蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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27 御料船団救出「FIRST PENGUIN」

央暦1969年5月30日

夷俘(いふ)島 屋岸空港

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』

志村“Chase”良介二等空尉

 

「おお……」

 

「うわぁ……」

 

 感嘆とドン引きの、2種類のため息が漏れた。

 片や見知らぬ技術の結晶へ、片やそれを鞭打って遠慮なく壊すパイロットに。

 

 誰かが引きつった表情を浮かべると、その視線が良介へ向けられる。

 

「これは、誘導弾の懸架(けんか)装置か? 錬金術で直せるか……?」

 

 世界レベルの錬金術師が錬成したワンオフ品でございます。

 銃撃されて、普通に壊されました。はい。

 

「ここ見ろよ。これ多分避けた誘導弾の噴煙で焦げたんだ……」

 

「なんで生きてるんだよ……」

 

 針の穴に糸を通すような、ギリギリの回避を強いられた結果です。

 

「インテークなんて、破片刺さってるぞ?」

 

「陽光の調整破片だ……何したらこうなるんだよ」

 

 AAMをAAMで迎撃して、その爆発を煙幕代わりにして回避したら破片吸っちゃいました。

 

 また、整備の間で伝説が広まりそうだな?

 機体破壊、残業の元凶として。

 

「ちぇっ、どうせ伝説になるなら女の子の間でなりたいよ、俺は」

 

 それは危険人物、あるいは不審人物としての伝説であろう?

 ならば何度でもあるではないか。

 

「それは通りすがりの連中か、嫉妬した奴の八つ当たりだよ」

 

「何が八つ当たりなのでしょう?」

 

「ギョギョギョっ⁈」

 

 自身との対話に乱入者が現れて、思わず良介はギョッとしてしまった。

 声を振り返ると、同じく屋岸空港に着陸した竜司であった。

 

「び、びっくりしたぁ……」

 

「びっくりしてんのはこっちだよ! 破壊魔!」

 

「機体はもうちょっと丁寧に扱え! 直す側が可哀想だろ!」

 

 と、今度は良介の独り言に屋岸空港に勤務する整備士の面々が抗議した。

 強い視線を向けて、しっしっしっしっ! とジェスチャーをして追っ払う。

 もちろん、竜司には笑顔で応対する。

 

「竜司ちゃん、果ての雲に入った感想は?」

 

 独り言を誤魔化すため、良介は頭の片隅にあった疑問をぶつけた。

 父を奪った雲、彼女は先ほどそれを越えたのだから。

 

「不思議な気分です。あれほど多くの事故を起こしてきた、あの雲が……

あれほど落ち着いているなんて」

 

 軽く息を吐いた彼女は良介の隣に腰を下ろし、口を開いた。

 

「私は、父の正式な子ではありません。私生児でした、認知もする暇もなく……」

 

 私生児。正式な婚約関係にない男女が成した子。

 認知もされていなかったとすれば、ふたりの関係は一夜の過ちだったと邪推できた。

 無論、それを尋ねるほど良介もノンデリではない。

 

「だからこそ、調べました。父の実家については、遠い異国の地。

何もわかりませんが……果ての雲については色々と調べました。

飛行学校への進学を希望したのも、その一環です」

 

(そら)()る……竜司ちゃんにとって空を知るのは、

自分のルーツを探るのと同じだったわけだ」

 

 彼女は静かに首肯すると、口を開いた。

 

「……母は、父を悪く言った事はありませんでした。周囲から淫売(いんばい)と罵られ、

住まいを川端へ追いやられようとも」

 

 タブーを踏んでしまわないように、良介はこの世界の、葦原の歴史や文化をそれなりに調べていた。

 

 そのタブーのひとつに、それがあった。

 無頼(ぶらい)集落。様々な事情で近隣住民から村八分を受け、居場所を失った人間がたどり着く場所の、ふたつのうちのひとつだ。

 

 現代的な言葉遣いをすれば、スラム街である。

 大抵は地盤の脆い川辺に位置しているため、川端住まいという婉曲的表面が用いられることがある。

 政府軍には姓を名乗る際、その過去の連帯感から川端を名乗る出身者も多いと聞いた。

 

 実に、葦原という土地は。

 日本人にとって耳の痛い世界である。

 

 そして彼女の母が持つ過去も、良介に刺さるところがあった。

 

「ですから、気になったのです。父が執心した空を、母が恋い焦がれた人が

思いを馳せた、雲の向こうにある世界を」

 

「……じゃあ、今回の試験に参加してもらったのは正解だったかな?」

 

「心より、深く感謝申し上げます」

 

 竜司は居住まいを正すと三つ指をついて丁寧な礼をした。

 彼女の告白を考えればそれに足る行為だったかもしれないが───

 やはり、実際にされると恐縮してしまった。

 

「やめてよ。そういうのは……ガラじゃない」

 

「ですが、わからなくなるのです。志村殿は……破廉恥な男です」

 

「直球だな、おい」

 

「ですが同時に、高潔な人のように感じられるのです」

 

「ナンパ野郎に言う言葉じゃないな……俺はこの世で一位二位を争う

下品な野郎だぜ?」

 

 ナンパ野郎を下品と呼ばずして、なんと呼ぶ?

