蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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202 必至作戦1「BrinkMate」

央暦1970年6月18日

武揚 武揚空軍基地

葦原政府神祇軍『赤報隊』

川 “ロック”六  神祇 部

 

 遠くで光ると、少し間を置いて爆発の衝撃波が待機所の窓を揺らした。

 戦闘、殺し合いの臭いが東から漂って来ているんだ。

 

「……ヤバいよ。今上がっていった連中。

戦闘機攻撃機問わず、片っ端から叩き落とされてる……

魔王とその手下に、手も足も出てない」

 

 ひろのサトリ能力は機体の増幅装置を通さずとも、浦浜あたりまで見通せる。

 彼女に状況の把握を頼んでいたけど、聞こえて来る情報に吉報は兆しさえなかった。

 

 先ほど武揚基地から離陸した、空軍の味方部隊。

 僕たちが真田藩を攻めた時に同行した連中も少なからず含まれていた。

 彼らは、全員駄目なのか。

 

 地上部隊は。

 地上の侵攻を抑止さえ出来れば、状況はそこまで悪化しないはずだ。

 

「そっちもダメだ。ボコボコにされてる。最終防衛線まで押し込まれるぞ。

……しかも、妙な気配も感じる」

 

 妙な気配?

 

「この気配、覚えがある。

ボクが思ってる通りの奴なら……あいつに浸透されたら、タダじゃ済まない。

クソ、夷俘島で処分されたんじゃなかったのか?」

 

 幕府に寝返ったサトリ、ということか……?

 なんでサトリが幕府に寝返る必要が?

 サトリを人と思っていないのは、幕府も同じじゃないか。

 

「奴はサトリはサトリでも、ボクらのような強化人間(人工サトリ)じゃない。

天然かつ、最強のサトリだ。

サトリ全ての特性を併せ持ち、思考を誤魔化すのも上手い。

しかも本人も頭が切れて動ける……だから、危険視された。

何を考えてるのかわからないし、

自分の意思でサトリになった訳じゃないから、信用出来ないってさ」

 

 だから無謀な作戦に投入して、それでなお成功したなら処分する……

 本当にそれは、味方に対してやる行動なのか?

 

「神祇官が政府軍の気に入らない奴や対立派閥の重役を、

隙あらば暗殺してるのは有名だろ?

そのノリで、最強のサトリも消そうとしたんだよ」

 

───そそ。だからあたし、政府に居場所がなくなっちゃったんだなぁ。

 

 全く意図していないところから響いた(・・・)声に、背筋が凍る思いだった。

 ひろの方を見ると、彼女もまた顔面を強張らせて僕を見ていた。

 

 どこを見ても、声の主は居るはずがない。

 厳密には、この声を聞いているのは耳ではなく脳だ。

 

 サトリの能力で、僕たちに声を飛ばしているのだ。

 それも武揚の反対側、浦浜の辺りから。

 

 ひろでさえ、この距離まで聞こえるほど強い思念を飛ばすのは難しい。

 

───邪魔しないなら、同じ施設出身のよしみで見逃したげる。

だから大人しく、そこに座っててちょーだい。

だけど、あの人の邪魔をするなら排除する。

たとえ武揚から逃げても、葦原の外へ逃げても。

……それじゃ、ごぶーんをー!

 

 声と共に気配は消え、待機所に静寂が戻ってきた。

 ふぅ、とひろは深呼吸をした。

 

 いや……失敗して、過呼吸になった。

 

「くっ、そ……あの女(アマ)ァッ……!

あの程度の安っぽい脅しで、ボクがビビると思ってるのか……!」

 

 それは怒りか、あるいは怯えか。

 歯を鳴らしながら、ひろは吠えた。

 

 僕からすれば、子犬の遠吠えに見えたが。

 

「うるさいっ!

そんなこと考えてる暇があったら、神祇軍に出撃出来るように抗議しろ!」

 

 それは、残念ながら無理だ。

 厳重に出撃しないように命じられていて、整備隊も神祇官から発せられた命令に従っている。

 機体を動かす人々が動かなければ、僕たちも飛べないんだ。

 

「独断は出来ても、命令違反は出来ないか……!

動く死体めっ!」

 

 前々から思っていたんだけれど、なぜ僕の事を死人扱いする?

