蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

209 / 209
203 必至作戦1「BrinkMate」

「BrinkMate」

央暦1970年6月18日

鳴田藩 浦浜

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 武揚湾と呼ばれる葦原の海。

 その海は様々な色(・・・・)を持ち、そして常に泡立っていた。

 

 各家庭から生じる生活排水、そして工場が捨てる廃液。

 それら全てが、川や排水溝を通じて垂れ流されているのだ。

 

 対応策がないわけではない。

 浄水施設こそ各地に建設されているが、70年前に建てられた古い時代のもの。

 さらに浄水に必要な浄化剤は、錬金に必要な素材が不足して生産が滞り、施設からその能力は失われていた。

 

 しかし、外貨獲得の手段である工業を止める訳にもいかず───

 結果、浄水施設は起動も再建もされず、他の全ては動き続けた。

 

 積み重なる汚染によって生物が絶えつつある、この死の海で。

 また汚染が始まろうとしていた。

 

「第一戦車隊へ。こちら、斎藤斉溥陸軍元帥である。

状況を通達せよ」

 

「こちら第一戦車隊隊長、松本柳北少佐です!

現在渡橋(わたりはし)を西進中、間もなく敵射程圏内に入ります!」

 

「了解した、各員の奮起を期待する……

聞いとるな、航空屋ども。陸軍(ウチ)の連中を頼むぞ」

 

 通信機越しに、柳北と斉溥の交信が響く。

 彰義隊がこの交信を聞いているのを承知で、彼は頼んできたのだ。

 

「ふっふっふ。柳北さん、俺は約束を守る男だ……

攻撃機は1機も寄せ付けないぜ」

 

「期待してるね、チェイスくん」

 

 斉溥の期待通り───ではないのだろうが、チェイスは恐ろしく気安く言い放った。

 

「こぉら、蒼穹の魔王ッ! 戦の前に、そもそも交信で口説くでないわ!」

 

 陸軍元帥の叱責する口調には、どこか楽しげなものを感じられた。

 

「チェイス殿……」

 

「ははは、ごめんごめん」

 

 竜司の言葉に軽く謝罪すると、チェイスは前方に広がる武揚湾へ視線をやった。

 ここをずっと真っ直ぐ進めば、そこはもう首都武揚の海だ。

 

 つまり、敵が都市ひとつの上に築く大要塞は目と鼻の先にある。

 敵戦力も続々とやって来るわけだ。

 

「こちらオメガ隊。これより、敵防空陣地への攻撃を開始する。

赫助! 電子戦攻撃(ECM)開始!」

 

「はっ! ECM電子戦、攻撃始め!」

 

 レーダーが北方の陸地に強力な電波発信源を探知した。

 吉宗の乗機であるP/A-51ウォーサンダーがECMによるジャミングを開始したのだ。

 これでレーダー誘導のSAMは大きく性能が下がる。

 

 しかしECMは強力な電波を放つ事で、レーダー等に用いる電波を捉えられなくしてしまう技術。

 電波を探知する能力があれば、深夜の灯台の如く目立ってしまうのだ。

 

「こちらAWACSフツノミタマ。

ペンギン隊へ、武揚空港から飛び立つ機影を探知しました」

 

「速度とレーダー反応からして、宗治郎を狙う政府軍機と思われる。

ペンギン隊、交戦を許可(ウェポンズ・フリー)。敵戦闘機部隊を迎撃せよ」

 

 AWACSからの通達から間もなく、F-2のレーダーも敵の機影を捕捉した。

 武揚湾を東進し、真っ直ぐこちらへ向かって来る機影が12。

 葦原では一般的な、一個中隊の規模だ。

 

《27飛行隊っ、待て! 離陸許可は出していない!

今すぐ帰投せよ!》

 

《敵が目と鼻の先にいるんだっ、待っていては上がれなくなる!

心配するな、俺たちは戦える!》

 

 状況からして、味方ではない。

 

「了解、対応する。安全装置解除(マスターアーム・オン)」

 

 マスターアームのスイッチを弾き、すべての兵装を稼働させる。

 

《誘導弾の射程に入り次第、陽光を放て!》

 

《数はこちらの方が上だ、誘導弾を回避しているところを突け!》

 

 今回の作戦では継戦能力が最も重要だ。

 

 そのため、短射程ミサイル(SRM)の陽光を翼端に2発、主翼外側のステーション2と8に1発ずつ。

 さらにステーション3と7に3連ラックを搭載することで、対空ミサイルを計10発搭載。

 

 主翼付け根のウェポンステーション4と6には20ミリのガンポッドを携えている。

 こいつには機体に標準装備されている20ミリより、圧倒的な弾数があった。

 

 あまりの重武装に動きこそ鈍いが、戦闘が始まればあっという間に軽くなる。

 ウェイトのひとつである増槽を胴体下から投棄し、敵のいる正面を見据えた。

 

「ペンギン2、交戦します!」

 

「ぺんぎん4、交戦する」

 

 徐々に彼我の距離は縮まり、HMDが敵機の存在を表すコンテナを投影した。

 ターゲットロックシステムを起動し、陽光に狙うべき敵を3つ指定する。

 

《敵影捕捉! 白1、誘導弾を撃つ!》

 

《白1に続け!》

 

 こちらが撃つ前に敵がミサイルを放ってきた。

 12の白線が、こちらを狙って突っ込んでくる。

 

「ペンギン1、交戦」

 

 即座にシーカーが反応し、不快なロックオントーンを発する。

 あとは、機体から放つだけ。

 

「ペンギン1、FOX2!」

 

「ペンギン2、誘導弾を撃つ!」

 

「ぺんぎん4、撃つ!」

 

 左の3連ラックからSRMを放つ。

 3つの白線が武揚湾の黒い海を走り、白んだ遠い空へ伸びてゆく。

 

《奴らも撃ってきた! 回避!》

 

《先頭の機体、3つも誘導弾を撃ってきたぞ!》

 

 いつの時代も、ミサイルをかわすには背中を向けて距離を取るという挙動───

 いわゆるビーム機動が最適解だ。

 ミサイルは足こそ速いが推進剤の制限著しく、すぐにスタミナ切れを起こすためだ。

 

 それは、敵も味方も同じ。

 数で勝る敵が優位にあった。

 

 だから、同じ土俵に立ってはならないのだ。

 

「みんな、やられるなよ!」

 

 オーグメンターを停止し、出力を90%まで緩める。

 機体が帯びる熱を冷ましつつ、可能な限り速度を殺さないようにするための措置。

 

《奴らっ、誘導弾に突っ込んでるぞ⁈》

 

《まさか……奴ら、本当にやるのか⁉︎》

 

 未だ推進剤も尽きず、加速を続ける敵のミサイル。

 バレルロールとフレアの撹乱を駆使し、最高速度へ達していない彼らの脇をすり抜けた。

 爆発は、なかった。

 

「ペンギン2、回避成功!」

 

「4同じく」

 

 敵味方共に被害なし。

 熱源誘導のミサイルはエンジンノズルの見えない角度(アスペクト)での捕捉は、可能だが誘導精度が著しく低下する特徴がある。

 フレアの撹乱と出力低下による熱量低減が組み合わされば、意外と当たらない。

 

 双方がミサイルの仕様を理解し、被害なしで切り抜ける。

 想定内の状況だ。

 

「じゃ、今度はこっちの番だ!

