蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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185 Operation: Early Escape 「歩の早逃げ」

央暦1970年5月18日

武揚 武揚空軍基地

葦原政府神祇軍『赤報隊』

川端“ロック”六助 神祇使部(じんぎしぶ)

 

 武揚空軍基地へ配属されて、そろそろ一ヶ月くらいになるか。

 首都武揚での日々は退屈と、鬱屈の毎日だった。

 

 菜戸藩の守りに参加したはいいが、結局菜戸藩は幕府に奪われ。

 それ以降、奪還作戦は行われる気配すらなく。

 

 僕たち赤報隊は、首都武揚の防空にのみ命じられた。

 まるで軍が、武揚以外の東国地方から興味を失ったかのように。

 

「はぁっ……⁈」

 

 スクランブル待機中、突如彼女……えーっと。

 

「ひ・ろだっ! ああもう、昔の名前はいいんだっ。

千里が幕府に獲られた!」

 

 千里空軍基地。

 武揚空港が空軍基地になる前は、武揚最寄りの空軍基地だった場所だ。

 首都防空の要、東へ行ってすぐの場所じゃないか。

 

 あそこを占領されれば、武揚は目と鼻の先。

 それこそ、僕たちがスクランブル発進するべき事態じゃないか。

 本当なのか?

 

「ああ、今神祇大祐が報告受けてる。

……すげー慌ててる」

 

「でも、発進命令は来ていないよ」

 

 宗吉の言う通り、僕らの目の前にある警報装置は機能していない。

 政府軍や神祇官が発進命令を下していないんだ。

 

 喉元に刃が突き立てられていると言うのに。

 

「喉元の刃、ね……神祇官はそう思ってないんじゃない?」

 

 それは神祇官にとって、武揚は重要ではない……

 蘭、そう言いたいのか?

 

「別に、ロックが怒るような話じゃないでしょ?

神祇官の拠点は京だし、武揚も攻略戦で結構ボロボロだからね。

それでも、葦原の主要都市なのは間違いないけど」

 

 この前、武揚から幕府を追い出した時。

 空中戦艦大入道と協同して、幕府空軍を一掃した。

 

 大入道が武揚上空への援護射撃を拒絶したせいで、北から攻めた多くの味方がやられた。

 最終的にどうにかなったが、やはりあの善人を気取った大入道の艦長。

 気に入らない。

 

 結局、一方的に敵を撃ち下ろすばかりしか能のない連中。

 魔王から手痛い一撃を喰らうのも当然だ。

 

 それはともかく、基地にいる神祇軍のお偉いさんは慌てているんだろう?

 じゃあ、なんで神祇官は悠長にしているんだろう?

 

「簡単。軍は死という穢れ(・・)に関わる。

そんなとこに押し込まれるような奴は、元から位が低いのさ。

今までも、これからも。葦原はずーっと、そうだったでしょ?

あいつは戦功を挙げれば、挽回出来るなんて思ってたけど。

結局、軍とかどーでもいいんだよ。神祇官にとっては」

 

 所詮、山本神祇大祐も神祇官にとっては歯牙にも掛けない末端……

 

「そゆこと。ま、武揚が占拠されるような事になったら、

神祇官の連中も慌てるだろうけど」

 

 でも果たして、それだけだろうか?

 武揚や軍がどうでもいいにしては、陸や海の戦力がここ武揚に集結しつつある。

 陸に関しては、南方の戦力を根こそぎ集めて武揚に送っている。

 

 戦力を集結させて、幕府と対決するためだろうけど……

 

 やってる事がチグハグだ。

 武揚を守りたいのか、それともどうでもいいのか。

 整合性が取れない。

 

「うーん。戦力を送るのに熱心な層と、武揚とかどーでもいい層がいる。

そいつらがそれぞれ、勝手に判断して指示飛ばしてるとか?

あたしでも、電波の向こうにある心は読めないからねー」

 

 そうなんだろうか?

