蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
「歩の早逃げ」
央暦1970年5月19日
葦原政府神祇軍『赤報隊』
川端“ロック”六助
「間もなく、真田藩領空に接近する。各機、警戒を怠るな」
真田藩と藩領を接する侍藩。
藩境は千千峰山地と刀禰川に沿っており、中でも西街道は盆地である
この盆地は無防備であると幕府軍も判断しているのか、戦力を置いていないという話は聞いていた。
「空白地帯だ。敵の隣で兵士を休ませるわけにはいかないからな。
どっちもそれをわかって、戦力を置こうとしてない。戦場になるぞ、あそこは」
ひろの解説は、されるまでもない。
「こっ、こいつ……!」
上崎の土地に、今回用はない。
あるのはさらにその北西、千千峰山地に隠れた敵地真田藩。
そこに配備されている、あらゆる戦力だ。
防空兵器の存在は確信しているけれど、千千峰山地は地対空兵器の配備すらままならない岩山。
岩でなくとも大半が地盤の緩み切った砂ばかり、兵器なんて置きようがない。
稜線に隠れて進めば、攻撃はまずされない。
探知に関しては、如何ともし難い。
敵の哨戒機や、政府の知らないレーダーが配備されていれば見つかる恐れがある。
「ロック、確認しとくけどさ。見つかっても続行だよねぇ?」
関係ない。
見つかれば最大出力で迫って、懐へ飛び込むだけだ。
「ったく、作戦も何もあったもんじゃないな……」
そんなのは百も承知だ。
上崎の街、その西方。
陸路での突破は絶望的な千千峰山地の砂山岩山に沿って飛行し、探知を避ける。
すると、後方で大きな砂埃が舞った。
「うおっ! 土砂崩れに注意!」
「地盤の緩んだ山が崩壊した、匍匐飛行の衝撃波だ!」
錬金術の素材として、手近な山の植物は粗方伐採されていた。
東国地方の山なんかはその典型で、奥葦原や京の禁野くらいでしか、自然豊かな山々を見る事は出来ない。
聞けば、錬金術伝来以前から都市部付近の山はそんなものだったというが。
「各隊、問題ないけど一応被害報告しろ」
ひろのサトリ能力を用いた空間把握、読心能力は機体の増幅装置によってレーダーと同等以上に機能している。
彼女は今、口頭での報告が不要なほど正確に味方の状態を把握出来ている。
「被害なし、問題なし!」
山間部では、このような土砂崩れは昔から問題になっている。
いや……正確には、日常となっていて誰も気にしないと言った方が正確か。
山の近くに暮らす方が悪い、と言ってもいいかもしれない。
「間もなく、作戦区域に到着する。各機、戦闘用意」
あの山の頂上こそ真田藩との藩境、その向こうは敵地だ。
月の光すらまともに差さない闇に乗じ。
やがて、前線近くとは思えぬ煌々とした真田藩奥田の夜景が広がった。
左に葦原湾と面した
そして真正面の平地には、真田空軍基地。
「捉えた、狙い通り! 航空・地上共に多数駐留してる!」
ひろの捉えた世界が、機体を通じて僕の脳内に入り込んでくる。
真田空軍基地には戦闘機に……武装した輸送機?
どうやら幕府軍だけでなく、合衆国の戦力もいるらしい。
地上の西街道には、即応可能な状態の装甲車が複数。
戦闘状態ではないから、何両も固まって待機している。
狙い目だ。
《電探に機影を捕捉! 南、千千峰山地より接近中!》
《この時間に……? また嫌がらせの偵察か?》
《数、30以上! 大規模な空襲です!》
《なんてこった……! 至急至急!
敵の攻撃だ! 迎撃機を上げろ! 哨戒機も呼び戻せ!
くそっ、合衆国を受け入れた矢先にっ……!》
流石にここまで近づけば、幕府軍でも気付く。
地上目標は味方部隊に任せ、僕たちは迎撃機と戦うべきだ。
「白・黄・緑! 西街道沿いの空き地に地上戦力複数!
お前らはそいつをぶっ叩け!」
「了解だ! 迎撃機は頼んだ!」
奥田中心部に位置する真田空軍基地。
僕らが叩くべきは迎撃機が離陸する、この基地の所属機。
《まさか、姫様の留守を突かれるとは……!》
《だとしても、真田藩空軍は姫様だけではない!》
《ええ、その通り! 姫様がいなくとも、
もう真田の空を穢させはしない! 六文銭、出陣する!》
この声は……ひろが傍受した交信?
