蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月28日
道奥藩 智台空港
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
道奥藩には大規模な軍事基地の類がなく、やむなく智台空港には陸海空近衛の4軍が駐屯地を築いていた。
なんとなーく、格納庫の屋上に登った良介は、彼らの様子を高いところから見下ろしていた。
空軍は毎日のように輸送機で機材を運び込み、先日も良介は点検と修理の完了したF-2をこの基地に下ろした。
海軍は北東に位置する塩煮港に駆逐艦や巡洋艦を入港させ───
最寄りの智台港の巨大なドックを囲って視界を遮り、何らかの作業を行なっている。
格納庫の屋上からでも見えるほど巨大だ。
この覆いは、上方向からの視界を遮るものではない。
なので、良介は何度か上空から内側を見ていた。
最初に見た時は播磨型戦艦、しかし上部構造物だけでなく主砲などの兵装も撤去されていた。
二度目に見た時には戦艦特有の
三度目、F-2を下ろした時に見れば───
鋼鉄の板、甲板に滑走路のような模様が描かれていた。
というより、モロに飛行甲板だった。
この旨を剛明と遭遇した際に聞いてみると。
『ふふ……機密、というものです。ご存じありませんか?』
と、非常に腹立つ物言いで嘲笑されてしまった。
とはいえ機密漏洩で処罰するといった警告や脅迫はなかった。
つまり、その存在を隠すつもりはあまりないという事だ。
「……あれって多分、
かつて智台、道奥藩解放戦において良介が無力化した播磨型戦艦だ。
空対艦ミサイル、AGM-69マイナを艦橋に直撃、倒壊させて指揮能力を奪ったのだ。
その美作は戦闘後、幕府海軍が制圧・接収したと聞いていたが───
まさか、全長550メートルの正規空母───いや、超巨大空母に改装してしまうとは。
「改装はもうすぐ終わりそうな雰囲気してたけど、
流石に武揚解放には間に合わないよな……?」
無理だろう、さすがに。
どれほど兵器を量産しても、それを運用するための人間の教育が間に合わない。
あるとすれば、既に運用している複数の空母から人員を引っこ抜いてあてがう。
そのくらいの無茶が必要だ。
「デカいとはいえ、
空母1隻動かすために他の空母から人を引っこ抜いてちゃ、
本末転倒じゃないか」
だから無理だと言っているではないか。
なのでこれは、取らぬ狸の皮算用というやつだろう。
この内戦後を見据えた、葦原連邦海軍の航空戦力のために改装を施しているのだ。
ぶっちゃけ、海軍が内戦のドサクサに乗じて、予算やら納期やらで無茶をしている気がしてならないが。
そんなこんなで、海軍は妙な真似をしており───
陸軍は今日もまた、歩兵を満載したトラックや戦車を、智台空港敷地内に設けられた駐屯地に送り込んでいた。
そして運が悪い者達は、その日のうちに街道を沿って南の千里基地へ向かっていく。
現在の時刻は夕刻、1時間もすれば世界は夜の闇に包まれる。
今駐屯地入りした彼らは、明日の出発となるだろう。
「……そういえば、奥葦原に展開してた陸軍の連中って……
なんかあったよな?」
幕府陸軍から続く、派閥問題だな。
陸軍には大まかに2大派閥があり、元陸軍総裁の藤沢斉溥元帥をトップとする騎馬(戦車)と航空中心の藤沢派。
そして問題なのは───対する派閥だ。
歩兵や高射(対空戦闘)で属する者の多い牟田原派。
トップは
軍全体のトップである総裁が対立派閥にいるという時点で、主流派閥ではないのは明白だ。
しかし───主流
内戦初期の敗北で、幕府軍は体勢を整えるために京に腰を据えんとした。
陸海空軍は京を中心に戦略を組み立てんとしたところ、彼ら牟田原派の部隊は一足先に西街道を使って武揚への撤退を試みたのだ。
この隙を政府軍に突かれ、京を中心とした防衛戦略は破綻。
海軍や空軍の撤退は進んだが、陸軍主流派閥の藤沢派は中途半端な撤退と真田藩の叛逆で手痛い被害を被った。
結果、主流派閥と傍流派閥の頭数が逆転した。
総裁の藤沢斉溥は牟田原派の暴力的な圧力を受けながら、幕府陸軍の運用をしなくてはならなくなった。
そして聞くところによれば、牟田原莞爾は幕軍の神兵───
つまり良介の存在が気に入らないそうではないか。
なにやらユーロネシアの列強と結託して、夷俘島を租借地として売却しようと画策していたという噂まである。
それも生存戦略としてはありかもしれないが───
少なくとも、政治の側に根回しせず進める計画ではない。