最大出力(ゴー・ゲート)!」

 

 出力スロットルを押し込み、オーグメンターを起動させる。

 機体が背中を押されているかのように、グッと加速を始めた。

 

《なんてこった! 攻撃失敗、攻撃失敗!

敵機健在! 全員だ!》

 

《くそっ、プロパガンダじゃなかったのか⁈

誘導弾に突っ込んで回避するなんて、正気の沙汰じゃない!》

 

《真後ろ(コントロールゾーン)につかれた!》

 

 ペンギン隊は散開し、それぞれの狙いやすい目標へ向かっていく。

 チェイスが標的としたのは、フツノミタマが仮に設定した目標、白6。

 

 五式の貧弱なエンジンパワー、それに180度近いターンをした直後だ。

 オーグメンターを起動しても、F-2の追尾から逃れるのは難しい。

 あっという間に、チェイスは白6をGUNの射程圏内に納めた。

 

「GUNで攻撃する!」

 

 FCSをガンサイトに切り替えると、HMDに円形照準器(ピパー)が浮かび上がった。

 彼我の距離、3000(914)フィート(m)。

 撃つには最適な距離だった。

 

 短くトリガーを引き絞ると、曳光弾が光線の如く吐き出され、白6を薙いだ。

 時速3700キロ(マッハ3)、それに機体の速度が乗った速さで飛翔する20ミリ砲弾が到達するまで1秒とかからない。

 右翼を撫でられた(・・・・・)白6は、切断された翼とぶら下げた武装をばら撒きながら制御を失った。

 

「撃墜!」

 

《被弾っ……! 脱出っ!》

 

 チェイスが白6の真下を過ぎ去るのと同時に、パイロットが射出座席によって空に放り出された。

 風防が左下を向いている際の脱出のせいか、飛び出した敵パイロットとチェイスの視線は期せずして交差した。

 ほんのコンマ数秒早ければ、F-2に激突していた事だろう。

 

 その時、視界の両隅で炎を見た。

 

「2、敵機撃墜!」

 

「4、撃墜した」

 

 竜司と大助も、チェイスに負けじとキルカウントを重ねている。

 あってはならない慢心だが───負ける気はしなかった。

 

《味方がやられた!》

 

《臆するな! まだ数はこちらの方が3倍も多い!

犠牲は承知の上、手数で圧倒しろ!》

 

 そうされれば、成す術がない。

 それは事実だ。

 

 しかし───戦いというものは、自分の手札を隠し、増やし。

 そして同時に、相手の手札を潰せる方が勝つのだ。

 

「大助、一時離脱して隙を伺え!」

 

「相分かった!」

 

 大助を北へ退避させ、一撃離脱の準備をさせる。

 彼女の機体、YP-27は格闘戦に不向きな設計だ。

 

《敵機が1機、離脱していく。

地上の支援か?》

 

《追跡は禁じる! 魔王を優先しろ!》

 

 敵は大助を無視し、チェイスと竜司へ意識を向けている様子。

 展開としては都合が良かった。

 

「竜司ちゃん、そのまま敵の追尾を続けてくれ」

 

「了解です」

 

 竜司は撃墜して休む間もなく、次の敵編隊に喰らい付いていた。

 南西方向、低空だ。

 チェイスはそちらへ針路を取る。

 

《後方、浅葱色のオロール! 振り切れない!》

 

《そのまま引き付けろっ、私が対処する!》

 

 思った通り、フリーになっている敵機が竜司の背後を目指して移動を始めた。

 チェイスは降下し、竜司を狙う敵機へ照準を合わせる。

 

「竜司ちゃん! そのまま!」

 

「はい、どうぞ!」

 

 FCSが明確に敵機を捉え、照準器がピパーに変わった。

 ピパーの中心点、さらに進行方向の僅か先を意識し───撃つ!

 

 3列の光線が敵機を貫き、胴体と両方の主翼に風穴を穿った。

 燃料に引火し、あっという間に火の手が回った。

 

《ちくしょうっ、煙が……!》

 

 それが、彼女の遺言となった。

 チェイスが背後を降下した直後、爆散したのだ。

 

《白3がやられた⁉︎》

 

《魔王めぇっ……!》

 

 竜司に追われていた敵機のひとつが機動を乱した。

 離脱して、海面近くまで降下しているチェイスを狙おうとしたのだ。

 

《待て、白8! 魔王と単独で戦うな!》

 

《うっ……》

 

 逃げるか、味方を追うか。

 その判断の乱れが命取りとなった。

 

「遅い!」

 

 竜司のP-21Bタイニー・シェールが素早く機動を合わせ、30ミリの射線に捉えた。

 曳光弾が4つも出ないような、短い掃射。

 

 発射されたほぼ全弾が敵の五式が持つエンジンノズルを貫いた。

 機体から血の如く真っ赤な炎を流しながら、止まらないロールを続けて墜落していく。

 パイロットキルだ。

 

《こちら白8! 魔王の背後についた!》

 

《白8、注意しろ! 北より急速接近する機影あり!》

 

 まさに、太刀による一閃。

 一撃必殺の剣撃の如く、大助のYP-27が白8を過ぎ去った。

 20ミリ砲弾を伴って。

 

《大丈夫、被害は……⁉︎》

 

 補助翼(エルロン)の全損と甚大な燃料の流失。

 彼が気付いたであろう頃には、機体は致命傷を負っていた。

 

《白8、制御不能っ、制御不能っ!》

 

 蒼と白、刃文(はもん)を想起させるカラーリングのYP-27は急上昇した。

 五式では簡単に届かないような、高高度へ。

 

《魔王とその手下……誰ひとりとして目を離せないっ!》

 

《くそっ、電探から魔王の姿が消えた!

誰か、目視であいつを探せ! 低空に逃げたはずだ!》

 

《見えないぞ! 本当に低空なのか⁈》

 

《隊長っ、指示をっ! どいつを追えばいいっ⁈

指示を!》

 

《ま、待てっ。待ってくれっ……!》

 

 その考える時間を与えれば与えるほど、味方が死ぬ。

 ならば───考える時間を与えず、殺すしかない。

 敵機はまだ6機、チェイス達ペンギン隊の倍いるのだから。

 

「大助! そっちに敵が向かった!」

 

「対処は無理だ、頼む」

 

 チェイスは低空から急上昇し、大助を追って上昇中の五式に狙いをつけた。

 

《こちら黄1、離陸する!》

 

《ダメだ第37飛行隊っ、許可は出せない!

神祇官から待機命令が下っている!

違反すれば処罰を受けるぞ!》

 

《許可は求めてない! これは宣言だ!

