蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年6月8日
武揚 武揚空軍基地
葦原政府神祇軍『赤報隊』
川端“ロック”六助
地面に縛り付けられる日々。
十分想像出来た結果だ。
武揚の神祇軍最上位という地位を最大限利用したあの出撃は、僕たちと神祇官の関係を一気に悪化させた。
それだけならば、大した変化じゃない。
一番問題になったのは、神祇官と政府軍の関係も一気に険悪になった事だ。
政府各軍は武揚の死守命令に強い疑問を覚えていた。
幕軍が着々と武揚の包囲網を強固にする中、守りが固まり切っていない各地への攻撃具申を神祇官は拒んだ。
その騒ぎの最中だ。
僕たち赤報隊が真田藩の戦力中枢を叩いたのは。
攻撃に参加した空軍の人間がそれを陸海空の3軍に漏らすと、話はあっという間に広まった。
将軍のような偉い人達にも、その日のうちに伝わった。
武揚の東征軍司令部は早速神祇官と連絡を取り、この戦果を理由に真田藩や千里基地への反攻作戦を具申。
当然、政府軍の弱体化を目論む神祇官はこれを拒否。
やれば出来るのに、何故やらない?
そう確信している政府軍は、一時的に抑えていた神祇官への不満を再び隠さなくなった。
こうして、神祇官と政府軍の関係に強い亀裂が入った。
こうなった責任として神祇官の軍隊である神祇軍、赤報隊である僕らは一切の飛行を禁止する措置がとられた。
覚悟の上での行動だったから、後悔はない。
ない、けれど……
格納庫への立ち入りすら禁じられた僕たちは、ひたすら
緊急発進を命じられる事のない待機所での待機。
神祇官に相方を囚われている宗吉は静かに次の沙汰を待ち。
ひろはサトリの能力を強く研ぎ澄ますとの事で、一日中瞑想をしている。
蘭は……この待機命令が下って以来、待機所で姿を見なかった。
待機所以外、食堂とかでは見るから死んだり脱走したわけではないらしい。
どうも、神祇官としては余計な真似さえしなければ配置を離れても文句はないようだ。
僕は……宗吉のようにここへ強く縛られる理由はない。
ひろのように、サトリの力を強くしようという気持ちもない。
この暇に身を任せていると、言葉に出来ない不安が僕を襲った。
気が付けば僕はこの不安に耐え切れず、待機所から出ていた。
昼下がりの駐機場。
ここに空港職員の姿はない。
少し前に抵抗勢力が空軍の機体に破壊工作を行ったせいだ。
おかげで戦闘機が2機、用途廃止になった。
それ以来、武揚空港時代の職員はここで見なくなった。
ひろ曰く、半分はろくな補償もなくクビ。
もう半分は抵抗勢力へ加担したと判断され、簡易裁判の結果死刑が言い渡された。
だからここにいるのは皆、空港設備の理解が進んでいない政府軍の軍人だ。
「なあ、聞いたか? この間、哨戒飛行に出た12飛行隊。
奴ら、千里基地の攻撃を敢行したらしいぜ」
「そうか……あいつら、そういや見てないな。どこにいるんだ?」
「ひとりだけ帰って来たが、蒼穹の魔王がやって来て返り討ちに遭ったらしい」
「……くそっ。何で俺たちは武揚でチンタラしてるんだっ。
幕軍や魔王なんぞ、武揚の軍総出で叩けば、あっという間に畳めるってのによ!」
体力錬成のために走り込みをしている空軍の戦闘機乗りの会話が聞こえてきた。
政府軍はまだ神祇官の命令に従っているけど、命令違反をして越境した部隊がいる。
似たような話を聞く機会が、日に日に増えている。
空だけの話じゃない。
海や、もちろん陸でも。
僕たちの戦いで政府軍は動いたけれど、神祇官は動かない。
どころか、組織だっていない行動で無意味な犠牲が増え始めていた。
僕は幕府の消滅と、新しい葦原を望んでいる。
でもこんな死と消耗は、望んでいなかった。
間違っていたのか? 僕は。
「そう思う?」
背後から掛けられた言葉。
僕の脳裏を、抵抗勢力の文字が走った。
「あたしを卑怯者のクズと一緒にしないでくれる?」
振り返ると、蘭がいた。
軍服や、まして航空服ではない。
明らかな私服を身に付けている。
「そりゃ、空も飛べないんだったら航空服いらないし?
それなら、街に繰り出して遊んだ方が有意義で楽しいじゃない?」
それは……命令違反じゃないか?
