蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年6月27日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
整備の、恐らく罵倒が含まれているであろう言葉も、頭に入らなかった。
命の恩人が死んだのだ。
狙いもへったくれもない、人道軽視の雑な砲撃によって。
道行く人々から掛けられる、よくわからない言葉を聞き流し、部屋に戻る。
わかっている。戦争とはそういうもの。
やり方の違いがあっても、俺は既に誰かの恩人や家族を殺している。
だとしても、あんな死に方を認めていいのか?
何人死んだ? 何人生き延びた? 何人殺した?
小娘一人が死んでようやく、俺はそれを理解するのか?
わからない。耳鳴りがうるさい。
耳を塞ぎながら眠るフリをする。
卓上にはこの世界で買い込んできた本の山。
くだらない。なぜこんな野蛮な連中の事など知る必要があるのか。
そもそも、なぜ彼女をあんな作戦に従事させてまで幕府のために戦ってやらねばならないのか。
暗殺しか取り柄がないかもしれないが、合衆国へ一緒に亡命でもしておけばよかったのだ。
眠りたいが、瞼を閉ざしたくない。
瞼を閉ざしたくないが、何も見たくない。
そんな時間が恐らく、数時間は続いた。
日は斗米山の向こうに消え、基地では照明がついた。
何度か扉を叩く気配を感じたが、すぐに消えた。
もういい歳をしているのに、ガキのようなことをしている。
高校生時代でも、こんな塞ぎ込み方はしなかったというのに。
航空学生の同期が事故で死んでも、こんな事にはならなかったのに。
結局、女が死ななければわからない、動かない。
いいじゃないか、日本人らしくて。俺はそういう典型的な日本人だ。
無為な時間が過ぎていく。
そろそろ、幕府の連中が痺れを切らして首切り場に引っ張っていく頃か?
意味もなく寝転がり、床を転がる。
すると、トントントンと玄関の扉がノックされた。
踏み込んで来るのは勝手だが、応対する気にはなれなかった。
「おーい! 起きてるかー?」
聞き覚えのある声だが、幻聴だろう。
あの砲撃で生き延びているはずがないのだから。
「こらー、もしかして約束すっぽかす気かー?
誰のおかげで松屋隧道出られたと思ってるんだー、こらー」
もういい。お前が変な気を使っているんだろうが、お前はもう必要ない。
どうでもいいんだ、全部。
「えー……もしかして、部屋抜け出したぁ?
でも田中くんは出た気配ないって言うしなぁ……」
気配が扉から離れていく。
つまらない凝り方をするな、変な希望を与えようとするな。
俺に必要なのは希望ではなく、懲罰だ。
命の恩人すら守れない、甲斐性なしへの。
未練を断ち切る必要がある。
扉から目を逸らして、窓の外へ視線をやった。
日本では、地球では見たことのない配列の星々が煌めいている。
あの星々の中に、故郷である……太陽系はあるのだろうか。
もしかすれば、望遠鏡でこちらを見ているのではないか。
馬鹿馬鹿しい。
どうでもいいんだ、そんな事は。
「おっ、いるじゃーん」
その時、視線が合った。
見覚えのある少女、命の恩人の少女。
死んだはずの女の子が。
「もう、変な気まぐれ起こしてないでさ、開けてよー」
千代。自分を殺そうとして、生かした。
彼女が
……ここは、3階なんだけど。
「おっ……」
「おっ? なに?」
「おばばばばっ⁉︎」
思わずひっくり返り、部屋の反対側まで駆け出した。
「あーっ! やっぱり奢るの嫌なんだ! この嘘つき! 貧乏性!」
「ししししっ、死んだはずじゃ⁉︎」
「あれは死ぬかと思ったけどさ……とにかく、開けてー。これ、結構辛いよ?」
もしかしたら、俺を恨んで殺しに来た幽霊かもしれない。
だとすれば丁度いいじゃないか。
欲しいのが懲罰なら、幽霊に処されるのがぴったりだ。
そうだ、落ち着け。
丁度いいんだ。
窓を開け放つと、千代の幽霊は軽々と入り込んでみせた。
「俺を殺しに来たのか」
「え? だからぁ、その任務嫌になったから……
あっ、もしかして悪霊だと思ってる?」
「悪霊なもんか。俺を取り殺そうって思うのは、別に悪くない」
「あのさぁ……ほら、見てみ?
足あるじゃん、信用出来ないなら触ってもいいよ?」
彼女の足元を見る。女の子らしい丸みを帯びているけど……
間違いなく、薄い脂肪の層の内側にある筋肉。
わきわきわきわき。
「あっ、やっぱダメ」
「な、なんで?」
「なんか……いやらしい手つきをしたから」
足に触れるのを拒否した彼女は、歩み寄ると俺の手を取った。
温かい、人の体温を感じた。
「冷たい?」
「……硬いマメを感じる」
「言うに事欠いてそれかーい!」
お前の作り上げた幻覚じゃないんだな?
だとすれば彼女は……本物。
生きている千代なのか?
「本当に、千代なのか?」
「そうそう。可愛い女の子を間違えるわけがない、
とか言ってる男が、私ほどの美少女を間違えるなんて」
「自分で言うな」
しかし、そうか。千代は、死んでいなかったのか。
そうだ、死んでいなかったのだ───
証拠もなく、勝手に他人を死んだ扱いとは。
まったく、お前はせっかちな愚か者だな。
志村良介。
───……うるさいよ。
良介は呼吸を整え、幽霊もとい、千代とあらためて向き合った。
思わず、抱きつきながら。
「うわっ、ちょちょっ⁈」
「よ、よかったぁ……」
「喜んでくれるのは、嬉しいんだけどさぁ……」
暗闇で彼女の細かい表情は見えなかったが、間違いなく。
千代がそこにいた。
「でも、あの砲撃をどうやって?」
「もちろん、松屋隧道を走破してきましたー。戦闘地帯突破するのは危険だけど、
あそこなら守りが手薄になってるに違いないって思ってさ」
そうか。
別に松屋隧道を破壊したわけではないのだから、走破して脱出することも可能だったわけだ。
結果的に千代の判断は大正解だったわけである。
海路を選んで潜伏していれば、間違いなく砲撃に巻き込まれていた。
「途中ですっごい爆発が聞こえてきてさぁ。
あ、こりゃ深いとこにいても近くに落ちたらヤバいなーって思って、
咄嗟に避難用の側坑に飛び込んで扉閉めて……難を逃れたってワケ」
「……葦原一の始末屋は伊達じゃないな」
「えっへん」
強大な苦悩が完全に晴れて。
今までのものとは別のプレッシャーが、良介の心に圧し掛かった。
幸いなことに、悪いものではない。
重力に身を任せて、寝床で横になる。
すると、千代も隣で寝転がった。
月明りで照らされた彼女の姿は、酷く汚れていた。
「酷い格好だ。風呂行って来たら?」
「……さすがのあたしも疲れちゃってさ。無理っぽい」
疲れ。
そうだ、この重苦しいそれは、疲れだ。
ならばこの、瞼を閉ざす圧力もまた疲れなのだろう。
倒れるがままに伸ばした手に、温もりを感じながら。
良介は意識を手放した。
話の区切りが中途半端なので次回は休載し、代わりに外伝という名の人物紹介でお茶を濁します
詳細は活動報告にて(忘れてなければ)