蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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19 彰義隊腕試し「RED FLAG」

央暦1969年5月13日

夷俘(いふ)島 松後藩空軍斗米基地

日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊

志村“Chase”良介二等空尉

 

「……ああ。徹夜でナンパして午後に起きてた10年前の、

あの青い夏(・・・)が懐かしいぜ」

 

 自衛官となって以来、なんだかんだ良介の生活習慣はとてもお上品になった。

 見よ。このラッパが鳴り響く15分前に起床する良介の姿を。

 

「俺の活躍次第で生きるか死ぬかはもちろん、ボスの安全や日本に帰れるのかも

決まるんだ。……英雄に祭り上げられたっぽいからって、

適当に生きることは出来ないぜ」

 

 なにせ、大和幕府は領土の80%近くを奪われ、国外からの援助は合衆国のわずかなもの以外断たれた、詰みの状態なのだ。

 生半可な覚悟と活躍では、先はないだろう。

 

「よーし。それじゃあ出る前に予定を確認しておこう……」

 

 良介は学生時代から愛用している手帳を開くと、その予定を再確認した。

 

 F-2の修復は推定3週間掛かる見込みであった。むしろ、それだけで済む辺りに錬金術のインチキぶり───あるいは、エラの才覚が伺える。

 果たして、これが良介の居た世界ならどれほどの騒ぎになることやら。

 

「うーん。機体ぶっ壊すような機動しても、意外と怒られなかったりして?」

 

 機体の前に、お前が壊れるだろう。

 それに整備の手間は恐らく私たちと大差ないはずだ。

 残業など発生させようものなら、また整備隊の連中に部屋を包囲されるぞ。

 

 しかし現実問題、実戦で機体に配慮などしていては命がいくつあっても足りないのも事実───

 最初の予定は酒保の場所と品揃え。場合によっては嗜好品の調達手段を尋ねることとしよう。

 

「ふん。俺様にしては悪くないプランだ……カキカキカキっと」

 

 ひとまず私事を決めると、良介は兵舎に割り当てられた部屋を出た。

 すると、すぐそばに田中空軍歩兵が待ち受けていた。

 

「おはようございます! 志村二尉!」

 

「……今日も君なの?」

 

「はいっ! 自分が担当なので!」

 

 志村良介、不埒な男。

 田中空軍歩兵の他にも女の子のお付きがいるのではないかと、内心期待していたのだ。

 

 もちろん、幕府空軍には女性兵士の姿もまばらにあったが、それもやはり少数派の男社会である。

 男に男があてがわれるのは、何も不思議はない至極当然の道理である。

 

「……ちぇっ。どうせ英雄に祭り上げるなら、

女の子盛沢山にしてくれればよかったのに」

 

「いやあ、申し訳ありません。自分も同僚に女子(おなご)がいれば、

心の癒しになったんですがね」

 

 言うまでもない事だが、良介は贅沢を言える立場にない。なんなら、幕府の長たる将軍にすらその余地がほとんどないかもしれない戦況である。

 叶わぬ願いを早々に切り捨て、良介は歩きながら田中空軍歩兵に尋ねた。

 

「ところで田中くん。酒保(しゅほ)って……酒保、わかるよね?」

 

「酒保。売店、という認識で間違いありませんか? 兵舎群中央に、

空軍御用達の居酒屋と併設されたものがあります」

 

 なるほど。この柔軟な頭の回転の早さが、異世界人の世話係に選ばれた理由なのかもしれない。

 慣れない土地どころか、世界に来てしまった良介としては話が早いのは助かる。

 

「お酒とか、お菓子は?」

 

「お恥ずかしながら、戦況の悪化で階級に基づいた制限が課せられております。

自分も上に詳細を聞いてみないとわかりませんが、志村二尉にも制限があるかと」

 

 戦況の悪化による、階級に基づく制限。

 自衛隊どころか、現代日本ではほぼ聞けないような話が当然のごとく出てくる辺りに、葦原が内戦下にあることを思い知らされた。

 

 しかし、何事にも隠し道があるものだ。

 

