蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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195 必至作戦1「BrinkMate」

央暦1970年5月28日

道奥藩 智台空港

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 良介とゆきの二人組は空港ターミナルの食堂にやってきた。

 ここは元来利用者のための食堂だったが、連邦軍が駐留する現在は将兵のための食堂となっていた。

 軍隊にありがちな将校(幹部)兵士(曹士)で分けられた食堂はなく、パーテーションで申し訳程度の区切りがされているだけだ。

 

 良介らパイロットも、この区分では将校扱いだ。

 将と書かれた看板の、食堂の小さな一角に足を踏み入れる。

 

 そこには、人だかりが生じていた。

 

「あっ、あくりさん、と……」

 

 あくりを中心とした集団。

 熊笹(くまささ)迷彩の作業服からして、囲んでいるのは連邦陸軍の将校に見えた。

 

「陸軍か……」

 

 今この智台空港に集結しているのは、牟田原派───

 連邦制への移行を反対し、武士の世の再興を主張している派閥だ。

 幕府軍から続く軍人が多く、不穏な動きが多いどころか、実際に確認されている連中である。

 

 彼ら陸軍連中はあくりを囲んで、何事か語り掛けている様子。

 当のあくり本人は、モッチャモッチャと飯を食い続けて耳を傾けているようには見えなかった。

 

 良介が歩み寄ると、彼らは鋭い視線を送って口を閉ざした。

 あくりが退屈そうな顔を上げたのは、そのすぐ後だった。

 

「良介か」

 

「お友達?」

 

 あくりは視線を左右にやると、

 

「いいや。同じ武家出身者というだけだ」

 

 どんな話題だったか───というより、何を囁かれていたか。

 そう評するのが正確か。

 内容の想像はおおよそつくが、それに乗る気はない。

 

 あくりはそう言いたいのだろう。

 良介にも、牟田原派軍人にも。

 

「……ふん」

 

 リーダー格らしき男が鼻を鳴らすと、彼らは食堂から去って行った。

 用事があったのは、あくりだけらしい。

 

「失礼な野郎だ。食べ終わるのも待たないなんてな」

 

「多忙な様子だったのでな。私の食事時間に付き合う暇はないのだろう」

 

 あくりは食事の半分ほどを平らげたところだった。

 その残り半分も、尋常でない量である。

 

「……俺たちも、貰ってこようか」

 

「ああ。私はしばし、動けないからな」

 

「だろうね」

 

 国営の、しかも大きいとはいえ田舎の空港。

 食堂も相応のものであり、小さく設備も上等とは言えなかった。

 

 軍属の民間人を代表するような存在、食堂のおばちゃん達は慣れない来客に厨房でてんてこ舞いな様子であった。

 その客が横暴であれば、その苦労もひとしおだろう。

 

「おうおうおうっ! このババアっ、俺らは葦原を救う幕臣だぞ!

なんだってこんな貧乏くさい飯を用意しやがった!」

 

「この飯っ! 米が立っておらんではないか!

さては古い米を炊いて馬鹿にしているな! 奥葦原の田舎者風情が!」

 

 パーテーションで仕切られた向こう、兵士用の食堂で誰かが騒いでいるのが聞こえた。

 恐らく、牟田原派の陸軍軍人だろう。

 

「ですから、ご用意出来るのはこれだけなんですっ」

 

「これより武揚を解放する幕府の武士に、なんたる無礼!」

 

「そうだそうだ!」

 

「特上の飯を持って来い! なければ酒でもいい!」

 

 力を持った───厳密には、そう思った人間は横暴になる。

 この世は弱肉強食だという錯覚から来る驕りだろう。

 実際には、適者生存だというのに。

 

 本当に弱肉強食であれば、恐竜は絶滅していない。

 強さとはあくまで、状況を優位にするための要素、そのひとつに過ぎないのだ。

 

「ごめんなさいねぇ。ちょっと、その……

お隣で粗相をしちゃったみたいで」

 

 良介とゆきの相手をしてくれたおばちゃんは、言葉を選びながら謝罪した。

 もし軍人の(かん)に障るような事を口走れば、どのような報復が待っているかわかったものではないためだろう。

 

「確かに、隣で粗相をしてる奴ら(・・)がいるな。

ゆきちゃん。俺の……」

 

 自分のお盆を置いた良介が隣を見ると───

 ゆきもまた、同じ事をしていた。

 

「……付き合わなくていいんだぜ?」

 

「良介さん。私の生まれは、もうご存知でしょう?

