蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
観覧対象: PENGUIN 6 | CHASE
北緯41度35分52秒 東経141度06分38秒
葦原国松後藩領海
1425
「幕府海軍の船団が襲われてる! 救援が必要だ!」
雲を出た途端、チェイスは報告した。
状況は不透明だが、空襲を受けている以上長くは保たない。早急な援護が必要だった。
「こちらツクヨミ! チェイス、確かですか!」
「間違いない、幕府軍の暗号通信だった」
「ですが、待ってください……現時刻で幕府海軍の艦艇が
航行する予定はありません」
ツクヨミの一言で政府軍の欺瞞情報の可能性が脳裏をよぎったが、介入者の言葉が思考を遮った。
「こちら幕府空軍総裁、松平宗治郎! 可及的速やかに、船団の救助を急げ!」
幕府空軍のトップがそう言うのだから、その船団には味方を騙してまで隠匿しなくてはならない、何かがあるのだろう。
裏までは読めないが、事情を察したチェイスは素早く命じた。
「竜司、歳三! 俺の後に!」
「了解した。竜司、情報装置は投棄しろ」
「え? ですが……」
「そんなものを抱えて戦えると思うな。情報なぞ後でいい」
歳三の指示に従って、竜司の機体に搭載されていたポッドが投棄された。果ての雲調査用の装備である。
宗治郎の様子からして、件の船団は相当重要な貨物を積んでいる様子。
もちろん乗員や竜司自身の命も掛かっているのだから、やはり投棄するべきだろう。チェイスにも異論はなかった。
竜司と歳三を引き連れて単縦陣を組むと、再び果ての雲へ。
いざ突入と思っていたところで、宗治郎が通信を入れた。
「こちらも増援を速やかに送る。突入地点の高度座標を送れ。
そこより向かわせる」
「チェイス、聞こえる? 電子機器の調整は済ませてあるから、
データ送受信は可能だからね!」
「ありがとさん!」
エラの指摘通り、突入地点のデータは問題なく送信が出来た。
ここが雲の中に穿たれた、一点の突破口。
「こちらチェイス、雲に突入する!」
瞬く間に視界が奪われ、世界が灰色に染まる。
本来ならばこの数メートルの視界に加えて、風速100メートルと来る。
確かに、誰も生きては帰れない死の世界だろう。
なんの因果か、チェイスはこの世界に生存圏を生み出せる数少ない存在らしい。
ミラーを見て、衝突防止灯の光を睨む。
「こちらチェイス、ふたりとも無事?」
「歳三、健在だ」
「……竜司、問題なし」
父を奪ったであろう雲を飛んで、彼女は何を思っているのか。
その感傷を想像する暇はなく。通信機からまた悲痛な声が聞こえてきた。
「繰り返す! こちら長鯨丸! 我々は果ての雲を使って賊軍を振り払う!
