蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年5月11日
日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊
志村“Chase”良介二等空尉
幹線道路沿いの大きな看板には、そう書いてあった。
藩。日本では明治維新後の廃藩置県によって廃止された行政区分。
幕府軍、政府軍とくれば明治維新を想起するものだが───
まさか、第2世代クラスのジェット戦闘機が一線級で飛ぶ時代に藩を目にするとは。
しかもキロメートルと併記されて。メートル法は異世界でも通用している単位のようだ。
ついでに、ヤードポンド法との共存も同じく。
「うーん。さっきのエルフちゃんといい、藩といい。
俺は本当に異世界に来てしまったらしい」
「志村殿のいた、日本? でしょうか。藩や幕府はないのですか?」
「俺が生まれたずっと昔になくなった。歴史上の存在だった」
「……歴史」
ここで良介は自分の失言に気づいた。
このような言い方をすれば『幕府なんて時代遅れ俺の時代にゃくたばってたよバーカ』と言うのとほぼ同義である。
宗治郎からどう見られるのかも気になる。
慌てて良介は言葉を付け加えた。
「ま、それは俺の話。葦原の歴史は今を生きる竜司ちゃん達に掛かってるんだ。
そうだろ?」
「……はい。そうですね」
ひとまずは取り繕えただろうか。
さらに危険な話題を遠ざけるため、良介は問い掛けた。
「そういえば、竜司ちゃん。さっき何か言い掛けてたけど」
「ああ、その……志村殿。先ほど、異国の耳長とお話ししていましたよね?」
「耳長?」
「志村殿が
エラ・アーロンのことだとすぐに理解出来た。
文字通り、この世界ではエルフを耳長と呼ぶらしい。捻りのない話である。
「……もしかして、嫉妬した?」
「嫉妬もなにも、私にはあなた方がなにを話していたのかさっぱりわかりません」
「……え? だって普通に、今みたいに日本語で話してただろ?」
明らかに日本人もとい、葦原人である空港職員や宗治郎───金髪だが、葦原人らしい竜司と同じように会話をしていた。
良介は特別なにか、外国語を話していた自覚はない。
「違います。私には、あの耳長が……さっぱりわからない
言葉を話しているように聞こえました」
「そ、そうなの?」
「はい。ですが志村殿は今と変わらぬ、葦原語を」
今考えれば、おかしな話だった。
葦原語と日本語が同一───作為を感じる偶然だが、あり得ない話ではない。
一方で、合衆国人が葦原語で話すか?
周囲の葦原人に配慮して言語を選んだ可能性はあるが、それは竜司自身が否定している。
まさか、彼女も訳のわからぬドッキリを仕掛けるタイプではなかろう。
「厳密には、あれは耳長の言葉とリールランド語……合衆国の公用語だな。
このふた種類だ」
良介と竜司に挟まれ、間に座る宗治郎が付け足した。
「ほんやくこ……」
「神兵の特徴だ。よくわからんが、相手の言葉を理解でき、
自分の言葉が理解される。最も親しみのある言葉でな」
不躾にも宗治郎が口を挟んで良介の呟きを制した。
危険なところありがとう、総裁。
「こっちにいると、バベルの塔の天罰は適用されないらしい」
「ばべる?」
「……ごめん、こっちのジョーク。忘れてくれ」
便利は便利だが、人類では理解出来ない超常現象。
解明して利用出来るようになれば、世界中の争いは数を減らすだろう。
あるいは、爆増するか。
良介の知る地球は言語の壁は低くなったが、却って争いの種になることもあった。
「古い時代、神兵は神が遣わしたものだと考えられていた」
「そりゃ、言語の壁を無視出来るんだからな」
「しかし150年前、神々は
「……150年以上前だったら、神様が人間の目の前に出てきたような言い方だな」
「出て来たらしいんだ、これが」
良介は無神論者───と言うと、ギョッとされて「嘘こけ、堕落した仏教徒だろ」と指摘された。
これは演習で共に飛んだ韓国空軍のイーグルドライバーの言葉である。
ともかく、神の存在を信じられるほど信心深い生き方はしてこなかった。
それが、この世界にはいて、姿を見せていたと。
「じゃあ、どうしてお隠れに?」
「150年前。ユーロネシアの連中は信じちゃいないが、
生命の神と人とで、戦になった」
「……多分、無謀な争いだったんだろうな。どこであった?」
「建国直後の合衆国だ。葦原もその戦に参戦してる」
「うーん、不敬だ」
「さもなきゃ、つまらん命を全て滅ぼすだなんて脅されたそうだ……話を戻そう。
合衆国初代皇帝、タナト・ク・マランスは
神々の住む地に乗り込んで討伐したわけだ」
「神って、死ぬものなのか」
「死なないはずだったが、どうやってか皇帝は成し遂げた。
以来、他の神々は人との交流全てを絶った。報復すらせずにな」
神話か、さもなくば狂人の妄言か。
しかし仮にも立場のある宗治郎が話し、嘘が苦手そうな竜司も神妙な態度で聞き入っている。
ならばまあ、実際はどうあれ彼らにとっては事実なのだろう。
歴史の話はどう受け止めるかは別として、解釈を論ずるとトラブルの種になる。
150年程度の月日は、歴史の話としては新顔に分類されるが。
ひとまずは情報として頭に留め、話を戻す。
「でも、今俺はここにいる。どんな神様が拉致ってるんだ?」
「なんとも言えないんだなぁ、これが。神というのも複数いたわけだから。
もしかしたら、我々の知らない別の何かが、そうしているのかもしれないな」
すごく嫌な予感が思い浮かんだ。
まだ彼らの神々が良介とボスをこの世界に放り込んだのなら、まだいい。
しかし、彼らすら関知していない存在───仮に上位存在と称しよう。
その上位存在が勝手にやったことならば。
元の世界に帰る手段など、この世界の誰もが持たないということになるのではないか。
頭の片隅に、確かにあった最悪の疑念が現実になりつつある。
「……正直、今まで聞くの怖かったんだけどさ。俺って、帰れるの?」
「将来的にはそうなるよう、善処する予定だ。アテはある、
貴官の上司と一緒に説明する」
「だと、いいんだけどさ」
遠回しに脅迫して、戦うように強要している男だ。
帰りのチケットをチラつかせて、結局戦わせようとするのではないか。
「心配するな。葦原のために戦ってくれるのなら、悪いようにはしない」
良介の内心は見透かされていたのだろう。
宗治郎はやはり、にこりともせず言うのだった。