蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月19日
道奥藩 智台空港
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
現公との
松平吉宗中佐、海軍の江夏剛明中佐。
それにかつての幕府陸軍総裁だった。
「これはまた……
「対面して早々、嫌味ですか?」
眼鏡を煌めかせながら、剛明は不機嫌そうに告げた。
思えば、彼以外には階級以外の肩書きがあるのだから、そう感じて当然である。
元将軍の兄に、陸軍のトップ。
良介は言わずもな、だ。
剛明だけは、旗本の江夏家くらいしかないのだ。
それもこの現場にいるのは、海軍参謀本部の使者と言ってもいいだろう。
とはいえ───彼も単なる使いっ走りではない。
「剛明、聞いたぜ? そっちは艦長の代理をやって活躍したんだって?」
「ふん、馴れ馴れしい……まあ、いいでしょう。
江夏家、旗本の名に相応しい活躍をした。それは事実ですから」
相変わらず、言動がいちいち嫌味ったらしい奴である。
そんな人物が戦果だけでなく、漂流していた味方を数十人救助するという功績を上げるのだから、人間わからないものである。
「にしても……陸軍総裁がここまで来るとは思わなかったよ」
剛明に挨拶を済ませると、良介は珍しい人物に視線を向けた。
「ふん、今は大和幕府陸軍の総裁ではない。
白髪白髭の男は不機嫌そうに名乗った。
しかし───こいつ、そんな名前をしていたのか。
「だとしても、元帥閣下が前線まで出張るとはね。
戦況そんなに悪いの?」
「この内戦が始まってから間もなく、戦況が良かった試しなどないわ。
ここへ至るまで常に綱渡りなのは、お前も知っておろう」
それは、その通り。
今までの作戦ひとつをしくじっただけで瓦解する恐れがあるのが、連邦軍の現状である。
戦況が良いなどと言えるのは、前線を知らない者かメディアだけだ。
「じゃあ、士気を保つために前線へ?」
「……無論、それだけではない」
酷い裏事情はあるが、口にする事は出来ない。
斉溥の様子から、そんな事情を感じられた。
「ま、いい歳してるんだ。無理するなよ、お付きの人が大変だ」
「年寄り扱いするなッ! 儂はまだ43じゃっ!」
「お、思った以上に若いな……これで全員、ボスより二回りは年下?
老けすぎだろ、幕府軍出身のお偉いさん」
と、良介は吉宗を見た。
彼もまだ35だが、50代はありそうな貫禄。
白い毛髪を蓄えた斉溥は、70代にも見える容貌である。
「……」
吉宗は良介の内心を読んでいるらしく、不機嫌そうな表情を見せた。
しかし彼らをよく見れば、その肌艶は老人のそれではなく、背筋もしっかり伸びている。
この辺りがしっかりしている老人もいるにはいるが───
近くで見なければ、うっかり誤解してしまう。
「むしろお前が、歳不相応に
「ああ、俺様は永遠の18歳だからな。
幼く見えても仕方がないのだ」
「藤沢元帥……志村二尉に、その手の叱責は一切効かないぞ」
「タチの悪いクソガキじゃ……」
「松平中佐、藤沢元帥。この不勉強な男には、貫禄という概念がないのです。
このような輩は放っておいて、我々の成すべきを成すべきかと」
剛明はしれっと良介を悪役にして、話を進めた。
テーブルに広げられた地図には、首都武揚が描かれていた。
西部の陸地を葦原湾に奪われた、湾沿いの首都。
消滅した西半分がなければ、東京にも似た地形であった。
「我々は1ヶ月後、首都武揚を奪還する」
今回のまとめ役は最上位となる斉溥元帥のようだ。
武揚東、千里基地方面に青い戦車の模型を置いて陸軍の戦力を表した。
しかし───1ヶ月?
敵を目前にして、あまりにも悠長過ぎるのではないか?
思わず良介は口を挟んでしまった。
「1ヶ月? そんなに時間を掛けられるのか?」
「お前ら航空屋と違って、歩兵や戦車は速くないのでな。
奥葦原に展開している部隊から引っこ抜いて頭数を揃えねばならん以上、
しばらくはこの辺りで睨み合いになる。
武揚の掌握には、並大抵の戦力では足らんからな」
それは仰る通り。
第一戦車隊の戦力は28両、我々の知る陸自で言うなら2個中隊規模しかない。
よくもまあ、こんな規模の部隊でここまで押し込めたもんである。
近衛軍の第一挺身団を含めても、この小規模な部隊だ。
鳴田空港周辺を守るのに手一杯、武揚攻略など夢のまた夢というわけだ。
そして奥葦原各地に展開する部隊から戦力を集めるとなると、時間が掛かるのも当然。
なにせ日本の東北地方を想起する、山々に分断された地域が奥葦原だ。
ただでさえ道路建設が難しい地形に加え、かつて幕府軍が破壊した交通インフラを復旧しながらの移動だ。
時間が掛かって当然、1ヶ月でも本人たちからすれば結構なハイペースだろう。
だったら事前に動くべきだが───
忘れてはいけないのが、奥葦原で最も大きな藩である川口藩は降伏の兆しがあれど未だ政府軍の支配圏だ。
それを悟られて連邦支配領が分断されては元も子もない。
やすやすと部隊を移動させるのが難しい事情が、連邦陸軍にも存在したのだ。
ここへさらに幕府陸軍時代から続く派閥争いなども加わってくるが───
