蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年6月18日
鳴田藩 千里空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
千里基地への一時帰投は、問題なく完了した。
滑走路への着陸も難なくこなしたチェイスは、F-2を整備隊の待つ駐機場へと走らせる。
誘導棒を両手に携えて駐機場の誘導を行ったのは、機付長の娘である繁であった。
彼女の指示通りにペダルを踏み、停止させた。
するとすぐさま整備隊が駆け寄り、F-2にタラップを掛け───
父親の機付長がタラップを駆け上ると、風防が開くのも待たずに叫んだ。
「降りろ!」
機付長はある意味、チェイスよりもF-2を理解している。
そんな彼が血相を変えて命じるのだ。
これはただ事ではないな。
そう判断したチェイスは、シートベルトを解除して風防を開いた。
「なにごと?」
「着陸中、尾翼の動きに違和感があった! よろしくねぇ!」
チェイスは飛ばしていて違和感を感じなかったが───
彼の言う事だ、素直に聞くべきだろう。
「了解……でも参ったな! すぐに次の戦闘なんだけど?」
「和子に言って智台からナーガを持って来させておいた!
あっちで行って来い!」
さすが機付長、抜かりはない。
武揚の解放にはなるべく高性能なF-2で行きたかったが───
錬金術というインチキ技術で運用を続けてきたF-2だが、結局のところ劣化コピーの部品で騙し騙し使い倒しているのだ。
とてもこれを、万全の体制とは言えない。
肝心なタイミングで起きた事は遺憾だが、ガタが来て当然というものだ。
「了解!」
「最後の段階までになんとかする!
和子! 良介を案内しろ!」
「ああ、わかった!」
和子という名に聞き覚えはなかったが───
繁が反応してようやく合点がいった。
和子とは、恐らく繁の諱だ。
千葉という姓と組み合わさると凄く見覚えのある名前のため、どこか良介はその名を呼ぶことに抵抗があったが。
これで、万事解決というわけだ。
「良介、こっちだ!」
「ああ。機付長、
「任せとけ! 尾翼バラすぞ、機材持って来い!」
機付長と入れ替わるようにタラップを降り、誘導棒を放り投げた和子に追従する。
「ところで、繁ちゃん?」
「なんだ?」
「和子ちゃんって呼んでも?」
「ああ、好きにしなよ……
あたし諱、名乗ってなかったっけ?」
「いい名前だ」
「答えになってねぇよ、こんちくしょう」
駆け足で駐機場を駆け、中でも隅に停められたナーガのコクピットに飛び込む。
エンジン始動前につき、指導手順を進めなくてはならなかった。
「そういえば、俺が機体乗り換えるって話、上の人に通ってる?」
既に海軍は移動を開始し、武揚湾への移動を開始している。
もはやこの辺りを中止できないが、報告を忘れてペンギン隊が現地へ行ってしまっても困る。
「走ってる時、魔力通信で話しといた! 相手はフツノミタマでいいんだよな?」
「オッケー!」
ナーガのエンジンが始動し、コクピットに電力が供給された。
その間にも、整備隊の面々が搭載する兵装を車両に載せてやって来た。
ここから先は、半分人力の手作業だ。
この人員の中に、チェイスは見知った顔を見つけた。
和子が搭載の手伝いのため離れ、入れ替わるように書類を携えた彼女は歩み寄った。
「やあ、かすみちゃん。久しぶり」
「どうも、志村二尉」
いつ頃、彰義隊の整備隊に入ったのかはチェイスも知らないが───
どうしてか気になるかすみは、ぎこちない笑みを浮かべた。
「戦艦や空母を想定した対艦戦闘という事で2000ポンド爆弾4発。
それに自衛用のショートレンジを2発搭載します」
この戦闘では、連邦海軍の艦隊は政府海軍が待ち受ける武揚湾へ辿り着かなくてはならない。
そうなると至近距離での撃ち合いは必須、FCSが機能せずとも命中率は高くなる。
ロケットでFCSを破壊して無力化という手段は変わらず有効だが、決定打にならない。
2000ポンドの爆弾で、戦闘艦を完膚なきまで戦闘不能にする必要があるのだ。
これは、F-2での出撃を想定した時と変わりはない。
チェイスの興味を惹いたのは、かすみの表現だった。
「葦原の人にしては、珍しい単位使うんだね」
そう告げられたかすみは、表情を変えずにじっと書類を見ていた。
どういうわけか、この世界でもメートル法とヤードポンド法が一般的だ。
尺貫法もあるので、我々の世界と
それはさておき、1970年の葦原ではメートル法が一般的だ。
しかし先ほど彼女が口にしたポンドは、ヤードポンド法における重量単位だ。
この世界でもメートル法が国際的に普及しており、合衆国と葦原の空軍パイロット以外ではあまり使われていない。
SRMをショートレンジと称するのも珍しい。
葦原では空対空誘導弾、または短射程誘導弾と称する事が多い。
恐らく彼女、かすみは合衆国に派遣され、帰国して間もない人間なのだろう。
留学先の流儀が身に染み付き、なかなか抜けてくれない。
時折こういう事はある。
チェイスですらSUPTから帰国してしばらくの間、米国の流儀が抜けなかったのだ。
「……やはり、お見通しですか」
「ま、そういう事もあるよ。
わかってるとは思うけど、こういう単位の違いって、
たまに酷い事故に繋がるから気を付けた方がいい。
燃料とかでさ」
かすみは書類から視線を外すと、躊躇いがちに口を開いた。
「志村二尉、ひとつだけ。ご理解頂きたい事が」
「うん。どうかした?」
「本来、私はあなたと接触するはずではなかったんです」
幕府軍で幕府の八咫烏などと呼ばれていた時期。
その時期の報道では、聖人君子の如く扱われていた。
一方、現実は色んな女の子に手を出すカスナンパ野郎だ。
この現実を知っていれば、接触は可能な限り避けるのが当然というもの。
実際、最初にかすみに話し掛けたのはチェイスの方だ。
「ま、そうするのが自然だろうね」
「ですが、誤解なさらないようにお話しします。
あなたを害する事は、私の任務ではありません」
「うんうん……う、うんうん?」
なんか、よーわからん事を言われたが───
ここで聞き返すのもみっともないので、チェイスは適当に話を合わせた。
───が、害する? あれれ、俺なんか聞き逃してた?
