蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月19日
鳴田藩 千里空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
千里基地は武揚に対する刃となるが、一方であまりにも近過ぎるという問題があった。
政府軍の異様なまでに低過ぎる武揚以外への関心でどうにかなっているが、武揚空港こと武揚空軍基地所属機が飛び立てば、30分もしないうちに空襲出来るのだ。
故に、朝イチでのフライトで智台空港へ戻らなくてはならなかった。
衝撃的な報告を受けたその足で、良介らペンギン隊は搭乗機が点検を受けている格納庫のそばまでやって来た。
この時、耕作と柳北がペンギン隊の見送りに同行していた。
「じゃ、良介さんっ。ここの守りは任せといてください!」
「あーうん、頑張って」
耕作からの言葉に、良介は適当に返し───
「頑張ってね、良介くん。葦原の興廃はあなたに掛かってるようなものだから」
「ふっふっふ、任せてくれよ柳北さん。
それと、もしこの基地に空襲が来たら、すぐにでも来るからね」
柳北には調子のいいことばかり言っていた。
「ふふっ。その時は、期待して待ってるね」
「良介さんっ。ほら行きますよっ」
「あっあっあっ、じゃあ柳北さん、またねーっ!」
ゆきに腕を引っ張られ、良介たちは格納庫に入り───
怒号と金属が擦れ合う音が響く空間に。
ペンギン隊が入ると、良介のナーガを調べていた整備員が歩み寄ってきた。
女の子だ。
───大きい……!
おお、なんと───!
あまりにも大き過ぎて、作業服のホックがかなり下がっているではないか。
全身を覆っている伸縮生地なる材質の黒い下着も、かなり見えている。
小さく見える要素爆盛りで、あのサイズ感。
締め付けるものがない状態であれば、100センチは超えるサイズとなるだろう。
───機体整備の邪魔になりそうだな。
ロマンの無いことを考えるな。
彼女から少しだけ視線を下げると───下腹部に黒い痕跡を見つけた。
オイルではない、酸化した黒色。
痕跡の上の方にある穴は、補修布で塞がれていた。
「あっ……昨日の娘だ」
そう、昨日ここ千里基地へ着陸した直後。
抵抗勢力を人質に立て籠った───葦原政府軍がいた。
彼女はその中でも、負傷していた人質だった。
治癒魔術さえあれば、簡単に治る程度の傷だったのだろう。
それにしても、死に掛けていたにも関わらずもう職場復帰とは。
「なあっ! そこの黒髪の!」
ぶっきらぼうな口調で、彼女は良介に呼び掛けた。
どうやら───お前に用事らしいな。
───ふっ、モテる男は大変だ……
黙れ。
「ああ、君は昨日の。元気だった?」
「邪魔」
「あ、あれれ?」
と、良介は軽く押しのけられ。
整備員の彼女は、あくりの前に立った。
「……私か?」
「そっ、そうだよっ。その……昨日はありがと。
おかげで命拾いしたよ」
あー、そういう───
───勝手にひとり……いや、頭の片隅だけで理解するんじゃない。
ちゃんと自分がわかるように理解しろ。
どう読んでも成立しない訳のわからない発言だが、わかるようにしてやろう。
整備員の彼女は、間違いなくあの夜助けた娘と同一人物だ。
しかしお前はキャットウォークの上にいて、存在はともかく顔は見えなかった。
あくりは、彼女のすぐそばで2人を斬り倒して直接助けた。
なんて事はない、お前の事など欠片も印象に残っていないのだ。
───……ちぇっ、別にいいよ。感謝されたくて助けた訳じゃないんだからさ。
はっはっは、世の中そういうものだ。
しばし硬直して、辺りを見渡したあくりはようやく彼女の要件を理解したらしく。
怪訝な表情のまま応えた。
「……失礼だが、記憶にない。誰だ?」
「えっ……!」
「お、おいおい……大助。ほら、昨日助けただろ?
