蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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205 必至作戦2「BrinkMate」

観覧対象: PENGUIN 1 | CHASE

北緯34度51分04秒 東経139度50分14秒

葦原国鳴田藩領海

1340

 

「こちらペンギン1、後方から接近中。

驚くなよ……」

 

 ペンギン隊のふたりを発見したチェイスは、後方低空から接近。

 彼女らが組む編隊の内側、下方の死角から登場して見せた。

 

「ばぁ!」

 

「ちぇいす、機体を変えたのか?」

 

「なにか、不具合ですか?」

 

 特にウケることはなく、フツーに機体変更を心配されてしまったチェイスは、少しだけガッカリした。

 が、ウケなかったくらいで不機嫌になるのはみっともない。

 

 チェイスは何事もなかったかのように答えた。

 

「機付長が違和感があるって言うもんだからさ。

なに、空中分解するよりはマシだよ。

ふたりは、機体に問題なかった?」

 

 見たところ、竜司も大助も、機体に不調は見当たらなかった。

 F-2のトラブルを見抜けなかったチェイスの分析なぞ、何のあてにもならないが。

 

「問題はない。今のところはな」

 

「全機能、問題ありません……ですが、チェイス殿。

その機体では空対艦誘導弾の運用が……」

 

 元来の作戦では、F-2のセンサーを利用して対艦ミサイルの終末誘導を行う手筈だった。

 ところが肝心のF-2は点検のため飛行停止。

 もちろん、だからと言って武揚解放を遅らせる事も出来ない。

 

「……ま、なんとかするさ」

 

 ペンギン隊は武揚南東に位置する安忠(あんちゅう)半島を南に進み、半島沿いに西進する連邦海軍の艦隊に合流しようとしていた。

 

「こちらオメガ1、チェイス。そちらの機体に問題は?」

 

 続いて、わずかに先行していた宗治郎が尋ねてきた。

 オメガ隊は着陸こそ問題なかったが、地上での検査の結果、秀彦の機体に問題ありと診断された。

 少なくとも、作戦の第二段階には参加出来ない事になった。

 

「ナーガには問題なし、快調だよ。

オメガは大丈夫? 秀彦が留守番させられたじゃないか」

 

「奴は残念だったが、事故にならなかっただけでも十分だ……」

 

 その時、ピロロ。

 ナーガのレーダー警報装置(RWR)が西から飛んで来るレーダー波を探知した。

 

 データベースに存在しない、未識別の放射源。

 それが、ひとつやふたつではない。

 

 ピロロ、ピロロ、ピー。

 複数種類のレーダー波、一定の走査間隔。

 敵のレーダー、捉えられているのだ。

 

「チェイス!」

 

BRINK MATE

必至作戦 第二段階

契約403日目

北緯34度51分04秒 東経139度50分14秒 | 天候:曇天 | 1345

葦原国鳴田藩領安忠半島 | 大和幕府・葦原政府侵入禁止区域

 

「連中、打って出たな!

高度1万5千(4572)フィート(m)まで上昇!」

 

 艦載SAMは戦闘機が搭載するSRMと比べて、射程距離と精度が比べ物にならないほど高い。

 レーダーで目標を照準するため、捕捉と射程圏内はほぼイコール。

 このわずかな猶予は、敵味方を識別するため生じたものに過ぎない。

 

「オメガ全機、1万5千まで上昇!」

 

 ピーポー! ピーポー!

 RWRが激しく鳴き始めた。

 ミサイルの発射を検知したのだ。

 

「上昇します!」

 

 こいつに弱点があるとすれば───

 艦艇は海面を這う事しか出来ないことだ。

 

「上昇する!」

 

 SAMは射撃管制レーダー(FCR)を用いて誘導するが、このFCRが照準出来たとしてもミサイル自体の射程距離に問題が生じる。

 

「うわわっ、上昇します!」

 

 ミサイルの推進剤は数秒で燃え尽き、最高速度に達した後は残った慣性のみで飛翔、追尾する。

 推進剤が尽き、慣性のみで飛翔するとなれば重力に足を引っ張られるも同然。

 高高度の目標へ辿り着く頃には速度を失い、もうヘロヘロ。

 

 失速寸前のミサイルなど到底、命中しなくなるのだ。

 

 空気の層を裂きながら、数発の誘導弾がチェイス達の後方を過ぎ去っていった。

 チェイス達より東に位置するオメガ隊は十分回避に成功した事だろう。

 

「ペンギン1、SAMを回避!」

 

「2及び3、被害ありません!」

 

「よし……!」

 

 あとは?

 もちろん、肉薄して高高度から急降下爆撃。

 その後はSAMの懐で艦隊をどうにかするしかない。

 

 1万5千フィートは、そのSAMが目標に食らいつける射程高度(・・・・)を超えているのだ。

 元は同じ葦原の海軍であった連邦海軍からの情報提供だ、間違いない。

 

「こちらペンギン1、敵艦隊に捕捉された!

このまま交戦する!」

 

「えっ、そんなところに……⁈

了解しました、海軍に支援を要請します!」

 

 フツノミタマのゆかり上等兵の困惑も当然だ。

 現在位置は武揚湾にすら達していない、安忠半島の南。

 いるとすれば、武揚湾か西の葦原湾だと思われていたのだ。

 

「オメガ隊、被害なし!

チェイス待っていろ、すぐそちらへ向かう!」

 

「チェイスさん方だけを、危険に晒したりしません!」

 

「その意気だ、敬一!」

 

 オメガ隊も東から敵艦隊に接近を始めた。

 しかし───さて、戦力が足りるかどうか。

 

 F-2が健在であれば対地レーダーを活用して、敵艦隊の戦力規模の分析が出来た。

 ナーガにその能力はなく、他ペンギン隊所属機にもない。

 

 今、雲の向こうに展開している敵の規模すら、チェイス達にはわからないのだ。

 少なくともSAM搭載の防空艦3隻は確定だが、果たしてこの突入の行く末に何が待ち構えているのか。

 

「そちらの機体を通じ、傍受した交信を複合化しました。

……どうか、あんな奴らにやられないでください!」

 

「? う、うん。ありがとう」

 

 珍しく、ゆかり上等兵は強い言葉を選んでいた。

 気掛かりではあるが、今の状況には恐らく関係はないだろう。

 

 傍受した交信がチェイスの耳に届いた。

 

《こちら防空巡洋艦、香取!

旗艦播磨(はりま)へ、IFFに応答しない機影8!

敵機と判断し、独断で攻撃済みですが、攻撃失敗!

現在はSAM射程圏外の高高度を飛行、接近中!

攻撃の意図があると思われます!》

 

《よろしい、だが目を離すな!

我らはこれより、映えある艦隊決戦に移る!

栄光の戦いを、ハエ共に邪魔させるな!》

 

 旗艦播磨、葦原の超巨大戦艦播磨型のネームシップ!

 それだけではない、松後藩を奪還した直後に三式弾で周囲一帯を焼き払った張本人!

 

「播磨、松後藩を灼いた下手人……!」

 

「こんなところでお目に掛かれるとはな」

 

「相手にとって不足はない」

 

 旗艦、それも機関始動に時間の掛かる播磨が既にこんな場所を航行している。

 航行速度こそ速い方だが、それでも武揚湾を南下するにはかなりの時間が掛かる。

 考えられる結論はひとつ。

 

 こいつらは味方陸軍の支援を放ったらかしにして、艦隊決戦のためだけに出撃しているのだ。

 

 必至作戦、中でも浦浜の攻略には、機関始動に時間の掛かる大型艦艇の支援は来ない。

 それはほぼ確定事項だった。

 しかし駆逐艦や巡洋艦のような艦艇であれば、艦砲射撃等の支援があり得る。

 

 そんなもの来るはずがなかった。

 その頃、動ける艦艇はとっくに武揚湾を出て、安忠半島に向かっていたのだから。

 

 ゆかり上等兵がキレたのはこの辺りだろう。

 任務や味方の救出ではなく、私情を優先したのだから。

 

「仕事熱心な奴らだ……味方放っぽり出して、砲戦にお熱とはね」

 

「チェイス殿、やるんですか?」

 

「ああ……」

 

 ナーガには、索敵レーダーすらない。

 代わりにデータリンクで送られてくるレーダー情報には、敵航空機の気配はなかった。

 

 空軍、あるいは空母艦載機の支援を受けていない。

 

 味方の支援をしないどころか、支援を受ける事もしないとは。

 一周回って男らしいのかもしれない。

 味方を見殺しにする男らしさというのも、アホらしい話だが。

 