嵐は飛行機だけでなく、船すらも横転させるような風が吹き荒れる天候だ。
空を飛ぶ飛行機よりは危険は少ないはずだが───命懸けになるだろう。
もちろんこれは、辿り着ければの話である。
辿り着く前に彼らの心が折れてしまってはいけない。
チェイスは通信機を使って彼らに語り掛けた。
「こちら……彰義隊。まもなくそちらに到着する」
「彰義隊……神兵の? 一体どこにいるんだ、助けてくれ!」
「すぐ目の前だよ……各機、雲を抜けるぞ!」
高度2000フィート、速度900ノット。音より速い速度で雲中を飛行し───その蒼く眩い、死の散らばった世界が開けた。
THE FIRST PENGUIN
御料船団救出
契約19日目
北緯41度35分52秒 東経141度06分38秒 | 天候:はぐれ雲間近 | 1425
葦原国松後藩領海 | 大和幕府・葦原政府侵入禁止区域
「まずい、氷室丸正面に敵機!」
「殿下ご乗船の御料船だぞ⁉︎ 支援求む! 支援を!」
「チェイス、交戦」
雲を抜けた瞬間、チェイスは
葦原製SRM『陽光』は地球でいう赤外線誘導、つまりヒート・シーカーであった。
熱源目掛けて誘導する、ミサイルとしては原始的な誘導装置。
しかしながら地球で開発された最初期のそれとは大きく異なり、エンジンノズルが発する高温の排熱だけでなく、機体のボディが帯びる熱気や大気との摩擦によって生じる摩擦熱での捕捉・誘導が可能であった。
いわゆる、あらゆる角度からでも攻撃可能なオール・アスペクトミサイルだ。
これも、錬金術の賜物である。
無論、エンジンノズルの見えない角度からの誘導は大きく精度が損なわれるが、『当たらない』と『当たるかもしれない』には、とても大きな差があるのだ。
数秒で起動したシーカーが尻を向けている攻撃機を捕捉した。
その機首の先は船団の中央に浮かぶ船だった。その意図は明白。
「FOX2!」
白い軌跡を残しながら、翼端から陽光が飛び立った。
全く想定していない方向からの攻撃だったのだろう。
その攻撃機のエンジンノズルをミサイルが貫き、爆散した。
彼は回避機動の一切を見せなかった。
「……来た! 本当に来た! 方位360、はぐれ雲から!」
「こっちも見えた、主翼に紅の一つ星! 彰義隊の神兵だ!」
「実在するのか⁈ 宣伝工作だって聞いたぞ⁈」
「じゃあ今殿下をお守りしたのは誰だって言うんだ!」
攻撃を受ける直前だった船を一瞥する。
守るかのように輪形陣の中心に位置するその船は、恐らく何度か機銃掃射を受けたのだろう。倒れた人々や穴の空いた甲板が目についた。
乗組員も小銃や重機関銃で応戦していた様子だが、ジェット戦闘機が相手では速すぎて照準は困難。
人体を一撃で破壊する弾でも、飛行機相手ではお守り程度にしかならないのだ。
念のために捕捉しておくと、彼ら船団は非武装としているが、(少なくとも)現実の
もちろん、20mm以上の機関砲やミサイル、艦砲と比べればおもちゃ程度の存在ではあるが、武器は武器。
法的に彼らは軽武装の補助艦艇と分類され、標的とする行為は合法とされるため、非武装と自称したのは少々言葉が過ぎたと見るべきだろう。
もっとも、他勢力とはいえ自国の都市空爆を行うこの
───そんな理屈を考えてる場合かっ⁈
「竜司、交戦します!」
「歳三、交戦する」
やや遅れて雲を抜けた竜司と歳三も交戦を開始した。
相手は幕府空軍でも旧式扱いとなった輸入機、三〇式打撃戦闘機『
