蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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23 御料船団救出「FIRST PENGUIN」

央暦1969年5月30日

夷俘(いふ)島 松後藩空軍斗米基地

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 その後、良介は現地の航空機一式中等練習機『蒼鷹』に続いて、五式打撃戦闘機『小鯱(こしゃち)』(エラ曰く、合衆国製リトル(小さな)バーグフ()の葦原仕様との事だ)の操縦も体得した。

 

 この2機で演習や哨戒を務め(竜司はじめ、蒼鷹の後席に2度乗る者はいなかったが)、機体を壊して整備に頭を下げたり、時に哨戒中の遭遇戦で戦果を上げたりしていた。

 

 機体個々の性能は世界有数の性能を持っていたが、あくまでこの世界基準。

 良介の感覚からしてみればこれらに使われているのは2.5世代前の技術であり、4.5世代機となるF-2と比べれば物足りないものがあった。

 

 そんな日々を耐え抜くことしばらく。

 ようやく、この時が来た。

 

「各種点検よし! 動かしてみて!」

 

 エラからの合図を受けて、良介はジェット(J)燃料(F)始動装置(S)のスイッチをSTARTに。

 この装置は蒼鷹で例えるなら、機体と一体化したASU。

 超小型のジェットエンジンとも呼ぶべき代物であり、エンジンの始動をする機能が機体ひとつに集約されているのだ。

 

 説明するまでもない事だろうが、燃料の補給や部品の交換などは必要となるので、地上の支援は必須である。

 

 キュイーンとJFSが起動を始め、エンジン回転数が徐々に上昇していく。

 頃合いを見計らってスロットルをIDLEに動かし、燃料と電力を機体に行き渡らせる。

 これで、エンジンの始動完了である。

 

「エンジン始動よし!」

 

「へっ、俺らが関わってるんだから当たり前よ!」

 

 度々お世話になっている整備隊の主任はオイルで汚れた軍手で鼻の下を拭った。

 彼らは未知の技術の塊であるF-2の隅から隅まで分析、理解して完璧な状態まで戻したのだ。

 

 言うまでもなく、F-2 565号復活の立役者である。

 同時に、他の機体を壊しまくっている良介がお世話になっている方でもある。

 

「それじゃあ、今度からは通信機越しに話すからね!」

 

「おう!」

 

 良介がこの異世界で、大和幕府空軍に身を置くことを強いられて2週間。

 残念ながら、戦況は悪くなる一方であった。

 

 幕府軍は元よりわずかしか勢力圏を持たなかった本州からさらに追いやられ、今では幕府側本州最後の軍港である先湊(さきみなと)を巡る戦いが行われているとの事だった。

 聞くところによれば、本州はもって数日。

 

 軍司令部は本州から完全に撤収し、残るは殿(しんがり)として最期まで留まることを決めた守備隊と、彼らの慰問のためにギリギリまで留まることを決めた幕府側の帝───春川親王とその護衛ばかりであった。

 

 聞けば春川親王は元服したばかりの───つまり14歳を少し過ぎた程度の子供と聞く。

 そんなお飾りの椅子に座らされた子供が命を懸けているというのに、椅子に縛り付けた当のお偉方は我先にと逃げ出すとは。

 

 なんと情けない事か。

 それはもう、人質を使って見ず知らずの馬の骨を戦わせようとするわけである。

 

 これはチェイスが幕府側に持つ心象の悪さが生んだ偏見なのは明白だが、私も同意せざるを得ないだろう。

 もっとも、チェイスはそのろくでなしに使われる駒に過ぎないのだが。

 

「……今は、こいつのフライトに集中だ」

 

 何をするにしても、今は日本国民様の血税によって製造・運用されていたこの機体をテストしなくては。

 なにせ、今回の復活のついで(・・・)で、エラは地味ながら強力な新装備を開発していたのだから。

 

 いまF-2の主翼下、内側の対空兵装搭載(ハード)ポイントには、葦原製の短射程ミサイル(SRM)『陽光』を搭載した3連ラックが装備されている。

 

 最新モデルのF-16に採用されている類似品を参考にしたものだ。

 エラと雑談中、良介が思い付きでその旨の提案をしてみたら───

 あっさりと採用されたのだ。

 

 ひとまずは対空ミサイル(AAM)が装備されているが、爆弾やロケットポッドの搭載も視野に入っている。

 言うまでもなく、F-2がさらに強くなったわけである。

 

 この継戦能力向上と陽光の電子的適合に合わせてさらなる調整が入っているのだが───それは試験で発揮するべきだろう。

 

