蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月19日
鳴田藩 千里空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
日が登って間もなくの、千里空軍基地作戦室。
良介らペンギン隊に、近衛軍の代表として耕作をはじめとした小隊長3名。
それに、防御線を破って千里基地までやって来た第一戦車隊の隊長、松本柳北が集った。
緊急の要件とのことで、テレビ通話が真田基地から要請されていた。
「真田が奇襲をっ?」
「……正直、今更奇襲された事に驚きを感じます。
今までの攻撃はむしろ、手ぬるいものばかりでしたので」
まさに、衝撃的な報告であった。
真田空軍基地が奇襲を受け、駐留する航空機部隊及び地上部隊が甚大な被害を受けたという。
近衛軍の小隊長たちは驚いた様子だが、一方中央軍のキャリアが長い柳北に驚いた様子はなかった。
あの土地は武揚包囲網の中心となっていたが、連邦支配領とは陸路で接続されていない。
地上戦力も比較的貧弱で、武揚包囲網の中では最も破るのが容易い穴のはずだ。
これは将校の教育を受けた人間ならば、容易く至る結論だ。
故に、合衆国ロング・イラ社の輸送機で車両類を輸送していたのだが───
「完ッ全にやられた……ウチの輸送機は格納庫の2機以外は全滅。
生き残りもニコイチで何とか動かせそうな惨状だ。
基地直掩のマチェット隊も機体全喪失したし……
それにサナダクランの、シックス・コインズだっけ? 全滅したよ」
ビデオ通話でエラは良介達にそう語った。
彼女には悪いが、良介にはもっと心配な状態の女の子がいた。
この懸念の正否はすぐに出た。
「おおっと」
「あくりさんっ、お気を確かにっ」
報告を耳にしたあくりは膝から崩れ落ちたのだ。
咄嗟に良介とゆきが両脇を抱えて、何とか転倒だけは避けた。
その身を粉にして守り続けてきた松代家の領土、真田藩。
領土の中心部を破壊され尽くしたのだ、ショックは並大抵のものではない。
しかし何よりも───シックス・コインズ。
つまり、六文銭の全滅だ。
あくりの原隊である六文銭は真田藩解放戦で3人を喪っていた。
残っていた2人は連邦空軍の一般部隊に属していたが───
一晩のうちに、六文銭はあくりひとりになってしまったのだ。
「真田の地がっ、六文銭がっ……」
やはり、我々の思っていた通りだったな。
あくりは冷静沈着な武人と振る舞っていたが───
決して、超人然としたメンタルの持ち主ではない。
慣れ親しんだ故郷を破壊されれば、仲間達を喪えば。
強く動揺し、ショックを受ける。
人間なのだ、間違いなく。
「あくりちゃん、平気か?」
「平気……? 平気な、ものかっ」
真っ青な顔をしたあくりは、語り掛けた良介を睨みつけた。
叫ぼうにも腹から出て来たのは、掠れ声ばかり。
良介とゆきはあくりを抱えたまま、何とか立ち上がらせるが───
まだ正気に戻ったとは言い難い状態だ。
質問を出来る状態にないと見た良介は、あくりに代わって続けた。
彼女を励ませるか───地獄の底に突き落とすか。
そのどちらかの賭けのような、しかしいずれ知らなくてはならない情報だ。
「真田
「……!」
あくりの身体が震え上がった。
彼女の脳裏に間違いなくあったであろう、しかし切り出せなかったであろう質問。
「それはご安心。真田城周辺は眼中に在らず、という感じだったからね。
本人が陣頭に立って、事後処理にあたってるよ」
最悪な情報だらけだった中で、ようやく喜べる話が出て来た。
良介は伏せていたあくりの顔を覗き込んだ。
「……ふぅ。ひとまず不幸中の幸いって奴だな、あくりちゃん」
「ああ……!」
肉親の無事。
良介がその安堵を知る術はないのだが───
死を知って喜ぶほど、松代家の関係は破綻していない。
あのふたりを見ていれば、それは確信出来た。
もちろん、領民が多くを失っている状況だ。
素直に喜ぶわけにもいかなかったが。
「でも、これからどうするんだ?
真田藩が甚大な被害を受けたら、武揚包囲網に穴が空くんじゃ?」
真田藩と他の連邦支配領は陸路で接続されていない。
そのため、陸上戦力の増強には空路が必須。
空路、航空輸送での増強も可能には可能だが、効率がよろしくない。
これを機に政府軍が侵攻を始めれば、真田藩はあっという間に陥落してしまう。
「武揚の陸上部隊が上崎へ出張ってくる気配はないね。
ずっと武揚を守り続けてる」
「……絶対にチャンスなのに、なんで攻め込まないんだろう?
