蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年6月27日
松後藩 先湊海軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
本番の第一弾が終わり、第二弾が始まった。
「こちらツクヨミ、全機に通達! グリーン・ライト確認!
繰り返します、グリーン・ライト確認!」
「穂先が針の穴を通りやがった!」
「こちら第3中隊『精兵隊』! チェイス、持ちこたえろ!」
陸平が率いる第3中隊『精兵隊』は海軍基地を素通りして、松後城の制圧が任務となっていた。
彼らは対地攻撃に高い適性を持つ人間の集まりだ。駆けつけてくれれば頼りになる。
先ほど防空システムの捜索レーダーを破壊して、敵の目は奪った。
しかし、まだ
上昇を始めるのと同時に、
照準レーダーの電波、すなわちミサイルに狙われているという警告だ。
F-2のECMはこの世界で最高レベルの出力だとしても、やはり限度はある。
目視でイルミネーターを向けられれば、さすがに見つかるわけだ。
「さあ来るぞっ」
イーグル・システムの諸元は知らされている。
レーダー誘導のみ、赤外線誘導はなし。
ならばレーダー波を乱反射させるアルミ片、チャフを散布して誘導を攪乱するしかない。
方向は右後ろと真後ろ。
フレアと違い、チャフは自分とミサイルの間に散布しなければ意味がない。
後ろから撃ってきたのは幸いだった。
キラキラと光る紙吹雪を空中に撒き散らしつつ、主翼下の増槽2基を投棄し、出力最大。
数秒上昇して投棄した増槽を追い抜いた直後に反転、背面飛行で急降下する。
チャフの霧で戸惑っていたSAMは、増槽の反射を誤認した。
2発のミサイルは落下する増槽に直撃し、空中で残った燃料を炎上させた。
「こっちもやられっぱなしじゃないぞ」
降下しながらUターンを行う、いわゆるスプリットSを行い、衝突寸前で立て直して匍匐飛行に移る。
狙いは先ほど撃ってきた発射機の片割れ。
ロケットの照準を合わせ、撃つ。
4発の白い線が主翼から伸び、大爆発を起こした。
その間にも、生き残りから殺意満点の第2射が打ち上げられた。
現状の位置関係は、有効射程の間合いの内側。
普通なら当たりはしない。
これは回避行動を強いて動きを制限するチープショットという戦術。
ミサイル攻撃を避けるために低高度を維持すれば、待つのは
敵の狙い通りなのは承知で、上昇。
先ほど打ち上げられたミサイルは背後を通り過ぎて地面に激突した。
あとは、もうどうにでもなると判断したのだろう。
曳光弾の赤いラインが空を走り始めた。
風防越しにも、超音速の弾が機体をかすめる音が聞こえる。
高度を下げればこの砲弾に刺され、高度を上げ過ぎればSAMに食われる。
そろそろ、囮役は限界だった。
「精兵隊! 的は見えておるな、攻撃はじめ!」
ここでようやく、孤独な空に味方が現れた。
精兵隊の
曳光弾で位置をアピールしている対空砲へ攻撃を始めた。
完全に真上のチェイスを狙っていたであろう対空砲が、即座に水平線へ砲を向けられるはずもなく。
ほとんどが迎撃をする間もなく、颶風の主翼に積まれたロケットや爆弾で吹き飛ばされた。
完全に対空砲火が止んだところで、チェイスは高度を下げて先ほど打ち上げて来た最後のSAMをGUNで掃射。
爆発を確認すると、精兵隊一番機の脇を過ぎ去った。
「助かったぜ、じいさん!」
「若いのが無理をしたんじゃ、老骨も気骨を見せんとな」
まだ弾と燃料には余裕がある。
