蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
「ThreatMate」
央暦1970年5月18日
鳴田藩-菜戸藩藩境
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
菜戸藩は東国地方と奥葦原の境界に位置している。
奥葦原の自然と東国地方の工業地帯が入り混じる曖昧な地域だが、菜戸藩南にそびえ立つ
その麓を流れる
見渡す限りの団地と、オフィスの詰まった面白味のない3階建ほどの雑居ビル群。
そして、環境に悪そうな黒煙を吐き続ける工業地帯。
空軍基地周辺を幕府が更地として保有している鳴田藩北部はこれでもマシな方。
首都武揚の陸地では、見渡す限りの建築物で埋め尽くされているとか。
「ふん、関東と変わらないな」
関東でもここまで酷くはないだろう。
東京から東にしばらく行った千葉県辺りは、自然豊かなエリアではないか?
少なくとも千葉にここまで大規模な工業地帯は立ち並んでいない。
「葦原は工業に全ツッパ、第一次産業は奥葦原に押し付けてるらしいからな……」
愚かしい話だ。
一次産業、農業は自然と人の戦争だ。
一極集中などして、災害で奥葦原の農業全部おじゃんになっては、葦原全域で飢饉確定だろうに。
そうなった際には諸外国から買い付けるにしても、大慌てで発注したところで供給が追い付くはずがない。
工業地帯が垂れ流す廃棄物が、食糧生産に多大な悪影響を及ぼすという話だが。
あまりにも身の程を弁えず、そして雑過ぎる。
「……今日は随分と大和幕府に批判的だな?」
無線封止で暇だから、お前がそう思考しているんだろう。
そう、間もなく紫峰を越えて鳴田藩との境界線である刀禰川が視界に入る。
この時点で下手に通信電波を発すれば、政府軍に探知されかねない。
故に、無線封止を行って静かに南下しているのではないか。
「……さて、機付長の記憶はどこまで正しいのかな?」
機付長は葦原内戦が勃発した時点では、上司と起こした揉め事の報復人事によって斗米空軍基地に転勤させられていたそうだ。
しかしそれ以前の勤務地は、故郷である鳴田藩が千里基地だったのだ。
彼には鳴田藩の土地勘があるだけでなく、千里基地整備隊には何でもかんでも修理点検を任されていたらしい。
戦闘機はもちろん、陸の警備にあたる車両や高級将校の自家用車。
果ては、無線電探隊のレーダー設備まで。
「メチャクチャ過ぎだろ幕府軍、メーカーに頼めよ」
その疑問も機付長が答えていただろう?
高度な設備は大半が海外製品となり書類手続きが
それに加え、予算も滅多に降りないから整備隊がやるしかない。
あってはいけない事だが、自衛隊でもたまーに似たような話があったではないか。
あってはいけない事だが、たまーにな。
とはいえ───将校の車に関しては、明らかに職権濫用だが。
「っと、降下開始だ」
山頂に高度を合わせていたペンギン隊は、素早く機体を反転させると、山肌に沿った降下を始めた。
地形を這うように飛ぶ
機付長は今でも自分が修理点検していた設備の諸元を記憶していた。
レーダーが増設されていたり、哨戒している敵地上部隊に捕捉されればそれまでだが───
超低空でウェイポイント通りに進めば、見つからずに千里基地まで肉薄できる。
紫峰に沿った降下が終わり、菜戸藩南端部の川辺平野部に到達。
水平飛行に到達した瞬間に振り返って、僚機の位置を再確認。
ついでにナーガの様子もチェック。
「……よし。みんないるし、機体も異常なしだ」
菜戸藩の農村地帯で4つの土煙を上げながら、ペンギン隊は南下を続ける。
やがて堤防に差し掛かり、刀禰川へ。
「さあ、鳴田藩に突入だ……!」
刀禰川に4つの白線が横切り、すぐに消えた。
鳴田藩、そして千里空軍基地はもう間もなくだった。
「ウェイポイント・アルファ通過……」
ここから先は鳴田藩領の住宅街ばかり、目印になるランドマークは皆無。
MFDに表示されたウェイポイントを参考に、敵レーダー探知を回避するしかない。
「ライトターン……ナウ」
ウェイポイント・アルファ通過から3秒後、想定した通りに右旋回を始める。
目的地の千里基地は光化学スモッグによって、未だ目視は叶わない。
もしや、その千里基地とやらは実在しないのではないか?
なにせこのペンギン隊の面々に、この基地をその目で見た者はいないのだから。
不安は、確かにチェイスの中にはあった───
しかしだからこそ、見つからずに忍び寄れる可能性は高かった。
再び、MFDの地図を睨みつける。
アルファでの旋回から13秒後、ウェイポイント・ブラボーに到着する。
ナーガに搭載されたRWRに反応はない。
少なくとも、レーダーには探知されていない。
すなわち、機付長の記憶は未だ正確だという証明である。
一瞬だけ振り返り、僚機の位置を再確認。
彼らの腕を信じていないわけではないが、信頼と油断は紙一重。
もちろん、油断の先にあるのは失敗だ。
これは今、チェイスの背後を飛んでいるボスの言葉である。
「問題なし……レフトターン・ナウ」
左旋回を始める。
あとはレーダー索敵を避けられる地域はない。
十中八九、敵防空兵器からの迎撃を受ける。
あとはアドリブで敵戦力を把握し、攻撃するしかない。
そのはずだったが───
「黒煙……?」
光化学スモッグの白んだ空に、いくつかの黒煙が立ち上っていた。
工場が排気するガスではない、破壊の痕跡だ。
チェイスが振り返って僚機を確認すると、心なしか彼らもチェイスの方へ視線をやっているように見えた。
誰も心当たりのない攻撃、ブリーフィングを聞きそびれたわけではなさそうだ。
「当たり前だ、俺様でもブリーフの内容忘れた事はないぞ」
ほう、ならばじっくりと検証してやろうか?