喧嘩など日常茶飯事、慣れています」

 

 無頼集落───一種の被差別集落で彼女は育った。

 人間は階級で全てが決まるものではない。

 それは他ならぬゆき自身が証明していた。

 

 とはいえやはり、日本で暮らしていた良介では知りようがない治安なのだろう。

 

「……女の子を喧嘩に巻き込むのは、俺の流儀に反するんだ」

 

「では……ふっ!」

 

 突如、ゆきはパーテーションを蹴り倒した。

 良介含め、その場にいる人間は驚いて、呆然とその光景を眺めていた。

 

「狼藉を働いておいて、何が幕臣か!

この下郎どもめっ!」

 

 近くのテーブルに放置されていた水入りのコップを投げつけ、陸軍軍人の顔面に投げつけた。

 コップは彼の顔面で砕け散り、仰向けに倒れ込んでしまった。

 

「ぶわっ!」

 

「なっ、なんだあっ」

 

「毛唐の女……それにあの男っ!

蒼穹の魔王と手下だっ!」

 

「舐めやがって……! 空軍の軟弱者が!」

 

 腐っても陸軍。

 すぐに状況を飲み込むと、すっかり向こうはやる気満々で動き出した。

 もう、喧嘩は避けられない。

 

「女子の仕掛けた喧嘩に巻き込まれるのなら。

問題はありませんね?」

 

「……まったく、誰に似たのやら!」

 

 下心が含まれている。

 そう確信出来る表情で、上等兵は低い姿勢のままゆきに向かって突進した。

 

「らァッ!」

 

 それをゆきは足を突き出し、顔面に叩きつける事で迎撃した。

 男の鼻は文字通り潰れ、顔面から床に突っ伏した。

 

「アマがっ! うおらああああっ!」

 

 大柄な上等兵が続いて迫るが、そこに良介はテーブルのコップを投げつけた。

 開いた大口にすっぽりとコップが収まり、唐突な事態に上等兵の動きが止まった。

 

「ぐっ、ごっっ⁉︎」

 

 そこに良介が肘で顎を突き上げ、脳髄を揺さぶる。

 打撃によって強制的に口が閉ざされ、射出されたコップがすこんと天井を叩いた。

 

 続いて踏み込み、払い腰で床に張り倒す。

 喉に突きを入れて、無力化を忘れず。

 

 パシャリ、シャッターを切る音がどこかから聞こえてきた。

 

 音の先へ視線を巡らせる余裕はない。

 背後から、声を出さずに突進する気配を良介は察知していた。

 

「くおおっ⁈」

 

 姿勢を正す間もなく、後ろ足でそいつの股間を蹴り上げて無力化。

 追い打ちの必要性すら感じない。

 

 ゆきへ視線をやると、再び突進してきた相手に組み付かれていた。

 相手は陸軍だけあって、数的優位にある状況での喧嘩に手慣れているらしい。

 もうひとりが彼女に迫っていた。

 

「止めてろよ! 俺が教育してやる」

 

「……ッ! 舐めるなァッ!」

 

 鋭い肘が、組み付く男の後頭部に直撃した。

 しかしそれでも、男は離れない。

 良介は向かってきた伍長のパンチを受け流している最中、助けにはいけない。

 

「竜司っ!」

 

 良介は咄嗟に椅子を掴むと、伍長に向かって振り回して牽制し───

 間髪入れずにゆきに向かって投げた。

 

 彼女が椅子を掴むのと、敵が到着したのはほぼ同時だった。

 

「死ねッ!」

 

 投げ渡された椅子を、ゆきは男に向かってフルスイングした。

 簡素な椅子は足が折れ、座面が床を滑った。

 

「死ねとか言っちゃダメだって!」

 

 どうやら相当フラストレーションを溜め込んでいたらしい。

 普段は見せない、粗暴な一面が表出している。

 

 さすがに相手に問題があっても、殺すのはまずい。

 一応味方なのだから。

 

 良介は伍長の蹴りを受け止めると、軸足を踏みつけて釘付けにし、掴んだ足を大きく持ち上げた。

 

「ぐおおおお、おっ!」

 

 ミシミシと腱が絶叫する股裂攻撃により、伍長はその場で伏せて悶絶した。

 