初飛行が20年以上前の旧式ながら、導入数が幕府軍・各藩軍で桁違いに多く、その規模は葦原の空軍戦力の中核と評しても差し支えないだろう。
対空兵装は固定装備の機関砲と、SRMが精々2発。
搭載量も心許なく、何かを2つ積めばそれでもうハードポイントはパンパンだ。
彼らの大半は攻撃機だから、SRMを積む余力なしと推測出来た。
さらに装備には索敵・照準用のレーダーがなければ、加速のためのオーグメンターもなく。
チェイスのF-2はもちろん、竜司と歳三のオロールですら相手にならない世代違いの戦いであった。
何機かチェイスらの到着を見て兵装を投棄して離脱し始めたが、ほとんどが攻撃の意図を見せた。
直掩機か、あるいは敵前逃亡を禁じたか。
逃げない以上、戦う以外に選択肢はない。
敵の旭光を6機、レーダーで捕捉した。
捕捉できるのならば、今回の強化を最大限に活用出来る。
「HMD起動、
今回の改修によってレーダーとヘルメットが陽光と接続された。すなわち、陽光を単なるヒート・シーカーからレーダー・スレイブ方式に進歩させたのだ。
レーダー・スレイブとはつまり───赤外線誘導の中でも、レーダーで目標となる熱源を指定出来る方式である。
この改修の具体的な恩恵は、本来目に入った最も強い熱源を追うだけのミサイルが目標別にロック・追尾させることが可能になるのだ。
この世界のヒート・シーカー。その誘導装置にはなんと、錬金術で錬成された人工生物が用いられている。
生物であるがゆえに、こう言った融通が効くのだ。
たとえば現実の赤外線誘導は誘導装置の冷却で数秒の起動時間が必要となるが、この世界の場合人工生物覚醒のために必要な魔力を送り込む時間である。
殺人ために生まれ、目的と共に死ぬとは。
この人工生物は覚醒後数分で息絶える設計のうえ、反射しかない虫以下とのことだが───
倫理の問題を、外様であるチェイスに咎める資格はない。
ともかく、一度に多くの敵に攻撃出来るのは凄まじい進歩だ。
上昇しつつ相対したチェイスは旭光6機を薙ぐように視界の中心に捉え、レーダーロックさせた。
聞いたことのない音圧のロックオントーンが機体から発せられ、驚くほど不快にさせられた。
───エラちゃんに、ここは直してもらわないとな。
不快と敵から遠ざかるため、チェイスは発射ボタンを押した。
6つのミサイルが白い線を引きながら同時に放たれる光景は壮観であった。
ひとまず不具合なく、賭けは成功した。
しかしほぼ同時に、相手の旭光からも炎が迸った。
「直掩機か!」
まともに対処すれば、数が多い敵が優位に立つ。
世代違いのF-2といえど、ご都合無敵バリアを積んだチート兵器ではなく、チェイス自身にも未来を予知するようなインチキオカルト能力はない。
弾を喰らえば墜とされる。
出力を下げてエンジンの回転数を落とし、カウンターメジャーのフレアをばらまきながら、右に急旋回。
その後、また素早く機体を翻して左旋回。クランク機動というやつだ。
機体の摩擦熱という排熱と比べればあやふやな熱源を追尾する陽光にとって、この機動とフレアの撹乱、そしてエンジンが帯びる熱量の変化は致命的だった。
狙うべき標的を見失った6発のミサイルはフレアへと標的が変わり、緩やかに降下しながら海面に叩きつけられた。
敵旭光の6機のうち、1機がチェイスと同じ戦法を選んで向かってきたが───
残念ながら彼にはわずかに運が足りていなかったらしい。一度誘導が外れた陽光は再誘導して鼻先に直撃した。
赤外線誘導ミサイルの
旋回して可能な限りミサイルから遠ざかりつつ、出力を絞ってエンジンノズルの排熱を冷ます。あるなら、フレアを投下して誘導装置を撹乱する。