でもこの交信が発せられている場所は、西にある砥石山だ。
平地なんて欠片もないこの山から、戦闘機が発進するのは不可能だ。
「……待て! 敵迎撃機、砥石山から上がってくるぞ!」
「砥石山⁈ あんなところから戦闘機が発進する余地なんて……!」
宗吉が言い終える前に、肉眼がその現象を捉えた。
砥石山の中腹、わずかに存在する広場。
この回転翼機やカイト以外に離陸出来ない平地から、光が迸った。
「あんたら、ちゃんと座学受けてたぁ?
……真田藩空軍予備役、またの名を緊急即応迎撃部隊。
予備役とは名ばかり、
ちょっとでも平らなとこがあれば、どこからでも出て来るよ!」
蘭はさも当然のように言ってのけた。
普段は無学のような言動をするけど、多分彼女は違う。
しかし、ZELL。
噂には聞いた事がある。
高出力エンジンを積んだ戦闘機に、さらにカタパルトと追加ブースターを活用して無理矢理離陸速度を稼ぐ発進手段。
知ってはいるが……
まさか、本当に実行する部隊があるとは!
2機の機影、P-104が唸りを上げて砥石山から飛び出した。
「ロック、どうする⁈」
P-104は真っ直ぐ向かって来る事はしない。
まずは速度を稼いで一撃離脱を狙うだろう。
ロケットを山盛り積んだ僕たちは不利だ。
向こうが速度を稼いでいる間に空軍基地を攻撃して、ロケットポッドを1セット撃ち切って投棄する。
「それがいいね。身重じゃ、空戦は厳しい」
反転して急降下し、窓から光の漏れる住宅街を這うように飛行して空軍基地に迫る。
《敵機、急降下! くそっ、住宅街スレスレを飛んでやがる!
撃てないっ!》
《ぐ……構うな、撃てっ!
ここが壊滅すれば包囲網に穴が空く!
侵攻を許せば、街は政府の連中に蹂躙されるんだぞ!》
《おたま、一平、二平……すまんっ!》
《街の明かりの照り返しを見ろ!
この暗さだ、低空飛行すれば目立つ!》
「迎撃、来るぞ! こんなしょうもない奴喰らうなよ!」
ようやく敵の対空砲火を目視した。
機体が僕の視界に敵の照準と、信管の作動位置を伝えて来た。
向こうの判断は遅い。
こちらが亜音速で接近している間に、連中が設定した信管の設定距離の懐に入っていた。
砲弾は僕たちの遥か後方で炸裂し、民家にしか被害を与えていなかった。
《1発も弾が当たらない……!
電探、敵機の位置と距離の報告を!》
《……見えたぞ、信管の設定が遠すぎる!
次弾は直撃を狙え! 信管はもう間に合わない!》
今頃気付いても、もう遅い。
僕たちは既に空軍基地を射程に収めていた。
「いいぞ、ロック! 目標諸元だ、やれ!」
言われなくとも。
機体を介して送られてきたひろの世界。
彼女は僕に、攻撃すべき要所を全て教えてくれた。
真田空軍基地にある格納庫の中で、輸送機を収容可能な規模のものは多くない。
故に、合衆国の輸送機の大半が駐機場に停められていた。
《おいお嬢、敵機が来てるぞ!》
《知ってる! これだけでも……》
《諦めろ! 死ぬぜ!》
ロケットを輸送機目掛け、放つ。
輸送機に装甲の概念などありはしない。
その質量でそれなりに頑丈ではあるが、ロケット弾の直撃を受けて無傷でいられるほどではない。
弾体が主翼に突き刺さり、炸裂と共に破断させる。
コクピットに飛び込んで計器や操縦装置を木っ端微塵に。
最後の機体は燃料系統付近になんとか当て、炎上させた。
「赤1の戦果確認! 輸送機3機大破!」
撃ち切ったロケットポッド2つを投棄し、基地のレーダーに叩き込む。
《電探が機能停止! ……何が起きた⁉︎》
《今過ぎ去った敵機の攻撃と思われます!
ですが、発砲炎らしきものは見えません!》
《確認しました! 噴進弾の
キャニスターが2つ、電探に突き刺さってる!》
《何だと⁈》
二度目の攻撃といきたいところだけど、それを迎撃機は許してくれない。
僕は空軍基地を通過して上昇、南下してくる敵機と相対した。
「蘭、宗吉! お前らは基地攻撃を継続!