 見ての通り、僕は生きている。

 死霊術で動く死体なら、こんな思考をする事も出来ないだろうに。

 

「ああ、そうだな。死霊術(・・・)で動いてるならな……」

 

 それは、いったいどういう……?

 

───総員、ちゅうもーく!

 

 その思念は、蘭のものだった。

 言葉と共に飛ばされて来た絵は、異様なものだった。

 

「あの馬鹿、何を……⁈」

 

「わからないけど、行った方がいいっ!」

 

 僕とひろ、それに宗吉は待機所を飛び出して、すぐ隣にある格納庫へ向かった。

 僕たちの乗機が保管されている格納庫だ。

 

 そこでは蘭と整備隊の人間がいた。

 整備隊には2種類いる。

 

 政府空軍と、神祇軍の2種類。

 空軍の整備隊は、蘭と一緒に神祇軍の整備隊を包囲していた。

 皆一様に、拳銃や小銃を携えて。

 

「たっ、隊長っ! 赤報隊隊長!

や、やめさせてくれ!」

 

 整備隊の機付長が真っ青な顔で僕に叫んだ。

 その声を受けて、空軍の整備員達が僕を睨んだ。

 

「蘭っ、この騒ぎは一体……!」

 

 宗吉が問い掛けると、蘭は振り返った。

 凶悪な笑みを浮かべて。

 

「ねぇ、ロック。あたし言ったよね?

お楽しみは1週間くらいでやって来るって。

黒い鬼が、お告げしてくれたって」

 

「黒い鬼……? どうやって、俺の読心を避けていたんだ……⁈」

 

 それは……そうだったかもしれない。

 確か、何かの用事で出掛けようとしていた?

 そんな時の話だったような、気がする。

 

「……短期記憶もダメになって来たか」

 

 ひろの言葉の真意を問えないほど、状況は逼迫(ひっぱく)していた。

 黒い鬼のお告げで、蘭は戦乱を広げようとしている。

 

「ふふっ、酷い言われよぉ……ま、事実だけどさ。

お告げに話を戻そっか。

ロック、お楽しみの時が来たよ」

 

 お告げとは、大きな戦乱が葦原のためになる……だったか。

 そのためにも幕府は倒れなくてはならない。

 

「そして、これから武揚で最ッ高のお楽しみ(せんそう)が始まる。

地上で観戦なんて勿体ない! 特等席で楽しまなきゃ!

そのためには……この穀潰し(ニート)共を働かせなきゃ」

 

 すると、蘭は迷う事なく拳銃の引き金を引いた。

 弾が吐き出され、機付長の足元を跳弾し……

 神祇軍整備隊の工具箱に風穴を穿った。

 

「うわっ!」

 

「撃ちやがったっ! け、憲兵っ! 憲兵を呼んでくれぇっ!」

 

「ばーか。憲兵対策なんて、真っ先にやるに決まってるじゃん?」

 

 背後で気配を感じた。

 そちらを見ると、空軍憲兵たちの姿が見えた。

 何かを引きずっている……

 

 人、血を流した人……

 僕から指揮権を剥奪するために神祇官からやって来た、新しい神祇大祐だった。

 

「蘭さん。こっちの駆除は終わりました。手伝いますか?」

 

「……!」

 

 次はお前らになる。

 そう言わんばかりの視線に、神祇軍整備隊の面々は戦慄していた。

 

「待った。空軍の整備隊にサトリ関連の技術は扱えないでしょ?

こいつらはいる。生きて仕事をしてもらわなきゃ。

今ならもう、理解は得られるだろうし。ね?」

 

 機付長に歩み寄った蘭は、未だ熱を帯びた銃身で彼の頬を撫でた。

 縦一文字の火傷が頬を走る。

 

「も、もちろんですっ」

 

「よろしい。だいじょーぶ、空軍の整備員も手伝ってくれるから。

すぐ終わるって……」

 

「蘭待てっ! これは……これは流石に、重大な反逆行為だっ!」

 

 戦慄していた宗吉が正気を取り戻して、遂に声を上げた。

 

「確かに神祇官の行動には疑問がある。

だけど、派遣されてきた神祇大祐を殺して、

まして、軍と結託して無理矢理出撃しようだなんて!」

 

「んだテメェっ、何様のつもりだ!」

 

 抗議の声を上げたのは、蘭ではない。

 彼女が引き連れた空軍の整備員達だった。

 

「俺たちの仲間がっ、戦闘機乗りの連中が最前線で戦ってるんだ!