「じゃあ、他の手段は?」

 

「そうですね……エラ様に聞いてみるのがよろしいかと」

 

 合衆国の伝手か。可愛い女の子と話す機会が増えるのは悪くない。

 不埒な男は満足げに頷いた。

 

「ありがとう、田中くん」

 

「恐縮です」

 

 田中空軍歩兵の配慮で酒保の位置を確認すると、ふたりは起床ラッパが鳴り響く中で斗米基地の格納庫へ向かった。

 新たに結成が決まった彰義隊に割り当てられた、中型の格納庫である。

 

「おはようございます、志村殿」

 

「うんうん、おはよう」

 

 良介よりも早く到着していた竜司と挨拶を交わす。

 すると、格納庫の面々から視線が集中した。

 

 真っ白な頭髪をしたご老体。

 

 良介より少し年上に見える、鋭い目つきをした男。

 

 葦原人には見えない、黒人のような肌をした男。

 

 良介の目についたのは、大体この三名だろうか。

 

「この人たちは?」

 

「彰義隊に志願し、選抜された人々です」

 

 竜司がそう説明すると、黒人たちの代表格と見える男が歩み寄ってきた。

 

「『漆黒の海では、どうやって港に帰る?』」

 

「……灯台の(Lighthouse)(Light)、とか?」

 

「なるほど。神兵って奴にゃ、隠し事は出来ないらしいな」

 

 神兵はあらゆる言語が自動翻訳される───少なくとも、この世界の言語は。

 どうやらその性質を試されたらしい。

 

「イグルベ傭兵(Merc)中隊(Squad)隊長、リック・イウォマ。空では"カビエシ(KABIYESI)"って呼ばれてる。よろしくな、ショウギ・リード」

 

「おう。俺は志村良介。よろしく……イグルベ?」

 

「俺の出身、エジーレンの言葉で……バッタ、いやイナゴ?

そう、イナゴの意味だ。戦地の富に群がるイナゴさ」

 

 恐ろしい事を言いながら、リックは笑みを浮かべて手を差し出した。

 

 良介は過去、チームに属したことはないが、チンピラじみた生活圏にいたため理解出来る。

 こういった後ろ暗い世界にいると、逆に開き直って世間での居心地の悪さを誇るようになるのだ。

 

「そりゃ、田んぼに出てきたら大騒ぎだな」

 

「安心しな。俺達はまだ、腹を空かせちゃいない」

 

 食うのは幕府の田畑から、ということだろう。

 少なくとも幕府頼みなのは良介も変わりはない。

 

 葦原にとってよそ者のふたりは、熱い握手を交わした。

 

「もう少しあんたとは親交を深めるべきなんだろうが、独占しちゃ悪い」

 

「ああ。読書会を邪魔して悪いね」

 

 リックは傭兵仲間と葦原の兵器や言語に関する学習をしている最中だったらしく、手短に挨拶を終えると本を開く輪の中に戻っていった。

 

 それ以外の目についた男たちは───社交的ではない、というわけではないのだろう。

 

 しかし、突然出てきてトップに据え置かれた良介の存在が気に入らない。

 怒りと困惑。彼らの視線からはそんな感情を見て取れた。

 

 リックら傭兵は同じ部外者だが、彼らは元ある組織での地位を無視された形になるのだから当然だ。

 良介も似た立場に置かれれば、ブー垂れていたに違いない。容易に想像がつく。

 

「志村殿。私の……新選組の隊長をご紹介します」

 

 この空気を読み取ったのだろう。竜司は良介をある男の目の前に案内した。

 鋭い目つきをした、腹の立つことに美男子である。

 

「新選組隊長、山義(やまよし)歳三(としぞう)空軍奉行並です」

 

「……やめろ、竜司。俺はもう新選組隊長ではない」

 

 力なく視線を送った歳三は、立ち上がると無駄な力の入っていない見事な敬礼を見せた。

 

「山義歳三空軍奉行並……元新選組隊長」

 

「並……っていうことは、宗治郎のおっさんとほぼ同格?」

 