それは、今するべき話ではないだろう。
「なるほど……? どうぞ、続けて」
「我々陸軍は準備が整い次第、鳴田藩を西に進む。
偵察と諜報によって、賊軍は武揚の玄関口である
浦浜に防衛線を築いていることがわかっている」
「で、彰義隊は
「……黙って、最後まで、聞け!」
どうやら、いつもの調子で口を挟ませてはくれないらしい。
空軍、彰義隊の代表である吉宗は作戦区域の東端、武揚沖に航空機の模型を置いた。
「我々はその支援。それは事実だが……彰義隊は各中隊ごとに任務を分ける。
CASは第3中隊精兵隊と第5中隊オメガ隊の任務だ。
志村二尉、君の第1中隊ペンギンは空中待機。
迫る敵の航空機、その一切を排除ないし攻撃を阻止して欲しい」
ペンギン隊の任務は敵航空機の排除。
実にシンプルな仕事である。
「なるほどね……他の中隊は?」
「彰義隊の他中隊は、西海道側からの参加となる。
……先の奇襲で受けた真田藩の被害は甚大だ。
よって、戦力をあちら側に多く割いて補填する必要があった」
西海道側からの侵攻には、合衆国軍の支援がある予定だった。
しかし昨夜───厳密には、今日の未明に行われた奇襲によって合衆国軍の戦力は壊滅。
元真田藩軍の陸上戦力も侵攻不能と評価されるほどであり、移動面で融通の効く彰義隊を活用するしか手段はない。
それも、侵攻ではなく敵を食い止める防衛のためだ。
「貴隊の松代大助殿には苦労を掛ける。伝えておいて欲しい」
「自分でやれよ……まあ、いいけどさ」
あくりも気丈に振舞っているが、やはり内心では故郷の惨状を気に病んでいた。
そういう判断を下した本人が直接告げるべきだが───
この戦況だ、そう都合よく時間を割けないのだろう。
「では、続けるぞ。
陸軍第一戦車隊は浦浜を突破後、近衛軍と共に前線基地を築く。
その間に海軍が武揚沖への進出、包囲を図る」
今度は海軍参謀から出向している剛明が、洋上に艦艇の模型を置いた。
「戦闘艦の足でも、纏まった数が浦浜の戦闘に横槍を入れるのは難しい。
武揚湾に停泊してる敵艦隊が動くとしたら、この機でしょう。
彰義隊には、我が艦隊の武揚沖進出。その直掩を頼みます」
「浦浜突破支援を仮に第1段階。
そしてこの戦闘を作戦の第2段階とする。
この作戦には迅速な行動が必要となるため、
段階間の補給・整備は千里基地で行うものとする」
「シャワーで汗を流す時間もなさそうだな……」
「ふん、空軍は呑気なことで羨ましいわい。
陸の兵が流した血と汗は、敵の流した血で洗わねばならんからな」
「汚いよ、感染症になるぞ?」
「モノの例えに、いちいち口を挟むんじゃない!」
「お前が挟んできたんじゃないか」
「ふんっ。いいか、海軍の武揚沖進出の支援。
それが作戦の第2段階……」
東の陸と海、それぞれの支援が空軍たる彰義隊の任務というわけだ。
第1段階が陸、第2段階が海とくれば。
第3段階は簡単に想像が付く。
「第3段階はその総仕上げとなる。武揚中心部となる北条区……
そして、我らが武揚城を奪還する」
武揚城は平野部のど真ん中に鎮座する、戦術的な価値はそう高くない平城だ。
しかし、葦原の象徴的な建築物に違いはない。
ここの占領は、武揚の占領と言って過言ではない戦略的な価値があった。
「……そういや、ここの3人は武揚出身?
故郷でドンパチなんて、とんだ里帰りだな」
「ふん……まあ、そうなる」
「ですが賊軍の旗が立っているより、幾分もマシです」
「気分は良くないが、かつての我が家を好き勝手されるよりはな。
武揚の解放が成れば、京への道も拓ける。
志村二尉、貴官の帰還へ大きく近付く一歩だ」
吉宗の言葉に、3人の視線が集まった。
彼は恐らく、自覚はない。
「……お三方、どうされた?」
「いや、別に……」
「お気になさらず……」
「貴官の帰還、ダジャレだ」
良介が空気も読まずに指摘すると、両側から拳が飛んできた。
「このお馬鹿ッ、自覚がない駄洒落を指摘するのは無礼でしょうがッ!
第一、貴方の話でしょうがッ!」
「無粋な戯けめ! これだから若いのはなっとらん!」
「いてて……年寄り扱いするなって言った口で、ジジ臭いこと言うなよ」
引きつった笑みで、吉宗は咳払いをした。
「そう……貴官の帰還が近付くのだ」
───それ、引っ張るんだ……
恐らく他のふたりも、同じ事を考えているだろう。
とはいえ───吉宗の言葉の真意は明白だ。
「ああ……ありがとな、吉宗」
「まだ気が早いぞ、良介。全ては武揚解放が成ってから。
その前にお前に死なれては、哲也に合わす顔がない。
目的を果たす前に、死ぬんじゃないぞ」
「……吉宗、わかってないな?」
「……?」
「俺様は期待してくれる女の子がいる限り不死身なんだ。知らなかったの?
今の俺様にそんな女の子が何人いると思ってるんだ?」
しばし、吉宗は呆気に取られて沈黙したが───
やがて、吹き出した。
「ああ。お前は、そうだったな」
その時、剛明と斉溥が数歩離れて耳打ちした。
「こいつ、本当にこんな奴なのか……?」
「ええ……大変、誠に、異常に遺憾ですが……
この者が大和幕府の、葦原連邦の八咫烏なのです」
この会話は、聞かなかった事にした。