ならば、出来る限り作戦の支援をしなくては。
「精兵隊、やれる?」
「おうよ! 今までやられっぱなしだった分、たんとお返ししてやるわい!」
ロートルの集まりだが、搭乗員の士気はこれでもかと言うほど高い。
士気だけで勝てるほど戦争は甘くないが、前線に立つ側からすれば心強い限りである。
「俺が先陣を切って攻撃をひきつける! その隙は頼む!」
「任されよ!」
オーグメンターを起動し、チェイスは精兵隊の前に出る。
過去、共同訓練の折に米空軍のワイルド・ウィーゼル部隊───
その経験を活かす時が来た。
想像とはずっと違う形だったが。
前方で敵のSAM発射機が、恐らく東の海軍基地に向かってミサイルを打ち上げていた。
最大出力のECMが別動隊の生存にどれほど貢献できたのかは確かめようがないが、この形ならば明確だ。
噴煙の根元を睨み、ロケットを撃つ。
発射機の爆発を見届けて上空を過ぎ去ると、林に潜んでいたイルミネーターが一斉にチェイスの方向を睨み始めた。
RWRが後方から3つのレーダー照射を警告した。
「来る、頼む!」
しばらくして、一斉にミサイルが白煙を吐いて打ち上げられた。
ミサイル警報が鳴り響く中でチャフを散布して撹乱しつつ、山の稜線に姿を隠す。
ドカドカドカ! ミサイルが丘に突き刺さる音が風防越しにも響いてきた。
「目標確認! 耕してやれ!」
対空砲と比べれば即応性に欠けるSAM発射機の撃破は、精兵隊にとって容易だろう。
再び稜線の上に出て、東への移動を続ける。
ほどなくして、艦隊と交戦中の反応をレーダーが捉えた。
イグルベ傭兵中隊だ。
「こちらペンギン1、精兵隊と一緒に加勢に来た」
「チェイス、来やがったな! 馬鹿みてぇな量の対空砲火だ、やられるなよ!」
既に海軍基地から立ち上る黒煙が視界に入っている。
どちらの被害か定かではないが、激戦が予想できた。
この激戦に、横から殴り込む。
この世界の水上戦闘艦の大多数は、未だに
SAMを持つのはミサイル巡洋艦のみ。
このミサイルを打ち上げているのは、東征海軍旗艦にして唯一のミサイル巡洋艦『
茶臼は緊急出港が間に合ったらしく、湾内の中央に位置し、その周辺をSAM非搭載艦が展開して小さな輪形陣を組んでいた。
茶臼のSAMはもちろん、ミサイルがない艦艇も十分脅威だ。
主砲の対空射撃は戦闘機がまともに受ければひとたまりもなく、機銃も精度が低くとも形成される弾幕は一発でも受ければ危険だ。
対艦ミサイルでもあれば切り崩すのは容易いが、ないものをねだっても仕方がない。
この世界の空対艦ミサイルをはじめとしたレーダー誘導ミサイルはシーカーの小型化がうまくいかず、研究途中なのだ。
イグルベは停泊中だった艦艇を何隻か撃沈していたが、防空の要だけはどうにもならなかったらしい。
現在はSAMの消耗を強いるため、時折迫って攻撃を誘発していたが、何度も同じ手は通じなかった。
この弾幕を突っ切るのは、さすがのチェイスも難しいと判断せざるを得ない。
「精兵隊、地形に隠れてくれ。さすがにこの弾幕は無理だ」
「応。合図を待つぞ」
高度を下げて地形に身を隠し、イグルベの隊長カビエシと交信した。
「カビエシ、状況は?」
「3機やられたが、部隊はまだやれる」
ミサイルに関してはイルミネーターを破壊してしまえば、ほぼ無力化可能だ。
問題は周囲を取り囲む艦艇だ。下手に切り崩しを図ればミサイルに食われ、無視すれば弾幕の餌食となる。
古今から、相手の待ち伏せに有効な戦術は決まっていた。
「チェイス、アイデアはあるか?」
「無茶なやつなら」
