蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
「Catastrophic Kill」
央暦1970年4月30日
果ての海 菜戸藩沖
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
「敵艦隊、針路変えず! 真っ直ぐ向かって来ます!」
「殴り合いになるな。対艦戦闘用意!」
彰義隊の先制攻撃により防空能力を喪失したうえ、前衛艦隊が壊滅した敵艦隊だが、艦隊決戦に躊躇いはなかった。
未だ真っ直ぐ北上し、連邦海軍第一艦隊と正面からぶつかる動きを見せていた。
「フツノミタマ、敵航空部隊は?」
「新選組と交戦、撃退されました!
現在、敵航空機の機影は認められません!」
ならば、横槍を入れられる心配はない。
艦隊に対する爆撃に全力を注げるわけだ。
「了解……みんな、敵機の心配はいらない。
デカブツに爆弾を投げつけてやろう」
「了解です」
「ああ……必ずや、播磨型の
「まさか、古き良き超兵器とやり合うことになるとはな……」
「ボス、怖いの?」
「怖いというか、ゲームじゃこういうの相手にする戦闘機は大抵
あんまり気分は乗らないな」
そんな戦いでは、確かに空母とその艦載機は雑魚散らしにしか使えない事が多い。
「知らないのか? 咬み傷って放置すると、普通に死ねるんだぜ?
……この世界だと、治癒魔法とかで治しちゃうみたいだけど」
動物の牙、とりわけ肉食の遺伝子を持つ牙は深く食い込む構造に進化している。
見た目以上に傷は深くなり、さらに唾液や歯に棲みつく生物由来の細菌が身体の奥深くに解き放たれる。
なので、たとえ小型犬や家猫でも出血するほど噛まれた時は、迷いなく病院へ行くべきなのだ。
さもなくば噛まれた後がとんでもなく腫れたり、場合によっては感染症で死に至るのだ。
狂犬病は死に至る感染症の筆頭だが、感染症は狂犬病以外にも無数に存在し、それぞれが人を死に追いやるものだ。
「死に至る咬み傷……そういえば昔話した猟師も、
動物に噛まれた際は絶対に放置しないと聞きました」
竜司の過去をチェイスは詳しく知らない。
しかし葦原の穢れ信仰と生まれである無頼集落を思えば───
彼女に猟師と交流があっても、不思議ではないだろう。
「なら
「ペンギンは丸呑みだろ?」
それはさておき、ペンギン隊は味方艦隊の東を通過する予定である。
正面切った砲撃戦に突入する直前、敵艦隊に突入して播磨型に大打撃を与えるのだ。
しかし現代戦には、その前のフェーズがあった。
「各艦へ、誘導弾装填せよ!」
「目標、ロックオン!」
「誘導弾、発射始め!」
連邦海軍のミサイル艦がミサイルを発射した。
このミサイルは大半がSAMを対艦転用したもの───
つまり、艦艇に対空ミサイルを撃っている。
細かいことを言えば、対艦用途品は直撃信管に変えてブースター用推進剤を減らしたものとなる。
艦艇は戦闘機と比べて動きが遅いため近接信管は要らず、加速する時間も短く済むためだ。
軽量化された分、破壊力のため炸薬を充填しているわけだ。
それでもやはり、威力は艦砲に遠く及ばない。
甲板上の人員を死傷させ、兵装を破壊して敵戦闘能力を低減させるのがこの攻撃の主目的となる。
ミサイル搭載艦には防空だけでなく、対艦戦闘においても重大な役割があるのだ。
艦艇が放ったミサイルは白線を海に残し、飛翔する。
マッハ3に達する攻撃において、驚いている時間はほとんどない。
白線が消えた直後、南の洋上で無数の爆発が起きた。
「誘導弾、命中確認!」
「効果は?」
「駆逐艦と巡洋艦に複数着弾……」
すると、敵艦隊の中で大爆発が起きた。
「うち駆逐艦1隻。魚雷に誘爆、轟沈!