仲間が死力を尽くしているのに、座して見ていられるか!

軍も神祇官も、俺たちには関係ない!》

 

《37飛行隊、我々もそちらに続く。

今、爆弾と噴進弾の搭載が完了した。

こちらは侵攻する地上部隊を迎撃する》

 

《くそっ、34飛行隊まで……!

武揚基地がガラ空きになるぞ!》

 

《管制塔、赤報隊に伝えてくれ!

お前達を待っている、お前達がいれば勝てると!》

 

《───ッ! ぐうううっ……

……くそっ! 了解した!

37飛行隊、34飛行隊! 滑走路は既に点検済み!

問題なし! 離陸を許可する!》

 

《待て! 何を言ってる⁈ こちら東征空軍司令部!

武揚ATC、勝手な許可を出すな!》

 

《ありがとう!》

 

「増援が上がってくるな……

こっちへ来る前に対処しないと」

 

 今以上に数的不利が悪化する。

 この戦いは一方向から敵が集団で来たおかげで対処出来たが───

 これほどの数に複数方向から攻撃されれば、どう足掻いても勝てなくなってしまう。

 

 五式とF-2とでは、エンジン出力に圧倒的な優位がある。

 上昇中の敵五式の編隊を追尾し、ミサイルでロックした。

 

「FOX2!」

 

 1発だけ、敵編隊へSRMを放つ。

 洋上迷彩で姿は見えずとも、ミサイルには敏感なはずだ。

 

《発射炎、誘導弾! やっぱり魔王が低空に!》

 

《回避しろ!》

 

 2機編隊が散開し、ミサイルを回避せんと急降下を始めた。

 チェイスの放ったミサイルは、その片割れに目をつけた。

 

《ダメだっ、振り切れ》

 

 たとえ急降下して速度を稼いだとしても、直前まで急上昇と急減速をしていた機体。

 ミサイルから逃れられる道理はない。

 

 爆発から視線を外し、生き残りに注意を向ける。

 ミサイルを確認し、追跡をやめて降下中。

 

 一方の大助は高度25000(7620)フィート(m)で上昇をやめ、緩やかに降下を始めた。

 ひとまず、危機は脱している。

 

 もうひとりが、危機の最中だ。

 

「こちら竜司っ、支援願います!」

 

 竜司は敵の2機編隊を追尾していたが、残るもう片方の編隊に追われているのだ。

 それも、明らかにミサイルの射程圏内にいた。

 

《どうしたっ、なぜ誘導弾を撃たない⁈》

 

《馬鹿野郎っ、そっちに当たるかもしれないんだぞ⁉︎

機銃で仕留める!》

 

《意地を張るな!

これは魔王の部下を削る最大の好機っ、撃て!》

 

 相手の意地で維持されている命。

 風前の灯と大差ない状態だ。

 

「今行く! 大助は速度稼いで!」

 

「ああ」

 

 反転し、急降下。

 竜司は高度10000(3048)フィート(m)で攻防を繰り広げている。

 ただでさえ音速近い速度が、さらに加速する。

 

「警告! オーバースピード! 警告! オーバースピード!」

 

 マスターコーションを止め、照準に集中する。

 異常な速度に機体が動揺を始め、狙いに無視出来ないブレが生じる。

 それでも、撃つしかない。

 

 ピパー、それに偏差を意識して撃つ。

 ガンポッドの弾は外れたが、チェイスのすぐ左から放たれた弾はコクピットを貫いた。

 

《銃撃……! 白7、どうした⁉︎》

 

 すぐさまエアブレーキを展開し、急上昇。

 チェイスは竜司達を通り過ぎながら、海面に激突しないように対処を始めた。

 

 その間にも、竜司は動いていた。

 ゆらりと崩れ落ちるように墜落を始めた味方機に、竜司を追う敵機は意識を取られた。

 狙うべき敵から視線を外して。

 

「甘い……!」

 

 急旋回を行い、機体の速度方位(ベロシティベクトル)を捻じ曲げる。

 フック───とまでは言えないが、一種の失速機動であった。

 

《白10!》

 

《……⁉︎》

 

 相対的に機体が急減速を始め、竜司を白10が追い越す形となった。

 追われる者が、追われる者へ。

 

 一瞬の出来事だった。

 くるりとロールさせ、機首を向け直した竜司はミサイルを放った。

 敵の反応は、間に合っていなかった。

 

「ペンギン2、敵機撃墜!」

 

《おいっ、隊長! もう俺らしかいないぞ⁉︎

どうすんだよ⁉︎》

 

《12機いたんだぞ……⁈ 4倍いたというのに……!

本物だ……! 勝てないっ! 赤報隊でなければ……!》

 

《隊長っ! 隊長! どうすればいいんだっ⁉︎》

 

 混乱した残りを排除して、航空優勢を確保───

 と行きたいところだが、時間切れだった。

 

「ペンギン隊へ! 敵増援、急速接近中! 数12!

オメガ隊へ、そちらにも敵攻撃機部隊が接近しています!

低空、武揚市街地!」

 

《こちら黄1。白へ、間もなく合流する!》

 

《緑部隊、地上への支援を開始する。

持ち堪えてくれ》

 

 先ほど離陸していた増援が動き出したのだ。

 機体の被害こそないが、この状況で追加されれば不利は明らかだ。

 

 対策するべきだが───

 思案出来るほど、呑気にしていられる猶予はない。

 

「ペンギン1へ! こちらオメガ1!

我々と合流し、共に戦ってくれ!」

 

 突如、宗治郎が提案した。

 その申し出はありがたかったが───

 ペンギン隊の直接援護という任務からは、遠く離れてしまう。

 

 敵を遠ざけるのが仕事だというのに、招き入れるも同然の行為なのだから。

 

「こちら第一戦車隊の柳北です! ペンギン隊、危機的状況ならば支援します!

我々には自走対空砲及び地対空誘導弾の準備があります!」

 

 チェイスが抱く懸念を、柳北は感じ取っていたのだろう。

 責任者から具申されはしたが───

 

「元より、我々は数で劣っています!

ならば共に連携して戦う他ありません!

違いますか!」

 

 ここまで言われたのだ。

 意地を張って突っぱねる方が、よっぽど失礼ではないか?

 

「……了解! 皆、北に向かって味方と合流しよう!