だというのにお前ら神祇官は、指咥えて眺めてるつもりか⁉︎」

 

「奴らはお前らを信じてたんだぞ!

赤報隊が来てくれたらどうにかなるって……!

きっと来てくれるって、言ってたんだぞ⁉︎」

 

「同じ戦闘機乗りでも結局、お前ら神祇官なのかよぉっ!」

 

 その瞳に宿っていたのは、怒りと憎しみだけではない。

 能力があるというのに何もしなかったという、失望だ。

 

「う、あ……」

 

 宗吉はたじろいだ。

 

 殺気に溢れた彼らには、この獣欲を満たすための道具(じゅう)がある。

 サトリである宗吉には、その感情を強く感じる能力がある。

 

 今にも、銃すら必要としない私刑が起こらんとしたその時。

 蘭が宗吉と整備隊の間に割って入った。

 

「まーまー、落ち着きなって……

ほら、ロック。皆あんたを待ってるのよ」

 

 待ってるって、そう言われても……

 僕たちの命令は、ここでの待機だ。

 戦闘への参加は禁止されている。

 

 それが、命令だ。

 

「憲兵さーん! ちょっとー!」

 

 蘭が命じると、憲兵は死体を引きずって僕の前に捨てた。

 

「これは、誰?」

 

 神祇大祐、僕の上司……だった。

 

「だった。もう死体だから人じゃない、物になった」

 

 その死を確実に見せるためか、蘭は物言わぬ神祇大祐の頭部を撃ち抜いた。

 それ(・・)は息ひとつもらさず弾丸を受けた。

 頭蓋骨が砕け散り、床にピンク色の物体がこぼれ落ちる。

 

「ほら。これじゃ、命令は下せない」

 

 死人には、命令は下せない。

 それは、その通りだ。

 

「つまり……武揚にいる神祇軍の最上位はロック。

またあんたになった。最上位に出来る事は?」

 

 指揮権。

 だけど、神祇軍からは明確に指揮権を剥奪するように命じられていて……

 

「うーん、ちょっと錠が硬いか……おっ」

 

「六助」

 

 久しい声。

 間をおいてその名が僕のものであると気付いて……振り返った。

 

 その顔に覚えはあった。

 とてもよくされた、その記憶はある。

 

 だけど……その名前を、思い出す事が出来ない。

 

「この状況だからねぇ。政府軍は微罪(・・)の軍人を釈放したのさ。

穂積中将もまた、釈放されたひとりってわけ」

 

 そうだ、穂積中将だ。

 元東征空軍司令だけど、屋岸空爆の件で、親王殿下の言葉を騙った罪で逮捕されていた。

 

「やはり、俺を覚えていないか……まあ、仕方のない話か。

六助。これより、貴官ら赤報隊を葦原政府空軍預かりとする」

 

 え?

 確かに僕は、元々政府空軍の人間だ。

 だけど、今や神祇軍であって……

 

「ほうら、ロック。最上位者の命令だよ?

今、あんたは空軍に復帰したんだ」

 

 そうか、命令か。

 なら、従うしかない……

 

「宗吉、あんたもだ。空軍に復帰だ」

 

「そうか。で、どうすればいい?」

 

 なぜ、宗吉はこんなに早く現状を受け入れられるんだ?

 いや……それは、どうでもいい。

 

「赤報隊へ。これより、西方より接近する海軍艦隊と共同し、

幕府軍を迎撃せよ。これは正式な命令である」

 

「了解!」

 

 僕と宗吉は敬礼し、命令を拝領した。

 敵は幕府軍、海軍と共同して撃退する。

 

「さぁっ! お楽しみの時間だァッ!

整備隊のみんな、準備してちょうだい!」

 

 止まっていた全てが動き出し、僕はパニッシュに向かった。

 その時、背後からひろの声が聞こえた。

 

「やっぱり、脳が腐ってる」

 

 その真意を聞けるほど、やっぱり状況は落ち着いていなかった。




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