こうするうちにミサイルの推進剤は尽きて、加速力を失い慣性のみで飛翔する事になる。空気の層の抵抗によって減速し続け、やがて機動すらままならなくなり。
最終的に落下する危険物になるというわけだ。旋回と同時に上昇すればさらに安全だ。
残る旭光5機もこの教本通りの対応を行い、4機が生き延びた。
しかし、この対処法には欠点がある。
旋回で大きく速度を失うのだ。さらに排熱を減らすために出力を絞っているのだからなおのこと。
一方のチェイスはほとんど速度を失っていない。さらには、その背中に斬りかかれる位置にいた。
FCSを操作している猶予はない。チェイスはほぼ勘でGUNを照準し、引き金を絞った。
第一世代のエンジンでは、失った速度を取り戻すのは困難だ。
動きの鈍った2機に20ミリの砲弾を撫でるように当てていく。1機はエンジンが炎上し、もう1機は主翼が分解して墜落していった。
最後の2機は取り逃してしまった。一度にすべて墜とせるほど、良介の腕は良くない。
「こちら竜司、任せてください!」
「頼む!」
そこで手が空いた竜司の機体が逃げた敵を追い掛けていった。
彼女の腕ならば、速度を失った第一世代なぞどうにでも出来るだろう。
「今の機動見たか⁈ 誘導弾へ向かっていくなんて、正気じゃない!」
「いや、だからこそ敵の真後ろを捉えたんだ……それにしても、どうかしてる」
「神兵! 後ろにつかれるぞ!」
救難信号を捉えるために垂れ流していた通信から、チェイスの危機を知らせる言葉が届いた。
ミラーに機影。チェイスは加速し、旋回を始めた。
陽光は赤外線誘導だ。エンジンの排熱にはよく食らいつく性質がある。
なので背中に食らいつけば当然撃ってくるものと思っていたが───どうも背後の機体、積んでいないらしい。
ミラー越しのあやふやな視界だが、主翼に何も提げていないように見えた。
「爆弾捨てて空戦か、見習いたいガッツだ」
F-2と旭光とでは、速度性能や旋回性能全てにおいて格が違う。
それでも、弾が当たれば勝てるのが格闘戦だ。
ミラーに光が見えた瞬間、チェイスは機体を翻して掃射をかわした。
鏡の向こうに見えた曳光弾は風防のすぐ左を過ぎていった。機体は古いが、腕がいい。
「悪いけど、死ぬわけにはいかないんだ……」
あらゆる距離の空戦において、速度は最も重要と言って過言ではない。
特に上昇力の勝負は残酷なまでの差が出る。
チェイスは曳光弾の隙間をすり抜けると、機体を急激に引き起こし、最大出力で垂直上昇した。
7発も弾が減ってその分身軽になったF-2は、見る間に上昇していく。
敵の旭光も追従しようとするが───鏡の向こうで角度が急変化した。格闘戦において致命的な減速に気付いたのだろう。
残念ながら、彼の判断は少しだけ遅かった。
曳光弾が旭光を炎上させた。歳三が失速の隙をついて攻撃したのだ。
「ナイスキル、歳三」
「……返済にはまだ遠いな」
レーダーに視線をやると、南西から複数の機影が向かっているのが見えた。
幕府空軍は既に本州から撤収済みだ。となれば、敵なのだろう。
「増援を探知、機数……10、以上」
想定以上の数に、チェイスは集計を途中でやめた。とにかく、物凄い数の増援がレーダーに映っている。
今度は先ほどのような申し訳程度の直掩とガッツのある攻撃機だけではないだろう。
本格的な対空装備を満載した、戦闘機の群れに違いない。
「ま、まだ⁈」
「この船団、よほど重要と見えるな」