「わかったわかった、サポートする!」
チェイスは素早く上昇し、地形から飛び出した。
それを待っていましたと言わんばかりにレーダー照射されるが、打ち上げてこない。
どうせ、これもブラフなのだろうと判断したのだろう。
オーグメンターを起動し、水面スレスレを飛んで迫る。
ここでようやく本気だと悟ったのだろう。
RWRの警報音が変わり、ミサイル接近の警告を出した。
ミサイル巡洋艦と呼ばれているが、一度に発射・誘導出来るミサイルの数はひとつだけ。
理論上、搭載全弾と僚艦のミサイルを誘導などという無茶が出来るのは、21世紀のイージス・システムくらいなもの。
現代の東アジアやアメリカばかりを見ていると感覚が狂うが、普通は一度に1、2発が限界なのだ。
「イグルベ全機、奴らの注意を引くぞ」
「者共! あやつを死なせるな!」
SAM非搭載艦が迎撃射撃を始めるも、遅れて出て来たイグルベと精兵隊に狙いを分散され、チェイスへの攻撃が出来たのは最寄りの駆逐艦だけだった。
指向される主砲。
その砲身の先端にある砲口が2つの黒点になった瞬間。
素早くバレル・ロールし、攻撃をかわす。
12センチの砲弾が先ほどまでいた空間を切り裂き、時限信管によって炸裂した。
このチェイスが移動した位置。
ミサイルとの間には、駆逐艦の構造物があった。
「スゲェ、敵のミサイル利用しやがった……」
「実戦でやろうなんて、どんな頭してたら考えられるんだ?」
彼らからすれば、守るべき大将から後頭部を殴られた気分だっただろう。
一瞬だけ駆逐艦の対空射撃がすべて止まり、隙を見せた。
ブリッジの司令区画を睨みながらロケットの照準を合わせ、数発叩き込む。
ロケット弾が窓から飛び込み、内部で爆発を起こす。中にいた人間は、少なくとも無傷では済まないだろう。
先ほどのミサイル
上甲板とほぼ同じ高度をすり抜け、チェイスは背後を気にする必要なく横腹を向けた巡洋艦茶臼と対峙した。
主砲・機関砲・SAM、全火力が投射される。
しかし、防空の要であるSAMはもう懐に飛び込まれていた。
勢いよく射出されたはいいものの、追尾し切れずに海面に飛び込む。
主砲と機関砲が指向した直後、チェイスはロケットを後
別に、沈めるだけが艦艇の無力化ではない。
脆くて繊細なセンサーさえ破壊してしまえば、少なくともミサイルは撃てなくなるのだから。
ロケットが直撃し、多くの破片を撒き散らした。
船体や機材の多くが穴を穿たれ、その中にはSAMを照準するためのイルミネーターもあった。
RWRに映るレーダー放射源がひとつ減った。
「敵巡洋艦、イルミネーター破壊!」
「イグルベ全機! 食い尽くせ!」
「精兵隊! 八咫烏に遅れをとるな!」
イグルベのA-17が37ミリ機関砲の榴弾とロケット弾を浴びせて兵装を無力化し。
精兵隊の颶風は水面スレスレを飛行し、水切り石の如く爆弾を
喫水線下───つまり、水面より下の部分は船体の中で最も装甲の薄い部位である。
特に颶風の反跳爆撃は効果てきめんで、一撃喰らっただけで巡洋艦が大きく傾いた。
駆逐艦は真っ二つに折れて轟沈する有様であった。
ロケットの火力で軍艦を沈めるのは不可能に等しいが、炸薬の塊である爆弾ともなると、話は変わってくるのだ。
「こちら精兵隊、敵艦隊は壊滅状態!」
「チェイス、こっちはもう大丈夫だ。シンセングミの方へ行ってやれ」
第2中隊、『新選組』は幕府海軍・陸軍の航空隊と共同で飛行場制圧にあたっている。
艦艇をここまで痛めつければ、陸軍の上陸は問題なく進むだろう。
「了解、死ぬなよ!」
「それはこっちのセリフじゃ!
