蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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20 彰義隊腕試し「RED FLAG」

「彰義隊腕試し」

央暦1969年5月13日

夷俘(いふ)島 松後藩空軍斗米基地

日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊

志村“Chase”良介二等空尉

 

 まだ良介の頭には、昨晩読んだ機体のマニュアルが鮮明に残っていた。

 

「それでは志村殿、機関始動願います」

 

「おう……ちなみに、空での呼び名はチェイスだ」

 

「失礼、そうでしたね」

 

 今回の演習では、彰義隊編成を決めるために模擬戦闘を含めた訓練を行うことになっていた。

 言うなれば、彰義隊腕試しである。

 

 しかしF-2の修理はまだ終わっていないため、当然乗ることは出来ない。

 その代わりに、良介は練習機である一式中等練習機『蒼鷹(そうよう)』に搭乗する事が決まっていた。

 これは先日、宗治郎が連絡機として乗っていた機体と同じものである。

 

 後席には最近までこの機体の操縦をしていた空知竜司飛行隊士が搭乗している。

 飛行時間や階級は良介の方が上だが、こと蒼鷹の操縦に限っては彼女が先輩になるのだ。

 

 志村良介よ、先輩の言うことは聞くべきだ。そうだろう?

 

「ふん、言われなくてもわかってる」

 

「何か仰いましたか?」

 

「いや、単なる独り言だよ……」

 

 スイッチを操作し、機体のバッテリーを起動。

 まだこの時点では、電気系統を動くようにしただけ。電力は行き渡っていない。

 

 続いてエンジン始動に必要な圧縮空気の供給。

 

「供給頼む!」

 

「了解っ!」

 

 地上要員に合図を送り、機体と空気供給装置(ASU)を接続、圧縮空気の供給を開始。

 

 吹き込まれた空気によってエンジンファンが回り、回転数が上昇していく。

 

 規定の数値に達するまでの間に、各種計器を目視確認。

 異常なし。

 

 回転数10%ほどでスロットルレバーを操作し、アイドル(IDLE)に。

 

 これでようやく、エンジンが自力で動いて電力を血の如く機体に巡らせ始める。

 供給が終わり、電子機器やエンジンが始動。

 

「クリア!」

 

 合図を送り、ASUとの接続を解除。

 これで空を飛ぶ準備が完了した。

 

「うーん、簡単だ」

 

「練習機ですから。我々新選組のオロールはこの30倍は複雑です」

 

「……あんまり面倒なのはやだな」

 

 この手順はエンジンが多ければ多いほど回数が増え、性能が高いほど繊細さも要求される。

 良介───チェイスのような適当人間が未だにエンジンや地上設備を焼いていないのは、恐らく奇跡であろう。

 

 ともかく、離陸準備は整った。

 チェイスは通信機で航空交通管制(ATC)に呼びかけた。

 

「こちらチェイス、システムオールグリーン。タキシー許可求む」

 

「了解。チェイス、移動を許可する。誘導路4の2を通行し、待機位置"あ"の88で待機せよ」

 

「……"あ"の88、ね」

 

 やはり色々と勝手が違うようだ。

 ブレーキを解除して、エンジンに機体を前進させる。

 

 見れば、既に睦平ら松後藩空軍の駆る颶風(ぐふう)が滑走し、離陸している瞬間だった。

 なぜ彼らが真っ先に離陸出来たのかというと、レシプロ機なのだ。

 

 ジェットエンジンは最低でも先ほどチェイスが行った始動手順を踏む必要があるが、レシプロの場合最低限の準備が整ってさえいれば、搭乗員が手でプロペラを回すだけで始動可能なのだ。

 

 第2世代戦闘機とはいえ、ジェット機が主流の時代にレシプロとは、そして未だ生き延びるとは。

 傲岸不遜なチェイスでさえ、睦平に敬意を抱かざるを得なかった。

 

「チェイス、滑走路確認よし。2番滑走路より離陸を許可する」

 