きっと叩けば叩くほど、記憶からボロが出てくるに違いない。
ダニやノミが巣食うマットの如くな───
「そんな時間はない、索敵圏に入るぞ!」
マップ上の索敵範囲に突入するのとほぼ同時にRWRが鳴いた。
ナーガが敵レーダー波を浴びた、敵に発見されたのだ。
「ペンギン各機、無線封止解除!
マスターアームをオフかオンに弾き、AGM-1のシーカーを始動させる。
今はまだ攻撃が来ないが、敵はすぐにでも迎撃してくるに違いない。
準備だけはしなくては。
《レーダーに反応、近い……⁈ 敵です!》
《馬鹿な、電探は何をしていた⁉︎ くそっ、こんな時に!》
フツノミタマが敵通信の傍受を始め、チェイスのナーガに送信を始めた。
まだ交信は来ていないが、通信状況は把握しているようだ。
「チェイス殿っ、この状況は⁈」
無線封止を解除した途端、竜司が泡食った様子で問い掛けてきた。
「さあね、俺たちふたりがブリーフで寝てたのかもね!」
「3人だ。私も初耳なのだからな」
「いいや、ペンギン隊全員だ! 先行した味方部隊なんぞ聞いてないからな!」
やはり、イレギュラーな事態か。
敵同士の仲間割れか、同時多発的な事故か。
知る可能性が高いのは、彼らだ。
「こちらフツノミタマ。火の輪をくぐった!
繰り返します、火の輪をくぐった!
ペンギン隊へ、塚原港への陽動は成功しています。
現在、新選組は千里基地より飛来した敵部隊と交戦中です!」
「それよりも、今データリンクで送った。これなに?」
《こんな事もあろうかと、誘導装置を冷却していた甲斐があったな……
対空迎撃! 誘導弾、
フツノミタマからの返答が来る前に、危険が千里基地より打ち上げられた。
空に流れる白い軌跡、SAMと判断するのに十分過ぎる状況だった。
「SAM、
「回避します!」
RWRが鳴かないのなら、攻撃は熱源を追尾するヒートシーカーでほぼ確定。
ペンギン隊はフレアを投下し、散開する事でミサイルの誘導を乱した。
ヒートシーカーは熱という不確かなものを見つけて追いかける性質上、フレアさえあればあまり当たらない。
飛来したSAMはペンギン隊の中央を突き抜け、空中で自爆した。
「俺がやる、ターゲットロック!」
チェイスはナーガに搭載したAGM-1のシーカーを、先ほどミサイルが打ち上げられた辺りに向ける。
すると、明確な人工物のシルエットをした熱源の姿が。
「ペンギン1、
主翼からAGMを放ったのとほぼ同時に、別方向からもSAMが打ち上げられた。
さらに、対空機関砲の曳光弾まで。
最大出力で飛ばすと、チェイスは見通しの良い滑走路上空を横切った。
敵の注目を集め、ペンギン隊の僚機に敵戦力の配置を把握させるのだ。
思った通り、対空機関砲が次々に弾を打ち上げてきた。
「みんな、発射地点を攻撃!」
「ペンギン1! 後方、誘導弾です!」
ミラーに地上から伸びる白線が映り、真後ろの死角へと消えた。
ナーガのエンジンノズルの排熱がSAMに捉えられたと見ていいだろう。
「厄介ファンの登場だ……!」
ヒートシーカーはほんの少し標的を先回りするような挙動、比例航法で追尾する。
上空へ退避すればむしろ思う壺。
安全なのは、さらに危険な下しかない。
操縦桿を押し倒し、ただでさえ
高度
そこへ格納庫の合間に向かって旋回した。
《あの蒼い戦闘機、なんつー高度を⁈》
ミサイルが比例航法で迫るも、障害物が現れる状況を想定するほど賢くはない。
チェイスに喰らいつく寸前、格納庫に激突して炸裂した。
《あいつ、誘導弾を格納庫に食わせやがった!》
管制塔前の駐機場にSAM発射器が。
シーカーを操作すると、捕捉を確認する前に発射ボタンを押した。
「ライフル!」
曳光弾をかわしつつ、AGMを放つ。
照準に機動があまり影響されないのが、ミサイルのいいところだ。
爆炎で管制塔が照らされるのを目の当たりにしつつ、チェイスは基地敷地を南へと抜けていった。
《弾かわしながら攻撃してきやがる……!
人間業じゃねぇ!》
《蒼い機体、人間離れした練度……蒼穹の魔王!
播磨型を沈めた、あの魔王だ!》
《馬鹿な事を、戦闘機に戦艦が沈められるか!
あんな宣伝を真に受けるな、相手は当たれば墜とせる人間だ!》
《魔王魔王うるせぇよ! 他の奴らにガンガン兵器がやられてる!