大助、先に向かって攻撃機部隊を!」

 

「相分かった」

 

「続きます、チェイス殿」

 

 脚の速い大助が先行して北上を始める。

 その後をチェイスと竜司が追った。

 

「ペンギン隊へ。浦浜周辺の状況を説明します」

 

 フツノミタマのゆかり上等兵が、オメガ隊と第一戦車隊の状況を告げた。

 

「現在、オメガ隊の航空支援により防空網は壊滅。

第一戦車隊は前進中、オメガ隊は敵榴弾砲や自走噴進砲を攻撃中です」

 

「オメガ隊は攻撃機部隊に対処出来そう?」

 

「現状、彼らに被害はありませんが……

恐らく、攻撃が不十分になります。兵装が足りません」

 

 2秒だけチェイスは思案した。

 

 敵戦闘機部隊は増援12機と生き残りの2機。

 計14機は洋上で増援と合流、再編後浦浜に向かって来るだろう。

 これは脅威だが、オメガ隊と第一戦車隊の支援を得られる。

 

 まともに戦うよりも勝てる見込みは大きい。

 

 第一戦車隊は風前の灯だ。

 オメガ隊と精兵隊が敵の長距離攻撃手段を潰しても、突入してくる攻撃機部隊への対処は間に合わない。

 

 では攻撃機部隊の対処に全力を割くべきか?

 それでは榴弾砲やロケットが彼女らに降り注ぐだろう。

 

 精兵隊を地上、オメガ隊が攻撃機部隊を対処するべきか?

 それが安牌(あんぱい)なのだろうが───

 

 オメガ隊は彰義隊の中でどこよりも若い(・・)部隊だ。

 ベテランの宗治郎と特別腕のいい秀彦以外は練度が低く、2人の活躍程度では阻止し切れない恐れがある。

 

 本来はそんな練度の部隊が最前線の重要な作戦に投入される事はないが───

 半ば詰み状態の武装勢力(・・・・)が、生じた余力で急遽(きゅうきょ)編成した人材・機材共に即席の部隊だ。

 あるだけマシ、というものである。

 

「持ちつ持たれつです、チェイス殿」

 

「いい事を言うね、その通りだ」

 

 竜司の言葉に頷き、チェイスは決断した。

 

「こちらペンギン1、攻撃機部隊を阻止する!

精兵隊は敵長距離兵器を攻撃、オメガ隊は攻撃機阻止に協力して欲しい!」

 

「応! 地上は儂らに任せておけ!」

 

「うむ! 者ども、ペンギンと共に行くぞ!」

 

 北上を始めて間もなく、光化学スモッグで白んだ浦浜の沿岸部が見えてきた。

 レーダー上では大助のYP-27が先行し、敵攻撃機部隊の脇腹を突く瞬間が映っていた。

 

「ぺんぎん4、撃つ!」

 

 攻撃機は五式、爆弾やロケット弾を満載している。

 エンジンパワーが貧弱なこの機体では、真横を向いて(ノッチング)いても十分な速度が出ない。

 ミサイルに狙われても、振り切る事は出来ない。

 

《こちら緑3、敵機目視! 160(南東)より接近!》

 

《怯むな。敵地上部隊を爆撃するまで直進せよ》

 

 レーダー上に大助の機体から小さな反応が放たれた。

 ミサイル、敵攻撃部隊のひとつへ飛翔し───光点が消える。

 

「ぺんぎん4、敵機撃墜」

 

 猛烈な速さで大助の機体が過ぎ去り、北へ抜けていく。

 それでも、攻撃機部隊は針路を変えない。

 大した練度だ。

 

「ぺんぎん4だ、報告する。敵編隊は摩天楼(ビル群)を飛行中。

ほぼ直進だが、遮蔽物が多い。射撃に注意せよ」

 

 つまり、ビルの隙間を敵は飛行している事になる。

 大した練度、そして度胸だ。

 武揚の守りを任されるだけはある。

 

「攻撃は終わってないぞ……」

 

「こちらオメガ1、攻撃を開始する!

者ども、続け!」

 

 大助と入れ替わるように、オメガ隊が北東からアプローチを始める。

 6機編隊のオメガが攻撃機部隊を射程に収め、撃った。

 

「オメガ隊、効果確認せよ」

 

「くそっ、オメガ2敵機が死角で撃てなかった!」

 

「オメガ3! 当たりました!」

 

「赫助です。中隊が放った誘導弾6発中、3発命中!

ほとんどが遮蔽物に命中! 敵機、8機健在!」

 

 やはり、オメガ隊単独では撃退には至らない。

 五式は軽戦闘機、1機1機の火力こそ大した事はないが───

 8機分もの火力が第一戦車隊にぶつけられれば、壊滅状態に陥ってしまう。

 

「ぐっ……右旋回! 背後から攻撃する!」

 

 宗治郎の判断は悪いものではないが、それでは攻撃機部隊の攻撃を許してしまう。

 それにオメガ隊の練度で果たして、ビル群の隙間をどれほど飛べるか。

 

 やはり、残る8機はチェイスと竜司でやるしかなかった。

 

「オメガ、残りは俺たちでやる!

背後から迫る敵の対処を頼む!

撃墜しなくていい、こっちの邪魔をさせなければ十分!」

 

 現在、チェイス達の背後からは敵戦闘機部隊が迫っていた。

 どうアプローチしても、こいつらに狙われるのは避けられない。

 攻撃機を阻止するには、誰かが対処しなくてはならなかった。

 

「ああ、頼むぞチェイス。

指示を変更。旋回中止、真っ直ぐ南下!

爆装を残した者は投棄せよ! 格闘戦に入るぞ!」

 

 さあ、我々だけだ。

 チェイス、しくじるんじゃないぞ。

 

 柳北ら第一戦車隊、彼らに追従する歩兵。

 彼ら彼女らの命運は、我々の手にかかっている。

 

「ああ……竜司ちゃん!」

 

「お任せください、やってみせます!

……もう、足は引っ張りません!」

 

「その意気だ」

 

 白んだ空、海岸線のビル群。

 ビルの合間に、攻撃機編隊の姿を見た。

 彼らは本当に建物を盾にして飛んでいるのだ。

 

「右旋回(ライトターン)、開始(ナウ)!」

 

 敵編隊の後方に到着すると、チェイス達は右に急旋回を行った。

 ほんの数十メートルの間隔しかないビルの谷で曲がり、攻撃機部隊の背面に入り込んだ。

 まさに、猛禽類(もうきんるい)が獲物に喰らいつくかの如く。

 

《敵機2、急旋回! 真後ろについた!》

 

《まさか! このビルの隙間でか⁈》

 

《前進! 我らの使命を果たすまで、この針路を歪めるな!》

 

 逃げないのであれば、最後までやるべき事をやるしかない。

 

「ならこっちも容赦はしない!

