蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月14日
真田藩 真田空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
「来たか、志村二尉。着席してくれ」
今回は珍しく、これといったトラブルもなくブリーフィングを始められそうだった。
良介らペンギン隊は最前列に着席し、スクリーンと向き合った。
スクリーンに投影されているのは、明らかに地図であった。
中央に映し出されているエリアが大規模な飛行場───
併設された設備から、民間空港も含まれていると推測出来た。
「武揚奪還の第二歩として我々は
千里基地。
かつての幕府空軍が持っていた中で、2番目の規模を持つ空軍基地。
首都武揚にほど近いという特徴を含めれば、最も重要な空軍基地となるだろう。
ここを奪還出来れば、武揚奪還に最高の拠点だ。
もちろん、だからこそ問題は多い。
「奪還ってことは、陸とも共同になるの?」
「ああ。厳密には連邦陸軍及び近衛軍との共同だ」
良介のアドリブにも赫助が素早く、話の流れに最適なスライドを挿入した。
陸軍の大まかな動きを表したもので、戦車のマークとヘリのマークの2つがあった。
「陸軍第一戦車隊が菜戸街道を南下し、基地北部から接近。
正面から敵地上戦力と会敵する」
「それを、儂らが支援すればよろしいのぢゃな?」
腕を組んで様子を見ていた奥村睦平大佐が言った。
彼が率いる精兵隊は地上支援に特化した中隊だ。
まさに、最適な任務と言えるだろう。
「うむ。だが、残念ながら一番槍とは言えない。
対空機銃はともかく、貴官らに誘導弾の相手は厳しいからな」
「熱源誘導ならいくらでもかわしてやるが……
レーダー誘導は、勘弁じゃな」
ジェット戦闘機前提にシーカーを調整した熱源誘導ミサイルは、精兵隊が操るプロペラCOIN機
しかし、レーダー誘導の場合はその限りではない。
「そこで我らオメガ隊が露払いを行う。オメガ隊はAGM-1を搭載し、
敵
敵防空戦力の脅威を減らしてから、精兵隊の出番だ」
オメガ隊はFS-1を中心とした部隊だが、隊長である吉宗はP/A-51ウォーサンダーに搭乗する。
ウォーサンダーは戦闘機にしては大柄だが、故に電子戦能力を持つ。
ECMで敵レーダー・SAMを妨害し、攻撃において安全性を上げられるのだ。
「そこまで気を遣われて、活躍しないわけにはいかんな」
血気盛んな老人達がうんうんと揃って頷いた。
この内戦でそれなりに被害を受けている精兵隊だが、士気は全く落ちていない様子だった。
「ペンギン隊、貴官らは近衛軍第一挺身団の露払いだ。
彼らに先んじて空港まで肉薄、針路上及び基地周辺の防空戦力を排除せよ」
「それはいいんだけどさ……千里基地は幕府空軍2番目の基地だったんだろ?
基地の戦闘機はどうするんだ?」
「抜かりはない」
スライドが再びアドリブで切り替わり、千里基地のはるか東に焦点が移った。
「作戦区域東に位置する塚原港。そこを……」
ドン!
突如、作戦室の扉が乱暴に開かれた。
あくりと赫助、それに睦平が反射的に拳銃を抜き、その銃口を戸口へ向けた。
しかし間もなく、彼らは銃の安全装置を戻すことになった。
「……山義隊長?」
薄暗い部屋で真っ先に彼を認めたのはゆきだった。
「なんぢゃ、山義か! 脅かすでないわ!」
山義歳三。
彰義隊第二中隊、新選組の隊長。
紛れもなく、この戦いを最初期から共に戦ってきた戦友───なのだが。
彼からは、尋常でない殺気が溢れ出ていた。
まるで仇敵と相対しているかのように。
だから、赫助だけは警戒を緩めない。
「松平公の御前だ、気を鎮めよ」
「……ふん」
自身へ向けられた銃口を横目に、歳三は吉宗に歩み寄った。
「止まれ!」
「よい、赫助!」
絞られかけた人差し指が止まり、歳三は遂に吉宗の目前に立った。
彼はスクリーン上に映し出された画像を一瞥すると、言った。
「千里は俺たちの……鎮武隊の基地だ。何故、新選組に任せない?」
鎮武隊、新選組の前身。
いや、厳密には歳三が所属していた部隊と呼ぶべきだろう。
かつて武揚陥落の際、空中戦艦大入道と神機隊に壊滅させられた部隊。
千里基地は歳三がかつて根城としていた基地なのだ。
その奪還に、自分が選ばれない。
この事実を知った彼は、血相を変えて抗議に来たのだろう。
「たっ、隊長ぉっ! まずいですって!」
新選組の隊士が遅れて飛び込んで来た。
だが実行してしまった今、止めるには遅過ぎた。
「貴官らには、解放を成功させるための……」
「傭兵のような、金で動く
そんな奴らと組んで、港の奪還を支援しろだと⁈」
傭兵とはイグルベ隊の事だろう。
金で動くのは事実だから仕方のない評価ではあるが───
彼らはプロなので、殴り合いの喧嘩にはならないだろう。
とはいえ、嫌味のひとつやふたつが飛び出るのは想像に難くない。
結果的に殴り合いになる可能性はあった。
「山義中佐。貴官ら新選組は、制空戦闘に重きを置いた部隊だ。
制空戦闘だけでなく、地上支援も必要になるこの作戦に不向きだ」
「そんな建前はいらん。敵戦闘機を押し付ける役回りとハッキリ言えばいい!