迎撃機はこっちに任せろ!」
「了解。蘭、俺と編隊を」
「えぇ? そっち行っちゃダメ?」
「バカ女! 作戦目標が優先だ!」
「こちら白! 発電所を目視、攻撃する!」
味方部隊の報告と共に、周囲の市街地から一斉に照明が消えた。
この一帯に電力を供給する設備が破壊されたのだ。
《なんだ……? 街から明かりが消えたっ⁈》
《奴らっ、発電所をやりやがった!
まずい、今日は新月だ! 何も見えないぞ!》
《予備電源急げ! 今は
《こちら奥田病院! 電力供給の復旧を急いでください!
傷病者が複数、致命的な状態に陥っています!》
《無理だ! 今は戦闘中なんだ!》
機体を介して、敵機を睨む。
P-104が2機、推力増強装置を作動させて最大出力で突っ込んで来る。
陽光のシーカーを始動させ、僕も迎撃態勢に入る。
《敵機正面……単騎⁈》
《舐められたものね……その驕り、あの世で後悔させてやる!》
2つの発射炎が敵機から煌めいた。
左ノズルの角度を80度に傾け、バレルロールとフレアを投下する。
欺瞞と推力偏向ノズルの急速回転。
陽光のシーカーは、フレアと学習していない挙動に弱い。
フレアの熱源に誘引されたミサイルは、僕の上下をすり抜けていった。
《向かってくる……!》
《姫様、いや魔王さんのような……!》
このエンジンノズルの見えない角度と現状の彼我の相対速度では、陽光を放っても命中率は低い。
僕はバレルロールを維持したまま機銃の照準に意識を向け……
《狙いがつけられないっ……!》
《あんな機動を続けながら照準は不可能っ、こちらの方が……》
向こうが撃ってくる弾をかわしながら接近し、引き金を絞った。
30ミリの曳光弾は、P-104の中心部に突き刺さって炎上させた。
《バレルロールしながら照準を……⁉︎》
機体が爆散したのは、僕とすれ違った直後だった。
《平助っ!》
両方のノズルを制御し、90度に設定。
最大出力で吹かし、真後ろへ向かって急旋回を行う。
《この機動、魔王さんとは違うっ……!
破壊しかない、死の翼!》
まだ前進出来る速度は確保出来ていないけど、カイトの推力偏向ノズルは素早い転回を可能としていた。
敵の背後、エンジンノズルを陽光の照準点に合わせる。
「ロック安定、撃て!」
陽光が主翼から放たれた。
しかし、ほとんど静止状態から放たれたミサイルは速度が乗っていない。
一方で、敵機は高速迎撃機のP-104。
それが最大出力で背を向けているから、速度面では圧倒的に不利だった。
陽光はミサイルとしては短射程、追い付くのは厳しい。
《大丈夫、逃げ切れる!》
フレアと、速度をあまり殺さない程度の機動。
それだけで陽光は目標を見失い、フレアに惑わされて街に墜落していった。
《ちくしょうっ! また誘導弾が落ちた!
2丁目の方だ!》
《誰か! 手が空いたら来てくれ! 火の手がどんどん広がってる!
め組でなくてもいい、とにかく人手がいるんだ!》
P-104の速度と加速力が相手では、カイトは推力増強装置を使っても追い付けない。
このカイトが魔力補助機関を持っていても、その評価に変わりはない。
それよりも、警戒すべき相手が現れた。
「ああ、見つけたぞ!
合衆国の海軍機……PF-8ヨダだったか。
本国との連絡を遮断されて、空母打撃群が幕府軍に身を寄せていると聞いている。
そこの艦載機が、真田空軍基地にいたのだろう。
武揚奪還のために。
《こちらマチェット、間が悪くて申し訳ない。
これより迎撃に参加する!》
《マチェットへ! こちらは現在、電探を破壊されている!
索敵支援不能、申し訳ない!》
《そいつは痛いが……心配するな、昔ながらのやり方でやる。
マチェット各機、敵位置の共有を欠かすな。見つけたら報告。
それと編隊を乱すな、全員で奴をやる》
《了解だ、ジャン》
状況はあまりよろしくない。
どうやら敵編隊は僕を標的に定めたらしく、しかもそいつらは僕の背後に位置している。
悠長に逃げ回るP-104を追い回せばPF-8に背中を取られる。
かといってP-104を放置すれば、PF-8との空戦中に隙を突かれる。
「どうするんだ?」
相手をしない。
「はぁ?」
対地攻撃だ。
「お前っ、狙われながらやる気か⁈」
急降下して、再び基地への攻撃ルートに入る。
そこでは宗吉と蘭のふたり組が共同して攻撃を続けていた。
《ジャン、あの野郎こっちを無視して基地を攻撃する気だぜ》
《弾を撃ち切ってから逃げるつもりか?