「あら。命令違反で戦争始めて、軍焚き付けた奴がそれ言えるんだ?」
それは、違う。
確かにあれは命令違反だったけれど……
「ほら、同じ命令違反じゃない」
だとしても……
僕は幕府を滅ぼすために戦っている。
神祇官の訳のわからない目的のために、政府軍の仲間を死なせるために戦っている訳じゃない。
「あんた、
期待、し過ぎ……?
「戦争は殺し合いと政治、両方の側面がある行事よん。
神祇官の能無しどもに主導権握られてるのは気に入らないけど、
葦原で
蘭、君は……
神祇官、葦原政府が戦争を始めそうだから政府軍にいるというのか?
「言ってなかったっけ? 言ってなくても、気付いてると思ったけど。
伊邪哭國男の言ってること考えれば、どう考えても最終的には大陸……
超帝国の地方辺りに攻め込む気マンマンじゃない?」
葦原の情勢は、極めて厳しい。
大陸への侵攻も……必要であれば考えなきゃならない。
「人間は戦う事で進歩してきた生き物だ。
葦原が進歩するには、戦が必要さ……緩慢とした退廃的な滅び、
幕府の葦原の行く先はそれ。そんなの、あたしは真っ平御免さ。
だから、もっと大きな戦乱がいる。戦国乱世なんて小っさい奴じゃなくて、
大陸規模の特大なヤツがね。実際、神祇官は半分達成した。
……あたしは対話して知ったんだ。この
戦いによって進歩する、進化しなくてはならない宿命があるってね」
蘭は凄みのある笑みを浮かべながらも、その口調は驚くほど静かで落ち着いていた。
まるで礼を言われ、どういたしましてと返すように。
至極当然の事を言っているかのようだった。
でも……対話、宿命?
一体、何を言っているんだ?
「夢のお告げだよ……黒い鬼が、夢で見せてくれたんだよ。
人は戦って戦い抜いて、進歩して突き進んで……
その果てにあるモノに挑まなきゃいけないって」
黒い鬼……
この浮世のどこかにいるという、狂気と戦乱を司る亜神!
啓示を得られるという事は、相応の信心があるということだ。
どおりでこの女、常に様子がおかしいわけだ。
「あたしは、お告げの前は何も知らない普通の赤子だったのさ。
真実を知ってようやく、幼年期が終わった」
蘭としては、葦原政府が内戦に勝って、大陸へ侵攻する事が葦原のためになると。
そう言いたいのか?
「いいや。葦原だけじゃない、この浮世のためになるのさ」
そこまで言える人間は、政府軍急進派にもそう多くない。
まさに狂気の理屈、黒い鬼の信徒だけあった。
「心配しなくても、あたしはお楽しみで判断を間違えたりしないよ」
夜戦の最中、燃料タンクを燃やして利敵行為をするのは判断のミスではないのか?
「ミスなんかじゃない、ただフェアな勝負にしただけだよ……
ロックだって、一方的に
確かに……意図的にやったならミスではないか。
僕も、盲目の敵を一方的に攻撃するのは気が進まない。
「ほぉら。あたしの思った通り! 何も出来ない奴を一方的に殺すのは、
ノロマの爆撃機連中にやらせりゃいいのよ。
戦はヒリつかなきゃ、辛気臭いだけで面白くないんだから」
しばし、沈黙が漂った。
お互い、仕事以外の付き合いが一切ない関係だ。
「ま、あたしもロックに話すことなんてないし?
それじゃ、北条区にでも遊びに行こうかな」
北条区には……何があるんだろう?
「じゃ、ロックも来てみる?
武揚は仮にも葦原の首都、色々あるよ」
いや、やめておく。
僕たちには待機命令が出ている。
もしかしたらすぐにでも、緊急出撃が命じられるかもしれない。
そうなれば、君の言うお楽しみを逃す事になってしまう。
「そういう考えもアリね。ただ……
幕府は少なくとも1週間は動けない。注目すべきは、それ以降ね」
それも、お告げか?
「そ、お告げ。黒い鬼は最高のお楽しみの機会は、絶対に教えてくれるんだ。
それじゃ、またねー」
彼女は軽く手を振ると、ターミナルの方へ歩いて行った。
本当にこのまま武揚基地から出て行くつもりらしい。
黒い鬼のお告げに従って。
神の啓示というのも凄い話だけれど……
戦って進歩して、その果てにたどり着く。
その意味だけは、さっぱりわからなかった。
だけれど、蘭が戦いに魅了されて戦乱を望むほどの理由になる。
それだけは確かだった。