なんでもいいから敵を攻撃しろよぉっ!》
敵兵器の向きを変えられただけでも、この航過は十分だった。
一旦チェイスは距離を取ると、フツノミタマに確認した。
「どう、この状況? 何かわかった?」
「先ほど空軍司令部を介して通達が来た。
合衆国中央情報グループ、CIGが現地抵抗勢力に本作戦に合わせて、
行動を促したとの事だ」
これは通信士であるゆかりには荷が重いと判断したのだろう。
フツノミタマの責任者である次郎が、この報告を行なった。
「抵抗勢力……レジスタンス? なんでそこで合衆国が出て来るんだ?」
「奴らは葦原中に間者を送り込んでいる。
ともかく、その攻撃は抵抗勢力の
ひとまず、状況は理解出来た。
なんか知らんけどよそ者の合衆国が、千里基地の反政府レジスタンスにこの作戦を支援させたのだ。
ここで出て来るなら普通、連邦の諜報機関なのだが───
思い返してみれば、連邦は明確な諜報機関を組織していないかったはずだ。
あるのは各軍に存在する憲兵ぐらいなもの。
旧幕府時代には
トドメに、数少ない御庭番も内戦初期に政府側の特殊部隊によって壊滅状態に追い込まれたとか。
これはチェイスの推測だが───
千代と御庭番について話したときに、大した連中ではなかったという旨の発言があった。
つまり、そういう事だったのだろう。
閑話休題。
敵の仲間割れではない───いや、空軍基地に入り込めるのだから、広義の仲間割れかもしれないが。
飛行場設備を接収したいという事情こそあったが、無闇矢鱈に破壊しないAGMを積んでいたのは正解だった。
「オッケー、状況はわかった。
フツノミタマ、近衛軍と陸軍にこの情報を伝えてくれ。
仲間殺しは向こうも避けたいだろうし」
「遭遇した際の合言葉含め、近衛軍・陸軍・抵抗勢力へ既に通達している。
抜かりはない」
「さすが。今後も頼むぜ」
右旋回して、今度は民間向け設備となる鳴田空港側へアプローチを掛ける。
こちら側は輸送機関連を運用するスペースにしているらしく、ヤ-11型が無数に並んでいた。
ヤ-11は輸送機だが、爆撃機仕様も葦原では多く配備されている。
チェイスがこの世界に来て間もない頃、相手にしたあのモデルだ。
輸送機仕様と爆撃機仕様には、ひと目で判別出来るほどの明確な差異はない。
しかしこんな前線近くに配備されているのだ、大半が爆撃機と見るべきだろう。
「こちらペンギン1。鳴田空港駐機場にヤ-11、数18!
爆撃機仕様のヤ-11Bと思われる!」
「確認した。防空兵器の排除が最優先だが、可能なら破壊せよ。
接収しても使い道がない、万が一の可能性に備えて戦力を削減するべきだ」
「しくじるつもりはないけど、了解」
AGMのシーカーで地上の熱源を捜索する。
もちろん、守りが皆無なはずもない。
焦げカスとなった残骸は千里基地側より多く、SAMらしき姿はなかった。
どうやらレジスタンスとやら、鳴田空港側での活動が活発だったらしい。
攻撃すべき防空兵器は対空機関砲くらいだった。
「ペンギン1、ライフル!」
生き残っていた2基の機関砲にAGMを放ち、低空飛行を始める。
攻撃の目標はもちろん、ヤ-11爆撃機だ。
AGMが着弾し、駐機場に2つのクレーターを穿つ。
爆撃機のエンジンが始動する様子もなく、まさに
HUDにGUNレティクルを表示させ、30ミリの発射スイッチに指を這わせる。
ナーガの30ミリは強力だが、発射速度も早い。
適当に撃っていては、100発の弾倉はあっという間に空になってしまう。
「ガンズガンズガンズ」
30ミリは5発に1発、砲弾の軌跡を確認するため装填されている。
照準が重なった直後、引き金を絞る。
2つの曳光弾を確かめると、次の標的に。
この作業によって、6機の爆撃機が穴だらけになった。
翼の破断やエンジンの脱落、コクピットの被弾。
少なくとも、即座に離陸は出来ない被害を与えたはずだ。
「ペンギン1、敵爆撃機6機破壊」
「十分だ、本来の目標に移れ」
鳴田空港側の防空戦力は排除した。
ならば、千里基地側に集中するのが道理というものだ。
ペンギン隊の僚機たちが戦闘を続ける東部へと針路を取る。
「こちらペンギン1。2、状況は?」
「地対空誘導弾、及び基地の電探は排除しました。
現在、敵戦力を捜索しつつ上空待機中です」
SAM発射器を隠せるような建物は、そう多くない。
とはいえ、人間の発想を甘く見ると危険だ。
思わぬところから思わぬものが出て来る可能性は考えなくてはならない。
「ひとまずクリアって事にしておこう。
フツノミタマ、近衛軍を呼び寄せてくれ」
「了解しました。第一挺身団、千里基地の安全を確保。
突入、開始してください!」
「第一挺身団了解! 野郎ども、死地へ赴くぞ!
死ぬ用意をしておけ!」
近衛軍のヘリが降下し、千里基地を制圧する。
それが完了すれば、この作戦におけるペンギン隊の任務は完了だ。
もちろん、無事に済むとは誰も思っていない。
「こちらぺんぎん3、基地南東の
大助が手短に報告した。
掩体壕とは、多少の攻撃を受けても問題ないようにコンクリートで補強された格納庫だ。
輸送機や爆撃機のような大型の機体を収めるのは難しく、千里基地にそのサイズは存在しない。
事前情報では、戦闘機用の掩体壕があると聞いていた。
すなわち、戦闘機が離陸を企図しているのだ。
《こちら千里ATC! 紺4、無茶だ! 離陸を中止せよ!》
《お断りだっ、ただで死ねるものかっ!
離陸して魔王にっ、幕府に一矢報いる!》
《紺4に続け! ひとつでも多く首級を挙げよ!》
戦闘機が離陸すれば、近衛軍のヘリは抵抗など出来ない天敵となる。
見過ごすわけにはいかなかった。
「敵戦闘機は近衛軍にとって最悪の脅威だ!
