蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年5月12日
日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊
志村“Chase”良介二等空尉
数万の文字数が紙面を埋めたことが確信できるほどに。
恐ろしく長い、激戦の一日が明けた。
屋岸空港近くに宿を用意された良介は一夜を明かし、幕府側が寄こした使いに連れられ、F-2が保管される空港の格納庫まで戻っていた。
「うーん。警備が厳重なのはわかるけど、かえって
『ここにある』ってアピールになってない?」
「……正直、自分もそう思います」
案内していた田中空軍歩兵は温厚な性格らしい。
苦笑しながら良介の言葉にうなずいた。
それもそのはず。格納庫の正面扉は閉ざされたうえでカーテンと二重に覆われている。
脇には自衛隊と同レベルの几帳面さで積まれた土嚢の陣地があり、中には
F-2が納められているであろう建屋には厳重な警備が敷かれており、破壊工作をかなり警戒している様子が見て取れた。
良介が屋岸に向かう爆撃機を撃墜した件は、さすがに広まっているだろう。
もちろん、この空港に着陸した事実も。
警備はともかく、扉にカーテンはやり過ぎだろうに。
「志村二尉。申し訳ありませんが、あなたも検査にご協力ください」
「……痛くない?」
「はい。……恐らくは。自分らは、正直わからないので」
「やだなぁ、怖くなってきちゃったぞ」
戦車が陣取る検問所を通り、金属探知機───いや、違う。
これが探知しているのは、金属ではない。
検問の兵に田中がスティック状の機器を向けられると。
ピピピ、と電子音が鳴った。
「魔力量低値。次」
すぐそばでとても古臭いモニタを覗く兵士が告げた。
そう、魔力。この世界には魔力と呼ばれるものが人間の体内を血の如く巡っているのだ。
では良介のような異世界人はどうなのかというと。
「……どうだ」
「す、すごいな。反応なし。岩でもここまで無反応な事はないぞ」
異世界人に、魔力は存在しない。蓄積できない。
本来微量しか持てないとされる無機物以上に。
まるで魔力が人体に触れられず、留まることなく貫通するかのように。
ここに哲也の問題が関わってくる。
なんとこの世界、治癒魔法がある。厳密には、魔術だったか。
「それで、ボスの怪我は治せないの?」
あの病室で良介は宗治郎に尋ねていた。
すると、あの男は懐刀を抜いて刃を握りしめる。
そして、声一つ漏らさずに引いてみせた。
当然手のひらに一文字の大きな傷が走る。
「……ちょ、ちょっと?」
「松平公、失礼します」
そこで出てきたのが宗治郎お付きの人、
鮮血がドバドバ溢れ出る手のひらに、彼の手のひらをかざすと。
柔らかい光が生じ、見る見る間に血が止まり傷が塞がる。
やがて、あの傷は跡もなく消失してしまった。
百聞は一見に如かず。
言葉で伝えられても、こんな光景は納得しがたかったに違いない。
「……こいつは、たまげた」
現実には到底見受けられない光景に、哲也も思わず声を漏らした。
一方で良介は多様な読書の成果で
二手先の展開を読めてしまった。
「わかった。おたくらの傷は魔法で治る。でも、
「ご明察だ。赫助」
「はい」
赫助が病床の哲也に歩み寄り、あの光を包帯で覆われた脚に向ける。
これで何事もなく脚が戻れば、豪快な笑みを取り戻すのだろう。
しかし───彼の表情は険しかった。
「くそっ……」
「治癒系統の魔法・魔術は体内の魔力を通じて細胞の再生を促すことで実現する。
しかし……神兵の身体に魔力は通っていない」
魔法の類で傷が治る地域で、果たしてまともな医療を受けられるのか?