燃料計へ視線をやる。
先ほどの試験で結構な燃料を消耗している。
さらに高出力での機動を繰り返す空戦では、燃料など蒸発する勢いで失われる。
兵装は残弾90%の機関砲に、陽光が1発きり。同時発射の試験で事前に2発消耗していたのだ。
こちらも心許ないが、F-2でこれなのだ。竜司と歳三のオロールはさらに危ういに違いない。
「ふたりとも、燃料は?」
「……1割を切っています」
「同じく」
撤収には安定化しているとはいえ果ての雲を経由する必要がある。これ以上の継戦は不可能に違いない。
「ここは俺に任せて、撤退した方がいい」
「チェイス殿は?」
「俺は顔だけじゃなくて、腕もいいんだ……
だから、味方の増援が来るまで粘らせてもらうよ」
空の世界では言葉以外での説得は不可能だ。
それを歳三は理解していたに違いない。
「竜司、一度戻るぞ」
「ですが……」
「飛べん戦闘機なぞゴミだ。補給次第、戻るぞ」
「……了解。チェイス殿、すぐ戻ります」
「その前に終わらせておくよ」
ふたりも伊達で精鋭部隊にいるわけではない。チェイスの切り開いた道を正確に辿り、雲の中へ戻っていった。
その光景は、下にいる船の人々にとって衝撃的だったのだろう。
「おいっ、今逃げてったのは味方か⁈」
「まさか……見捨てられたのか⁉︎」
絶望して錯乱されては困る。
とても存在を隠匿されている船の乗員とは思えない言動だが───彼らを落ち着かせるため、チェイスは彼らの回線に繋いだ。
「あー、こちら彰義隊。船の人達、状況は?」
「し、神兵様⁈」
「その呼び方はやめてくれよ……空じゃチェイスって呼ばれてる」
「で、ではチェイス。こちら幕府海軍特別船団、長鯨丸。本船団の運航統制官は
船団中央の氷室丸に乗船しているが、無線通信設備が損傷し、通信不能。
現在、氷室丸とは発光・手旗信号で通信している」
運航統制官。文字通り輸送船団の指揮や統制を務める立ち位置にいる人間。端的に言えば船団の指揮官だ。
空から船と電波以外の通信を行うならば発光信号が最も確かだが───空戦を間近に控えた状況では、じっと船だけを見つめているわけにもいかない。
しばらくは、長鯨丸の通信士に通訳を頼むしかなかった。
「さっき通信を聞いたんだけど、雲を突っ切るんだよね?」
「そうだ。それが運航統制官の判断だ……あの雲は、今は無害なのか?」
チェイス達が抜けてきた様子を見て、長鯨丸の通信士はそう判断したのだろう。当然の疑問ながら、あくまでそれは部分的な話。
あの雲の大部分は今も危険な世界のままである。
「いや……細かい話を省くと、俺が通った後がしばらく安全になるだけだ」
「果ての雲が安全に……? ま、待て。今、運航統制官に通達する」
彼の返事を待つ余裕はなかった。
敵機の編隊が間もなく陽光の射程圏内に入る。インターバルが終わり、空戦が再開されるのだから。
「自衛戦闘は好きにするといいけど、俺に当てないでくれよ!」
「了解した! 厳命する!」
チェイスを狙う機影はひとまず6。陽光のシーカーを起動させたが、ミサイルの残弾はわずか1発。
間もなく陽光の射程圏内に入り───同時発射と思いきや、1機が先走って発射。続いて斉射が来た。
一度に6発の攻勢。さらなる後詰もまだまだいる。
相手は圧倒的多数。まともな対応では包囲され、
対するこちらは単独で、ミサイルは1発のみ。
思考する。
陽光の機動性は未熟ながら、摩擦熱すら捉えて誘導可能なほど細かい追尾が可能なミサイルだ。
ならば、ミサイルも狙えるのではないか?