ペンギン隊、離陸を許すな!」
「こちらペンギン2。問題ありません、私が一掃します」
ちょうどよく、竜司が基地南に位置していた。
彼女は軽く降下して掩体壕を正面に捉えると、誘導路へ向かっていた敵機に狙いをつけた。
「ペンギン2、掃射!」
新たに竜司が搭乗しているP-21Bタイニー・シェールは、オロールをベースとした戦闘機だ。
しかし原型機とは共通点より差異の方が多く、エンジン含め中身はほとんど別物。
合衆国の頭脳、エラ・アーロンが再設計した代物である。
《敵機、低空から接近! 味方機狙い!》
《機銃を出せ!》
「倉庫が開いた! 竜司、警戒しろ!」
「大丈夫、やれます!」
換装した高出力エンジンによって、空気密度の高い低空でも高速状態を維持出来る。
弾丸の如く竜司のP-21は基地上空を過ぎ去り、離陸を目論む敵機を掃射した。
敵が倉庫から引っ張り出したトラック、それが積んだ機銃は弾を打ち上げるも、照準は間に合わなかった。
倉庫の屋根をぶち抜きながら機銃弾を空へばら撒いただけで、既に彼女は過ぎ去っていた。
《紺4から7が破壊された! 誘導路にも着いてないのに!》
《退避っ、退避ーっ!》
「逃すかよ!」
ボスがAGMを放つと、捕捉されていたトラックは倉庫に引っ込んだ。
結果、AGMは倉庫の屋根を貫いて炸裂。
弾薬が集積されていたのか、建屋は大爆発を起こした。
「おお、かなりの爆発だったな。ペンギン3が目標を破壊!」
「あいつら、軽トラをテクニカルみたいに運用してたぞ。
こりゃ、そこら中の建屋に火力を隠してそうだな」
人が持つには重過ぎる重機関銃が、車の機動力で移動する。
それだけでも、軽歩兵の集まりである第一挺身団には脅威となる。
陸軍第一戦車隊との戦いに装甲車両を集め、千里基地の守備にはSAMと設置型の対空砲、そしてテクニカルを重点的に配置しているようだった。
正面切って戦うための戦力が、政府軍には不足しているのだ。
「こちら第一挺身団! 着陸地点に到着!
これより俺も降下する! ペンギン隊、支援頼む!」
第一挺身団のヘリが基地北部、兵舎前のロータリーに着陸した。
空挺部隊と車両が次々にヘリのキャビンから飛び出し、展開を始める。
彼らに装甲の類は一切ない。
小銃で撃たれれば戦えなくなる、歩兵の集まりに過ぎない。
ペンギン隊の支援がなくては、作戦は失敗する。
「こちら第2小隊、兵舎を南下中……動きはない。
戦力を基地設備に集中させてるのか?」
チェイスは第2小隊のいる辺りへ視線をやった。
3両の汎用車両が走行し、道路を南下している。
彼らが戦闘をしている様子は見受けられず、兵舎屋上にも敵が潜んでいる様子はなかった。
「ペンギン隊、上から敵が見えるか?」
「いや、敵影はない。来るとしたら建物の中からだ。
とにかく、今は進んでくれ」
敵は既にペンギン隊の空襲を受けた事は理解している。
撃って来るとすれば、屋根のある建物の中からだろう。
「ペンギン隊各機へ。AGMのシーカーは人の熱源も見えるけど、
窓ガラス1枚あるだけで見えなくなる。目視の索敵を重視!」
AGM-1のシーカーは、一種の
つまり、サーマルビジョンというやつだ。
しかしサーマルビジョンには窓ガラスのような、透明な遮蔽物を透過出来ないという欠点がある。
熱源を視覚化する装置であるため、ガラスの熱しか見えなくなってしまうのだ。
建物の中、ガラス越しに監視する相手との相性は絶望的だ。
「……人影だ! 第6兵舎、3階! 西から見て3つ目の部屋!」
ペンギン隊で最も目がいいのは大助だ。
今回も彼女は、その目を索敵に活かしてみせた。
第6兵舎は第3小隊から見て北に位置する。
彼らはここの南にある道路を西へ向かって横切ろうとしていた。
「えー、西から……ぐっ、銃撃!」
大助の指摘した兵舎の窓ガラスが砕け散り、曳光弾が第2小隊に向かって伸び始めた。
敵部隊が兵舎内部で待ち伏せていたのだ。
「待ち伏せだ! 撃ち返せ!」
「くそ、情報が漏れてたのか?」
「いや、その割に陣地が構築されてない」
ボスの懸念はごもっともだが、その割には土嚢を積み上げさえしていない。
たとえ軍事基地の兵舎であろうと、小銃弾は住宅の壁を存外容易く貫通する。
家の壁が20ミリでも傷ひとつつかないのは、FPSくらいなものである。
機関銃で撃ちまくるだけで、中にいる人間の少なくない数が死傷するだろう。
だと言うのに、軍隊の基本であるそれをしない。
怠慢というには命懸けが過ぎ、無能というには状況が突発的だ。
第一戦車隊は既に千里基地北東で戦闘を繰り広げている。
その戦闘を受けて、陣地を検討している最中だったとチェイスは推測した。
第一、現代線で陣地を構築するなら市街地でもなければ塹壕を掘る。
遮蔽物になっても盾にはなれない建物に籠る必要はないのだ。
「落ち着け、連中の装備は小銃だけだ!
66ミリなんて撃とうものなら、バックブラストで……」
ドン!
