蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月18日
鳴田藩 千里空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
搬送されていくレジスタンスの捕虜を見送り。
第8格納庫に残されたのは良介とあくり、それに遅れて現れたゆきとボスのペンギン隊の面々。
そして、近衛軍第一挺身団第3小隊とイグルベ中隊のメンバー。
最後のゲストはこの格納庫に立て籠っていた、敵性戦闘員。
良介が弾を浴びせた男であった。
彼は致命傷だったが即死に至るものではなく、近衛軍の衛生兵によって傷口は癒やされた。
治癒魔術による治療は傷口の癒着と消毒こそ行うが、失った血肉を補填したりはしない。
故に、前線医療とも呼ぶべきこの拙速な治療はあまりにも足りていなかった。
脱走や自殺を企てる能力は、彼に残っていない。
「久しぶりだな。フィル・フィライ」
「……リック・イウォマ。イウォマ族の跡取り、まだ生きていたとはな」
エジーレン人民共和国はかつてリールランド神聖国の植民地となり、自分達の言語とそれに由来する名を失った。
彼らに残された古きエジーレンの名残は、その姓にあった。
姓はかつてエジーレンを統べていた部族の名であり、それぞれの出自の証でもある。
フィライ族はリールランド統治下では奴隷として輸出される部族であり───
クルーヴィナ連邦の影響下にある現在では、勝ち組にあるはずの部族だった。
「フィライ族はエクポトと一緒に独立を果たした勝ち組のはずだ。
お前らがなぜ、ここにいる?」
「はっ、わかりきった事だ……本物の勝ち組ってのはエクポト族の事だ。
それもごく一握り。
クルーヴィナに気に入られた、偉大なる国家の父に近しい連中だけだ」
悪辣な分割統治の時代が終わり、次に訪れたのはまた新たな分割統治の時代。
それも反権威主義を謳いながらも、その実極めて権威主義の強い政治。
バックにいた大国が、また別の大国に変わっただけだ。
「……てっきりク連の機体に乗ってる連中は
クルーヴィナの人間だと思ってたんだけど。
その様子じゃ、違うみたいだな」
良介が口を挟むと、敵戦闘員───フィルの視線が向けられた。
「東の猿が俺たちの言葉を話すのは、不思議な光景だな」
「フィル・フィライ。我々の盟友への侮辱は許容出来ないぞ。
それに……
動物に鎖の自慢でもするのか?」
そう説かれたフィルは視線を逸らすも、謝罪のような言葉は発さなかった。
「クルーヴィナは極東への介入を考えているが、
葦原政府の
そこまで積極的ではない。
だから、自分達の手駒を高強度な紛争地帯へ送るのを嫌がった。
代わりにいなくなってもいい……はっ、都合のいい奴隷を送り込んだのさ」
フィルは最後に、自嘲の息を漏らした。
戦闘機乗りはひとりを育成するのに莫大なコストが掛かる。
ぶっちゃけ、戦闘機という機材よりも金が掛かると言っていい。
戦闘機で最も高価な部品は、それを操るパイロットという言葉があるほどだ。
しかし、ユーロネシア方面では現在戦争らしい戦争が起きていない。
1970年代の戦争がどのようなものなのか、手痛い被害は御免被るが各種データは欲しい。
そんな事情で、クルーヴィナ連邦はソウサレス大陸の
「戦訓を欲しいがために、同盟国の軍人を紛争地帯に……?
先ほどの問答を良介が葦原人の面々に意訳を交えながら通訳すると、ゆきは顔を真っ赤にして憤った。
当然の怒りだ。
ただでさえ内戦という混乱に直面しているのに、まるで自分達の祖国を実験場の如く扱われるなんて。
それも自分達は痛みを伴わないように、事実上の植民地から軍人を送り込む。
卑劣だ、あまりにも。
「そいつらは、俺を非難してるのか?」
「いいや。おたくらの
「へぇ。なら、こう伝えておけ。俺は人が尋問にどの程度耐えられるのか。
それを調べるため、ここにいる。俺はもう、幕府の戦闘機乗りにやったぞ。
確か……オメガとかいう部隊だったな。北西の方で落ちたらしいなぁ」
挑発だ。
この格納庫で繰り広げられたであろう
「ほら、伝えろよ」
「リョースケ、乗るなよ。こいつは要するに、死にたいんだ。
エジーレンにも、クルーヴィナにも、葦原にも。
全部に泥を塗ってな」
「わかってる」
フィルは葦原人を野蛮人だと考えている。
その点について論じるつもりはないが、挑発して激昂させて殺させる。
それが目的だ。
なぜこのような自殺行為をと考えるかもしれないが───
この男が尋問、拷問のスペシャリストならば話は変わる。
自分がして来たことが明るみに出れば、やって来た事をそのままやり返される。
なら一思いに銃弾を眉間に食らった方がマシ。
そういう事を、彼はやって来たのだ。
───そうなっても自業自得かもしれない。だけど……
葦原連邦は違う。少なくとも、正規の手続きを踏んで正規の罰を与える。
厳密には、そうならなくてはならないのだ。
新しい時代を築く、新しい葦原となるには。
「あのパイロット、カジ・ヒューマとか言ったか?
