蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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警告!
震災描写が多分に含まれています
心理的忌避感のある方はご注意ください


209 王手作戦2「StaleMate」

観覧対象: PENGUIN 1 | CHASE

北緯35度41分26秒 東経139度45分24秒

葦原国武揚湾

1806

 

 北条区の上空に積乱雲が差し掛かった。

 まるで、この決戦に水を差すかのように。

 

「深東(しんとう)区を突破!

間もなく我々は武揚駅に到着します!」

 

 柳北の報告する声が、通信機から響いた。

 

 武揚駅。

 葦原最大級の鉄道駅にして、奥葦原や夷俘島へ通じる陸路。

 この路線はかつての幕府軍によって破壊・分断されたままだが。

 

 それはさておき、武揚駅は北条区ど真ん中。

 名前の通り、武揚城も目と鼻の先にある。

 

 北条区制圧はもう、すぐ目の前にある。

 言い換えれば、ここからは苛烈な抵抗が待ち受けているわけだ。

 

「ペンギン隊、こちらフツノミタマ。

貴隊は当機の管制下に入った」

 

 普段なら、このように雑多な交信ではゆかり上等兵が担当する場合が多かった。

 しかし、先ほどからずっと機内最上位であるはずの次郎少佐が出ずっぱりだ。

 

 やはり安忠半島で起きた、彼女の発言───

 不用意にチェイスへの援護を呼び掛けた結果、オメガ9が命と引き換えに攻撃を仕掛けた。

 その件で、かなり精神的なダメージを受けてしまったのだろう。

 

 それをわざわざ問い掛けるほど、チェイスも愚かではない。

 

「よーし。フツノミタマ、状況は?」

 

「第一戦車隊をはじめとした陸軍、近衛軍の部隊は北条区へと進出。

現在は武揚駅周辺で敵地上部隊と交戦している」

 

「航空戦力は?」

 

「積乱雲のせいで、葦原湾の状況が掴めない。

最寄りの武揚空港は抑えたが、西方から増援がやって来る可能性は否めない。

注意しろ」

 

 光化学スモッグの白んだ景色に、雨雲に覆われた武揚の市街地が像を結んだ。

 至る場所から雷鳴の如く爆発と曳光弾の光が煌めき、立ち上る黒煙はまるで上空の積乱雲を形作っているかのようだった。

 

 この苛烈な戦場に取り残された人々は、果たしてどれほどいるのだろうか?

 

「酷い戦闘だ」

 

「終わらせましょう!」

 

 竜司の言葉に頷いた直後、精兵隊の機体が急降下爆撃して駅のすぐ東に位置する街を空爆した。

 

「敵陣地を破壊! 次ぢゃ!」

 

「おおっ、睦平さんに負けてられんな!」

 

 駅の南ではオメガ隊がCASを行っており、機体の修理が終わった秀彦が海岸線に位置する公園。

 そこに展開する敵部隊を叩いていた。

 

「こちらオメガ2、葦離宮(あしりきゅう)庭園の敵を発見、攻撃した!

早く叩かないと、橋を渡る味方が一方的に撃たれる!」

 

「逸るなオメガ2! 俺が電子戦で支援する、援護を待て!」

 

 彰義隊の面々も、地上部隊の支援に精を出しているらしい。

 ペンギン隊も負けていられなかった。

 

「フツノミタマ、ペンギン隊はどうする?」

 

「CASは他部隊に任せろ。ペンギン隊は武揚城で待機する予備戦力を攻撃せよ。

また、あの辺りには多数の防空兵器が配備されている。簡単な攻撃ではないぞ」

 

 最前線を飛び越して、後方で待機する敵を叩く。

 現状の手札では、妥当な判断だろう。

 

「了解。まずは前線を突っ切るぞ!

ペンギン隊、交戦!」

 

「了解!」

 

「相分かった!」

 

STALE MATE

王手作戦

契約403日目

北緯35度41分26秒 東経139度45分24秒 | 天候:雨 | 1811

葦原国武揚北条区 | 交戦区域

 

 敵は武揚駅の線路高架橋を最終防衛線としていた。

 故に、線路に沿って防空陣地が配置されている。

 

《来たぞ、敵航空機! 防衛線を破らせるな!》

 

《誘導弾発射!》

 

 RWRの警告なしに、白煙が上空に打ち上げられた。

 赤外線誘導、この世界で一般的なSAMだ。

 

 逃げ回っている猶予はない、足を止めれば作戦が失敗しかねないのだ。

 

「低空に! ビルの谷間を通って突破する!」

 

 出力を下げて熱量を落とし、本来減速する速度を降下で稼ぐ。

 勢いを維持したまま、武揚のビル群に飛び込んだ。

 

 本来は、避けたい手段だったが───

 ここで死ぬわけにはいかない。

 そしてつまらない意地で、竜司と大助を喪う訳にはいかなかった。

 

 遮蔽物へ隠れた目標を見失ったSAMは、そのままビルの屋上に突っ込んだ。

 

《敵機消失!》

 

《撃墜か!》

 

 音速の衝撃波が、武揚のビルから窓ガラスを次々に奪っていく。

 

《なんだっ、今のはっ?》

 

《わからないっ、猛烈な速さで304号線を通って行った。

味方の流れ弾か?》

 

 ミラーで姿を確認出来ないほど、ペンギン隊は密集していた。

 下手に報告を上げさせれば、事故が起きかねないほど無茶な飛行だ。

 チェイスにしては珍しく、静かな飛行を続けていた。

 

 ほんの数秒間の首都ツーリング。

 

《違いますっ、敵機はビルの谷間に消えました!》

 

《撃墜と大差ない! 墜ちたのであれば……!》

 

 自分らを狙っていた3つの爆発を切り抜けたペンギン隊は線路の高架橋上空を過ぎ去った。

 

 するとチェイスの目に、高架橋に設置されたSAM発射機や対空砲が映った。

 傍には、呆然と真上を眺める兵士の姿まで。

 残念ながら、彼らの任務は失敗だ。

 

 高架橋後方には巨大な洋風のビルがそびえ立っている。

 その背後はもう武揚城。

 古い時代の象徴を覆い隠すようなビルこそが、彼らの任務を阻害していた。

 

「ペンギン隊、防衛線を突破!」

 

《今の音はっ⁈ あの衝撃は何事か!》

 

《と、突破……! 敵航空部隊が最終防衛線を突破ァッ!》

 

 ビルの谷間の向こうには、古き良き和風の天守を持つ城───武揚城があった。

 

「ペンギン隊、武揚城上空に到達!」

 

「これが、武揚城……?

こんなのが、葦原の象徴……?」

 

「私が知る頃よりも、酷い有様になったな」

 

 竜司の呟きに、良介も内心賛同した。

 

 外郭(がいかく)は2つの自然河川を利用した堀を兼ねる広大な水路、そして見上げるほど高い石垣が囲っている。

 輪郭式に配置された内郭(ないかく)には二の丸や三の丸などの建造物があり、政治の場としてだけでなく軍事施設としても堅牢な守りを持っている。

 

 そして城の中枢、本丸天守は雲より高くそびえ立つ、まさしく大和幕府の象徴。

 

 そう言いたいところだが、その象徴をもってしても、周辺を囲うように建てられたビル群の背丈には遠く及ばない。

 周囲の煌びやかな摩天楼と比べれば、武揚城本丸ですらこじんまりとした建造物にしか見えないのだ。

 

 政府軍に制圧されてからは解体も試みられた様子があった。

 火災防止に黒く塗った銅板で造られた瓦は残らずはがされ、建物各部に用いられていた金具や天守頂上に置かれていた置物、黄金とされているものは残らず撤去。

 

 禿げた城。

 そう評さざるを得ない、見苦しい様相を呈していた。

 

 ただし、配備された戦力自体は本物だ。

 

 平地の至る場所には車両の姿が見受けられた。

 戦車や装甲車、それに燃料を補給するためのタンクローリー。

 そして───

 

《機影⁈ 南のビル群から出てきたぞ⁉︎》

 

《味方の訳がない、敵機だ! 誘導弾を撃て!》

 

 ピロロ。

 RWRがレーダー波を検知した。

 間もなく、耳障りな声で泣き喚いた。

 

「RWR! ミサイル来るぞ!」

 

「回避!」

 

 SAMや対空砲も配備されている。

 素早くチェイスはF-2のECMを最大出力で展開した。

 

 電波妨害を起こし、レーダー誘導ミサイルの性能を著しく低下させるのだ。

 それでも、照準自体は不可能ではない。

 

 散開したペンギン隊のいた場所をSAMが突き抜けていく。

 背後の煌びやかなオフィスビルに、ミサイルが突っ込んだ。

 

 ここからはインファイトだ。

 対空アセットを無力化し、続いて敵の予備戦力を排除する。

 

 敵戦力には航空支援がない。

 交代するための予備戦力を失えば、連邦軍の優位は確かなものになる。

 

 FCSがロケットを選択している事を改めて確認すると───

 チェイスは旋回している対空砲に狙いをつけた。

 

「ロケット発射!」

 

 70ミリロケットは大した威力ではないが、固定式非装甲の対空砲を破壊するには十分な威力だ。

 付属品(・・・)が細切れになり、砲身が脱落する瞬間をチェイスは確かめた。

 

「竜司、噴進弾発射!」

 

 竜司も負けていない。

 P-21Bがぶら下げたロケットでSAM発射機を狙い撃つ。

 

 ミサイルの推進剤に引火し、弾体が飛び出して石垣に突き刺さり、炸裂。

 瞬く間に石垣の一部が崩壊、土埃が舞い散った。

 

「しまっ……」

 

「生還と任務が最優先! 城なんてどうにでもなる!」

 

「了解っ……!」

 

 堅牢な城の石垣も、音より速く飛んで爆発するSAMの直撃など想定していない。

 崩れ落ちるのも、当然の話だ。

 

「大助、噴進弾!」

 

 大助のYP-27はこの狭い空に不向きな機体だったが、やはり空戦姫の名は伊達ではない。

 ビル群を縫うように飛んで迎撃を回避しつつ、的確に武揚城の防空アセットを破壊していた。

 

《至急至急! こちら司令部!

敵機の空襲を受け、予備戦力が被害を受けている!

増援求む!》

 

《こちらは幕軍の侵攻を留めるだけで精一杯だ!》

 

 チェイスも似たような要領で攻撃を続ける中、敵の配置に気付いた。

 退避途中と思われる燃料車の付近に、こちらを睨み続ける黒い物体。

 

「見ーっけ!」

 

 イルミネーター、SAMを誘導させる照準レーダーだ。

 巡り合わせの悪さを呪ってもらう他あるまい。

 

「ガンズガンズガンズ!」

 

 ロケットで攻撃する必要すらない。

 GUNの対地掃射モードで照準すると、燃料車に発砲した。

 

 すると、目前で大爆発が起きた。

 爆圧によって世界が揺れ、至近距離でそれを受けたイルミネーターが薙ぎ倒される。

 RWRの反応がひとつ、消失した。

 

「ペンギン1、敵イルミネーターを無力化!」

 

 燃料車が放ち続ける黒煙を突っ切り、一度武揚城周辺を離脱する。

 

《どういうわけだ⁈ なぜ奴らはこちらの位置を正確に把握出来る⁈》

 

 この理不尽に思える攻撃には、もちろん理由がある。

 データリンクだ。

 

 F-2の各種センサーが得た情報をデータリンクを介してフツノミタマが受信・分析。

 算出した脅威度・優先度の高い目標をデータリンクを介してペンギン各機に送っている。

 なので、ペンギン隊はビル群に身を隠しても各ユニットの正確な位置を把握出来るのだ。

 

「敵SAMの無力化を確認! 対空砲、残数2!」

 

 最優先のSAMはイルミネーター含め排除した。

 残るは目視で照準するしかない旧式対空砲だが───

 

「ペンギン隊、悪い報せだ。方位250(西)より複数の機影を確認!

戦闘機の増援だ!」

 

 武揚空港を無力化しているとはいえ、よそから増援が来ない道理はない。

 葦原湾経由で、積乱雲に隠れながら忍び寄っていたのだ。

 

《こちら第19飛行隊、これより制空権を確保する》

 

《19飛行隊、気を付けろ! 武揚城上空にいるのは魔王だ!