レジスタンスで、捕虜になってたひとりだよ」
あんまりなあくりの反応に、良介は思わず補足してしまっていた。
確かにあくりは冷静で意外と気の利く女の子だが───
抜けているというか、肝心なところに興味が薄かったりするのだ。
「すまない、戦いに夢中で意識していなかった」
警察ならば、人質に紛れる被疑者を見つけるためにある程度意識を向けるらしいが───
軍隊出身のあくりには、その手の経験はない。
それは当然の話であった。
「……っぁっ、えーと……そうだ。
昨日、あんたに助けて頂いた者でェッ……」
きっと、こういうのに慣れていないのだろう。
彼女はしどろもどろになりながらも、あくりに語り掛けていた。
「そのっ、命の遣り取りにこーゆーはどうかって、自分でも思うけどよぉっ……
あの姿、綺麗だった……」
一言一句、賛同する他あるまい。
正確に落下地点を見定め、確実に仕留める太刀捌き。
暴力にカッコよさを見出すことをやめた良介でさえ、見事という他ない。
「……そうか」
あくりの反応は薄く、冷ややかとすら言えた。
表に出さないようにしているが、内心は故郷真田藩の惨状で動揺しているのだろう。
なんであれ、これ以上の会話は互いのためにならない。
そう考えた良介は、続きを引き継ぐことにした。
「で、君。千里基地の人だよね?」
「ん? あー、そうだよ。
幕府空軍千里基地整備隊……ってのは、ちょっと古い肩書きになんな」
「今は葦原連邦空軍だからね。
俺は今、君が整備してくれてる機体の人間」
良介の言葉に、繁は背後を振り返り───
すぐまた良介に向き直った。
「蒼穹の魔王……ッ⁈」
それを知って初めて、繁は良介の抱えるヘルメットへ視線をやった。
「黒い鳥……八咫烏の部隊章に、チェイス。
本物の魔王……っ」
ようやく、得心のいったように頷いた。
「……もう、ペンギンのツッコミはいいか。
毎朝新聞って、政府側の支配圏でも読まれてるの?
連邦領と同じ内容のものが?」
「表向きは
連邦側と同じ内容刷られた奴が。
そのくせ、地方欄にはこの辺のちょっとした話が載った新聞がよ」
毎朝新聞社は地域ごとに刷る内容が異なるのは、我々の知る新聞と一緒だ。
しかし葦原は現在、連邦と政府の武装勢力によって二分されている。
双方に違うルールが存在し、特に政府側では自由な報道は存在しない。
なので、紙面の内容は刷られる地域の支配組織によって大きく異なる───はずだ。
しかしプロパガンダまみれの政府報道に飽き飽きしている、政府より連邦の方にシンパシーを感じている。
そのような需要に応えて、毎朝新聞社の各支局が情報を共有。
裏で
もしかすれば、この動きには連邦や合衆国が関わっているかもしれないが───
これは論じても仕方のないことだろう。
「それに、ラジオ電波を完全に妨害するのは難しいからな」
「よく聞く話だ」
妨害電波でラジオ放送の視聴を妨害することは理論上可能だが、そんな事にリソースを割けるほど政府側の余力は少ない。
第二次大戦でも、各国がプロパガンダ放送を敵国に向けて延々と放送していたという。
葦原内戦においても、電波上の戦いが繰り広げられているようだ。
「でも、確か俺の顔って新聞や電波に載ったんだよな?
知らなかったの?」
「ふん。あたしはテレビも新聞もラジオも、観ねぇし聴かねぇんだよ。
しょーもねーし、馬鹿馬鹿しい」
「胸を張るような話じゃないな……」
だがこの状況において、一定の理はある。
政府側報道は、非現実的なプロパガンダに終始していると聞くからな。
闇販売されている新聞も、関わるだけで摘発のリスクが生じる。
接触を避けるのは道理だ。
ましてや繁はレジスタンスの一員。
関与を悟られようものなら、問答無用で処刑もあり得るのだ。
「……待てよ? あんたが蒼穹の魔王ってんなら、
こっ、こここっ、このお方は……」
「ああ。俺の
松代大助、それと空知竜司だよ」
改めて、良介は自分の仲間を紹介した。
「どうも。空知です」
「……松代大助」
やはり、あくりの機嫌は悪い。
それでも、最低限の礼儀を欠かすのはよろしくない。
繁をはじめとした千里基地整備隊は、武揚解放戦で深く関わる必要がある。
その戦いの合間、機体の修理点検をするのは彼女達なのだから。
「悪いね。彼女、故郷を攻撃されたばかりでさ。
態度がアレなのは許してあげて欲しいな」
「あ、悪ぃ……でも、ペンギン隊……?
たっ、助けられた身の上で言うのもなんだけどよぉ。
どうして戦闘機乗りが、あたしら助けるために乗り込んだんだ?」
実に、正しい疑問である。
残念ながら、彼女には心躍るようなストーリーを提供する事は叶わないが。
「俺の思いつき。大助はそれに乗っかっただけ」
「……あんた、あの場にいたのか?」
「キャットウォークでスナイパーをね」
「空で鬼のように強ぇってのに、陸でも戦えんのか?」
「ふっふっふ……それは俺と大助が特別なだけ」
お前のそう言うところ、本当にタチが悪いからやめろ。
そんな自慢話より、彼女とすべき話はもっとあるはずだろう?