播磨型をはじめとした戦艦にも複数着弾。効果なし!」
「まずまずの戦果だな……」
魚雷。
現代戦において、水上戦闘艦における魚雷とは対潜水艦用の短魚雷を表す。
最低限の破壊力しか持たない、低威力短射程の小さな魚雷だ。
一方、この世界の対水上戦闘では魚雷は艦艇を沈めるための兵器として現役である。
短魚雷に対する長魚雷であり、その破壊力は駆逐艦が戦艦を沈める事さえある。
これがミサイル攻撃で誘爆したのだ。
その駆逐艦は真っ二つに折れて沈んでいた。
「ペンギン隊、増槽投棄! ライトターン・ナウ!」
海戦の常と覚悟していたであろうとは言え、混乱は間違いなく生じる。
そこへ飛び込むのだ。
チェイスの号令と共に、ペンギン隊は海面スレスレで右旋回。
敵艦隊の右側からアプローチを始めた。
《見張り員より報告! 東西両側より敵戦闘機接近!》
西側からは同じく、オメガ隊がアプローチしていた。
薩摩と肥前、両方の播磨型を同時に叩くのだ。
《なに⁈ 電探で見つからなかったのか⁈》
《超低空からの接近です!
現状機能している艦艇の電探では捕捉出来ません!》
《混乱に乗じて攻めるつもりか……
総員、対空戦闘用意! 対艦戦闘と並行して行う!》
目標は播磨型戦艦、薩摩の横腹。
そこへ
手動照準以外に迎撃手段を持たない播磨型ならば、先の戦闘と比べれば危険性は下がる。
素早く接近し、さっさと逃げるに───
「誘導弾!」
大助の警告に、ペンギン隊は反射的に爆撃ルートから離脱した。
直後、彼らの真下をミサイルがすり抜けて海面に着水した。
単なるミサイルではない。
カウンターメジャーを放出するまでもなく回避出来てしまった。
いや───シーカーが速度に対応出来ていなかった?
そんな疑念が湧くほどの、超高速ミサイルだ。
「今の攻撃は⁈」
「
南───左手側にチェイスは視線をやる。
すると、4つの黒い点が海面近くで水飛沫を撒き散らしていた。
「こちらフツノミタマ、高度
速い……! 速度、推定マッハ3!」
「マッハ3⁈ ミサイル並みだぞ⁉︎」
しかし誤報ではなかった。
敵機の黒点が瞬く間に大きくなり、チェイス達のすぐ背後を通過した。
その後も敵編隊は右に旋回し、後方を取るルートを見せた。
「くそっ、見えない……チェイス、見えたか⁈」
見た。
猛烈な勢いで過ぎ去るシルエットを、チェイスは確かに見た。
それも、見覚えのあるシルエットだった。
「MIG-31⁈」
「なら違うっ、この世界にはない!
F-155! 単座の迎撃機、MIG-25っぽい奴だ!」
そう、現実の機体とは全く関係がない。
F-155、クルーヴィナ連邦の超音速戦闘機。
超大型高出力エンジンを2つ持ち、その最高速度はマッハ3。
高高度から超高速で接近して、ミサイルを撃ち下ろすための機体だ。
「しかし奴ら、ベレンコより低空飛んでたぞ!」
「明らかに手慣れた凄腕ってわけか!」
先の中洲作戦に現れたF-24といい、どうやらク連は本格的に政府軍に肩入れを始めたようだ。
エラの話では、ク連自体は極東大戦に中立的な姿勢を示しているらしいが───
「介入に宣言しなきゃいけないルールないしな!」
そういう事だ。
どうやら、クルーヴィナ連邦が我々の敵に加わったらしい。
「ペンギン2、爆装投棄します!」
「ぺんぎん4、爆装投棄」
突如竜司と大助が爆弾を捨て、編隊を離脱した。
意図は理解出来る。
彼女らの搭乗する機体に2000ポンド爆弾は搭載出来ない。
播磨型に接近出来たとして、必ずしも有効打を与えられるとは限らないのだ。
ならば爆弾を投棄して身軽になり、2000ポンド搭載機を守るため敵迎撃機と交戦した方がいい。
独自にそう判断したのだろう。
「ペンギン2、4! 一体何を……!」
「いやボス、これでいい! 竜司ちゃん、大助! 後ろは頼む!」
「はいっ!」
「任せろ」
「ボス、俺たちは超兵器を仕留めよう!」
「……ああ、頼むぞ。隊長」
チェイスとボスは編隊を組み直し、爆撃コースに復帰した。
薩摩の防空火器はチェイス達の機影がよく見えていないのか、ずっと手前で炸裂したかと思えば、既に通り過ぎたところで炸裂した。
時限信管の設定が雑なのだろう。
さらに曳光弾を見るに、照準もうまくいっていない。
その射撃精度は荒く見えた。
《あいつら、距離感が掴めない!》
《塗装の問題だ、人間の距離感を狂わせるように描かれてる!》
どんな状況でも照準器の狙う先に当たるゲームと違って、現実の射撃は難しい。