蒼穹の魔王の部隊だ!》

 

《……了解、全力で対応する。後方の部隊にも通達しろ》

 

 既にSAMは無力化、対空砲も高度を上げればビルの陰に入って狙えない。

 敵戦闘機はペンギン隊と交戦せずとも、精兵隊やオメガ隊、味方地上部隊を狙う可能性が高い。

 

 ペンギン隊が相手をするしかなかった。

 たとえ、今の兵装が制空戦闘に向いていなかったとしてもだ。

 

「ペンギン隊、敵の増援に対応する。

というわけで。竜司ちゃん、大助。やるぞ」

 

「はいっ」

 

「ああ」

 

 集合すると、高度を上げて武揚を覆う雨雲を抜ける。

 雲より高い世界では、下の世界とは裏腹に陽が傾いた茜色の世界が広がっていた。

 

 この夕日を背にした敵編隊の影が浮かぶ。

 

「敵編隊の分析が完了した。

レーダー反応からして、機種は旭光(きょっこう)。機数6!」

 

 旭光、P-86Fの葦原ライセンス生産機。

 最近お目に掛かれなかった、合衆国製の第1世代戦闘機だ。

 RWRが鳴かないのも納得だ、この機体にレーダーは搭載されていないのだから。

 

《管制、後続はどうなってる?》

 

《離陸中のトラブルにつき、遅延中だ。

本隊に先んじて制空戦闘に入れ、命令だ》

 

《了解》

 

 しかし───

 首都防衛に、そんな機体の部隊を送らざるを得ないほどに政府軍も追い込まれているのか?

 

 とはいえ、当たれば勝てるのが空戦だ。

 敵である以上は遠慮や容赦は出来なかった。

 

《敵編隊を目視、3機編成》

 

《魔王の部隊は4機編成と聞く。1機欠けたのか?》

 

《さあな、軍が全然情報を下ろさないからサッパリわからん……

何にせよ、俺たちの仕事は変わらん。やるぞ!》

 

 敵編隊が2機ずつの3個分隊(エレメント)に分かれて散開した。

 二人一組で対応するのか?

 一瞬だけ、チェイスはそう思ったが───

 

 違う。

 エレメントがひとつ、雲の下へ向かった。

 味方地上部隊へ向かって、ペンギン隊に分断を強いているのだ。

 

「敵1個分隊、降下!

地上部隊へ攻撃するつもりでしょうか?」

 

「ああ、多分ね……」

 

 不利を理解し、奇策で翻弄する事で増援到着の時間を稼ぐ。

 自分達で目前の敵を殲滅する事だけが戦争ではない。

 向こうはそれを理解しているのだ。

 

「上空は私と大助が対処します!

チェイス殿は低空の敵機を!」

 

 ペンギン隊の中では、言うまでもなくF-2が最も低空での空戦に分がある。

 竜司の具申はもっともである。

 

 彼女も随分と遠慮なく、しっかりとした判断を下してくれるようになった。

 ボスが抱いていた気持ちが、少し理解出来た気がした。

 

「よし、大助に問題がなければそれでいこう!

頼んだ!」

 

「任せろ」

 

 チェイスは編隊を離れ、低空へ逃げた2機の追尾を始める。

 その背後で竜司と大助が編隊を組み直すのが見えた。

 

《敵先頭機、反転》

 

《そっちが食いつくのか? 随分と列機を信用しているらしい》

 

《魔王の部隊は列機も手強いと聞く、油断するなよ!》

 

 仲間を信じ、灰色の世界に飛び込む。

 雲を抜けるのに、そう時間は要さなかった。

 

「ペンギン1、敵編隊は方位200(南西)を東に向け飛行中。

間もなくビルの陰に隠れる」

 

 再び薄暗い世界に戻ると、フツノミタマの報告通り2つの機影があった。

 この辺りは葦原湾の荷揚げ港となっている新港(しんこう)区だ。

 新港駅から武揚駅に続く線路上空を飛び、やがて建造物に隠れる低空飛行に入った。

 

「目視した、追跡する!」

 

 爆弾を積んでいるのか、それとも機銃掃射が目的か。

 兵装を確認出来る猶予はなかったが、攻撃をすることだけは確かだ。

 それを許すわけにはいかないのも、また同じく。

 

 速度は───推定324(600)ノット(キロ)。

 低空にしてはかなりの速度を出している。

 電車の線路沿いであれば、あっという間に武揚駅到着だ。

 

 速度を絞りつつ降下し、追い越さないように細心の注意を払い───

 チェイスもまた、線路上空に出た。

 もちろん、目前に敵機を置いて。

 

《ちぃっ、背後に敵機!

見覚えのない機影、魔王がこっち来やがった!》

 

《こうなりゃ、誘導弾を吐かせる!

少しでも味方を支援するぞ!》

 

 我々が生きているこの世界は、ストレンジリアル(エースコンバット)ではない。

 故にミサイルの手数は100発を超えるわけがなく、精々10発。

 しかも現状は2発しかない。

 

 彼らを順当に撃墜すれば、ミサイルは品切れ。

 命懸けで消耗を強いられれば、空に長居出来なくなる。

 

 まったく、大した度胸と仲間に対する想いだ。

 それを、壊すしかない。

 

 チェイスはFCSを操作し、GUNに切り替えた。

 最初の実戦のように、SRMを温存しなくては。

 

《誘導弾を撃ってこない……機銃でやる気か!》

 

《撃ってこいよ、誘導弾!》

 

 旧式機だからと、甘く見ていたのかもしれない。

 彼らはバレルロールを決めてみせた。

 GUNの射線から逃れると同時に、急減速も行なっている。

 

「ミサイル撃たせるどころか、

隙あらばオーバーシュートさせて後ろ取る気だな!」

 

 そうはいかない。

 F-2のエアブレーキを展開し、スロットルを調整して失速スレスレの飛行を維持する。

 フライバイワイヤの動翼制御が、この限界飛行を補助してくれた。

 

《ぐっ……なんで真っ直ぐっ⁉︎》

 

 1機、速度の制御を誤って失速(ストール)した。

 この高度での失速は、墜落を意味する。

 

 主翼が列車の電線に引っ掛かり、電信柱を引き千切りながら完全に制御を失った。

 頭からつんのめるように墜落し、線路をなぞるように転がり落ちた。

 

 一種のマニューバキル、なのだろうか?

 

《晋助っ……!》

 

 僚機の死に、片割れが動揺した。

 盗聴した声だけでなく、機動にも表れた。

 

 明らかに遅くなったバレルロールに、FCSのピパーを合わせ───

 軌道を読んで発砲する。

 

 20ミリ砲弾が機首を貫き、エンジンが火を吹いた。

 それを確かめたチェイスはスロットルを上げ、そのまま上昇して離脱した。

 

 背後で最後の旭光が爆発炎上し、線路に火のついた燃料を撒き散らした。

 しばらく、この路線は使えないだろう。

 

「地上部隊に迫る敵機を排除! 航空優勢確保に戻る!」

 

 上へ下へと大忙しだ。

 雲に突入し、上空へ戻る───

 

 ピロロ。

 RWRが鳴いた。

 

 地上からのレーダー照射ではない。

 背後、西から向けられたレーダーだ。

 

「フツノミタマ、レーダー波検知! 方位190(西)!」

 

「なに⁈ ……くそ、まずいぞ。敵増援を検知!

多いぞ、数42! 機種分析中!」

 

 また、エースコンバットじみた馬鹿みたいな数字が出てきた。

 42機、下手な国の空軍総力のような数字ではないか。

 

 データリンクで送られてきた情報を見るに、竜司や大助と真っ先に遭遇する。

 それも、相手は旭光のようなレーダーなしの旧式機ではない。

 少なくとも索敵レーダーを積んだそれなりの機体だ。

 

 このままでは、彼女らが危ない!

 

「竜司、大助! 状況報告!」

 

「敵機残3! 勝てない敵ではないが……しぶとい!」

 

 旭光、P-86はその速度の遅さによって、逆に攻撃しづらいのだ。

 もちろん、順当な状況であれば容易く撃墜出来る。

 その順当な状況でないのだから、彼女らは苦戦しているのだが。

 

 順当な状況にするには、お前が行くしかないぞ。

 

「今行く!」

 

 出力最大、オーグメンター起動。

 炎を吐きながら、雲上の世界を西に戻る。

 

 とはいえ───状況の不利に違いはない。

 旭光3機を始末した次は、42機の増援だ。

 

 チェイス、蒼穹の魔王は一騎当千と言われる事もある。

 もちろん、そんな事はない。

 シンプルに、弾が足らないからだ。

 

 精兵隊やオメガ隊が加勢したとしても、どうにもならない数的不利だ。

 

「そんな事より、まずは近い方から対処だ」

 

 そうする他あるまい。

 マッハ2に到達した頃に、ペンギン隊が戦う現場を目視した。

 

 竜司も大助も、旭光の低速に翻弄されている。

 被弾こそしていないが、度々追い越してしまい攻撃を当てられずにいた。

 

「敵を倒すだけが、戦いに勝つ方法じゃない……!」

 

 そこに、竜司を狙う敵機が目に入った。

 同時に大助も狙っている様子だが───

 露骨過ぎる、恐らく罠だ。

 

 ピパー越しに敵機のシルエットを睨み、引き金に指を這わせる。

 操縦桿を制御して照準を合わせ、動きが鈍る瞬間を待ち受ける。

 

 大助が射線に迫ると、急減速して曳光弾をかわした。

 これがチャンスだ。

 

「食らえ」

 

 鈍った瞬間を照準し、チェイスの放った弾は敵の尾翼を粉砕した。

 

《まずった……脱出する!》

 

 射出座席が起動し、撃墜した機体からパイロットが飛び出した。

 

「助かりました!」

 

《まずいな、隊長がやられた》

 

《脱出は?》

 

《確認した。お役目は十分果たした思うが、どうする?》

 

《最後まで続けよう。

軍を慄(おのの)かせる個人との手合わせ。

勝とうが負けようが、武人の誉だ》

 

《違いない》

 

 どうも向こうは中途半端に終わらせるつもりがないらしい。

 忠義ではなく、武道のためとは。

 

「ペンギン隊、空戦中申し訳ないが報告する」

 

「なんだよっ」

 

 一旦西に離脱し、敵編隊と距離を取る。

 状況はペンギン隊がリードしているが、速度という優位を捨てるにはもったいない。

 

「先ほど探知した増援の数、42を訂正して30とする」

 

「十分多いぞ、おい」

 

「だが、うち10機に爆撃機を認めた。

ノイズで大型機を誤認していたんだ」

 

 爆撃機。

 爆弾をたくさん積んで、たくさん落とせる機体だ。

 

 この世界に巡航ミサイルや誘導爆弾の類はない。

 武揚の街どころか、政府軍諸共味方地上部隊を爆撃しようというのだ。

 

 命じたのが政府軍なのか、その上にいる神祇官なのかはわからない。

 何にせよ、忘れていたのは事実だ。

 

 敵は、そういう手を辞さない連中なのだと。

 

「まさかっ、武揚ごと攻撃をっ⁈」

 

「……外道がァッ!」

 

 一網打尽のつもりか。

 しかも20機を護衛につけて、確実に達成するつもりだ。

 

「ペンギン隊、こいつらは放置!

敵爆撃機編隊を叩く!」

 

「はい……!」

 

「ああ……!」

 

 どう考えても、止められない。

 

「オメガ隊! CASを中止、爆装を投棄して上空に!」

 

「どうしたっ、フツノミタマ⁈

武揚城は目と鼻の先だぞ⁉︎」

 

「オメガ2、従え!

……フツノミタマ、来たのか?」

 

「いえ、違います。

ですが、実行されれば北条区は火の海になります」

 

「どちらにせよか……!」

 

「精兵隊、オメガ隊の穴を埋めてCASを継続!」

 

「なんだかわからんが、老人使いの荒い!

どこかに野戦飛行場を設置出来んか? 弾が残り少ない!」

 

 どうあがいても、武揚は焼かれる。

 その絶望感が頭の片隅に漂いながらも、追いすがる敵を振り切った。

 

 放たれたミサイルも半ば本能で翻弄し、回避。

 

《誘導弾、残弾なしっ!》

 

《本隊が到着した頃だ。お役目は完了だな》

 

《とはいえ、追跡は続けよう。しかし……

奴らはなぜ、急に俺たちを無視し始めた?》

 

 レーダーの光点は間違いなく北条区に迫っていた。

 

 この距離ならばF-2のレーダーでも敵の全貌を把握出来た。

 確かに大型、爆撃機らしき機影が10ほどある。

 

「……くそ」

 

「チェイス殿、やりましょう!

