蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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22 彰義隊腕試し「RED FLAG」

央暦1969年5月13日

夷俘(いふ)島 松後藩空軍斗米基地

日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊

志村“Chase”良介二等空尉

 

 一通りの演習を終えた彰義隊候補の面々が、次々に斗米の滑走路へ降りて来る。

 

 白銀の機体を駆るイグルベ傭兵中隊。

 時代遅れの旧式プロペラ機を自在に操る松後藩空軍。

 最新鋭の外国製戦闘機を与えられた、最精鋭の隊長率いる新選組。

 

 良介は彼らの着陸を真っ黒になった腕に軟膏を塗りながら見届けた。

 

「竜司ちゃん。薬、塗ろうか?」

 

「結構です。自分でやりますので」

 

「あ、そう……?」

 

 この黒くなった箇所は病気ではなく、もっと直接的な原因である。

 ハイGターンによって腕や足に血流が集中。

 血圧が急上昇し、毛細血管が破裂した際の内出血だ。

 

「志村殿。あなたの心遣いには深く感謝します」

 

「ふふん、当然のことをしたまでだぜ」

 

「ですが今後一切、二度とあなたと同じ機体には乗りませんっ」

 

「……何度目だったかな、その宣言受けたの」

 

 航空学生時代の教官に1回、連絡機のT-4で空戦ごっこをした時の同僚で2回。

 それとレッドフラッグで最優秀記録を出した直後、防衛大臣をF-2Bの後ろに乗せた時も言われたはずだ。

 

「そうだ。確か防衛大臣……君らで言う空軍総裁を後ろに乗せた後、

『我が国は格闘戦ではなくミサイルやドローンに注力するべきだ』

って論調変わったんだっけな」

 

「戦略変えちゃってるじゃないですか……」

 

「いや、その人がボロクソ言われるくらい時代遅れだっただけで、

こっちが世界的な既定路線なんだけどね。

あの時は本当に舞い上がり過ぎたと反省してる」

 

「してないじゃないですか」

 

 竜司のツッコミは極めて的確である。

 この志村良介という男は、何度痛い目に遭ってもこう言ったガキじみたところを変えようとしない。

 決意や反省などすぐに忘れてしまう適当マンなのだ。

 

 良介の適当人間加減はどうでもいい。

 真っ先に駐機場まで戻ってきたのは基地司令である松平宗治郎であった。

 

 彼は見事な機体捌きで蒼鷹を駐機すると、軽々とした体捌きで赫助を伴い、地上に降り立った。

 するとデスクワーカーの飛行直後とは思えぬしっかりとした足取りで、彼は良介に歩み寄った。

 

「さあて、初日でクビかな……?」

 

「縁起でもないことを申さないでください」

 

 そう言われる程度には、良介も嫌われてはいないようだ。

 彼女から一定の好感を得ていることに内心ほくそ笑みながら、良介は宗治郎を出迎えた。

 

「ようお疲れ、おっさん」

 

「志村殿っ!」

 

 気やすさを通り越して無礼の域に達している良介の挨拶を、宗治郎は眉ひとつ動かさずに受け止めて敬礼した。

 

「ご苦労。志村二尉、空知飛行隊士」

 

「み、身に余る光栄ですっ」

 

 竜司が完全な敬礼をしている隣で、良介だけが適当にしているのも居づらい。

 嫌味の一言でも言ってくれれば、居づらさも逆に緩和されるのだが───

 

 忘れてはいけない。

 この松平宗治郎こそ、良介を人質で脅してF-2と共に戦場の空を飛ばさんと目論んでいるのだ。

 

 とはいえ、礼儀に欠ける行いを続けるのも流儀に反する。

 敬礼は控えたが、佇まいを正した。

 

「それで、俺の処分は?」

 

「……そうだな。鈴木一佐の治療停止1日はどうだ?」

 

 良介は一歩距離を縮め、その胸ぐらを掴んだ。

 例え自身の首筋に、赫助が携えた刃の切先が突き付けられようとも。

 

「悪かった。冗談にしては、タチが悪過ぎたな。

安心しろと言える立場ではないが……

そんな不義は起こさん。この程度ではな」

 

「ああ、うっかりマジだと思っちゃったよ。

そういえば、そう言うことも出来るんだよな、あんたら」

 

 拳の力を緩めると、首の皮膚に穴を穿った刃は引いた。

 その通り。哲也は入院中、そして退院後もしばらく自由に動けない。

 少なくとも自在に走れるようになるまで、彼の生殺与奪の権は幕府が握っているのだ。

 

 相手は衰退著しいとはいえ、他の権力から監視されることのない封建制度の長。

 武士だの義だのお題目を掲げてはいるが、その本質は日本のような民主主義国家では考えられないような搦め手(・・・)を平然と行える体制の国家なのだ。

 

「……そ、総裁殿っ。して、我らの処分は如何に?」

 

 話題を変えようと竜司が頭を捻った結果なのだろう。

 彼女の言葉で、とりあえずは場の空気が変わった。

 