そして幕府軍の八咫烏は、この租借計画を台無しにした。
良介が松屋隧道の突破を強いられたのには、このような背景があった。
「藤沢のジジイに事情があるのはわかってるけど、俺様は許してないぞ」
当たり前だ、あんなのが許されてたまるか。
それはさておき───長坂世界博覧会の帰りに、良介らペンギン隊と現公の乗るキンシが攻撃を受けた。
葦原連邦の領域で、下手人は例の牟田原派閥の部隊だ。
「あの場で奴らは返り討ちにしてやったけど……
派閥トップはお咎めなしなんだよな」
お咎めなしというか、尻尾切りしたと言うべきか。
平然と個々人の問題であり、我らは関係ないと言われて実際の調査でも潔白が証明されてはどうしようもない。
さらに仮にも今の陸軍最大派閥、それも葦原連邦を否定し、武士による統治。
幕府の統治復活を、今も声高に主張するような強い
下手に手を出せば、諸共全身大火傷にされかねない。
それでも身内であって本来の敵とは別なのだ、タチが悪い。
しかし最もタチが悪いのは───
この強い思想は、ここ葦原では特段強い思想でもないという点だ。
時たま、連邦軍の兵士や民間人から聞こえて来るのだ。
なんで幕府ではなく、よくわからん体制にしなくてはならないのだ、と。
「で、特別
ボスと吉宗がコッソリ始末してたんだよな」
誰も肯定せず、認めてもいないが───恐らくは。
それでもなお、彼らの勢いは衰えていない。
それこそ、武揚解放に牟田原派部隊を
「……ああ、斉溥のジジイがここまで出張って来たの。
こいつらを見張るためか」
藤沢派の人材は、京からの撤退で大きく減っている。
柳北のような必要重要な人材は最前線で最も必要とされ───
結果、トップが出て来て統制を保つ必要が生じてしまった。
なるほど、違和感の理由としてはあり得る話だ。
あってはならない状況ではあるが。
「で、例の牟田原派のトップは川口藩との交渉中か……」
川口藩の政府軍も降伏勧告に応じる構えは見せているものの、頷いたわけではない。
越境すれば攻撃を受け、向こうも隙あらば越境して攻撃を画策する。
ただ、交渉に応じたので一時それを止めている。
いつまで交渉を続けるのかはわからないが。
「まさか、とっくに交渉は終わってて、
実はつるんで何か企んでるって事はないよな?」
良介、それは悪魔の証明だ。
何の物的証拠もなく、一体どうやって結託を証明するというのだ?
確かに牟田原派の疑わしい動きは無数にあるが、それは飛躍し過ぎだ。
いくらなんでも、別ベクトルで頭の極まっている政府軍と手を組めるとは思えない。
牟田原莞爾も、葦原政府が夷俘島の幕府に通告した『お前絶対殺すリスト』に入っていたんだぞ?
何の証拠もなく押し通すのは、お前も気に入らないだろう?
「……まあな」
良介はトラックの荷台から降りる歩兵達へ視線をやった。
あの非人道的な乗り心地の世界で、状態の悪い路面を走って来たのだ。
それはもう、不機嫌な───
「……おお」
彼らの声は良介の耳に届かなかったが───
その緩慢で大振りな仕草、そして片手に持った一升瓶で確信出来た。
こいつら、移動中に酒を飲んでいるのだ。
実際、降りて来た歩兵のひとりはトラックのタイヤに向かって嘔吐している。
酔う環境で酒など飲めば、悪酔いして当然だ。
「おい、隊規崩壊し過ぎだろ。俺すらやった事ないぞ」
暇な移動中とはいえ、仮にも任務中───
飲酒など論外だ。
「屋岸の飲み屋街でやり合った連中と同類か?」
あの態度練度、全てが論外のチンピラどもか。
そう決め付けるのは、まだ少しだけ性急だろう。
少しだけ、だがな。
「……酒って、本州の民間人には行き渡ってないらしいのに」
ただし現状、連邦の本土であり食糧生産地である夷俘島は、将兵や政治家が過ごす歓楽地としての性質を保つため、その限りではない。
士気維持と人員募集のため、どの国でも戦時下であればそうなるだろう。
極めて、連中は疑わしいがな。
「ふん……」
信用ならない隣人に思いを馳せていると───
「りょっ、良介さーんっ!」
足元から声、ゆきの声だ。
視線をやると、彼女と空港の職員らが集まっていた。
「なっ、なぜそのような真似をっ⁈ 今すぐ降りて下さいっ!」
「……ゆきちゃん、なんであんなに慌ててるんだ?」
今から、お前が飛び降りでもするのではないかと思ってるんじゃないか?
「……ちぇっ。藁束は見当たらないな」
やめろ、ウケ狙いで命を賭けようとするんじゃない。
来た道を戻って、比較的安全に降りればいいだろうに。
「しょうがないな。ゆきちゃんを不安にさせるのもよくない」
風を浴びるのに飽きた良介は、縦樋を掴んだ。