……やれるだけでも」

 

「爆撃機を1つ減らすだけでも、犠牲は減る。

減るはずだ」

 

 完全な阻止は出来ずとも、少しでも減らす事は出来る。

 その通りだ。

 

 チェイス、お前のその妙な完璧主義は治すべきだ。

 現実は完璧なクリアが出来るように調整などされていない。

 完全な阻止は目指すべきだが、固執すべきではない。

 

───でも、間違いなく爆弾はバラ撒かれる。

護衛機も、間違いなく邪魔をする……

 

 今は考えるな。

 それはあとで考える事だ。

 

「ああ、行こう」

 

 爆撃機編隊を阻止するため、ペンギン隊は北に針路を取った。

 東進する敵編隊に横槍を入れる形だ。

 オメガ隊もCASを中止して急行しているが、合流は遅れるだろう。

 

《敵機接近、19飛行隊は振り切られた模様》

 

《旧式機のジジイ連中だ、当然だろうよ。

奴らを爆撃機に寄せるなよ、幕軍を一網打尽にするぞ!》

 

 目視した護衛機のうち6機が旋回し、ペンギン隊に向かってきた。

 

 さて、どうする。

 セオリー通り護衛機を優先するか。

 あるいは、無謀を承知で爆撃機を狙うか。

 

「チェイス殿っ、攻撃目標は!」

 

「ちぇいす。私ならば、護衛機を振り切って爆撃機を狙う事も出来る」

 

 大助の具申は魅力的だが───

 それ以上に危険だ。

 

 YP-27の速度は護衛機を振り切れるかもしれないが、ミサイルは振り切れないかもしれない。

 なんとか爆撃機まで迫ったとして、一航過で撃墜出来るのは精々2機。

 

 その後は旋回を必要とし、速度が減る。

 そこを護衛機に突かれたら?

 

 大助は死ぬ。

 

「いや、護衛機を片付ける。

隙を見つけて爆撃機を攻撃だ」

 

「ですがチェイス殿っ、それでは爆撃機が……!」

 

 到達するだろう、どちらにせよ。

 口を開いた竜司だったが、そう思い至ったのだろう。

 

「いえ、了解……!」

 

 後方からはゆっくりとだが、凄腕の旭光も迫っている。

 爆撃まで間に合うかは、かなり怪しかった。

 

《おい……本隊の中心にいる機体。

あれは、爆撃機じゃないか⁈》

 

《ああ、見えてる。合同任務部隊へ、こちら第19飛行隊。

聞いていた編成と違うぞ、どうなってる?》

 

《19飛行隊、任務ご苦労。そのまま帰投せよ》

 

《答えになっていないぞ》

 

《武揚にはうちの親戚もいるんだぞ。

答えろ!》

 

《全機へ、第19飛行隊は反逆を起こした。

可能ならば、かの非国民も撃墜せよ。飛騨基地にも通達しろ》

 

《んなっ……⁈》

 

 何やら、政府軍にも奇妙な事情があるらしい。

 正確な情報を伝達せず、使い捨てる意図があったように思えた。

 

 なんにせよ、やる事は変わらない。

 

《ふざけやがって……!》

 

 間もなく、敵護衛機がミサイルの射程に入る。

 撃つのなら、今しかなかった。

 

「目標捕捉、FOX2!」

 

「誘導弾、撃つ!」

 

 3つの白線、向こうは6つ。

 この時点でもう、優位が明らかだ。

 

 正面から迫るミサイルをやり過ごすため、フレアを投下し機動する。

 

《……幕府軍。いや、連邦軍の空軍責任者。

奉行、管制、誰でもいい。応答求む》

 

 フレアに誘引されたミサイルがチェイスのそばを過ぎ去る。

 敵機のうち、ひとつが誰かの放ったミサイルを受けた。

 黒煙を引きながらも、未だ向かってくる。

 

「こちら空中管制機(AWACS)フツノミタマ。

所属と目的を告げよ」

 

《こちら葦原政府空軍第9航空師団第19飛行隊。

……政府軍は武揚への無差別爆撃を目論んでいる。そんな真似、許せん!

これより葦原連邦軍に助太刀する!」

 

 ピパーに敵機のシルエットを重ね、発砲。

 20ミリ砲弾の曳光弾がエアインテークに吸い込まれていった。

 炎を吐く機体と、それぞれの放つ衝撃波をぶつけ合い、すれ違った。

 

「蒼穹の魔王! こいつらは引き受けた!

爆撃機をやれ!」

 

「ペンギン隊、後方の政府軍機を味方と識別する!」

 

「そんなっ、急に言われても……っ」

 

 そんな言葉ひとつで、信じるべきか?

 しかし───もし事実なら、可能性が出て来る。

 

 裏切られるのではないか?

 可能性はある。

 

「……頼むぞ、19飛行隊!

オーグメンター起動(ゴー・ゲート)!」

 

「頼まれた!」

 

 この内戦では、かつての真田家のように事情があって政府側に居る者もいる。

 事情があれば、寝返る事もある。

 

 ならばここはひとつ、賭けてやろうではないか。

 

《っ! どう言うつもりだ、ジジイ共!

武の道だの言っている癖に、敵に寝返るつもりか!》

 

「民草を巻き込む外道が、武の道をかたる(・・・)な!

こいつは武道以前に、人の道にもとる行いだ!」

 

《老人め! 魔王を消耗させて死ねば良かったものを……!》

 

「お前らこそ、何とも思わねぇのか⁈

お前らだって、親戚が武揚に居てもおかしくないだろうがよ!」

 

《俺たちの血族に、武揚暮らしの金持ちはいない!》

 

 19飛行隊はふたりしか残っていない。

 それに、機体も旧式でミサイルもない。

 

 長くは保たない。

 だからこそ───無駄にしてはならない。

 

 そして困ったことに、敵護衛機はまだまだいた。

 

《19飛行隊が味方の邪魔をしている》

 

《裏切り者の非国民め! 2から4、魔王の迎撃に入るぞ!

11から19は直掩を続けろ!》

 

 護衛機の一部が再び、ペンギン隊に向かう。

 これでもなお、直掩の余力があると言うのが腹立たしい。

 

「機影を探知、複数! 方位340(北北西)!」

 

「まだ来るのかよ……!」

 

「いや、方位が……IFF信号、新選組!」

 

「新選組⁈」

 

 彰義隊第2中隊、新選組。

 しかし彼らは真田藩の防衛任務に就いていたはずだ。

 

「捉えたぞ、チェイス。こちら彰義隊第2中隊新選組。

隊長、山義歳三だ。これより賊軍を討つ」

 

「や、山義隊長っ! どうしてここに⁈」

 

「忘れたか? 俺は武揚を守る鎮武隊副長だったが……

それ以前に、武揚の生まれだ。

故郷を他人任せに出来るかよ」

 

 明確な命令違反。

 褒められた行為ではないが───

 今回ばかりは、ありがたかった。

 

「俺たちだけじゃないぞ。

今、長崎を経由して真田藩から陸軍が侵攻中だ。

総大将は真田藩藩主、松代源幸(もとゆき)」

 

「父上が……?」

 

 先の空爆によって、真田藩の戦力は侵攻不能と判断されていた。

 そのはずだが───相当無理をして行動を始めたらしい。

 

「歳三。あなたの任務は……」

 

「罰は甘んじて受ける。フツノミタマ、貴様の管制下に入るぞ」

 

「……了解した。ペンギン隊と協同し、敵爆撃機編隊を撃墜せよ」

 

「了解。ようやく借りが返せそうだ……

新選組各機、武揚と民を守るぞ。交戦許可!」

 

「うっす! 鉄之助交戦!」

 

「入道、交戦する!」

 

 新選組の加勢。

 諦めていたはずの完全な勝利が、目前に現れた!

 

「竜司ちゃん、大助。ふたりの言う通りだったよ。

やれるだけやるべきだ」

 

「ふっ……だろう?」

 

「でもまさか、こんな事になるなんて……!」

 

「今度は完璧に済ませて、生きて帰るだけだ! やるぞ!」

 

「はい!」

 

「ああ!」

 

 増援の到着に、敵も動揺しているのだろう。

 直掩機がついに離れて新選組へ向かい、ペンギン隊が対峙していた編隊も一部が旋回した。

 

「俺を忘れたとは言わせんぞ! オメガ隊、交戦せよ!」

 

「了解! オメガ2、交戦!」

 

《どうなってるんだ⁉︎ 全方位から敵がやって来るぞ!》

 

《爆撃機、針路を維持しろ! 意地でも爆撃は成功させるんだ!

幕軍を一網打尽に!》

 

 敵が分散し、遂に爆撃機へ喰らい付く目が出た。

 最後のミサイルを捕捉させ、撃つ。

 

「FOX2!」

 

 動揺が回避に表れたのだろう。

 ペンギン隊が放ったミサイルは全てが命中し、目前の敵を蹴散らした。

 

「ペンギン1、敵機撃墜!」

 

「2と4も撃墜してるよ!」

 

「爆撃機は目前だ……!」

 

 既に新港区上空に入られてしまったが、ここはまだ港の工業地帯。

 市街地の味方上空で爆弾を落とされるよりはマシだ。

 

「チェイス殿、爆撃機の装甲は頑強です」

 

「そこでこいつが役に立つ」

 

 チェイスは未だ、70ミリロケットを1.5ポッド分残していた。

 ロケットを用いた対空攻撃など、一体どれほど空戦の歴史を遡るのやら。

 

 とはいえ、20ミリ砲弾よりずっと効果的には違いない。

 当たれば、だが。

 

「チェイス殿、私が爆撃機の尾部機銃を誘引します。

その隙に攻撃を!」

 

「わかった!」

 

「では、私は寄る敵機があらば仕留めよう」

 

 大助は上空へ向かって警戒にあたり、竜司は先行して最後尾の爆撃機へ。

 30ミリで胴体部分を攻撃し、尾部機銃の注意を誘う。

 

 曳光弾が左に流れた竜司を追ったのを見ると───

 チェイスが勢い良く距離を詰めた。

 

「ロケット斉射!」

 

 0.5ポッド分の一斉射。

 火を吹く矢が一斉にヤ-11Bに向かう。

 そして胴体を貫き、爆ぜた。

 

 ロケットの炸裂は爆弾倉内部の爆弾に誘爆し、頑丈なはずの爆撃機を内側から砕いてしまった。

 

「ペンギン1、ヤ-11Bを撃墜!」

 

《まずい、爆撃機に被害が出ている!》

 

《奴ら、燃料が減ってるから動きが軽いぞ!》

 

 0.5ポッドでも、少々威力過剰だったか。

 

「仕方ないだろ、爆撃機の強度なんて知るわけないじゃないか」

 

 別に責めていない。

 ただ、修正が必要なだけだ。

 

 FCSを操作し、斉射から単発に切り替える。

 まだ9機も残っている、火力はなるべく残しておきたい。

 

「こちら歳三。チェイス、手こずっているなら手伝おう。

鉄之助、入道。敵の攻撃を誘引しろ」

 

「了解っす! やるぜ、入道!」

 

「いいだろうっ」

 

 新選組3機が護衛機の守りを突破し、爆撃機編隊に追い付いた。

 鉄之助と入道、チェイスと共に彰義隊の3馬鹿に含まれるふたりが、連携プレイで爆撃機の注意を引いた。

 そこを下から歳三が迫り、エンジンを穴だらけにする。

 

《ダメだっ、制御不能っ! 制御不能っ!》

 

 エンジンごと主翼を奪われた爆撃機が、工業地帯に向かって墜落していく。

 今回は、追撃している余裕などない。

 

 新選組の前方、次の爆撃機へ。

 

《こっちにも敵が! 助けてくれ!》

 

《今行くっ、待ってろ!》

 

 オメガ隊方面の敵機が爆撃機の直掩に戻って来た。

 チェイス目掛けて一直線だが───

 

「……甘いっ」

 

 雷が落ちるかの如く。

 大助のYP-27が急降下と同時に敵護衛機を貫いた。

 

「いいぞ、ちぇいす」

 

「頼りになって助かるよ!」

 

 爆撃機の上方から迫り、70ミリロケットを叩きつける。

 貫通───炸裂。

 

 今度は爆弾倉に誘爆こそしなかったが、穿たれた大穴は瞬く間に広がり、やがて胴体を引き千切った。

 ふたつになった爆撃機が、重力によって地面へと引き寄せられる。

 

「けっ……ジジイを、舐めるんじゃねぇよ。

魔王、今から合流するぞ!」

 

「ちぇいす、後方より機影。旭光だ。

先の、19飛行隊だろう」

 

「あれれ、勝っちゃったの?」

 

「あたぼうよ! ま、相方はやられちまったが、脱出するのは見えた!

