蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年5月12日
日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊
志村“Chase”良介二等空尉
目的地である
夷俘中央自動車道で海岸線伝いに北上。その間ずっと、視界の半分に夷俘島の海が入り込んでくる。
「どう見ても、これは北海道の海にしか見えないぞ……」
その海景色はどう見ても良介の生きてきた日本の、北海道近海にしか見えなかった。
自分の慣れ親しんできた現実と、似ているようで違う。
この世界で運用されている兵器はもちろん、今乗り込んでいる警務───確か、田中空軍歩兵は空軍
その彼らが保有する4ドアセダンも。
どこかで見た事があるようで、どこか違う。
しかしこの奇妙な感覚こそ、自分が今生きている現実なのだ。
「……うーん。俺は本当に異世界転移してしまったんだな」
既に殺しまで経験しておいて、今更何を言うか。
「志村二尉、行動食です。いかがですか?」
「うん。ありがとう」
背後から竜司が差し出した爆弾おにぎりを受け取ると、がぶりと一口。
さすがに冷めているが、米の甘みと塩気の強い鮭───だろうか。
説明不要なオーソドックスな組み合わせであるが、実にいい。
定番がなぜ定番の地位まで上り詰めるか。その理由を改めて味覚で叩きつけられる。
まさに、王者の風格である。
この懐かしくも飽きることのない味わいが、心の奥底にあった孤独感を癒す。
「……異世界ものじゃ米に飢える主人公は鉄板だけど、
俺はそういうのとは縁遠いみたいだな」
「米に飢える、ねぇ。他の神兵たちはあんまり食にこだわりはなかったかな」
そういうエラは羊羹のような、棒状の柔らかいものを食い千切った。
「……それ、なに?」
「うち……耳長の携行食。ティドっていうの」
「どんな味?」
「食べてみる?」
そう言って、エラはティドと呼んだピンク色の食料を差し出した。
特別腹が減っているわけではないが、好奇心が刺激された。
パクリ。隅っこの方を食い千切ると、独特な甘みに続いて渋みのある───食感は硬めのグミだろうか。
見た目通りのストロベリー味ではない。
「わ……ぁっ……」
「ぴわわっ!」
その時、竜司と田中空軍歩兵が奇妙な鳴き声をあげた。
「な……なに?」
「しっ、志村殿っ! それは、その。間接……」
「関節技?」
「違いますっ! 間接接吻! ふしだらです!」
ああ、そうか。そう言われて初めて、良介も私も気が付いた。
考えてもみたらこれは間接キスではないか。
「ああ、そうだった。葦原人って、いちいち
と、気にする風でもなくエラは良介が口をつけた隅を口に入れる。
「初心って……異国の人間は、やっぱり理解出来ないっ……!」
「うーん。軍隊生活してたら、このくらいの事しない?」
「しっ、しませんっ! 断じてっ!」
あまり自分から口を挟まない田中空軍歩兵がそう言うのだ。
ならきっと、葦原ではこれが普通なのだろう。
「うーん、異文化……」
「リョースケくん。それで、どうだった?」
ティドの事か。正直言って、あまり口には合わなかったのだが───
「なんか、独特な食感と渋みがあったな。でも、ちょっと甘いような」
「ああ。甘いのは私の唾液」
「ぶぶぶっ」
さすがの良介も吹き出した。
「はっ、えっ……?」
「そういえば人間って甘くないんだっけ。……私のような耳長って、
身体のすべてが甘いんですって」
「爪も?」
「ええ。つま先から毛先に至るまで全部。だから慶……今は超か。
あの辺りの連中はちょっと前まで、清き森に入り込んで耳長を連れ去ってたのよ。
あそこの皇帝、ちょいちょい耳長づくしの甘味が好きだったらしくて」
「うーん。ツッコミが全く追いつかない……お返しだ。おにぎり食べる?」
与えられたら、与える。ということで良介もおにぎりを差し出した。
「パヴィートラム地方の人間ならともかく、耳長にとって米は糖質過剰なの」
「あ、そう……」
体質ならば、仕方がない。少し釈然としないが。
おにぎりときたら、やはりお茶。
竜司から貰ったお茶のポットのふたを外すと、それを含む。
「ん?」
「どうかしましたか?」
白濁した半透明の、プラスチック製の容器。
これの蓋をコップ代わりにして飲むお茶なのだが───
温かくてお茶の味はする。冷めたおにぎりの代わりに、体を温めてくれるありがたさはある。
しかしなんだか茶葉の香りに混じって、口にしてはいけない類の、人工物の気配を感じたのだ。
「な、なんか……プラっぽくない?」
「休憩所で買い求めた茶瓶ですが、お気に召しませんでしたか?」
「やっぱり! このお茶まーっずいよね!」
と、竜司の隣に座るエラも頷いた。
「い、いや……俺はそこまで言うつもりはなかったんだけど」
と言いつつ良介も竜司の買ってきたものでなければ、飲めたものではないと感じていた。
現代日本で売り出そうものなら、ものすごい勢いでクレームが殺到する事だろう。