「おっさんとは、畏れ多い表現だが……そうだな、階級上でならそうなる」

 

 わざわざ並という言葉がつく辺り、良介の世界でいう准士官に近いものを感じた。

 新選組、つまりあの空にいたのなら戦闘機乗りだ。

 幕府軍は士官から将官には、通常昇格できないのだろうか。

 

 そのくらいで思考を打ち切って、良介は返礼した。

 

「航空自衛隊第11航空団第114飛行隊、志村良介二等空尉」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 あの新聞の報道が事実なら、明らかに階級が上の相手を部下とすることになる。

 が、複雑な心境である。確かに新米幹部よりも先任(としより)の空曹が実質上のヒエラルキーをしているのが軍隊であり、自衛隊であるとはいえ。

 

 ふと良介は20年の仙人(・・)空士長と同じ隊舎になった経験を思い出した。

 いや、アレと彼を一緒にするのはとても失礼だが。

 

「志村二尉。ひとつ言いたいことがある」

 

「……なに?」

 

 どうもこの歳三という男、様子がおかしい。

 周りに害を振りまくそれではなく、なんというか、無気力というか。

 

 新選組という名前に引っ張られているのか、もう少し苛烈な人間を予想していたのが肩透かしになってしまったのだ。

 

「あんな飛び方をしていたら、いずれ死ぬぞ」

 

「でも、まともな飛び方をしても死ぬ。俺以外も」

 

 自己批判の精神が口を挟む間もなく、良介は即答していた。

 歳三の発言も良介の発言も、残念ながら否定出来る隙がない。

 これでは私が重箱の隅を突けないではないか。

 

「さもありなん、だな。まともな神経をしていては、ああは飛べん」

 

「そもそも、まともな神経してちゃ人殺しなんて出来ないだろ」

 

「……まったく。一本取られたな」

 

 そう、良介がやっているのは戦争。法律が許している、合法にせざるを得ない殺人だ。

 さもなくば、殺人を喜んで合法にする連中にされるがままとなる。

 酷く腹立たしい事にそれが現実というやつで、この奇妙な浮世でも変わりはないのだ。

 

 そして最後に。

 刀を杖のように立てて踏ん反り返る、白髪のご老体。

 その視線は常に良介に向けられ、取り巻きと共に睨みつけていた。

 

 取り巻きのひとりが身に着ける飛行服の背にはこうあった。

 

『松後藩空軍』

 

 松後藩といえば、夷俘島を治める藩であり、地図上では中心地は夷俘島ではなく海峡を挟んだ向かいの本州にあった。

 聞くところによれば、幕府軍の本隊は夷俘島への撤退の最中だとか。

 

 なら彼らは、故郷を追われた敗残兵といったところか。気が立っているわけである。

 

 とはいえ、彼らも背中を預ける仲間になる人々。

 いかにも険悪だが、険悪なままでは出来ることも出来なくなる。

 やむなく良介は彼らに歩み寄ると、代表面をしているご老体に敬礼した。

 

「日本航空自衛隊、志村良介二等空尉。よろしくお願いします」

 

「……ふん」

 

 思った通りというか、なんというか。

 鼻を鳴らした白髪の男は敬礼もせず、口を開いた。

 

「松後藩空軍第1航空団、奥村(おくむら)陸平(むつへい)飛行隊士並」

 

 飛行隊士───恐らく、自衛隊でいう三尉から一尉のパイロットとして最低限の階級だろう。

 それ並とは准尉のようなものだろうか? という疑問が浮かぶが、それを尋ねられる雰囲気ではなかった。

 

「主、神兵と言うたな?」

 

「そう……らしい」

 

「神機隊の首を獲ったとも聞く」

 

「ほとんどが新選組の戦果だよ」

 

「何を言うか。大将首を獲ったと新聞やラジオは大賑わいじゃぞ」

 

 報道が情報を仕入れたにしては、戦況の把握が早すぎる。これも宗治郎の仕業だなと、良介は瞬時に理解した。

 良介は目立ちたがり屋だが、この手の目立ち方は望ましくないことくらい歴史上の偉人を学べばすぐわかる。

 