突如、
いや───爆発ではない。
巨大な投射物を放つためには、相応の衝撃が発生する。
いわゆるバックブラストというやつで、人が十分死ぬほどの威力がある。
閉鎖空間で撃てば、その部屋は大惨事になってしまう。
小銃くらいしか使えなくなるという点も、建物が待ち伏せに向いていない理由なのだ。
「……ああいう事になる!」
「ペンギン隊、第3小隊が身動きを取れません!
支援してください!」
兵舎に立て籠った敵歩兵。
綺麗にひとりずつ撃ち抜けるほど、戦闘機は器用ではない。
とはいえ、やりようはあった。
「了解。こちらペンギン1、対処する」
チェイスは南からアプローチを始めた。
30ミリは対地攻撃に絶大な威力を発揮するが、建物に立て篭もる敵に対してはさほど有効ではない。
ならばもうひとつの兵装であるAGMが自然と選択肢に入る。
あれほど大きな目標であれば、誘導する必要はない。
「第3小隊、隠れろ。ペンギン1、ライフル!」
あれは兵舎、軍事施設であり、いるのは政府軍の軍人だけ。
気分は乗らないが、命令を拒否するほどではない。
AGMを捕捉させず、兵舎のど真ん中目掛けて発射する。
ロケットの如く、追尾目標を持たずに飛翔するミサイルは一直線に目標へ向かい。
直撃、炸裂した。
第6兵舎南側のベランダが大きく崩壊し、瓦礫の山と化す。
これで果たして、何人の兵士が巻き込まれたのだろうか。
連中があそこに民間人を連れ込んでいない事を祈ろう。
「兵舎の南側が崩壊……! 敵火点沈黙!」
「フォーッ! 見えたぞ、蒼穹の魔王!
帰ったらバッチリ礼はするからな!
野郎ども、前進再開だ!」
第3小隊の移動再開を確かめると、チェイスはMFDの兵装管理画面に視線をやった。
GUN40%、AGM1発。
あとは対空用のSRMが2発ばかり。
エースコンバットならば、帰還して補給を受けている状態だろう。
「出来るミッションならな……」
残念ながら、それをしている余裕は我々にはない。
近衛軍は1秒でも長い支援を必要としているのだから。
《確かなのか? 回転翼機が兵舎の辺りで降下したっていうのは?》
《北に展開していた連中からです。
その交信を最後に、通信は途切れました》
《人も装備もジジイ揃いだが、やるしかないか……
よし、やるぞ!》
「ペンギン3だ、報告する。第4格納庫から車両複数……
おいおい、戦車だ! 戦車を出して来やがった!」
管制塔付近を警戒するボスからの報告。
戦車、小銃弾を通さない装甲を持つ戦闘車両。
もちろん、小銃や機関銃を持つだけの空挺部隊では相手にならない。
「やべぇっ、戦車! 3両もいる!」
「見えた、
今は70年だぞ、今さらあんなポンコツを持ち出して来るとは!」
「だが、あいつに小銃は通じん。俺らを殺すには十分だ!」
たとえ旧式でも、戦車は戦車。
小銃弾を通さない装甲と掃射出来る機関銃があれば、対戦車兵器を持たない歩兵にとっては悪夢の存在だ。
そこに多少の遮蔽物を吹き飛ばす砲も添えられていれば、まさに死神である。
「誰か、66ミリ持ってこい! 当てれば1発だ!」
「当たれば、です!」
第一挺身団も戦車相手に無策ではない。
彼らは66ミリ擲弾発射機を装備しているため、一応は戦車に対抗する手段を持ち合わせている。
ただし、この擲弾発射機に誘導機能などありはしない。
数十キロある発射機と弾を抱えて、見えるところまで行って正確に照準・発射しなくてはならない。
見えるということは、向こうにも見えるということ。
撃てるということは、向こうにも撃てるということ。
指摘されれば誰もが道理と鼻で笑うが、忘れている者は多い。
ゲームではないのだから、機銃掃射を受ければ回復せず即死だ。
さらに向こうには装甲があるため、小銃や機関銃の制圧射撃は効果が薄い。
それどころかあえて攻撃を受けて位置を特定し、小銃より10倍ほど大きい主砲を撃ち込むという手もある。
まさしくクソゲー、まともな勝負にはならない。
だから、彼らは勝負してはならないのだ。
「第4分隊が建物ごとふっ飛ばされた!」
「ペンギン隊、頼む!」
「今向かう!」
チェイスが抱えるAGMの残弾は1発。
対する敵地上戦力は戦車3、テクニカルが5。
殲滅は厳しい。
「ペンギン隊、誰か対地兵装残してる?」
「竜司、空対地誘導弾、残弾1!」
どうやら、竜司以外にAGMは残っていないらしい。
少なくとも戦車1両はGUNで対処する必要がある。
「チェイス、俺と大助でテクニカルをやる。戦車は頼んだ」
「それが妥当かな。竜司ちゃん、GUNの残弾は?」
「20%を切っています」
彼女は戦闘機を複数地上撃破するために掃射している。
チェイスと比べて的が小さいため、仕方がない事だ。
「位置についた。攻撃用意!」
最後のAGM、シーカーを起動させて戦車を捕捉する。
取り巻きのテクニカルがチェイス達を目掛けて銃撃を始めるが、先行したボスと大助が20ミリで掃射する。
軽トラックをベースとしたテクニカルは、20ミリ砲弾を受けて容易くボディの残骸を撒き散らした。
迎撃は沈黙した。
「ペンギン1、ライフル!」
「ペンギン2、空対地誘導弾、撃つ!」
AGMを放った後も油断はしない。
FCSをGUNに切り替え、照準器越しに最後の敵戦車を睨む。
注視していると、ハッチから車長が身を乗り出すのが見えた。
降伏ではない、砲塔の後ろ向きに配置された機関銃に縋り付いたのだ。
敵戦車の車長が、この機銃で迎撃を試みている。
照準器のサークルが、ピタリと彼に重なった。
「……」
引き金を絞り、すぐに戻す。
砲塔に無数の風穴が空いた敵戦車はあらゆる行動を止め、佇んだ。
「敵戦車沈黙! ペンギン隊だ!」
「管制塔は目の前だ! 邪魔者はいない、分捕るぞ!」
管制塔には大掛かりな戦力を潜ませる余地は少ない。
もしかすれば陣地化しているかもしれないが───
それでも、慣れている彼らならば問題はない。
「こちらフツノミタマ! 塚原港より離脱した敵機、急速接近!
