蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年6月21日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』
志村“Chase”良介二等空尉
その説明を聞いた途端、作戦室の面々は呆然として沈黙した。
間を置いて状況を真っ先に理解したのは、奥村睦平飛行隊士並であった。
「馬鹿げておる! 幕府直属の陸海軍とあろう者が、そのような無体を!」
彼は松後藩の土地勘があり、かつ低空飛行を強いられる場面の多い攻撃隊の人間。
ジェット機とプロペラ機の違いがあれど、閉鎖空間を飛ぶ行為の危険性は十分理解していた。
「……すまん。俺の力不足で押し切られた」
「松平公、あなたに責はない。
伝家の宝刀を抜けば、お家騒動と付け入る隙を与えてしまう」
もとより、宗治郎は仮想敵国との最前線とはいえ、田舎空軍基地の基地司令に過ぎなかった。
中央の人間ばかりが揃う陸海軍の決定を跳ね返せるほどの政治力に欠けていたのだ。
「総裁。この作戦を拒絶し、空軍だけでの逆侵攻は?」
「……無理に決まってるだろう。
占領するには歩兵がいるし、空軍歩兵は基地警備が任務だ。
基地制圧出来る頭数がなければ、兵器もない」
今度は歳三がとんでもない無茶を言い出した。
もちろん宗治郎は即座に却下した。理由は彼自らが説明した通りである。
逆侵攻には陸海軍との連携が不可欠。
しかし一方で、彼らは葦原本州を完全に諦めている。
夷俘島を拠点にして独立国を立ち上げ、そこで睨み合いを続けるという方針で行動しているのだ。
そんな折に、被害が少ない方の空軍に神兵という救世主が現れてチヤホヤされ始めた。
彼らにとって、半端な希望となる良介は邪魔なのだ。
「志村殿っ、本気でやるつもりなのですかっ?」
一方、竜司に呼ばれた良介はというと。
先の会議で配布された資料をずっと睨んでいた。
文章を読むのは全く苦痛ではない。問題は、記載された数字にあった。
「俺にしてみりゃ、
幕府の人達には都まで攻め上ってもらわないと困るからな……」
「ですが、他に手段があるはずです」
「あったとしても、戦争はひとりで、組織ひとつでやるものじゃないだろ?
あいつらを頷かせるには、無茶が必要だ」
「それは、その通りですが……」
松屋隧道、トンネルの寸法についての資料だ。
全長・全高20メートル、それはいい。
肝心なのは、高度差とそこからくる坂の勾配だ。
夷俘島側と松後藩側で、勾配角度の計算が合わないのだ。
「ねえ、竜司ちゃん。松屋隧道の正確なデータって、幕府空軍にある?」
「え? ないと、思いますが」
「だよなぁ……」
第一、陸軍が手に入れたという資料。
恐らく隧道で政府側と睨み合いをしている部隊から得た情報に基づいて作成したのだろう。
幕府勢力圏の情報は、障害物や線路の故障など詳細な情報が記載されている。
一方で、前線の向こう側の情報は酷く曖昧。
全体の距離から逆算したとしか思えないほど雑でキリの良い数字が羅列されていて、とても信用出来たものではない。
「はい。ちょっと質問だけど、松屋隧道の正確な情報知ってそうなところって、ある?」
当の本人そっちのけで議論が白熱している中、良介は挙手した。
一旦場に静けさが戻ると、宗治郎が口を開いた。
「斗米基地管制隊のゆかり管制兵を頼るといい」
「……えーっと、誰だっけ?」
「ツクヨミだ。元は大学生ながら、幕府軍に志願した才女だ」
ああ、あのちょっと頼りない管制隊の彼女か。
ずっと顔を合わせてみたいと思っていたが、彼女は良介の部屋を包囲した管制隊のメンバーに入っていなかったので(囲まれた理由はお察しの通りである)、ずっと機会に恵まれなかったのだ。
「うーん。ちょうど会ってみたいと思ってたんだ」
「丁度いいって……志村殿、自分がやるって自覚あります?」
「うんうん、もちろん俺以外には出来ないだろ?
それじゃ、ちょっと俺は抜けるから。乙の段取り決めておいてよ」
「あっ、志村殿!」
挨拶もそこそこに、良介は作戦室を抜け出した。
まったく彼女の言う通りだ。
本当にお前、自分が自殺作戦を遂行するという自覚はあるのか?