 ついにATCからお許しが出た。

 動翼のチェックを行う。

 

「油圧確認よし。チェイス、離陸する」

 

 スロットルレバーを壊さないよう調整し、出力を上げていく。

 チェイスがこれほど丁寧に機体を扱ったのは、初めてF-2を操縦した時以来だろうか。

 

───バカを言え、初めて乗る機体はいつも丁寧に扱ってるぞっ。

 

 おっと、そうだったか。つまり次はないな。

 

 機体はどんどん加速し、やがて離陸決心(V1)速度、引き上げ(VR)速度に到達。

 操縦桿を引き、母なる大地(チェイスにとって母ではないが)から飛び立った。

 

「よし、先輩。今の離陸に何点くれる?」

 

「え? 初めてなら100点です」

 

「やったぜ」

 

「まだ喜ぶには早すぎます。離陸くらいなら、私だって初見で成功させています」

 

「もちろん。竜司ちゃんの腕なら出来るだろうさ」

 

「……わ、私は武士です。ちゃんづけは、公衆の面前では控えて頂きたい」

 

「じゃあ、ふたりっきりの今なら?」

 

「しむっ、チェイス! おふざけも大概にしてくださいっ!」

 

 そのノリを航学時代にやったせいで、今の名があることを忘れたのか?

 初日でクビになりたくはないだろう───

 

「ようおふたりさん、早いな」

 

 ミラーに映った光の反射は、カビエシの駆るF-21イコウェだった。

 塗装の一切ない、銀色のボディがそのままの、潔ささえ感じられるシンプルな佇まい。

 海に近い場所では塩害が不安になるスタイルである。

 

「カビエシ、機体の調子は?」

 

「絶好調、葦原人が完璧に仕上げてくれた。今までで最高かもな」

 

「それはなにより。ところで、機体に塗装はしないのか?

すっぴんは目立つぜ?」

 

「俺ら傭兵は目立ってナンボさ。報酬の算定に戦果は大事だからな」

 

 それは一理ある。

 彼らはあくまで主義や任務ではなく、仕事で戦場の空を飛んでいるのだ。

 戦国時代の武将は自身の武功を明らかにするため、派手な兜を被ったという。

 

 航空傭兵の間では、一部時代を逆流している面があるらしい。

 

 チェイスの隣を離れたカビエシは自分の部隊に合流する。

 隠密性など度外視した塗装皆無の銀ピカボディの編隊は照り返しが強い。

 乱れのない横一列(アブレスト)隊形は見事であったが、目にあまり優しくなかった。

 

「演習に参加する各機へ、こちら新選組。離陸完了、状況準備よし」

 

 ついに新選組が全機上がってきた。

 新選組の機体はミラージュもとい、オロールと呼ばれるユーロネシア大陸がフラネンス共和国製である。

 無尾翼デルタ翼機の特徴的な外観に、黒を基調とした塗装は独特な威圧感があり、なるほど幕府の威信を賭けた部隊と呼ばれるのも得心がいった。

 

 先の戦闘で激しく損耗した新米揃いの新選組だが、仮にも命の遣り取りを生き延び、さらにその中から選抜された者達。

 彼らの組む編隊には一分の乱れもない、見事な等間隔の三角(デルタ)隊形を見せていた。

 

 新米揃いならぬ、精米済みの白米揃いというわけだ。

 

「ああ、ブルーの奴らに匹敵する練度だ……編隊飛行に関しては」

 

「ブルーとは?」

 

「空飛ぶアイドル」

 

「あ、あいどる?」

 

 チェイスにとってブルーこと、ブルーインパルスは仇敵だった。

 なにせ彼らは基地祭の度にファンに囲われ、グッズが売られ、モテにモテまくるアイドルが如き扱いを受けているのだ。

 つまり醜い僻み嫉妬の類である。

 

 もっとも、過ぎたファンもいるという話には同情せざるを得ないが。

 

