蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月19日
道奥藩 智台空港
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
ペンギン隊本来の所属基地、静浜基地。
そこの古い設備には給湯室が含まれていた。
あの給湯室はありとあらゆるものが古く、どこかしら壊れていたが───
こちらの給湯室はありとあらゆるものが古臭く、しかし全て機能していた。
不思議な光景である。
「うーん。古臭いデザインだけど、全部真新しい……
脳がバグりそうな光景だ」
このチグハグな世界に、異物がふたつ。
真ん中に鎮座するテーブルと、その上に置かれた黒電話。
それに意識を向けるのとほぼ同時に、着信を告げるベルが鳴り響いた。
「ただいま、電話に出る事が出来ません。
ピーという音のあと……」
ここまで言っておいて、良介はこの世界の電話に留守番電話の機能がないことを思い出した。
「……ごめん、現公ちゃん。また滑った」
「なら次は、殿下を惑わすような事を言うんじゃないぞ」
聞き覚えのない男の声。
期待していた相手の声ではなかった。
「だっ、誰だお前っ⁈」
「そんな事はどうでもいい。それよりも、また殿下を惑わすんじゃないぞ。
いいな? ……そのまま待て」
どうやら帝室の護衛か、通話を繋ぐ担当者が事前に釘を刺しに来たらしい。
相手がやんごとなきお方だからといって、冗談すら禁じるとは。
いや───禁じられて当然では?
「ふん、ウィットに富んだジョークすら楽しめなくなったら、
人間おしまいだぜ」
お前の場合
「俺様は昭和のおやぢじゃないんだ。女の子相手に下ネタは言わないぞ。
……基本的に」
本当かぁ?
などと考えていると。
受話器から聞こえて来るノイズ音に変化が生じた。
回線の接続と判断した良介は、静かに声を待った。
「……もしもし? 良介さん、ですか?」
「ふっふっふ、その通り」
ジョークが思い付かなかったのを、変な笑い方で誤魔化すんじゃない。
───うるさい、冗談の焼き直しするよりマシだろ?
「……現公ちゃん、元気してた?」
気を取り直して、この葦原で最も偉い
「はい、お陰様で……良介さんこそ、お怪我はありませんか?」
「昔から、頑丈さしか取り柄がなくってさ……
このやり取り、前にもしてなかったっけ?」
「あ……ごめんなさい。つい、気になってしまって」
「このご時世だ、しょうがないよ……」
思えば、撃墜されかけたり、外国の秘密部隊と直接やり合ったり───
前者はともかく、後者は絶対戦闘機乗りのやる事ではないだろうに。
「現公ちゃん。今回は何か、特別な用事が?」
「いえ……良介さんがお帰りになれる手段に、
進展があったわけではなくて……
実は、特別用事があったわけでも……」
つまり、だ。
私がこのような事を考えるのは甚だ遺憾だが、説明しよう。
お前と話したかっただけだと、現公は言っているのだ。
帰還の手段に進展がないのは残念だが───
それでブー垂れるほど、良介も駄目な大人ではない。
「ダメ……でしたか?」
「まさか。ちょうど、俺も現公ちゃんと話したいと思ってたんだ」
「よかった……
もしかしたら、ご気分を害してしまうのではないかと」
「そんなことはないよ、うんうん」
落胆を心の外へ放り投げ、思考を切り替える。
戦争が拡大しているこのご時世。
ここはいっちょ、話の方向性を大胆に切り替えるべきだろう。
「よーし。ここはひとつ、今のご時世らしくない話をしよう」
「今のご時世らしくない、ですか?」
戦争という環境下では、死と破壊という人が暗くなる要素がてんこ盛りだ。
確かに情報共有は必須だろうが───
人は損得だけの生き物ではない。
現実の話も大切だが、そればかりでは気が
だから、だからこそ、この現実から遠い話をするのだ。
幸いにもこの通話は、建前は良介と現公のふたりきり。
辛気臭いツラを他人に強要する不謹慎厨の横槍が入る心配はない。
たとえ現実逃避だとしても、時には必要なのだ。