そうら、外道をとっちめるぞ!」

 

 仲間は、再び増えた。

 頭数の優位は、いつの間にか連邦軍に戻っていた。

 

 護衛機は消え、残りは爆撃機ばかり。

 しかしそろそろ、まずい状況だ。

 

 工業地帯が終わり、北条区の市街地が見えて来たのだ。

 

「残り1機! チェイス、やっちまえ!」

 

「わかってる!」

 

 鉄之助に背中を押されながら、チェイスが最後のロケットを爆撃機に叩き付けた。

 胴体側面に突き刺さったロケットは炸裂し、主翼を根本から奪った。

 

「チェイスが最後の1機、撃墜!」

 

 過ぎ去ってから振り返り、チェイスもその目で戦果を確認した。

 撃墜───いや。

 

「ああ、くそっ。なんでそっちに墜ちる……!」

 

 コントロールを喪失した爆撃機は爆散せず、爆弾倉に満載したまま墜落していた。

 その先には───面白みのない四角い建造物。

 

 文字通りこれは団地だ。

 葦原の一般的な住宅。

 すなわち、戦えない人々がいる可能性の高い住居。

 

 機体を反転させ、急旋回───

 ダメだ、失速する!

 

「くそっ……!」

 

 ロケットは既に残弾が尽きている。

 ポッドを投棄するが───状況は変わらない!

 

「ちっ……!」

 

 その時、黒い影がチェイスのそばを過ぎ去った。

 影ではない、黒いだんだら模様───

 新選組のオロールだ。

 

「誘導弾を撃つ!」

 

 主翼に残された2発全てのミサイルを放ち、墜落する爆撃機に向けて放った。

 墜落するばかりの爆撃機に、ミサイルをかわせるはずもなく。

 直撃した弾頭が爆弾倉の爆弾に誘爆した。

 

 空中で大爆発が起こり、その破片残骸が団地に突き刺さる。

 しかし───直撃すれば、建物が崩壊していても不思議ではなかった。

 

「被害は最小限、と言ったところか」

 

 崩れかけた姿勢を取り戻しているところに、オロールが寄って来た。

 新選組隊長、山義歳三のオロールだった。

 

「助かったよ、歳三」

 

「ふっ、気にするな……

部下の故郷が世話になった礼だ」

 

 改めて、状況を伺う。

 

 既に周囲は暗くなり、夜間に等しい状況。

 味方の被害は───あるにはあったが、許容範囲内。

 市街地への被害も、最小限だ。

 

「爆撃機の殲滅を確認! やったな!」

 

「ああ、フツノミタマ。そっちから見てどう?

もう終わりでいい?」

 

「待て、武揚城の状況を確認する。

精兵隊、北条区解放の状況を」

 

「今、第一戦車隊の連中が武揚城の包囲を始めておる!

もう間もなく、武揚は取り戻せる!

ん? おーい! 倅ェーッ! 頑張っとるかァーッ!」

 

「あの旋回してる颶風、親父だな?

まったく……」

 

 睦平の声からして、強がりの類ではなさそうだった。

 武揚、首都奪還。

 

 それがもう、間もなく達成される。

 

「よし。残りは引き継ぐ味方に任せても良さそうだ」

 

「なんだよ、解放の瞬間に立ち会わせてくれないの?」

 

「武揚城の解放が武揚全体の解放を意味するわけではない。

その後を見据え、補給と休憩が必要だ」

 

「そりゃそうだ」

 

 無茶をして残れと言われるより、ずっとマシだろう?

 

「了解。それじゃ、ペンギン隊。

基地に……」

 

「あー、あーあー! チェイス! これで聞こえる?」

 

 久しい声だ。

 夷俘島と真田藩を行ったり来たりしているという声が、こんな場所で聞こえるとは。

 

「あれれ? ……えーっと、ジェーン・ドゥでいいんだっけ?」

 

「ペンギン1。こちらからではその交信を拾えない。

データリンクでこちらに中継してくれ」

 

「ああ、了解」

 

 エラ・アーロン。

 確か通信ではジェーン・ドゥなる暗号名を用いていたはずだ。

 

「まったく、サナダ・クランでは大騒ぎだよ。

戦闘機部隊が無駄発進するわ、クランのトップが軍を率いて出て行くわで。

仕方がないから、うちのガンシップで支援する事になった……

って、それはいいから、聞いて!

至急、AWACSにブヨーの西から南にかけて集中的に索敵させて!」

 

 彼女が血相を変えて連絡してくるのだ、声を聞きたくなったという訳ではないだろう。

 

「フツノミタマ!」

 

「今やってる!」

 

「ミス・アーロン……来ましたか?」

 

 大学時代に生徒教師の関係であった宗治郎がエラに問い掛けた。

 

「ああ、そうだ……さっき上がった時に、未知の暗号電波を受信した。

タイミングから見て間違いない。

ケツゴウを実行するなら、ここしかない!」

 

「ねえ、そのケツゴウって奴。

もう教えてくれていいんじゃない?」

 

 ケツゴウ。

 まさか、尻や性行為ではないだろう───

 

 ともかく、その政府軍が目論んでいるであろう何らかの計画。

 前々から存在はエラを始めとした合衆国から匂わされていたが、そろそろ全貌を聞くべきだ。

 何やらその計画は、この勝利の余韻を台無しにするのだろうから。

 

「……わかった。

ケツゴウ、厳密には、ケツゴウ・ナンバー4は……」

 

「西の葦原湾、および南西の洋上から接近する飛翔体を検知!

既存の航空機と比べて、明らかに小型低速だ。

ノイズとして処理されていた」

 

「ああ、くそっ……やっぱり来たか。

チェイス、絶対にそれを迎撃! 1発も逃さないで!」

 

「なんだかわからないけど、了解!」

 

 この様子ならば、道中で詳細を説明してくれる事だろう。

 何よりこの状況で、小型かつ低速で迫る飛翔体だ。

 チェイスの知識や経験から照らし合わせて───どう考えても普通ではない。

 

「これは……っ⁈」

 

 フツノミタマの次郎が、明らかに動揺した声を上げた。

 

「当ててやろうか? その飛翔体、旋回してるんだろ?

たとえば、積乱雲を避けながら」

 

「どうしてわかった?」

 

「ちぇいす、これは一体⁈」

 

「巡航ミサイルだ!

多分マインド・シーカーを利用して、長距離対地ミサイルを制御してる!

ある程度、地形を意識した挙動が出来るヤツだ!」

 

「巡航、誘導弾⁈」

 

「人の意識を誘導弾に乗せ、目標へと向かわせる……

奴らめ、研究成果を組み合わせたか!

彰義隊全機! 総力を持って巡航誘導弾を撃滅しろ!」

 

 サトリの意識をミサイルシーカーに飛ばし、遠隔制御させる技術。

 それに魔力由来の高効率エンジン。

 組み合わせれば、この世界にない巡航ミサイルもどきが完成する。

 

 さらにもうひとつ、組み合わせられる最悪の要素が存在する。

 

 三式弾だ。

 既に大入道が運用していたロケット弾によって、砲弾以外でも運用可能なのは明らかになっている。

 あの戦術核レベルの弾頭を搭載すれば、立派な巡航ミサイルの完成だ。

 

「これ、データリンク繋がってる?」

 

「はい、ジェーン・ドゥ。確立済みです」

 

「飛翔体の数は?」

 

「葦原湾と果ての海にそれぞれ13、計26確認しています」

 

「飛翔体の中に、護衛機らしき機影は?」

 

「いえ、全て巡航弾と思われます」

 

「多過ぎる……ダミー込みか?」

 

 三式弾の量産は可能だ。

 しかし、魔力抽出の問題でそこまで大規模なものにはならないという話だった。

 数が多いのは、確かに気になる要素だ。

 

「本命の数は?」

 

「1、多くて2! ……あー、待って。

チェイス、多分あなた誤解してる!」

 

「え? 三式弾搭載の巡航ミサイルだろ?」

 

「それもあるけど……!」

 

 残念ながら、話している余裕はなさそうだった。

 蒼い炎を吐きながら飛翔する、小さな物体。

 巡航ミサイルの軌跡が目視出来た。

 

 1発で小さな町ひとつをクレーターに変える兵器。

 絶対に止めなくてはならない敵だ。

 

「ごめん、話は後だ! 全部墜とせばいいんだろ!」

 

「……その通り! 絶対に全部やって!

葦原連邦空軍(AFAF)AWACS! 南の奴は海軍に撃墜を命じなさい!」

 

「既に通達済み! 海軍第一艦隊が総力で迎撃します!」

 

 三式弾が1発でも武揚に着弾すれば、住居に隠れるしかない人々が巻き込まれる。

 味方に当たらなければいい、という問題ではないのだ。

 

「第一艦隊。旗艦信濃、了解した。

砲術長、乙月から得た諸元をもとに照準せよ!」

 

「了解しました!」

 

「そういう訳だ、剛明。頼むぞ」

 

「旗本、江夏の名にかけて、必ずや。

総員、対空戦闘!」

 

「航空隊は艦隊の迎撃をすり抜けた飛翔体を撃墜せよ。

三式弾や誘導弾も万能ではないからな」

 

「ヴィクター了解」

 

「ランサー了解!

……せっかくここまで帰って来たんだ。やらせるかよ」

 

「哨戒隊は水上警戒を厳にせよ。

横槍を入れる奴が出るやもしれん」

 

「ゴースト、了解しました。さあみんな、敵を見逃すなよ!

武揚奪還は盛大に祝う。生きて帰らなきゃ意味がないんだからな」

 

「乙月より、諸元通達!」

 

「砲術指揮所、指示の目標!

主砲、打ちー方始めぇ!」

 

「主砲、打ち方始め!」

 

 南の空に浮かんでいた、積乱雲の迷宮が消し飛んだ。

 信濃が発砲した三式弾。

 そして、破壊された三式弾の連鎖的誘爆だ。

 

「凄い……積乱雲が、残らず消し飛んだ……!」

 

「あれほど恐ろしい兵器が、これほど頼もしく思えるとはな……」

 

「大量破壊兵器(WMD)も、使い方次第か……」

 

 核のように汚染しないが、比較的サイズが小さく十分な破壊力を持つ砲弾。

 多くを破壊するが───その破壊力が、街を守るために使われている。

 

 松後の市街地を焦土に変えた、播磨型の50センチ三式弾がだ。

 珍しくお前の言う通り、どんな道具も使い方次第というわけだ。

 

 さあ、破壊の魅力にウットリしている余裕はない。

 今度は我々があの巡航ミサイルを破壊する番だ。

 

「チェイス、我ら新選組も巡航弾を攻撃する!

北側の編隊は任せた!」

 

「悪いが、オメガ隊は弾薬欠につき支援が出来ん。

代わりに、燃料が許すまで貴官らの背後を守る」

 

「第19飛行隊、こっちの足じゃまともに追いつけん……

だがせめて、魔王の背後は守る!

くそっ! 何が新たな葦原だ! 葦原の裏切り者めッ!」

 

 新選組は乱入して早々だ、巡航ミサイル迎撃の余力があった。

 

 オメガ隊は───機体も身体も、限界が近い。

 

 第19飛行隊も余力はあれど、機体は旧式。

 それに先ほどの戦闘でミサイルを使い果たしている。

 

 それ以上の支援は、彼らには難しいだろう。

 

「ああ、背中は頼む!」

 

 彰義隊は散開し、ペンギン隊は南側を飛ぶ巡航ミサイルへ。

 

「くっ、な、なにこれ……?」

 

「竜司ちゃんどうした?」

 

「竜司、答えろ」

 

 巡航ミサイルの背後にアプローチした直後、竜司がうめき声を漏らした。

 少しだけ間を置いて、竜司が応答した。

 

「わかりませんっ、ただ……強烈な殺気が。

この周囲に、漂って……!」

 

 彼女の持つサトリのセンスが何かを捉えたらしい。

 三式弾を用いて、市街地諸共攻撃を目論んでいるのだ。

 相応の殺気があって当然だろう。

 

《出たい……ここから、出たい……!》

 

《あそこ……出られる……!》

 

「無線が妙なノイズを拾ってる」

 

「ああ。私の機体も拾った」

 

 これは以前あった事だ。

 世博会場から撤退する機体、それを追うミサイルを追尾した時。

 ミサイルに意識そのものを移し、誘導するサトリの思念を通信機が拾っていた。

 

 やはり、思念誘導ミサイル(マインド・シーカー)!