「俺の介護人じゃなければ、竜司ちゃんもあの中に?」

 

「それを含め、今回の腕試しで決まります。……チェイス殿。

介護されてる自覚があるのなら、ご自重ください」

 

「それは難しい注文だ」

 

 竜司と雑談を交わしていると、基地からの交信が来た。

 これを無視するほど、チェイスも愚かではない。

 

「聞こえますか? えー、こちら斗米空軍……すみません、ツキヨミです。

各飛行隊、移動地点(ウェイポイント)まで移動願います」

 

 今回の演習では、3つに分かれて飛行訓練及び模擬戦闘を行う。

 

 仮の第1飛行隊はチェイスとイグルベ中隊。

 第2飛行隊は陸平率いる元松後藩空軍。

 第3飛行隊は歳三率いる新選組である。

 

 第1飛行隊、最初の1番といえば聞こえはいいが、チェイスはその人員の選定に作為的なものを感じていた。

 

 チェイスという神兵、異世界人。そしてイグルベ中隊という遠い異国の傭兵。

 

「よそ者はよそ者同士、仲良くしろってか?」

 

 冗談めかした口調で放たれたカビエシの発言は、良介と同じ見解だった。

 

「……カビエシ殿、軽はずみな言動は控えていただきたい。この編成は仮のもの。

出身に関係なく適正によって編成が決まります」

 

 竜司がその言葉を諫めるが、金髪碧眼の彼女もまた、傍から見ればよそ者であった。

 

「あんた、葦原人なのか?」

 

「はい。葦原で生まれました」

 

「ユーロネシアの連中そっくりだから、リールランド人の傭兵だと思ってたぜ」

 

「……私は、葦原人です」

 

 一兵士という立場上、それ以上の非難は出来ない。隊の規律を乱すわけにはいかない。

 どんな葦原人よりも生真面目な彼女はそう考えるだろう。

 

 しかし───チェイスがこの状態を見逃すわけにはいかない。

 普段軽い口は、こういう場でこそ開くべきである。

 

「なぁ、カビエシ。なんとなーく、ソウサレスの人とユーロネシアの人で

因縁があることは知ってた」

 

「……ああ。かなりの因縁だ。これでも俺は、中隊の中じゃ抑えてる方だ」

 

「やめろって言っても、こういう長年の奴はやめられないだろう。だからさ、

どっちが正しいかこの演習で決めないか?」

 

「なに?」

 

「どっちが正しいか、空戦で決めるんだよ」

 

「……いいね、乗った! チェイス! お前の力(Showme)見せてみろ(YourFight)!」

 

 チェイスとカビエシは左右に散開し、戦闘機動に入った。

 

「ぐええっ……ちぇっ、チェイスどのっ……!」

 

 その様子をレーダー上から眺めていたであろう指揮所もとい、ツキヨミが叫んだ。

 

「神兵様、かびえし! 勝手な行動は、やめてください!」

 

「悪いが、こいつは隊長様からの要望なんでね!」

 

「ああっ……どうしよう……」

 

 ツキヨミのオペレーター、どうやら右も左もわからないような新人らしい。

 そんな彼女を困らせるのはチェイスとしても本意ではなかったが、この問題は早急に片付けなければ、かなり深い禍根になると見ていた。

 

「歳三さんっ。ふたりを止めてくださいっ」

 

「いや、奴の純粋な実力を知るいい機会だ」

 

「えっ、えーっ!」

 

 山義歳三は静かに否定した。ならば次に頼れるのは……

 

「む、睦平さんっ。どうにかしてくださいっ」

 

「儂らも新撰組に賛成ぢゃ。神兵とやらの腕、見せてもらおう」

 

 どうやら、ツキヨミに味方はいないらしい。

 しばらく慌ただしい声が響いていたが、何者かの手によってマイクを切られた。

 

 ボスのため、帰還のため。片付けられる問題は片付けなければ。

 

「カビエシ、条件は?」

 