 僕にはまだ、違和感があるけれど……

 

「っ! 総員、かしらーっ、中!」

 

「ほらロック、隊長なんだから敬礼」

 

 おっと。

 僕は宗吉の言葉に従って、待機所の出入り口に向け敬礼する。

 

 現れたのは、山本神祇大祐。

 僕ら直属の上官だった。

 

「諸君らに、緊急の通達がある」

 

 その時、ひろと宗吉の表情が歪んだ。

 蘭は……見える位置にいない。

 

「私は神祇官からの要請により、京の配置となった。

以降、武揚神祇軍の指揮権限を川端神祇使部に委任する」

 

 え?

 あまりにも唐突な話だ。

 千里基地が奪われた直後に、指揮官の配置換え?

 

 そういえば、山本神祇大祐は千里が奪われた報告を受けていたはず。

 彼は何も思う事はないのか?

 

「おい、山本一平」

 

「下賎な犯罪者風情が、私に生意気な口をっ……

お前如きが、私の諱を口にする資格はないっ!」

 

「敵前逃亡する卑怯者相手ならいいんじゃない?」

 

「下郎め、不愉快な嘘を言うんじゃない。

極刑に処すぞ?」

 

 敵前逃亡?

 千里基地が奪われて、この配置換え。

 まさかこいつ……

 

「命令を受けてない将校が、勝手に配属基地から離れるんでしょ?

敵前逃亡じゃなかったら、なんだって言うの?」

 

 山本神祇大祐は音もなく懐に手を伸ばすが……

 

「バァーカ。サトリ相手に早撃ち勝負出来ると思ってんの?」

 

 既に蘭は、拳銃を山本神祇大祐に向けていた。

 それだけじゃない、宗吉も震えながら拳銃を手にしていた。

 

「神祇大祐。彼女は一応、俺の仲間です。

それに……その行為は許容出来ないっ」

 

「……はっ、犯罪だぞっ! 神祇官の栄えある神祇大祐である私に対してっ!

第一、お前らに拳銃の携行なんて……だっ誰かっ、憲兵を!」

 

「いいよ。憲兵の前で洗いざらい、全部話したげる。

山本神祇大祐が幕府軍を前にして、いかに京への栄転を果たすか。

憲兵の皆様も祝ってくれるよ? 椅子に縛り付けてね」

 

 神祇軍は独自の憲兵は持っていない。

 この場合、空軍憲兵の出る幕になる。

 

 空軍憲兵は葦原政府空軍の所属。

 つまり……見捨てられる側だ。

 

「きょっ、脅迫するつもりか!」

 

「脅迫ぅ? まさか。これは事実の指摘よん。

あんたら使えない癖に、デカいツラしすぎなのよ。

でも……舐めた真似したら殺す。これは脅迫」

 

 立ち上がった蘭は、自分の座っていたところへ山本神祇大祐に座るよう促した。

 銃を向けられた彼は、酷く怯えながらも従った。

 

「……ボクがこいつの内心を代弁してやるよ。

神祇官は幕府軍が武揚へ攻め込むよう仕向けてる。そういう作戦だ」

 

 作戦……⁉︎

 敵を首都へ攻め込ませる作戦なんて、前代未聞だぞ⁈

 

「でも、こいつの受けた命令は武揚の死守。

最期の瞬間まで守り通せと」

 

 最期、死ぬその瞬間まで。

 攻め落とされることが前提の作戦……

 一体、何を考えているんだ?

 

「それはこいつも知らない。

だけど、死にたくないから武揚から逃げようとしてる」

 

「ぐぬぅっ……ほ、本当だっ。これは私が独自に調べ上げた情報だっ。

神祇官には何らかの策があり、その策は幕府軍を一掃するものだというっ。

だがっ、だが……武揚の大多数が犠牲になるとも」

 

 黙っていても、状況は好転しないと踏んだんだろう。

 山本神祇大祐は話し始めた。

 

「私は、今後の葦原を統治する人材だっ。

このような場所で、幕府軍と相打ちになるべきではないっ」

 

「自己評価が高いようで何よりだけど、

それを決めるのは、あんたじゃぁないわね」

 

 座り込んだ神祇大祐の懐から、蘭が拳銃を奪い取った。

 

 しかし……武揚の大多数を犠牲にして、幕府軍を一掃する?

 三式弾のつるべ打ちでもするつもりなのだろうか?