わからん。
だがやはり、聞き逃していると考えるのが妥当な流れだろう。
「ただ、あなたの動向を監視する……
それが私の任務です」
こ、これは───
───機体の調子をじっくり観察するのが任務……ってコト⁈
うーむ、帰国子女だから翻訳の表現に乱れが出ているのかも知れない。
この翻訳も、都合が良すぎて仕様の理解を半ば放棄しているのだからな。
翻訳の乱れによって、なんか話の流れがおかしくなっている───
そう結論付けたチェイスは、誤魔化して流す事にした。
「……そばかすが、とてもキュートだ」
苦し紛れの言葉をかすみは静かに聞き届け───
一礼すると、タラップを降った。
「おい良介! 搭載終わったぞ!」
入れ替わるようにコクピットに身を乗り出した和子が呼び掛けた。
すごい、揺れた───いや駄目だ。
視線を下げようとする本能を理性という棍棒で矯正し、和子の目を見やる。
「うん、ありがとう」
「……な、なんか眼球、上下に震えてんぞ? どっか悪いのか?」
「いや、悪いのは頭だけ」
瞑目し、深呼吸する。
戦闘の前だというのに、馬鹿みたいな事に意識を取られるんじゃない。
いや、戦闘の前だから、最後かも知れないから───
───おい。
自己批判の精神を名乗ってるくせに、真っ先に誘惑に負けそうになるな。
誘惑ではない、本人にそのつもりがないのだから。
「な、なあ。飛行に影響、出るんじゃねぇのか?
やっぱり、基地の医務室に連絡を……」
「いや、問題ない」
瞼を開いたチェイスには、もう震えはなかった。
相手に心配させるようでは、ナンパ野郎失格である。
「なら、いいけどよ……
良介。あたしがその機体、ここまで飛ばして来たんだけどよ」
「ああ、機付長からそう聞いたよ」
「点検ついでに電子制御抜きで動かしたんだけど……
ヤバくないか、それ? 真っ直ぐ飛ばすだけでやっとだったぜ?」
ナーガはフライバイワイヤ───
動翼の電子制御によってその飛行特性は、かろうじて人間に制御可能な域に押し込まれている。
それがなければ、非常にピーキーな飛行特性をしている。
制御コンピューター破損時のために備えている、旧来の
チェイスはその非常用の機能を、ぐいっと旋回するためだけに乱用しているが。
エースコンバットではないのだぞ。
「だから試作、実験機止まりなんだよ。
さて、そろそろ上がらないと」
「おっと、悪ぃ。それじゃ、武揚を頼んだぜ!」
風防を封鎖し、親指を立てて肯定する。
が、そういえばサムズアップはこの世界では通じないのだった。
「おっと、またやってしまったぞ」
しかしノリは通じたらしく、和子は笑みとサムズアップを返してくれた。
タラップを抱えて、和子と整備員が安全な距離まで退避していく。
それを見届けたチェイスは、通信機に呼び掛けた。
「こちらペンギン1。千里ATC、滑走路進入許可求む」
10分も経たないうちの再出撃。
身体中がハイG環境で受けたダメージと疲れを主張する。
それでもなお、やらなくてはならない。
「ペンギン1、滑走路進入を許可する。誘導路20-4を進め」
首を横に倒すと、凝った身体がゴキリと音を鳴らす。
みじろぎひとつ、まともに出来ない封鎖空間だ。
筋肉の凝りをほぐす事さえままならない。
「
あっさり死ねる分、ミサイルの投げ合いの方が楽かもしれないな。
こっちはSAM搭載艦相手に至近距離の空爆を強いられるのだから。
「たまんないなぁ……」
「ペンギン1、滑走路確認完了。離陸を許可する」
「了解」
既に他のペンギン隊は最低限の点検と補給を受け、離陸済みだ。
彼女らだけを死地へ向かわせる訳には行かない。
スロットルを押し倒し、オーグメンターを起動。
最大出力で、千里の滑走路を蹴った。