蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年6月18日
鳴田藩 浦浜
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
《こちら陸軍第7師団っ! 幕軍に包囲されている!
救援求む! 空でも陸でもいいっ、助けてくれぇっ!
奴らは捕虜を取る気がないっ、捕まえた者から処刑している!》
チェイスはF-2に搭載された照準ポッドで、遠い陸の世界を垣間見ていた。
浦浜では連邦陸軍の歩兵部隊による残敵掃討が行われている。
散発的なマズルフラッシュが黄昏の街を照らし、街頭では投降した政府軍の将兵が並べられていた。
そこでまた、銃口から光が煌めいた。
「こちら第3小隊、この辺の徴発は完了した。
次の地域に移る」
「お待ちをっ、どうかお待ちをぉっ!」
人のシルエットをした熱源が、ビルから出て来た。
肩には大きな、何らかの袋を担いでいる。
「それは、我々が耐え忍ぶために蓄えた米でございます!
どうかっ、どうかご堪忍をっ! 金なら、全て差し出します!
ですが米はっ、飯はどうかご堪忍をっ!」
「なんだっ、こいつ!」
すると後からビルから飛び出して来た人間が、そいつにすがりついた。
一斉に周りの人影が寄って来て、囲んで殴り蹴り───
「殺せ。こいつとその一族も賊軍の間者だ」
最後に拳銃で頭を撃ち抜いた。
ひとりを寄ってたかって袋叩きにしていた連中が、小銃片手に来た道を戻っていく。
「駆除した捕虜と
他の連中に見せるなよ、抵抗されて処理が面倒になる」
「俺達を
お前らの富は正しく活用してやる、感謝しろ!」
「この
もうお前らの本性はわかってるんだよ、クズどもめ! ぺェッ!」
これはフツノミタマが盗聴している交信のひとつなのだろう。
しかし浦浜で何が起きているのか、盗聴するまでもなかった。
照準ポッドの視界から、チェイスには全てが見えている。
陸軍の連中は捕虜や気に入らない民間人を、裁判もなしに処刑している!
黙ってなどいられない、誰がどう見てもれっきとした戦争犯罪だ!
「フツノミタマ、陸軍の部隊が捕虜や民間人を処刑している!
司令部の連中にやめさせろ!」
「こちら藤沢斉溥陸軍元帥だ、既に命じたが……
奴らめ、戦闘中の混乱の一点張りで聞く気がない!
命令を聞く者は今、武揚に向かっておる!」
フツノミタマを飛ばして送られた陸軍元帥自らの報告。
どうやら斉溥も武揚奪還に注目はしている様子だったが───
やはり、信頼出来る部隊が手元に少な過ぎたらしい。
「ペンギン1。
今は王手作戦に集中しろ、武揚解放を止めるわけにはいかない。
当該部隊は解放後、然るべき手順を踏んで相応な処分を下すしかない。
……それが、我々の目指すべき国の姿だ」
「……クソっ!」
ガラの悪い部隊を無理矢理引っ張って来た弊害がここで表れた。
葦原の、特に都心部において、軍隊は死という穢れに関わる
特に下っ端兵士は口減し先、工員にすらなれない白痴の捨て場とまで言われている。
わかりやすい実例をひとつ挙げよう。
葦原内戦のさる事件を契機に、大手商人の家の息子が幕府軍の将校を志した。
すると徹底的に止められて、それでも諦めなければ
勘当は幕府も認めている公的な親子の縁切りであり、相続権が剥奪され姓を名乗る事さえ禁じられる厳しいものだ。
お前はもう家族ではない、人殺しを求める穢れに堕ちたのだ。
だから二度と家の敷居を跨ぐな。
実の父親から、直接宣言されたという。
これは夷俘島出身者、オメガ3敬一の話である。
直接攻撃を受け、住民に死者も出ている夷俘島の話なのだ。
それほどに軍隊は、武士以外の葦原人からは忌避されていた。
葦原社会の頂点に立つ存在は、武士たる将軍だったはずなのに。
武装を許され有事には戦場に立ち、さらには政治を動かす特権階級が武士だ。
しかしその癖、大衆は武力を用いて外敵を殺す兵を武士共々穢れとみなす。
よそ者が言ってはならぬ言葉かもしれないが───
無責任で歪んだ社会だ。
軍に直接救われた恩がある夷俘島ですら、実の親からこれほどの扱いを受けるのだ。
平時に兵士をしていた者達が、どれほどの扱いを受けたのか。
その憂さ晴らしを、陸軍連中は首都周辺住民に対して行っているのだ。
軍隊の存在意義を無視した穢れ思想によって生じた、自業自得の面のある事態だが───
だからといって、虐殺や略奪を実行していい理由にはならない。
もっとも、彼らに道義を訴えても通じないのだろうが。
「……チェイス殿。
これが……これが、幕軍に身を置く武士の姿なのでしょうか?
