蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月28日
道奥藩 智台空港
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
ひとまず、騒動は良介達が食堂の後片付けをする事で終結した。
曲がった椅子の足を、力づくで垂直に戻す作業中。
良介は近付いてくる気配に気付いた。
「これも紙面に載せるの?」
「うーん、これはちょっと悩み中……」
四谷はそう言いつつも、良介に向けて射影機のシャッターを切った。
彼女はこの射影機で、この騒動をうまく収める鍵になってくれた。
礼のひとつでも言うべきではないのか?
「今回、見事なファインプレーだったね」
「え? ああ。お夕食食べに来たら、なんか凄い騒ぎだったからさ……
隠し撮りでパシャっとやったら……またなんか凄い事になったってだけ」
「だとしても、結果的にはあれも戦争犯罪……
四谷ちゃんは戦争犯罪の告発をしてた事になる。
見つかったらただじゃ済まなかったはずだ」
あの様子では、連中は自分達のしていた事を悪い事だと思っていなかった。
そのような旨の発言をしていたが───
そういう奴に限って、保身に関わる不祥事には鼻が効く。
自分達の蛮行を撮影した四谷に対し、軍事機密がどうとか因縁をつけて危害を加えた可能性は高い。
あの撮影は極めて高リスクな行為だったに違いない。
「うーん、あたしはそんな風に考えてなかったけど……」
「だとしても、よくやってくれたよ。ありがとう」
「じゃ、お礼は……個人的な取材で」
そういう手で来たか。
四谷は良介の隣に座ると、ペンとメモ帳を取り出した。
「今更、何を聞きたいんだ?
武揚に関しては、まだほとんど機密扱いだと思うけど」
「だから、個人的な取材。内戦とか、そういうのはナシ」
「おしゃべりがしたいなら、最初からそう言えばいいのに」
「し・ゅ・ざ・い!」
「……今のどうやって発音したんだ?」
それはどうでもいいだろう。
とにかく───彼女はどうしても、その体を崩したくないらしい。
今回は彼女に借りがあるのだから、お望み通りにするとしよう。
「わかった、許可しよう……で、どうしたの?」
「なんて言うかさ……良介って、春川親王とデキてる?」
「うーん、凄いこと言うな……」
日本で言うなら、天皇陛下の娘と付き合ってるのか?
と尋ねるようなものである。
週刊誌ならそれ以上の不敬記事を連発しているが、時代が時代なら頭に血が昇った右翼に暗殺されかねない質問である。
「世博の開会式の様子を見て、そう思ったの?」
「それもあるんだけど……
蒼穹の魔王が関わる記事は、帝室から原案が降りて来てるって。
……ちょっと待って。お願いだから否定して……」
「うん、付き合ってる訳じゃないよ。
ただ、月に一度くらい電話でおしゃべりしてるってくらいで」
「ブーっ!」
四谷は盛大に吹き出した。
「うわばっちい」
「うるさっ……はぁ⁈ あんた何やってんの⁈」
「ちょっと前にご縁があってさ。連絡先交換したんだ」
「ナンパした女の子と連絡先交換したんだー、
みてーなノリで言うなッ!」
まったく、仰る通りである。
なんで国家の指導者クラスの存在と連絡先を交換しとるんだ、お前は。
「……そう考えると、お姫様といい関係になる物語って、
とんでもない事してるな」
「だからやってる張本人が言うなっ……
他人事じゃなく自分事でしょうがっ!」
「俺様は女の子の肩書きは見ない。
本人だけを見てるんだ」
「じゃかぁしいわっ!」
「そう例えば……今は四谷ちゃんだけを見てる」
「……ねぇ、良介」
「なに?」
「あたし、そんなにチョロそうな女に見える?」
「俺はそんな基準で態度を変えたりしないぞ」
「……嘘じゃないから、タチ悪いんだよなーこいつ」
眉間を揉んだ四谷に、良介は尋ね返した。
「帝室から原案が降りてるって事はさ。
えー、春川ちゃんと……」
おっと、良介。
普段呼んでいる現公の呼び名が混ざっているぞ。
現公の名は諱、普段使いは出来ない名前だ。
記者である四谷の前で発するのは、あまりよろしくない。
最近は割とカジュアルに教え合うそうだが、本人が不在の時にやるべきではないぞ。
「春川、ちゃん?」
「ごめん、ちょっと混じった」
「……普段は別の名前で呼び合ってるって事か」
「今、それはいいだろ? 帝室は俺と春川親王殿下を……
くっつけようとしてる、ってコト?」
「だったら、噂ではなくなってると思うんだよねー。
毎朝新聞でその記事書いてる同僚に聞いてみたら、
異様に口が固くって……違和感があるって言うかさ」
今現在、連邦政府と報道各社は距離を計りかねている。
どこまで踏み込んでいいのか、どこまで
この手のお漏らしも、どの程度許されるのかわからないのだろう。
前身である幕府のやり方から察するに、死罪もあり得るのだから。
「じゃあつまり……春川親王殿下が、原案を書いてるって思ってるの?」
「可能性としては、あるんじゃないかなーって」
「考え過ぎだろ、流石に。
本当に俺はノータッチだから、断言は出来ないけど」
しかしもし、現公の手によるものだとするなら。
本人としては良かれと思った事が、報道の萎縮を招いている事になる。
いやだからといって、日本のように伸び伸びし過ぎて誹謗中傷可なフリー素材の域にまで行くも問題だが───
これは一応、良介の問題だ。
今度現公から連絡があった時、尋ねてみるべきだろう。
ひとまず、この件で良介に出来るのはここまで。
連邦政府が
だから、釘を刺しておく必要があった。
「……連邦政府のやり方に関しては、俺もよくわからない。
だから、あんまり話すと四谷ちゃんを危険に晒すかもしれないぞ」
「記事にはしないってば。これは個人的な取材だって言ったじゃん」
「記事にしない取材でも、知り過ぎれば危ないかもしれないだろ?
なんでそんなに知りたいんだ?」
良介は曲がった最後の椅子の足を垂直に戻した。
「……さあ。知らないっ」
四谷はパタンとメモ帳を閉ざすと、席を立った。
どうにも、情調不安定な女である。
「ああ、そうだっ。あたし、武揚の戦いにも同行するから」
食堂の扉の前で、四谷は振り返って言った。
「陸軍と一緒に?」
「ばーか。彰義隊お付きなんだから、整備隊と一緒に千里基地に行くの」
武揚解放戦では、連邦軍の一大拠点となっている千里基地が空襲にさらされる可能性は高い。
今までも千里基地には攻撃があり、良介らペンギン隊も撃退のためスクランブル発進している。
どの攻撃も、嫌がらせの域を越えるものはなかったが。
とはいえ、実際に攻撃を受けているとなると話は変わるだろう。
「平気か?」
「内戦なんてあたしには関係ないって、ずっと思ってた。
……でも京の電波塔であんたの戦いを見てる時、思ったんだ。
この戦いは決して、無関係じゃない。
戦争に安全な場所なんて、どこにもないんだって」
「だとしても、危険な場所の度合いは絶対にあるぜ?」
「そう。
だからそういうのを伝えるのが、
思ったんだ」
「なるほど」
そういう事ならば、止めるのは無粋だ。
「気を付けて。ここまで来たら、何が起こるかわからないからさ」
「それは多分、こっちのセリフなんじゃない?」
「かもな」
「……気を付けて」
良介が頷くと、彼女は晴れやかな笑みを浮かべて去って行った。