「葦原ってさ、楽しめるデートスポットってある?」
「デート……スポット?」
想定すらしていないであろう発言に、現公はオウム返しをした。
これが通じないとは思えないので、まさに虚を突いたのだろう。
「えっと……洛外に古い時代の街並みを再現したご遊戯の施設がある……
と、聞いた事があります。男女に人気の施設だとか」
「へぇ。行った事は?」
「ありません」
「それはいけないな」
「い、いけませんか?」
「そうだとも。葦原のやんごとなきお方が、
古い時代の街並みを知らないなんて。絶対に知るべきだ、そう思わない?」
ただ聞くところによれば、田舎に行けば数百年前の街並みが割と残っているという話はある。
実際、夷俘島斗米基地の辺りには江戸時代のように古い民家がいくつかあった。
とはいえ、ここは地震の多い葦原。
大地震の度に減っていく光景だそうだが。
「そ、そうなのでしょうか?」
「絶対そうだよ……だから、この
「そんな……いいんでしょうか?」
「現公ちゃんは葦原のために……そして俺のために頑張ってくれてるんだ。
お前とのデートがご褒美とは、とんだ自己評価の高さだな。
そんな態度が、今まで付き合ってくれた女の子からフラれる原因になったんじゃないのか?
第一、お前は現公と
あまりにも無責任ではないのか?
───うるさい……その通りだけど、今はマジで黙れ。
現公ちゃんにも、楽しむ時間と余地があってもいいだろう?
ふん───いいだろう、その辺りは認めてやる。
だがその上でひとつ、ハッキリさせよう。
お前は女性の敵だ。
「ほら、俺は世界博覧会を一緒に回るって話も実現させたんだ。
一度あることは二度ある、今回だってやっちゃうぜ?」
「……それも、そうでしたね」
しばらく、現公は黙ってしまった。
気分を害した様子はないが、せっかくの機会に沈黙を続けるのももったいない。
なので、良介の方から話を進展させる事にした。
「その施設の古い街並みって、いつぐらいの葦原なの?」
「私も行ったことがないのでわかりませんが……
新しくて150年、古くて500年ほどではないでしょうか」
150年ならば、合衆国皇帝タナト・ク・マランスが現役の時代。
かつて幕府が地方の反乱で窮地に追いやられていた時代だ。
500年は───大和幕府が葦原の天下統一を成し遂げるずっと前。
我々で言う戦国時代が幕を開けたくらいの年代だったはずだ。
「うーん。言っちゃ悪いかもしれないけど、俺にはピンと来ないな……
葦原の150年前や500年前なんて、俺は知らないわけだし」
「例えば……在りし日の
「蓬莱山……確か、葦原で一番大きかった山だよね?」
「はい。魔界の門が山頂に生じて、人魔大戦が繰り広げられました。
最後は魔界の門が消えて……今の葦原湾と呼ばれる地形となりました」
内戦状態にあった葦原。
そこに魔界と通じる門が出現し、無数の魔族が葦原に侵攻した。
葦原各勢力が流石にまずいと互いに戦いをやめ、一致団結した奇跡の戦い。
この大戦において岸岳馬之助なる男が先陣を切って、蓬莱山の山頂へ突入。
増援が湧く魔界の門を破壊したが───
破壊によって生じたエネルギーにより、中葦原は消滅。
馬之助をはじめとした多くの人間が、その余波に巻き込まれたとされる。
一連の戦闘を人魔大戦と呼び、150年前の内乱はその直前の出来事である。
内乱、外国の介入───
この国が乱れたタイミングで、葦原は魔界の侵攻を受けたのだ。
当時の合衆国は人魔大戦において多大な活躍を見せ、武揚と京まで迫った魔の軍勢を食い止めた。
言い方を変えれば、全てを破壊する軍勢が経済的・宗教的首都の手前まで侵攻していたのだ。
大和幕府の軍事面における合衆国依存は、この戦争の教訓だろう。
そして150年越しに回収された、極東大戦の伏線とも言える。
内乱、魔族の侵攻、中葦原の消滅、鎖国下での外国への依存───
長い月日が経っても消えない、深い傷跡と歪みを残したのだ。
───しかし……岸岳って、どっかで聞いた名前だと思ったんだ。
そう、茂実さんの苗字と一緒じゃないか。血縁があったりするのかな?