 タキシングし、滑走路で離陸許可を得る。

 

「チェックよし。チェイス、離陸する」

 

 エンジンの出力を上げると、唸りをあげて機体が加速していく。

 50%、80%、100%、オーグメンター起動。

 爆速で滑走路を駆け抜け、あっという間にローテーション速度を突破。チェイスは地上から飛び立った。

 

 計器各種問題なし。不審な振動なし。操縦桿に違和感なし。

 

「エラちゃん、そっちから見て違和感は?」

 

「なし! あの日見たチェイスそのまんま!」

 

 戦闘機ひとつ、丸ごと使えるようにしたのはエラも初めてだと言っていた。

 彼女の興奮が抑えきれない声色は、発した言葉に嘘偽りがないことを示している。

 

 これで気をよくした悪影響が現れ───

 チェイスの心に、いたづら(・・・・)欲求が湧いてきた。

 

「本当にそのまんま? 機体に違和感があるんだ……もっとよく見てくれ」

 

「……うそっ、ちょっと、今すぐ降りてきて!」

 

 お望み通り、チェイスは素早く旋回すると───

 エラがいるという管制塔に向かって突進。

 スレスレのところを通過していった。

 

 きっと中はとんでもない衝撃で、お茶でも飲んでいようものなら吹き出していただろう。

 

「ぎゃわっ……おいこらっ! イタズラ小僧!」

 

「はっはっは。ちゃんとよく見てくれた?」

 

「まったく……ええ。あの日見たチェイスと、何一つ変わってない!」

 

 私は知らんぞ、後で管制隊の連中にしばかれても。

 と、チェイスが勝手に演出したトラブルは置いておいて。

 機体のチェックは続けなくてはならない。

 

 テストとはいえ現在機体には合計10発のSRM陽光がある。

 推進剤と実弾頭が搭載された、本物の殺しの兵器である。模擬弾ではない。

 

 目測で彼女はF-2の恐ろしく精巧なミニチュアを複製し───エラは錬成と言ったか。

 これまた簡単に錬成した施設で風洞実験を行っていた。

 錬金術って、とっても便利だなぁ。

 

 ほぼ未知の技術であるF-2を複製出来るのだから、既知の技術である兵器は語るに及ばず。

 実験の結果は、搭載しても空力的な問題はないとされていた。

 それでもやはり、実際に積んで飛ばさないとわからない問題というものはあるものだ。

 

 本来ならばひとつひとつ、危険や不確定要素を排除しつつ試験するべきなのはチェイスも承知の上だ。

 しかし、今は内戦という状況下。

 さらに、幕府側は追い詰められている。

 

 ゆえに、色々な手順を省略する必要があったのだ。

 

「……俺には話が冗長にならないよう、展開を詰め込んだんじゃないかって思えて仕方がない」

 

 バカなことを言う。

 確かにこの異世界には神が実在しているらしいが、神が何もかもを制御しているのならば人間と戦って死ぬはずがないだろうに。

 ましてや、突如死の可能性に気付いて怯えたかのように、接触を断つはずがない。

 

 全知全能っぽい存在がそんな体たらくを素で晒したとしたら、自分が死ぬと思っていなかった正真正銘の馬鹿ではないか。

 

 そうなった可能性こそ、この異世界にも───いや、こっちも断言したら批判されそうだから表現を変えよう。

 この異世界には、我々で言う神がいない証明ではないか。

 

「わ、わかったから……それよりも、機体のテストだ」

 

 そう、我々の一挙手一投足を制御している存在などいない。

 いるはずがないのだ。

 問題が解消されたところで、今回の仕事だ。

 

「肉眼で目視……チェイス殿、その機体ではお久しぶりです」

 

 先に上がって待機していた空知竜司(そらちりゅうじ)、そして新選組隊長の山義歳三(やまよしとしぞう)がチェイスと合流した。

 

 今回のテストにこのふたりが参加したのには理由があった。

 

 歳三は首都防空隊副隊長を長年務めた腕と経験から。

 本来の計画では彼ひとりが参加する予定であった。

 

 計画のイレギュラーである竜司をチェイスが選んだ理由は───

 彼女の過去、その生まれにあった。

 

 新選組のふたりと動きだけの模擬訓練を行い、無人標的機を用いた兵装訓練を済ませ。

 さて、ここからが肝心かなめ。世界的な天才がその仮説を証明する時だった。

 