HMD起動! マルチロック開始!」

 

 HMDとミサイルのシーカーを接続し、次々に敵機をロックさせていく。

 SRMの残弾は6発、後の事を考えれば全弾投射は危険だが───

 

 地上部隊が爆弾を投げられれば、1発で多くの命が奪われる。

 それと比べれば、この程度。

 逡巡(しゅんじゅん)の後、全弾を捕捉させる。

 

「ペンギン1、FOX2!」

 

「ペンギン2、誘導弾を撃つ!」

 

 6つの白線がビルの隙間を突き進む。

 

《ミサイル!》

 

《最低限の回避を!》

 

 回避するには、この空は狭すぎた。

 

 チェイスの放ったミサイルと、竜司の放ったミサイル。

 計7発の火を噴く矢は5機の五式を打ち砕いた。

 

 強引に回避しようと旋回したある者は、翼端をビルにぶつけて姿勢を崩した。

 制御など取り戻す間もなく、フラットスピンの途中で頭からオフィスビルに潰された。

 

 回避にしくじった者はエンジンノズルを貫かれ、四散した機体が浦浜のオフィスビルへ墜落した。

 残骸の質量がガラスを粉砕し、引火した燃料や爆薬が誰かの職場を破壊する。

 いや、職場ではなく───誰かの住居かもしれない。

 

 その反省は、今している猶予はない。

 まだ生き延びた3人の敵が仲間を殺そうとしている。

 

 ミサイルはチェイスの手札から消えた。

 あとは間近まで迫り、GUNで撃墜するしかない。

 

《こちら黄1! 緑、支援する!》

 

《助かる》

 

 レーダーに南から迫る光点が映った。

 敵の戦闘機部隊が、遂にここまでやって来たのだ。

 

「オメガ各機、ペンギンをやらせるな!」

 

 そこに、オメガ隊が横槍を入れた。

 FS-1は重い機体だが、それでも無視出来ない戦力となる。

 

《ぐっ……34部隊!》

 

《全機、散開。

何としてでも、わずかばかりでも、幕軍を減らす!》

 

 ここで、攻撃機部隊が驚愕の行動に出た。

 それぞれが散らばり、被害の分散を試みたのだ。

 

 ペンギン隊は2人、対する敵は3機。

 このまま直進していれば、ペンギン隊に全滅させられる。

 ならば、1機だけでも爆撃を成功させる腹づもりなのだ。

 

「竜司ちゃん、頼んだ!」

 

「了解!」

 

 全てのミサイルを使い果たし、身軽になったチェイスは先頭の機体を追った。

 竜司は2番機、3番機は───

 こちらも、少しでも減らすしかない。

 

「ぺんぎん4だ。私は敵戦闘機部隊と交戦する。

ちぇいす、背後は任せろ。攻撃機は頼んだ」

 

「ああ、任せた。それと任せといて!」

 

 自分の機体が低高度を、ましてやビルの谷間に向いていない自覚があるのだろう。

 大助は自ら直掩を買って出た。

 

 敵編隊長は身重な機体ながら、見事な技術を披露していた。

 オーグメンターのオン・オフを駆使して可能な限りの高速と最大効率の旋回率を維持し、チェイスの射線を避けながらビル群を抜けていく。

 

「こちらフツノミタマ!

敵攻撃機部隊及び、ペンギン隊の反応を探知出来ません!

支援不能です、申し訳ありません!」

 

「大丈夫、それより他の奴らの面倒を!」

 

 返事をしている余力などない!

 数秒おきにビルを過ぎ、違うビルが真正面に立ちはだかる!

 

《交差! 3、2……》

 

 この交信が聞こえた時、チェイスは脳内で組み立てた状況でその意味を読み取った。

 

「竜司、下へ!」

 

「えっ、うわっ!」

 

 チェイスは操縦桿を少しだけ引いて上昇した。

 竜司がそのすぐ真下を過ぎ去ったのは、機体を揺らした衝撃波で察知出来た。

 

 あの編隊長、衝突するように高度を調整していたのだ。

 それも、ほとんど交信せずに以心伝心で。

 

 彼らの腕を低く見積もったつもりはなかったが───

 それでも、過小評価(・・・・)だった。

 

 フツノミタマが盗聴していなければ、間違いなくやられていた!

 

「信じられないっ、衝突するように仕向けてきた⁈」

 

「油断するなっ、何をしてくるかわからない!」

 

 この回避のために、少しだけ距離を離された。

 阻止限界まで、もう間もなくだというのに。

 

「フツノミタマへ!

ペンギン隊の高度、それと線川への推定到着時刻を報告してください!」

 

「推定300(91)フィート(m)! 到着時刻は……

松本少佐、一体何を?」

 

 敵編隊長を追いかける最中、右のビル群の隙間に影が。

 チェイスと竜司も追えていない敵の機影だ。

 

 その時、追っている隊長機が右に機体を傾けた。

 右旋回の予兆と見るべきだが───

 

 おかしい、あまりにも行動が性急すぎる。

 今までは効率的に、旋回する寸前にしかロールしていなかった。

 これではまるで、これから旋回しますよと言わんばかり。

 

 あまりにも、らしくない(・・・・・)。

 チェイスの本能が、これを罠だと叫んでいた。

 

「……くそっ!」

 

 外れていれば、敵に攻撃の猶予を与えてしまう。

 しかし、合っていれば自分の死と圧倒的猶予だ。

 

 チェイスは後者に賭けた。

 エアブレーキを展開し、急減速する。

 

《緑3! 中止!》

 

《ちぃっ、く……!》

 

 その交信が聞こえてきた時、チェイスは賭けの勝利を確信した。

 右ビル群の死角から、敵機が飛び出して来たのだ。

 

 フル爆装で身重な五式、ミサイルすら積んでいない。

 出力を絞って失速寸前の速度で飛べば、チェイスの背後をつける。

 対空兵装はないが───まだ機首の20ミリがある。

 

 この状況下で、彼らはまだ勝利を諦めていなかったのだ。

 状況は逆転した。

 

「俺の勝ちだ……!」

 

 FCSが捉え切る前、ピパーはまだ表示出来ない。

 漏斗(ろうと)型の予測照準器(ガン・ファンネル)で狙いをつけ、発砲。

 

 主翼を20ミリが薙ぎ払い、搭載していた爆弾の信管を貫いた。

 抱えていた爆弾の爆発をモロに受け、五式は木っ端微塵に爆散した。

 

《蒼穹の魔王。その名は伊達ではないか……

だが、私の勝ちだ》

 

 阻止限界点は敵地上部隊が防衛線を築く線川。

 そこまで突破されれば、第一戦車隊の対空アセットがどうにかする事を祈るしかない。

 わずか数秒の猶予しかない、迎撃という賭けへの祈りだ。

 

 その賭けが始まろうとしていた。

 

「主砲、打(て)ぇーっ!」

 

《なっ……》

 

 敵編隊長の機体がビル群を抜けた直後。

 線川の対岸から無数のマズルフラッシュが煌めいた。

 

 直後、ビルに複数の爆発が起こり───

 編隊長機は胴体を袈裟懸(けさが)けに、斜めに裂かれた。

 飛行機の形状を失った2つの残骸は、急速に高度を落として地面に叩きつけられた。

 

 柳北率いる第一戦車隊は敵攻撃機部隊の出口を推測し、主砲の一斉掃射で撃墜したのだ。

 まさか、戦車が戦闘機を撃墜するとは!