 

「これか、竜司ちゃんの言う殺気は」

 

「関係ない、だとしても……!」

 

 弾を当てれば墜落する。

 その理は、たとえ未知の技術が用いられても変わらない。

 

「各機手分けして対処! 当てれば終わりだ!」

 

「ああ。4、散開する!」

 

「……2、対応しますっ」

 

 ミサイルは既に打ち止め。

 GUNはまだ40%残っている。

 すっとろい巡航ミサイルの撃墜には十分過ぎる残弾だ。

 

 ピパーにミサイルのシルエットを収める。

 

《終わる……着けば、終わる……》

 

「ああ、終わるよ」

 

 曳光弾が吸い込まれ、弾体に着弾する。

 蒼い炎が撒き散らされ、制御と高度を失う。

 素早く退避。

 

 あの巨大な火の玉が暗くなった武揚湾を照らし、爆圧が雲を吹き飛ばした。

 撃墜したミサイルの爆発は、50センチ砲や大入道のロケットに比べ明らかに劣っている。

 

「あの三式弾、明らかに威力が低い。

弾頭を小型化したのか?」

 

「いやチェイス、それは弾頭の炸薬が正常に反応していないためだろう。

手順通りに反応すれば、他の手段と大差ないはずだ」

 

 チェイスの何気ない疑問に、宗治郎があっさりと答えた。

 さすがに元幕府軍重鎮だけあって、三式弾にも詳しいらしい。

 

 続いてふたつ、みっつ。

 ペンギン隊が次々に撃墜していった。

 

 南の方の編隊も新選組が向かい、容易く撃墜していく。

 まるで空対空射撃演習の標的機を狙っているかのようだ。

 

 巡航ミサイルの挙動は雲を避けるとはいえど、空戦機動と呼べるようなものはない。

 ドラゴネット級が放つ巡航ミサイルとは比べ物にならないポンコツ揃いだった。

 

「巡航ミサイル殲滅! 弾頭は三式弾!」

 

「え、全部?」

 

「ああ全部!」

 

「なら油断しないで! まだ来てない!」

 

「来てない?」

 

「ああ、第二波を探知した!

気を付けろ、今度は護衛も連れている!」

 

「まったく……!」

 

「オメガ、急行する! 護衛を引き付けるぞ!」

 

「山義隊長!

これ、巡航弾はペンギン隊だけでいいんじゃないの?」

 

「そうだな。新選組、護衛機を仕留めるぞ。

ペンギン、巡航弾は任せた!」

 

 巡航ミサイルの良いところは、長距離に精密な火力を投射出来る点。

 何より一番大きいのは、人間の直接的な誘導を必要としない点だ。

 直接搭乗するなどもってのほかだ。

 

 だというのに、こいつらと来たら───

 マインドシーカーに宿った思念がノイズとして通信機から流れるのは、直接意識を移植したものだけだ。

 この巡航ミサイルは最低でも1発1人、人間を生贄としている!

 

「死を恐れないにしても、限度あるだろ!」

 

 護衛の戦闘機に続いて、先ほどよりも多い巡航ミサイルが積乱雲の陰から飛び出して来た。

 これまた余力のある新選組の鉄之助がミサイルを放ち、先制攻撃で護衛を仕留めた。

 そのまま、入道と共に格闘戦に入った。

 

「チェイス、護衛は俺らが引き受けた!

巡航弾、やっちまえ!」

 

「ああ、頼むぞ!」

 

 周囲で繰り広げられる戦いを切り抜けながら、第二波へ。

 真正面からすれ違う形になったチェイスが、攻撃の機会を見逃すはずがない。

 

 いや───待て、三式弾の性質上、真正面から撃つとヤバいぞ!

 

「おっと、なら……」

 

 至近距離、翼端を掠めるようにすれ違う。

 すると、機体の飛翔によって生じる乱気流にミサイルは巻き込まれ───

 動翼が損傷し、制御不能となって墜落していった。

 

「V1、いっちょあがり!」

 

「ペンギン1が巡航弾を撃墜!

これは……翼端渦(よくたんうず)で⁈」

 

「弾の節約になるな」

 

「敵巡航弾、残11!」

 

 旋回して、再び巡航ミサイルの背後へ。

 どうやらこのマインド・シーカー、そこまで複雑な動きは出来ないらしい。

 精々雲を避けて、目的地へ向かうだけ。

 

《あそこ……出られる……!》

 

 まさに、このノイズの通りに。

 ただし、目的地に到着されては困る。

 

 ピパーで照準し、引き金に指を掛け───

 RWRが鳴いた。

 

 走査間隔からして、照準レーダー。

 方向は、真後ろ!

 

《貰ったぞ、撃つ!》

 

 チェイスは機体をロールさせ、突如現れた曳光弾をかわした。

 

 真後ろに機影はない。

 いや───積乱雲がある!

 

《外したか!》

 

《相手を見もせず、簡単に仕留められるほど甘くないか……

いくぞ!》

 

「敵機! 積乱雲から出るぞ!」

 

 炎を吐きながら、6つの機影が飛び出した。

 機種は───

 

「おい、勘弁してくれよ……」

 

 大型の機影。

 双発(2つ)のエンジンに2つの垂直尾翼、それに大きな主翼。

 

 改修が遅れに遅れて、結局F-35に代替される形で退役しつつあるが───

 数十年、日本の空を守り続けてきた主力戦闘機。

 

「F-15じゃねぇか……!」

 

 いや、厳密には違う。

 機首が我々の知るそれより細く、先端にはピトー管が伸びている。

 

 主翼も特徴的な、先端の一部が切り落とされているクリップド・デルタ翼ではない。

 尖った三角形のように見える形状だ。

 

 これは、昔航空系雑誌で見たぞ。

 F-15の最初期、プロトタイプモデルだ。

 確かこのような仕様をしていたはずだ。

 

 しかしよりにもよって、それが敵になるとは!

 

 巡航ミサイルを迎撃するには、ノーマークで迫って来た連中の脅威が強過ぎた。

 一旦攻撃を中断して、ペンギン隊は敵増援から退避を始めた。

 

「敵機、識別表にありません! 新型⁈」

 

「双発、垂直尾翼2つの大型機! 機動性も高いっ!」

 

「双発、垂直尾翼2つの大型……? ちょっと、待って……

AWACS、データリンクで捉えた画像を送って!」

 

 どうやら、エラに心当たりがあったらしい。

 声を震わせながら、画像を求めた。

 

「ジェーン・ドゥ、今送信します!」

 

「受信した……あぁ、クソッ! どこの馬鹿だッ!

ロング・イラ(うち)のプロトタイプ漏らした奴はっ⁉︎」

 

「ああ、そいつぁCIGの対アシハラ・ガバメント部署だな!

この間、奴らに頼まれて青写真(せっけいず)渡したぜ!」

 

「はぁ? ちょっとマッコイ、どういう事⁈」

 

「管理者対策の、葦原空軍戦力増強政策ってヤツの一環だったじゃねぇか。

チェイスの坊やがこの世界(こっち)に来る前の話だ。

それよりお嬢! こっちもヤバいぜ、すげぇ量の車両が街道を進んでやがる!

クランリーダーがやられちまうぜ!」

 

「こんのっ……! チェイス、いい?

こっちも修羅場でしばらく話せないから、諸元だけ伝えておく!

そいつはYP-15スパルナ! 制空戦闘と空爆の両立を目指して設計された戦闘機!

でも、機体とエンジンが釣り合ってないポンコツ!」

 

 そういえば、エンジンの問題で上手くいっていない機体がいくつかあると、エラは以前言っていた。

 チェイスが来る以前にYP-15の設計図を渡したというのが、マッコイの言い分だ。

 

 合衆国にF-2の解析データが渡る前。

 つまり、21世紀の高出力エンジンを知らない時期のものだ。

 

「なら、足が弱点?」

 

「そういう事! あなたの事だから、そんなの大した事ないでしょ!

ちゃっちゃと片付けて、巡航ミサイルを対処して! 以上、交信終了!

ほら、車両は40ミリで対応! 市街地だから105ミリは禁止!」

 

 どうやら、真田藩から侵攻する側も相当忙しいらしい。

 それはそれとして、チェイスの命の危機が恐ろしく軽いノリで流された気がする。

 

「ご期待に応えなくっちゃな……!」

 

 F-15もどき、YP-15スパルナ。

 急に現れた時は驚いたが───

 

 確かに、主翼面積と重量からくる減速率と旋回半径は見事だ。

 しかし旋回した際の運動エネルギー(そくど)保持や回復、それに高度の上昇が鈍い。

 少し見ているだけでも、エラの評価を理解出来た。

 

「みんな、スパルナは上昇が下手っぴだ!

上方向を意識して振り切ろう!」

 

「高高度は私の領域だ、任せろ」

 

「でも身体がデカい分、ミサイルも多く積める!

2発ミサイル撃たせたからって油断は禁物だ!」

 

《黒のだんだら模様……魔王にも劣るプロパガンダの雑魚部隊か!》

 

「ふっ、わかりやすいな……」

 

 そう言っている間にも歳三は追尾してきたスパルナを誘引。

 急降下して加速したところで急減速、オーバーシュートさせた。

 

《馬鹿なっ、新型機なのにっ……!》

 

「機体の新旧は勝負の決め手ではない……」

 

 難なく、歳三が30ミリを叩き込んで撃墜してみせた。

 

「恐れるな、乗っているのは雑魚揃いだ!

今まで通り落ち着いて対処せよ!

チェイス、お前は巡航弾の迎撃に集中しろ!」

 

「助かるよ……!」

 

 ふと、脳裏を過ぎった。

 こちらに護衛機が現れたのなら、南の海軍が担当するエリアにも来るのではないか。

 

 そう思い至ったチェイスは、巡航ミサイルに20ミリを叩き込みながら発信した。

 

「こちらペンギン1、海軍のどのユニットでもいい。

そっちに護衛機が来る恐れがある、警戒せよ!」

 

「こちら乙月、護衛機の反応はありません。

……が、言うことはもっともだ。

各部隊、対空警戒を厳となせ」

 

「素直にお礼を言えないのか?」

 

 YP-15のパイロットは、新米上がりといったところか。

 それなりに自信がある様子だったが、実戦混じりで飛行時間を重ねてきた新選組やオメガ隊に勝てはしない。

 

 第二波の巡航ミサイル撃墜も容易いものだった。

 本命らしきものは───

 もし本命が三式弾とは別のものだとすれば、ない。

 

 全てが三式弾で、空中に巨大な爆発を起こすばかりだ。

 洋上でなければ危なかったが───

 あまり脅威とは感じなかった。

 

「第二波を殲滅! 誰か、三式弾以外の反応を見た人、いる?」

 

「2、確認していません」

 

「4、同じく」

 

 エラの考え過ぎか?

 彼女とて、長齢だが万能ではない。

 そのくらいの事はあるだろう───

 

「こちらゴースト! 我々に接近する機影あり!」

 

 果ての海を哨戒するゴーストの通報。

 やはり、チェイスの読みは当たっていた。

 

「ああ、くそ……護衛機が次々に撃墜されている。

次は、俺達のようだ……!」

 

「砲雷長っ、ゴーストの援護を!」

 

「無理ですっ、積乱雲の影響でイルミネーターの電波が届きません!」

 

「ぐっ……ゴースト、退避なさい!」

 

「……申し訳ない、剛明さん。

護衛機最後の報告を通達する。敵機は赤いラインの機体!