この懸念を読み取ったのは竜司だった。
「呪術の通った攻撃で負った傷など、魔術で治癒できない傷はあります。
他にも、体質で魔術に拒絶反応を持つ者や、魔力不使用にこだわりの
ある人々のために病院があるのです」
「補足となりますが、治癒魔術は適性を持つ者は極めて希少、
加えて多大な魔力を要します。……多くを救うには、
魔力がいくらあっても足りません。ゆえに、医療技術は必要なのです」
赫助が自ら口を開くのは初めてだったが、当事者の見解は非常に頼れるものだった。
「俺らにパッと治る魔法はない、ってわけね。ボス、しばらく空はお預けだな」
「……そうだな」
彼の表情には、苦渋と呆れが混ざっていた。
さて。場面を現在に戻そう。
無事無機物未満の扱いを受けた良介は検問を通ると、ようやく格納庫に到着した。
「さっさと! あの男を連れてきなさいよ!」
「ま、間もなく到着の予定です」
と、口論───というより、詰め寄られている気配。
良介が昨日聞いた美女の声を忘れるはずがない。
すごいどや顔を浮かべながら、良介は登場した。
「俺をお探し?」
すると、空知竜司に詰め寄っていたエラ・アーロンが大股で歩み寄ってきた。
「……昨日の件、命を助けられたわ。とても感謝してる」
「そ、そう?」
言葉の割には、口調に含まれている感情には荒々しいものが含まれていた。
「じゃあこの後、食事でもどう?」
「食事? その前に、いいことがあるの」
「い、いいこと?」
「来なさい」
これはまさか、かなり
良介の頭が下心全開で回りはじめ、エラに促されるまま歩き出す。
そこは数十歩先にある、F-2の主翼の根本。
「あのさ。どういう飛ばし方したら、こんな
彼女が指差す先には、蛍光塗料の塗布されたF-2の主翼があった。
塗料によってほんのり光る翼には、明確な損傷が見受けられた。
「うわ……」
覗き込んだ竜司も、明らかにドン引きした口調で声を漏らした。
主翼の亀裂。
あの空戦の最中に機体の損傷を気にする余裕はなかったが───やはり、ガタが来たか。
2016年に納入されてから15年飛んでいる機体だ。
じきに後継機と入れ替わる予定だった老人なので、仕方のない話ではある。
「……最善を尽くしたら」
「私は色んな機体の試作にも携わってるから、くたびれ具合で想像はつくわ。
オーバーG、オーバースピード……危険飛行てんこ盛りだって」
「ほら、俺は危険な男だからさ」
苦し紛れに良介は誤魔化すも、当然通じるはずもなく。
「あなたが危険なのはよくわかる。整備や製造の側からしたらね。
でも、危険飛行をしていい理由にはならない」
「あはは……」
ぶっちゃけ、良介が整備隊の面々にネチネチ嫌味を言われるのは慣れっこである。
今回のように無理な旋回による機体の歪みはもちろん、エンジンに鞭打って焼きつかせたりなど。
そういえば、過去のスクランブル出撃の際に相手国側から異常接近と動画付きで文句を言われた事もあったか。
実際は相手国のパイロットとインターネットミームを交えたジェスチャーで盛り上がっていただけなのだが。
ともかく、国際的問題児である良介からしてみればこの程度は嫌味の内に入らない。
むしろ、相手が仏頂面の
「あの、アーロン氏。よろしいでしょうか?」
「なあに? 葦原人」
その時、居づらそうにしていた竜司が横槍を入れた。
まだ良介との会話ではそこまで不快感を露わにしていなかったエラが、不機嫌な色を見せた。
「……志村二尉は私を、新選組や屋岸を守るために無茶をして頂いたのです。
ですから、その辺にして頂けると……」
彼女から助け舟を出されるとは驚いた。思い返してみれば、エラの口の動き。
今回は違和感がなかった。竜司が分かるように、葦原語を話していたのだろう。
そしてそれとは別に───良介と竜司は致し方のない事情とはいえ対立があった。
任務なので、彼女は自分の感情を抑えて応対していると思っていたのだが。
存外、良介が思っている以上に関係は良好なのかもしれない。
「はいはい。この辺にしておきますよ……それよりも、今はこの子の事よ」
そう言って、エラは優しくF-2の主翼を撫でた。
なんかえっちな触り方だなぁと、良介は馬鹿みたいなことを考えたが、それは置いておいて。
「残念だけど、次のフライトを許すわけにはいかないわ」
「あー、やっぱり?」
「ええ。離陸した瞬間、主翼が真っ二つ」
パイロットとして、考えたくない事態である。
しかしこれは困った。良介は自分の腕に十二分の過剰な自信を持つ戦闘機乗り。
いくら腕に自信があっても、動かす機体がなければお話にならない。
「……俺はこれからどうすればいいんだろう?」
「ええ。端的に言って、今のあなたは詰みよ。……普通ならね」
「というと?」
「何故なら……あなたの目の前にいる耳長の美少女こそ。
マランス合衆国建国の父、タナト・ク・マランス皇帝の盟友にして
ロング・イラ社設計主任にして整備員、そして営業の私。
エラ・アーロンがいるんだもの」
「か、肩書が長い……」
「私の肩書、会社以外も含めるともーっと長くなるよ。聞きたい?」
「……今は遠慮しておくよ」
それよりも、今は戦いを共にした愛機の話だ。