「じゃがな、神兵……いや、志村良介」

 

「なに?」

 

「儂はこの目で直にその腕を見るまで、信じんぞ」

 

「もちろん、それでいいよ。……自分の目を疑っても、認めてくれよ?」

 

「ふん、ガキが言いよるわ。口だけは達者だと認めてやる」

 

「口だけじゃないぜ。俺は腕も、そして顔も達者なんだ……」

 

 睦平の硬い表情が、少しだけ和らいだ。腕はともかく、口のうまさは認めてもらえたらしい。

 

 彼らの既得損益だけでなく、プライドにすら泥を塗っているのが現状の良介だ。

 口だけでも評価されれば、ファーストコンタクトとしては上々であろう。

 

「ふぅ……とりあえず、派閥の顔役はこれで全員かな?」

 

 目の付く人物には一通り挨拶し終えたか。

 次は機体の準備をしている整備隊の面々に挨拶をするべきか。

 そう考えていた頃だった。

 

「あばっ、注目(ちゅうもーく)ッ!」

 

 竜司が発した号令が反射的に、良介を含めた格納庫の面々に視線を向かわせた。

 その先にいたのは、松平宗治郎幕府空軍総裁───つまり、現状の幕府空軍において最上位の人間である。

 

 飛行服に身を包んだ男を見た途端、幕府空軍と松後藩空軍の面々は挙手敬礼。

 イグルベ傭兵中隊の人間もやや遅れて、恐らく空気を読んで続いた。

 

 この場で敬意を示していなかったのは、良介ただひとりであった。

 

「皆、注目直れ。今の俺はお忍びだ」

 

 そう言われて、軍人達はおずおずと敬礼を解いていく。

 視線をやったきり、一度たりとも姿勢を変えなかった良介に怪訝な表情を向けながら。

 

「志村二尉。士官用の兵舎だったが、不都合はあったか?」

 

「いいや。娯楽が少ない事を除いたら、観光地かと思えるぐらいだったよ」

 

 良介の自衛官生活で最悪だったのは、やはり空挺団と行動を共にした時だろう。

 あの降下課程で空挺団と空を飛んだり、延々と歩いたりしたのは、まだ許せる。

 最も酷かったのは演習場の厰舎(しょうしゃ)だろう。

 

 あそこは同じ読みの瀟酒という言葉と真逆の、厩舎と呼ぶべき宿泊施設。

 プライバシー皆無のゴザを敷いて寝る空間と比べれば、幕府空軍の兵舎はまさにリゾートホテルであった。

 

「娯楽か……手配した方がいいか?」

 

「いいよ。適当に面白そうな本、こっちで見繕うからさ……

で、まさかアンケート取りに来たわけじゃないよね?」

 

 まさか幕府空軍の最高将校がこれだけのために姿を見せるはずがない。

 良介は最大限の警戒をもって、宗治郎と相対した。

 

「ああ。貴官の上司、鈴木哲也一佐についてだ。今朝方、完治まで半年、

歩行までひと月と診察の結果が出た」

 

 つまり、外を出歩けるようになるまで一ヶ月。

 半年経てばギプスを外して空を飛べるようになる。ということだろう。

 

 朗報だが、この間は彼の命を奪うのが容易い期間ともとれる。

 

「その間、訃報を常に覚悟しろって?」

 

「……そういう見方も、出来るだろうな」

 

「俺はどこかの人質を使う奴らと違って、陰湿じゃないんでね……。

そんなつまらない脅し掛けなくても、裏切らないよ」

 

「……そうか」

 

 一体何を期待していたのやら。宗治郎はどこか落胆した表情で告げると、踵を返した。

 

「皆の衆! 間も無く点呼だ。演習に励み、

我らが幕府軍の勝利に貢献して欲しい!」

 

 おう! 幕府側の面々から威勢の良い歓声が上がった。

 彼らの士気はこの窮地に於いても衰えず。

 

 それは軍人として正しいのだが───

 彼らに利用され、戦いを強いられている良介としては、複雑な心境にならざるを得なかった。

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