蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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179 一手透き作戦「ThreatMate」

央暦1970年5月17日

道奥藩 智台空港

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 出撃前日。

 最終調整を済ませた彰義隊は智台空港へと向かっていた。

 

 目的地は南、鳴田藩にある千里旧幕府空軍基地。

 そこを奪還するため、近衛軍第一挺身隊と共同して攻撃する。

 

 良介が駐機場にナーガを止めて機体から降りると、2つのローターを持つヘリが視界に入った。

 CH-47のようなシルエットを持つ、中型輸送ヘリだ。

 

「近衛軍の回転翼機ですね。

北部藩の石射(いして)飛行場を奪還した時と、同じ機体です」

 

 良介を見つけて歩み寄ってきたゆきが言う。

 彼女はあの時の北部藩解放作戦で戦っていた。

 覚えているのは当然である。

 

「そりゃ、俺だって覚えてるよ……

そんなに俺って、信用ない?」

 

「良介さんは変なところで抜けていますので」

 

「あ……そう」

 

 否定はしてくれないようだな。

 それはさておき、明日は彼らと共に戦うのだ。

 挨拶くらいはしておいても、損はないだろう。

 

「うーん、野郎の集いに行くのも腹立たしいが……

挨拶のひとつでもしておこうかな?」

 

「では、私もお供します」

 

「うんうん。

ゆきちゃんがいないと、男アレルギーでぶっ倒れるところだからな」

 

「また、良介さんは戯言(ざれごと)を……」

 

 というわけで、ふたりは近衛軍の連中へ挨拶に向かうことにした。

 ヘリの間近に物資と車両が集積され、人間もそこに集まって何事かを話している。

 

 そこへ歩み寄ってみると───見覚えのある人影が近衛軍の中にいた。

 

「へぇ。じゃ、あんたが噂の、真田藩の空戦姫か!」

 

「自分で名乗った事はないが……(ちまた)ではそう呼ばれているそうだな。

白痴の呼び名の方が通っているらしいが」

 

「単なる白痴に戦闘機を飛ばせるかよ!」

 

 松代あくり、あるいは大助である。

 一足早く真田基地から離陸した彼女だったが、良介と同じことを考えていたらしい。

 

 話している相手のひとりにも見覚えがある。

 精兵隊隊長、奥村睦平の息子、奥村耕作中尉であった。

 彼は第一挺身団の第3小隊で小隊長をしていた。

 

「よう大助、耕作くん」

 

「どうも……」

 

「良介と竜司か」

 

「おおっ、良介さんじゃないですか!

長坂空港ぶりっすね!」

 

 一瞬、近衛軍の連中は怪訝な表情を見せ───

 すぐに驚愕に変わった。

 

「げっ、蒼穹の魔王!」

 

「明日お前らを守る人間だぞ。

げっ、とはなんだ。げっ、とは」

 

 あくりの隣にふたりは並び、耕作ら近衛軍の面々と相対する。

 何人かは長坂空港にも居た連中だが、初めて顔を合わせる者の方が多かった。

 

「聞きましたよ? 賊軍の播磨型を沈めたって!」

 

「偶然の産物だけどさ。戦闘機で狙って沈めるのは無理だよ」

 

 もしあんな真似を狙って出来ると誤解されては、いずれエースコンバットばりの無茶をさせられかねない。

 というわけで良介はなるべく、偶然を強調するようにしていたが───

 

「偶然でも出来る事じゃないっすよ。フツーは」

 

「うん、まあ……」

 

 やった自分が一番驚いているのだから、それは否定しようがない。

 せいぜい砲撃の狙いを逸らせば十分と思っていたのだが───

 過ぎた事は、今はどうでもいい。

 

「それよりも、挺身団の準備は出来てる?」

 

「一番に突っ込み、その身を挺する第一挺身団!