「どうやら、この空にいるのは俺たちだけらしい。

露払いをしよう」

 

「ええ、全部払う!」

 

「ふっ。その意気だ、竜司」

 

 雲の切れ目から、敵艦隊の姿が目に入った。

 旗艦播磨を中心とした輪形陣、巡洋艦4隻に駆逐艦8隻。

 

 防空艦か、あるいはSAM未搭載の旧式艦か。

 そういった細かいスペックを目視で読み取るには遠すぎたが───

 ざっと、こんなものだろう。

 

「……随分と首都から守りを引っこ抜いたな」

 

「あの数が浦浜の支援にいたら……」

 

「成す術などない、だろうな」

 

 艦艇を常時稼働させられるほど、武揚駐留艦隊の燃料事情はよろしくないだろう。

 連邦海軍所属の潜水艦が、武揚入港を目指す船を片っ端から沈めていたのだから。

 

 その船の中には間違いなく、民生用途の貨物船も含まれていたのだろうが───

 軍事利用されている以上、文句は言えなかった。

 

 ともかく、浦浜の海軍艦艇による支援は燃料からしてまず考えられなかった想定だ。

 だとしても───もしも(if)、を考えてしまうのもまた人間だ。

 

 そして今、もしもを考えている暇はない。

 敵艦隊は今も当たらない事を前提に対空砲を打ち上げているのだ。

 それでも接近を妨げる鉄片の壁、あるいは天蓋(てんがい)が出来る。

 

「この戦闘艦の数だ。

迎撃を承知で急降下爆撃するしかないぞ……降下開始!」

 

 機体を反転させ、急降下を始める。

 ほぼ垂直90度に近い降下。

 

《敵機直上! 播磨が狙われています!》

 

《播磨を守れ! 誘導弾、発射はじめ!》

 

 間違いなく世界一危険な降下だが───

 こうでもしなければ、レーダー照準すらしていない迎撃でやられる。

 

 チェイスの左右で砲弾が炸裂し、破片が機体を叩いた。

 幸いにも炸裂が遠くダメージにならず、エアインテークも破片を吸わなかった。

 

 そう、こうまでしても危険に変わりはないのだ。

 高度が下がれば下がるほど、あらゆる危険性が増す。

 

 そのうちのひとつが、打ち上げられたSAMだ。

 真上に打ち上げられたうえに、最高速まで出ていないミサイル。

 回避は容易だ。

 

 出力を上げる事で加速し、機体が動揺する。

 直後、音速の金属塊が背後を突き進んでいった。

 

《攻撃失敗! 突っ込んで来るぞ!》

 

《砲弾も誘導弾も恐れない、精鋭だ!

幕府に残っていたのか⁈》

 

 チェイスは目標として、中央の播磨に狙いをつけた。

 なんとか艦隊のリーダーである旗艦に被害を与え、指揮系統を混乱させて敵の組織的な行動を妨害するのだ。

 

 古臭く後付け感満載の爆撃照準器を参考に、投下するタイミングを伺う。

 高度3000、2000───

 本能が、これ以上は無理だと叫んだ。

 

 爆弾2つを切り離し、急上昇。

 機体構造と全身が押しつけられる負荷に絶叫し、この現実から逃避するかのように血液が脳から遠ざかる。

 

 直後、対空砲の砲弾が真下で炸裂した。

 機体が動揺し、死という現実を改めて突きつけられた。

 

「爆弾は……!」

 

 10Gとも思える凶悪な上昇の負荷に耐えながら、チェイスはミラーに視線をやった。

 大きな水柱がひとつ、映り込んだ。

 

 失敗───

 そう頭をよぎった刹那、播磨の煙突が火を噴いた。

 

 直後、海面に太陽が生じた。

 そう思えるほどの光が、濁った海を照らした。

 ミラー越しでも、見ていられないほどの光だ!

 

《なんだっ、あの光は! 何が起こった⁈

通信、播磨からの通信は⁈》

 

《ダメです、播磨とのあらゆる通信が途絶!》

 

《見張り員!》

 

《播磨の煙突に、投下された爆弾が飛び込んで……!

すみません、閃光で目がおかしくて……!》

 

 海面ギリギリで、なんとかチェイスは水平飛行に移行した。

 その時には光が収まり、播磨の姿を世界に戻していた。

 

 播磨は、ふたつに分たれていた。

 船体中央から真っ二つに折れ───いや、中央部分が消え失せていた。

 そんな状態で浮かべるほど、船という存在は頑丈ではない。

 

「チェイス殿が播磨を撃沈! 戦艦播磨撃沈っ!

播磨型、2隻目!」

 

「えっ……⁈ ペンギン2、いや誰でも構わない! 復唱せよ!」

 

 困惑が濃い声色で、フツノミタマの次郎が尋ねた。

 チェイスは信管が作動しない事を承知で放たれたSAMをかわしながら、お望み通り復唱した。

 

「なんか知らんけど、播磨沈めた!」

 

「軽く言うな……幕府海軍の、海軍戦略中枢だったんだぞ……⁉︎」

 

「なるほど、そうやるのか。今度は私もやろう」

 

 出来ればこんな真似をして欲しくないので、大助には自重してもらいたいところだが───

 ともあれ、松後湾周辺で犠牲になった人々の仇は討てた。

 それは重畳(ちょうじょう)であった。

 

《播磨が、撃沈……⁈

まさか、50センチ砲に耐える装甲だぞ⁉︎》

 

《そうか、魔導炉だ! 播磨型の煙突真下は魔導炉になっている!

高出力な補助動力だ。そこに爆弾が飛び込めば、船体内部で大爆発が起きる!》

 

《馬鹿な、針の穴を通すようなものだぞ⁈》

 

《……いや、可能だ。私は一度、田辺港で実践した戦闘機乗りを見た。

その手段で文字通り、単独で越前を沈めていた》

 

《越前……? 事故で修理中では?》

 

《政府の嘘に決まっているだろう、そんなの!

反逆したんだよ、越前は》

 

 戦闘は終わっていない。

 対空砲の炸裂をかわしつつ、状況を俯瞰(フカン)する。

 

 竜司は駆逐艦への爆撃を成功させ、上部構造物を吹き飛ばしていた。

 大助は防空巡洋艦に爆弾を投下したが至近弾、左に傾いている辺り被害はあったようだ。

 

 まだまだ、この艦隊の無力化には程遠い。

 しかし、まだチェイス達の攻撃は終わっていない。

 

「オメガ各機、気張れ! 地獄へ降下するぞ!」

 

「……! 了解っ!」

 

 続いてオメガ隊が急降下爆撃を開始した。

 旗艦播磨は轟沈、となれば必然的に狙いは巡洋艦や駆逐艦となる。

 

《再び敵機直上ッ!》

 

《くそっ、防空艦は何をしている!》

 

《電波妨害、随伴(エスコート)型の電子戦機です!

ミサイルほか、レーダー照準の性能が低下しています!》

 

《何でよりにもよって、そんな奴らと遭遇する⁈》

 

 先頭の宗治郎はP/A-51ウォーサンダーの搭載量を活かし、巡洋艦目掛けて4発の爆弾を投下。

 そのうちの1発がブリッジに直撃し、上部構造物を粉砕した。

 

 敬一の爆撃は4発、命中なしの至近弾に終わった。

 命中こそしていないが、500ポンド爆弾が海中で生み出した爆圧。

 

 ひとつひとつは平凡な破壊力の爆弾でも、4つが同時に起爆。

 それが駆逐艦の竜骨(りゅうこつ)を突き上げ、圧し折った。

 

「オメガ1、巡洋艦大破! 3は駆逐艦をやった!」

 

「……よし!」

 

「うっ、やっ、やったぁっ……」

 

 急降下の負荷でやられている時間はない。

 複数の艦艇を撃沈したとはいえ、未だ全方位に自分らを殺さんとする敵がゴロゴロいるのだ。

 

「うわっ、オメガ6被弾……!」

 

 急降下から生き延びたオメガ隊所属機が被弾し、姿勢を崩した。

 機体は勝手にロールし、コクピットを下にした状態で海面にすり下ろされた。

 

「お、オメガ6がっ!」

 

「オメガ各機、とかく見える敵艦を攻撃!

