蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月18日
鳴田藩 千里空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
脱出したボスが発見されたのは、良介がエジーレン人が占拠した格納庫を解放して間もない頃だった。
彼が一旦千里基地へ移送されると聞いて居ても立っても居られなくなった良介らペンギン隊は、デブリーフィングを放り投げて迎えに向かった。
千里基地駐機場に降りた救難隊のヘリが、キャビンドアを開いた。
そこから生身の脚を、続いて義肢を下ろしたのがボスだ。
そのタイミングで、ふたりは駆け寄った。
「ボスさん……よかった、無事で」
「ああ、息災なようで何よりだ」
「……」
しかし、彼は表情を歪めたまま何も答えない。
なんとなーく、良介は彼が何を考えているのか読めていた。
数歩離れたところで様子を伺うと、覚悟を決めて歩み寄った。
「おい、ボス。ウィングマンが心配してたってのに、なんだその態度は?
今回はどこも切り落としてない、実質無傷じゃないか?」
「……お前、本気でそう見えるか?」
ただし───今回も無事では済まなかった。
脱出する際の速度が速過ぎたため、肩関節を脱臼したのだ。
こればかりは仕方がない。
エンジン火災で消火に失敗した以上、機体が爆発するまで残り10秒ないのかもしれないのだ。
実際、ボスが脱出してから20秒もしないうちにP-20は爆散していた。
表情を歪めるボスの右肩には、救難隊が応急措置を施した固定具があった。
「その肩は切り落とさなくていいんだろ?
なら復帰出来るじゃないか」
「……だが、武揚解放には間に合わん」
ベイルアウト時に脱臼する可能性は、良介も座学で学んでいた。
全治まで、大体3ヶ月から半年という話だったか。
詳細は伝えられていないが戦況を鑑みるに、武揚解放が今月中に実行されるのは確実だ。
3ヶ月も掛けていては到底、武揚解放には間に合わない。
ゆきも撃墜されてベイルアウトした経験があり、彼女も実は負傷していた。
しかし、相応の規模がある部隊には大抵、回復魔法を使える人間がいる。
脱臼の場合は後送後、病院などでちゃんとした位置に戻す必要がある場合もあるが───
少なくとも、何ヶ月も完治に時間を要すことはない。
それこそ、自力で戻せるのならば15分以内に復帰可能だ。
だが、良介とボスのような異世界の兵士───神兵は別だ。
直接害する魔法が通用しない恩恵であると同時に、癒す魔法も通用しないデメリットもあった。
この世界においても、怪我は魔法でぴーっとやれば完治という簡単な話ではない。
それでも、治癒にかかる時間が桁違いに長いのだ。
「……ボス。あんた前に言ってたよな?
俺らは日本の自衛官であって、この世界の人間じゃない。
随分とこの世界に入れ込んでるじゃないか」
「ちっ……わかって言ってるだろ。
俺が気にしてるのは、葦原の話じゃない。
お前の事だよ、良介」
それも、わかりきっていた。
この世界に来てすぐ、機体を失った上に負傷したボスは、部下である良介に全てを任せるより他なかった。
その状況に我慢出来ず、負傷した脚を切り落として義足にしてまで現場に復帰した。
足は切り落としても義足でどうにか出来る───出来る問題でもない気がするが、ともかく。
しかし肩や腕、手となればそうもいかない。
この世界の技術では義肢の技術が乏しく、電気信号で指が稼働するような義手はない。
足ならば、まだ義足でペダルの操作は出来る。
手となればそうもいかない。
エリア88とは違うのだ。
今回の怪我は治療しなくてはならない。
前回のような無理矢理復帰は叶わないのだ。
「……いつまでも俺様をガキ扱いするなよ。
あんたがいると心強いけど、いなくてもどうにかなるんだぜ?」
「はい、ボスさん。私と良介さん、あくり殿で武揚の解放を……
京までの道のりを切り拓くことは出来ます。やってみせます!」
「語るに及ばず、だ」
良介の言葉に、ふたりのペンギン隊員も賛同した。
ボスは───静かに顔を伏せた。
「お前ら若いのに全部任せるのが、嫌なんだけどなぁ……」
珍しく彼が見せる弱音。
さて、これ幸いに弄って遊んでやろうかと思っていると───
「はい、どいてどいて!」
千里基地の抵抗勢力に所属していた軍医だ。
ボスの治療のため、彼が呼ばれていたのだろう。
「軍医さんか? なるべく早く復帰したい、治療頼む」
いつの間にか顔を上げていたボスは、いつもの表情に戻っていた。
「ええ、善処します。ひとまず、こちらへ」
揺れるヘリのキャビンでは治療は難しい。
ボスは自らの足で立ち上がると、軍医と共に去っていった。
必ず戻る。
言外の意思をその背に滲ませながら。