ここにチェイスは好機を見出した。
これこそレーダー・スレイブの本領発揮だ。従来の赤外線誘導ならば厳密な標的の指定は不可能だが、F-2の
HMDで陽光のシーカーに、先頭をひた走るミサイルをロックオンさせる。
「FOX2」
誰も聞き届ける事のない発射コードを呟き、一筋の光を向かわせる。
それに対し、チェイスは
下手に機動すれば、動きの悪い陽光は外れてこの迎撃は失敗するためだ。
───逃げるな、まだ逃げるな……今逃げたら死ぬぞ。
始まった空戦と同時に、チェイスの心中でも音速で迫りくる恐怖との戦いが繰り広げられた。
ふたつの戦いの最中、互いに放った陽光の推進剤が尽き、光と雲が消えた。
直後、高熱をまとった爆炎が互いの視界を覆い隠した。
やるなら今だ。
空にほんの一瞬だけ生じた炎の煙幕。
その煙に隠れ、フレアを撒きながらミサイルの弾幕をすり抜ける。
5つの物体がF-2をかすめた。
レーダーは目前に6つの標的を捉えている。
FCSに標的をロックさせ、指先をGUNのトリガーに這わせる。
爆炎の煙を越えて、世界が開かれた瞬間。
6つの背中を肉眼で捉えた。
F-2の最大出力で彼らに迫り、旋回するまでの間に彼我の距離は
20ミリの有効射程圏内だ。
HUDの照準器に合わせてGUNを発砲。
この掃射で2機減らしたはいいが、状況の悪さは変わらない。
他の敵編隊は別方向から接近し、チェイスを包囲しようとするだろう。
囲んで棒で叩く。人類史上最古であると同時に、最も有効な戦術である。
残念ながらこの戦術を覆す手段は、相応の頭数を揃える以外に存在しない。
敵編隊を追尾する背後に、また別の敵編隊が食らいついた。
幸い背後の敵機がミサイルを撃ってこないのは、シーカーが味方の熱源を誤誘導して発生する同士打ちを警戒してのものだろう。
さもなくば、今頃チェイスの命はない。
生命線のひとつである敵機にGUNの照準を合わせ、発砲する。
エンジンノズルと尾翼に命中し、制御を失いながら墜落していく。一息つく間もなく、背後の敵編隊から飛んできた曳光弾が主翼を抉った。
「くそ」
「警告、ランチャー破損」
なにかが脱落する気配。機体システムがおニューのラック破損を報告した。
幸いにも飛行に支障がない部品だが、一歩間違えば墜落コース。
そこで、長鯨丸の通信士から連絡が入った。
「チェイス! 敵を低空に誘導すれば、こっちも援護できるぞ!」
───守るべき側に守られろって?
その疑問を口にする暇と余裕はない。
敵の追尾を中止し、機体を反転させて高度を海面付近まで落とす。
「いいか、統制官の指示を再度伝える、自衛戦闘は中止!
神兵を追う敵機に全火力を投射だ!」
根競べの勝利を確信したであろう敵機は、ミサイルの必中圏内まで迫らんとチェイスの背を追いかけた。
「左、対空戦闘! 統制官、指示の目標! 打ちィ方はじめ!」
ミサイルのシーカーを起動していたであろう敵の編隊に対し、船団からの対空砲火が浴びせられた。
小銃や人力で照準する重機関銃の銃撃では、まず当たらない。
しかし『当たらない』と『当たるかもしれない』という可能性の間には、とても大きな差がある。
チェイスの真後ろについていた旭光が突如制御を失い、海面に崩れ落ちた。
船団の射撃が偶然尾翼の
増援は全員が対空兵装を満載した戦闘機ばかり。
船団に対しては銃撃程度しか攻撃手段がない。しかし銃撃するためには銃火の中に飛び込む必要がある。
一方的に襲われる立場の船団が一転、政府空軍にとっての脅威と化したのだ。
状況が変化した。
対空砲火が『当たらない』から『当たるかもしれない』攻撃に変化した現状では、下手に低空飛行すればつまらない死に方をする恐れがある。
「チェイス! 奴らが逃げるぞ!」
チェイスを追尾した敵編隊は上昇し、対空砲火から逃れようとし始めた。
統率の取れた敵が見せた狼狽という隙。
そこに彼らが現れた。
「俺ら抜けたぞっ⁈ あの果ての雲を!」
「それよりもすげえ敵の数だ、こりゃコバンの山だぜ!」
「全機、
イグルベ傭兵中隊。幕府側の増援である。
「さあ、