「こういう時はミサイルなし、機関砲(GUN)オンリーだ!」

 

 横槍の気配はなし。一対一の対決だ。

 10000(3)フィート(km)ほどの距離を取ったふたりは、ほぼ同時に向き合う態勢に入った。

 

「ちぇっ、チェイスどのっ……計器っ、加速度計、見てっ……」

 

 竜司からの言葉を受けて、チェイスは隅にある加速度計───機体に掛けたGを測る計器を一瞥した。

 この計器は現在掛かっているGを計測するだけでなく、そのフライトで掛けた最大Gも同時に記録される。

 

 最大Gはレッドラインを超えていた。危険域(REDFLAG)だ。

 警告音声がないものだから、まったく注意が向いていなかった。

 

「おっと。整備の好み、先に聞いておくんだった」

 

 まったく反省していないチェイスはスロットルレバーを最大まで押し込んだ。

 

「おっ、降りたいっ……」

 

 流石に今イジェクトされるのは困るが、そこは彼女の我慢強さに期待するしかない。

 

 機体のFCSがカビエシのF-21を捉え、HUDにコンテナが表示された。

 6000、5000と距離が縮まるが、気をつけろ。この機体はF-2のような20ミリバルカンではない。

 

 機首右下部に搭載した13ミリの機関銃(・・・)しかない。

 13ミリ機銃は航空用ではなく、銃そのものは陸上で用いられる重機関銃そのもの。

 故にカビエシのF-21が搭載する23ミリ航空用機関砲と比べて精度・威力・射程・発射速度、全てにおいて劣っているのだ。

 

 距離4000(1200)フィート(m)イコウェ(えんぴつ)が機体下部に搭載したガンポッドから閃光が迸る。

 瞬時に小さくバレル・ロールを行い、曳光弾の隙間を縫う。

 

 23ミリ砲弾がかすめ、空気の層を貫く音が風防越しに響いた。

 

 その間にも距離は縮まり2000(600m)、13ミリの有効射程圏内だ。

 バレル・ロールで上下左右が慌ただしく移り変わる中、ダダダッ、ダダダッと明らかに遅い発射速度で短く連射する。

 向こうも素人ではない。チェイスの攻撃を見ると、照準を諦めて上昇して回避を始めた。すると、正面から見ると酷く小さなデルタ翼の翼端から、小さな光が爆ぜた。

 

 もちろん、これは実弾ではない。演習用に作られた模擬弾の一種で、着弾すると機体に損傷を与えないにも関わらず、砕けて光を生じるというものだ。

 音速の飛翔に耐える癖に、エンジンの吸気口から飛び込んでも損傷を与えることがないほど脆い、とても都合のいい弾である。

 もっとも、人体が耐えられるほど脆くはないが───

 

 ともかく、これも錬金術の賜物だ。

 

 現代の地球での射撃演習は無人標的が相手でもない限り、マスターアームをSIMにしてデータ上でのみ攻撃を行う形となる。

 チェイスとしては、こちらの演習の方が好みだった。

 

「命中!」

 

「判定、戦闘続行可能。続けろ」

 

 聞き覚えのある声が通信機から聞こえてきた。

 幕府空軍総裁の松平宗治郎である。

 

 チェイスとしても13ミリの1発程度では、主翼に小さな穴が空く程度だと見ていた。

 つまり、異論はない。こちらが不利なまま、戦闘は続く。

 

「今の当たるのかよ!」

 

「こっちは練習機だからな、無理しなきゃ勝てないんだ」

 

「ちぇーっ、実戦でやれない戦術とかアリかよ」

 

 チェイスとカビエシは短く笑い合い、すぐに戦闘態勢に戻った。

 

 単座機と比べて、ふたりが乗る複座機は人が多い分電子機器や燃料タンクに使える体積が減る。

 つまり、不利になる場合が多い。

 

 しかしその欠点以上に、人が増える利点というものは場合によっては大きいのだ。

 