「で、俺たちの機体はもう飛べるの?」
「ああ。徹夜で作業を進めて、今最後の点検してるとこだ。
……ところでよ。彰義隊ってのは、斗米で始まった部隊なんだよな?」
「そうだよ。夷俘島唯一の空軍基地」
デタラメを言うほどの話でもあるまい。
幕府軍と松後藩空軍が合同で運用していた施設であり、内戦で極まった時期に幕府軍の管理に統一された基地だ。
良介が初めて入った、異世界の空軍基地でもある。
「……そこで働いてる整備員の、千葉って野郎を知らねぇか?」
「……」
良介は黙って繁を指差すが───違うだろう?
「いや、あたしも千葉だけどよ。そうじゃなくって……
親父なんだよ、あたしの」
「あ、なるほど。でも、千葉かぁ……」
良介の記憶を辿る。
斗米基地整備隊、今でいう彰義隊お付きの整備隊だ。
彼らには散々迷惑を掛けて、トラブルの度に菓子折り片手に土下座した記憶がある。
しかし、千葉という姓を持った男の記憶など───
「あの、良介さん?」
「なに?」
良介が頭を悩ませていると、竜司が口を挟んだ。
「千葉という整備員、機付長の事では?」
思い返してみる。
機付長は整備隊の長といった立ち位置の男で、いつもサングラスを掛けている男だ。
経験豊富で、幕府軍で運用された機体から合衆国の試作機。
果ては異世界の、25年は先の技術と扱われるF-2の整備や修理までこなすスーパーメカニックだ。
彼はここ鳴田藩出身で、千里基地の勤務経験も長かった。
さらには、自分の子供の事を良介に教えたくないと言っていた───
モロ、機付長の娘ではないか。
思い至った良介は、改めて繁の顔を見た。
「な、なんだよぉ」
「似てない……」
「よく言われるよ。お袋似だって」
機付長が自分の子について言及を嫌がった理由がよくわかる。
「俺も驚いちゃったよ。まさか……
機付長の娘さんが、こんなに可愛い女の子だったとはね」
ほら、お前にだけは知って欲しくなくて当然だ。
「……」
「はぁ……」
背後でゆきとあくりがどのような表情をしているのか。
見えていないのに、ありありと浮かんでくるようである。
「てやんでぇ!」
「あうち」
繁の拳が良介の顔面に突き刺さった。
「機械いじりに顔面関係あっかよ!
今度ふざけたこと抜かしたら、滑走路に引きずり回すぞ!
命の恩人でも、蒼穹の魔王でもな!」
───うーん、ガードが固いな……
あんな見え透いた口説き文句で、今時なびく女がいるものか。
それよりも───ここは異世界、それも昭和レベルの暴力性が蔓延している世界だ。
本当に滑走路を引きずり回されかねないぞ。
───ちぇっ。時期を置くか。
時期を置くのではなく、やめる方が賢明だ。
というかお前、顔面殴られてもそれなの、普通におかしいぞ?
「……ごめん、悪かった。
実は繁ちゃんの親父さん。今は彰義隊お付きの整備隊なんだ」
「しょっ、彰義隊お付きぃ? ってぇと……
どういう事なんだ?」
基本的に整備隊は基地ごとに配属される部隊だ。
特定の部隊と行動を共にすると表現されても、困惑するのは当然だ。
「今は斗米基地所属じゃなくて、彰義隊と一緒に行動してる。
斗米基地の整備隊は技能が高くて経験豊富って評価されたんだ。
例えば、今なら智台空港にいるって事になるね」
「ひぇー。親父の奴、すげぇ事になってんな……」
「機付長に繁ちゃんが元気にしてるって、報告しておくよ」
「……頼む。それと、もうひとつ。
お袋は今、病院にいる」
聞き捨てならない情報だった。
機付長の妻、繁の母親が病床に
「病状を聞いても?」
「乳の
今はもう、色んな臓器に転移してるらしい」
岩病とは、我々でいう
乳の岩病となれば、乳ガンと考えていいだろう。
治癒魔術とやらも、傷口を塞げても細胞の突然変異を治すには至らない。
初期段階での発見であれば、この世界でも外科手術で治療は可能だ。
しかし、複数の臓器に転移したとなれば───
言葉にしたくないが、絶望的だろう。
そして恐らく、先も長くない。
乳癌は現代でこそ、早期発見さえ出来れば治療はそう難しくない。
西暦2030年に入ってからはワクチンも開発され、先進国では急激に減少したとニュースになった。
無論こちらでは、その限りではない。
この世界の癌検査について調べた事はないが───
我々の知る歴史と照らし合わせれば、あまり積極的なものではないと思われる。
戦争は日常の様々なものを破壊する。
その癖、病には一切手をつけないのだ。
ただ、あらゆる手段で人の死を助長するばかり。
「なるべく早く、機付長と会えるように頑張るよ」
「……さっきは、殴って悪かったな。
あんな風に扱われるの、あたし初めてでさ」
「いいさ、この程度。
何が名誉の負傷だ、不名誉の象徴だろうが。
それはさておき───必ず、この事を機付長に伝えなければ。
ふたりに残された少ない時間を、共に過ごせるように努力しなくては。
「千葉ァッ! 最終点検終わったぞ!」
「おーし! 悪ぃ……ちぇいす?」
「志村良介。好きに呼んでくれていいよ」
「じゃあ、良介に松代さんと空知さん。
初めての機体ばっかで勝手がわかんねぇけど、
調べてくれや」
機体の整備は整備隊だけの仕事ではない。
本当の最終点検は、飛ばすパイロット自らが行うのだ。
「ああ。ペンギン隊! 可及的速やかに点検!
