蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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180 一手透き作戦「ThreatMate」

央暦1970年5月18日

鳴田藩 千里空軍基地

葦原政府空軍 第7航空団航空整備隊

千葉“和子”(しげし) 一等航空整備兵

 

 世界が死んだかのように静まり返った早朝の基地。

 東の空が白んだのを確かめた千葉和子は、工具箱を片手に兵舎を抜け出した。

 

 この戦時体制下では、時間外労働など珍しくもない。

 歩哨たちは薄暗い道を往く航技兵を見ても、誰何(すいか)のひとつさえしなかった。

 

「あれ、繁じゃないか。こんな時間にどうした?」

 

 間の悪い。

 不幸にも和子は知り合いの歩哨と出くわしてしまった。

 

 同郷の幼馴染。

 だけれど一方で、葦原政府に心酔している。

 だから……敵だ。

 

「第67飛行隊とかいう連中、朝イチで飛ばしてぇから整備しろってさ」

 

「あの、どう見てもク連の奴らか?」

 

「あのどー見てもク連人の集まりだ」

 

 葦原政府は葦原を諸外国の侵略から守りたいと言っていた。

 しかし現実はどうだ、夷俘島まで追い込んだ幕府……今の葦原連邦によって、逆に追い詰められつつある。

 

 和子も一時期は葦原政府の言葉に内心賛同していた時期もあったが、あれはただの言葉に過ぎなかった。

 

 大和幕府の体制が限界なのは悟っていた。

 では葦原政府は次なる葦原の担い手に足る存在か?

 

 彼女の出した結論は、否。

 神祇官率いる葦原政府は葦原を乱し、混乱を生み出す。

 ましてや、次の社会を創り出す気など微塵もなかった。

 

 明らかなクルーヴィナ連邦の軍人と装備を迎え入れているのは、数多くある証拠のひとつに過ぎない。

 

 だから千葉和子は行動を起こすのだ。

 そう、これから起こすのだ。

 

「大変だな。あの連中、葦原語(ことば)話せないんだろ?」

 

「いっつもウニャー、ブリャー、スーカばっかで何言ってるのかわかりゃしねぇ。

通訳も使えねぇ連中ばっかだしよ」

 

「ははは、頑張れよ。神祇官万歳」

 

「ああ、おめぇもな」

 

 幼馴染を適当にいなして、別れる。

 私人として悪い人間ではないのだが……

 戦時体制下は戦争を身近なものにした。

 

 牽引車両に積まれた高射砲。

 複数人で運用する、倉庫でしか見ないような20年代後期の旧式だ。

 

(75ミリ……こんなモン、今時回転翼機にしか通じやしねえぞ)

 

 首都武揚の防空を任されている千里基地だが、こんなものが基地敷地内に配備されたのを和子は見た事がなかった。

 新聞やラジオ放送は毎日のように政府軍の勝利を報じているが……

 

 やはり、状況は逆。

 徐々に押されて、千里基地にも空襲を想定しなくてはならなくなった。

 しかも兵器が足らず、50年前の骨董品まで引っ張り出す羽目になっている。

 

(……仕掛ける余裕はあるな)

 

 なるべく自然に、かつ足音を忍ばせながら。

 和子は高射砲へ歩み寄る。

 

 高射砲だけあって、24時間担当の兵士がそばで待機している。

 しかし、士気は高くない。

 

 2人は弾薬箱に腰掛けて煙草を吹かし、1人は大の字になって居眠りしていた。

 誰も和子の方向を気にしていない。

 

 ロックを事前に解除しておいた工具箱から、和子はクリーム色の塊を取り出した。

 錬金術で錬成された粘着爆弾。

 その破壊力は微力ながら、高射砲を破壊するには十分だった。

 

 粘着爆弾が張り付かない、特殊グローブでそれを掴むと牽引車両の底面に貼り付ける。

 

「ん?」

 

 その時、兵士の談笑が止まった。

 

「あれ、航技兵?」

 

「……何の用だ?」

 

 ここの兵士たちはよそ者だ。

 さっきのような誤魔化し方は通用しない。

 頭を働かせて、状況を誤魔化すしかなかった。

 

「お前ら! テメェが尻に敷いてるそれが何なのかわかってんのか⁈」

 

「はぁ? 箱だけど?」

 

「単なる箱じゃぁねぇ、弾薬箱だ!