つまらん死に方をするでないぞ、幕軍の八咫烏!」
睦平から褒められているのか怒られているのかわからない言葉を受け、チェイスはさらに東にある飛行場へ進路を向けた。
レーダーでは既に、複数の味方と所属不明機───即ち、敵の反応を捉えていた。
「方位277より接近中の機体はペンギン1です、誤射に注意してください!」
「……来たな」
飛行場は敵戦闘機だけでなく、防空火器まで存在するカオスな戦場となっていた。
捜索レーダーを失い、かつF-2のECMによって大きく性能を制限されたSAMは、敵味方入り乱れる空ではほとんど打ち上げられず。
対空砲だけが、敵味方の識別なしで無法図に砲弾を打ち上げていた。
それを海軍航空隊が隙を突いて攻撃し、新選組はその背後を狙う敵直掩機と戦闘を繰り広げていた。
そのうちの1機が防空兵器を狙って低空飛行している。
もちろん、敵の戦闘機も必死だ。
新選組の追尾を振り切った機体が背後に食らいつこうとした。
チェイスはそこを狙った。
飛行場のフェンスを越えて、横に流れる敵機の先端を狙う。
主翼と側面に穴を穿たれ、制御を失った敵機は真下へ墜落。
滑走路に横一文字の傷を走らせた。
「チェイス! 後方に敵機!」
その報告を受け、チェイスは反射的に右旋回。飛行場の管制塔脇をすり抜けた。
ミラーに同じく管制塔を掠めた敵機が目に入った。
翼端を林の木々が掠めるような低空での戦闘。
敵の戦闘機、ウェアウルフはP-38のような三胴構造をした───
ボス曰く、イギリスのヴァンパイアみたいな単発艦上ジェット戦闘機である。
央暦1969年においても旧式で、おそらく政府海軍においても数合わせあるいは二線級の機体。
オーグメンター非搭載の機体なのだから、全速力を出せば振り切るのは容易だ。
加速して上昇すると、背後でウェアウルフの翼が光を放った。
ミサイル。反射的に急上昇し、フレアを放出する。
この航空機が入り乱れる戦場には、熱源が多すぎた。
混乱気味なミサイルはさらにフレアの高温に接した影響か、簡単にチェイスを見落としてあらぬ方向へと消えていった。
しかし違和感を持つには、彼の攻撃は道理だった。
「チェイス罠だ! 3方向から狙われてるぞ!」
味方からの通報で気づいた。
背後から急上昇させる下の
この乱戦の最中でこれをやるのだ。
相手は旧式機の頭数合わせでも、二線級の部隊でもない。
今まで生き延びてきた古兵の集まりだ。
「やるな」
待子は左と後方から迫っていた。
上昇はやめず、機体のロールとわずかなピッチ調整で曳光弾から逃れる。
しかしそれでも、この包囲を無傷で逃れるのは不可能に等しい。
主翼で火花が散った。
「警告、左翼に損傷」
「くそっ」
主翼に穴は空いたが、幸いにも操縦に支障はなかった。
上昇力の勝負ならばこちらが圧倒的有利。
敵のウェアウルフはチェイスの垂直上昇には敵わないとみたのか潔く諦め、離脱を図った。
最大の不幸は、この場にいる幕府側の戦闘機ほぼ全てが機体としては格上ばかりだったという点。
「チェイス、援護します!」
新選組のオロール───竜司の機体がミサイルを放ち、GUNを掃射した。
速度の乗っていないウェアウルフ2機は竜司の攻撃に食らい付かれ、1機は右主翼が吹き飛び、もう1機は細い機体後部が引き千切られた。
「ありがとう、竜司ちゃん。助かったよ」
「こちらこそ。まさか、本当におひとりで防空網を無力化するなんて……」
「イカレポンチが無茶を偶然成功させただけだよ。
基地攻略はひとりじゃ出来ない」
既に戦闘の
直掩機はその数を大きく減らし、新選組に包囲されて各個撃破されている。
「こちら陸軍第1航空偵察。地上に脅威なし」
陸軍の偵察機が対地レーダーを用いて報告した。
あとは陸軍が上陸し、空軍はその支援を行うだけ。
防空網制圧と比べれば、ずっと楽な話だろう───
「ジェーン・ドゥより通達! 南西の葦原海より、戦艦
ジェーン・ドゥ。
これは合衆国の諜報機関を意味する。
合衆国が両陣営に兵器類を提供しているのは既知の事実だが、幕府側には情報面でも支援していた。
その理由は、合衆国は政府側よりも幕府側の方が話の通じる相手として見ているためだ。
合衆国は葦原西に広がる葦原海(ややこしいことに、これを主張しているのは葦原だけで、合衆国をはじめとした大陸側はこの海域を東海とし、葦原東にある果ての海を葦原海としている。ややこしい)には常に哨戒機や電子戦機を飛ばして、時折空海軍の動きを通達している。
しかし、奇妙な話だ。
戦艦が単独で航海などまずしない。
駆逐艦は戦艦キラーである魚雷艇を駆逐するから駆逐艦なのだ。
小回りの効かない戦艦にとって、護衛抜きの戦闘は自殺行為となる。
あの巨体で、果たして何をするつもりなのか?