これではまるで、ただの賊です……賊軍以下の」
「……」
賊軍、政府軍以下。
政府軍は決して
しかし彼らは何だかんだ、葦原の相当な数の民衆から支持を受けてここまで歩を進めた。
それに戦力の中枢は離脱した幕府軍や地域の藩軍の出身者だ。
程度の差こそあれど、それなりの訓練は受けて軍人としての心構えもある。
親の仇である政府軍を強く恨んでいたはずの竜司から飛び出してきた、この言葉。
この言葉には文面以上の意味が込められていた。
だからこそ、チェイスはいつものような調子で答えを出せなかった。
あんなのを放置していれば、いずれ葦原という国が崩壊してしまう。
いや───既に倒幕運動、政府軍出現の時点で崩壊していたか。
あの輩の出現は、その崩壊を明確化した存在に過ぎないのだ。
「戦という極限状態が常態化する中では、
ありとあらゆる
チェイスが言葉に詰まっていると、大助が代わりに答えた。
「ですがっ、武士たる者は……!」
「そうだ。
そういう状況だからこそ、己を強く律さなくてはならない。
呑まれてはならない、戦場に……せめて、私たちだけでも」
せめて、自分だけでも。
そうするしかないのが、歯がゆいところだ。
「ペンギン隊、聞け。
これより武揚の状況を共有する」
目前の乱暴狼藉には、自分たちが対処するわけにはいかない。
武揚の解放を成し、相応の報いを受けさせなければ。
チェイスは深呼吸し、フツノミタマの次郎の言葉に耳を傾けた。
「地上味方部隊は浦浜から武揚への進入に成功。
味方航空部隊の支援のもと、防衛線を突破している」
上手く行き過ぎだ。
チェイスは真っ先に、そういう感想を抱いた。
ボスが常々言っている、上手く行き過ぎている時は罠に陥っている。
このルールと今の状況を照らし合わせると、ドツボにハマっているはずだ。
「随分と調子良く進んでるな。
そんなに腕のいい部隊、なんで彰義隊にいないんだ?」
「違う、一般部隊は二線級部隊の残党寄せ集め。
お前達ほどの腕はない」
「おや、お前が褒めてくれるとは珍しいな」
「うるさい、黙って聞け。
偵察の報告によると、敵地上部隊は西街道側からの奇襲に備え、
戦力を集中させているようだ」
「西海道、真田藩側だな」
「そうだ。その影響で守りが手薄になっていた。
……気掛かりなのは、空爆に成功しているはずの真田藩側を警戒したことだ。
攻め込みもせず、ただ待ち構えるだけだ」
真田藩は例の夷俘海峡の死神が大暴れし、相当数の味方がやられたと言う。
空を押さえつけられた影響で空爆を誰も止められず、武揚解放に参加出来ないと評されるほど痛め付けられた。
この世界では
正確な評価が出来ておらず爆撃失敗、敵多数健在と判断した可能性はある。
しかし、ここで先に挙げたルールを勘案すると───
何かある、という事になる。
まさか、分捕った首都へ敵を招き入れて?