「敵機、後方上! 高度2万、速度400、上昇中!」

 

「本当に? 意外と遅いな!」

 

「あいつ、手合割(ハンデ)のつもり⁉ オーグメンター使ってません!」

 

 その利点とは、索敵だ。

 目が2つから4つに増え、脳が2つに。操縦手が計器と睨めっこしていても敵機の位置を把握することが出来る。

 レーダーでさえ、ここまで立体的で融通の効く情報は届けてくれない。

 

「敵機上昇やめ、方位090へ旋回! 高度2万3千!」

 

 現状の高度は1万9千、上昇力ではアフt───推力増強装置(オーグメンター)なしでもF-21の方が上である。

 上昇力が上という事は推力が上。推力が上という事は戦闘機の場合、それだけ素早いという意味でもある。

 

「向こうの位置!」

 

「太陽がっ……敵機旋回、背後に回ります!」

 

 降下して速度を得つつ、背後を取られないように旋回する。

 が、わずかに間に合わない。

 フレームのミラーに浮かぶ蒼天に、黒点が横切った。

 

「反転するぞ!」

 

「ぐ、わっ……」

 

 この生ぬるい旋回では、秒単位の猶予しかない。機体をロールさせ、反対方向へ許容限界ギリギリの加速度(G)を掛けた旋回を開始する。

 かなり速度を奪われたがカビエシは悠々と、速度もほとんど減速せず追従してきた。

 

 機体の性能はあるが、パイロットもその性能を活かし切っている。

 T-4で格闘戦ごっこをするのとはわけが違う。カビエシが持つそれは、まさに実戦で研ぎ澄まされた空戦スキルだった。

 

 F-2であればGUN照準用の火器管制レーダー(FCR)が照射されれば、RWRでわかる。一方でこの蒼鷹にはない。

 位置感覚と、かすめる曳光弾にしか攻撃の予兆が存在しないのだ。

 

「攻撃の予兆があったら知らせてくれ!」

 

「了解!」

 

 チェイスにもGUNを用いた訓練の経験はある。しかしその攻撃はあくまでシミュレート上のもの。実戦同様に撃ち合う格闘戦は初めてだ。

 蒼鷹の操縦のみならず、撃たれるという経験においても、竜司の方が先輩ということになる。

 攻撃の予兆を掴めるとすれば、彼女だけだろう。

 

 旋回と反転を繰り返し、カビエシの射線から逃れつつ好機を伺う。

 この好機と巡り合うには、速度が重要になってくる。

 

「攻撃、来ます!」

 

 反射的に左ペダルを踏み、左へ水平旋回(ヨーイング)

 機体を左に傾けた状態だったので、ほぼ真下へ滑るように機体が降りていく。

 

 自分から見て右、地球から見ると真上を曳光弾が過ぎ去る。この光の線がほんの一瞬、右の主翼を捉えた。

 異音が機体中を駆け巡り、光が迸る。間違いなくこれは被弾した。

 

命中(BINGO)!」

 

 被弾したのは恐らく二、三発。十発でも貰っていれば、撃墜判定を受けたことだろう。

 逆転の好機はここだ。

 

 チェイスはエアブレーキを展開させて機体を急減速させ、操縦桿を引き寄せて機体を急上昇させた。

 

 F-2はフライ・バイ・ワイヤ───端的に説明すれば、コンピューターが補正して安全かつ速度維持に最適な動きにしてくれる。

 なので、手動でリミッターを解除しなければ無茶な挙動は出来ない。

 

 しかし蒼鷹にそのような上等な装備はない。つまり、操縦桿を目一杯引くだけで機体は高迎え角(AoA)の機動が出来るのだ。

 このような高AoAの旋回を行うと、主翼がまとう揚力がはがれて失速状態になる。

 つまり、ぐいっと曲がれば一気に減速する。場合によっては制御不能になって墜落する、非常に危険でリスキーな飛行なのだ。

 