 ましてや高潔など、それはもっと白馬の王子様を絵に描いたような人間に使うべき言葉。

 良介はそれとは真逆の、地を這う卑しいチンピラだ。

 

「私の周囲にいた下品な野郎は、あなたのような人物ではありません」

 

 しまった。実例を出されてしまうと、反論が難しい。

 確かにそういった(・・・・・)タイプと同一視されるのは、良介とて腹立たしい。

 

「軽薄ですが……かといって自己犠牲を(いと)わず、周囲を思いやり、真摯で……

でも女子と見たらすぐ声を掛ける!」

 

「いや、あのさ……」

 

「なんなんですか、あなたはっ!」

 

 三つ指の姿勢からずいと、竜司が顔を寄せた。

 喜ばしい事態じゃないか。

 女の子に関心を持たれるのは、ナンパ野郎にとって本望だろう?

 

───言ってる場合かよっ。

 

 私にとっては自分事ではあるが、他人事でもあるのだ。

 

───し、しかし顔が近いな……き、キスでもしちゃおうかな?

 

 そのぐらいは本当にやるからお前は本当に面倒くさいのだ。

 しかし忘れるな、今お前は尊敬する人物を人質に取られ、戦いを強いられている身の上。

 軽挙妄動(けいきょもうどう)は控えるべきである。

 

───じゃあどうしろって言うんだよ⁈

 

 それは私の考える仕事ではない。

 私の仕事は愚かな行為への批判であって、実行と思考はお前の仕事だ。

 

───く、口だけで無責任! 口はないけど!

 

 と、良介が対応に苦慮していると。

 

「その辺にしておけ、リュージ。こっ恥ずかしいんだよ、そいつは」

 

 声の方向へ視線をやると───向かって来るビン。

 それを咄嗟に手に取ると、うにラムネである事に気づいた。中身も満載。

 

「ほら」

 

「……どうも」

 

 乱暴な差し入れをしたのはイグルベ中隊の長カビエシこと、リックであった。

 

「今日はおたくらのおかげで稼がせてもらった。その感謝の印だ」

 

「今日の撃墜数に不満があるんじゃなかったのか?」

 

「実は今回の出撃、依頼者がふたりいる。幕府と、合衆国のエラ・アーロンだ」

 

「エラちゃんが?」

 

「彼女はお前を助けるためにポケットマネーから緊急出撃手当を出してくれた。

いいボーナスだ。それに、あの船団の積み荷について空軍と交渉して……

2倍の報酬を約束させた」

 

 良介と竜司の隣に座ると、リックはラムネのガラス球を押し込んだ。

 この世界に来て初めて実物を見たが、本当にこのようにして密閉しているらしい。

 

「お見事。イグルベ(イナゴ)の名に恥じないな」

 

「ああ。幕府の国庫をすっからかんにしてやるよ」

 

 三人はぐいとラムネをあおった。

 

「んん? んんーっ」

 

 と思いきや、良介の分はうまく出なかった。

 蓋代わりのガラス球が阻害しているのだ。

 

「傾けすぎですよ、もっとこう……」

 

「そう、緩やかに傾けろ」

 

 とくとくと、しゅわしゅわの液体が口腔に降りてくる。

 この設計をした人間はユーザーフレンドリーという言葉を知らないに違いない。

 

「それで、具体的にいくらくらい儲けたんだ?」

 

「うーん、そうだな……戦闘機が5機買えるくらいだな」

 

「……そんなに? やっぱり機体の維持にかかるのか?」

 

「ああ。俺達イグルベ中隊はクルーヴィナ連邦の機体を使ってる。

遠い東ユーロネシアのものだ、半分くらいは消える」

 

「残りの半分は?」

 

「そうだな……ほとんどを仕送りに使うと思ってくれ」

 

「戦闘機2.5機分を仕送りに? 何年養うつもりなんだ?」

 

「こいつは額の問題じゃないんだ……」

 

 彼の口振りからして、どうも仕送りというのは方便に聞こえた。

 実際の使い道が気になるところだが───

 その気配を察したのだろう。リックは竜司に視線をやった。

 

「なあ、リュージ。リョースケって……実戦でもあんな飛び方するんだな?」

 

「あんなって、どんなだよ」

 

「手の込んだ自殺。死んでないだけだ」

 

 今回の戦闘だけで、どれほどの無茶をしたのか。

 それについてはもはや、指摘するだけ野暮であろう。

 話を振られた竜司はやや間をおいて、

 

「はい。私の初陣……屋岸での戦いのときは、追跡する誘導弾を

海面に叩きつけていました」

 

「……マジで頭のネジ飛んでるな」

 

「そもそもでネジで固定してないんでしょう。軽量化とか言って」

 

「ははっ、違いない!」

 

 まったく酷い言われようである。まあ事実だからしょうがないけど。

 しかし、あの険悪なふたりが同じ話題で盛り上がることが出来るようになった。

 それは悪い話ではない。

 

 まだ竜司にはぎこちなさはあるが、振られた話に応じる程度には警戒と緊張はほぐれている。

 ひとまず、隊内にあるひとつの危機は去ったのだろう。

 

 心の中で安堵すると、もう一度良介はラムネをあおった。

 

「……ひっく」

 

 良介は炭酸飲料を飲むと、しゃっくりが出る体質であった。

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