ナポレオンを追い返したロシア人じゃあるまいし。
「気掛かりですが、武揚を取り戻す絶好の機会です!」
「都を奪わせる策など、この状況では考えられん。
竜司の言う通りだ」
ウィングマンのふたりは、この状況に肯定的だった。
とはいえ、軍隊は維持運用だけでなく、移動させるだけでも相応のコストが掛かる。
今さら、不確かな推測で止める事など出来ない。
「……そうだな。ペンギン隊、海軍第一艦隊は武揚湾に間もなく進入。
西の葦原湾には播磨型戦艦をはじめとした複数の艦艇および、
飛行戦艦大入道の存在が確認されている」
大入道。
空を飛ぶ戦艦というバカみてーな超兵器。
サイズと主砲こそ現実的な戦艦クラスだが、そこに空を飛ぶという特性が加わると手のつけようがない。
底部は重装甲に守られ、ハリネズミの如く自衛用防空火器を持つ。
以前、チェイスたちが対峙した大入道は単独だったが───
今回は海面に艦隊、そして空には護衛戦闘機も一緒だ。
「偵察機は次の報告を上げた直後、連絡が途絶えた。
赤い機体に追われている、だ」
「夷俘海峡の死神……!」
竜司が戦慄した声を漏らした。
かつてチェイス、そして竜司ら新選組が対峙した神機隊のエース。
あの戦いでは、新選組の隊士はかなりの数がやられている。
聞くところによれば神機隊は政府軍の中でも、特に手のつけようがなかった部隊だという。
隊長はもちろん、その列機にとんでもない奴がいたとか。
今なら間違いなく、誰なのか断言出来る。
夷俘海峡の死神と呼ばれている、口数の少ない男。
チェイスが取り逃がした、神機隊の生き残りだ。
「まさかこれほど早く、真田の仇討ちが出来るとはな」
真田藩を襲った部隊を率いていた死神は、大助にとっても因縁のある相手だ。
「そして、ボスの右足を奪った野郎だ……」
今この場にいないボスもまた、そいつに撃墜された経験がある。
期せずして、ペンギン隊全員にとって特別な敵となっていた。
「言うまでもない事だがペンギン隊、私情に惑わされるな。
必要なのは勝利だ、殺人ではない」
「ああ、わかってる……」
とはいえ、あれほどの腕を持つ敵だ。
味方を守るうちに、自然と戦う羽目になるだろう。
「海軍第一艦隊は
艦隊掃討後は武揚空港周辺に陣取り、揚陸艦が武揚空港を制圧。
以降は北条区制圧の支援を行う」
「俺たちの仕事は?」
「最優先は北条区、武揚城の制圧だ。
しかし……状況を考えれば、大入道と艦隊があまりにも脅威だ」
大入道の艦長は、市街地となる北条区への砲撃は絶対に許容しないだろう。
敵として対峙しただけだが、彼にはそれほどの自制を確信出来た。
問題は艦隊の方だ。
武揚市街地に三式弾砲撃でもされれば、たとえ民間人が避難していたとして、とんでもない被害になる。
むしろ、この状況だ。
どこに民間人が避難するスペースがあると言うのか。
武揚には地下鉄があるというが、政府軍の性質を鑑みて空爆で受ける被害を減らせる輸送・連絡網として軍事利用している可能性が高い。
既に政府軍は連邦からスパイが潜り込んでいる事を承知している、ならば民間人を受け入れないだろう。
地下鉄は
また、民間人が遠隔地へ疎開しているという情報もない。
民間人だとしても、大規模な人の動きがあれば外からでもわかるはずだ。
つまり武揚のどこにもないのだ、民間人の隠れられる場所は。
武揚は今、ビル街の監獄と化しているのだ。
「……やっぱり、まずは艦隊への攻撃になるかな」
「何を言ってる、そういう手筈だろうが」
「ちぇっ、チェイス殿……」
「おっ、お前な……」
とんでもないチェイスのボケに、周囲から割とマジな声色で呆れられてしまった。
そう、現実はエースコンバットではないので任意で戦う相手を選べないのだ。
いやお前、それでも流石にこれはまずいぞ。
若年性健忘症じゃないのか?
───き、きっとテンポの都合でその辺を省略したせいだ。
俺様は省略された説明を読者にしたんだぁっ。
妄言で自分の不出来を誤魔化そうとするんじゃない。
「……とにかく。海軍との共同戦闘になる。
ゴースト隊の運用する対艦誘導弾を活用しろ」
久しぶりの
セミアクティブ誘導方式であり、チェイスのF-2による終末誘導が必要になる兵器だ。
「対艦誘導弾ならば、大半の艦艇を一撃で無力化出来る。
播磨型及び、戦艦については……」
「爆弾か、海軍に頼むしかないか」
深い意図はないが、チェイスはF-2が翼に抱える獲物を見やった。
今回、チェイスはASMの誘導に注力するという事で爆弾はなし。
代わりにロケットポット4つとSRM、身軽な装備になっていた。
「敵艦隊を無力化すれば、武揚解放へ大きく近付く。
間もなくAOだ。先行しているランサー及び、ヴィクターは交戦中。
頼むぞ、ペンギン1。フツノミタマ、交信終了」
「了解。ペンギン全機、
爆発、炎上、黒煙───
光化学スモッグで白んだ空に、戦闘の気配が漂う。
その気配のひとつに、これからなるのだ。
次回の更新は来週の月曜日となります