手を止めるな! 止めれば死ぬぞ!」

 

「ペンギンも同じく! とにかく爆撃!」

 

 もはやそこら中から撃たれる状況では、連携など到底不可能。

 とにかく個々人の技術で敵を減らすしかない。

 

「こちら防空駆逐艦乙月(おとづき)。

ペンギン1、応答なさい」

 

「へっ。声にメガネとワックスがついてるな……」

 

 江夏剛明中佐だ。

 艦隊参謀だというのに、まだ駆逐艦で色々させられているらしい。

 

「こちらペンギン1! 今取り込み中!」

 

「よろしい。これより、我が連邦海軍が支援する。

巻き込まれないよう、精々注意するように」

 

「どう注意すればいいんだよ!」

 

「伏せ札を開け。繰り返す、伏せ札を開け」

 

 剛明が何かの暗号、それを発信した。

 この空にはペンギン隊とオメガ隊、海上には敵艦隊と───

 

 恐らく剛明は艦隊から先行した乙月に乗艦し、快速艦と艦載機部隊が同行している。

 暗号を発信する意味は?

 

 この組み合わせなら通常、ない。

 ならばもっと、別の何かに発信したと見るべきだ。

 

 伏せた札(・・・・)と呼ばれる、何らかのユニットに対して。

 

《見張り員より報告ッ! 南に雷跡ッ!》

 

《潜水艦……っ⁈ 聴音員は何をしていたっ、なぜ注水音に気付かなかった⁈》

 

《恐らく爆弾! 炸裂音に紛れて注水したと思われます!》

 

 連邦海軍の潜水艦は今まで散々、武揚に対する通商破壊を行なってきた。

 いざ首都解放となって、彼らが黙っているはずもない。

 

 航路周辺に潜伏して、好機や合図を待ち構えていたのだ。

 

 クソ汚い葦原本州の海では、目視発見は困難だ。

 海面付近まで浮上していても、哨戒機に発見されづらかったのだろう。

 

「艦隊決戦……時代遅れ甚だしい、浅慮な賊軍らしい発想だ。

やはり、連中に資格はない」

 

《魚雷……⁉︎ 回避しろっ、右急速回頭!》

 

《馬鹿野郎っ! 通信、奴らに回頭をやめさせろ!

衝突コースだぞ!》

 

《なんなんだ……⁈

あの敵機と交戦してから、踏んだり蹴ったりだ!》

 

 潜水艦とその魚雷を発見を受けてか、艦隊が回避のため無秩序に回頭を始めた。

 甲板の要員に伝えず始めたためか、迎撃の足並みも乱れ始めた。

 

「これより、駆逐艦乙月(おとづき)及び駆逐艦隊と航空隊が支援します。

我々が支援するのです、犬死には避けるように」

 

「相変わらず、一言多いんだよ! ありがとよ!」

 

 駆逐艦から飛んできた主砲を上昇でかわし、素早く反転。

 海面スレスレに戻って機銃の曳光弾をくぐり、爆弾を投下。

 機体を横に倒し(ナイフエッジ)、並んだ煙突の隙間を飛び抜ける。

 

 高速飛行の勢いのまま、2つの2000ポンドが低空を走り。

 駆逐艦の側面に突き刺さった。

 

 遅延信管により、爆弾は船体内部で爆発。

 舷側や甲板に風穴が開き、内部からどっと炎が噴き上がった。

 

 さらに直後、甲板で連鎖的に爆発が起きた。

 

 葦原海軍で運用される魚雷、その推進剤には高濃度な純酸素が用いられる。

 いわゆる、酸素魚雷という奴である。

 

 この魚雷が先ほどチェイスが投下した爆弾によって生じた衝撃と火災で引火。

 駆逐艦の船体に致命的な被害を及ぼしたのだ。

 

《駆逐艦旋風、被弾! 轟沈します!》

 

《あの機体……一瞬だが見えた! 尾翼に黒い鳥!》

 

《蒼穹の魔王! 確かか⁈》

 

《主翼には紅の一つ星! 間違いありません、魔王です!》

 

《ちっ、播磨が沈められるわけだ……!

だが、ここで奴と差し違えれば釣りが出る!

艦隊全艦へ、蒼穹の魔王に全火力を投射! 他はいい!》

 

 まさか、戦略クラスの兵器を持つ戦艦が沈められても釣りが出るとは。

 どうやらお前、政府海軍でも相当人気者になったらしいな。

 

「ちぇっ、嬉しくない……!」

 

 連中の発言に嘘はない。

 あらゆる曳光弾が空から消えた。

 代わりに、海面付近を飛ぶチェイスに向かって伸びた。

 

「チェイス殿! 敵艦隊の殺意がすべて、あなたに!」

 

 今現在、チェイスが操るナーガは2000ポンドを全て捨てて身軽な状態だ。

 そこに敵が全火力を向けてくれるというのだ。

 

 エースコンバットではないのだから、SRM2発と機関砲だけでは艦艇に有効打は与えられない。

 だから、ターシャの真似をするには丁度いい状態だった。

 

「ちょうどいい、俺が艦隊の注意を惹きつける!

ペンギン隊は俺だけじゃない、連中に見せつけてやれ!」

 

 蒼穹の魔王。

 四谷の思い付きが連邦どころか、政府にまで知れ渡った結果。

 

 確かにチェイスの活躍は一般的なパイロットの域を超えてしまった。

 それは認める他ない。

 しかし───

 

 今までチェイスが生きてこの空を飛んでいるのは、チェイスひとりが無双した結果ではないのだ。

 

「了解ッ! やらせません!」

 

「竜司、共にあの巡洋艦を潰すぞ。

ちぇいす、持ち堪えろ」

 

「オメガ、連携しろ! やる事はわかるな!

奴らの注意が、チェイスへ向いている隙に沈める!

今度は俺達が、蒼穹の魔王を救う番だ! 救われてばかりではない!」

 

「甘く見るなよっ、連邦は魔王だけじゃない!

葦原人(ぼくら)だっているんだ!」

 

「こちらランサー、遅れて申し訳ない。攻撃に参加する」

 

「ヴィクターも忘れるな!

ヴィクター各機、これより八咫烏を援護する!

……失礼、蒼穹の魔王だったな」

 

 かつて幕府海軍と共同作戦を行った際、共に戦ったランサー隊とヴィクター隊。

 彼らもまた、この戦いに参じているのだ。

 

「よう、水兵ども!」

 

「チェイス、お前は自分の心配をしろ!

今数百人に銃口を向けられてるんだぞ!」

 

「賊軍の連中、マジでチェイス以外に興味がないぞ。

主砲も誘導弾も、こっちに見向きもしない!

くそ! 腹立たしいが、最高の好機だ!」

 

 急上昇して巡洋艦の機銃掃射をかわし、機体を翻して海面付近に急降下。

 背後から迫るミサイルに対してフレアを投下して誘導を乱す。

 チェイスを見失ったミサイルが真横を過ぎ去り、すぐ目前で水柱を上げた。

 

「コープの真似も、結構いけるもんだなっ……!」

 

 あいつはそういう真似をした直後に死んだではないか。

 普通に縁起が悪いからやめろ。

 それとも、竜司か大助に憑依してブツクサ言う亡霊になりたいのか?

 

 敵防空火器の注意がチェイスへ向いた隙に、竜司と大助が共同して巡洋艦の艦首に爆弾を落とした。

 大助が最初の爆弾を舷側に当て、続いて破孔(はこう)部へ竜司が爆弾を投げ込む。

 二重の攻撃に、巡洋艦の艦首が破断した。

 

《もう保ちません! 艦長っ、総員退艦を命じて下さい!

このままでは部下が全員死にます!》

 

 敵が注意すべきは、水面(みなも)の上だけではなかった。

 海中より迫る潜水艦の長魚雷が、駆逐艦の真下に達した。

 信管が作動し、突き上げるような爆圧を竜骨に浴びせ掛けた。

 

 戦艦や空母のようなジャイアントキリングを想定した強力な爆圧、小型戦闘艦に耐えられるはずがない。

 駆逐艦の船体が真っ二つに折れ、おがくずのように破片や乗組員をばら撒きながら轟沈した。

 

《今やられたのは……⁈

くそっ、上と下、同時に両方の対処なんて無理だ!》

 

 RWRが鳴く、右方向、再び誘導弾。

 海面スレスレの高度まで降下───

 正面で舷側を向ける、旧式駆逐艦の艦首方向から抜ける。

 

 ジャストタイミング、放たれた誘導弾は敵駆逐艦の上部構造物に突き刺さった。

 

《攻撃失敗っ、目標健在! 誘導弾が味方艦に命中!》

 

《狙ってやったのか、今のを……⁉︎》

 

《誰だよ、蒼穹の魔王が偽りの撃墜王(エース)だなんて言ったのは!

奴はどう見ても、歴史に残る本物だぞっ!》

 

《それこそが、政府(こっち)のプロパガンダだったんだ……!