なんにせよ、やることは変わらん》
ひろの視界を借りて、基地の防空戦力を睨む。
宗吉と蘭は余裕があったら攻撃してくれたらしく、駐機場周辺の戦力は排除されている。
それでも、全部ではない。
「当たり前だ、旧式の高射砲だぞ。
いちいち相手してたら弾が足りない」
この暗闇、目視照準の対空砲に被弾する可能性は極めて低い。
だけれど……ホバリングしていれば目立つ。
目立てば対空砲より取り回しのいいサーチライトが向けられ、精度は飛躍的に向上する。
「……おい?」
だけど、宗吉と蘭の空けてくれた穴は……あった。
駐機場の管制塔前、高度
そこなら残存する対空砲全ての死角に入る。
「おっ、お前っ……! だから、ボク乗せて自殺行為するなぁっ!」
最大出力でアプローチし、ロケットの照準を意識する。
《管制塔、敵機が攻撃態勢に入っている。
高射砲部隊に伝えて迎撃させるんだ》
《了解! 対空迎撃! 敵機は北から接近中だ!
弾幕を張って寄せ付けるな!》
《いま探照灯を向ける!》
赤い線で表される敵の照準、それにサーチライトの光をかわしつつ、基地へ。
時折射線に入り込む対空砲に30ミリを浴びせつつ、格納庫の屋根に掃射。
屋根を貫き、内部から爆炎が広がる。
減速するならここだ。
「すんなって言ってるんだよ!」
ノズルを90度に偏向させ、機首を上げて急減速。
基地上空でホバリングを始めた。
《んなっ……敵機、駐機場で滞空をっ!》
《見えているッ! 舐めやがって……!
今光を浴びせた! あいつを撃て!》
管制塔周辺のサーチライトが一斉に、僕達のカイトへと向けられる。
高出力の光が、管制塔に機体のシルエットを浮かび上がらせる。
だけれど……サーチライト単独に出来るのは、そこまでだ。
《……えっ⁉︎ 残存する対空砲、設備や管制塔の死角!
攻撃出来ません!》
《馬鹿な! ……あいつは、この基地全てを見通しているというのか⁈
しょっ、小銃を! とにかく攻撃するんだ!》
「ロック! お前マジで頭おかしい!」
これほど駐機場の敵を攻撃する好機はない。
エンジンの始動を始めた輸送機に照準を合わせる。
《嘘だろッ、敵機がこっちを向いてる! 早く出せ!》
《もう少し! 出力が!》
残った4基のロケットポッドから、全てのロケットを吐き出す。
5機の輸送機は燃え上がる残骸と化した。
《敵が目の前にいると言うのに……
馬鹿野郎っ、なぜ手元に小銃を置かない!》
《こちら真田空軍基地管制!
我らごと奴を撃て! 最大の好機だ!》
《……マチェット1了解。各機、ミサイルでやるぞ!》
北方から迫るミサイル。
左に機体を傾け、スライドする。
直後、管制塔に敵ミサイルが突き刺さった。
《マチェット、攻撃完了! 効果はどうか?》
《ダメだ、効果なし! 管制塔を盾にしやがった!》
《なんて野郎だ、攻撃タイミングが読まれているのか?
……そうか、くそっ。こいつら、
同僚の仇、討たせてもらうぞ》
敵編隊は南へと過ぎ去った。
ロケットポッドを投棄すると、旋回しつつノズルを斜めに傾けて出力最大。
上昇と前進を同時に行い、敵機の背後を追跡する。
《追って来たなっ。シックス・コインズ! 今だ!》
「西から急速接近する機影! 逃げたマルヨンだ!」
ZELLして来た迎撃機の片割れ。
タイミングを伺っていた奴が、この中途半端な隙を突いて来たんだ。
《低空と低速で機動が制限されている今なら……!》
ただし、僕はひとりではない。
「はい、もーらい」
ロケットポッドを捨てて身軽になった宗吉と蘭。
ふたりは夜の闇に身を隠し、P-104の不意を突いた。
低空でさらに降下していたP-104は30ミリを翼端に受け、制御を失った。
機体は上昇する事叶わず、滑走路を横切りながら地面にすり潰された。
《六文銭がやられた……! 全滅だ……》
《これじゃあ姫様に合わせる顔がないっ。
マチェット、頼む!》
《ああ、わかってる》
僚機と編隊を組み直し、再度上昇。
改めて敵編隊と相対した。
「合衆国海軍か……ロック、どうやる?」
対空砲に注意しながら、やり合う。
「作戦もへったくれもない!」
僕は淳之介隊長のように指揮なんて出来やしない。
だから、その場の状況を見てやるしかない。
「いいよぉ。なら、あたしの好きにやらせてもらう!