テメェら揃いも揃って、火気厳禁の文字が読めねぇ文盲か⁈」

 

「……かきげんきんってなんだよ」

 

 潜在的な敵とはいえ、和子は呆れ果ててしまった。

 改めてこの兵士たちに意識を向ける。

 

 こいつらは葦原民間防衛隊……

 つまり軍隊経験を持つが故に、徴発された中年たちだ。

 

 古い時代の幕府軍や藩軍では徴兵制があり、この年齢層には経験者が数多くいた。

 だというのに、このレベルだというのか?

 

 こんな有様では、自分が離れた後で爆薬を起爆しても、誰も不思議に思わないに違いない。

 

「弾薬は発射薬で弾頭飛ばす! その箱に煙草の火が入ったらどうなる!」

 

「……はっ、これだから航技兵のオタッキーどもは。

そんな事、起こるわけないだろ?」

 

「なんでそんな事が言えんだよ」

 

「起こった事がないからだ! 一度も!

オタッキーはありもしない事をくどくどくどくど……

しつこいんだよ」

 

「はぁー……なら勝手にしろ。木っ端微塵になっても知らないからな」

 

「はっ! ならないならない!」

 

「お前こそ、飛行機が爆発しない事を祈りな!」

 

 呆れ果てた経緯だが……うまく接近を誤魔化せた。

 焦りではなく、怒りから。

 動きでそう表現しつつ、足早に高射砲から離れる。

 

 こんな雑魚は主目標ではない。

 本命はもっと大きいものだ。

 

 道中の高射砲から離れると、和子は本命に行き着いた。

 千里基地第14格納庫、中型輸送機が丸ごと入る格納庫であり……

 件の第67飛行隊の所属機が納められている格納庫でもある。

 

 和子はその所属機の整備を任されており、数日前まで読んだ事もない言葉で書かれたマニュアルを翻訳しながら理解する日々であった。

 この日々は、決して無駄ではなかった。

 

 このわずかな粘着爆弾を起爆しても、確実に無力化出来る要所を知る助けになるのだから。

 故に、この本命用の爆薬は親指に乗る程度の微量しかない。

 だからこそ、見つかりにくい。

 

 事前に拝借していた格納庫の鍵で扉を開くと、一切の光源のない暗闇に足を踏み入れた。

 自分の手足を拝む事さえ叶わない暗黒。

 記憶を頼りに、鎮座する機体のもとへ。

 

 照明を使うことは出来ない。

 万が一にもこのような姿を見られれば、間違いなくその場で

 

「銃殺される」

 

「……!」

 

 しくじった。

 和子はこの瞬間に、自分の失敗を悟った。

 

 相手はクルーヴィナ連邦の人間。

 ここまで簡単に工作を許してくれるほど、甘くはなかった。

 

「猿知恵如きでどうにかなるほど、我々は甘くない」

 

 格納庫があらゆる音を反響させ、声の主の所在は掴めなかった。

 しかし間違いなく、その足音は実在を証明している。

 

 すがる希望があるとすれば、この声の主が武器を手にしていないこと。

 

「無論、ある」

 

 カチリ。

 拳銃の撃鉄を起こす音が反響した。

 

 ここまで正確に他人の思考を読み取れるのだ。

 相手は間違いなくサトリ。

 それもかなり高レベル。

 

「荒事は好まん。故に、思い出してもらう」

 

 サトリは他人の思考を読める。

 一方で、読み取れるのは思考の表層だけ。

 知られたくない事を考えなければ、読まれる事はない!

 

 和子は思い返した。

 昨日の夕食、自室の天井にある染み、幼少期の地元の景色、父親のサングラス……

 

「……心得はあるわけか。なら、仕方がない。

手荒な真似が好きな同僚に、後を任せるとしよう。

魔王との対決も控えているからな」

 

 ボン。

 照明が暗闇を消し飛ばす。

 思い知らされた。

 

 和子の推理は何もかも間違っていた。

 相手はひとりなどではなく、黒い肌をした4人。

 ひとりは航空服に身を包んだ戦闘機乗りで、残りは戦闘服を身につけた戦闘員だ。

 

