蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月19日
道奥藩 智台空港
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
移動にそう時間は掛からなかった。
千里基地に保管されていた最低限の武装だけ積んで、チェイス達ペンギン隊3名は智台空港の滑走路に降りた。
用意された駐機場では彰義隊お付きの整備隊が集結し、中でも機付長は仁王立ちして待ち受けていた。
機体を止めると、良介は彼を見下ろした。
「よ、機付長!」
「……おう」
タラップで地上に足を下ろすと、良介は『何か言いたそうなことがあるけど、言い出せない』感を醸し出している機付長と向き合った。
「……」
「……」
やはり、彼は何も言わない。
───おい。俺様におやぢと睨めっこする趣味はないぞ。
当たり前だ。
機付長の様子がおかしいのは、娘───繁の件だろう。
妻子ともに無事だが、一方で残念なお知らせもしなくてはならない。
これは、繁との約束だからな。
「
「……無事だったか」
彼女の名を告げただけで、機付長は察してくれた。
表情が緩んだところで申し訳ないが、重要なのはこれからだった。
「彼女と会って、聞いたよ。だけど、奥さんがよろしくない」
「なんだと?」
「乳癌……岩病だ。それも色んな臓器に転移してる」
「……くそっ」
トレードマークのサングラスを外して、彼は天を仰いだ。
自分が左遷され、単身赴任している間に妻子が戦争に巻き込まれ───
果ては妻の乳癌ステージ4の発覚だ。
彼が何を思っているのか定かではないが、その表情からは強烈な後悔を感じられた。
おおよそ、左遷の原因となった上官との揉め事に想いを馳せているのだろう。
その後悔に対して、良介がどんな言葉を掛けてもいい結果にはならない。
だから、前に進むための言葉を掛けるしかなかった。
「機付長」
「……なんだ」
「奥さんはいい結果にならないかもしれない。
だけどせめて……会いに行こう。会えるうちに」
「……ああ、そうだな」
「なるべく協力する」
戦争は生き物よりも不可解な存在、何が起こるかわからない。
そして良介は中でも隊を預かる責任ある立場だ、不用意に約束してはならない。
それでも───
なるべく実現させてあげたい。
そう思う心理は、人の道から外れたものではないはずだ。
殺人という人の道から最も外れた行いを
「そのためにも、まずは機体を万全にして欲しいな」
「任せとけ」
ナーガを整備隊の皆に任せ、良介は田中上等兵が運転する車に乗り込んだ。
他のペンギン隊とは違う仕事があるのだ。
「……田中くん、よく武揚から出られたね?」
発車して間もなく、良介は彼に尋ねた。
合衆国の諜報機関、CIGのエージェントが次々に摘発されている件。
手慣れた諜報機関ですら手を焼く今の武揚から、彼は最近脱出したばかりなのだ。
「CIGが狩られている件ですか?」
「そうそう。
「無事ではありませんが、CIGほど深刻ではありません。
……今のところ公的な見解は出していませんが、
こちらの被害から勘案するに……合衆国側の情報が漏れたのだと思われます」
良介は暗号の解読か、ハンドラーの発見辺りが原因だと踏んでいたが───
葦原連邦空軍憲兵も似たような見解らしい。
憲兵の被害というワードから、合衆国と繋がりの強い憲兵が摘発されている背景も想像出来た。
やはり、CIGの情報が流出しているのだ。
「この葦原内戦……いえ、極東大戦にはリールランドやクルーヴィナなど、
世界各国の列強も参戦しています」
「クルーヴィナは参戦していないんじゃなかったっけ?
表向きは」
「ええ、表向きには。
ですが実情は、あらゆる列強が何らかの形で関与しています。
主に、葦原政府の側で」
「
「合衆国は神々との対立を表に出しています。
その件で、ユーロネシア各国とは険悪なんです」
この世界では、神々は実在する。
ただし───その実態は、人間を玩具にする存在。
その事実を知った合衆国は、かつて人が神々と崇め奉った存在を
世界の果ての向こうにその所在があると判断している。
果てを越えた暁に何をするのかは───あまりいい話ではないだろう。
それはさておき、合衆国ほど腹を決めている勢力は他にない。
管理者との戦いに参戦した葦原でさえ、ここまでの覚悟はない。
だから合衆国があらゆる宗教を廃した無宗教国家であるのに対して、葦原には未だに神社があるのだ。
ならば極東の反対側である極西、ユーロネシアはというと───
あらゆる交流を絶ったはずの、
なぜ神は人との交流を絶ったのに啓示を受けられるのか?