振動や緊張などの精神状態によって、目安が狂うためだ。
この目安が正常でなければ、合っているように見える照準でも当たる先は明後日の方向。
先のミサイル攻撃による精神的な動揺と、最大戦速で前進する物理的な動揺。
これにより、誰もが思ったように操作出来ていないのだ。
それでも、距離が縮めばそれだけ狙いやすくなる。
「……っと!」
危機感を感じたチェイスは咄嗟に機体を上昇させ、砲弾の炸裂を回避した。
すぐに復帰可能な程度の、僅かな機動が命運を左右する。
幸いにも、誰も欠ける事なく旅路が終わろうとしていた。
「投下用意!」
チェイスは号令と共にFCSを操作し、爆弾の投下を用意する。
その時、ミラーに黒い影が映ったのを見逃さなかった。
「チェイス殿っ! 敵1機、迫っています!」
「爆撃続行!」
ミサイルがある分は、この海戦は連邦海軍が優勢だ。
しかし、それ以外の面では劣勢というより他ない。
播磨型戦艦2隻、50センチ砲計6基の破壊力が多少の優位を押し返してしまうのだ。
小手先で有利になっても、真っ向勝負の砲撃戦において圧倒的優位に立つのは、政府海軍である点に変わりはないのだ。
その優位を、少しでも崩さなければ負ける。
逃げるわけにはいかないのだ。
「敵機、誘導弾発射!」
「爆弾投下! ディフェンシブ!」
全4発の爆弾を投棄するのと同時に、チェイスはカウンターメジャー放出ボタンを押した。
すぐに機体はあの軽やかな機動を取り戻したと確信した。
急加速したF-2に無理を言わせ、フレアを撒きながらくるりと薩摩の上部構造物を沿うようにバレルロールさせた。
直後、巨大戦艦に7つの爆発が生じた。
チェイスの狙いは船体中央部分の巨大な煙突。
そこ目掛けて4つの大型爆弾を投げつけたのだ。
ボスはチェイスの少し右を飛んでいた。
当たったとすれば、前艦橋。
その戦果は明白。
戦艦薩摩の姿が、真っ黒な黒煙に覆い尽くされたのだ。
《くそっ、この爆発は900キロか! 被害報せ!》
《被害報告! 煙突が大破っ、排気が逆流し機関が損傷ッ! 航行不能!》
《何だと……⁈ くそっ、ブリッジはなんと言ってる!》
《第一艦橋をはじめ、ブリッジ各部から応答ありません!
爆弾が直撃したと思われます!》
爆弾を投げ捨て、身軽になったのならばやることはひとつ。
排煙に包まれた薩摩に背を向け、チェイスは再び東へ向かった。
「ボス、生きてる⁈」
「艦首方向に退避してた! 今合流する!」
竜司と大助が敵と対峙する空へ。
「こちらペンギン1、3。ふたりとも、今行く!」
東の空へ視線をやると、線を引く軌跡が絡み合っていた。
ひとつは速度差に振り回されながらも、しがみ付く軌跡。
もうひとつは速度差こそ小さいが、絶妙な速度調整と旋回によって攻撃距離まで迫れない軌跡。
双方の共通点は、どちらも迂回して背後を狙う機体がいることだ。
相手は直線番長とも
一撃離脱を前提とした設計の機体が格闘戦に付き合うとすれば───
それは敵を確実に倒すための罠だ。
「ふたりとも、後方に敵機! 食らいつこうとしてる!」
「ちぃっ、離脱する!」
大助は助言に耳を貸すと、素早く機体を翻した。
しかし───
「大丈夫ですっ。撃たれる前に……」
その時、竜司の背後のコントロールゾーンに敵のF-115が入り込んだ。
竜司が追っていた敵機もそれに伴い、機動を緩めた。
「もらった……!」
「竜司、ブレイク! 罠だ!」
先に撃ったのは敵機の方だった。
超音速の中でミサイルが放たれる。
「ぐ、うっ……!」
彼女の反応は僅かに遅れたものの、直撃だけは避けた。
しかし、至近距離で爆炎を受けた。
「竜司、被害状況!」
「……右エレボン破損ッ!」
オロールは
ひとつにふたつの機能を集約しているのだから、無くした時のダメージは大きい。
「脱出を!」
「ここでの脱出は死も同然ですっ! 可能な限り、連邦領近くで脱出します!」
それも、そうだ。
脱出するのはいいが、その後生きて帰れなければ意味がない。
「チェイスっ、竜司の離脱支援だっ。やるぞ!」
「ああ!」
目的は決まった。
まずは竜司を狙う敵機を捌き、続いて残りを撃墜する。
最高速度マッハ3。
その域にF-2では至れない。
しかし、加速性能に関しては軽量なF-2に分があった。
最大出力で迫り、辛うじて飛行を続ける竜司を狙うF-115の背後を狙った。
「チェイス、オフボアサイト攻撃だ!