それよりも差し迫った脅威が迫っていた。
「陽動作戦に気付いて、慌てて戻って来やがったか」
既に千里基地は着陸出来るような状態ではない。
それを承知で向かって来るのだから、向こうの目的は帰還ではなく戦闘にあると見るべきだろう。
「だろうね。さあて、やるか。ペンギン隊、編隊を組み直そう」
ペンギン隊は高度
チェイスの駆るナーガに自前のレーダーはないため、捉えられなかったが───
データリンクを介してその機影を捉える事は出来た。
《2重の陽動作戦とはな、してやられた》
聞き覚えのない、ノイズ混じりの交信。
状況を考えれば東から接近している、4機の編隊から飛んできた交信と見るのが妥当だろう。
つまり、彼らはオープンチャンネルで対話を求めているのだ。
「国籍不明機へ。所属を名乗り、戦闘をやめて帰投せよ」
《意地悪を言ってくれるな、蒼穹の魔王。
出来ない相談だと知っているだろう?
我々は葦原政府空軍の所属、それ以上は明かせん》
クルーヴィナ連邦の新鋭機を自在に操る、謎の精鋭。
葦原政府は絶対に認めないが───
十中八九、葦原へ派遣されたク連の戦闘機乗りだ。
「敵機の特定が完了しました! 機種はF-24!」
「やっぱりな。この間、俺を追い詰めてくれた野郎だな?」
月光解放作戦の最中、上空援護のために飛来した機体と同一。
葦原での戦闘でF-24が目撃されたのはこの一例だけ。
そう多く配備されていないのであれば、同一人物と判断するのが妥当である。
《隊長。レーダーの機影、前回の奴と異なります》
《あのポンコツじゃないってわけか。そう来なくちゃな。
燃料も残り少ない、手早く任務を果たすぞ》
「敵編隊、間もなく誘導弾の射程圏内です!」
フツノミタマの通信士、ゆかり上等兵が警告した。
翼端のSRMを目視で確認、弾体の状態を確認してからシーカーを起動。
「ペンギン隊、交戦」
肉眼の視界でも、白んだ空に浮かぶ4つの黒点が見えてきた。
互いの高速飛行により、
すぐにシーカーが敵編隊の熱源を捕捉し、不愉快な音を発した。
「撃って来ない、今回も……必中を狙ってる?」
「いや、違うな。奴らの残弾が残り少ないのだろう」
大助の読みは、恐らく正しい。
彼らは塚原港奪還阻止のために、既に新選組と一戦交えた後だ。
新選組は簡単に逃げ切れる相手ではない。
相応に消耗しているのだ。
「燃料も少ないはずだ。だからその分身軽だ、気を付けろ!」
そしてこれは、ペンギン隊もお互い様。
高速で千里基地に接近し、CASを行った影響で燃料が残り少ない。
この戦闘が長引けば、帰還すら危ういほどだ。
お互い、この空に長居は出来ない。
「ペンギン1、FOX2!」
チェイスの発射に合わせて、ペンギン隊が次々にミサイルを放つ。
敵も残弾が少ないとはいえ、ただ撃たれるばかりではない。
《ルサルカ3、ミサイル発射》
1機だけミサイルを放つと、突如として彼らは正面を向いたまま上にスライドした。
例のリフトエンジンを駆使した、異様な機動だ。
それだけではミサイルはかわせないが、そこにロールとピッチアップを組み合わせる事で、誰も見た事のない動きとなる。
シーカーの想定を上回る挙動により、敵機を追うミサイルは理解しやすい動きのフレアに誘引され、空へと消えていった。
「また変態機動でかわしやがった! イカ野郎め!」
失敗と見たチェイスは素早くFCSをGUNに切り替え、意識を照準器に向ける。
ナーガのGUN FCSはレーダーではなく旧式の簡素なジャイロ式。
標的の未来位置を予測するような機能はなく、事前に設定した距離のどの辺りに弾が飛ぶか程度の情報しかもたらさない。
だから外した、というわけではない。
曳光弾は先陣を切るF-24の僅か下をすり抜けた。
リフトエンジンの異様な挙動は、チェイスの勘でも予測しづらいのだ。
とはいえ───次はもうない。
一方、敵機の弾が空気の層を切り裂く風切り音は風防越しに響いた。
ほんの1メートル、いや数十センチの違いで命中しなかった致命弾だ。
互いの機体が放つ衝撃波がぶつかり合い、世界を揺らす。
チェイスは旋回を始めながら背後を振り返り、敵編隊の様子を伺う。
上昇はせず、わずかに降下しながらの旋回。
前回のような積極的に上を取る動きは見せない。
リフトエンジンに無理を言わせて動いているのだ、燃費がいいわけがない。
やはり、彼らの燃料は残り少ないのだ。
《ひとりでもいい、取り巻きを排除しろ。4で1にあたる。
魔王は危険だが、チームあっての脅威だ》
「へぇ、わかってるじゃないか。でも……」
「取り巻きなどと甘く見た報い、受けてもらう……!」
《そちらを一人でも減らせれば、脅威は大きく減る。