ヒャッハー!」
蘭が推力増強装置を作動させ、編隊から突出した。
「蘭待て、無茶だ!
……まったく、援護する身になれよっ」
その背後を追うように、宗吉は追従する。
蘭が真っ先に突っ込んで宗吉が援護。
僕が乱れた戦況に飛び込む。
我ながら、いい作戦だと思う。
「だから、それは作戦とは言わないんだよっ!」
「倒せりゃ、作戦なんてどうだっていいでしょ!
赤3、誘導弾を撃つ!」
一足先に敵を射程圏内に収めた蘭は、敵編隊目掛けてミサイルを放った。
ほぼ同時に敵もミサイルを撃ち返して、そのまま直進を続けた。
《お前ら、ビビるんじゃないぞ! 相手はイーストシーの死神だ!
奴ら相手に背を向けたら、絶対に喰われる!》
《ああ、チキンレース・スタイルだ!
チェイスのやっていたように!》
互いにフレアを投下しあい、シーカーの欺瞞を始める。
夜の闇に無数の火の玉が生じ、ミサイルの至近をすれ違う。
宗吉と僕も、流れ弾のミサイルをかわしながら敵編隊へと肉薄する。
「死ねっ、合衆国の旧人類ッ!」
蘭の放った曳光弾のひとつが、敵機と重なった。
命中した30ミリは主翼に風穴を穿ち、空気の抵抗が即座に胴体からもぎ取った。
《メーデーメーデーメーデー!
マチェット5制御不能、
彼には不幸な事が起きた。
今この世界は新月の闇に包まれ、さらに真下に広がる世界からは照明が奪われていた。
通常の人間には天と地の区別すら出来ない暗黒の世界。
くるくると回る機体では、計器や自身の勘も頼りにならず。
咄嗟に射出座席のレバーを引いた時、彼の機体は背面飛行していた。
その高度も高いものとは言えない。
彼の身体にはパラシュートが絡まり、錐揉み回転しながら地上の民家に叩きつけられた。
《敵が見えないっ、どこだっ⁈》
「悪いねっ、貰った!」
そして暗闇では、あらゆる物体を目視するのは難しい。
例え真正面に推力増強装置の炎を吐く戦闘機がいたとしても、だ。
宗吉は自分の存在を認識すらしていなかった敵を真正面から撃ち抜き、その命を奪った。
そのPF-8は黒煙を吐いたまま、肉片を載せて真っ直ぐ飛ぶだけの金属塊となった。
僕も負けてはいない。
推力増強装置は作動させず、陽光のシーカーに熱源を捉えさせ、放つ。
「ミサイル発射、飛翔中!」
陽光が外側のパイロンから放たれる瞬間を睨むと、素早く敵機を注視する。
《ミサイル! ブレイク!》
《間に合わないっ、
着弾直前に脱出した機体から機首を逸らし、隣の機体に照準を合わせる。
30ミリの残弾は、もうそんなにない。
だから息を吐きながら機体を制御して照準し……
撃つ。
中心からやや右にズレた位置から放たれる曳光弾は、機体中心部を貫く。
2機目は脱出する暇すらなく、夜の街に燃え上がるケロシンを撒き散らす。
すれ違う敵編隊、残り2機。
《奴ら艦載レーダーでも積んでるのか⁈
正確に狙ってきやがる! こっちは相手の数すらわからないのに!》
《言っただろう、これが軍事転用されたサトリだ!
奴らが乗ると、昼間機も全天候機になる!》
《インチキだろ、くそっ!
チェイスがいてくれたら……》
《あいつに頼りっ切りじゃダメだ!
……言いたくなる気持ちはわかるが、俺たちでやるんだ!
この世界で生まれた、俺たちで!》
チェイス、蒼穹の魔王。
彼がいたら……僕は、今度こそ勝てるのか?
「やめろ、ロック。考えるな、あいつの事は。
今は、この戦いに勝つことを考えろ」
それは、その通りだ。
彼の事は……今は後回しだ。
「ロック。こちら赤2、兵装残弾なし」
「宗吉、もう撃ち尽くしたの?