それで奴らの不意を突け!」
オフボアサイト攻撃。
陽光含めてこの世界のSRMは熱源誘導だが、誤射を避けるため捕捉範囲は正面角度の極めて小さい範囲に制限されている。
しかし、F-2にはシーカーを改造して広範囲に捕捉可能な陽光が積まれている。
今も翼端の陽光2発はその改造品だ。
フツノミタマの次郎からは、未熟な技術による不安定な代物だと使用を禁止されていたが───
上90度のような、極端な角度ではない。
「HMD起動!」
シーカーとヘルメットのセンサーを連動させ、斜め上方向にいる敵機を睨む。
通常ならば捕捉不能の角度だが、シーカーのノイズ音がロックオンを伝えた。
「トーン安定、FOX2!」
旋回の途中に放つと、間違いなくミサイルは敵機の背中に向けて走り出した。
そして、炸裂した。
「ダメだ! あのポンコツ、炸裂が遠すぎる!」
被弾したF-115は左エンジンから黒煙を吐いたものの、撃墜には至らなかった。
やはり元来の設計にない無理をさせている以上、不具合は避けられない。
近接信管の作動が早過ぎたせいで、致命的なダメージを与えられなかったのだ。
とはいえ、目的の達成には十分なダメージだった。
「竜司ちゃん、離脱を!」
「ぐっ……チェイス殿っ。申し訳ありません」
「帰ってから続きを聞くよ。ボス、竜司ちゃんの援護を!」
「ああ、任せろ」
ボスが編隊を離脱し、竜司の守りについた。
これで彼女に関しては一安心。
問題は、4機───
いや、1機、離脱を始めた。
ク連の最新鋭機3機が相手になるのだ。
「ちぇいす、奴らの速度は尋常でない。
だが加速に関してはまだこちらに分がある!」
「大助も気付いた? 奴らは推力お化け、だけど身重だ。
それを意識して戦おう」
敵機は編隊を組み、一方でチェイスと大助は散開していた。
まずは合流して連携するべきか?
いや、それはあまりにも常道すぎる。
向こうもそれは織り込み済みで行動するだろう───
常道では数的優位にある側が強い。
ならば、奇道で対抗するしかない。
「敵艦隊、主砲射程圏内に接近!」
「こちら第一艦隊信濃。艦隊各艦へ、各々の判断で発砲せよ!
我が艦は同じ播磨型を狙う!
目標、戦艦肥前! 主砲、打ちィ方始め!」
「打ち方始め!」
「発砲!」
遠くから爆音が轟き、マズルブラストが煌めいた。
第一艦隊の播磨型戦艦、信濃が敵艦隊を主砲の照準に捉えたのだ。
「次弾装填、止まるな! ……よし、薩摩は航空攻撃で航行不能に陥っている!
皆の者、勝機はある! 奮戦せよ!」
敵と自分の優位の差。
最高速や上昇能力など色々あるだろうが───
「大助、
「雲を使うか。相分かった」
今の天候は晴れ時々雨。
上空6500フィートには、ところどころに雨雲の姿があった。
「フツノミタマ! 敵影から目を離さないでくれ!」
「了解しました!」
チェイスと大助は編隊を組まないまま上昇を始め、雲のある6500フィートまで上昇。
敵編隊もこの戦いに付き合うつもりらしく、2つと1つに別れてその後を追ってきた。
戦力配分はチェイスに2、大助に1である。
《こちら肥前、信濃主砲と思わしき攻撃が被弾!