「ふん。ようするに失敗しなければいいんだ」
その通り。失敗すれば確実に死ぬという点を除けばな。
私はお前の浅慮に巻き込まれて死ぬのは御免だ。
このまま続けるのであれば、地獄でも文句を言い続けてやるぞ。
「……陸海軍の言う通りにするなら、一生帰れないぜ……
ボスも、家族と会えないんだぞ」
今現在。哲也は彰義隊に選抜はされなかったが、見込みがあるとされている志願者の教官を務めている。
教導隊に務めた経験があるとは聞いていないが、あの面倒見の良い初老だ。
きっとうまくやるだろう。
彼は妻子という家庭を持っていた。
天涯孤独の身である良介とは違う。
「やるしかないんだよ、俺は」
くそ。自己批判の精神たる私が、良介に諭されてしまうとは。世も末だ。
いいだろう。ならば個人が最善を尽くして、場を一転させろ。
そんな前時代的な解決をするしかない。
司令部から離れて、管制隊の職場である斗米基地管制塔までやってきた。
仮にも戦時中であるため、出入り口前には警備の立哨ふたりが通行を監視している。
彼らは良介の知り合いであった。
「よっ。佐藤くん、長谷川くん」
「あれっ、志村さん」
「また菓子折り持って来たんですか?」
「俺をなんだと思ってるんだよ、こら」
もちろん、前科があるではないか。今回に関しては
「実は管制隊のゆかりちゃんに会いに来たんだ」
「志村さん、本気ですか?」
「な、なにが?」
「だって、ゆかりちゃんをナンパするんでしょう?」
「お前ら……俺がどっかへ行くのは、
謝る時とナンパする時だけだと思ってないか?」
「違うんですか?」
全く違わないな。
とはいえ、今回は珍しく例外だ。
「……今回は、任務で用事があるんだ。だから、用件はちょっと言えないな」
「松平公の許可は?」
「あるよ。あいつの紹介」
「でしたら、お通りを。ゆかり管制兵は管制室です」
悔しいが、こういう時に権威主義は便利だ。
面倒をいくつもスキップ出来る。
塔の中に入ると、管制室へ向かうための螺旋階段が現れる。
中央には緊急退避用のポールがあり、攻撃を受けそうな時はこれを伝って滑り降りるらしい。
こら、そんなものをじっと見て、どうするつもりだ?
「いや……最近身体が鈍ってるからさ」
ならこんなところで動かす必要は───待て!
良介はそのポールを掴むと、握力だけで上り始めた。
急にそんなことを始めて、お前は猿か?
「まさか。ラン……トレーサー時代を思い出してたんだよ」
パルクールのトレーサーでも、見かけたポールによじ登るのはお前くらいなものだろう。
あるいは、身体能力に自信のある小学生か。
本当に幼稚な男だな、お前は。
などと、自己批判の精神に呆れられつつも頂上は間近に。
管制室の扉が見える高さまで迫ると、扉のノブが捻られ───
「……」
「……うっきっきー」
扉の先にいた少女と視線が交差した。
照れ隠しに良介は猿真似などし始めたが───
隠すくらいなら、やらなければよいものを。
「志村様、ですか?」
「あれれ? 俺のこと知ってるの?」
それにしても、管制室にいたのは良介よりも一回り若い───
どころか、半分にも満たないように見える少女である。
良介も10年前ならいざ知れず、今の年齢でそれほどの少女を口説く趣味はない。
はてさて、どこから忍び込んだのか。
まさか、このご時世に職場見学会を開くほど幕府空軍も呑気ではないだろう。
一応、正体を確かめるために良介はポールから階段の手すりに降りた。
「あ、危ないですよっ。この階段、古いので」
「おおっと、それもそうか」
これが不審者と暫定不審者の会話とは思えないが───
少女からの忠告に従って、念の為進路の先に降り立つ。
「君さ、見ない顔だけど名前は?」
「失礼しました。私、斗米空軍基地管制隊のゆかり管制兵と申しますっ」
彼女、ゆかり管制兵は無帽なので10度の敬礼を行った。
そう、無帽なので意識が向かなかったが、彼女は空軍の作業服を着ていた。
名札にもゆかりと───苗字が書かれていないのはすごく違和感はあるが。
間違いなくそう書かれていた。
「俺は志村良介、よろしくね」
「はい、よろしくお願い致します。
ところで志村様、管制室にどのようなご用件で?」
そう、そこが問題なのだ。
この彼女、ゆかり管制兵が松屋隧道の詳細なデータを持っているという話なのだから。
「実はさ……」
「ゆかり管制兵、誰か来て……」
その時、管制室の扉を開けて覗き込んだ男がいた。
忘れるはずもなかろう。
彼こそが管制隊の責任者、管制隊長であり、良介の部屋を包囲した首謀者だったのだから。
「……これはこれは、神兵の志村様。いかなる御用で、管制室に?」
明らかに歓迎されていない雰囲気だが、これは当然の対応なので仕方がない。
「うーん、任務に関わるからハッキリ言えないんだけど。
ゆかり管制兵に用事があるんだ」
「私、ですか?」
「うんうん、そう。俺は君に用があるんだ」
管制隊長はしばし考えると、ため息混じりに扉を開け放った。
「入れ。機密保護なら、ここの方がいいだろう」
「ありがとう」
管制隊長は事情を察してくれたのか、管制室の一角にスペースを用意してくれた。
責任者として同席するのは、まあ仕方のない事と受け入れるとして。
良介はゆかりと向かい合った。
「ゆかりちゃんって、元は大学生なんだって?」
「え? はい、そうですけど……」
「いくつ?」
「おい!」
その時、管制隊長が口を挟んだ。
すみません、うちのアホが妙なことを聞いて。
「な、なに?」
「お前、まさか大袈裟な事を言ってナンパの口実にしたんじゃないだろうな?」
「ち、違うって。いくらなんでもゆかりちゃんは若すぎるよ」
「……23です。そういう物言いは、不快です」
おっと。どうやら彼女、幼く見える容姿にコンプレックスがあるようだぞ?