魔王は偽物じゃないっ、奴に全てを奪われるぞ!》

 

 味方艦からの攻撃に動揺した駆逐艦に、ランサーとヴィクターが喰らいつく。

 ロケット弾を斉射し、艦首から艦尾に至るまで満遍(まんべん)なく爆撃する。

 

 機銃に取り付く水兵が死に、主砲も砲塔に風穴が穿たれる。

 武器を失った戦闘艦は、単なる大飯喰らいの使いづらい船だ。

 

「そろそろ、頃合いでしょう。

誘導弾、発射はじめ! 単発(シングル)!」

 

「発射はじめ、シングル!」

 

 乙月ら連邦海軍の快速艦がミサイルの射程圏内に入った。

 ミサイルが打ち上げられ、敵艦へと向かっていく。

 

《我が艦が最後の防空艦だ……! 全艦、我々を援護しろ!》

 

《無理ですっ、どの艦も自分を守るのに手一杯……!

誘導弾接近、狙いは我が艦ですッ!》

 

《くっ! 目標誘導弾、主砲打ち方はじめ!》

 

《迎撃、間に合いません!》

 

 防空巡洋艦の主砲は、自身に迫る5発のうち、3発は迎撃した。

 しかし最もレーダー反射率の高い、艦橋のど真ん中に2つのミサイルが突き刺さった。

 爆発し、数億はする様々な電子部品がスクラップと化した。

 

 レーダーの使えなくなった防空艦は、火力が低い分旧式艦にも劣る。

 この好機を見出したオメガ隊が、一斉に狙いをつけた。

 

「隙あり! オメガ1、爆弾投下!」

 

「オメガ3、爆弾投下します!」

 

 爆弾が巡洋艦に叩きつけられていく。

 甲板、舷側、上部構造物、兵装。

 名前のついたあらゆる場所に、爆弾が殺到する。

 

 爆炎と黒煙が巡洋艦を埋め尽くし、その姿を覆い隠してしまった。

 

「敵防空艦はそれで最後だ。

残る旧式艦の対処も油断するな」

 

 フツノミタマの兵器管制幹部、次郎が釘を刺した。

 旧式艦も銃砲が乗っている以上、脅威になり得るのだから。

 

 この頃には、既にチェイスへのマークは外れていた。

 防空艦のレーダーと電子機器による連携が断たれ、各々が自衛のために攻撃する惨状となっていたのだ。

 

「フツノミタマ! 敵艦への降伏勧告は?」

 

「当機の通信士が先ほどから行っているが、応答なしだ」

 

 やはり、政府軍艦は投降の意思なしか。

 ならばお望み通り、最後までやるしかない。

 

「了解……ペンギン隊、敵艦隊にトドメを刺すぞ」

 

「はい」

 

「ああ」

 

 弱いものイジメのようで気は進まないが───

 旧式艦といえど、その主砲と魚雷は味方艦隊の脅威となる事に変わりはない。

 

 ミサイルの脅威がなくなった以上、距離を取っても問題はない。

 迎撃が弱まった今なら、GUNでの掃射も現実的だ。

 船体射撃はほぼ無意味なのに変わりはないが、魚雷の誘爆を狙えば有効打になるだろう。

 

 周囲の味方航空部隊は敵艦隊から距離を取ると、再度アプローチを始めた。

 複数方向からの同時攻撃だ。

 

 先陣を切るのはオメガ隊だ。

 

「オメガ隊、これが最後の爆撃だ!

全弾を投射せよ!」

 

「了解でっす!」

 

 旧式の巡洋艦はレーダー照準が出来ず、攻撃の精度に欠けている。

 しかしその分、大口径の主砲と分厚い装甲があった。

 その影響もあって竜司や大助、それにランサー隊から攻撃を受けても何とか踏み止まっていた。

 

 中破し、航行が難しくなるほどの傾斜。

 それでも彼らは、艦に備えられた兵装を使って戦いを続けていた。

 

 そこへオメガ隊が迫った。

 

「全弾投下!」

 

 曳光弾をかいくぐりながら、宗治郎や敬一が爆弾を落とした。

 遅発信管の爆弾が小さな水柱に続いて、大きな水柱を上げる。

 至近弾は傾斜を悪化させ、直撃弾は爆炎を轟かせた。

 

 そんな最中でも迎撃は続き───

 曳光弾のひとつが、敬一のFS-1を過ぎ去った。

 機体後部、右エンジンが黒煙を吐き出し始めた。

 

「やばっ……オメガ3敬一、被弾っ!」

 

「3、状況報告! 飛行は可能か!」

 

「あ、はいっ……右エンジン停止、消火……

成功っ。火災停止、とりあえず無事です。

だけど、右エンジンが機能しません」

 

 ひとまず、致命的な被害は避けられた。

 この後の戦闘はほとんど消化試合だが、片肺で継続出来るほど状況は甘くない。

 

「オメガ3、千里に撤退せよ。残りは我らに任せろ」

 

「了解っ。敬一、撤退します。

チェイスさんっ、ご無事で!」

 

「ああ、任せろ」

 

 オメガ隊の攻撃した巡洋艦は傾斜がさらに悪化し、ついには横転してしまった。

 これでは迎撃どころではない、撃沈と判定してもいいだろう。

 

 残る駆逐艦も、潜水艦の雷撃やランサー隊の攻撃で大破していた。

 救命ボートが展開しているように見える、総員退去を命じているのだろう。

 

「フツノミタマ。大破した敵駆逐艦が攻撃を停止、救命ボートが見える。

退艦中と思われる、攻撃の中止を」

 

「待て……確認した。戦闘中の全ユニットへ。

指定した駆逐艦は無力化、攻撃を禁じる」

 

 これで、遭遇した敵艦隊は全てだった。

 

「まったく。バッタリ出くわすなら、

パン咥えた転校生の女の子だけにして欲しいな」

 

 28───いや、29にもなってしょうもない妄想をするな。

 いや、そもそも令和の世にそんな転校生がいるはずがないだろうに。

 

「ふん、俺様の癖にロマンのない奴め」

 

 と、その時。

 データリンクで送られてくるレーダー情報に、一瞬だけ反応を認めた。

 

「フツノミタマ! 方位330(北西)!」

 

「確認しています! 航空機の反応と思われます!」

 

 敵機か。

 今現在、チェイスのナーガには自衛用のSRMが2発搭載されている。

 

 最低限のミサイル、それに機関砲。

 空戦をするなら不可能ではないが、可能な限り避けたい軽装だ。

 

「ですが……反応に違和感があります。

反応が弱く、遅い……?」

 

 ゆかり上等兵の言葉通り、レーダーに映る機影は妙に遅く、それに出たり消えたり───

 しかもそれが広範囲に渡っている。

 

「嫌な予感する……反応の精査を!」

 

 次郎が緊張を孕んだ声色で命じた。

 間もなく、データリンクで送られてくる情報が更新され───

 明瞭になった。

 

 レーダー画面の北西方向が、航空機の反応で埋め尽くされた。

 

「多い……⁉︎」

 

「なんだこの数⁈」

 

「敵航空機! 数、50……いやそれ以上!

速度とレーダー反応からして、旧式のプロペラ機……

恐らくキ05と思われる!」

 

 旧式のプロペラ機ともなると、速度やレーダーの反射率が現代的な航空機と違い過ぎてノイズとして処理されることがある。

 そのうえ、今は今日の武揚の天候が悪い時間帯だ。

 武揚湾を漂っていた雲に隠れていたため、レーダーにも映りづらかったのだ。

 

「キ05で飽和攻撃……?

馬鹿な、相当数が到達前に死ぬ! 自殺行為だ!」

 

「こんな作戦に従事するほど、政府軍は士気が高いのか……?」

 

 様々な動揺した声が通信機から溢れ出た。

 確かに、死んで来いと同義の命令が下される覚悟は軍人として抱いて当然。

 それが仕事だ。

 

 しかし───まさかプロペラ機だけでSAM搭載艦含めた艦隊に突撃しろ。

 そこまでの命令は、たとえ軍人だとしても承服し難いのが当然だ。

 

 それを、最低50人は引き受けたのだ。

 

「ぐっ……またこの頭痛……

やはり、あの時と同じか……!」

 

 動揺する面々の中にひとりだけ、江夏剛明だけは冷静に分析していた。

 チェイスが詳細を問い掛けようとした、その時だった。

 

「こちら第一挺身団第3小隊! 失礼、フツノミタマ!