薩摩っ、一体何をやっている⁈》
《こちら薩摩予備指揮所、煙突に被弾し機関が損傷、航行不能です!》
《予備指揮所だと? 第一艦橋の艦長はどうした!》
《前艦橋に被弾、第一艦橋をはじめとした前艦橋とは通信が途絶しています!》
《なんて事だ……魔王め!》
目的の高度まで辿り着くと、一切の障害物のない空に遮蔽物が現れる。
水分をたっぷりと含んだ、雨雲である。
「ペンギン1、敵2機が追跡中! 真っ直ぐ飛ぶと狙われます!」
「ああ、だよね!」
敵の黒点が何度もミラーを横切る。
内側の死角に入り込まれるよりずっとマシだが、追尾を続けられるほどによく動ける。
ピーキーな機体をここまで扱いこなすのだ、よほどの腕利きが集められた部隊のようだ。
「ペンギン4、まだ振り切れていません!」
「ああ……わかっている!」
大助の駆るYP-27は単発の高速機だが、向こうは双発の高速機。
加速に分があると言えど、やはり背後を取られたままでは厳しい。
小さな雨雲を中心とした螺旋を描くように、2つの軌跡が交わり合った。
RWRに敵AWACSらしきレーダー反応はない。
奴らには、目前の敵を見据える目しかないのだ。
それでも見失わず、チェイスを追い続けている。
「腕はあるな、認めよう……じゃあ今度は、度胸を見てやるか!」
データリンクで受け取ったレーダーの情報を睨むと───
チェイスは雨雲に飛び込んだ。
「ペンギン1、反応消失!」
「なにっ……⁈」
「違いますっ、雲に飛び込んだんです!」
「その通りっ。大助、そのまま出来るだけ飛行を続けてくれ!」
敵から逃げる都合上、そう簡単にはいかないだろうが───
刺されば状況は逆転する。
計器とレーダーの情報を頼りに、チェイスは視界0の世界を飛んだ。
問題ない、このままならば───
「大助、攻撃の用意! 俺の後ろだ!」
雲を出る直前、チェイスは警告した。
相手は凄腕、雲へ逃げ込まれるくらいは読むだろう。
そして振り切ったところで大助を追う敵機の背後に出て合流。
そんな展開も。
もちろん、この目論見全部が外れてうっかり大助の前に出てしまう可能性もあり得る。
これら全部織り込んで行動する。
だから中途半端に外してやるのだ。
チェイスが雲を出たのは、大助の目前。
風防越しにふたりは視線を交わし、過ぎ去る。
もう一組が雲から飛び出したのは、2秒と経たない合間だった。
「撃つ!」
YP-27の20ミリが掃射され、F-115の左主翼を薙いだ。
一列に穴を開けられた翼は、損傷と音速に近い速度の負荷に耐えきれずに分断された。
直後、風防が飛んでパイロットが打ち出された。
撃墜。
高速飛行で培われた反射神経を持つ大助にしか出来ない早業だ。
「ペンギン4、敵機撃墜!」
「ナイスキル! 大助、支援する!」
「ああ!」
これで2対2、同数だ。
チェイスは大助と反対の方向へ旋回を始め、時計回りの要領で雨雲の外周を旋回した。
相方を失った敵機は、追跡を続けている。
心なしか、その姿は報復に燃えているように見えた。
「悪いな。でも、やり合ってるのはお互い様だろ?」
チェイスはあえて旋回中に出力を必要以上に緩め、ミスを演出した。
F-2はフライバイワイヤ制御されており、旋回での減速が最小限に留まるようになっている。
向こうは───恐らく知らない情報だが。
どんな凄腕でも、冷静さを欠けばその判断に曇りが生じる。
冷静さを欠いた人間は、相手のミスに気付くと食いつきたくなってしまう。
この判断最大の問題は、相手がどう考えているのかわからない点だ。
「そこは賭けになるな……!」
他に手がなければ、そうするしかないな。
チェイスは張っていた伏線を回収すべく、緩やかに降下した状態で旋回をやめた。
エネルギー保持に失敗し、失速寸前になればどうするか?