「F-2の事、どうにか出来るの?」
「私は世界一、神兵の武器に精通した技術者にして錬金術の権威……
「うーん。M菱重工の皆々様に怒られそうだ……」
「場合によってはバージョンアップして、設計者達の鼻を明かしてやろうかしら」
魔改造。それはそれで男の子心がくすぐられるが、まずは飛べなくては意味がない。
「ひとまずは、こいつを飛べるようにして欲しいな」
「ええ。斗米に送ったら早速調査するわ……でもその前に、
電子機器の扱いについて、ちょっと尋ねたいことがあるの」
機密の塊である電子機器の説明はなるべく避けるべきなのだが、現状生き延びるためには致し方ない。
技術的でつまらない話は省略して、良介は狭いコクピットでタラップから覗き込むエラに優しくその使い方を説明した。
距離的には、かなり近い。
「で、こう操作すると受信したレーダー波とかから機種を特定出来る」
「そんな機能まであるの?」
「うん。……あ、でもデータベースにないからあの2種ともアンノウン扱いだな」
未知の世界で運用される兵器のデータがあっては逆に怖いだろうに。誤認ならまだしも、機体のシステムは正直に答えていた。
「これもいわゆる、データリンクってやつよね?」
「そうなる。基地やら僚機やらからデータをもらったり渡したりして、
情報を活かしてミサイル投げ合うってのが俺の居る世界の空戦だよ」
データリンクの知識まである辺り、過去に現れた神兵とやら。かなり良介の時代に近い人間だったらしい。
しかし。そんな現代的な部隊がユニットごと消失したのならニュースになっているに違いない。
ウクライナやフィンランド辺りなら、あり得る話だったが。
少しだけ、自分以外の神兵が気になった。
「ねえ、エラちゃん。俺以外の神兵について聞いてもいい?」
「ええ。私が会ったのはアメリカ陸軍・海軍。ウクライナ海兵隊に、ドイツ陸軍。
それとアルゼンチン陸軍ね」
「うーん。メジャーからちょっとマイナーなとこまで様々だな」
しかし。これらの軍から失踪したという噂は聞いたことがなかった。
ウクライナ海兵隊だけは、可能性はあったが。
「みな一様に同じ世界からの出身。だけれど、部隊や兵器が姿を消したなんて話は誰も聞いたことがない。そう言っていたわ」
「ふむ……」
可能性があるとしたら、2通り。
1つは良介のような神兵が実際には異世界に転移などせず、同じ姿形と記憶を持った複製品が送られているか。これなら一切矛盾がない。
ここが神のいる世界ならば、割と何でもありだろう。
もう1つの可能性も至極単純。同じ地球と同じ国家が存在する、並行世界から送られているから。多元宇宙論というやつである。
自分が自分でない可能性など、帰る場所のない可能性など、信じたい人間はそう多くないだろう。良介としても後者を信じたかった。
「並行世界、か」
「並行世界?」
と、エラは聞き返した。
てっきり、神兵と呼ばれる現代人なら似たような発想が浮かんでいそうだが。
「ほら。世界は些細なことで分岐し続けてるってやつだよ。
俺と他の神兵が来た地球は、そういう違いがあるのかなって」
「私、哲学ってまだ勉強してないのよね。不毛だし」
「うーん。多元宇宙論はどっちかというと物理学だと思うけど……」
ふと、視界の隅にいた竜司に気づいた。
央歴と西暦を一緒にしていいのか不明だが、地球とこの世界とでは50年以上の技術差があるように思える。
パイロットとはいえ、彼女からしてみれば良介とエラの会話はちんぷんかんぷんだろう。
この手の孤独は、とてもやりづらいに違いない。良介は彼女に尋ねた。
「竜司ちゃんは俺の説明でわかった?」
「な、なぜ私に尋ねるのですか?」
「ほら。蚊帳の外で、居心地が悪そうだったからさ」
良介が言うと、竜司は首を振った。
「多元宇宙論、並行世界ってのは……」
ペンを高く放り投げ、見事キャッチ。
「これが俺達の居る世界線。でも、掴み損ねて落とす可能性は十分あったし、
転がってコクピットに落ちる可能性もあった」
「それぞれの可能性ごとに、世界が枝分かれしている……という事でしょうか?」
「そうそう。俺が言いたいのは、そういうことだよ」
「……私たちと神兵の世界、それぞれに幹があって。その幹の枝が、
こちらに絡まってる。なるほど、腑に落ちるわね」
メモ帳に書き足すと、エラはタラップを軽快に降りた。
「ひとまず、機体について聞きたいことは以上よ。ありがと」
「あれ? それだけでいいの?」
「……なにか、忘れてたっけ?」
「俺の事とか、聞かなくていいの?」
「あなたが言うと、本気なのか口説いてるだけなのか、わからないわね」
F-2を停止させると、彼女の後に続いて良介も地に足つけた。
「俺はいつだって本気だぜ?」
「はいはい。どうせ、嫌だって言っても教えてくれるんでしょう?」
「俺は女の子の嫌がることはしないんだ……本当だぜ?」
「それじゃ、陸路で斗米まで行きましょう。
あそこの空軍基地なら色々と都合がいいし」
良介の言葉にエラはコメントを控え、作業員たちに合図を送った。
「……こんな、破廉恥な男が」
この竜司の呟きは、聞こえない方がよかったのだろう。