蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年6月28日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
時が過ぎ、夕食の時間となった。
エラ・アーロンが手渡した手紙によれば、夜に良介の部屋に来るとの事だった。
今までずっと新しい機体に思考リソースを割いていたため、あまり具体的な要件が思い浮かばなかったが───
「志村さん、どうぞ」
「おう、ありがと」
食堂に勤務する給養員(で、いいのか? 良介は幕府空軍の構造をよく知らない)から食事を受け取ると、良介は適当な場所に腰掛けた。
すると、色々な連中が周囲に集まってくる。
「志村殿、お加減はどうです?」
「うんうん、グッドだぜ」
「機付長殿、お
新しい機体で早速、加速度の上限超えるんですから」
「あはは……次会った時、謝っておくよ」
向かいに空知竜司が座り、
「おいリョースケ、どうやって新しい機体であそこまで無茶できるんだ?」
「負けたからって陸で絡むな。悪いな、リョースケ」
今度はカビエシをはじめとしたイグルベ傭兵中隊の面々が周囲に集い、
「おう良介。酒はどうぢゃ?」
「いらないよ、俺は飲まないって言ってるだろ?」
どこからか酒を調達してきている陸平ら、精兵隊の連中が隣の卓で酒盛りを始め、
「大所帯だな、良介。食うか?」
そう言うと、歳三は沢庵を山盛りにした小皿を良介に差し出した。
この男は毎日のように沢庵をたらふく食べているのだ。
血圧の検査をしたら、彼は機体を下ろされるのではないか。
この光景を見るたびに、良介はそう思っていた。
「そんなに毎日塩分摂ってたら、脳の血管切れるぞ?」
「ふっ、沢庵で死ねるなら本望だ」
バカな事を言っている歳三をはじめとした、新選組隊士と同じ卓を囲む。
気づけば、良介の周りには彰義隊の面々が集っていた。
それだけではない。
やや遅れて、大所帯の集団が食堂に押し寄せた。
「腹が減ってても列を乱すな! それと、給養員への敬意を欠かすなよ!
給養員は俺らのようなタダ飯食らいのために、メシを作って下さるんだ!
わかったな!」
「うす!」
鈴木哲也が率いる、戦闘機乗りの卵たちだ。
教育に携わったことはないとは言っていたが、なかなかどうしてうまくやっているではないか。
今日の献立はよくわからない魚のフライに、よくわからない野菜のおひたし。
それに味噌汁らしき汁物と納豆、そしてまごう事なきコメであった。
上等なものを出せ、というわけではないが。
普通過ぎて逆に日本では食べられないほど、日本的な献立であった。
「うーん。全然異世界に来た感じがしない……」
「志村殿の世界……日本ではどのような食事を?」
良介の独り言に、竜司が反応した。
金髪碧眼の彼女が完璧
「やっぱり有名なのはカレーかな?」
「……辛いのでしょうか?」
「偶然の一致だけど、そう。特にうちの基地、
『自衛隊いち
一度、仕事に支障をきたすレベルで辛くしやがったから、
防衛省から叱られて辛さを落としたって逸話がある」
「……なんというか、凄い基地ですね」
「バカばっかりだったよ……」
それはもう、良介がいられるのだから。
羅宮凪基地がとんでもない基地なのは、説明するまでもない。
これでも、最も弾道ミサイルで攻撃されるのが遅くなるという理由で、日本で一番航空戦力が集められた基地なのだが。
箸で魚のフライを崩し、口に運ぶ。
───サバっぽい……白身魚系統の味だ。
おっと、それは違うぞ。
サバは分類上、白身ではなく赤身魚となる。
この分類は魚の血液に含まれる酵素で決まる。
故にヘモグロビンやミオグロビンが血液に多く含まれているサバは、分類上は赤身魚となるのだ。
私自身のくせに、どうして知識を共有していないのか?
不思議な事もあるものだ。
───うるさいな。俺が途中で思い出したから、お前も思い出しただけだろ?
そういう事にしておいてやろう。
それよりも、今は考えるべきことがあったはずだ。
そう、夜中にあると思われるエラの訪問だ。
───あんな手紙の渡し方をしたんだ。きっと、重要な用事に違いない……
あり得るとしたら、件の亡命話の続きか。
あるいはF-2に関わることかもしれない。
もしくは……
「夜這い」
「はぁ?」
「なにっ、夜這いっ」
こら馬鹿、妙な独り言を呟くな。
竜司となぜか歳三が反応してしまったではないか。
「なんだっ、良介っ。夜這いとはなんだ、やるのかっ。どこの御婦人だっ」
「……なんで前のめりなんだよっ、別にやるわけじゃないよっ、沢庵くさっ」
ずいと身を寄せてくる歳三をかわし、思考を再開する。
まさか、夜這いなはずがないだろう。
───いいや、間違いない。出会ってから俺様に恋い焦がれていたエラちゃんが、
俺の本当の危機に直面して堪えきれなくなったんだ……!
きっとそうに違いない。
そんなはずはない、そんなはずはない。
と、自己批判の精神が熱心に説いても、馬鹿が話を聞くはずもなく。
すっかり食事を終えて、良介は自室に戻っていた。
時刻は間もなく、10時の半ばが終わる。
もしこっそりと話したいのなら、狙い目は消灯時間11時過ぎだろう。
警備からは目立ってしまうが、話を通していれば大半の人員の目につくことはない。
「よっ、夜這いっ……ワクワクしてきたぞ……!」
もはや本を読む集中力すら足りなくなった良介は、葦原の情報誌をその辺に放り投げて正座のまま時が過ぎるのを待った。
我ながら、想像以上の馬鹿である。
コツ、コツと置時計が1秒の経過を音で告げる。
やがて分針が真上を向くと、照明が自動的に落とされた。
消灯時間、夜の始まりである。
「そして、ここからが俺様の時間なのだ……!」
果たして、どうなるのやら。
もしかすれば、黒装束の特殊部隊が踏み込んできて、お前をさらうかもしれないのだぞ?
「はっはっは。まさか」
すると、聴覚が異変を捉えた。
隣の部屋で寝返りを打つ気配ではなく、外を歩く歩哨の気配とも違う。
その気配は外の通路を歩いて徐々に近づき───
数が多くないか?
「き、気のせいだ。エラちゃんのヒールっぽい音が聞こえるぜ?」
それ以外の、恐らく革靴の音もな。
むしろ、こちらの方が多い。
さすがにこれを夜這いと考えるのはどうかしているぞ。
「……俺は夜這いを諦めないぞ」
その執念と確信はどこから湧いてくるのか?
もう勝手にしろ。
ほら、足音はもう扉の前で止まったぞ。
夜這いならば彼女を出迎えようではないか。
それが包容力のある大人の男であろう?
「……も、もちろんだ。待ってろよ、エラちゃんっ」
足音を殺しながら玄関へと向かい、その扉を開く。
開かれた先で待ち受けていたのは。
エラでも黒装束の兵士でも、銃口でもなく───
「むっ、志村二尉か。悪いな、夜分遅く」
松平宗治郎。
幕府空軍のトップが、玄関先に立っていたのだ。