赤報隊だ!」

 

 それが、ゴーストが送った最後の報告となった。

 赤報隊。

 

「夷俘海峡の死神……!」

 

「竜司、行くなよ。我らのお役目は、この場の巡航弾だ」

 

「はい……! 仇討ちよりも、武揚の民の方が大切です!」

 

「いいぞ、竜司ちゃん。その調子だ」

 

 チェイスが以前撃退した、あのパイロットが1番機を務める部隊。

 それが艦隊を迂回して、ゴーストに牙を剥いたのだ。

 

「でも……あの時仕留めていれば、ゴーストは」

 

 やめろ。

 それを考えては、戦争では何も出来なくなってしまう。

 せめて考えるのは、陸に降りてからだ。

 

「チェイスっ! こちら葦原一の始末屋!」

 

 千代だ。

 彼女が連絡を寄越すということは、だ。

 

「赤報隊って奴らから聞こえて来た! 本命は南!」

 

「……あいつらが本命を護衛するわけか!」

 

 赤報隊の技量に関しては、相当なものだ。

 ゴースト、そしてその護衛を一蹴する実力。

 艦隊に対しても、何をしてくるかわかったものではない。

 

「ペンギン隊、この辺りは新選組に任せろ。

どうせ、護衛がいてもさっきのような雑魚だからな」

 

 あっさりとYP-15を殲滅した歳三は、ペンギン隊が取りこぼした巡航ミサイル攻撃に移っていた。

 彼らほどの腕ならば、陸地に辿り着く前に対処出来る事だろう。

 

 今は、南の海軍担当空域の援護に向かうべきだ。

 そこに誰がいようが、関係はない。

 

「ペンギン1、南に向かう!」

 

「チェイス殿、お供します!」

 

「4、続こう」

 

 新選組とオメガ隊達に葦原湾の守りを任せ、ペンギン隊は南下。

 その最中にも、海軍の被害が聞こえてきた。

 

「ランサー、赤報隊と交戦する!

くそっ、2機やられた! 俺たちをゴミみたいに……!

奴ら、本当に一戦交えてるのか⁉︎」

 

「こちら乙月、航空隊の支援を……」

 

「第3波確認!」

 

 剛明も乙月から支援しようと試みたが、そうもいかないらしい。

 例の本命が、南の第3波が来た。

 

「こっちの情報によると、本命はその第3波だ!」

 

「ちぃっ……! ランサー、ヴィクター。

申し訳ないが、現状の戦力で対処なさい」

 

「了解っ!」

 

「俺たちは童(わらべ)じゃないんだ。

自分の仕事は自分でやる……!」

 

「砲術長! 絶対に奴らの攻撃を武揚の街に寄せ付けるな!」

 

「必ずや!」

 

 信濃の砲撃が始まった。

 ペンギン隊の数十キロ南で三式弾が炸裂し、多くの巡航ミサイルが消し飛ばされていく。

 

「これは……問題なく、勝てるのでは?」

 

 竜司がそっと、楽観論を漏らした。

 チェイスの頭の中にも、確かにある。

 

 これほど圧倒的な火力が迎撃し、味方も優勢。

 懸念と言えば赤報隊だが───

 

 たとえ絶対的なエースが居ても、その活躍は点でしかない。

 面でなければ、広大な戦況を覆すには至らないのだ。

 それは赤報隊も、ペンギン隊も同じ。

 

 あとは、政府軍が三式弾攻撃を諦めるのを待つだけ。

 

「新たな反応1! 積乱雲の中からっ⁈」

 

「なんだとっ⁉︎」

 

 やはり、そうもいかないらしい。

 データリンクでF-2のMFDにも情報が来た。

 

 今まで巡航ミサイルは雲を避けていたが───

 全て迎撃されている現状で、無茶をする決断をしたのだろう。

 巡航ミサイルに敢えて危険な雲中飛行をさせたのだ。

 

「砲塔旋回、間に合いません!

迎撃網を抜けられます!」

 

「誘導弾は!」

 

「砲撃漏れした巡航弾対処で手一杯です!」

 

「チェイス、わかるね⁈ これが本命(・・)だ!

特大の奴が北条区に向かってる!」

 

 千代がチェイスの推測を確信に変えた。

 本命のミサイルは武揚西南西、10キロまで迫っていた。

 

《っし……!》

 

 本命は千代が言う通り、他より一回り大きい。

 その影響で足も遅いが、それは比較の問題だ。

 3分もしないうちに、陸地上空に入る。

 

 こちらも積乱雲を避ける猶予はない。

 

「ペンギン1、雲を突っ切る!

最短経路で巡航ミサイルに喰らいつく!」

 

「チェイス殿っ、あなたに続きます!」

 

「私が先行しよう」

 

 YP-27はペンギン隊の中で最も足の速い機体だ。

 しかし───

 

「いや、危険だ。ふたりは迂回してくれ」

 

「ですが……!」

 

「雷が落ちて、全滅したらどうしようもないだろ?

ほらっ、迂回だ迂回!」

 

「……了解っ!」

 

「竜司、私が先行する!」

 

 ペンギン隊を言いくるめたチェイスは巨大な積乱雲に突入した。

 時折稲光を放つ、雷雲だ。

 

「ペンギン1、レーダーから反応消失!

……墜ちるなよ!」

 

 そこは今までの積乱雲とは比較にならないほど荒れた雲で、雷だけでなく風雨で荒れ狂っていた。

 どす黒い雲が視界を奪い、風防を雨粒が覆い、横風が機体を押し流す。

 

 操縦で針路を維持し、最短経路を突き進む。

 

 もう少しで、この迷宮を脱する。

 その時だった。

 

 この灰色の世界が明るく照らされた。

 落雷、それも目前で起きた。

 

「クソッタレ!」

 

 ツイてない!

 流石に無理があったか!

 

「嘆いてないでチェックだ……

フライバイワイヤ正常、エンジンよし」

 

 そうだ、まずは機体の状態を確かめなくては。

 続いて通信ダウン、航法ダウン、レーダーダウン。

 なんかよろしくない情報ばかりが出て来て───くそ。

 

「せめてお前は動いてくれよ、頼むぜ……!」

 

 雷を受け、FCSが過電流を受けて損傷したのだ。

 エースコンバットならば一時的なエラーで済んだが───

 

「復旧を待つ暇はないっ……!」

 

 もう、周囲は暗闇の世界にあった。

 そして、本命の巡航ミサイルが吐く蒼い炎は目前に。

 

「FCS死んでるけど、GUNの発射は……」

 

 試しに、10発撃つ。

 HMDに照準器は出ないままだが、曳光弾が夜空を走った!

 

「よし、やる!」

 

 ナーガのようなジャイロ式照準器が恋しくなるとは、状況も末だな。

 

「曳光弾で狙うのは、8で慣れてる!」

 

 ゲームで考えるな、実戦で考えろ。

 

 既に本命の向こうには武揚の街が広がっている。

 火事や爆発の閃光よりも、ずっと多い人々が住む家々の明かり。

 

「こちら品場(しなば)第3消防団!

何かが……何かが、こっちに向かってくる!」

 

「誰なんだよ、くそっ! こっちに防空壕なんてないのに!」

 

 戦場から逃げられず、避難する場も与えられない人々の住む家に。

 そこにこいつは、突っ込もうとしている!

 

「そうはさせるか……!」

 

 最初の10発、外れ。

 機体を制御し、照準を調整。

 

 次の10発、ミサイルが直前で降下して外れ。

 距離を縮め、さらに至近距離で照準。

 炸裂に巻き込まれる可能性が上がる。

 

 残弾は───FCSが死んでいるのでわからない。

 もう切れているか、あるいは次で最後か?

 記憶にある残量は、その程度だった。

 

 もう間もなく、本命は海岸線に辿り着く。

 

 プツン。

 その時、ダウンしていた通信が生き返った。

 

「チェイス殿っ! 聞こえていますかっ⁈

我々は間に合いません!」

 

「ちぇいす! もうお前にしかやれない!」

 

「チェイス! 武揚を……俺の故郷を、頼む!」

 

「もう一度やってみせろ! 屋岸でやったように!」

 

「蒼穹の魔王! 武揚を、あなたに託すっ!

だから、やってくれ!」

 

 最後のは剛明か。

 ようやく少し素直になったか。

 

「……ふぅ」

 

 息を吐き、引き金を絞る。

 曳光弾の光線が本命に吸い込まれ、制御する翼を奪った。

 推進剤の蒼い炎を側面から吐き、姿勢を崩した。

 

 撃墜確定だ。

 

「撃墜!」

 

 送信可能かはかなり怪しいが、口頭で報告。

 制御を失ったミサイルを横目に、チェイスは急旋回した。

 

 直後。

 一際大きな爆発が武揚の手前で生じた。

 想定よりも、ずっと早く。

 

 背後で何かを貫く音や、脱落する気配を感じる。

 マスターコーションが何らかの警告を発しているが、衝撃の脳震盪が判断力を破壊していた。

 

「帰る……帰るのに、ここで墜ちるわけには……!」

 

 世界が回っている。

 方向感覚が狂い、上下左右がよくわからない。

 夜の暗闇が、それを助長する。

 

「ちぇいす立て直せ! 墜ちるぞ!」

 

 操縦桿を右に倒すのか?

 それとも左か?

 あるいは、手前か?

 

「チェイス殿起きてっ、制御して下さい!」

 

 目まぐるしく世界が動き、状況を掴めない。

 そんな中で頭上に広がっていたのは、星々。

 

───星?

……違うっ、武揚の空は大気汚染で星なんか見えない!

 

「戦闘機がこっちに向かって墜ちてくる!」

 

 我々は今、背面飛行して突っ込もうとしている!

 よりにもよって、守ろうとした武揚沿岸部の港町に!

 あれは星ではなく、街の明かりだ!

 

「……ぬっ、がぁーっ!」

 

 操縦桿を左に倒し、漆黒の空を頭上にやる。

 そして、急上昇。

 

 よし、脳震盪が治ってきた。

 周囲を伺い、左下方に武揚沿岸部を視認した。

 

「チェイス殿っ、チェイス殿!

お気を確かにっ! ご無事ですか⁈」

 

 ようやく、脳が聴覚を取り戻した。

 竜司の心配する声が、鼓膜を揺すった。

 

「……死後に聞くには、贅沢過ぎるいい声だ」

 

「……チェイス殿ぉっ」

 

「ふっ……どうやら、息災なようだな」

 

 ペンギン隊僚機がチェイスの傍らに戻り、編隊飛行を始めた。

 未だに武揚各地で戦闘が続いているが、三式弾の横槍が入る気配はない。

 

「これで、ロクでなしの野望は阻止出来たかな?」

 

「チェイスっ……こっからでも、あの爆発見えたよ!

さすが、あたしの一番槍!」

 

 それほどの爆発、至近距離で受けてよくもまあ生きていたものだ。

 代償として、なんか今でもレーダー類が死んだままだが───

 エラと機付長に頭を下げる事になりそうだ。

 

「本命はこれで最後! あとはすっとろい三式弾だけ!」

 

 千代が言うのなら、恐らく正解なのだろう。

 燃料も残り少ない、心残りはあるが帰投するしかない。

 

「フツノミタマ、帰投しても?」

 

「ああ、作戦の完了を宣言する事は出来ないが……」

 

「ちょっと! ごめん、ジェーン・ドゥ復帰するよ!」

 

 エラの修羅場は峠を過ぎたらしい。

 彼女には、良い報告が出来そうだ。

 

「やあ、ジェーン・ドゥ。

本命の特大ミサイルはぶっ壊したぜ」

 

「特大……爆発の種類は?」

 

「だからぁ。見た目通り、特大の三式弾だったよ」

 

「AWACS! 警戒継続! 本当に反応ないの⁈」

 

 エラは警戒を緩めない。

 自説に固執している───

 にしては、明らかに何らかの確信があるような態度である。

 

「現在、彰義隊及び海軍が対応可能な範疇です」

 

「ノイズを精査!

……そうだ、武揚に向かっていない反応は?」

 

「武揚に、向かっていない反応?」

 

 三式弾の類なら、直接的な爆発の被害しか生じないはず。

 高効率エンジンのおかげで旋回出来るにしても、推進剤の限度はある。

 余計な空中待機は避けたいはずだが───

 

「ちょっと、その声の人。それ、どういう事?」

 

「誰だか知らない馴れ馴れしい女、いい?

私の言う本命は、三式弾とは完全に別種なの!」

 

「え? だって、あいつは……」

 

《ヴァーカ……くふふふっ!

バーカバーカバーカ、ヴァーカ!》

 

 通信に割り込む声。

 覚えている、葦原海で戦った夷俘海峡の死神───

 赤報隊一番機の副操縦士(コ・パイロット)だ。

 

《引っ掛かった引っ掛かった引っ掛かった!

やっぱりお前、サトリの技能に頼り過ぎだ!》

 

「……あんた、言ったよね?

手を引かないなら殺すって」

 

《生憎、ボクは空で戦う身の上だからね。

その豆鉄砲、届くなら当ててみろよ……

どうせ、それどころじゃなくなるけどさ!》

 

「はぁ?」

 

「反応を検知! さっきチェイスが撃墜した本命と似た反応だ!