「チェイス、最終テストの再確認よ……フライトレベル300(高度3万フィート)に上昇後、

方位180()に旋回。旋回しつつ果ての雲へ突入、3秒以内に脱出する。いい?」

 

 ちょうど大きくはっきりした果ての雲が、夷俘島と本州の間に浮かんでいるのは確認済みだ。

 チェイスも現在、目的の雲を目視している。高度5万(15)フィート(km)、成層圏の辺りまで伸びている恐ろしく巨大な雲だ。

 

 しかもこれは、雲海からはぐれた雲のひとつ。

 チェイスも飛行中に何度か目撃したが、葦原の東にはこのような雲の壁がそびえ立っているのだ。

 いたずら小僧でも、あの雲に挑もうという気は起らなかった。

 

「ああ。さすがの俺様も、3秒きっかりで脱出するよ」

 

「果ての雲は弱くても風速20メートル、酷い時は100メートルの風が

荒れ狂う世界よ……5秒もいればその機体といえど空中分解するわ。

すごく手間かけたんだから、こんなテストで壊さないでよ?」

 

 風速100メートル。かつて富士山周辺で起きた航空事故の原因となった山岳波は、風速80メートルだったか───

 大型の民間機とはいえ、主翼を真っ二つに折られて墜落したという。

 

 たとえF-2が21世紀の戦闘機でも、飛行機である以上風は天敵に変わりない。

 エラの仮説を信じるしかなかった。

 

「俺の心配は?」

 

「殺しても死なないでしょ?」

 

「信頼が厚くてうれしいよ」

 

 果ての海。この世の端っこ、世界の終わりに続く海。

 その海には常に巨大な雲の壁がそびえ立ち、雲のひとつひとつが猛烈な嵐を孕む危険地帯。

 

 雲の中はもちろん、その下も風雨で荒れ狂い、時折地上に上陸しては壊滅的な被害をもたらす。

 まさに、この世の果てに続く海なのだ。

 

 しかしチェイスとボスは、この雲から現れたのだ。

 竜司や歳三をはじめとした新選組の面々は、レーダーにそんな反応はなかったと揃って証言。

 あの空戦を生き延びた神機隊の捕虜も同様の証言を行った。

 

 葦原の、この異世界の人間にとって終わりの象徴とも呼べるこの雲。

 長年、エラも同様の感想を抱いていた。

 疑問を持ち始めたのはチェイスとボスの証言だ。

 

 治まることのない嵐が、ふたりが出てくる時は落ち着いていた。

 そう、チェイスの記憶の限りでは、視界が遮られる以上の問題が存在しない雲だった。

 

 同時に、歳三も類似した証言をした。

 

「俺はあの時、果ての雲が落ち着いているように見えた……

だから、自殺行為と思えても賭ける気になれた。

間違いなく、あの雲は特別だった」

 

 長年果ての海と隣り合わせの空で飛んできた彼の証言を鑑みれば、神兵という存在が特別と見るのは妥当である。

 エラはさらに一歩、踏み出した仮説を立てた。

 

「私、思ったのよ……果ての雲が孕む嵐は、神兵に効かないんじゃないかって」

 

 効かない、という点がキモである。

 

 神兵は治療魔術などの、この世界の魔力による恩恵を一切受けられない。

 これは同時に魔力を媒介とした直接的な攻撃も通らないという意味でもあった。

 

 果ての雲は果ての海以外からは生じない、この世界からしても会おうと思えば会える超常現象の類である。

 ならばあの雲は、自然現象ではないのではないか? 魔力関係と同じく、神兵は嵐の影響を受けないのではないか?

 

 そうであるなら、チェイスとボスが雲から無事に出てきた説明がつく。

 再現性があるなら、今後に大いに活用できるというわけだ。

 

 さて、話を現在に戻そう。

 そう。果ての雲はもう、目と鼻の先にいる。

 間もなく、後戻りはできなくなる───

 

「チェイス殿! やはりっ、やはり行くべきではありませんっ」

 

 そんな時、竜司が声を震わせてチェイスに呼び掛けた。

 彼女はリールランド人の父と葦原人の母を持つハーフである。

 

 そしてその父とは、冒険者というやつだった。

 

 この世界には傭兵ほど戦争に関わらないが、魔物退治や遺跡の調査発掘などの荒事を引き受ける個人事業主がいた。

 冒険者である。

 

 元来は未開拓地(フロンティア)の開拓を行う人間全般を指す言葉が、パヴィートラム地方にて現在の合衆国が建国されたのを最後に未開拓地は消滅。

 隔絶された秘境に赴く者は少なく、さらに冒険者の主な収入源となっていた魔物退治も、近年では魔物の絶滅が成功していた。

 ここ20年ほど、冒険者とはチェイスら地球人の知る冒険家とほぼ同義の言葉となった。

 