 これでも4、5人伸しているが───

 まだまだ、向こうは数に余裕があった。

 

 倒しても倒しても、リーダー格の下士官が兵を送り込んでくるのだ。

 妙なところで連携の取れた、嫌な奴らである。

 

「ふん。飛行機の操縦だけが取り柄ではないわけか。

第2分隊、お前らが第2梯団だ! 全員でいけ、遠慮はなしだ!」

 

「うっす!」

 

「そりゃないぜ……」

 

 空でならこの数でも引くことはない───

 いや、ご容赦願いたいが。

 

 ともかく、ステゴロの格闘で圧倒的多数はまずい。

 屋岸の飲み屋街の時のように、銃や軍刀が出て来ないだけマシではあるが。

 

「……食事終わり」

 

 喧騒の中に、綺麗な響きの声が溶け込んでいた。

 その気配は静かに、しかし確かに起立した。

 

「多勢に無勢だ、いっけぇっ!」

 

 分隊、10名の訓練された軍人が襲い掛かる。

 良介とゆきは互いに並んで向かい撃つ姿勢だが───

 状況は圧倒的に不利だ。

 

 その背後を、静かに、リズムよい足音が横切っていく。

 

「馳走になった。礼を言う」

 

「は、はぁ……」

 

 お盆とその上に積まれた皿々を置いたその気配、彼女は───

 縮地と呼ぶより他ない、とんでもない足捌きで良介たちの目前に出た。

 

「んなッ⁈」

 

「破ッ!」

 

 掌底が先頭をひた走る上等兵の胸にめり込んだ。

 その衝撃で大の大人がひとり吹き飛び、後方で高みの見物を決め込んでいた軍曹に直撃した。

 

「うあああああっ、なんだこの女っ⁈」

 

「こいつも魔王の手下だ! 真田藩の空戦姫、松代大助だッ!」

 

 松代あくりは空だけでなく、陸でも達人なのだ。

 

「すまない良介、ゆき。飯の最中だった故、遅れた」

 

「しょ、食事中に私語をしないのは良い事だと思うので……

礼儀としては」

 

「うーん……それはその通りだから、否定出来ないぞ」

 

 だからと言って、仲間が襲われているのを横目に飯を黙々と食うのはどうなのか?

 何やら陸軍の士官連中から色々言われていた様子だったが、飯の最中でなければ連中も話を聞いてもらえたのではないのだろうか。

 

 良介とゆきが呆れている間にも、あくりは単独で3人叩きのめしていた。

 それも戦いの時に使う、氷の刀抜きで。

 フツーに強過ぎである。

 

 それでもやはり、限界はある。

 

「捕まえたァッ!」

 

「ぬっ!」

 

 あくりの美しく、艶やかな黒髪が仇となった。

 相手を張り倒して、なびいたところを掴まれたのだ。

 

 しかし、そのために腕を伸ばしたのが運の尽きだった。

 

 伸び切った肘を、拳で突き上げる。

 関節が本来曲がらない方向へと折れ曲がり、男は絶叫した。

 

「女性の髪は、不用意に触るもんじゃないぞ」

 

 良介は少し乱れたあくりの髪を整え、乱戦となっているゆきの方向へ。

 いつの間にか喧嘩にはペンギン隊のみならず、オメガ隊も参戦していた。

 

「いい加減にしろよ、この野郎ども!

聞いてるぞ、お前らが屋岸で何をしてたのか!

本州に来てまで、同じ真似をするつもりか⁈」

 

「黙れ、夷俘の穢多(えた)どもめ!

お前らに我ら幕臣に口答えする権利などないわ!」

 

「たまんないなぁ、こんな奴らも同じ連邦なのかぁっ⁈」

 

「やはり穢多は頭が弱い!