いつでも準備は出来てますよ!」

 

 耕作の言葉と共に、挺身団の連中はそれぞれがポーズを見せた。

 陸の人間らしい、体育会系のノリが強い連中らしい。

 

「ああ……空挺連中を思い出す」

 

 何度か空挺団員をしている友人の繋がりで、陸自第一空挺団と会った事がある。

 まあ、なんというか───こういう連中であった。

 

「そいつらと俺ら、どっちが強いかな?」

 

「陸の神兵、お手合わせ願いてぇなぁ」

 

「向こうも同じこと言うだろうな……」

 

 あの血気盛んな連中だ、喜んで次元の壁を乗り越えてくるだろう。

 

 不意に、近寄って来る気配を感じた。

 

「どうも。空知竜司さん」

 

「はい、どうも」

 

 ゆきの方を見れば、近衛軍の兵士が彼女に歩み寄っていた。

 同類なので、良介にはすぐにピンと来た。

 これはナンパの呼吸だ。

 

 ナンパの呼吸ってなんだよ。

 

「自分は第3小隊第2分隊長、斎藤軍曹と申します。

以後、お見知り置きを」

 

「はいっ。空知竜司、少尉です。

よろしくお願いします!」

 

 斎藤軍曹としては、ひとりの女性と相対するつもりで自己紹介したのだろう。

 しかしゆきは姿勢を正すと、敬礼した。

 

「おっと、これは失礼しました」

 

 敬礼されて───ましてや、上の階級に分類される人間。

 素早く斎藤軍曹は答礼した。

 

───斎藤という野郎、礼儀正しいけど……

これはいい意味で脈なしと見るべきだぞ。

 

 悪感情はないが、良い印象もない。

 正しくプラマイゼロで、言い方を変えれば眼中にないという事だ。

 

「新聞の写真でお姿は拝見しておりましたが……

まさか、これほどの美人さんだとは思わなかった」

 

「はぁ……どうも!」

 

 事実を並べ立てる斎藤軍曹に、ゆきはピンと来ていなさそうな笑みで答えた。

 葦原で外国人は珍しく、葦原人以外の容姿に物珍しさが先行して、うまく美醜を感じられない人間が大半らしい。

 

 どうやらゆきは、斎藤軍曹の言葉をおべっかか何かだと判断したようだ。

 やはり良介の見立て通り、脈なしだ。

 

「……明日の作戦、頼りにしてますよ!」

 

「はいっ。こちらこそ、陸はよろしくお願いします」

 

 どうやら彼も良介と同じ見解に達したらしい。

 ナンパは諦めて兵士として、人間として好印象を与えに回ったらしい。

 

───ふん、時間を掛ける事にしたのか。ナンパ野郎にしては常識的だな。

最近のナンパ野郎はワンナイト狙いと女衒(せげん)の半端者ばっかりだからな。

 

 底辺の中で底辺争いをするんじゃない。

 側から見ればどのナンパ野郎も大差はないんだぞ。

 

「蒼穹の魔王! ここにいるのか!」

 

「あいつ……やっぱりこうなるか」

 

 突如、ヘリのキャビンから大声が轟いた。

 その声に反応して、斎藤軍曹は眉間を揉んだ。

 どうやら知り合い───いや、部下なのだろう。

 

 声の主はヘリのキャビンドアを屈みながら通り抜けた。

 その身長は、190センチはあるだろうか。

 

 絵に描いたような偉丈夫(いじょうふ)

 長距離の行軍に障りがあるのではないかと思えるほどの筋肉量である。

 アメリカの特殊部隊隊員でも、ここまで極端な奴は少ない。

 

「噂に聞く蒼穹の魔王! ようやっと直に会えたな!

存外、背が低いのだな!」

 

 その男は兵士の壁を軽く押し退けると、良介の目前にやって来た。

 

「ああ、あんたと比べられちゃな……」

 

「おい金太郎! 相手は……」

 

「心配ご無用! 分隊長殿!」

 

 金太郎と呼ばれた大男は、斎藤軍曹の言葉すらも跳ね返してしまった。

 それにしても体格通りの声量である。

 

「ひとつ、取り組みをと思いましてな!」

 

「それがダメだと言ってるんだ!」

 

 と、何を思ったのか金太郎。

 良介の前で相撲を始める姿勢に入ったのだ。

 

「え、やだ」

 

 もちろん、女の子以外に興味のない良介は即座に拒否した。

 

「なんだ、つまらん!」

 

「お前なぁ、明日は出撃なんだぞ? 怪我でもさせたらどうする?」

 

「その程度で怪我をする身体、戦には耐えられん!」

 

「無茶苦茶言うな、こいつ……」

 

「良介さん、関わらない方が……」

 

 ゆきがそっと、良介に耳打ちした。

 その判断が堅実だろう。

 

 それにしても、金太郎と言う男。

 色々な意味で容姿に違わぬ気質の男らしい。

 作戦前に相撲をしようなどと、普通は誰も頷きはしない───

 

「では、私がやろう」

 

「え?」

 

 いた、やる人間が。

 空戦姫、あくりである。

 

 思えば彼女は寡黙ながら、やる事は直球勝負がかなり多い。

 とはいえまさか───あくりが乗るとは。

 

「女、誰だ!」

 

「真田藩、松代大助」

 

「真田の松代大助、空戦姫の白痴か!

