蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月15日
真田藩 真田空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
格納庫の目前を、スクランブル発進した新選組の機体が上がっていく。
その様子を、ゆきは何も言わずじっと眺めていた。
「……」
今自分が受領したばかりの、新しい機体に目もくれず。
「……あの子、なんかアンニュイな感じなの?」
「うん。原隊がちょっと揉めててさ」
不機嫌そうなエラも、つい心配してしまうほどにゆきは昨日の一件に注意を乱されていた。
長年共に空を学んだ夷俘島飛行学校の生徒と、戦闘機のイロハを教わった教官。
そんな彼らが今の部隊や軍と揉めれば、気になるのは当然だ。
「ほーら。ルーテナント・ソラチ、あなた自分の仕事を忘れてない?」
「あ……申し訳ない」
エラが手を叩いて意識を向けさせると、ようやくゆきは自分の世界から戻ってきた。
そう、今彼女が最も必要なのは、これから自分が搭乗する機体を知る事だ。
ゆきは先の戦闘で敵戦闘機の攻撃を受け、機体は中破。
自力で智台空港まで帰還に成功したが───機付長曰く、
「よくもまぁ、あんな状態で帰って来れたもんだなぁ、おい」
畏怖と呆れの入り混ざった表情で、彼はそう評した。
簡単に言えば、直せなくもないが直すより買い換えた方が早くてオトクという状態だった。
よって、当時ゆきが搭乗していたスーパーオロールは現地にて用途廃止。
彼女自身は整備隊の乗ってきた機体に同乗して帰還した。
では、彼女の新しい機体はどうなるのか?
そこはやはり、合衆国の頭脳が力を貸してくれる事になった。
エラは新選組の予備機であったオロールをオーバーホール───分解点検するついでに、新たに図面を引き直した。
オロールをベースに、別機体の強力なエンジンやアビオニクスを搭載。
ツギハギの如く、サードパーティー・アップグレードを施した。
その結果───もはや原型機のオロールとは別物となった。
「P-21B、タイニー・シェール。私はそう名付けた」
「タイニー・シェール……小さいライオンか。
Bって事は、Aもあるの?」
「実は本土にオロールを完全コピーしたものを送っててね。
そいつの合衆国軍制式名称がP-21Aなんだ」
オロールは我々の世界でいうミラージュの3に近い機体であった。
しかしこのタイニー・シェールは妙にノーズが長く、エンジンも大型化されている。
「あの、機首が妙に長い気が……?」
「FCRの他にも航法レーダーとか、色々追加したからね。
あとスーパーオロールの時はモニターを無理矢理追加しただけだったけど、
今回はコクピットも全部更新。リョースケの言うグラスコクピットって奴だよ」
機付長が座るコクピットを覗き込むと、確かに。
レーダー以外は計器のメーターが占めていたコクピットには、大型の画面が2つ並んでいる。
上面の出っ張りは今までのような照準器ではなく、機体の高度や速度をはじめとした情報を表示出来る
F-2から得たデータを基に作ったのだろう。
まさに、エースコンバットいつメン機体が持つコクピット───
1970年代以降のコクピットであった。
「今まで以上に色々出来るってわけだな」
「戦闘機乗りにしては単純過ぎる理解だけど……
まあ、一言で表すならそういう事だね」
コクピット脇にはもちろん、エラの趣味であるカナード翼が伸びていた。
スーパーオロールの場合は可動部品ではなく気流を整えるフィン、ストレーキに近いものだったが、今回はエレボンと連動して可動する仕組みになっている。
「やっぱり、カナードつけるんだ」
「アタリマエ! やっぱりカナードがなくっちゃ」
「うーん。とても技術者とは思えない言動だ……」
なにせエラは連邦軍技術者からFS-1設計の助言を求められた際、カナードをつけるように助言するほどだ。
そんな彼女が手がけた機体、FS-1と同じように垂直カナードがあっても良さそうだが───
「こっちに垂直カナードはないんだ」
「ったりめぇだバッキャロー!」
と、なぜかコクピットに座る機付長がブチギレた。
いや、理由は言われずとも想像がついた。
「私も最初はそうしようと思ったんだけどね……」
「テメェ、どんだけ機体に可動部品増やすつもりだ?
