ばかり数えてないで、状況を報告せよ!」

 

 極度の興奮状態によってトランス状態に入りつつあった通信士の後頭部を叩くことで、剛明は彼をこちらの世界に呼び戻した。

 その時の事だった。

 

 北から陽が差し込んだ。

 馬鹿なことを言っているようだが、彼らはそう錯覚した。

 直後、世界が揺れた。

 

 わかりきっている。

 信濃が三式弾を撃って、敵編隊を消し飛ばしたのだ。

 

「戦艦信濃が主砲発砲! 本隊へ向かう敵編隊、約半数が消滅!」

 

「撃ったのは1発か?」

 

「はい、1発のみの模様!」

 

「これが……播磨型、三式弾の力か……!」

 

 先任伍長は2つ目の太陽を目の当たりにして戦慄した。

 

 同じ幕府海軍出身でも、三式弾の威力を直接目にする機会はそう多くない。

 座学で試射の様子をビデオ鑑賞する事はあっても、実際に目にする事を許されないのだ。

 剛明ですら、試験射撃の様子を一度視察する機会を許されたきりであった。

 

「三式弾、スゲェ……!」

 

「これがあれば政府軍……いや、世界も獲れるんじゃないのか?」

 

 三式弾の露出を最低限に抑えられている理由。

 それもまた、座学で教え込まれていた。

 

 まさしく、水兵たちが話しているように錯覚してしまうのだ。

 たかが大爆発を起こす程度で、天下を統べる力があるのではないかと。

 そういう、危険な錯覚を。

 

「三式弾はあくまで、ただの爆発を起こす兵器に過ぎません」

 

 水を差すような剛明の言葉に、ブリッジ中の視線が集まった。

 

「そんなもので産めるのは、ただの穴ぼこばかり。

あなた達は穴だらけになった土地を奪って喜べるのですか?」

 

 というのが、三式弾だけで天下は獲れないという理由だ。

 三式弾で街は破壊出来ても、目標は選べない。

 

 こんなものを使うとしたら、街ごと吹き飛ばすしかない。

 必要になるなら終末戦争か、あるいは焦土作戦か。

 

 極端すぎて、三式弾は使いづらいのだ。

 

「なるほど……」

 

「さすが、江夏家の参謀殿」

 

「ふふん……!」

 

 露骨におだてられた剛明だが、本人は気をよくした。

 が、その直後に奇妙な頭痛を感じた。

 

(なんだ、この頭の奥に響く頭痛は……?)

 

 悶絶するほどではなく、思考が乱れるほどでもない。

 ただ、じんわりと不快な頭痛が脳裏に走った。

 

「艦長、平気ですか?」

 

「ええ、問題ありません」

 

 先任伍長の問いに頷いた、その直後だった。

 

「艦長! 伍長! 敵編隊、我が艦より離れていきます……」

 

「なに?」

 

 想定外の報告を聞いた剛明と先任伍長は、レーダーのコンソールを覗き込んだ。

 波状攻撃のために乙月周辺を周回していた敵編隊は、確かに離脱を始めていた。

 

 南ではなく、北に。

 

「俺たちより信濃が優先ってわけか」

 

「舐めた真似を……砲雷科!」

 

「了解! 敵の背中を狙います!」

 

 こうなれば、SAMの独壇場だ。

 ミサイルが打ち上げられたそばから撃墜し、装填が済み次第、再び打ち上げられる。

 その度に敵が死ぬ。

 

「艦対空誘導弾、残弾ありません!」

 

「結構。奴らの頭数も、相当減らせたでしょう」

 

 砲雷科からの報告に頷いた剛明は、ブリッジから北の方角を見た。

 水平線の辺りから小さな黒煙が立ち上り、わずかな光の煌めきが感じられた。

 

 周囲を飛んでいた敵機も完全に消え失せ、状況は安定していた。

 

「……これより、駆逐艦大洗乗組員をはじめとした救助に移る。

引き続き、対空警戒は厳となすように」

 

「了解しました!」

 

 この攻撃、レーダーサイトまで攻撃しておいて旧式機を雑に使うだけとは思えない。

 きっとこれは、第二波が来る。

 

 今回は凌げたが、果たして次はどうなるか。

 答えの出ない問いを頭の片隅に放り投げ、剛明は大破横転しつつある大洗へ視線をやった。

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