あたしは機関砲がちょっと残ってるよ」
どちらにせよ、もうほとんど弾切れ状態だ。
ふたりは帰還するといい、残りは僕がやる。
「……ふん。いいよ、別に。
帰り際に残弾で嫌がらせするから」
「蘭、勝手な真似はするな」
「戦争っていうのは、こっちがやられたら嫌な事を敵に全部押し付けるお祭り。
この状況下でやらなきゃ損でしょ?」
そう告げた蘭はサーチライトを避けながら低空飛行すると、基地の燃料タンクに狙いをつけた。
30ミリで穴を空けられたタンクは速やかに引火し、周囲の建屋を巻き込む大爆発を巻き起こした。
《……盛大な灯火をどうも。4、見えてるな!》
《ああ見たぜ、死神の機影をハッキリと!
もう逃さない!》
「はい、残弾なし。じゃロック、楽しんで」
「おいカス女! お前、状況引っ掻き回して逃げ帰るつもりか⁈」
「帰れって言われたからね。それに、攻撃したのは敵重要施設。
あたしは命令に服従してるのよん?」
蘭の嫌がらせの面は否定出来ないけど……
それでも、盲目の敵を一方的に叩くよりは楽しい。
「楽しい……⁉︎ カス女の次は馬鹿野郎!
これは戦争、殺し合いなんだぞ! 妙な楽しみを見出すな!
蘭の同類になるつもりか⁈」
旋回を始めて、仕切り直す。
相手も同じく旋回し、僕と向き合う。
2対1。
普通に考えれば、状況は不利だ。
「うるさい、ボクがいるんだぞ。
1つ多いくらいで変わりはしない!」
地上で燃え盛る炎の照り返しによって、肉眼でも敵の機影を捉える事が出来た。
その姿から報復の意気込みを感じるのは橙色で彩られているから、だけじゃないだろう。
《地上の部隊へ! 奴が見えるな!
弾を打ち上げてくれ!》
《わかってる! 信管を調整しろ!
今度こそ、あの死神を撃ち落とせ!》
地上と連携した攻撃。
だけど、地表から見れば相当な距離。
目視照準の対空砲では、正確な照準など望めない。
そのリスクは、彼らも承知の上だろう。
《信管調整よし!
ひろが敵の攻撃を探知し、僕の視界に赤い線を走らせた。
砲弾の炸裂高度は、かなり正確だ。
僕は機体をロールさせて、その攻撃から逃れる。
爆炎と共に生じた黒煙、そして砲弾の破片が撒き散らされてボディに叩きつけられる。
距離があるから、被害と呼べるほどではない。
「カス女っ! 余計な真似を……!」
機体を制御し、ズレた軌道を戻す。
その頃には、陽光の射程圏内に互いが収まっていた。
《マチェット1、ミサイル発射!》
《4、発射する!》
敵が放ったミサイル。
下手に逃げれば、状況は不利になる。
「ああぅっ、くそっ、またかよぉっ……!」
敵に機動を強いるため、こちらもミサイルを放つと回避機動を始める。
ノズルを45度にして、推力増強装置を起動。
バレルロールを始める。
「ぐっ……体力バカと付き合う側の気持ちになれぇっ……」
いちいち口うるさい女と付き合う側の気持ちになれ。
残り少ないフレアを温存し、ミサイルを引き付けて……
頃合いを見て投下する。
超音速の物体が真下を過ぎ去り、機体を揺らす。
計器のフレア残量は0を指していた。
敵も同じく、ミサイルを回避していた。
真正面からのぶつかり合いだ。
「いや……ダメだロック、付き合うな!