 

《くそっ、ダメかっ……!》

 

「こちら竜司、敵機撃墜!」

 

 チェイスがビル群を抜けるのと同時に、火だるまになった機体が北から飛び出した。

 竜司が撃墜した攻撃機の残骸だ。

 彼女は、ギリギリのところで間に合ったのだ。

 

「参ったな、俺いらなかった?」

 

「私たちが墜したのはあの1機だけ。

ほとんどはチェイスくんの戦果でしょ?」

 

「凄い活躍だから忘れてたよ」

 

「ありがと。地上(こっち)も助けられてばかりじゃないからね」

 

 戦車の主砲攻撃による戦闘機の撃墜。

 間違いなく、その戦果こそ歴史に残るものだろう。

 撃墜した車両の特定は、恐らく不可能だろうが。

 

「……各員、聞け! 蒼穹の魔王が攻撃機部隊を迎撃した!

戦車前進! 敵陣地を粉砕する!」

 

 線川沿いに展開する敵地上部隊の迎撃を避けるため、チェイスと竜司は最大出力で南へ離脱した。

 そこでは、オメガ隊と大助が敵戦闘機部隊と交戦している。

 自分が押し付けた敵だ、後始末くらいはしなくては。

 

「オメガ、大助。これより援護する!

ミサイルないけど、そこは勘弁して!」

 

「よぅし、百人力だ!」

 

「油断するな、敬一!

チェイス、当然劣勢だ。支援頼む!」

 

 まだ燃料には余力がある。

 最大出力で南下し、雲の絡み合う格闘戦の現場に急行する。

 

《くそっ、北から接近する機影2つ。IFF応答なし!

魔王だ!》

 

《赤報隊は、来ないか……!》

 

《赤報隊に頼るな! 我々だけで魔王を討伐する!

やるぞ!》

 

 レーダーの敵反応は11、大助とオメガ隊が3機やってくれていた。

 とはいえ、ただでさえオメガと大助で味方計7機だというのに、オメガが1機撃墜されている。

 状況の不利に変わりはなかった。

 

《魔王の撃墜を優先する! 余力ある者は敵機の追尾を中止せよ!》

 

 オメガ隊を追尾していた敵6機が交戦をやめ、北方のチェイスへ針路をとった。

 チェイスを最大の脅威と見るのは、悪い判断ではないのかもしれない。

 

 しかし───自分が相対している敵を甘く見過ぎである。

 

「……! 貰ったッ!」

 

 秀彦は敵機を追う格闘戦の最中、敵が見せた隙を見逃さなかった。

 残っていた最後のミサイルを敵の背目掛けて放った。

 

《ぐっ、しまった……!》

 

 自分にミサイルが迫っていると見た敵機が急旋回し、回避を試みる。

 ここでトラブルが起こった。

 

 彼はミサイルの回避に成功した。

 旋回とフレアの投下で陽光のシーカーが惑わされ、エンジンノズルから注意を逸らした。

 

 代わりに、反応出来ていなかった味方のノズルを見てしまったのだ。

 

《まずいっ、白4!》

 

《なぁっ⁈》

 

 完全な意識外から飛び込むミサイルに、回避は間に合わない。

 被弾した敵機からパイロットが脱出した。

 

 敵機、残り10。

 

《白4が撃墜された!》

 

《まだミサイルを残していたかっ……!

構うな、そう何度も来ない!》

 

 オメガ隊で格闘戦中、逃げる敵機にミサイルを投げる技量のある者は少ない。

 オメガ隊からの追撃は、もうない。

 

 しかしひとり、彼らは戦っている相手を忘れている。

 空を切り裂く刃が、雲の切れ目から差し込む光に反射した。

 

《方位270(西)!》

 

 機関砲の曳光弾と共に、あくりのYP-27が東に向かって横断した。

 

《ちくしょうっ、機首をもぎ取られたっ……!

レーダー機能停止、機関砲損傷っ、与圧低下っ、戦闘不能!》

 

 敵編隊から1機、西に向かって離脱するものが出た。

 

「こちらぺんぎん4、敵機を無力化。

だが、燃料が残り少ない」

 

 YP-27は原型機のP-104と比べて大型化され、燃料も多く搭載出来る。

 しかし一撃離脱の戦闘スタイルは速度が肝要、オーグメンターを吹かしっぱなしだ。

 燃料は文字通り、あっという間に燃え尽きてしまう。

 

 飛べない飛行機は、ただの鉄屑だ。

 

「了解。大助、先に千里へ行ってて」

 

「すまない。ちぇいす、竜司。よろしく頼む」

 

「問題ありません、大助殿。我らにお任せを」

 

 敵の追撃を避けるため、大助は攻撃の勢いのまま東へ離脱していった。

 大助が離脱し、オメガ隊とペンギン隊は合わせて5機、作戦区域(AO)に留まっていた。

 

 状況は対等ではない。

 チェイスと竜司が相対している敵は4、そこにオメガ隊が戦っている5機がいるのだから。

 しかも、チェイスと竜司はミサイルの残弾を欠いている。

 

「ガン・ファイトになるな……竜司ちゃん、やれる?」

 

「もちろん!」

 

 力強い肯定の言葉を聞き、改めてチェイスは迫る敵機に意識をやった。

 シルエットのディティールの崩れから、敵もミサイルを消費しているのが見てとれた。

 もちろん、ゼロでもない。

 

 彼我の距離が6500(1981)フィート(m)まで迫った。

 陽光のシーカー捕捉距離だ。

 

《黄1、ミサイルを撃つ!》

 

《白1、誘導弾を撃つ!》

 

 正面の4機が一斉にミサイルを放った。

 背を向けるビーム機動では、敵が優位に立つだけ。

 いつも通りの無茶が必要だった。

 

「回避(ディフェンシブ)!」

 

 推力80%まで落とし、フレアを投下。

 カウンターメジャーを交えたバレルロールをはじめた。

 

「チェイス殿っ、合わせます!」

 

 チェイスがF-2で繰り広げるバレルロール、反対側で竜司もまたフレアを撒きながら同じ機動を始めた。

 あっさりとやってのけているが、ブルーでも難しい神業だ。

 ましてや、実戦でやるとは!

 

《奴ら、二重でバレルロールしてるぞ》

 

《すげぇ技量だ……!》

 

 入り乱れる熱源の量に、目に見えて迫るミサイルが軌道を乱していた。

 運動エネルギー、速度を浪費しているのだ。

 

「散開(ブレイク・ナウ)!」

 

 チェイスの合図と同時に、ふたりはバレルロールをやめてそれぞれ上昇と降下をはじめた。

 敵ミサイルはふたりの生み出した軌跡ど真ん中を突き抜け、空へ消えていった。

 

《攻撃失敗!》

 

《機銃に切り替える!》

 

 一息つくまもなく、戦いはガン・ファイトへ切り替わる。

 チェイスもオーグメンターを起動し、敵目掛けて突っ込む。

 

「ガンズガンズガンズ」

 

 二方向から放たれる曳光弾が交差し、後に黒煙が3つ残された。

 チェイスは下にいる竜司を見上げ(・・・)、彼女の無事を確認した。

 

《こちら黄1、弾で風防を砕かれたっ……

破片でこちらも、負傷している! 脱出を試みる!》

 