 竜司の父は、葦原の東に浮かぶ果ての海、世界の終わりの象徴たる雲の壁に挑んでいた。

 その結果は聞くまでもない。

 

「竜司ちゃん。もし俺が戻ってこなかったら、単に帰っただけだと思ってくれ……

俺はこの雲から出てきたんだから、帰っちゃうかもしれないだろ?」

 

 このチェイスの発言に嘘偽りはない。

 ボスを置いて去るのは心苦しいが───もし、あの雲を抜けた先に広がるのが日本海なら。

 不義理と危険を承知でこの実験に乗ったのは、これが理由だった。

 

 再現性があるかは極めて怪しいが、自衛隊や在日米軍でも率いて舞い戻ってやろう。

 可能性があるなら、あのボスの事だ。手がかりさえあればきっと飛行機を奪って帰ってくるだろう。

 と、若干都合のいい想像をしていた。

 

「その時は、仲間連れてまた戻ってくるよ」

 

 もし、父を失った目の前で。

 その仇を無力化出来る瞬間を見せることが出来たら。

 空知竜司の心に漂う黒い雲を払うことが出来るのではないか。

 

 これまた、都合のいい想像をしたチェイスは彼女をこの場に連れてきたのだ。

 

 果たしてこの判断が吉と出るか凶と出るか。

 もうどうあがいても、果ての雲への突入は避けられなくなった。

 

「チェイス、雲に突入する!」

 

 既にこの時点で違和感を覚えていた。

 嵐雲に近づけば、強い風が機体を揺らすものだ。

 

 しかし、それがない。

 視界を灰色に染められ、風防を雨露が流れること以外に異常は感じられない。

 

 機体に異常振動はなく、計器もすべて正常。

 惜しむらくはやはり───

 この世界に来た際に起きた、あの(・・)異常が発生しなかった点だろう。

 

「落ち込むなよ、魚のえさよりずっとマシだ」

 

 当たり前だ。

 それよりも、待っている人たちを不安がらせるな。

 

「ファースト・ペンギン、ただいま帰還!」

 

 巨大な雲を突き破り、チェイスは葦原へ帰還した。

 

「やっぱり! 管理者(やつら)の防衛装置!」

 

 興奮のあまりか、マイクを入れたままにしていたらしいエラの声が通信機から飛び込んできた。

 なにやら恐ろしい発言に聞こえたが───チェイスには関係のない話、ということにしておこう。

 

 その瞬間を待ち構えていた竜司と歳三の機体がすぐさま近づいてくる。

 

「本当に、あの雲を……」

 

「チェイス、大事ないか?」

 

「俺がこんなことで死ぬわけないだろう?

俺が死んだら、女の子が何人泣くことやら……」

 

 思い返してみれば、遠くへ来たものだ。

 学生時代、多くの人々と出会い───結局自衛隊に入って以来大半と疎遠になって。

 

 彼ら彼女らは、志村良介という個人が消えたらどう思うのだろうか?

 泣いてくれるのだろうか? それとも、数字を眺めるかのように無関心か。

 

 わからない。もしかすればもう、知る機会はないかもしれない。

 

「チェイス! リョースケくん! 蒼い機体の神兵!」

 

 内心に漂う黒い霧を、通信機越しの歓声が消し飛ばしてくれた。

 

「最ッ高! よくやってくれた! まだ、世界がある(・・)っ!

私が生きてきた182年の人生の中でも、最大級の発見よ!」

 

「俺が来る前に実験とかしなかったの?」

 

「果てへ呼ぶ前に、みんないなくなってたからね……それはいいの。

まだ、試してもらうべき事があるんだから……」

 

 そう。これはまだ試験の第一段階が成功したに過ぎない。

 この神兵の特性を活かすには、もっと知る必要があった。

 

「わかってる。歳三、はぐれないように手を繋ごうか?」

 

「……ふっ、要らん。勝手についていくさ」

 

 強いイケメン力。顔がイケメンであれば、どうやら素でカッコいい発言が出来るらしい。

 酸素マスクの内側で嫉妬に顔をゆがめたチェイスは、苦し紛れに竜司へ視線を送った。

 

 実験の第二段階は、無効化の範囲である。

 当のチェイスもエラも竜司も歳三も、仮定とはいえ思い立っていたが。

 

 もし神兵の存在によって嵐が無力化されたとしたら。

 その雲は他の機体、人が入り込んでも問題がないのではないか。

 

 なにせ、操縦しているパイロットだけでなく機体すらも悪影響を受けないのだから。

 ただその場合、無力化のプロセスがわからなくなる。

 神兵が魔力の影響を受けないのは、魔力が完全に素通りして影響を及ぼせなくなるためである。

 

 となると、違う理由が存在するのでは?