「……今この者、カジと申しましたか?」
先の戦いで撃墜された、オメガ7梶。
ゆきが放ったミサイルをなすり付けられたとはいえ、彼女は責任を感じていた。
梶という名も、彼女の中に強く残っているのだ。
「……」
良介が判断を迷っている間に、フィルが反応した。
尋問拷問のスペシャリストというのは即ち、人間を知り尽くした人間でもある。
「カジ! カジ! 弱き者! 無能! 根性なし!
故に、無様に死んだ! 全てを洗いざらい吐いた後、
穴に放り込まれ、死に腐った!」
良介には異世界の言葉は区別が出来ない。
しかしフィルの言葉遣いに変化を感じた。
これは───ゆきを見て、リールランド語に切り替えたのか?
彼女はリールランド語がある程度理解出来る。
侮辱の語彙こそ多くないだろうが、わかってしまう。
「こいつっ、こいつ……っ! まさか……っ!」
「俺が殺した! 痛めつけて殺した!」
決定的な一言に、ゆきの顔面が真っ青になった。
ハーネスにぶら下げた、拳銃のホルスターに手が伸びた。
「待った」
「良介さんっ……! こいつは、殺さないと!」
「ダメだ。収容所に送って、余罪を追求する。
その後に、判決を下すんだ」
「余罪があるのならなおのこと、死罪は確定ッ!
殺すなら早く殺した方がいいッ!」
「竜司よせっ。良介の言う通りだ!」
ボスも一緒になってゆきの行動を制止するが、肝心な張本人は突発的な行動を望んでいる。
「パイロットも拷問して殺した、歩兵もたくさん!
今殺さないと、いずれ逃げ出してお前らを拷問してやる!」
ゆきだけでなく、周囲の近衛軍の兵士にまで。
全方位を挑発して、暴力を誘発する。
そこまでするほどに、後ろ暗いことをして来たのか。
「いい加減にしやがれ!」
フィルの口を拳で塞いだのは、マーク・イウォマだった。
イグルベ隊の5番機、最も饒舌な男。
「見苦しい野郎めっ! どこまで
「植民地に穢れるほどの名誉など、元からない!」
「黙れ! 黙れ! 黙れよ!」
同じ言葉で叫ぶも───2度目の拳は出なかった。
怒りに震えていても、彼は弁えているのだ。
「殺せば、殺せば黙るぞ! さあ、殺せ!
俺みたいな奴は、生かしておいたって仕方がないからな!」
極めて不愉快だが、耐えるしかない。
そう思いながら、良介は周囲へ視線をやる。
あくりがいない。
「あっ……!」
気付いた時には、もう遅かった。
音もなく、誰にも気付かれず移動した彼女は、フィルのすぐ背後にいたのだ。
その手に、氷の刀を携えて。
「待った……!」
刀は一切の淀みなく振り下ろされた。
鈍い音が格納庫に響き、男が崩れ落ちる。
「……あー、やっちゃったか」
「面目ない。この者、我らを侮辱しているように思えた故にな」
やってしまったものは、仕方がない。
とはいえ、尋問官から得られる情報は少なくないはずだが───
「良介、案ずるな。峰打ちだ」
「ぐっ、うおおおっ……」
「え? ……あっ、本当だ」
斬られていれば流れるはずの血は、格納庫の床にはなかった。
フィルもうずくまっているだけで、小さくうめいて悶絶している。
刀として使えるほどの、超高密度な氷の棒でぶん殴られれば、そりゃもう痛いに違いない。
「収容所へ送り、余罪を追求する……お前は言ったな」
「ああ、言ったよ」
「御仏を弔い、家族へお返しするには……
あくりがフィルを見下ろす視線には、侮蔑しかなかった。
それでも、あえて斬らないという選択をする。
あくまで冷静で、目的を見失わない。
兵士としての強い資質を感じた。
「これが足軽と、大名の差……っ」
静かに、ゆきは言葉を漏らした。