《被弾により油圧低下! 脱出する!》

 

《白1、脱出しろ! 機体が炎上しているぞ!》

 

 2つの敵機から射出座席が飛び出し。

 1つは炎上したままロールを続け、海面へと向かっていった。

 

 チェイスと竜司は残る1機よりもオメガ隊の援護を優先した。

 上空で格闘戦を繰り広げる現場へと機首を向け、目標を選定する。

 

 宗治郎の駆るP/A-51ウォーサンダーは鈍重で、格闘戦にはあまり向いていない機体だ。

 背後を取られれば、相当な不利に違いない。

 

「竜司ちゃん、他を頼む!」

 

「了解!」

 

 ペンギン隊は散開し、チェイスは宗治郎の背後についた敵機に注目した。

 

「松平公、敵機が真後ろに!」

 

「万事休すか……!」

 

 宗治郎は上空こそ取っているが、その影響で速度がかなり殺されている。

 戦闘の流れでそうせざるを得なかったのだろうが、死の1歩手前にいた。

 

「宗治郎、そのまま!」

 

「よし!」

 

 降下を中止し、宗治郎は真上への飛行を続けた。

 その様子を見た敵機の旋回は、明らかに勇み足になった。

 

《貰った……!》

 

 旋回は、急であればあるほど速度を削られる。

 FCSが捕捉し、チェイスから見て全身を晒しているような角度。

 外す要素がなかった。

 

「油断し過ぎだ」

 

 ピパーに偏差を意識し、3列の砲弾を浴びせる。

 チェイスは攻撃した敵機を過ぎ去ると、その姿を振り返った。

 胴体への被弾に加えて主翼を失った敵機は、炎上したまま制御を失っていた。

 

「助かったぞ、チェイス! 礼を言う!」

 

《気を付けろっ、魔王がそっちに行ったぞ!》

 

《報告が遅いっ! もう黄9がやられてる!》

 

 宗治郎が垂直上昇から降下へ移ったのを見届けると、シザーズ機動で後ろを譲り合う(・・・・)FS-1の姿が。

 相手は首都の守りを任された精鋭。

 そんな相手にシザーズ機動で粘れるのは、オメガ隊では宗治郎除いてひとりだけだ。

 

「秀彦、もう少し耐えろ!」

 

「っ……! 頼む!」

 

 軌跡が絡み合うシザーズ、目標を間違えれば同士討ちになる。

 幸いにもFS-1と五式のシルエット差は明確だ。

 

 風防越しに、秀彦と視線が合った気がした。

 秀彦の機体が旋回をやめ、明らかに加速したのはその直後だった。

 

「チェイス!」

 

 前方への譲り合いで押し出される形になった秀彦は、無防備な背後を敵機に晒した。

 チェイスの成功を信じているのだ。

 

《ちっ、魔王か!》

 

 だが、敵も甘くない。

 この状況を読み取ったのか、秀彦への攻撃をやめて離脱したのだ。

 

「……! 読まれたっ!」

 

「もう遅い」

 

 機動を修正し、離脱する敵機を照準する。

 発砲すると、敵機は急旋回して曳光弾の光線をかわした。

 

《魔王に追われてる! 誰か来てくれ!》

 

「お返しだ、この野郎ッ!」

 

 自殺行為に等しい急旋回で機首を向けた秀彦は、チェイスから逃れようとした敵機を射線に納めた。

 苦し紛れに発砲した20ミリは敵機の主翼を掠め、補助翼(エルロン)を食い千切った。

 旋回中にエルロンを失った機体は、止まらないロールに入った。

 

「ナイスキル、秀彦。でも、もうあの旋回実戦でやるなよ」

 

「そうするよ。あんたがいない時はな」

 

 視線を巡らせると、ちょうど竜司が敬一の支援に入ったところだった。

 追い回されていたところを攻撃し、追跡機を撃墜した。

 

「大丈夫?」

 

「あっ、ありがとうございますっ。竜司さん!」

 

 上擦った声で礼を告げる敬一。

 思えば、夷俘島出身者で大半が構成されている新選組も同地で人気だったか。

 

 確か───竜司自身は好ましいとは言えない、複雑な反応を見せていた気もするが。

 それも当然だ、彼女は夷俘島の被差別集落で育ったのだ。

 

 夷俘島の一般人からは、相応の扱いを受けていたはず。

 手のひらを返されては、素直に喜ぶ事が出来ないのだろう。

 

「こちら睦平! ペンギンでもオメガでも良い!」

 

 名指しされては、耳を傾けざるを得ない。

 チェイスは目前でオメガ隊機を追う敵を追いつつ、交信に注意をやった。

 

「長距離兵器と対空兵器は潰したった! じゃがまだ車両が残っとる!

兵装欠につき、儂らは退がらざるを得ん! どっちか、後始末を頼む!」

 

 睦平からの報告を受け、チェイスはパネルの兵装管理画面に視線をやった。

 ガンポッド、機関砲、共に40%以上の残弾があった。

 

 双方20ミリ口径とCASには不安な威力だが、戦車でも30発ほど浴びせれば戦闘不能に追い込める。

 敵を倒すには必ずしも、完膚なきまで破壊する必要はないのだ。

 

「チェイス、残りは我々で対処する!

地上の支援を頼んだ!」

 

「こっちの援護で爆弾捨てたんだ、やっとくよ。

竜司ちゃん、頼む!」

 

「はい!」

 

 またしても北上を強いられるとは。

 燃料計を見れば、残り20%を切ろうとしていた。

 最大出力で向かうとなれば、燃料は帰還ギリギリになるだろう。

 

 泣いても笑っても、これが最後の支援だ。

 

「こちら第一挺身団第3小隊、海道橋に仕掛けられた爆弾を無力化。

これで落とされる心配はなくなった。金太郎! そいつは川に捨てとけ!

66ミリを用意しろ、側面攻撃だ!」

 

「第一戦車隊、松本です!

現在線川沿いに展開する特火点(トーチカ)及び戦車部隊と交戦中!

可能ならば支援願います!」

 

「ペンギン1、急行中!」

 

 海面を割きながら進み、やがて海岸線が目に入った。

 橋の武揚側に2基のトーチカ、堤防には様々な車両が並んで迎撃の構えを見せている。

 

 車両は戦車だけでなく、機関砲を搭載した装輪車の類も含まれていると推測出来る。

 必ずしも、20ミリが通用しない戦車だけとは限らない。

 

 トーチカは───強化コンクリート製のちゃんとしたものだ。

 20ミリや30ミリでは貫通不能な強度がある。

 無力化するには、一工夫が必要だ。

 

《敵機、南方より超低空で接近中!》

 

《敵の航空支援か! 手の空いているものは迎撃せよ!

小銃でもいい、とにかく撃て!》

 

「今だっ、制圧射撃!