岸岳茂実、唐津藩藩主の娘にして海軍振遠隊の隊長を務める女丈夫。
この内乱の中でも、唐津藩をうまく立ち回らせているそうだが───
岸岳馬之助と
ところで、女の子と話している最中に別の女の子の事を考える。
これはマナー違反だと、お前は言ったな?
───おおっと。
「……その蓬莱山って、多分火山なんだよね?」
「はい。過去に何度か噴火して、灰の雪を降らせたと言います」
「火山の上の方が消えただけで、
マントルから湧き上がるマグマが消えるわけじゃない。
葦原湾のど真ん中って、海底火山で凄い事になってるんじゃないか?」
それは、その通りだが───
今、この場で言うべき話ではないのではないか?
「大丈夫です。新聞で拝見したのですが、
海底調査の結果、火山活動は落ち着いていると書かれていました。
大規模な地震の際には注意が必要だそうですけど」
地震に影響されて、火山活動が活発化する恐れは日本でも指摘されている。
南海トラフ地震などの要因でマグマ溜まりが刺激を受け、
そうなれば、日本どころか地球全体で文明レベルの被害を受ける。
人間が束になったところで、どうしようもない事態だ。
つまり───真剣に悩んでいては何も出来なくなる。
悩むより、目の前のどうにかなる問題に集中した方がいい類の問題だ。
「なら、多少暴れたくらいでどうって事はないか……」
「ただでさえ、良介さん達には多大なご迷惑をお掛けしています。
これは、私たち葦原人の問題です」
「そんな事言わないでよ。俺と現公ちゃんだろ?
そうなったら、飯炊きくらいはやるよ」
どんな関係だ、それは。
ともかく、地震やら火山やらは葦原関係なく良介のような個人にはどうしようもない。
「ふふっ……」
現公は良介の言葉に笑みを漏らした。
「いま葦原を……
私や公方様、伊邪哭國男以上に揺るがしているお人が、飯炊き……?」
「だって、災害派遣となったらそれが主な仕事だろ?
荒れた土地を、戦闘機でさらに荒らすわけにはいかないし」
「でも、それはそうなんですが……飯炊きって……」
どういうわけか、現公のツボに入ってしまったらしい。
良介と葦原人の価値観で、大きく異なるところがあるのだろう。
「そんなに意外だった?」
「いえ……考えてみたら、とっても良介さんらしいと思います」
「一応聞くけど、褒めてるよね?」
「はい。それはもう、たくさん褒めています」
なら、素直に受け取っておくといいだろう。
現公の性格的に、皮肉を言うタチではない。
「たまに自炊して、やり方を思い出さないとな」
「変なところでやる気にならないでください」
互いに笑い合うと、先に現公の声が静まった。
この雰囲気からして、お時間らしい。
「良介さん……そろそろ」
「うん……またね、現公ちゃん」
「はい、また……」
受話器からノイズが響き、静まった。
「ふぅ……」
良介も受話器を下ろすと、背後に暖簾を開く気配を感じた。
「志村二尉、終わったか?」
吉宗が暖簾から顔だけを出して覗き込んでいた。
彼は仮にも元将軍の兄、少し前まで跡目争いに担ぎ上げられていた人間だ。
「……どうした? 何を笑っている」
「いや。あんたはそういうのが似合ってるって思ってさ。
将軍家のーとか、そういうのは似合ってない」
「……皮肉か?」
「本心だよ。で、仕事の話だろ?」
「ああ、来てくれ」
給湯室の暖簾をくぐる前に、黒電話を振り返る。
首都防空の要である千里基地を奪還した今、次の戦いは首都武揚。
どのような戦いになるか定かではないが、激戦は必至だ。
果たして、現公と話す次は来るのか。
何もわからない。
やれる事があるとすれば───
最善を尽くす、それ以外にないだろう。
改めて覚悟を決めると。
良介は司令部へ続く暖簾をくぐった。