速度を回復させるために加速しなくてはならない。
もし敵が見せたら、それは最大のチャンスだ。
敵はすぐに加速し、喰らい付いてきた。
賭けの勝利だ。
相手はオーグメンターを炊いて最大出力で迫った。
もちろん、これはチェイスが同じくオーグメンターで加速することを見越しての判断。
ここで減速するなど、思ってもいない。
「ペンギン1、誘導弾です!」
「さあ、2度目の賭けだ! アシストオフ!」
カウンターメジャーを投下し、フライバイワイヤを停止。
推力偏向ノズルを駆使した
前進せず、上昇降下もしない。
機首を真上に向けて空中で静止するコブラ機動だ。
これはあくまで、自分を中心とした視点の理解だ。
第三者から見れば、機体全体をエアブレーキとした驚異的な減速となる。
そして熱しか見えないミサイルからすれば───急に妙な熱源が現れたように見える。
フレアの方へ集中するのは、無理のない話だろう。
F-115の放ったミサイルはチェイスの真後ろ、世界から見て真下を過ぎ去っていった。
「ペンギン1、誘導弾を回避!」
ミサイルの直後、例のF-115はすぐ左を過ぎ去っていった。
これまた風防越しに、そのパイロットと視線が合った。
ヘルメットとマスク越しでその表情は伺えなかったが───
その内心は、なんとなくわかった。
すぐにチェイスはフライバイワイヤのアシストを再起動し、操縦桿を奥へ倒した。
マイナスGが身体を押し上げ、血流が脳髄に押し込まれた。
眼球の毛細血管が破裂し、視界が真っ赤に染まる。
それでも、慌てて回避機動を始める敵機のエンジンノズルは視界に入っていた。
「FOX2!」
F-2の主翼からミサイルが放たれ、一直線に敵機へと向かっていく。
残念ながらF-115はF-2のような奇道を進めるような機体ではない。
フレアによる撹乱虚しく、ミサイルは炸裂。
機体後部が大破したF-115は制御を失い、スーパーストール状態を表す縦回転をしながら墜落を始めた。
「ペンギン1、敵機撃墜! すごい、ク連の最新鋭機に逆転なんて……!」
レーダーを見れば、大助は未だ敵F-115を振り切れずにいた。
そして機動もまた変わらず。
チェイスは雲外周を時計回りに旋回し続けた。
そうすれば、自然と真正面から会うことができる。
「大助、状況は!」
「此奴、やるな……」
答えになっていないが、応答出来る程度の余力はあるらしい。
翼端から雲を残しながら、雨雲を沿って飛ぶ。
「射撃指揮所から第一艦橋へ! 砲撃命中、肥前から出火!」
「ああ、こちらでも見えている! 信濃から水雷隊各艦へ、
ここまでよくやってくれた! ここからはお前達の出番だ。
魚雷をぶち込んでやれ!」
「長魚雷用意! 土手っ腹に風穴空けてやれ!」
レーダー反応から、大助と敵機はもう間もなく。
この状況下では、誤射を避けるためミサイルを使ってはいけない。
FCSを操作し、GUNに切り替える。
雲の壁の陰、そちらを睨み───来た。
「大助、用意!」
「ああ!」
ふたりは機体を傾け、衝撃波を浴びせ合うような距離ですれ違った。
機体が揺れ、すぐ正面には敵機の姿。
「ガンズガンズガンズ」
投影された照準器に敵機を合わせ、発砲する。
エアインテークと機首を砕き、ノズルから炎を吐き出す敵機ともすれ違った。
振り返れば、敵機が爆散するタイミングだった。
「ぺんぎん1、撃墜確認。見事だ」
「そっちこそ、追われ続けたのに被弾なしとはね。
さすがだよ……フツノミタマ、海戦の状況は?」
雲の陰から出ると、下の状況を伺う。
既に防空艦は壊滅し、対空火器も射程圏外だ。
眺める分には危険を覚える事はなかった。
既に海戦は佳境を迎えており、艦隊がすれ違うところだった。
反航戦というやつだったか。
艦隊同士が至近距離で隣り合い、砲弾や魚雷を叩きつけ合うシンプルな戦いだ。
「待て、今信濃に確認する……」
フツノミタマの次郎がそう言った直後だった。
「敵播磨型戦艦、肥前。魚雷の直撃を受け浸水、傾斜中!」
聞こえて来た交信から、肥前がいる辺りに注意を向けると───
あの巨体を見間違えるはずがない。
既に肥前の左舷側は深く沈み込み、海面が上甲板に触れそうなほどに傾いていた。
明らかに復原可能傾斜を超えている。
つまり、撃沈だ。
「オメガ隊には複数犠牲が出たが、数発の反跳爆撃を成功させていた。
恐らく、このダメージが功を奏したんだろう」
ペンギン隊が担当した薩摩の反対側、艦隊左後方に位置する肥前はオメガの担当だった。
熟練の部隊でも被害が出て当然な対艦爆撃。
それもまだ新米の付け焼き刃であるオメガが行ったのだから、無事に済むはずがない。
しかし───無駄ではなかった。
事前に与えた被害によって、味方艦隊が撃沈する余地が生じたのだろう。
「こちら葦原連邦海軍第一艦隊、信濃だ!