こっちにとっては好都合だけどさ」
「はい……頷きたくはありませんが、攻めるには絶好の機会のはず。
賊軍といえど、意図が理解出来ません」
ゆきも自分が抱く怒りに勝るほど、疑問に感じている様子だった。
政府側の行動には不可解な点が頻繁に見受けられたが、今回は格別だ。
「そうですね。今までもそうですが、この機会に至っても攻めないのは……
政治的な問題か、何らかの意図を感じます」
柳北は眼鏡を煌めかせながら言った。
肝心なその理由が見えてこないのが、不気味というより他なかったが。
「
西海道で繋がってる良州藩は静かで越境する気配なし。
そのさらに西にある中葦原山脈を、まとまった数の軍が越える動きもない。
驚いたことに、西国から攻めるという案もないみたいなんだ。
普段ならこういう事、CIGが報告を上げるところなんだけど……」
その続きは、あまり楽しい話ではなさそうだ。
「最近、武揚に潜伏しているCIGのエージェントが狩られてる」
最悪な情報である。
葦原諸勢力よりも
そこのエージェントが、次々に摘発されているのだ。
「……サトリの能力を駆使してるのかな?」
「エージェントには特殊な
そう簡単に破れるはずがない」
エラはそう言うが───技術というやつは進歩するものである。
サトリの読心から守るための技術があれば、サトリの力を強化する技術もあっていいはず。
あるいは───
「もっと単純に……例えば、
指示を出す側へ送る通信には基本的にラジオ電波が用いられ、その傍受自体は文字通りラジオさえあれば可能だ。
しかし暗号には
理論上、今も昔も解読は不可能とされる技術である。
一方、相手は人の心を読めるサトリを広く運用している組織。
暗号を解読出来ずとも、解読した人間の頭を読めばいい。
そのプロテクトやらがあったとしても、指示役が手足となるエージェントと連絡を取る必要はある。
ハンドラーさえ割れていれば、監視して泳がせるだけで勝手にCIGエージェントの疑い濃厚な人物を教えてくれるわけだ。
馬鹿正直に一から割り出すより、ずっと簡単だ。
「……あいつら、肝心なところでナメプしてしくじるからね。
私の管轄外だけど、当局の知り合いに話してみるよ」
良介は視線をあくりに戻した。
ペンギン隊の責任者として離席するわけにはいかず、動揺したあくりはゆきに任せて椅子に座らせていた。
彼女は少しマシな状態になったが───落ち着くまでに時間は要するだろう。
柳北が真田藩の連邦陸軍と話し始めたのを頃合いと見て、良介はあくりに歩み寄った。
「あくりちゃん、平気?」
「……すまない。平静を欠いた」
「故郷と家族同然の人たちを傷つけられたんだ。
取り乱すのは当然だよ……俺が同じ立場だったら、暴れてる」
安心させるため、良介は静かに微笑んだ。
「手間を掛けさせたな。私はもう、平気だ」
「そっか、ならよかったよ。
真田藩への移動は、何とか司令部に掛け合ってみるよ」
彼女が抱く動揺は並大抵のものではない。
戦時下とはいえ、現地へ赴きたいと考えるのは当然。
薄くなった空の守りを固めるという名目で、ペンギン隊は真田基地へ戻れるかもしれない。
「不要だ。
「え? でもさ……」
「良介……これは戦だ。私情で動けば、多くが死ぬ。
死ぬべきでない者も、死ぬはずではなかった者もな」
なんと強いのだろうか。
あるいは、度を超えた頑固か。
あくりの言葉は確かに正論だが、大した時間を経ていないというのに、こうも澱みなく言ってのけるとは。
その真っ直ぐな瞳で言われては、これ以上の言葉は無粋でしかなかった。
「わかった。だから、あくりちゃん」
「なんだ?」
「絶対に生きて、真田藩に帰ろう」
「ああ……無論だ」
あくりは静かに頷いた。
傍に立つゆきへ、ふと視線を向けると───
彼女の表情に、不和を感じた。
「ゆきちゃん、どうかした?」
「い、いえっ。良介さんの仰る通りです」
良介は時折、妙に気を使い過ぎることがある。
ボスの負傷も相まって、張り詰めすぎたのだろう。
「よし。ひとまず、武揚解放を終わらせてからだ。
みんな、あともう一踏ん張りだ」
ペンギン隊の面々は互いに頷き合い、その決意を固めた。