党はそう判断した、悪く思うなよ》
「党……やはり、ク連の手の者っ……!」
《戦いの最中に話し過ぎたかな》
交信は打ち切られ、通信機が静まった。
危機的状況でアドレナリンが過剰分泌され、余計な事を口走ったと自覚があるのだろう。
「フツノミタマ、連中の位置は⁈」
「現在西へ……2つに散開!」
「作戦漏らしたから変えて来やがったな」
ボスの推測は妥当だが───
彼らの目的はペンギン隊の戦力を削る事だ。
自称していた目的など怪しむべきではあるが、嘘にしては妥当過ぎた。
ならば複数で1つを狙うのは常道。
裏があると、チェイスは睨んだ。
とはいえ、敵の狙いは事前に打ち砕くのが最適解だ。
間違っていないのならばなおのこと。
チェイスを先頭にペンギン隊は編隊を組み直し、反転。
北と南の2方向から迫る敵と相対する。
「ちぇいす。いつもの戦術でいく、いいな?」
大助のYP-27と彼女の高速飛行技術。
それを組み合わせ、遠距離から迫って離脱する一撃離脱。
ペンギン隊が遭遇した危機を何度も乗り越えた戦術だが───
相手はペンギン隊の排除を優先している。
頷くのは、危険な予感がした。
「ノーだ、大助。ボスと
「それで行くぞ、大助!」
「ちぇいすの判断ならば従おう」
ボスのP-20ドゥンはYP-27ほどの高速飛行は出来ない。
しかしその軽快な機動性は、揚力が低く挙動が重いYP-27の隙を埋めることが出来た。
チェイスと竜司は上昇しつつ旋回する事で、敵の上を取ることが出来た。
しかし───
「敵編隊、旋回しました!」
「……? らしくないな」
フツノミタマの報告に、チェイスは視線で敵機を追う。
そこで、気付いた。
「ボス、大助! 奴らこっちを無視してそっちを狙ってる!」
「まったく、相当俺たちを仕留めたいらしいな!」
旋回した先には、片割れの敵編隊と対峙するボスと大助。
やはり彼らは、先ほど漏らした目的を捨てていない。
ペンギン隊の戦力削減、とにかく誰かを撃墜したがっているのだ。
「背を向けて無視出来ると思ってるのか……?」
F-24の速度は、リフトエンジンがある分劣っている。
小手先の技術がない分、ナーガやP-21Bの方が圧倒的に上だ。
何より、チェイス達にはまだミサイルという手札もあるのだ。
「ターゲットロック」
エンジンノズルを捉え、陽光のシーカーはロックオントーンを返した。
味方を殺さんとしているのだから、遠慮は無用だ。
「FOX2」
最後のSRMが放たれ、空を泳ぎ始めた。
「誘導弾、撃つ!」
竜司も同じく最後のミサイルを放ち、超音速の死が敵機の背後へと突き進む。
敵はもちろん回避し、攻撃を中断する───
それが常識のはずだった。
敵編隊の片割れが減速し、先頭機の真後ろに回った。
フレアを放出しながら、真っ直ぐ飛行を続ける。
「こいつっ……!」
着弾の寸前にようやく機動したが、間に合うはずがない。
2発のミサイルを受けた敵のF-24は爆散した。
コクピットから放り出されたパラシュートを一瞥し、チェイスは片割れに視線を戻す。
未だ健在の敵機に。
「ボス、大助! 敵機1、向かってるぞ!」
「見ている……!」
「ぐぅっ……!」
ボスからの返答はない。
格闘戦の真っ最中、Gに耐えるのが精一杯なのだ。
旋回を繰り返して、敵の背後を取る格闘戦。
機体を機動させるには相応の速度を消費する必要がある。
その最中にミサイルの横槍が入れば───どうしようもない。
チェイスと竜司は最大出力で敵機に迫り、照準器にそのシルエットを捉えた。
発射を報せる間もなく、発砲。
30ミリ砲弾は敵F-24の背を貫き、制御を奪った。
ほんの少しだけ遅かった。
機体が崩れ去り、墜落する直前。
敵機の主翼から炎が迸っていた。
「敵機、ミサイル発射! ブレイク!」
「くそっ!」
「ふっ……!」
ボスと大助は敵機の追跡をやめ、回避機動に入る。
しかし、足りない。
ミサイルを回避するための速度が、全く足りていないのだ。
フレアを投下しても、間に合わない。
爆発、その至近にいたのはボスの機体だった。
「ボス! 状況は!」
「だーっ、くそっ……MCがエンジン火災と言ってる。
エンジン停止! 消火装置を試す!」
冷静な口調を装っているが、状況は確実に最悪だ。
P-20の原型機、P-5は軽量かつ安価な戦闘機を目指して設計されている。
そのため、飛行・戦闘に直接関係のない消火装置の性能は限定的。
自動的に機能するものでもないため、手遅れになる可能性が高い。
助けたいところだが、今は戦闘中。
まさに今、ボスを害さんとする連中は好機と見ているはず。
機体の状況は、ボス自身に任せるしかなかった。
「無理! メーデーメーデーメーデー!