まったくこのノンデリ男め。それでよくもナンパ野郎を自称出来たな?
「ご、ごめん。あんまりにも若いもんだから、飛び級なのかと思っちゃって」
フォローになっていないが、恐らくこれが最善手。
この話題は長々と続けても好転する事はないだろう。
手短に、良介は本題に移った。
「これ、見てくれる?」
「これは……松屋隧道ですか?」
ゆかり管制兵は一目で看破して見せた。
なるほど、宗治郎の紹介は伊達ではないらしい。
「うん。俺、ここを飛ぶんだ」
「はぁ⁈」
ここでゆかりではなく管制隊長が
当然の反応だが、至極真面目な様子で提出された作戦案である。
「だっ、誰だよこんな作戦出したのは⁈」
「陸軍。海軍も追認してる」
「し、信じられん……どっちも航空隊を持ってるだろうに」
良介と隊長が話している間にも、ゆかりは与えられた資料を黙々と熟読していた。
続いて、良介と同じところで読む目が止まり。
卓上に置かれていた
「酷い数値。この資料、全然勾配が考慮されてません」
「やっぱりそうだよね?」
管制隊長もゆかりの出した結果と資料を見比べ、頷いた。
「……お前の機体、全長は15メートルだったな」
「うん、そうだよ」
「松屋隧道の構造なら、私の頭にあります。
それだけあると、葦原側の坂で曲がりきれません」
「そこまで辿り着ければな……」
良介の懸念通りであった。
果たして、陸軍にそうなる意図があったかどうかは微妙だが。
もとより成功の見込みのない、逆侵攻を断念させる口実の作戦。
むしろ向こうとしては願ったりと言ったところだろう。
「それにしてもゆかりちゃん、松屋隧道に詳しいね?」
「私は大学で弾丸列車の研究をしていました。
松屋隧道を通って、葦原各地と夷俘島を繋ぐ高速列車です」
「なるほど。なら実現のためにも、トンネルを壊しちゃダメだな」
「……この内戦の終結も、必要です」
そう、葦原は幕府と政府のふたつに分断されている。
そのような分断がある限り、国家プロジェクトともなる弾丸列車───
つまり、日本でいう新幹線など実現不可能だろう。
幕府が夷俘島に引きこもっていても同じことだ。
「いいか、志村。こいつは
「それがさ、陸軍はどうも夷俘島に引きこもっていた方が都合がいいみたいでさ。
これをしないなら、本州上陸もなしだってさ」
「……犬猿の仲が、妙な時だけ手を組みやがって」
しかし。ここまで来たら良介は幕府軍に勝って貰わなければならなかった。
自分のためにも、ボスのためにも。
そして、うっかり関わってしまった幕府側の人々のためにも。
「ゆかりちゃんが弾丸列車の実現をしたいのなら……俺もやるしかないか」
「ダメです! 確かに、私は自分の研究が身を結ぶならと、軍の門を叩きました。
ですが、そんな自殺行為を……」
自殺行為。確かにそうだ。
トンネルを飛行して、反対側まで出る。前代未聞の航空作戦。
しかし、秘策はあった。
100%の死が、99%に下がる程度だが。
「だからこそ、データを収集したい。ゆかりちゃんの……
あとついでに管制隊も、力を貸してほしい」
「俺らはついでかよ」
「志村様……可能なのですか? そんな無茶が、本当に?」
「ああ。そのためには、俺みたいに特別いい腕をしたパイロットと……
F-2の検証が必要だ」
こればかりは、確証を得なければならない。
三人は寄り集まって、計画を練り始めた。