「戦艦はキツいけど、問題はない」
「さらに通達……播磨は三式弾を装備! 砲塔、作戦区域に指向中!」
「三式弾?」
三式弾といえば、チェイスの知る限りでは旧帝国海軍が運用していた対空砲弾である。
焼夷炸裂弾とも呼ぶべき代物で、よく燃えるゴムをそこら中にばら撒いて航空機を仕留めるというものだ。
「三式弾⁉︎」
「馬鹿な、確かなのか⁈ 目標は⁉︎」
幕府側の慌てようからして、どうもチェイスの想像とは違うものらしい。
想像よりもっと、強力なものと思えた。
「特定不能! 回避してください!」
「どれ狙ってるのかわからないのに、どうかわせって言うんだ⁉︎」
「狙いは地域全体です! 特定の目標がないんです!」
会話の流れからして、広域に渡って破壊する砲弾と推測出来た。
なら出来るのは、遮蔽物に隠れることだ。
通信機を操作して、すべての帯域に発信できるように調整する。
もし彼女が通信機を持っていたら、聞こえるように。
「この交信を聞いている全員へ! 山、無理なら頑丈な建物や地下に隠れるんだ!
とにかく、軍事施設が見えないところへ! 三式弾の攻撃が来るぞ!」
チェイスは自身の経験に基づいて叫んだ。
現実の経験ではないが、陸では十分通用する発想である。
「それでいけるのか⁈」
「ああ、ストーンヘンジならいけた!」
「ストーン……なんだって?」
「発砲を確認!」
「八咫烏に続け!」
チェイスを先頭に、飛行場周辺を飛んでいた機体は先湊の南に広がる渓谷に飛び込んだ。
もちろん渓谷の真上に撃ち込まれたらどうしようもないが───
「間もなく弾着、衝撃に備えて!」
ツクヨミからの警告。
間もなくして、真っ昼間だというのに空が日の出の如く光り輝いた。
直後、とんでもない衝撃が機体を揺れ動かした。
「くそっ! バラバラの機体が降ってくるぞ!」
ミラーの向こうでは特徴的なシルエットをした陸軍の偵察機が、渓谷の上の方を飛んでいたせいで跡形もなく消し飛んだ。
「核砲弾かよっ⁈」
「違いますっ、魔導砲弾です……高い魔力を持つ人間を
竜司の放った言葉に、チェイスは困惑した。
魔導砲弾というのならつまり、魔力を何らかの形で用いて爆発させているのだろう。
高い魔力の人間を贄にした。
率直に考えるなら、人間を弾頭に詰め込んで。
「人間砲弾……⁉︎」
「そうなりますっ」
続々と撃ち込まれる砲撃によって、逃げ出そうとした鳥が爆圧で赤い液体となり、不幸な誰かが飛んで来た木の幹を受けて墜落した。
「目の前の幕府軍機へ、もう少し詰めてくれ! 頼むッ!」
「おい、賊軍の機体もいるぞ!」
「空軍総裁より命令だ、応戦のみ! こちらからは撃つな!」
「もっと山肌に寄れ! 爆圧を食らう!」
気配からして、空中炸裂だけではない。
港をはじめとした地上施設にも打ち込んでいる様子があった。
「敵味方お構いなしか……くそっ、焦土作戦のつもりかよっ」
「……チェイス。今のうちに説明しておく。賊軍、政府側の情勢だ」
すぐ後ろを飛ぶ歳三が語り出した。
これは夷俘島生まれの竜司には、恐らく説明ができない内容である。
「賊軍は南の幸彦藩と周防藩が発端だ。