例外があるのかもしれないが、普通に考えれば神の言葉を騙っているのだろう。
そんな宗教事情があるので、合衆国は他の列強と関係が悪い。
つまり───
「合衆国に入り込んだ列強のスパイが、
CIGの情報をリークしてる……」
「そうだと見て間違いないでしょう。
合衆国は歴史的な経緯もあって、積極的に移民を受け入れています。
出稼ぎの労働者階級から、祖国の居場所を失った知的階級まで。
あらゆる層の人材を受け入れています。時には……
「間口が広いから、変なのが入り込む隙間も大きいのか」
「合衆国はだからこそ強く、事前に不逞な輩を刎ねる組織もあるのですが……
やはり、限度があったのでしょう」
雑談をしている間に、ふたりの乗る車は空港ターミナルに到着した。
ターミナルの会議室に空軍の司令部が置かれ、良介の用事もその近くにあった。
一般業務の一切が停止し、軍事色豊かな空港。
小銃を抱える物々しい立哨が立つ階段を昇り、最上階へ。
司令部では連邦陸海空近衛4軍の高級将校が集結し、あーでもないこーでもないと論を交わしていた。
「……で、ここ?」
「司令部を通った先に用意があります」
目的地へ行くには、ここを通り抜けなくてはならないらしい。
気は進まないが───良介は両脇の立哨に会釈すると、入室した。
「志村良介二等空尉、入りまーす」
半分条件反射、半分嫌々で宣言すると───
司令部の視線が一斉に良介へと向けられた。
「あれが、魔王か……?」
「間違いない、あの横顔は……」
ヒソヒソと静まり返った司令部に、囁き声だけが響く。
だから嫌なのだ。
とはいえこれは自衛隊と同じ規則なので、無視するわけにもいかないが。
針の
「良介か、無事戻ったようだな」
声を掛けてきたのは、吉宗であった。
事実上の彰義隊隊長は───これまた懐かしい。
「……ふん」
夷俘島から打って出るための作戦、酉作戦だったか。
本州松後藩へ上陸するため、海底トンネルを突っ切って防空レーダーを破壊するキ印極まった作戦である。
あの会議に出席していた、かつての幕府陸軍総裁が吉宗の対面にいた。
彼は制服組より上のスーツ組───ほぼ政治家になる軍人だ。
演習にも顔を出す程度に現場主義らしいが、広義の前線にあたるこの空港まで出張っているとは。
「これはこれは。総裁閣下がこのような粗末な場所までおいでとは」
「良介。言いたくなる気持ちはわかるがな……」
「よい、将軍の
あの時も、今もな」
そのお役目とは、果たして何なのか。
よそ者への嫌がらせか、軍の崩壊を防ぐためのガス抜きか。
事情があるのは柳北から聞いていたが、複雑な気分が抜ける事はなかった。
この様子からするに、当人も雑な和解を望んでいるわけではないだろう。
「今からお電話だな? 話がある、済み次第寄ってくれ」
「ま、いいよ……」
ボスの殺害を仄めかすような男と話すのは気が進まないが───
彼も一応、味方だ。
会釈して別れると、田中上等兵の案内に従って
給湯室と書かれた札を打ちつけられた空間。
「毎度、お決まりのパターンだな……」
「お相手が、お相手ですので……」
もしスパイがこの会談を知ったら、何としてでも内容を知りたがるのだろう。
その内容を知れば、間違いなく落胆するが。
しかし間違いなく、あるひとりにとって大事な時間だ。
だから彼女は、ここまで大仰にしてでもこの場を用意するのだ。
その時間を有意義なものにするため。
良介は暖簾をくぐった。