カビエシの指示と同時に、イグルベ中隊全機が戦闘を始めた。
政府軍は思いもよらぬ二度目の増援に、動きに乱れが見えている。
「神兵の尾翼、
「何の鳥だ? わからん!」
「黒い鳥なら、
「幕軍の八咫烏! あの方が状況を変えた!」
───……114飛行隊のマークはペンギンだぞ。
11個の星を持ち、敵へ真っ先に突貫する
それがエンブレムの由来なのだが───未だ空戦の最中、思考を割く余裕などない。
「チェイス、俺は生きてるって信じてたぜ」
「俺は昔から腹上死するって決めてるんだ、空で死ぬ気はないよ」
「へぇ? 相手がその機体じゃ不満か?」
「俺は女の子と話すのが一番好きなんだ。こいつは無口過ぎる」
カビエシと即席の編隊を組み、空戦を再開する。
F-21イコウェのエンジン性能はF-2に勝らないが、大きく劣るわけではない。
身軽になったF-2の速度に追従し、高速域でも編隊は崩れなかった。
「左!」
「じゃあ右!」
上のイグルベから逃れ、下の船団を攻撃しようとしていた敵分隊を狙う。
チェイスは左、カビエシが右。敵から見て
ふたつの光の線が旭光を貫き、海面を転がった。
「いいぞ、チェイス! それがその機体の本領か!」
「それもあるけど、俺の腕が一番大きいよ!」
軽口を叩きながら上昇すると、黒煙を吐いた旭光がまた1機。海面に激突していった。
カビエシは傭兵中隊の隊長であり、同時に一番の腕利き。
ではその部下はどうかというと、やはり実戦で鍛え上げられた精鋭揃いなのだ。
数で上回られているからといって、一世代前の機体に負けるはずがなかった。
見る見る間に白銀の機体が政府軍の機体を減らしていき───最後の1機がミサイルの破片によって翼を奪われた。
「今ので最後か? 稼ぎとしちゃ物足りないな」
「俺はまだノルマ達成してないんだぞ、もっと来い!」
「おい誰だよ、フラグ立てたやつ」
状況だけではない。戦況がひっくり返った。
「幕軍の八咫烏へ! うちの見張り員が南に機影を目視!」
「ほら、言わんこっちゃない」
改めて機首を南に向けると───確かに。また新しい機影が18。
今回は味方が増えたうえ6機の編隊を組む癖を掴めたため、正確に数える余裕があった。
さらに悪いことに、
その方向に対地レーダーを走査させると───地上、厳密には海上を進む影を捉えた。
海のど真ん中で、これほど大きな反応を発する金属塊が自然に存在するわけがない。政府軍の艦艇とみて間違いなかった。
「機影確認、機数18! それと南東からは艦艇も複数接近中!」
「おいおい、葦原北方の全戦力がここに集まってるんじゃないか?」
「そりゃいい、報酬上乗せだな!」
既にこの空だけで旭光が20機以上失われている。
前線では扱いにくい、導入数だけは多い旧式機だとしても損耗が激しすぎる。
ここまでの犠牲を許容出来る目標となると、船団の貨物は戦略的な何かに違いない。
F-2の燃料は20%を切っていた。それに、船団の先頭が間もなく嵐に突入する。
イグルベはともかく、チェイスは既に戦闘を継続出来る状態ではなかった。
さて。そろそろ撤収を考えるべきか。
思案していたその時、暗号化されていない平文の通信が入った。
「こちら葦原政府空軍、第5航空団第7飛行隊……
いや、旧良州藩空軍第一戦闘団だ。幕軍の神兵、聞いているか?」
敵からの通信!
思いもよらぬ展開にチェイスは一瞬面食らったが、一旦深呼吸して返答した。
「こちら彰義隊。感度良好、ご用件は?」
「我々は……停戦を提案する」
停戦。
文字通り戦いを停止、やめることだ。
あそこまでの犠牲を覚悟で攻撃してきた彼らが、今更それをやめようと主張するのか?
鵜呑みにしたいところを堪え、口を開いた。
「条件は?」
「ない。貴機らと船団はこの海域を離れ、我々も無事帰る……戦闘はなしだ」
「ここまでやっておいて、一体どうして?」
「……その船団を攻撃する、その畏れ多さを知った。それだけだ」
この言葉でチェイスは今まで得た戦況から、ひとつの答えを導き出した。
しかしまさか。わざわざ言葉にするほど無粋ではないが、たったひとりの命のためにそこまでするのか?