蒼穹の魔王に繋げて欲しいって要望が……」

 

 通信機に第一挺身団からの交信が響いた。

 フツノミタマを介して中継して欲しい様子だったが、チェイスの耳に届いていた。

 

「こちらチェイス。どうかした?」

 

「ああ、ちょうどよかった。実は突然、変な女の子が来て……

明らかに軍人じゃないけど、合言葉を知ってる。

それに……俺があんたを知ってることも……うわっ」

 

「もう遅い、貸して!」

 

 その声には聞き覚えがあった。

 疑念を確信に変えるため、チェイスはその言葉を待った。

 

「こちら始末屋! 葦原一の!」

 

 やはり、千代だ。

 元葦原政府の暗殺者、今は連邦空軍憲兵として諜報活動に携わっている。

 しばらく会えていなかったがやはり、武揚に潜伏していたのだ。

 

 彼女の生存を確認出来た事は喜ばしいが───

 潜伏している彼女が、危険を承知で近衛軍と合流して交信を試みたのだ。

 携えているのは、喜ばしい話ではないと確信出来た。

 

「すごく変な事言うけど、信じて!」

 

「君の言う事なら、俺はいつだって信じてる」

 

「ありがと……いい?

奴らは半分死んだ(・・・・・)人間、死兵(しへい)を操って攻撃をしようとしてる」

 

 多少覚悟していたが、本当にすごく変な事を言われたチェイスは頭に疑問符を浮かべた。

 半分死んだ人間、死兵とは一体どう言う意味なのか?

 意味を問い掛けている猶予はなかった。

 

「そいつらの爆撃も脅威だけど、一番脅威なのは観測射撃させようとしてる!」

 

 チェイスは深く呼吸して、千代の言葉を咀嚼(そしゃく)した。

 

 半分死んだ人間という言葉はひとまず、死を恐れぬ人間と理解した。

 死兵、そして操っていると表現したのだ、そのくらいはあり得る。

 

 死を恐れぬ兵は旧式プロペラ機で爆撃を試みる。

 この飽和攻撃は脅威だが、一番危険なのは観測射撃。

 

 観測射撃するとなれば、武揚湾か葦原湾の播磨型辺りが主砲で砲撃してくるという意味だろう。

 

「ええっと、それはどういう……?」

 

 飲み込めていない竜司は困惑したように尋ねたが、チェイスの理解が正しければ千代の返事を待つ時間は惜しい。

 

「死ぬのが怖くない死兵(やつら)が突っ込んで来て、

ついでにデカい砲で狙ってくるって事!

それでいい?」

 

「さっすが、あたしの一番槍!」

 

「対処法は?」

 

「死兵を操ってる奴が、飛行機に乗ってる。

その識別は、ちょっとあたしでも……

待って、近くの船にわかりそうな人がいる」

 

 近くの船、心当たりは乙月をはじめとした先行している味方駆逐艦だ。

 

「……私か。今、外に出た。

頭痛の源が、何となくだがわかる」

 

 剛明が珍しく殊勝な態度で答えた。

 そういえば、あの敵編隊に心当たりがあるような口振りをしていた。

 

「……そっか。ねえ、そいつをチェイスに教えられる?」

 

「データリンクとフツノミタマを介してならば可能です。

編隊機と距離を取っているので」

 

「そいつを仕留めれば、死兵は無力化出来る!」

 

「信じるよ! 全機、データリンクで送られてくる指揮機を集中攻撃!」

 

 チェイスはオーグメンターを起動すると、北西に針路を取った。

 

「ま、待てチェイスっ! 話の飛躍が多くて……状況が掴めん!」

 

 今度は宗治郎が困惑する番だった。

 一応チェイスに追従してはいるが、話を飲み込めていないらしい。

 

「さっき言った通り! 敵の飽和攻撃と支援砲撃が来る!」

 

「だが、千代の言った死兵とは一体……⁈」

 

「敵が寄る。兵を斬ってもキリがない故、将だけを斬る。

単純だ、宗治郎」

 

 大助は話を非常に簡略化してくれた。

 簡略化し過ぎて、逆に話をややこしくしそうだったが───

 

「……わかった! チェイス、お前を信じるぞ!」

 

 宗治郎はどうやら、理解を放棄したようだ。

 とはいえ、一から十まで説明しろと言われても困る。

 

「大丈夫。俺が信じる千代ちゃんを信じろ!」

 

 距離が近づくにつれ、レーダーの反応が明瞭になり、数も増えた。

 先ほどの推測は最低50だったが、ひと回り増えていそうな勢いである。

 

 編隊同士の感覚も恐ろしく狭い。

 翼が触れ合うような距離感で飛行している。

 

「レーダー反応、さらに増加……! この数が一糸乱さぬ編隊を⁈」

 

「そ! 死兵はそう言うのが得意! 逆に言えば、それしか出来ない!」

 

 彼我の距離はさらに縮まり、やがて雲一枚を挟んだ距離に。

 大きな雨雲のおかげでその全貌は伺えなかったが、レーダーはその存在を明らかにしていた。

 

《……敵艦の反応接近。三式噴進弾、発射用意せよ》

 

 フツノミタマが敵の交信を捉えた。

 しかし───例の死兵ではない。

 これは観測射撃をする側の交信だ。

 

《だが、本当によろしいのか? 敵艦は防空艦含む艦隊。

攻撃機と観測機が危険に晒される》

 

《彼らは全員承知の上だ。覚悟を無碍にするな》

 

 攻撃参加機に考えを巡らせる声。

 どこかで聞いたような───

 

《間もなく雲を抜け、視程距離に接近する。

噴進弾の発射用意を。速やかに座標を報告する》

 

《……了解した》

 

 大編隊が、雲を突き抜けた。

 回転するプロペラの気流が雨雲を乱し、空に軌跡を残す。

 100近い白線が伸びる様は壮観だった。

 

 搭乗員が皆、自殺作戦に従事しているという情報がなければの話だが。

 

「敵指揮機の特定完了! 情報を更新します!」

 

 更新された敵指揮機とやらは、剛明の言っていたように編隊から少し離れた位置を飛行していた。

 それに───機体が違う。

 

 旧式のプロペラ機ではなく、巨大なジェット戦闘機。

 

「見えた! 敵指揮機、V-128!」

 

「ク連の大型戦闘機! どこの藩の奴らだ……?」

 

 V-128、クルーヴィナ連邦製の迎撃機。

 その全長30メートルある巨体ゆえに航続距離が長く、様々な電子機器を搭載しているという。

 

 迎撃機という性質の速度差からか、旋回しつつプロペラ機の後を追っていた。

 妙だ、足が長く速い迎撃機がプロペラ機の背中を追い掛ける?

 

 それに、この既視感。

 葦原海で起きた世界博覧会撤退のゴタゴタ。

 

 あの時チェイスは、似たような戦法を見ていた。

 

「もしかして、あの無人機戦法(ロイヤル・ウィングマン)か?」

 

 ミサイルシーカーにサトリを用いる。

 その応用として、戦闘機を遠隔操縦する技術。

 

 最近お目に掛かれなかったが、再び戦場に現れたのだ。

 

「なるほど。死ぬような攻撃なら、

死んでも問題ない機材にやらせようって魂胆か!」

 

 死を恐れない兵士ではなく、死んでも問題のない兵士。

 それで死兵というわけだ。

 

 貴重な技能を持つ人材も危険に晒すが、そこは機材の物量でカバー。

 実に、時代を先取りした現代的な戦法である。

 

「フツノミタマ! 多分こいつら、前に遭遇した無人機だ!

お前らを狙ってきた連中と同じ!」

 

「あの手合いか!」

 

「ペンギン隊は指揮機を攻撃する。奴らを止めれば終わりだ」

 

「では、オメガはペンギンを援護する。

不意を突かれては危険だからな」

 

「ランサー、ヴィクター。あなた達は敵機の頭数を減らすように。

指揮機を撃墜しても、攻撃が止まる保証はありません」

 

「了解しました!」

 

 彰義隊と海軍航空隊で別れ、チェイス達は指揮機のV-128へ向かった。

 

《予定変更だ。攻撃を敵航空部隊へ》

 

《理由を聞きましょう》

 

《蒼穹の魔王だ。奴がこの空にいると報告が入った》

 

《納得の理由だな、了解した。攻撃座標を変更!