 この戦闘員3人は自動小銃を持ち、寸分違わずその照準を和子へと向けていた。

 潜入は想定され、しかも暗闇の動きも察知されていたのだ。

 

 手荒な真似が好きな同僚。

 3人の戦闘員が、その同僚なのだろう。

 サディズムに満ちた彼らの笑みが、和子にそう確信させた。

 

 果たして、他の連中は何をしているのか。

 既に仕掛けているのだろうか。

 

「やはり、単独ではないか」

 

 戦闘機乗りの男はペンライトでエアインテークを覗きながら呟いた。

 点検作業と並行して読心もする。

 クルーヴィナ連邦のエリートだけはあると、認めざるを得ない。

 

「クルーヴィナ……? ふん、まあいい。

そのまま思い出せ。そうすれば、営倉だけですませてやろう」

 

「それは、御免だね!」

 

 魔力を飛ばす。

 

「こいつっ……!」

 

 格納庫の窓から爆炎の赤い光が差し込んだ。

 先ほど仕掛けた、あの爆薬だ。

 

 反射的に戦闘員の男2人が爆発を振り返る。

 ひとりだけ、それでも和子から視線を逸らさない。

 

「仕掛けたのはいくつだ?」

 

 戦闘機乗りの男、戦闘員の男、向けられた銃口。

 周囲の状況に集中して、思考を乱さない。

 

「ふん……」

 

 戦闘機乗りの男がク連の言葉で指示を飛ばすと、戦闘員が歩み寄ってきた。

 すぐに和子を包囲すると、工具箱を取り上げた。

 

「じゃあ、教えてあげようか?」

 

 まだまだ、爆薬は手元にある。

 

「ドルフ!」

 

 もう遅い。

 和子の目前で戦闘機を無力化するための爆薬が炸裂した。

 

 箱の部品や偽装のために放り込んだ工具が爆発によって、無数の鉄片となって飛散する。

 持っていた戦闘員の男は、この破片をモロに浴びてボロ雑巾になった。

 残る戦闘員も負傷し……和子も無傷では済まなかった。

 

 腹部に熱を感じた。

 視線をやれば、黒ずんだ血がツナギに染み込んでいく。

 伸縮生地の下着では、止めきれなかったらしい。

 

「自殺攻撃とは恐れ入る……東の猿め!」

 

「猿語がお上手じゃないか、アカ!」

 

「礼儀知らず命知らず、物も知らず!」

 

 爆発が、続け様に複数。

 和子の起爆を合図に、他の工作員も続いたのだ。

 

 緊急事態を報せる警報音が拡声器を通じて響き渡った。

 直後、緊急出撃を要請するベルの音色も。

 

 塚原港襲撃、これで多少の支援は出来たはずだ。

 

「なるほど、港の攻撃に合わせた破壊工作か」

 

「しまっ……!」

 

 和子はつい、考えてしまった。

 この破壊工作の目的を。

 

「しかし……末端の工作員に目的を伝えるものか?」

 

 考えない、考えない、考えない。

 別のこと、別のこと、別のこと。

 

「あの……うわっ、なんだこれっ」

 

「千葉っ? こ、こいつは一体……!」

 

 この騒ぎを聞きつけて、和子の所属する……今や、所属していた航空整備隊の同僚がやって来た。

 説明されずとも、状況は明らかだった。

 

「機体の始動を始めろ。間もなく、飛行士全員が来る」

 

「りょ、了解しました……!」

 

「あいつ、葦原語(ことば)話せたのかよ……」

 

 そいつはサトリだから、口にしなくとも読まれてるぞ。

 和子は内心で、本人に聞こえるように思考した。

 

 負傷していた戦闘員が応急処置を終えると、動けないままでいた和子の両脇を抱えて歩き出した。

 破片が刺さったままの腹部を地面につけたまま。

 

「ぐっ、があああっ……」

 

 振動が傷口を刺激し、耐え難い苦痛を走らせる。

 和子がうめく様子を見て、男たちは笑っていた。

 それよりも、さらに痛いお楽しみ(・・・・)が待っているぞ。

 

 そう言わんばかりの笑み。

 

「ふーっ……ふーっ……」

 

 負けないと気丈に振る舞う自身の中に、確かにある恐怖。

 あのサトリは果たして、和子の恐怖を読んでいたのか。

 

 普通の人間に、それを知る術はなかった。

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