一方、帝崩御を機に反乱に同調した奥葦原。
奴らは同じ政府側でも
日本の歴史で考えると。
外様大名は天下分け目の戦いと名高い関ヶ原の戦い以後、勝者である徳川側に帰順した大名を指す。
遅れて反乱に参加した、志の低い連中。
話の流れからして、政府側にはそういう序列があるのだろう。
「……連中にとって、奥葦原はどうなってもいいってこと?」
「ああ。綺麗事を口にしていても、奴らに葦原を想う気持ちなどない。
常に自分の都合だけだ」
例え敵だとしても、酷い話である。
幕府側も大概だが、何かの間違いで政府側の味方にならずに済んだのは幸いであった。
もし政府側に味方することになれば、地域次第でこれなのだ。
別世界から来たとなれば、それはもう雑な扱いを受けたことだろう。
「魔導砲弾ってのは、そう多く造れないんだよね?」
「そのはずです……」
空の光は収まり、振動が止んだ。
数十分続いたように錯覚したが、思い返してみればわずか6発の砲撃だった。
時計を確認して、5分の経過を確かめる。
砲撃の終わりを確信するには、十分過ぎる時間だ。
「播磨、砲撃を停止。回頭して帰還していきます……」
ツクヨミの報告から、波乱の終了は確実なものとなった。
恐る恐る上昇して、先湊海軍基地の様子を伺うと───
港は岸壁の大多数を砕かれ、湾内でまだ浮かんでいたはずの艦艇は横転していた。
目に見える建屋に無事なものはなく、再生には多大な時間と労力が必要になるのは確実だ。
飛行場周辺には、
念入りに砲撃を受けたらしく、ひび割れた滑走路だけはかろうじてその原型を保っていた。
しかし格納庫や管制塔はわずかにその残骸を残すばかりで、大半の設備は蒸発していた。
地下へ逃げたとしても、核シェルター並みの扉がなければ熱線と衝撃には耐えられない。
生存は絶望的だろう。
丘の上に建つ松後城は瓦礫の山となっていた。
堅牢な城といえど、中世の時代に建てられた古い建築物。
地震ならまだしも、このような攻撃を受ける事態など、想定外に違いない。
先湊周辺。
松後藩の青々とした山々も、砲撃によって禿山と化していた。
禿げるだけならまだよかった。
一部では山火事に発展している地域もある。
飛び交う交信の中には、陸軍の偵察機が司令部に消防飛行艇の出動を要請するものもあった。
基地周辺の住宅街にも、倒壊した家屋や火災など、甚大な被害が見受けられた。
軍事基地ですら凄惨たる状況になるのだから───恐らくここは狙われていなかった。
狙われていたらこの程度では済まない。
ただの余波で、この地に住む人々は家と命を奪われたのだ。
「……千代ちゃん」
この被害で、果たして命の恩人である彼女は生き延びられたのか?
付近の住宅街にもあのような損害が出ているのだ。
基地に忍び込んだ工作員が生還出来る保証など一切ない。
むしろ、生きていると思える方がどうかしている。
「帰還しましょう。陸軍も、支援が必要になることはないでしょう」
「……賊軍め」
歳三の口にした呼び名は、チェイスが発してはならない言葉だったが───
初めて、賛同してしまいそうになった。