奴ら、味方ごとボクらを撃つ気だ!」
そう来たか。
だけど多分……逃げてもそれはそれで思う壺だ。
「はぁっ⁈」
《
ガンの射程内に入ったら、俺らごと撃て!》
《すまんっ! マチェットとぶつかり合う辺りで照準を合わせろ!》
向こうはとにかく、優位になれればそれでよし。
対空砲の巻き添えで損傷しても、回避機動を強いて減速させ、側面を向かせてもいい。
数が多いから、どうにでもなると考えている。
その目論見を打ち砕くには……
「真正面から、無傷で切り抜ける……? 馬鹿!」
対空砲の砲火がやみ、準備を始めた。
ノズルを前方推進に戻し、最大出力。
向こうの想定を外した位置ですれ違う、それが一番確実だ。
《なんだっ、急加速した⁉︎ 照準を修正っ!》
《真っ向勝負、そう来るか!》
《狙いが外れたな、ジャン!》
「下も撃ってくるぞ!」
目前に無数の脅威が表示される。
左右に機体を振って対空砲の炸裂をかわし、なお接近を続ける。
敵機は僕を狙っているらしく、この動きに合わせて機動している。
なら……弾は足りそうだ。
照準と機影が重なった瞬間に、発砲する。
直後、飛来した曳光弾がカイトの主翼を掠めた。
パネルが剥がれ落ち、機体が警告を発する。
「ああっ、くそっ! 被弾したっ、被弾したぁっ!」
狙った敵機のエアインテーク真ん中に30ミリは飛び込んだ。
真っ赤な炎をエンジンノズルから吐き出す。
《マチェット4、脱出する!》
《大丈夫、俺がやる!》
それは残念ながら無理だ。
最後のPF-8が発砲した直後、彼の目前で対空砲の砲弾が炸裂した。
《っしゃぁっ! 直撃!》
《いや待て……なんてこった! 今のはマチェット1だ!》
《何っ……⁉︎》
この高度では、地表からは航空機のシルエットしかわからない。
燃え盛る燃料タンクの炎という光源があっても、その詳細などわかりはしない。
そもそも、目視照準の対空砲に精密射撃など望めないのだから。
僕を狙う敵機はもういない。
最後の敵機を追撃するための弾も。
《マチェット1、応答を! 状況は⁈》
《……大丈夫、まだ機体は制御出来る……!
安全に下ろせる場所は……北東にある山!
あそこに機体を墜とす!》
PF-8はヨロヨロとふらついた飛行で高度を落とし、真田空軍基地北東に位置する山へ向かった。
川向こうの山だ。
《くそ、速度が足りない……麓になるな。
暗くて見えないが……住宅街よりマシか》
最後の敵機が向かう先、山の麓。
そこは完全な闇に包まれているが……
決して、無人ではなかった。
《よし、もう十分だろう。脱出する!》
PF-8の射出座席が起動し、炸薬がパイロットを上空に放り投げた。
白いパラシュートが、間違いなく開かれていた。
10秒後、機体は地面に墜落した。
燃え盛る機体の炎でようやく、彼は見えてしまったのだろう。
《ああ、くそっ……》
ひろの見ている世界では、そこには間違いなく建物があった。
駐車場と、古い建物……煙突?
風呂屋のようなものがあった。
人の姿は見つけられないけど……
きっと人も、そこにいたはずだ。
「ロック! 感傷に浸ってる暇はない!
北から増援! 見たことのない機影、数3!」
どうやら、時間らしい。
地上施設を攻撃していた他部隊は、既に作戦区域から離脱していた。
残るは僕達ふたりだけだった。
《今、ジャンのIFF信号も消えた。やられたか……》
《地上からの交信! 敵は死神、イーストシーで暴れた連中らしい!》
《俺らが遭遇するのは初めてだよな。
……バトルホークス、死神を殺すぞ》
戦うための装備は、僕らにはもうない。
相手が誰であれ、戦うのは無理だ。
「ああ、流石のお前でもわかるよな!
全力で逃げろ、あいつら只者じゃないぞ!」
最大出力で針路を南に取り、全速力で離脱する。
カイトは攻撃機であり、VTOLという特殊な機体だ。
魔道補助機関があるとはいえ、加速は遅い。
《さすがに俺らとやり合う元気はないみたいだな。
尻尾巻いて逃げやがる》
《ガバメントの領域までは追い掛けるぞ。
隙を見せたら叩き落としてやる》
《ビッラで来ればよかったぜ。
あいつなら確実に喉笛を噛み千切れたのに》
この速度差では……よくないな。
多分、作戦区域直前でミサイルの射程圏には踏み込まれる。
「おい、どうするんだ⁈ フレアはもうないんだろ⁈」
うん、ない。
だから……どうにかするしかない。
「簡単に言いやがって……!」
ひろの世界では、3機が間違いなく迫って来ていた。
もう間もなく、ミサイルの射程圏内に入って来る。
《ハンク、間もなく射程圏だ。撃つか?》
《いや、必中圏まで踏み込む》
《ああ。絶対ぶっ殺してやる》
仲間を複数やられて、彼らの怒りは頂天に達しているらしい。
真後ろの必中距離からミサイルを撃たれたら、僕も避け方はわからない。
「ならっ、さっさとどうにかしろよぉっ!」
わかってる。
機体を反転、背面飛行状態で上昇……急降下を始める。
《急降下した!》
《地形に沿って逃げ回る気だな。メル、上から監視を。
ファング、続け》
《わかった》
《後に続く!》
既に超過していた制限速度を、急降下でさらに超える。
マッハ1.8の速度で高度
「奴ら追って来るぞ!」
だろうな。
推力増強装置を止め、動翼と推力偏向ノズルを駆使して地形に沿って急旋回。
《こちらメル。レーダーの奴の機影、クラッターで捕捉出来なくなった!