連邦などという世迷言を真に受けるとはな!」

 

 オメガ隊の秀彦や敬一も喧嘩に参加し、陸軍の連中と殴り合っている。

 全員が夷俘島出身者で構成されるオメガ隊にとって、屋岸で派手にやっていた牟田原派の軍人を許せるはずがない。

 

 気付けばこの喧嘩は、智台空港にいる連邦空軍と陸軍の大喧嘩に発展していた。

 

 良介が机の上を滑り、ゆきを殴りつけた男の脇腹につま先をめり込ませた。

 続いて耳の穴に向けて掌底を叩き込み、聴覚を潰す。

 膝をついたところに、脇腹を蹴り上げてトドメを刺す。

 

「ゆきちゃん、怪我はっ!」

 

「ぷっ……平気です。私の始めた事ですから」

 

 頬の内側を切ったらしく、ゆきは血の混じった唾液を吐き捨てながら言った。

 形としてはゆきの始めた喧嘩になるが───

 それにしても、大規模になり過ぎだ。

 

 こうなっては、内々で揉み消すという手は使えない。

 

「そこまでだ! お前達!」

 

「連邦陸軍元帥、藤沢斉溥の名において、やめよ!」

 

 吉宗と斉溥の声が食堂に響き渡った。

 彰義隊事実上のトップと、陸軍名目上のトップだ。

 

 両勢力の長が揃って止めるのでは、喧嘩を続けるわけにもいかない。

 あらゆるものが滅茶苦茶になった食堂で徐々に喧嘩は鎮まり───

 ヒートアップして止まらなくなった集団は、良介とあくりがしばいて回り。

 

 やがて完全な沈黙が、場に取り戻された。

 

「……元帥閣下。これは、奴ら魔王どもが引き起こした事態です」

 

 陸軍の軍曹、先ほどの狼藉のリーダー格が真っ先に前へ出ると、斉溥に言った。

 

「奴らがこの大騒動を引き起こし、我ら陸軍に甚大な被害をもたらした!

処罰すべきですっ!」

 

「なんだとっ⁈ 元はと言えば、お前らが食堂の……」

 

「待て、秀彦」

 

 同じく前に出てきた秀彦の言葉を、吉宗が制した。

 

「……どうやら、公方様の兄上は状況を把握しているらしい」

 

「ああ、把握しておる。この通りな」

 

 斉溥は一枚の写真を軍曹に突き付けた。

 連邦陸軍の迷彩服を身に付けた連中が、食堂のおばちゃんひとりを相手に凄んでいる光景。

 

 彼らが行った狼藉の、動かぬ証拠だ。

 

「こっ、これはっ……!」

 

 軍曹が視線を巡らせると、ひとりの少女で目が止まった。

 彰義隊お付きの従軍記者、四谷だった。

 

「きゃっ」

 

 わざとらしい仕草で、彼女は良介の背に隠れた。

 パーテーションの多い環境で把握しきれなかったが───

 シャッターを切る音の正体は、恐らく彼女だったのだろう。

 

「いかんぞ、軍曹。これはいかん。

幕臣が守るべき民を相手に、このような狼藉を働いては……

儂は公方様、そして春川親王殿下から陸軍を任された身として。

処罰せねばならんな、この下手人どもを」

 

「ぐっ、このっ……

いいのか? 俺は牟田原中将の……」

 

(たわ)け。彼奴でも、こんな真似をした阿呆をいちいち助けるものか。

動かぬ証拠がある以上、言い逃れは出来んしな」

 

 そう告げると、斉溥は懐刀を手近な机に置いた。

 

「ばっ、なにをっ……⁈」

 

「この場で腹を切れば、彼奴も助けてくれるかもしれんぞ?

……部下くらいはな。仮にもお前は部下に命じた身。

そのくらいの責は負わねばな?」

 

「なっ、なぜ俺が腹を切らねばならんっ……⁈

このくらいっ、誰だってやってる事じゃないかっ!」

 

「そんな真似、誰もやっとらんぞ? 真っ当な幕臣(わしら)はな。

馬鹿な奴だ。明日食う飯にも事欠いとった戦国の世でもないのに、

守るべき民を手に掛けて、大した得もないだろうに。

ほら。一か十か、選べ」

 

 ここで切腹して自害すれば、責任者のみの1。

 自害から逃れて処罰を受けるならば、部下込みの10。

 

 軍曹は自身の部下から、乞うような視線を受けていた。

 お前が死ね、それで全て丸く収まると。

 

 この場にいる誰しもが、この結末を予期していた。

 

「きょ、拒否するっ。このような命令、従う義理はないっ。

きっと助けて下さる……牟田原中将は、薄情ではない」

 

「ふん。彼奴は薄情ではないが、情のない男でもないぞ。

……お前と違ってな。憲兵! 奴らをひっ捕らえよ!」

 

 10が決定した。

 部下から恨めしい視線で睨まれながら、リーダー格の軍曹は連行されていった。

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