よいよい! いざ尋常に勝負ゥッ!」

 

 なんの前触れも、合図もなく。

 勝負は始まった。

 

「金太郎め、マジでおっ始めやがった!」

 

「あうっ、こっ、こんなに突然始まるのかぁっ」

 

 両者唐突にぶつかり合い、互いに───

 

「ぐぅっ……」

 

「一度は堪えるか! さすがは空戦姫!

だが姫武者といえど、結局は女子の身体!」

 

 さすがに、無理があった。

 金太郎は190センチある筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした、必要以上に健康そうな成人男性。

 

 あくりも170センチ近い身長はあるが、金太郎のような並外れた体格ではない。

 

 一度ぶつかり合うと、すぐに押され出した。

 それも、かなり手を抜かれている。

 

 あくりと金太郎の体格差であれば、金太郎はあくりを持ち上げてしまえば、あとはどうとでもなる。

 それをあえてしないのだ、手を抜いているとしか思えない。

 

「凄いな……靴底が削れてるぞ」

 

「これ、施設隊に文句言われないか?」

 

 あくりの足元を見れば、踏ん張った航空靴の靴底が黒い痕跡を残していた。

 それほどの圧力で、彼女は踏ん張っているのだ。

 

「金太郎は言わずもがなだが……真田藩の空戦姫、

あっちも尋常じゃねぇ……」

 

「空で強けりゃ、陸でも強いのか……?」

 

「こいつはいいや! 松代の! がんばれ!

木偶の坊をとっちめちまえ!」

 

 近衛軍の誰かが言ったが、逆転は難しいだろう。

 既にあくりの足元は揺らぎ始めている。

 遠くないうちに、踏ん張りが解けてしまう。

 

「っ……!」

 

「貰ったァッ!」

 

 その時はすぐに来た。

 あくりが姿勢を乱した瞬間を見逃さず、金太郎は攻勢をかけた。

 

 ただでさえ体格で負けているのだ。

 あっという間にあくりは押し出されると、兵士の壁に叩きつけられた。

 

「金太郎の勝ち!」

 

「……見事な膂力(りょりょく)だ、金太郎」

 

「そちらこそ! 真っ向勝負でなければ、どうなったかわからん!」

 

 ふたりは揃って笑みを浮かべ、勝利を讃えあった。

 そんな視線はすぐに、良介へと向けられた。

 

「良介……ぺんぎんに泥をつけたままにするのか?」

 

「……もしかして、俺を焚き付けたいの?」

 

 良介の問いに、あくりは言葉を返さなかった。

 ただ、意地悪な笑みを浮かべるばかり。

 

「良介さん、付き合う必要は……良介さんっ⁈」

 

 制止するゆきの肩を優しく退けると、一歩前に踏み出す。

 改めて相対して、金太郎の大きさには圧倒される。

 

 真っ向から相手をするべきではないが───

 幸いにもこれは喧嘩や殺し合いではない。

 明確なルールがあるのなら、やりようはあった。

 

「ルールを確認させてくれ……足の裏以外が地面に着いたら負けだな?」

 

「それと、辺りを囲うものとぶつかっても負けだ」

 

「小隊長……もし魔王が怪我をしたら、責はあいつだけで?」

 

「まさか。俺ら全員に類が及ぶだろうな」

 

「あぁ……あのバカ……!」

 

 斎藤軍曹、ナンパ野郎だがなかなかに苦労しているらしい。

 同情するつもりなら、やめておけばいいのに。

 

───ここまで女の子に頼まれちゃな。

 

 勝手にしろ。

 

 金太郎と向かい合い、その動向を伺う。

 先ほどはあくりに速攻勝負を仕掛けた彼だが、今回は良介と睨み合った。

 

「来ないのか?」

 

「俺はサトリではない。だが、呼吸でわかる。

仕掛けるのを待ってるな?」

 

「なるほど。見掛けに反して頭は回るんだな」

 

「学問はそれなりに納めていてな」

 