賊軍の薩摩へ、降伏するなら今のうちだ、どうする!」
既に戦闘の趨勢が決したと見たのだろう。
信濃は戦闘のはるか後方で停止している薩摩へ呼び掛けた。
しばしの沈黙の後、薩摩からの応答があった。
《幕府に下げる頭なし! 1番砲、2番砲!
各砲塔の判断で撃て! 一番大きいのを!》
前艦橋が大破し、射撃指揮所が壊滅した砲撃では精度など期待出来ない。
ならば、精度など関係ないものを撃ち込めばいい。
三式弾だ。
《後部主砲指揮官! まだ周囲には戦闘中の味方艦が……!》
《幕府に降るくらいならば死を選ぶ!
戦の中で死ぬか、幕府に死を
死ぬのは変わらん、同じ死ならば敵
《ど、どうします⁈》
《……三式弾を持ってこい! 信管は最短時間だ!》
《おい、マジかよ……!》
艦長や副長ですらない人間が指揮を執るしかない艦内。
砲塔は動き出していなかったが───間もなく、動き出す。
装填が終わり、動き出せば薩摩は三式弾で味方ごと壊滅させる。
「ふざけやがって!」
チェイスは敵艦を睨みつけると、急降下を始めた。
その最中、ミラーに映る影が目に入った。
「ちぇいす、狙いは!」
「前の主砲砲身! ミサイルでもGUNでも、全部ぶち込む!」
「相分かった。私は2番砲を狙う」
必然的に、一番前に配置された1番砲がチェイスの担当となる。
一瞬だけ兵装管理画面に視線をやる。
GUN30%、SRM2発。
150発の20ミリ砲弾と数十キロの炸薬が積まれたミサイルだ。
この程度では砲そのものの破壊は到底不可能だが、砲身に当てて狙えなくする事は出来る!
「くそ、三式弾か! 全艦、主砲を薩摩に!」
《……やらせるか! なんでもいい! 撃てる者は敵を撃て!
幕府を1匹たりともこの世に残すな!》
最大出力で気の遠くなるほど巨大な戦艦に立ち向かう。
果たして、全力を尽くして止められるか?
そればかりは、やってみなくてはわからなかった。
《……! 空に機影が2つ! 蒼い機体!》
《魔王共がっ、また邪魔しに来やがった!》
《蒼穹の魔王を近付けるな! 奴は計画を打ち壊す!》
チェイス達の姿を見た薩摩、彼女が持つ全ての対空火器が火を吹いた。
《絶対に当てるんだ! 俺は見たんだ、魔王は至近弾じゃ怯まない!》
《殺せ! さもないと、魔王は止まらない!》
防空指揮所の壊滅した対空火器は精度を著しく欠いていた。
それでもやはり、数が圧倒的だ。
機銃、高角砲、副砲。
乗組員の怨念が乗った弾が、死をもたらすため向かってくる。
《当たらない……殺されるっ!》
《馬鹿っ、逃げるな! 戦闘機に戦艦は沈められん!》
下を向いた主砲の砲身が上を向き始めた。
装填完了の合図だ。
《主砲、三式弾装填完了!》
《目標、敵艦隊!》
《砲塔旋回急げ! 魔王が何かしてくるぞ!》
最大出力の速度に関しては大助のYP-27が上だ。
彼女の背を一瞥すると、チェイスは自分の目標である第1砲塔へ視線を戻した。
「大助、撃つ!」
最初にミサイルを撃つと、次にGUN。
彼女が宣言していた通り、攻撃が第2砲塔砲身に集中した。
爆発が砲身の固定を歪め───脱落させた。
《ぐあっ……砲身がっ!》
《2番砲損傷っ! 発射不能!》
《1発でも撃てればいい! 1番砲!》
《照準よし!》
《打ち方始め!》
ようやく、対空砲火の熱源が陽光のシーカー捕捉範囲の外になった。
狙うは動きを止めた1番砲の砲身!