目標、蒼穹の魔王! これより大入道は三式噴進弾で攻撃を行う!》

 

「……大入道⁈」

 

 チェイスが大ダメージを与えた飛行戦艦の名だ。

 聞き覚えがあると思ったら、あの艦長の声だったのだ。

 

「まさか、復帰が早過ぎるぞ」

 

 これは盗聴している交信だ、嘘をつく意味などあるまい。

 なんであれ、大入道は間に合ったのだ。

 連邦軍の首都奪還攻撃に。

 

「高速の飛翔体を検知! ペンギン隊、狙いはあなた達です!」

 

「空中炸裂弾頭だ! 各機、散開!」

 

 速度は緩めず、旋回。

 レーダーに表示された警告範囲を避けると───

 至近であの爆発が雲を照らした。

 

 衝撃波が機体を揺らし、風防越しにも内臓へ響かせた。

 

「くぅっ……!」

 

「……近いっ!」

 

「ペンギン隊、状況!」

 

「2、4ともに無事です!」

 

 驚いた事に、大入道のロケット攻撃は正確だった。

 誘導さえない、座標と高度を通達する劣悪な精度の攻撃だというのに。

 

 これは、連続されるとまずい。

 特にオメガは大半が新米の部隊、支援砲撃に巻き込まれる恐れがあった。

 

「オメガ! 狙いは俺たちだ、一緒にいたら巻き込まれる!

新米連中には荷が重い!」

 

「オメガ各機! 俺がペンギンの援護を行う!

他の者は死兵を狙え!」

 

「大丈夫です、宗治郎様! 俺たちも魔王を守ります!」

 

「助けられてばかりじゃいられない、そうでしょう⁈」

 

 本人がそう決めたのなら、どうしようもない。

 空では言葉で説得出来なければ、安全に人を動かす事は出来ないのだから。

 

「……こんな雑な攻撃で、死ぬなよ!」

 

《蒼穹の魔王、なおも接近中!

大入道、手を抜いているのか!》

 

《まさか。こんな遅延の大きな攻撃で奴を仕留めるのは難しい。

それだけの話です》

 

 と、大入道の艦長は語っているが───

 ほんの少し旋回が遅れていれば、やられていた。

 油断出来る余地はこれっぽっちもない。

 

「こちら大助、間もなく誘導弾の射程に入る!」

 

 YP-27の速度で、大助は先行していた。

 三式ロケットの着弾点を飛び越し、瞬く間に敵の懐に。

 

 敵が混乱したところを大助は離脱して二次攻撃の機会を伺い。

 本命のチェイスと竜司が懐に入って食い荒らす。

 

 いつも通りの、彼女の戦い方だ。

 

《そう、お前達はそういう戦い方をする》

 

 不意に、交信が飛び込んで来た。

 誰でも聞こえる、暗号化されていないオープンチャンネルの交信だ。

 

 政府軍にこの手のやり口をする者はいないが───

 ひとりだけ、こういう真似をする敵がいた!

 

「大助、ブレイク!」

 

「ぐっ……」

 

 超高速飛行をしていた大助が、攻撃を中止して急旋回した。

 真下から機銃の曳光弾が過ぎ去ったのは、その直後だった。

 

「油断が過ぎたな! 下手くそめ!」

 

《まさか。静かに勝って、卑怯者と呼ばれたくないだけだよ》

 

 F-24、短距離離着陸(STOL)用のリフトエンジンを搭載した特異な戦闘機。

 今までチェイスと何度も戦って、追い詰められた強敵だ。

 

《警告した上で成功した奇襲なら、卑怯とは言えまい》

 

 今回、彼の僚機は見当たらなかった。

 どうやら、単独でこの場に来たらしい。

 

 あるいは、もう僚機がいないのか。

 

「こいつ……また出て来た!」

 

「大助、状況は!」

 

「大事ない。攻撃を継続する」

 

「2、4。指揮機の攻撃を継続!

俺がこいつの相手をする!」

 

「チェイス殿、ご武運を!」

 

「任せるぞ、ちぇいす」

 

 敵は長距離から広域破壊兵器を投げつける大入道。

 そこに加えて、特殊な挙動が可能な敵エースとは!

 

「……ミミック隊かよ」

 

 代わりに1対1だ。

 2対2でも、2対1でもない。

 勘定に入るお嬢ちゃんや、姉弟の片割れもいない。

 

「オメガ各機! チェイスに助太刀するぞ!」

 

 宗治郎達は宣言した通り、チェイスを援護するために敵のF-24に針路をとった。

 

《こちらククロヴォート1。ルサルカ1、支援は必要か?》

 

《ククロヴォート、そっちこそ支援が必要じゃないのか?

それに、そっちのリソースでは役者不足だ。

こちらの戦力で魔王と取り巻きに対処する》

 

 低空を漂う雲。

 F-24のパイロット───ルサルカ1と呼ばれた敵が出て来た雲だ。

 

 そこから4機の五式が姿を現し、オメガ隊へと向かった。

 僚機───いや、違う。

 

 五式もまた、無人機運用をしていたはずだ。

 こいつらは僚機ではなく、ルサルカ1が制御している無人機だ!

 

「宗治郎様、低空から敵機です!」

 

「ちぃっ、まだ隠れていたか……!」

 

《さあ、猿共の邪魔はもうない。

決着をつけよう》

 

「人間(おれら)って、祖先は猿なんだけどな……!

この世界じゃ知らないけど!」

 

 ミサイルをロックし、ルサルカ1のF-24を捕捉させる。

 ヘッドオン、真正面からのぶつかり合い(ジョスト)だ。

 

「FOX2!」

 

《発射!》

 

 ふたりはほぼ同時にミサイルを放ち、GUNの掃射を始めた。

 わずかな旋回で曳光弾をかわし、猛烈な勢いで迫るミサイルをフレアで欺瞞する。

 

 至近に来る直前、バレルロールをしてフレアを投下。

 衝撃波で風防をぶん殴りながら、ミサイルが過ぎ去った。

 

 直後、ルサルカ1の撃った弾がナーガの主翼に傷を走らせた。

 一方でチェイスの弾はF-24の尾翼にあるパネルを千切り取った。

 

「いって……」

 

《やはり、無傷では勝てんか……!》

 

 最大出力で上昇しつつ右旋回。

 ルサルカ1は左旋回───同じ方向へと曲がった。

 

 シザーズ機動、前を譲り合う争いの始まりだ。

 速度を出し過ぎると、前に押し出され絶体絶命の危機。

 逆に削ぎ過ぎれば失速し、あらゆる隙を晒すやっぱり絶体絶命の危機。

 

 いかに速度、運動エネルギーを適切な値で保持し、かつ旋回を続けられるかという勝負だ。

 ふたりはほとんど同じ高度で旋回を続け、互いが視界に入る位置をキープし続けた。

 

「ペンギン1と敵機、拮抗しています! 誰か援護を!」

 

「オメガ9、援護してみる!」

 

「やめろ、オメガ9っ……!」

 

《邪魔を、するな!》

 

 オメガ隊のひとりが、背後につかれているにも関わらず、旋回を始めた。

 ルサルカ1が制御する無人の五式が、その隙を逃すはずがない。

 

 何の躊躇いもなく、ミサイルが放たれた。

 

「オメガ9、ミサイルです!」

 

「今度は、俺が守る番だっ……!

チェイスっ、離れろ!」

 

 警告を受け、チェイスは反射的にシザーズの螺旋から離れた。

 

《逃げない……⁉︎》

 

 直後、空中で爆発が轟き、オメガ9の機体は爆散した。

 その爆発を背に、一筋の白線が空を走っていた。

 

「オメガ9っ! オメガ9の反応がっ……!」

 

「落ち着け、ゆかりさんっ! 管制を続けるんだ!」

 

《ちぃっ!》

 

 オメガ9の放ったミサイルだ。

 命中する直前に、彼は撃っていたのだ。

 

 シザーズ機動で速度が殺されていたルサルカ1。

 リフトエンジンで急旋回を行ったが、間に合わなかった。

 

 至近距離で炸裂し、ルサルカ1の機体はわずかに破片を受けた。

 

《一度ならず、二度も同じ失敗をするとは……侮り過ぎたか。

……ミサイル損傷、投棄。リフトエンジンも破片を吸ったか》

 

 リフトエンジンから吐き出される黒煙が止まり、機動が明らかに鈍くなった。

 火災を警戒してリフトエンジンを止め、損傷で性能が落ちたのだ。

 まさに、狙い目というやつだ。

 

《ルサルカ1、背後に魔王が行ったぞ!》

 

《はぁ……やはり、この隙は逃さんか!》

 

 命を賭して、勝利への道筋をくれたのだ。

 正々堂々だとか、卑怯だとか。

 そんな感傷に負けて、投げ捨てるわけにはいかなかった。

 

「FOX2!」

 

《まだだっ!》

 

 急旋回とフレアの組み合わせで、最後のSRMは外れた。

 このままではジリ貧、背後を奪える目はないと見たのだろう。

 

 ルサルカ1はプロペラ機を制御する死兵の編隊に機首を向けた。

 

《こちらククロヴォート3っ、敵機に……》

 

「ペンギン2、敵指揮機を撃墜!」

 

 竜司の報告を聞いても、わかりやすい変化はなかった。

 

 ただひとつ、死兵の編隊のひとつで衝突が起きた。

 このひとつから、連鎖的に衝突事故が拡大していった。

 

 誰ひとりとしてこの死の連鎖から逃れようとしない。

 驚くべきことに、文字通り指揮機の喪失で死兵が制御を失ったのだ。

 

「ペンギン1! 三式弾に注意しろ!」

 

 気付けば、チェイスは三式弾の加害範囲に入ろうとしていた。

 あと一歩というところなのに!