「驚いたとは言わないよ。

ただ……ひとつ聞かせて欲しい」

 

「ふん……良いだろう、言ってみろ」

 

「どこの会社の筋肉増強剤を使ってるんだ?」

 

「殺す……っ!」

 

 金太郎の筋肉は、それはもう丁寧に鍛え上げたものだろう。

 単なるトレーニングの積み重ねではなく、見栄えの良さと実用性を考慮した鍛錬。

 それに栄養管理も重要だ。

 

 ボディビルダーに高学歴が多いのと同じく、見栄えのいい筋肉にはそれなりの頭脳がいるのだ。

 

 この世界には、錬金術製の筋肉増強剤がある。

 その効果は違法薬物もビックリなもので、細い肢体も瞬く間に丸太になるとか。

 

 もちろん、代償も相応だ。

 あっという間に命を縮め、中には変化に耐えきれず死ぬ者もいる。

 そんな代物なので、この世界のこだわりがある者は一様に忌み嫌っている。

 

 多大な労力とコストを払って育て上げた自慢の筋肉を、人工物扱いされては?

 それはもう、人生の否定に近しい暴言となるのだ。

 

 さて、金太郎の筋肉が見栄えだけでないのは、あくりとの取り組みで明らかだ。

 故に、その瞬発力は尋常ではない。

 

 ゴリマッチョ系がすっとろいのは、展開の都合がある漫画やクリアさせなくてはならないゲームの話。

 マジモンのマッチョは、筋肉で鈍重な身体を筋力で無理矢理かっ飛ばすのだ。

 

 力士の脂肪の下にある、超人的瞬発力を生み出す筋肉と同じ。

 強力なふたつのエンジンで、巨大な体躯に見合わぬ超機動を見せる第五・六世代機と同じ。

 

 目で見て追っていては、反応が間に合わない。

 だからこそ、兆候を察知して頭で先読みする必要があった。

 

 良介の挑発で怒り狂った金太郎は、ブーツのつま先を沈ませた。

 

───来る!

 

 人間が反応出来る速度の限界。

 そんな勢いで来るのだから、仕掛ける側も読めていなければ反応出来ない。

 

 身を屈めつつ、あえて前進。

 髪を掠めながら締められた脇をすり抜け、背後に回った。

 

「あっ!」

 

 反応が身体に反映される前に、膝裏を蹴る。

 膝カックンの要領で、金太郎は片膝をついてしまった。

 

 足の裏以外が地面に着けば負け。

 それは本人も認めた通りである。

 

 実戦ならどうなるかわからない。

 そういう反論も、実戦ならばこの後ナイフが首筋に突き刺さると考えれば封じられる。

 

「おお、金太郎の速さを上回った……!」

 

「おい金太郎、気付いてるか? お前負けたぞ」

 

「……わかっているっ!」

 

 足を折るほどの勢いでは蹴っていない。

 すぐに金太郎は立ち上がると、良介を振り返った。

 

「俺の剛を上回る柔。見事だ、蒼穹の魔王!

我らの頭上を任せるに相応しい実力だ!」

 

「今更じゃないのか? 今までもやってきたじゃないか」

 

「なぁに、改めて確認したかっただけだ!」

 

 バン!

 パンのように大きく分厚い手が良介の肩に叩きつけられた。

 

「痛い」

 

「悪いな! ガァーッハッハッハ!」

 

 もう一度叩きつけられた。

 

「お前、さっきの負け根に持ってるだろ」

 

「バレたか! ガーッハッハ!」

 

「3度目は喰らわないぞ」

 

 今度の肩パンは回避し、ゆき達の元へ戻った。

 

「ふぅ、とんだ体育会系の集まりだ」

 

「えっと、お疲れ様でした。良介さん」

 

「見事だったぞ、良介。私が見込んだだけはある」

 

 ふたりから労いの言葉を受け、今度はすごく申し訳なさそうな小隊長と分隊長が口を開いた。

 

「……うちの部下が、申し訳ない」

 

「いや、本当に申し訳ない……強く言って聞かせますので」

 

「まあ……運用に支障をきたさない程度にね」

 

 葦原連邦近衛軍第一挺身団。

 どうやら恐ろしく、個性豊かなメンツらしい。

 

 彼らを明日、守るために戦うのだ。

 通信機越しにセリフがあるだけの、モブではない。

 本物の人間なのだ。

 

 良介は、その思いを新たにした。

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