お前達の作戦は成功しなくてもいい、単なる陽動だとな!」
恐らく、塚原港奪還は単なる陽動ではないのだろう。
千里基地奪還の陽動、その要素がある攻撃なのだ。
そうでなくては、先ほど吉宗が告げようとした言葉と整合性がとれない。
歳三からしてみれば、英雄蒼穹の魔王の活躍を前面に押し出して、プロパガンダに活用したい。
そう見えてしまったのだろう。
では、吉宗をはじめとした空軍司令部が下心で作戦を歪めたのかと言えば、そうでもない。
実際問題、千里基地所属の戦闘機は奪還の障害だ。
ペンギン隊の任務には制空任務も含まれているが、やはり迎撃機は少ないに越したことはない。
まして、近衛軍のヘリ部隊という護衛目標までいるのだから。
新選組が参加する塚原港奪還。
そこへ誘引される千里基地所属機の相手はかなり重要な要素となる。
作戦の
損得や道理で考えれば、この結論が導き出される。
しかし、損得や道理で決まらないのが人の感情だ。
自分の古巣は、自分で取り戻したい。
取り戻す瞬間を、その目で見たい。
そう考えるのが人の感情という奴だろう。
しかし───戦争は感情で進めてはならない。
人の感情は、強く律さなければ留まるところを知らないのだから。
「歳三、気持ちはわかる」
良介が口を開こうとしたところ、ボスが先んじて告げた。
「だが、俺たちがやってるのは戦争だ。ごっこ遊びじゃないんだ。
出来る奴が、必要なところに選ばれる。今回もそうなっただけだ」
歳三の殺気は収まらないが、じっとボスの言葉に耳を傾けていた。
「お前は新選組の隊長だ。いい加減、組織の動きを理解しとけ」
ボスらしからぬ、突き放したような物言いだ。
いや───厳密には、滅多にしない言動だろう。
何度繰り返しても改善が見受けられないと、彼はこうするのだ。
良くも悪くも、良介への態度がそれなのだが───
ここまで侮辱的なほどに冷たく言い放つのは初めてだった。
それは、戦時下でのリーダーに相応しくない行動であるためか。
歳三は瞼を閉ざすと、軽く深呼吸した。
「……ああ、わかってる」
「わかってないから言ってんだよ。
わかってるなら自分の仕事に集中してるはずだ。違うか?」
───おお、詰めるなぁ……
やはり、いつもとは詰め方が違う。
同じ部隊長───経験者として、致命的な心得違いを許容出来ないのだろう。
───そう言えば、前にあくりちゃんも部隊長の素質はあるけど、
性質が向いてないって言ってたっけ。
良介があくりの表情を横目に伺ってみると、瞼を閉ざして寝ているのか起きているのか。
聞いてはいるのかもしれないが、明らかに興味を持っていなかった。
「……わかった。陽動作戦を完遂する。それでいいんだろう」
「いい歳して
これまた、かなり直球な言葉のパンチ。
さすがに歳三も顔色を変えてボスを睨みつけた。
「……なんだと?」
「お前、前にも同じような理由でブー垂れてやがったよな?
向いてないんだよ、隊長」
睨みつける目が、一瞬だけ見開かれた。
怒りによって歪んだのではない。
恐らく、図星を突かれた動揺の現れ。
「哲也、それ以上は……」
「いいや。改善の余地がありそうだったから今まで黙ってた。
だが、変われない以上はダメだ。これは誰かが言わなきゃならん」
あれはいつの話だったか。
確かに歳三が揉めた事があったのは良介の頭でも覚えていた。
「……!」
我慢の限界に達したのだろう。
薄暗い作戦室でもハッキリわかるほど、歳三は顔を赤くして退室してしまった。
「あっ、たっ、隊長ぉっ!」
その後を、新選組の隊士が追いかけていく。
尋常でない騒ぎが起きた作戦室に、静寂が戻ってきた。
「……哲也。もう少し、言葉を選ぶべきではなかったか?」
「あいつが責任者に向いてないのは事実だ。
遠回しに伝え続けてもいいが、それは平時の話、
部隊のトップやるべきじゃねぇよ……事情はわかるけどな」
原隊の消滅と、人材払底によって選ばれた隊長。
言うなれば他に出来る人間がいないため、消去法で選ばれた人間。
歳三は決して無能ではない。
ただ───
部隊の責任者たる隊長をやるには、心の準備が足りなさ過ぎた。
というのが、ボスの判断なのだろう。
「……悪かったな。ブリーフィング、続けてくれ」
今まで誰もが目を逸らしてきた、不穏な空気。
それを感じざるを得ない一件。
その後のブリーフィングも、どこかぎこちないものがあるのだった。