空の支援が来るギリギリまで続けろ!」

 

「問題ないッ! こいつは当たりの個体だからな!」

 

《ッ! 側面から銃撃! 橋の下からだ!》

 

《敵特殊部隊が浸透しているぞっ、対応しろ!》

 

《どっちに⁈ 航空機か特殊部隊か⁉︎》

 

《近い方に決まってるだろ!》

 

 一瞬だけ打ち上げられた敵の曳光弾が消えた。

 飛んでいる交信からして、第一挺身団の援護だろう。

 

 彼らの献身に報いなければ。

 チェイスはFCSを操作し、対地掃射モードに切り替えた。

 

 目標は敵車両群、中でも戦車以外の比較的走行の薄い車両だ。

 戦車に関しては竜司の30ミリに任せるほかない。

 

「攻撃開始!」

 

 堤防に並ぶ車両へ照準を合わせ、発砲する。

 とにかく見える目標に20ミリ砲弾の雨を浴びせた。

 

 曳光弾を無数に跳弾させる車両がいれば、熱したナイフでバターを切るかのように貫通した車両もいた。

 両者の共通点は、被弾によって様々な破片を撒き散らした事だ。

 

「柳北さん! 効果は⁉︎」

 

「車両複数沈黙! だけど、特火点はこちらの主砲でも破壊出来ない!」

 

「そりゃ、1年近く備える時間があったからね!

対処する、ちょっと待ってて!」

 

 右旋回し、ペンギン隊は一旦東に離脱した。

 燃料からして、次の攻撃でラストだ。

 

「竜司ちゃん、南側のトーチカを頼んだ」

 

「了解! ……ですが」

 

 竜司の不安はもっともだ。

 戦車の主砲ですら破壊出来ないトーチカを、機載兵器の20ミリや30ミリで破壊出来る道理はない。

 

 しかし───どんな兵器にも弱点はある。

 それが攻撃手段を持っているのなら、なおのことだ。

 

「銃眼(ガンポート)だ。そこなら、どうやっても装甲を薄くするしかない!」

 

 トーチカは単なるカチカチな建物ではない。

 装甲で囲われ、内側から発砲するための銃眼がある。

 

 20ミリや30ミリの破壊力では、それでも内部の機材人員を殺傷するだけに留まる。

 故に、これは第一戦車隊との共同攻撃が必須だった。

 

「航空支援(こっち)が銃眼を撃ち抜いて敵を制圧、戦車の主砲でトドメを刺す!」

 

「……なるほど! 第一戦車隊、了解!

総員、航空支援に合わせて攻撃! 目標、各特火点の銃眼!」

 

「なら、第一挺身団は攻撃後に突入して掃討する!

しくじらないでくれよ、こっちに装甲はないんだ!」

 

 戦車砲が内部で炸裂しても、ダメージコントロールを考慮したトーチカの完全破壊に至るかは若干怪しい。

 歩兵による内部の掃討が完了して、ようやく完全破壊と考えていいだろう。

 

 一斉攻撃によって生じた混乱、それに乗じて第一挺身団が突入する。

 まさに、失敗できない攻撃だ。

 

 旋回して、ペンギン隊は再び西に向かう。

 チェイスが北、竜司が南のトーチカに狙いをつけた。

 

 今も件のトーチカは大小の曳光弾を吐き出し、味方部隊に攻撃を続けていた。

 あの迎撃の中では、戦車でも照準は困難だろう。

 

 戦闘機の速さで、迎撃される前に火力を叩き込む必要があった。

 

「竜司、攻撃準備よし!」

 

「よし、頼むぞ……」

 

 弾痕の目立つトーチカ、その中でも黒く見える銃眼に照準を合わせる。

 

「全弾掃射!」

 

 次を考慮しない、全火力の投射。

 真っ先に標準装備の20ミリが途絶え、トーチカ上空を過ぎ去る直前にガンポッドも弾が尽きた。

 

「弾薬欠乏(アミュネーションゼロ)! 弾薬欠乏(アミュネーションゼロ)!」

 

 マスターコーションも弾切れと伝えてくれた。

 これでもう、チェイス達に出来る事はなくなった。

 

 背後では爆発するような気配はない。

 やはり、都合よく備蓄した弾薬に引火するほど甘くはない。

 

「主砲、打ェーッ!」

 

 トーチカが沈黙した一瞬に、柳北ら第一戦車隊が一斉射撃を行った。

 数十発の砲弾がトーチカの銃眼目掛けて殺到し、内部で炸裂する。

 

 大爆発を起こしたのは、南側のトーチカだった。

 

「効果確認! 第一戦車隊、トーチカを破壊! 南だ!」

 

「第一挺身団、トーチカに突入する!」

 

「戦車前進! 味方部隊を連装銃で支援!」

 

 突入に合わせ、第一戦車隊も前進を始めた。

 強固に要塞化されたトーチカの制圧は難事だろうが───

 もはや全ての弾を使い果たしたチェイス達に出来る事はない。

 

「うおっ……こちら第一挺身団第3小隊。

北の特火点に突入したが、こりゃ酷い。

扉が爆圧で吹っ飛んで、人の気配が完全にない。

とはいえ、内部の制圧を始める!」

 

 弾薬に引火しなかっただけで、内部は大惨事だったか。

 さすがに戦車砲の爆圧を閉鎖空間で浴びて、無事な人間はあまり居なかったようだ。

 

「こちらフツノミタマ。間もなく後続の航空部隊が到着します。

残りは彼らに任せて、ペンギン隊は帰還して下さい」

 

「ふぅ……了解。作戦完了、帰投する(RTB)」

 

 ティン、という幻聴を聞きながらチェイス達は東に針路を取った。

 

「こちらオメガ1。チェイス、聞いているか?」

 

 千里基地へ向かう途中、宗治郎が呼び掛けた。

 無視するほど、チェイスも消耗していない。

 

 なにせ補給が済み次第、海軍の支援のため飛ぶのだ。

 疲れている暇すらない。

 

「うん、どうかした?」

 

「俺の部下はひとりやられたが……これだけで済んだ。

礼を言うぞ」

 

「まだ戦いはこれからだろ? そう言うのは終わってからにしてくれ」

 

「そう言える内に言っておかねばな。

それこそ、次会えるかどうかも怪しいのだからな」

 

 首都奪還の戦い、その前哨戦が終わったばかり。

 武揚の政府軍が行う抵抗は更に激しくなり、連邦軍の犠牲は増えるに違いない。

 

 その時、チェイスと宗治郎。

 どちらかがいなくなる可能性は、絶対に否定出来ないのだ。

 

「……そうだな。じゃ、お礼は口以外でも見せてよ」

 

「なんだ、裸踊りか?」

 

「それやったら、マジで一生恨んでやるからな」

 

 ははは。

 ふたりは少しだけ、不謹慎に笑った。

 

「期待していてくれ。お前の帰還以外にも、とびっきりを考えておく」

 

「じゃ、受け取る用意をしておくよ」

 

「約束だ、違えるなよ」

 

「そっちこそ」

 

 たとえ空約束になるかもしれなくとも。

 次の戦いに備え、2つの編隊は東に向かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。