 

「ちぇっ!」

 

 旋回して、ルサルカ1の背後から離れる。

 

「三式弾、来るぞ!」

 

 ロケット弾が到達したのは、その直後の事だった。

 まばゆい閃光が迸(ほとばし)り、目を焼いた。

 

 ルサルカ1はその光に乗じて消えた。

 奴は死兵に注意が向けさせて、三式弾への警戒が薄れる事を狙ったのだ。

 交信を使った盤外戦術といい、無粋とか言いつつ本人はラフプレイの目立つ野郎である。

 

「フツノミタマ! ルサルカ1の現在位置は⁈」

 

「上空だ!」

 

 反射的にチェイスは機体を傾け、旋回する。

 曳光弾が機体のすぐそばを走り去ったのは、直後のことだった。

 

《こちら大入道。電探で敵の反応を捉えたが……

味方の反応に近過ぎるのではないか?》

 

《問題ない。我らは傭兵、金のため死ぬのも役目だ。

支援砲撃を続けろ、散った仲間も魔王の報酬で報われる》

 

《金のために、か……それもまた、ひとつの道か》

 

 低空へ過ぎ去ったルサルカ1を追うため、チェイスも機体を垂直降下させる。

 奴が逃げた先は、真下に広がる雲。

 そこへ迷いなく飛び込んでいった。

 

《ルサルカ1、雲に誘い込むな!

正確な座標を得られなくては、支援射撃が出来ない!》

 

《問題ない、奴は追って来る!

俺の反応目掛けて撃ち込め!》

 

《……了解!》

 

 オーグメンターの炎だけが、この雲の迷宮に残された唯一の目印だった。

 そして、そこを奴は狙ってくる。

 

「三式弾、来るぞ!」

 

「自分ごととは、大した度胸だ! それは認める!」

 

 ルサルカ1の追尾をやめ、雲の下へ。

 直後、三式弾の衝撃波が雲を消し飛ばした。

 

「雲が爆圧で……消し飛ばされたっ⁈」

 

「チェイス殿っ! チェイス殿ご無事ですか⁉︎」

 

 空気中の水分すら外へ押し出す爆圧。

 一瞬にして晴れた空間が生じた。

 

「それより、周囲の状況を確認!」

 

 さて、ルサルカ1は雲に消えた。

 完全に見失ってしまったが───

 

 奴の仕事(・・)はペンギン隊の戦力を削ること。

 傭兵としての職務であると同時に、宗主国であるクルーヴィナ連邦からの命令だった。

 

 ペンギン隊は、チェイスだけではない。

 

「竜司っ! 後方下、敵機だ!」

 

 奴が随分静かになったと思ったら、やはり。

 チェイスから逃れた次は、ペンギン隊僚機。

 竜司が狙われているのだ。

 

「くっ、なぜ読めないっ⁈」

 

 宗主国、クルーヴィナ連邦。

 それでひとつ思い出した。

 

 世界博覧会で岸岳茂実と行動を共にした際に遭遇した、ク連の恐らく空軍将校。

 彼はこう言っていた。

 

 サトリはセンスに頼り過ぎると。

 

 サトリの能力を妨害する技術を持つ、クルーヴィナ連邦軍人らしい発言である。

 その特殊技能ひとつを塞いでしまえば、隙だらけの敵いっちょあがりというわけだ。

 

「竜司ちゃん、サトリの能力(第六感)に頼るな!」

 

「……了解っ!

チェイス殿のように、サトリの力がなくとも……!」

 

 データリンクで送られてくる情報を頼りに上昇。

 竜司とルサルカ1が繰り広げる戦いへと向かう。

 

《……ちっ、ダメか》

 

「よし! こちらオメガ1、取り巻きを仕留めた!

これよりペンギン隊の援護に戻る!」

 

 オメガ隊も、まとわりつく遠隔制御の五式を撃墜した。

 状況は好転しつつあった。

 

「こちらぺんぎん4、敵指揮機が見当たらない。

フツノミタマ、死兵は未だ健在か?」

 

「こちらフツノミタマ、随分と減ったが健在だ。

減少分から逆算して、残り2機ほどいると思われる。

こちらでも反応を捉えられない、雲の中に潜んでいると思われる」

 

 残り2機というが、それでも死兵の編隊は30機以上いるように見えた。

 まさか異世界でスウォーム戦術の厄介さを見る事になるとは!

 

「こちら駆逐艦乙月。ペンギン隊、オメガ隊。

あなた方は自衛に集中しなさい。

間もなく我が艦隊は誘導弾の射程圏内に入ります。

我々だけで死兵は対処可能です」

 

 確かに、30機まで減らせば艦隊でも対処可能だろう。

 しかし───忘れてはいけない。

 

「これは前哨戦だぜ? 今消耗してどうするんだよ」

 

 前哨戦どころか、これはまだ移動だ。

 本番の武揚湾、武揚解放戦ではその高性能な兵器は必要になる。

 軍艦は戦闘機と違って、補給に戻るのも一苦労なのだから。

 

 雲を抜け、竜司とルサルカ1の戦いへ。

 竜司が雲を避けつつ旋回し、ルサルカ1がそれを追う。

 

 すると、三式弾の炸裂。

 少し離れた場所で炸裂したため、雲が少しだけへこんだ。

 

 おかしい、ルサルカ1は自分を目印に砲撃をするように命じていた。

 それにしては、ルサルカ1よりも遠い場所で炸裂した。

 

 答えは、至極単純だ。

 

「指揮機を見つけた! ヴィクター、竜司ちゃんのそばにある雲だ!

今爆圧でへこんだやつ! そこに潜んでる!」

 

「なるほど、自分がいる場所だから躊躇ったのか!

急行する!」

 

《ククロヴォート2、日和ったな? 敵が一直線に向かってるぞ》

 

《当たり前だ! お前ほど狂ってない!》

 

 ルサルカ1はオメガ9の決死の攻撃によって、兵装を損耗したらしい。

 GUNの曳光弾が走るばかりで、ミサイルを撃つ気配がない。

 

 条件は対等。

 助けられる目はある。

 

「竜司ちゃん、合図で急上昇!」

 

「はい!」

 

 上昇は重力に逆らう行為。

 必然的に速度が落ち、狙うタイミングが増える。

 追う側もまた、隙を晒す。

 

「上昇!」

 

「上昇します!」

 

 間違いなく、あの凄腕(ルサルカ1)は理解している。

 

《古典的だな》

 

 竜司を追跡するかのように機首を上げた───

 そんなフェイントを、ルサルカ1は行った。

 

 必要以上に機体を引っ張り、迎角(AoA)を急激に上げる。

 急減速し、宙返りするかのように一瞬で真後ろを向いた。

 

「チェイス殿っ、奴の狙いは……!」

 

「知ってる」

 

 一瞬だけGUNを発砲し、旋回して軌道をそらす。

 30ミリ砲弾がF-24のエアインテークからエンジンノズルまで貫いた。

 

 逆にチェイスを狙った23ミリ弾は右手側を通り過ぎていった。

 

 竜司を撃墜出来れば撃墜し、助けに向かったところを返り討ちにする。

 それがルサルカ1の狙いだったのだろう。

 

 予期さえしていれば、隙だらけの失速状態を晒すだけ。

 今回の読み合いではチェイスが勝った。

 それだけの話だ。

 

《……ククロヴォート、俺は終わった》

 

《了解した。家族に遺言は?》

 

《合わす顔も、遺す言葉もないさ……

ただ、葦原政府に送金させろ。確実にな》

 

《ククロヴォート2、死兵の制御を俺に委譲しろ。

委譲後は撤退して報酬の送金を促せ。支援する》

 

《……了解》

 

《頼んだ》

 

 振り返ると、ルサルカ1の機体は炎上していた。

 燃料タンクに被弾し、引火したのだろう。

 