ただでさえ電子部品が増えてややこしいったらありゃしないのに、
動翼増やされちゃ、いくら時間があっても足りやしねえ!」
良介達が操るのは戦闘機だ。
戦争に基本待ったはなく、整備1秒の遅れが取り返しのつかない事態に繋がり得る。
整備隊としては、趣味で可動部品を増やされてはたまらないだろう。
ましてや、息をするように部品に負荷を掛ける戦闘機なのだから。
「こういうワケ。それでも両脇のカナードはねじ込んだんだ」
「ははは、それじゃあ多くは望めないよな」
「笑い事じゃねぇってんだ、まったく」
「ふふふっ」
ゆきの表情に、僅かながら笑みが浮かんだ。
「ゆきちゃん。今のうちに、機付長に色々聞いてみたら?」
「あーいや、待て。まだ言えるくらいわかってない。
今日中に間に合わせるから待て」
さすがの機付長にも、機体を知る時間が必要らしい。
質問は別の機会にするべきだろう。
「では、アーロン様」
「なに?」
「この機体なら……良介さんの足を引っ張らずに済みますか?」
思わぬタイミングで名前が出て、良介は面食らった。
確かに彼女は自分が足を引っ張っている(そんなことはないのだが)のを気にしている様子はあった。
前回の彼女が被弾した戦いでは、この世界で最速に近い戦闘機と戦っていた。
F-115のマッハ3に達する高速飛行に翻弄されたのだ。
正直なところ、相手の方が数が多く先制攻撃を仕掛けた側なのでむしろ善戦している。
決して、ゆきが負けていたわけではない。
───相手の速度に翻弄されてた……となると、
負けてたのはゆきちゃんの腕じゃなくて、機体性能ってことか?
なるほど。
ならば、彼女の言動と整合性が取れるな。
彼女本人が強くそれを自覚していたのだ。
「そんなのはケースバイケース……って言いたいところだけど。
そういう答えを求めてるわけじゃないよね」
「はい」
ゆきは力強く返答した。
迷いこそあれど、それで足を止めてしまうほど子供ではない。
という事なのだろう。
「25年先の技術には勝てないけど、後ろをついていく分には十分。
そんなところかな」
エラも良介と同じ分析結果を出したのだろう。
彼女はP-21の後部、オロールのそれと比べて明らかに大きいエンジンに視線をやった。
「F-115にやられたんだっけ? あれと速さ比べしたら大半は負けるよ。
時間稼ぎ出来ただけで上等だ」
珍しい。
ゆきに不穏な感情を見せるエラが、励ますような言葉を掛けるとは。
実際に言われた当人も、少しだけ動揺を見せた。
「その、それは……」
「戦場でリョースケを守れるのは君らだからね。
……正直腹立たしいけど、頼むよ」
「え、えぇ……?」
言いたい事を言い終えると、今度は良介に視線をやった。
「なにせ約束、守ってもらわないといけないからね。
まさか忘れた、なんて言わないよね?」
「あ、あはは……もちろん、覚えてるよ」
エラから受けた、愛の告白の返答。
我々の世界へ帰還する時が来れば、その返事を聞かせられる。
エラがゆきの事を快く思っていないのは事実だが、良介の隣を飛ぶ2番機を支援すると、彼女は決めたのだろう。
技術者であるエラは、戦場では逃げ惑うことしか出来ない民間人に過ぎないのだから。
「……むぅ」
不機嫌そうに唸ったゆきに視線をやると───
「アーロン様!」
と、ここで格納庫にロングイラ社の技術者が飛び込んで来た。
彼女は技術者にして凄腕の錬金術師。
合衆国との連絡が限られている現状、連邦側では引っ張りだこである。
「……なに? またトラブル?」
「釜の出力がうまくいかなくて……」
「やっぱりあの旧式の釜じゃ、軍用品は無理があったかな……」
良介は一冊だけ錬金術の本を読んでみたが、魔力の分析だの抽出量だの、自分にはない器官の話ばかりで全く理解が及ばなかった。
ただ、釜に関しては錬成する際に用いる器具である事はわかった。
どう使うのかは、やはりサッパリだが。
「ごめん。ちょっと離れるね」
「ああ。頑張って、エラちゃん」
「ありがと」
立ち去るエラは、優雅な動作で手を振った。
オイル臭い世界に身を投じている彼女だが、上流階級の仕草もサマになっている。
「うーん。さすが180歳だ……普通の人間と経験値が違う」
妙なところに感心していると、一歩。
気配が距離を縮めてきた。
「良介さん」
言うまでもなく、その正体はゆきである。
彼女は良介に歩み寄ると、顔を寄せた。
「な、なに?」
「約束って、なんですか?
合衆国の要人と、一体どのような約束をしたんですか?」
表情を固くして、ゆきは問い詰めて来た。
プライバシー権というものがあるので、その質問に答えるのは困難だが───
「……ゆきちゃんは、暗い顔よりそういう顔してるのがよく似合うよ」
誤魔化し半分に、良介はそう答えた。
「……っ! ま、真面目に答えてくださいっ!」
バシィッと、ツッコミの範疇にある力で背を叩かれた。
良介にとって、憂い顔をされるよりずっと、嬉しい体験であった。