「ああ。志村良介二尉及び空知竜司飛行隊士は罰として、適宜教官として

幕府空軍飛行隊の練度向上に携わること……以上だ」

 

「そ、それはつまり……」

 

「今と大して変わらんな。時折、蒼鷹で飛んでもらうことくらいか」

 

 良介からしてみれば罰でもなんでもなく、古い機体に押し込まれて幕府空軍の相手役をする程度。

 しかしどうやら竜司にとっては只事ではなかったようで───

 

「ぶっ、無礼を承知でお願い申し上げます!」

 

「よかろう、話せ」

 

「そ、蒼鷹は……志村二尉の後席だけは、どうかご勘弁をっ……!」

 

 そこまで嫌か。いや、嫌になって当然である。嫌が3回も重なってしまった。

 宗治郎もふたりの様子を見て全てを察したのだろう。

 深く頷いた後、答えた。

 

「うむ……色々と便宜を図ろう」

 

「ありがたき幸せにございますっ……」

 

 納得はいくが、どこか不満な感じになった良介は、この複雑な感情を表情に出しながらこの顛末を見届けた。

 

「では、他に質問はあるか?」

 

「全くありませんでございます、はい」

 

 良介はわざと、露骨にへりくだった態度を見せた。

 そう、もとより冗談や気安い会話を出来る関係にはないのだから。

 ならばそれはもう貶しているほど丁寧に相手をしなくてはならない。

 

 関係としては、相手の方が上なのだから。

 

「……そうか。日々、精進するように」

 

「ははぁっー」

 

 宗治郎はわずかに曇った表情を見せると、赫助と共に基地の司令部へと戻っていった。

 

「……ふん。脅した側が悲しそうな顔をするなよ、勝手な奴め」

 

 その背中が完全に見えなくなると、良介は呟いた。

 例え宗治郎が良介にどのような感情を抱いていようと、ファーストコンタクトの時点で確定してしまった関係性なのだ。

 実のところ良介も忘れかけていたが、ふたりはそういう関係だ。

 

「志村殿」

 

 竜司の声を受けて、彼女へ視線をやる。

 

「だめだよ竜司ちゃん。そんな顔してちゃ、可愛いのに台無しだ」

 

「……志村殿。私は、その……仮にも幕臣(ばくしん)の末席として、

多くを言える立場にありません」

 

 良介がリーダーを務める事になる彰義隊とやらは、入隊すれば旗本の地位を得られると新聞に書かれていた。

 ならば幕府直属の武士、幕臣という事になるのだろう。まさに地位・名誉の大安売りだ。

 

 それはどうでもいい。

 彼女としては、良介の腕が幕府のために振るわれる事は喜ばしい流れに違いない。

 しかしその理由が人質を用いた脅迫によるものという事実に、思うところがあるらしい。

 

 気に掛けてくれるのは、とても嬉しい話だ。きっと空知竜司個人は善き人なのだろう。

 だからこそ、下手な事を言って割を食って欲しくない。

 

「なあ。俺が前に言った、竜司ちゃんのためになりたい。

そう言ったのは、紛れもない本心だよ。そりゃ、恩人が……色々あるけどさ。

それでも、俺が今戦う理由はそれで十分なんだ」

 

「ですが……」

 

「俺は日の本一のナンパ野郎、志村良介だ。可愛い女の子のためなら、

いくらでも戦える。そういう人間なんだ……

だから、竜司ちゃんが気にする事は何もない。

幕府を批判する必要だって、全くないんだ」

 

「それでは、武士としての(ほまれ)が……」

 

「意地を張るにも、それなりの地位が要るってもんだよ」

 

 武士という特権階級による独裁政治の末期。

 すごく聞こえは悪いが、幕府の現状はこう評する他にない。

 下手な批判の密告ひとつで、末端の兵士ひとつの立場命など軽く消し飛んでしまう。

 

 そんな最期は、彼女に相応しくないに違いない。

 

「志ィ村ーァッ! 良ォー介ーェッ! どォこだァッー!」

 

 その時、聞き覚えのない声だが、何となく要件は理解できる声が良介の耳に届いた。

 会話を区切るには丁度いいタイミングだ。

 

「さて、俺は行くよ。タンクに角砂糖を仕込まれちゃたまらない」

 

 声の方向へ、頭を下げるために歩き出すと───気配がひとつ、追従してきた。

 

「主犯は俺なんだから、俺ひとりで十分だよ」

 

「いえ……私が同乗者だったので。私にも責はあります」

 

「……そっか。それじゃ、一緒に謝りに行こう。……ついでに、これからの分も」

 

「はい。お供します」

 

 その後。

 

「ガミガミガミガミ! あとそれもガミガミ! いやまぁ実戦だと気にしてられないのわかるけどサァ! 訓練でここまでやるかフツー! ガミガミガミ! ついでにガミガミのガミガミィ!」

 

 とまあ、そんな具合で───

 整備隊の代表からコッテリと絞られたのでした。

 

 つづく。

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