終了後、順次離陸!」
「了解です!」
「了解した」
ゆきが足早に自分の機体へ向かう中、あくりは良介にそっと歩み寄った。
「良介……先ほどは、済まなかった。
私の不出来の、尻を拭いて貰って」
繁に対して、冷たい態度を見せた件だろう。
あれは大人気ない態度だったかもしれない。
しかし───
故郷を攻撃され、原隊の仲間を殺されて、落ち着き払えるわけがない。
彼女に落ち度は一切なかった。
「いいさ。故郷と親しい人を傷つけられて、
落ち着ける方がおかしい。だろ?」
「……だとしても、大人気ない真似をした。
お前こそ、ぼすを傷付けられて心中穏やかではないというのに」
「怪我はしてたけど、無事の範疇だったからいいんだよ。俺はさ」
「やはり強いな、お前は……
流石は、私の見込んだ男だ」
そう告げて、あくりは繁に一礼すると自分の機体へと向かっていった。
そう、傍には未だに繁がいた。
空気が重くなり過ぎないように、良介は軽口を叩いた。
「悪いね。一言も発してないのに、嫌味っぽくなっちゃった」
「……良介よ。あたしはあんたの全部を知ってるわけじゃねぇ」
「なら、これから知っていこうよ。お互いにさ」
こつん。
軽い拳が良介の頭に落とされた。
「話の腰折んな……それでも噂で蒼穹の魔王について聞いてんだ。
戦働きはもちろん、誉高い
「連邦政府がメディアに命じて創った英雄像だろ?
全然似てないでしょ? 誉高い武士なんて、性に合わないしさ」
「まさか! ……その真逆。
あんた、連邦が宣伝工作で創ったその人まんまだぜ。
ちょっと……いや、相当
「……そう?」
良介は確認出来る限りで新聞をチェックしていたが、あんな
今も昔も、空に浮きそうなほど軽いナンパ野郎である。
それこそ幕軍の神兵、幕府の八咫烏、夷俘の魔物、夷俘の魔王、蒼穹の魔王。
戦果の誇張がない事は確認していたが、どの時期でも人格面は嘘八百だったはずだ。
「あんたに会うまでは嘘だと思ってたけどよ。
民間機を狙う誘導弾をぶっ壊した話、あれも本当だろ?
自分の機体をぶっ壊してまで」
葦原海にて、世界博覧会から撤退する民間機───
合衆国の機体を追うミサイルを主翼で叩き落とした件だろう。
空では自分が乗る機体以外に頼れるものはいない。
あらゆる生命を拒む空という世界では、翼を持つ鳥でさえ間借りしているに過ぎない。
ましてや翼のない人など、あっという間に重力という法則によって排除される。
自分の機体を壊すという行為は、自殺行為に他ならないのだ。
「うーん。それは間違いなく事実だから、否定が出来ない……」
「へっ!
ま、なんだ。そんだけ。じゃ、あたしは他も見てくるからさ!」
ゆきやあくりの点検を見に、繁は駆けていった。
その背を見送り、良介がナーガの点検を続けると───
ゴスっ。
突如、背中を蹴られた。
「この野郎ゥッ……いい気になるなよォ」
血涙を流す千里基地の整備員。
どうやら、嫉妬心から良介の背を蹴ったらしい。
残念ながら、良介は暴力には暴力で応じる人間だ。
「うるせぇ」
お返しに良介はそいつを蹴り飛ばし、スクラップの山に放り込んだ。
「さ、流石魔王……暴力に躊躇いがない」
「や、やらなくてよかったぁっ……」
と、整備隊の整備員が戦慄するのを横目に、良介はナーガの最終点検を進めるのだった。