武揚湾南を東へ飛翔中、海軍航空隊が交戦中のすぐそば!

果ての海へ向かっている!」

 

 フツノミタマの次郎が報告した。

 あの本命が、東に向かっている?

 

 それもエラが言うには、三式弾とは別種。

 つまり、直接爆発で危害を加えるタイプの兵器ではない。

 

「まさか……あたしが、出し抜かれた?」

 

《ボクの勝ちだ……!

最強のサトリは、自らの意思でこの力を選び取った新人類(ぼくら)に相応しい!》

 

 チェイスは東へ視線をやった。

 巡航ミサイルが向かっていると言う方角へ。

 

「こちらヴィクター、後席が目視した!

巡航弾が超低空を東に向かった、果ての雲海に向かっている!

赤報隊は撤退……只事じゃないぞ、これは!」

 

「こちらオメガ2! こっちも雲の切れ目に何か見えた!

超低空! 多分巡航弾、チェイスが撃墜したものと同じだ!

迎撃を試みる……!」

 

 2発の本命。

 特殊なのは弾体そのものではなく、弾頭だとしたら?

 

 東の空、ほぼ同時に反対側でも何かが光った。

 三式弾と違い、爆発の炎ではない。

 

 どこか神々しく、柔らかい光だ。

 

「反応消失! ……被害状況は!」

 

「光っただけだ!」

 

「オメガ2、こっちも目の前で消えた!

だが、被害らしい被害は見当たらない。不発か?」

 

 2発が、ほぼ同時に不発。

 可能性としては、あり得ない話ではない。

 

 しかし、チェイスの頭のどこかで嫌な予感がしていた。

 

 魔法やらサトリやら、割となんでもありな世界。

 直接爆発で危害を与える兵器ではない。

 しかし至近距離で作動しても、遠距離で作動してもいい。

 

 あるぞ、我々の頭に最悪の可能性が。

 人類に制御不能な、多くの惨劇を起こしてきた自然現象(・・・・)が!

 

「この通信を聞いている全ての者へ! 全ての者へ! 全ての者へ!」

 

 エラが最大出力の発信で、オープンチャンネルで呼び掛けた。

 この無差別な発信が、チェイスが抱く確信をさらに強めた。

 

「ケツゴウ4が発動した。繰り返す、ケツゴウ4が発動!

地上にいる者は頭上を守り、可能なら屋外に退避せよ!」

 

《なんだ、この交信は?》

 

「ケツゴウ4ってなんだ?

変な訛りのある声だ」

 

「わからない、いたずらにしては強過ぎる発信だ」

 

《馬鹿なっ、我らは未だ武揚にいるというに!》

 

《少佐、ケツゴウとは一体……!》

 

《鉄帽を深く被り、建物に近付くな!

……来たぞっ!》

 

 チェイスは何も感じなかった。

 しかし、推測が確かならば───

 

 風防越しに、眼下に広がる世界を見やった。

 

 世界が、震えていた。

 

「こんな時に揺れが……うわっ!」

 

 直後、世界は跳ねた。

 上下に世界が揺すられ、地上にあるあらゆるものが動き始めた。

 

「地震……こんな時にっ⁈」

 

「大きい……! これはっ、崩れるぞ!」

 

 沿岸部の街では、ビルや団地の一部が崩壊───

 いや一部どころではない、完全に崩壊する場所も現れた。

 

《なんだぁっ、この揺れは⁉︎》

 

《味方の部隊が、建物の崩落に巻き込まれたっ……!》

 

「なんだって戦争中に、こんな地震が起きるんだよぉっ!」

 

 違う、これは悪魔的な偶然などではない。

 

「おい宗治郎っ、もういいだろ……

何なんだよ。ケツゴウってのは」

 

 何も出来ない。

 被災者に手を差し伸べる事も、瓦礫の下敷きになった人々を引っ張り出す事も。

 ましてや、この揺れを止める事など。

 

 何ひとつ出来ない。

 その絶望感から目を逸らすように、チェイスは尋ねた。

 

「こいつが、本命だ……!

決号(ケツゴウ)の4番、人工的に地震を起こす技術だ!」

 

「まさかっ、今の兵器がこの地震を⁈」

 

「あり得るのかっ⁉︎ そんな技術が⁈」

 

 人工地震。

 我々の世界では陰謀論の代名詞的な架空技術。

 そいつが、この世界で牙を剥いたのだ。

 

「くっ、そぉっ! 遂に連中、始めやがった!

こんなもの、どう使っても災厄の種にしかならんと言うのに!」

 

「宗治郎様、お気を確かに!」

 

「俺は、確かだ! くそっ!」

 

 宗治郎はこの技術を知っていた。

 知っていたが───下手にこの事を考えると、サトリに知れ渡る。

 

 これは敵のスパイだけではない。

 味方にいるサトリも察知してしまう恐れがある。

 

 敵が自由自在に地震を起こす兵器を開発していると知れ渡れば?

 文字通り、どうしようもない。

 

 地震の被害を抑える技術はあるが、発生そのものを抑止は出来ない。

 

 早朝、誰もが寝静まった時間。

 あるいは真昼間の仕事中。

 

 偶然起きるのであれば仕方がない。

 誰もが不意を突かれ、何も出来ないのだから条件は対等。

 

 しかし、もし誰かが任意でタイミングを制御出来るのなら?

 地震とそれに伴う災害で人やインフラがボロボロになったタイミングで、敵軍が押し寄せてくる。

 それも崩壊した交通インフラを補修し、瓦礫の山を踏み越える準備を整えた軍勢だ。

 

 もう一度言おう。

 どうしようもない。

 

 巡航ミサイルという迎撃可能な手段を今回用いてきたが、次その手段で来るとも限らない。

 迎撃不能な砲弾に詰めて打ち出すかもしれない。

 

 あるいはスーツケース核爆弾の如く人が携行出来るサイズ、いやコンテナに収まるサイズでも十分だ。

 それがある日街角で突然作動して、下手な団地が崩壊するような地震を起こすかもしれない。

 

 それに思い至り、人伝いにそれが伝播(でんぱ)していけば。

 士気などガタ落ちだ。

 

 だから宗治郎も可能な限り考えず、漏れないようにしていたのだ。

 しかし───現実として、そいつは目前に現れてしまった。

 

 完成・使用前の戦争終結に、間に合わなかったのだ。

 

《聞こえますか。

私は葦原政府、神祇官最高神祇伯(じんぎはく)。

伊邪哭(いざなき)國男(くにお)、伊邪哭國男です》

 

「これは……敵の放送⁈」

 

「伊邪哭國男は雲隠れしているはず、一体どこから⁈」

 

「探知した! 発信源はおさびし山観測基地!

葦原最大の山に建設されたレーダー施設だ!

ラジオ無線通信テレビ、あらゆる形態で発信している!」

 

 恐らくこれも、中継された放送なのだろう。

 この状況で、人工地震を使った側のトップがする発言は何か?

 簡単だ、勝利宣言だ。

 

《葦原を割る幕府軍、そして葦原の分断を助長する合衆国へ。これは警告です。

我々の技術は遂に人類共通、そして最悪の災害である地震の制御に成功しました。

先ほど、2発の決号4が戦場となっている武揚で作動しました。

葦原湾、果ての海で作動し、間もなく津波が押し寄せます。

これは、神なる帝が戦争の継続者に下した天罰です》

 

 何が、地震の制御だ。

 地震の制御には抑止以外ない。

 お前らは制御など、出来ていない。

 

 何が、神なる帝だ。

 帝、弘山親王の事など喋る判子程度としか見ていない癖に。

 

 何が、戦争の継続者だ。

 内戦を自分の都合に利用している側が、何を偉そうに。

 

《葦原の敵よ、おやめなさい。

帝のご聖断により狙いは武揚に絞られましたが、

次は全ての敵に聖なる地震と津波が押し寄せる。

誰ひとりとして例外なく、逃れる事は出来ない》

 

 地震から逃れる事は出来ない。

 ああ、日本人ならば身をもってよく理解している。

 それをお前達は武器として使い、同じ葦原人を害しているのだ。

 

 幕府に直接関係ない、武揚の人々ごと。

 いや───地震や津波はまさに、無差別だ。

 武揚どころか、周辺全ての人々を巻き込んでいる。

 

 地震を兵器利用するとしよう。

 狙いなど絞れていない、絞れない事をわかっていない。

 日本と同じく地震に悩まされている、葦原人のくせに。

 

 帝のご聖断とやらも、どうせ本人に話を通さず勝手に言い出した事だろう。

 

《我々葦原は、合衆国のような傀儡(かいらい)化を目論む、味方を装う敵などではない。

リールランド神聖国やクルーヴィナ連邦のような、真の友と立ち上がる。

その支援は日々、着々と到着している》

 

 その支援の一端が、エジーレン人民共和国からやって来た傭兵。

 あるいは、戦争奴隷(せんど)だろう。

 

 自分達の出血を避けるため、植民地から派遣された兵士だ。

 その植民地の中でも、宗主国から寵愛(ちょうあい)を受けていない部族出身者だけが貧乏くじを引かされる。

 

 そんな奴らと、葦原政府は手を組むと宣言しているのだ。

 

 もっとも───

 合衆国が葦原の傀儡化を目論んでいる。

 その点については、否定しづらいものがあったが。

 

《戦場にいる政府軍、そして幕府軍の将兵よ。

武器を手に取り、戦場へ赴(おもむ)きましょう。

葦原から自由を奪い取り、民の分断を強いていた真の敵を倒すために。

この結果を招いたのは大和幕府、今は葦原連邦を名乗る者達です。

彼らがこの戦争を長期化させ、悪化させ、皆さんをこの状況に追いやった。

そして遊び感覚で幕府に加担した蒼穹の魔王が、この結末を招いたのです》

 

 遂に敵のトップ直々に最大の脅威認定か。

 それも、隣に並べたのは葦原二大勢力の片割れ。

 飼い主と同等判定とはな。

 

《幕府に騙され、脅され戦争に加担してしまった者もいるのでしょう。

しかし、我らの帝は過ちを認めて戦った全ての兵をお許しになる。

さあ、立ち上がるのです!

戦争の継続者をあなた方の手で討ち、強く平和なひとつの葦原を取り戻すのです!

我々は、合衆国の属国などではない! 唯一にして絶対的な独立国だ!

真の友好国と共に、正義を実行する!》

 

 滅ぼすことの出来る力を見せびらかし───

 続いて、寝返るに足る理由と免罪を約束する。

 

 大勢心が揺らぐ事だろう。

 この野蛮な世界の、野蛮な住人達だ。

 

 死なないためならば、武士の矜持(きょうじ)など放り投げて従うに違いない。

 弱肉強食は世の理ではないが、強い者が優位なのは間違いないのだから。

 

「……除去した。聞く価値などない」

 

 フツノミタマの次郎が、なんとか無線に飛び込んで来る放送をカットした。

 果たしてどれほどの人間がこれを聞いて、耳を傾けただろうか?

 

 少なくとも、ラジオ放送や別の系統で聞いている無線機からはまだ流れ続けているだろう。

 

 とはいえ続いてやって来る津波を凌ぎさえすれば、この難事は解決だ───

 

「おいおいおいおい……! こちら、入道っ。

ヤバいっ、ヤバいヤバいヤバいっ!」

 

「入道、ヤバいでは何も伝わらん。

報告は的確に行え……」

 

 その時、突如叱責した歳三の言葉が止まった。

 攻撃によるものではなく、まさに言葉が詰まったような無言である。

 

「……誰か、この現象がわかるものは?

西の方向、葦原湾中央部だ」

 

 歳三の報告に従って、チェイスは雲の切れ目からその方角に視線をやった。

 そこには───ふたりの言葉の意味を理解した。

 

 海面が、光っている。

 それもその光は、徐々に強さを増しているように見えた。

 確かにこれは報告に困る。

 

 何かが起こっている、しかしそれが何なのかわからない。

 ただひとつ確かなのは───ヤバい。

 

「葦原湾が……こんなものを見るのは初めてだ。

それに、海が泡立っている……いや、これは沸騰か?」

 

 真田藩は葦原湾と面している藩である。

 そこでお姫様をしていた大助ですら見た事のない現象なのだ。

 

「こちらフツノミタマ! 誰か、正確な状況を報告せよ!

何もわからないんだ、こちらからでは!」

 

 それにしても、海が沸騰する?