「ちなみにエラちゃん。合衆国ってお茶飲むの?」
「ええ。移民してきた西方民はもちろん、元々住んでたパヴィートラム人。
それに清き森に住む私たち耳長も、お茶が数少ない生き甲斐になってるの」
「い、生き甲斐か……」
「大半の耳長って私ほど多趣味じゃないから、時間を持て余す老人が多いの。
いいわよ、長寿って。世の中には面白い事が沢山転がってるんですもの。
死んだり衰えたりしてる暇なんてないわ」
北に屹立する斗米山を過ぎ去ると、市街地に。
現代日本との差異を明確にするのなら、農業地帯が広く、市街地がとても狭い事だろう。
それと、排気ガスが酷いことか。
良介は少しだけ窓を開けていたが、自分のF-2が載せられたトラックの排気ガスの酷さに思わず閉めてしまった。
自分の生きていた時代よりずっと昔、そこら中で二酸化炭素が撒き散らされていた時代に思いを馳せた。
「田中くん、お茶飲む?」
「じ、自分がよろしいのでしょうか? では、一口……」
運転手を務める田中空軍歩兵にお茶を飲ませてやった(押し付けたとも言う)良介は、わずかに伺える斗米の街並みに視線をやった。
良介が見てきた葦原の人々は軍人ばかりだから、判断が難しかったが───
明らかに服飾のセンスが日本、いや地球と異なっている。
エラが身に付けているドレスのような───もっと具体的に評すると、「ソーシャルゲームのヒロイン」のような格好。
このセンスを現実に繰り出す時点で“アレ”だが、一般人が身につける衣服の意匠も独特だ。
着崩した丈短めの和服らしきもの、これはまあいい。
肝心なのは割と無頓着に露出したインナーである。
このインナー、薄いラバーのようなぴっちりしたものが多い。
露出はアウト。でも隠れてさえいれば、ラインが浮き出ていてもいい。
そんな中国産ソーシャルゲームの規制じみたあやふやな法でもあるのだろうか。
「ねえ。なんか……街の人たちの格好が……ぴっちりしてない?」
「ぴっちり……?」
「ぴっちりぃ……?」
「ぴっちり……ですか?」
三者三様に怪訝な反応をされてしまった。
どうやら葦原だけでなく、この現実においては良介の方が異端らしい。
「ほら。なんていうかさ、肌に張り付くような生地が多くない?
エラちゃんのタイツみたいにさ」
そう。エラの身につけるドレス、このスカートの丈の前面はとても短い。
それでも本人が気にしている素振りを見せないのは、彼女の脚が優雅な模様が描かれたタイツに包まれているからではないかと考えていた。
「ああ。伸縮生地の事? 錬金術で作られる生地で、薄くて伸びるけど頑丈なの」
「我らが幕府軍の下着にも採用されています。私の下もそうなっていますが……」
「なにっ」
まさか、分厚い軍服の下にそのようなスケベ世界が広がっていたとは!
ぜひ一度拝見したいところだ───
「あの、志村二尉?」
「な、なんだぁ?」
「鼻の下が、自分の腕に……」
田中空軍歩兵の指摘で気付いた。良介の伸びた鼻の下が彼の腕にぶつかっていたのだ。
「ああ、ごめんごめん……」
鼻の下が伸びるのは生理現象だが、迷惑を掛けてはいけない。グイグイと元の位置に戻す。
しかしここで、嫌な方向に無能な想像力が働いてしまった。
「ということは、田中くんも……」
思わず、良介は隣の田中空軍歩兵に視線をやってしまった。
彼の軍服の下は、ピッチピチの全身タイツで───
「男女共用なので自分も……」
「いや、言わなくていい」
言葉にされてしまっては、夢に見てしまいそうだ。竜司やエラなら望むところである。
と、良介は不埒なことを考えていた。
一旦、服の下から離れよう。そう、トイレの事とか絶対に考えてはいけない。
触れる話題。そう例えば、錬金術がいいだろう。
「ずっと気になってたけど、錬金術って?」
「やっぱり聞いてきたわね。錬金術というのは、簡単に言えば素材に魔力を込めて
精製・合成する技術。ちなみに私は、錬金学の世界的権威よ」
「おお……やっぱり、鉄を金に換えたりとか出来たり……?」
「それを目指して、さらに昇華した技術ね。聞かれる前に言っておくけど、
「じゃあ、油も?」
「この車を動かしてる燃料も、航空機を飛ばす燃料も。全部錬金製。
水と可燃物、あとは魔力で生み出せる」
「うーん。俺達の世界と繋がろうものなら、石油と金相場が壊れるな……」
錬金術。良介のいた世界とは明確に異なる点。
鉄を金に変え、精製燃料すら産み出す魔法の技術。
少し物騒だが、良介のいる世界とこの世界とで戦争が起こったとして。
しかしこのまま、F-2をはじめとしたこちらの技術を吸収したら、どうなるか。
背中が薄寒くなってきたので、良介はその辺りを考えることはやめた。
もっと、自分と直接つながる短絡的で明るい話題に。
「F-2も錬金術で修復するの?」
「その予定よ。素材の解析、それと電子機器については
地道に調べないといけないけど」
「うんうん。鉄を金に変える技術とエラちゃんがいれば、きっと出来ると思うぜ」
「もちろんよ。私はこの道150年、世界一の天才なんだから」
単純な褒め言葉に、エラは誇らしげに微笑んでみせた。