ペンギン3、
視界の隅でボスの機体から爆発を見た。
胸の内から、胃が溶けるような熱を感じる。
落ち着け、あれは射出座席が起動しただけだ。
脱出のシーケンスのひとつだ。
「ペンギン3の
大丈夫です、チェイス殿!」
「いや、まだだ!」
連中の言っていたペンギン隊の取り巻きを減らす。
その目的が事実だと確定した以上、手段はさらに踏み込んでくる。
大助のマークが外れて離脱した敵編隊は、チェイスの読み通り動いた。
距離を取ると、旋回して反転したのだ。
「敵機離脱……反転⁈」
「奴ら、まだやる気か?」
「違う……」
機体を撃墜しただけでは意味がない。
ゲームでは撃墜と死はほぼイコールだが、現実はそうではない。
脱出しても負傷する可能性は高く、再起不能な怪我を負う可能性が高い。
しかしそれでも、復帰する可能性は存在する。
目的は機体ではなく、パイロットの抹殺。
復帰される可能性すらゼロにする。
それが彼らの目的だ。
「そこまでして人殺しがしたいか!」
そうされては、もはや遠慮は出来ない。
意地でも殺そうと言うのなら、こちらも殺すしかないのだ。
「まさか、脱出した飛行士を⁈」
「……外道めっ!」
語るまでもなく、ペンギン隊は編隊を組み直して敵と対峙した。
真正面から向かって来る敵機は、これ幸いと言わんばかりにミサイルを放つ。
「チェイス殿っ……! えっ、あくりさんっ⁈」
ミサイルを相手に逃げれば、ボスをやられる。
逃げる事は出来なかった。
「怯むな!
カウンターメジャーのスイッチをバイパス、全放出へ。
緊急着陸などの際、火の気を減らすためのスイッチだが、今更遠慮する必要はない。
フレアとチャフを全てばら撒き、敵を見据えながら接近を続ける。
2発のミサイルが唸りを上げて迫る。
意識を最大限集中させ───引き金を絞る。
30ミリの曳光弾が空を裂き、火を噴く矢と重なった。
空中でミサイルが炸裂し、すぐ後ろを飛翔したミサイルは破片を受けてあらぬ方向へと向かい出した。
「嘘っ、誘導弾を迎撃っ……⁈」
ミサイルの向こうにいた敵機。
そいつの左翼も30ミリがもぎ取った。
「一掃射で誘導弾と敵機を……⁉︎」
大きくふらつき、攻撃コースから離脱を始める。
健在の片割れへ注意を向け、そちらからの攻撃を回避。
すれ違うと同時に、チェイスはナーガのフライバイワイヤ制御を止めた。
背面飛行状態でピッチアップ、下に向かって上昇する急旋回を始める。
機体全体が急激な
「こんな機動……ついていけない!」
速度は0に近いが、敵を正面上に捉えた。
フライバイワイヤ制御を再起動、降下で速度を稼ぐ。
制御はすぐに回復した。
前方への推力に関係ないリフトエンジン2基を抱えたF-24は鈍重だった。
攻撃回避のための機動だけで速度を削がれ、チェイスの追跡を許した。
照準器を参考に、勘で狙いを補正し───撃つ。
偏差を少し意識し過ぎた。
30ミリ弾はボスを狙う敵機の前方を過ぎ去ったが、そのうちの一発がノーズを貫いた。
直後、敵機がGUNの砲弾をばら撒く。
撃つタイミングと被弾のタイミングが重なったのだろう。
機体の動揺によって、敵の弾はボスから見てすぐ左上に逸れた。
「敵弾命中せず! 逸れました!」
「ちぇいす、あとは任せろ」
1発だけミサイルを残していた大助。
彼女が最後のF-24を追尾すると必中距離まで迫り───ミサイルを放った。
ミサイルは回避する間すら与えずに着弾、機体を木っ端微塵に砕いた。
「あの野郎っ、最後の1匹は!」
「ダメだちぇいす! 深追い禁物! 燃料計を見ろ!」
大助の言葉に、チェイスは反射的に計器へ意識をやった。
燃料の残量は既に5%を切っている。
ただでさえ心許なかった燃料を、先ほどの空戦で一気に使い果たしたのだ。
オーグメンターはそれほどに、燃料をバカ喰いするのだ。
「……ちっ、逃げやがったか」
「こちらフツノミタマです。最後の敵機、西方へ離脱中。
追跡した場合、どこにも帰還出来なくなります」
落ち着け、チェイス。
ひとまずボスは無事に降下している。
彼が今どのような状況か定かではないが、少なくとも死んではいない。
パラシュートも風に揺られているわけではなく、制御されている。
ひとまず、危機は去ったのだ。
それよりも今は、自分たちの事を考えろ。
竜司と大助も、今のお前と燃料の残りは大差ないはずだ。
「……千里基地に降りるしかないか」
「それしかありません。現在、第一挺身団に滑走路の点検をお願いしています。
ファイナルアプローチに入るまでには終わらせます、着陸態勢に入ってください」
「ペンギン1、了解。ボスの回収も頼んだよね?」
「もちろんです」
「ありがとう」
興奮と不安で押し潰されそうになる内心を抑え、チェイスは言葉を絞り出した。
今お前の立場は
動揺した姿を見せて、ウィングマンを不安にさせてはならないのだ。
「北部で行われている戦闘も、
第一戦車隊と精兵隊の支援によってほぼ終了しています。
作戦は成功です、お疲れ様でした」
それはゆかり上等兵なりの励ましなのだろうか。
なんであれ、この戦いは終結した。
チェイスは降下するボスのパラシュートを眺めながら、南へと針路を取った。