「任務は撤退する幕軍の高級将校の確保と聞いていたが……とんだ大嘘だ。
南方の奴ら、我々奥葦原の人間に汚れ仕事を押し付けるつもりだったんだ」
船団の中央、氷室丸を見下ろす。
他の船と比べると、ブリッジと煙突の損傷以外は控えめに見えた。
ロケット弾や爆弾を受けた痕跡なし。被害を限定しやすい機銃掃射のみだ。
向かってきている艦艇はこの船を、積荷を確保するつもりなのだ。
「なるほど、じゃあ見逃してくれるんだな?」
「ああ。だが、急いだほうがいい。今向かっている海軍の艦艇は幸彦藩出身だ。
奴らは事情を知ったうえで行動している」
「了解、忠告感謝する。幸運を」
「勘違いするな。殿下が関わらなければ、我々は敵同士だ……」
伝え終えた敵───政府軍の編隊は翼を翻して転進していった。
恐らく増援としてここへ派遣されたのだろうが、先ほどの政府軍機と違って事情を知ることが出来たのだろう。
命令違反を覚悟で、停戦と忠告という決断を下したのだ。
「おいチェイス。奴らは追わないのか?」
イグルベの傭兵が尋ねてきた。彼らは撃墜数に応じて報酬が増える身の上だ。
戦えるのなら戦いたいのだろうが───あの勇気を見せた彼らの背を攻撃しようとは思えなかった。
「撤収しよう、交戦禁止」
「おいマジかよ、報酬お預け⁈ せっかく葦原の初陣なのに!」
「それでもお前戦士か? 戦うべき敵がそこにいたら、やり合うってのが
戦士の慣わしだぞ!」
傭兵連中から非難轟々だったが、ひとりだけ。傭兵で賛同する者がいた。
「こちらイグルベ傭兵中隊、隊長のカビエシ。指示に従い、撤退せよ」
「でもよぉカビエシ……敵をわざわざ逃すって、戦士としていいのかよ?」
「いいじゃないか。たまにはそういう
それに、ボーナスは受け取り済みだろ?」
鶴の一声によって、傭兵中隊の行動も決まったらしい。
逃げると決めたら素早く行動しなくては。このままでは船団がひっくり返ってしまう。
「船の人達へ。単縦陣を組んだら、俺達の後に続いて方位
コースから外れたら嵐にやられるぞ!」
上甲板とほぼ同じ高さを飛び、氷室丸の真横を通過。
真北へ進路をとると直進を続ける。
視界0、しかし穏やかな風。
先ほどと変わらぬ不安な世界に飛び込んだ。
「ぐああっ、くそ。怖ええっ」
「身体がピリピリする……」
傭兵連中はとても口が軽い。軽口を聞きながら数分、編隊ははぐれ雲を出た。
視界が開けるのとほぼ同時に、上空を飛ぶ機体に気付いた。
「こちら竜司! ご無事でしたか、チェイス殿!」
「言っただろう。あいつはこの程度では死なん」
竜司と歳三のオロールだ。バンクを振って挨拶すると、彼女は機体を寄せた。
恐らく彼女が再出撃可能になった頃には、最初に開けた穴は通行不能になっていたのだろう。
「ああ。でも、燃料がすっからかんだ。屋岸空港に降りる、斗米には戻れそうにない」
もし無理に帰投するとすれば、着陸よりずっと前に燃料が尽きる。
無謀な人間である良介でも、グライダー状態で着陸など想像もしたくなかった。
「こちらツクヨミ、屋岸空港ATCには通達済みです。
遠慮なく着陸してください」
「話が早くて助かるよ。ファイナル・アプローチに入る」
被弾はないものの激闘の末、疲弊した機体から3本の足が姿を現した。