「おい、殺し屋。脱出しなよ」

 

 オープンチャンネルで呼び掛ける。

 この男は、ボスを殺そうとした男だ。

 

 それも空戦の末に起きた結果ではなく、脱出したところを狙って。

 戦時国際法に違反した行為を狙った外道だ。

 

 だとしても───機体から脱出して生き延びる権利くらいはある。

 捕虜になったとしても、裁判を受ける権利くらいはある。

 チェイスにも、その程度の人権意識はあった。

 

《悪いが、やめとくよ……下手に捕虜になったのが祖国にバレたら。

どんな反応するか、考えたくもないからな》

 

 彼らは、イグルベ隊と同じだ。

 祖国エジーレン人民共和国によって国外へ派遣された国営傭兵。

 

 外貨を稼げなければ、家族を強制労働に従事させられる。

 家族を人質に働かされる傭兵だ。

 

「……そっか」

 

《人を殺しに殺して、依頼主(そこく)に使い倒され捨てられる。

殺し屋に相応しい末路だ……いいなぁ、英雄(そっち)は》

 

 引火した燃料が、ついに爆発を起こした。

 ルサルカ1という男が存在した証拠は、この世から完全に消失した。

 

《こちらククロヴォート1、攻撃失敗。

これが最後の座標だ、支援砲撃頼む》

 

《了解した》

 

 レーダーに警告が表示された。

 撤退するために三式弾の砲撃を要請したのだ。

 

「全機、当該空域より退避しろ!」

 

「とんだ置き土産だ! 全機、低空に退避!」

 

 この程度でパニックを起こすほど、彰義隊の練度は低くない。

 チェイスは真っ先に機体を翻して降下すると───

 先客を見つけた。

 

「ペンギン1、敵機を発見した。

お前が一番近い、対応せよ」

 

 V-128、敵の指揮機。

 盗聴した交信が確かなら、殿を務める機体だ。

 

 低空の雲に隠れ潜んでいたのだ。

 なかなか見つからないと思っていたら、こんなところに。

 

 見逃してやらん事もないのだが───

 その機体は、一直線に艦隊へ向かっていた。

 

 死兵の撃墜は───間に合っていない。

 異常な数とその低速で、ランサー隊はかえって攻撃が上手くいっていないのだ。

 

「誘導弾を使うまでもない。防空指揮所、指示の目標。

主砲、打ち方始め」

 

 乙月ら駆逐艦隊が死兵の迎撃を始めた。

 高精度な照準レーダーを用いた迎撃だ、プロペラ機ではどうしようもない。

 

 しかし───やはり数が多すぎる。

 それに高度と方向を分けて被害を分散している。

 攻撃自体は成功する可能性が高い。

 

「口だけじゃないか……!」

 

 三式弾の炸裂を背後に受けながら、チェイスはオーグメンターを起動させた。

 背中を押されながら、最後の敵機へと向かう。

 

 GUNの残弾は、まだ40%以上も残している。

 問題は何ひとつない。

 

 そして、敵もこうなる事を承知している。

 

「ガンズガンズガンズ」

 

 キャパを超えた死兵の制御で手一杯だったのだろう。

 V-128はろくな回避機動も見せず、30ミリ砲弾を浴びて制御を失った。

 

「空域の制空権を確保した。ペンギン隊、オメガ隊。

本来の作戦とは違うが、作戦の完了を宣言する」

 

 色々と予定外の戦闘だったが、無事に完了したと見ていいだろう。

 オメガの隊員が何人か、命を落とす結果になったが。

 

「……ふぅ」

 

 気分の悪い結果に息を吐いていると。

 

「蒼穹の魔王、聞こえてる?」

 

 地上からの交信があった。

 通信機越しでも、チェイスには声の主がわかった。

 

 うんざりした顔を、ナンパ野郎の顔に戻す。

 

「うんうん。どうしたの、始末屋さん?」

 

「多分、機体が壊れたからだろうね。

こっちにも色々と聞こえて来た」

 

 千代は稀代の才能を持つサトリだという。

 彼女の能力で、エジーレンの傭兵達が遺した思念を探知したのだろう。

 

「あいつらの背景は、同僚からちょいちょい聞いてるんだ。

君が普段感じてるやるせなさ、俺にもちょっとだけわかった気がするよ」

 

「……多分、あの人らの背景はそっちが思ってる千倍はエグいよ。

傭兵国家も、死兵もね」

 

「ま、俺の考える程度じゃね……

おしゃべりだったら、俺は大歓迎なんだけど?」

 

 千代は冗談のわかるタイプだが、TPOを弁えているタイプだ。

 きっと、別の要件があるに違いない。

 

「海軍の本隊は葦原湾で待機してる。

大艦隊と、飛行戦艦も。本番はこっからだよ」

 

 確かに、重要な情報だ。

 問題は数時間後、間違いなく彼らと対峙する事だ。

 

「重要な情報だ……正直、勘弁して欲しいけどさ」

 

「あたしも最大限支援する」

 

「ありがとう。お礼が思い付かないくらいありがたいよ」

 

「じゃ、あたしが決めるって事で」

 

「また? ……いいけどさ」

 

「おいっ、貸しはしたけど惚気(ノロケ)のためじゃないんだぞ!」

 

「へへへー、ごめんごめんっ」

 

 どうやら、第一挺身団の斎藤軍曹が千代から受話器を奪ったらしい。

 確かに、惚気話をするには厳しい環境だろう。

 

「魔王へ! ……次も頼むぞ。以上だ」

 

 ガッチャン。

 少々乱暴に、交信が途切れた。

 

「まったく……

軍用回線で、何をしているのですか? あなたは」

 

 剛明のメガネがキラリと輝く様子が、声に乗って届いた。

 命懸けの現場でこんな会話をしているのは、アニメかチェイスくらいなものである。

 

「なんだ、羨ましいのか?」

 

「いいえ、軽蔑しているのです。

そしてこんなのが英雄扱いなのかと、先を思いやられています」

 

「あら正論」

 

「正論だと思える倫理があるのなら、自重しなさい。

……とはいえ、次の戦いでもあなたに頼る他ない。

それは私も同じです。襟を正して励むように……

交信終了」

 

 それだけ告げると、剛明も交信を打ち切った。

 

「……うーん、男のツンデレとか微塵も嬉しくないぞ」

 

「珍しいな、あの坊ちゃんが他人を頼るなんて」

 

 そう告げたのは、ランサー1だ。

 思い返してみれば、彼は剛明とそれなりに付き合いが長そうな言動があった。

 

「いかにも、プライド高そうだからな」

 

「ああ、度を越した見栄っ張りだ……

とはいえ、お兄さんの事があるからな」

 

 男の話など、チェイスは微塵も興味がなかったが───

 帰還の途中では、とんでもなく暇だ。

 というわけで、ガラにもない事を尋ねた。

 

「……お兄さん?」

 

「車の事故でお兄さんを亡くしてるんだ。

その車には剛明さんも乗ってて……頭を強く打ったんだったかな?

1ヶ月もの間、生死を彷徨(さまよ)ったんだ」

 

「……そうか」

 

 車の事故で、肉親を喪う。

 チェイスの脳裏に、直接会った記憶のない両親の姿が過った。

 

 剛明もまた、そうした過去があったのだ。

 

「でも、あの高慢ちきな態度に関係があるの?」

 

「なんていうかな、次男だからって舐められないようにしてるんだろう。

なにせ、戻って来てからはお兄さんの名を名乗るようになったくらいだからな」

 

「……剛明って名前は、元は兄の名前なのか?」

 

「偉い武士の家系じゃ、元服以外でも名前を変えるのはよくある事だ。

兄と同等、それ以上になるって決意表明だったんだろう。

で、昔は大人しかったのに、帰ってからはあんななのさ。

態度がアレなだけで、悪い人になったわけじゃないけどな」

 

 意外な人物の、意外な背景を知ってしまった。

 武士の世では、舐められないようにするのは大切。

 

 歴史の知識としては知っているが、葦原ではかなり身近に実感していた。

 こういうところにもやはり、舐められたら死ぬという精神が社会に根付いていた。

 

「ま、なんだ。結構無理してああいう人間やってるんだ。

許せとは言わないが、勘弁してやってくれ」

 

「考えとくよ……」

 

 西の方角、乙月が浮かんでいる方角へ視線をやる。

 曇天の雲が視界を遮り、彼の乗艦は見えなかった。

 

 天気予報では王手作戦が行われる頃には酷くなり、雨が降るという話だ。

 雨雲に覆われた世界で、武揚を取り戻す戦いが行われるのだ。

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