 しかもこの旋回には相応のGが掛かる。

 

「ぐあああっ……!」

 

 機体が軋み、背骨が絶叫し、空が静止し、竜司が呻きを漏らす。

 この一瞬の空の上での停止。音の速さ(マッハ)に迫る空戦の世界では、ほんのわずかな小休止でも相対速度が一気に広がる。

 

 ドンッ! 数百トンの重量物が蒼鷹の真横を過ぎ去り、衝撃波が機体を揺すった。

 

「マジかッ⁈」

 

 カビエシの駆るF-21イコウェがチェイスと竜司を通り過ぎたのだ。

 追尾側が追い越してしまい背後を取られる、オーバーシュートというやつだ。

 

「今度はこっちの番だ」

 

 エアブレーキを格納してスロットルレバーを最前まで押し込み、ラダーでヨーイングする要領で下を向く。

 いわゆるハンマーヘッドターン。本来ならばここで来た方向へ戻るが、今は曲芸飛行ではなく空戦だ。

 ロールを組み合わせて、過ぎ去った白銀に食らいつく。

 

 背後のチェイスから逃れるため、イコウェのノズルからオーグメンターの炎が吐き出されたが、一歩遅かった。

 蒼鷹の低速性能は想像以上のもの。100(185)ノット(キロ)にも満たない速度にも関わらず、機体は動いてくれた。

 

 ダダダダダッ! FCSがロックする前に、引き金を絞る。

 

 曳光弾の光はF-21に吸い込まれ、尾翼やエンジンノズルを撫でていく。

 これが実弾ならば、あの機体は木っ端微塵に爆散していたことだろう。

 

「勝負あり!」

 

 宗治郎からも、決着がついたとお墨付きが出た。

 

「……そういえば、どうやって判定出してるんだ?」

 

「……チェイス殿、ご存じなかったのですか?」

 

「な、なにが?」

 

「松平総裁なら蒼鷹に搭乗して、この演習を視察しておられます」

 

 ミラーに映った竜司の差す指の方向を見る。

 そちらの方では松後藩空軍の颶風にまじってひとつだけ、蒼鷹の姿が。

 

 まさか、あの中にいたとは。

 

「よう、おふたりさん」

 

 その交信に気づくと、すぐ左手にカビエシの機体が現れた。

 

「まさか俺が、そんなオンボロに負けるとはな。恐れ入ったよ」

 

「へっへっへ、油断大敵だぜ?」

 

「まったくだ。実戦でも、そいつと同レベルの機体とやり合うのは

珍しくないしな……」

 

 機体の風防越しに、カビエシと視線を交わす。

 彼の表情には、笑顔が浮かんでいたように見える。

 

「こちら松平宗治郎空軍奉行。命令違反の2機へ、貴機らは演習を中止し、

斗米空軍基地に着陸せよ」

 

 今回の騒動、理由はあれど大元はチェイスが原因である。

 一応当事者同士とはいえ、チェイスの暴走でカビエシと竜司に累が及ぶのは忍びない。

 

「あー、こちらチェイス。おっさん、申し開きをしたいんだけれど……」

 

「聞け、チェイス。処分は追って伝えるが、そもそもその機体で演習の続行は

危険だ。斗米基地に帰投せよ」

 

 恐る恐る、チェイスは計器の加速度計へ視線をやった。

 最初の急旋回で制限Gを超えていたが───最大Gは大きく更新されていた。

 

 機体のオーバーホールどころか、用廃かもしれない。

 今現在蒼鷹を飛ばしている彼ならば、あの飛行がどれほど機体に負担を掛けるのか、身をもって理解しているのだろう。

 

「……チェイス、斗米基地に帰投する」

 

「イグルベ1、斗米基地に帰投する。イグルベ2、指揮を引き継げ」

 

 これ以上の飛行が危険という指摘はごもっともだった。

 ひとまずどう言い訳しようか頭を働かせながら、チェイスは北西の斗米基地へ進路を取った。

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