《発砲!》
「FOX2!」
2発放つと、GUNで砲身基部を掃射する。
その効果を過ぎ去った今、目で確かめる術はない。
チェイスが感じたのは、奇妙な爆発が背後で起きた事だけだ。
《あっ……!》
続いて起きたそれは、チェイスが知るどの爆発よりも巨大だった。
海面が薩摩を中心に陥没し、あらゆる物体を外へと押し流す衝撃波。
上昇していなければ、そのまま墜落していただろう。
「ぐわわっ……なんだこの衝撃⁈」
「三式弾が砲塔内部で炸裂したっ……!」
驚愕し、絶叫に近い声で大助は報告した。
振り返って見れば、薩摩巨体はこの海から───
いや、残留物すら残さず、この世から消滅していた。
少し推察してみよう。
チェイスが攻撃したその瞬間、発砲の指令が降った。
砲弾の撃針が打たれる直前に砲身が破壊されたため、薬室内で発射薬が炸裂。
しかし───恐らくひん曲がった砲身から砲弾が出る事叶わず。
結果、信管は時間通りに砲身内で爆発。
ついでに予備の三式弾も誘爆してこの有様。
タイミングの悪魔の悪戯が、敵ではなく自分を沈める結果に繋げた。
という事なのだろう。
《さ、薩摩が……消滅した?》
《薩摩からの報告では、蒼穹の魔王から攻撃を受けているとの事でした》
《戦闘機が……戦闘機が、戦艦を沈めたのか……?
世界最大、最強の播磨型だぞ……!》
いつしか、味方艦隊に向けられた砲火は止んでいた。
その光景があまりにも衝撃的過ぎて、撃つ手を止めてしまったのだろう。
「……俺もあんな景色見てたら、やめちゃうかもな」
ひとまず上空へ退避すると、隣を飛ぶ気配を感じた。
この戦いを共に戦い抜いた大助の機体だ。
「敵の力を以て敵を討ち滅ぼすか。
流石だな、改めて感服したぞ。ちぇいす」
「タイミングの問題だよ。あんなの、狙って出来るわけないだろ?」
「だろうな。しかし、戦には運が関わるものだ。多かれ少なかれな。
それをモノに出来るかは、間違いなく資質だ」
「かもね……」
上空から、敵味方入り乱れたまま停止した艦隊を見下ろした。
照準ポッド越しに見れば、旧式戦艦の甲板に人らしき熱源が並んでいる様子が見えた。
どうやら降伏し、武装解除を受けているらしい。
「あの機影、見えるか?」
「えーっと、南に見えるやつか?」
「ああ、2つの機影! 位置的に、あれが蒼穹の魔王だ!」
「スッゲー! 実在したんだな!」
「幕府の八咫烏じゃなかったか?」
「そんな呼び方古い古い! 見ろよ、あの鬼神の如き槍働き!
魔王の方が近いって!」
「どっちでもいいや、バンザーイ!」
通信回線を使って、何を話しているんだこいつらは。
などと、チェイスは他人のことを咎められる立場ではないが。
「2行で冷笑とツッコミをするんじゃない、忙しないな」
私に話しかけるな。
それはともかく、彼らは通信で私語が出来る程度に余力があるという事だ。
「……今、データリンクから映像を受け取った。
播磨型戦艦、薩摩の
「フツノミタマ。作戦成功って事でいいのかな?」
「ああ、作戦成功だ。ペンギン隊、基地に帰還せよ。
まったく、とんでもないな。あんたは」
「ふぅ……ペンギン隊、作戦完了。
なんか知らん間にとんでもない事をしてしまったチェイスは、その実感が湧かぬまま帰路に着いた。
とはいえ、今回の敵艦隊殲滅は葦原の情勢に大きな影響を与えた。
それは間違いないだろう。