 

 それでも、武揚に集まった幕府軍を一掃するには相当な数がいる。

 武揚は葦原首都相応に大きい街だから……

 そんな手段があるとしても、軍が集結するような限定的なタイミングで、針の穴を通すような技が必要になる。

 

「だけど、神祇官のやる事だろ?

どうせ頭でっかちの理屈だけで、しくじるんじゃないのか?」

 

 ひろの言うことも、わからなくもない。

 魔王が参加した月光奪還作戦。

 

 あそこで神祇軍から派遣された司令官は、自説に固執して防衛に失敗したという。

 菜戸藩も似たようなものだ。

 僕らが死ぬような思いで上空を一掃しても、陸がまともでなければ勝てない。

 

「今回は、確度の高い情報だっ。

少なくとも、何らかの準備を進めている。

軍の大多数を、犠牲にするのもな」

 

「えっ……そっちが主目的なのか……⁈」

 

「へぇ……そっか。神祇官にとって今後は軍、

とりわけ陸軍は脅威でしかないもんね」

 

 宗吉、蘭。

 僕には君たちが何を知ったのか、さっぱりわからない。

 

「簡単に言えば、幕府軍と政府陸軍。

両方に致命的被害を与えるのが主目的。

そのために何か企んでるって情報を、こいつは掴んだんだ」

 

 ひろが補足した。

 幕府軍と政府軍、両方に大打撃を与えるのが主目的……?

 

「ふぅん……どうする?」

 

「俺は……いいよ、別に」

 

「ボクも、どうでもいい」

 

 読心ができるサトリ3人が勝手に会話して……僕に視線を向けた。

 

「じゃあ、ロック。一応聞くよ。こいつ、どうする?」

 

 蘭は奪った拳銃を僕に投げ渡した。

 

「こいつぶっ殺す? それとも、行かせる?」

 

「なっ……! や、やめろっ! 私を殺して、何になるっ……⁈」

 

「そりゃ、卑怯者が無様に死ぬと気持ちーでしょ?

神祇官(あんたら)、幕府の人間に散々やってたじゃん。

順番が回って来ただけ」

 

 そう語る蘭の瞳には、尋常でない輝きが宿っていた。

 僕は……こんな奴、正直どうでも良かった。

 そのまま僕は、拳銃を机に置いた。

 

「隊長様も賛成だってさ。どこへだって、好きなところへ消えな。

どうせあんたみたいに無価値な奴、どこへ行っても野垂れ死ぬけどさ」

 

「……ッ! そんな事はないっ! 私は……!」

 

「うざい、失せないなら殺すよ?」

 

 蘭から再度拳銃を向けられた山本神祇大祐は音もなく、かつ素早く待機所から逃げ出した。

 きっと、もう会う事はないだろう。

 

「ロック。武揚の神祇軍で最上位になっちゃったな」

 

 神祇大祐がいなくなった今、そうなってしまうのか。

 僕には指揮官の経験なんてないから、出来ることは多くないけど。

 

「でも、結局どうするんだ?

ボクらは政府軍に口出しする権限なんてないんだけど」

 

 赤報隊は処罰するだけでは惜しいサトリを集めた空軍部隊だ。

 管轄は神祇軍で、政府軍への干渉する権限を持つのは神祇大祐だけだ。

 あとはサトリ関係の設備に携わる整備隊と、事務官が少数いるだけ。

 

 でも……そうか、僕が指揮官なら。

 独自の行動を起こすくらいは出来るかもしれない。

 

「フゥ! 面白い事考えてるじゃない!」

 

「ロックの考える作戦……? 絶対、作戦未満だぞ」

 

 ひろが失礼な事を言い出すが……多分そうなる。

 元から作戦未満しかさせなかった神祇軍なんだから、違いなんてそう多くはない。

 

「ま、そうだね。で、隊長。構想は?」

 

 宗吉は手早く、東国地方の地図を机に広げた。

 武揚の王手を避けるために出来る手段。

 

 あるとすれば……葦原湾沿い。

 葦原の東西を繋ぐ数少ない陸路、西海道。

 あの道を封じているのは、2度の寝返りを行った藩だ。

 

 僕は、そこを指差した。

 

「真田藩。ここを攻撃する」

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