 それを解明するためにも危険な実験が必要だった。

 

 今回は3秒どころではない。1分近く死の世界に滞在する。

 

「突入まで……5、4、3、2、1」

 

 歳三から中止の合図もなく、そのまま2機は雲に突入した。

 チェイスは500(150)フィート(m)以内の距離を維持している歳三に超短波通信で呼び掛けた。

 

「歳三、状態は?」

 

「……信じられん。まだ生きているとは」

 

 彼の機体には自衛用のSRMに加えて、大気や魔力など、様々な情報を収集するためのポッドが搭載されている。

 帰還すれば、さらに情報を得られるかもしれない。

 

「悪い、報告がある。魔力的な痺れを感じる」

 

「平気?」

 

「ああ、支障はない程度だ」

 

 嵐が無害化されたとはいえ、視界と通信が奪われていることに変わりはない。

 予定通りの旋回を続け、予定通り雲を抜ける。

 チェイスはもう視界が奪われる以外の脅威を感じなくなっていた。

 

 視界が開けて改めて、チェイスは背後を見やった。

 間違いなく、歳三の駆るオロールはそこにいた。実験の第二段階も成功である。

 

 そして、第三段階も並行して行われていた。

 

「こちら竜司。残念ながら、果ての雲のすべてが

無力化されたわけではありません」

 

 外にいた竜司は無力化の効果範囲の調査を行っていた。

 これまた精査は陸で行うことになるが、竜司の目測ではあまり広くないらしい。

 

「それと、チェイス殿が突入した地点を調査していますが、

まだ無力化が続いているようです」

 

 驚いたチェイスは突入地点へ視線をやると、本当に竜司はギリギリまで接近して風を調査していた。

 一歩間違えば風速100メートルの風に食われるというのに、とんでもない度胸である。

 

「無茶をするなぁ、大丈夫?」

 

「……父の無念を思えば、屁でもありません」

 

 肉親のひとりを奪った存在を、どうにかできるかもしれないのだ。

 愚かなチェイスでも、命がけで調べたくなる気持ちはわからなくもなかった。

 

「無茶はしないでくれよ? 何かあったら、俺が悲しい」

 

「はい……待ってください」

 

「もっと……直接的な言葉を?」

 

「黙って!」

 

「……」

 

 何が何だかわからないが、女の子には逆らえないのがチェイスである。

 しばし沈黙が辺りを漂ったが、

 

「救難信号! 雲で内容が不鮮明ですが、非武装という内容が!」

 

 竜司の機体で、かつ果ての雲越しに捉えられるなら。

 チェイスは機体を翻すと、素早く雲の中に飛び込んだ。

 

「すぐ戻る!」

 

 この辺りで救難信号を飛ばすとすれば、真南と見るべきである。

 南にあるものは───幕府が持つ本州最後の軍港、先湊だ。

 

 内戦状態の国で港から非武装、それが救難信号とくれば?

 ろくな想像が浮かばない。

 

 通信機を操作し、あらゆる周波数帯から情報を拾い集める。

 すると───来た。

 

「こ……軍……船、救……乞う! わが船団は非武そっ……撃つなぁっ!」

 

 救難信号どころではない。これは現在進行形で攻撃を受けている船団の絶叫だ。

 向こうの電波を受信できるのならば、発信はどうか。

 情報を得るため、呼びかける。

 

「こちらファースト・ペンギン。救難信号の船団、状況は?」

 

「助けてっ、賊軍の飛行機! 先湊、北に5(8)マイル(km)! 助けてぇっ!」

 

 パニック状態の通信士にそれ以上の情報を求めるのは酷である。

 幕府の船団が政府軍の攻撃機に襲われている。これと座標だけ分かれば十分だ。

 

「すぐ行く!」

 

 素早く宙返りし、雲の外へ。

 状況を伝えて───一方的に殺される人々を減らさなくては。

 

 幕府側は気に入らない事だらけだが、だからといって無慈悲な殺戮を許す気はない。

 少なくともこれは、チェイス本人の意思だった。





【挿絵表示】

葦原勢力図(央暦1969年5月30日ごろ)
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