目視の監視に移る!》
《まだ大丈夫だ。ケツに喰らい付いてる!》
相手はカイトのような特殊な機体でもないのに追従している。
それどころか……距離を縮めて来ている。
機体性能もあるんだろうけど、速度調整がうまいんだろう。
驚いた。
純粋な技量なら、僕より上かもしれない。
「褒めてる場合かっ⁈ 僕らは命を狙われてるんだぞっ⁉︎
……ああくそっ、間もなく必中距離!」
地形のおかげでミサイルシーカーに捉えられていないだけ。
僕たちは今、千千峰山地の地形に生かされている。
「なにかっ、何か手はあるんだろうなっ」
賭けになる。
僕は次の緩やかな右カーブに対して、機体を左に傾けた。
「ロック⁈」
《あいつしくじった!》
《いや……違う!》
最大限マイナスピッチ降下をしてわずかに右旋回。
頭に血が昇り、世界が朱に染まっていく。
「ぐっ、があああっ」
ひろの絶叫を聞きながら、機体をギリギリまで谷を覆う木々に寄せる。
そして、触れるほど迫ったその時。
僕は90度下を向かせたノズルの推力増強装置を作動させた。
蒼い魔力由来の炎がノズルから迸り、山の木々を焼く。
荒れ狂う熱風が木々を押し倒し、吹き飛ばし、火をつけた。
熱源を捉える空対空ミサイルにとって、最悪の環境だ。
《ロック……出来ないっ! シーカーがエラー吐きやがった!》
《ファング、前方注意!》
僕の両脇を、例の敵機達が機銃を撃ちながらすれ違った。
普段ならここで1機だけでも仕留めるところだけど……
残念ながら、今僕に敵と戦うための兵装はなかった。
《メル!》
《ダメだ、目視してるがシーカーが火災に反応して奴を捕捉しない!
ガンでやるか?》
《ネガティブ、閉所じゃ奴の方が強い!
上空監視を継続!》
谷に燃え移った炎は瞬く間に延焼し、火災は谷中へと広がり始めた。
《あの野郎っ、自分が逃げるためになんて真似を……!》
《ファング、言ってる場合か! もう一度奴を捉える!》
《いや待った! レーダーに反応、
敵機が越境して来やがった!》
サトリの能力は地形をある程度無視出来るけど、遮蔽物があると大きく減衰する。
ひろの能力でも、上空のレーダーの方が探知範囲は広いようだ。
「うるさいっ。でも……」
《ちっ……バトルホークス、作戦区域より離脱する!》
《クソが!》
2つの機影が谷の上空を猛スピードで飛び抜けていった。
多分、もう大丈夫だろう。
「き、切り抜けたか……」
こちらも谷を抜けて、上空へ退避する。
照り返す山火事が、新月の夜を赤く染めていた。
「こちら第67飛行隊。神祇軍赤報隊へ、この交信が聞こえるか?」
例の、敵機を追い払った味方編隊。
僕たちだけでどうにか出来たけど……助けてくれたのは確かだ。
「こちら赤報隊、赤1。67飛行隊、援護感謝する」
「奇策で仲間を救おうとする連中の噂を聞いてね。
東で機体を捨てた足で、ここまで来てしまった」
「頑丈な奴だ」
東で機体を捨てた?
それはつまり……
「ああ。こいつ、千里基地から逃げ出した奴だ」
「手厳しいな、お嬢さん。これでも何重もの策に翻弄された結果なんだ。
死んだ者を侮辱する発言は控えてほしい。
……私も友と仲間、それと同僚を喪っている」
「一方的に人の思考を読むな、気色悪い」
「
自分がされて気色が悪いは通らんよ」
「……ボク、こいつ嫌い!」
嫌いであろうと、助けられた事に違いはない。
別に礼を言えとまでは言わないけど、必要最低限の事はやって欲しい。
「ちっ……わかってるよ」
「赤1のパイロット、貴官が死神だな?
私は第67飛行隊、コールサインはアダルチ1。
短い間だが頼むよ」
アダルチ1、独特な抑揚の……
葦原語の方言とはまた違った話し方だ。
外人、なのだろうか。
恐らく、彼はひろに匹敵するサトリだけれど。
僕が抱いた疑問には、一切応える事はなかった。
次回の更新は来週の月曜日です