 葦原湾は武揚湾と同じくきったない海だ。

 化学物質による汚染である可能性は十分にあった。

 

 しかし何だ、この記憶に引っ掛かる何か(・・)は。

 

「こちら鉄之助! 今降下して確かめる……

ああ、これ、知ってる……」

 

「鉄之助、何だこれは⁉︎」

 

「俺、故郷が焔の世に近いからたまに見えるんだ……

これ、海底火山の噴火だ!」

 

「海底火山⁉︎ 葦原湾の火山って言えば……!」

 

 蓬莱山。

 かつて(・・・)葦原最大の山にして、魔界の門破壊と共に消滅した山。

 中葦原地方のほぼ全てを巻き込んで。

 

 この消滅によって大部分を抉り取られた蓬莱山が再び噴火しようとしているのだ。

 地震によって、地中深くに存在するマグマ溜まりが刺激されて。

 

 火山の噴火は止められない、止めようがない。

 そして───噴火によって生じる火山灰は、飛行機のエンジンを酷く傷つける!

 

「チェイス殿、これは一体……」

 

「みんな、葦原湾から離れて低空に!

エンジンが火山灰を吸ったら終わりだ!」

 

「くっ、オメガ隊東へ離脱!」

 

「新選組、東に向かえっ! 全速離脱だ!」

 

 ふたつの隊が命じた直後だった。

 巨大な水柱が、葦原湾中心に打ち上げられた。

 

 ひとつの藩(けん)まるごと一つ分はあろう大きさの水柱が、雲より高く伸びた。

 

 チェイスはこの世界最大の水柱を知らないが───

 過去最大を更新した、そう断言出来るほどのサイズだ。

 

 そして水柱は、この噴火のエネルギーを示しているに過ぎない。

 最悪は、この次だった。

 

 海水を押し上げたマグマと火山灰が水柱より高く昇った。

 猛烈な勢いのまま、天高く昇り───

 高度32800(10)フィート(キロ)の成層圏に達した。

 

「衝撃に備えろ!」

 

 その衝撃波は、当然周囲にも及ぶ。

 葦原湾中央、かつての蓬莱山まで100キロほど離れているというのに、全く衰えていない!

 

「ぐっ……!」

 

「制御がっ……戻らないっ!」

 

 新選組のいた方角で、海面に叩きつけられた機体があった。

 

「今のはっ、今墜ちたのは誰だ⁈」

 

「ああっ、隊長っ! 山義隊長っ!

入道が、入道の機影が見当たらない!」

 

「入道……! くそっ!」

 

 入道。

 新選組で、チェイスと親しかったひとりだ。

 

 まさか、まさかこんなつまらない死に方をしたのか?

 無差別攻撃の───いや、攻撃どころではない。

 誘発された自然現象に巻き込まれて?

 

 火山活動の脅威は、空自の座学でも教え込まれていた。

 だとしても───まさかここまでとは。

 

「オメガ各機っ、状況報告!」

 

「2以下、各機無事です!」

 

 チェイスは視線を左右にやり、竜司と大助の無事を確かめた。

 念のため、口頭でも尋ねる。

 

「竜司、大助、無事?」

 

「竜司、生きてます……」

 

「大助、無事だ……

だが……!」

 

 武揚は決して無事ではない。

 噴火騒ぎの最中、先の地震兵器によって起きた津波が押し寄せていた。

 

 海岸部の市街地は30メートルクラスの津波が直撃した。

 それも、西と南ほぼ同時に到来している。

 

 人や車、家屋まで。

 全てが押し流され、濁流(だくりゅう)となり内陸部へ浸透していく。

 

 内海や沼沢地を埋め立てて築かれた。

 武揚が持つ治水政策によって整えられた歴史も地震が崩していく。

 

 液状化によって古い時代の沼や海が顔を出し、至る場所で水が噴き出す。

 大和幕府が数百年掛けて築いた武揚の陸地は、古き時代の形に分断された。

 

 誰も抵抗など出来ず、ただ安全そうに見える(・・・)場所で待つしかなかった。

 自然が、誘発された自然災害が振るう暴力の終わりを。

 

 何も、何も出来なかった。

 上空からではその景色の仔細はわからない。

 

 しかし、見えないだけで間違いなくあった。

 その死と、その破壊が。

 

「……くそッ! クソ共が!

ふざけやがって! クソクソクソッ!」

 

「……」

 

「くっ……」

 

 葦原人にもわかっていたはずだ。

 地震の威力を。

 兵器として使えば何が起こるのかを。

 

 暗闇が深刻さをあやふやにしていたが、頭上は火山灰に覆われていた。

 噴火によって打ち上げられたものだ。

 

 こいつはしばらくの間、滞空し───

 武揚をはじめとした東国地方から太陽を奪う。

 

 見えなくなる、その程度であれば丁度いい夏の日よけに違いない。

 しかし、もちろんその程度に留まらない。

 

 空から降り来る熱、その一切が消え失せ気温が一気に低下するだろう。

 葦原に核の冬ならぬ、火山灰の冬が到来するのだ。

 

 冬らしく雪も降る。

 放射性降下物質(FALLOUT)ではなく、火山灰だ。

 

 これは今現在、東国地方を覆っている雲だけではない。

 風に乗って、奥葦原まで飛来して空を消し去る。

 

 葦原全土の食糧供給を担っていた奥葦原だ。

 伊邪哭國男他、神祇官が狙っていたのか定かではないが───

 葦原連邦最大の強みが、奪われたのだ。

 

 地震や火山活動は、あらゆる意味で制御など出来ないのだ。

 

「こちら歳三。チェイス、無事か⁈」

 

「ああ。俺以下、ペンギン隊全機無事だ」

 

「オメガ隊、健在だ……」

 

「19飛行隊同じく……なあ、信じて欲しい。

俺達は、19飛行隊はこの攻撃に一切関わっていない!

一切、何ひとつだ!」

 

 彼が肝を冷やすのも当然だ。

 この攻撃に加担していると見られれば、どうなるか。

 脱出した彼の仲間も、武揚の住民にどう扱われるか。

 

「……ああ、わかってる。

こんな状況になるのがわかってて、寝返りなんて出来ないからな」

 

「だが……基地に降りたら拘束は覚悟しろ。

それ以上はない。俺、松平宗治郎が約束する」

 

 この男。

 宗治郎は故郷である武揚を、ここまで破壊されたというのに。

 それでもなお、理性を保っていた。

 

「将軍の……! かたじけない、松平公。

可能であれば、仲間の救助も、なんとか!」

 

「すまんが、この状況だ……

捜索救難(SAR)も出来ん」

 

 この状況では、特定の誰かを探し出すのは極めて困難だ。

 誰も、何も約束出来なかった。

 

「いや、こちらこそ申し訳ない。

この状況だ、多くは望めん……」

 

 南の洋上では、仮にも戦闘中にも関わらず連邦海軍の残存艦艇が探照灯(サーチライト)を灯して生存者の救助を行っていた。

 もはや、戦闘どころではないのだから当然だ。

 

「チェイス殿っ、信濃が……!」

 

「ああ、転覆してる。あの化け物戦艦が……!」

 

 葦原連邦海軍第一艦隊旗艦、戦艦信濃。

 それが艦底を半分晒して、沈みつつあった。

 

 彼らから見れば西と東から40メートルクラスの津波を受けたのだ。

 両方を捌く事など出来ず、横転したのだ。

 

「こちら乙月。ペンギン隊、我が艦の見張り員があなたを見つけました。

違いますか?」

 

 乙月、なぜか艦長代理をやらされている江夏剛明だ。

 どうやら彼は、あの津波を生き延びたらしい。

 

「正解だ、いい目してるよ。海軍(そっち)の被害は?」

 

「我が艦に限れば、波を受けた衝撃で電探が損傷。

艦隊では……酷い。大半の艦艇が転覆し、生存者もほぼ見つかっていません」

 

 超巨大津波が2連続だ。

 当然、そうなるだろう。

 

 それでもなお、救助活動の指示を下し乗組員に実行させるのだ。

 ランサーの言っていた通り、剛明の能力と善性は信用出来る。

 いちいち一言多いのはやはり、玉に瑕(きず)というやつである。

 

「……これからどうするんだ?」

 

「作戦通りの手筈ならば、武揚湾に進出。武揚港に入港ですが……

空中管制機、フツノミタマはなんと?」

 

「音信不通だ。

あの地震兵器で長距離用の短波通信が阻害されてるのかもしれない」

 

「では……先行きは、私でも全く見通せません。

それは、認めざるを得ない」

 

 まさか、首都奥深くまで敵軍を踏み込ませて地震兵器で陸の孤島を生み出すとは。

 まさにナポレオンを迎え撃ったロシア人のやり方だ。

 事故で火山が大噴火を起こしたのが最大の差異だろう。

 

「救助が一段落してから、武揚かそれ以外か……

寄港先を判断します」

 

「なら、彰義隊(おれたち)はひとまず千里基地に帰投する。

宗治郎、それでいいよな?」

 

「ああ。そうする他あるまい」

 

 事実上の彰義隊トップである宗治郎に事後承諾を得て、チェイスは千里基地に針路を取った。

 

「……蒼穹の魔王。ひとつ、申し上げたい事があります」

 

 この男の事だ。

 どうせ、この状況に対する嫌味のひとつでもぶつけるつもりなのだろう。

 

 まあ、奪還は一応出来たが───

 文字通り引き裂かれた首都を渡されても、素直に喜べないのは当然。

 怒りの言葉も、多少あって当然だろう。

 

「申し上げます! 海軍中佐殿!

チェイス殿は精一杯努力して、武揚を守ろうとして……!」

 

「竜司ちゃん、いいんだ。

さ、どうぞ」

 

 逸る竜司を抑えて、改めてチェイスは言葉に耳を傾けた。

 

「……私とて、そこまで冷血ではない。

献身を無碍にするような冷血では。

そして全身全霊の努力に気付かないような、無能でもない」

 

 そう語る剛明は、珍しく殊勝な態度で。

 そして、声を震わせながら続けた。

 

「蒼穹の魔王チェイス。

我が故郷の奪還、そして守護の努力に……

謹んで、お礼申し上げる……!」

 

 努力。

 そうだ、最大限被害を最小限に留めるように努力はした。

 しかし、出来ているとは言えない。

 

「……お前の気持ちがわかったよ、レイ」

 

 暗闇に覆い隠された、武揚の街に視線をやる。

 戦闘によって電力網が破壊されたのか、街の灯りは消えている。

 代わりに戦闘や火事によって生じた炎だけが、街の光源になっていた。

 

 品質の悪い交信が通信機から響く。

 

「こちら第一戦車隊! 我が隊は車両半数を喪失!

ですが、戦闘可能! 敵部隊は潰走(かいそう)中!」

 

「第一挺身団、現在武揚城に籠る敵部隊と交戦中!

文字通りの籠城戦だ! 敵の士気がやたら低い、攻略目前!」

 

《誰かっ、助けてくれ! このままだと幕軍に包囲される!》

 

《幕府軍と対峙する者達へ! 北西、西街道を遡り退却せよ!

生きて帰るには、そこへ行くしかない!》

 

「誰か! 私たちは崩壊した団地に家族と取り残されている!

出られない、誰か助けて! 火事が起きてるみたいなんだっ、煙臭い!」

 

「やめろっ、やめてくれっ!

俺は連邦軍だ! 政府軍じゃない!」

 

「わかってやってるんだよ! 魔王の手下め!」

 

《やめろっ、やめろやめろっ……

俺はお前達を傷つけるつもりはないっ、なんでこんな事をっ……!》

 

「知る必要はねぇ、その服と銃を寄越せ!

そうすりゃ帰してやるよ!」

 

 武揚奪還は成功するだろう。

 しかし、それからは?

 

 武揚はもはや首都機能を喪失し、陸の孤島だ。

 葦原連邦にとっては───言って悪いが人が多い分、足枷に近い。

 西国地方へ攻め上る機会が、奪われていた。

 

「……チェイス殿。これから、我々は。

葦原は、どうなってしまうんでしょう……?」

 

 不安に震えた竜司の声に、チェイスは答えられず。

 普段フォローしてくれる大助ですら、答える事は出来なかった。

 

 今でも背後では、蓬莱山が噴火を続けていた。

 噴き上がる火山灰、そして───流れるマグマが新たな島を形成していた。

 

 蓬莱山ならぬ、蓬莱島だ。

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