蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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41 景清作戦「Mighty Wings」

央暦1969年6月28日

夷俘島 斗米空軍基地

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

「な、なんでおっさんが……」

 

 視線を横へ向けると───宗治郎お付きの人である赫助に、頭巾をかぶった男、上司である哲也。

 それに暗殺者である千代。

 この場に呼び寄せたエラ本人も、ちゃんとその場にいた。

 

「なに? 私、ひとりで来るって言った?」

 

 私が保証しよう。ひとことも言っていない。

 勝手に妙な期待を抱いていたのは、良介ひとりである。

 

 もっともエラの浮かべる悪戯っぽい笑みからして、良介の魂胆はお見通しだったらしい。

 

 ひとまず真面目な話が確定した以上、いつまでもふざけているわけにはいかない。

 わかるな?

 

「……ちぇっ。最初から期待なんかしてないよ、だ」

 

「嘘つけ、どうせ夜這いかなんか期待してたんだろ」

 

「うるせぇやい」

 

 というわけで、良介は6人を部屋に案内した。

 一人部屋なので手狭になるが───消灯時間なので、よそへ行くわけにもいかない。

 

 哲也が椅子に腰掛け、宗治郎と頭巾の男はベッドに。

 良介・千代・エラ・赫助はその辺に立つという、少々疑問を抱きたくなる構図が完成した。

 

「エラちゃん、床でよければ座りなよ」

 

「見ての通り、私は耳長の中でも若い方なの。お気遣い無用だよ」

 

「別に年寄り扱いしたわけじゃないんだけど……千代ちゃんは?」

 

「あたしはいいよ。仕事上、立ってた方が都合いいし」

 

 彼女も彼女で、急に消えたと思ったら宗治郎と一緒に登場とは。

 幕府空軍───つまり宗治郎との話し合いは成功に終わったと見るべきだが。

 果たして彼女は、どのような交換条件を提示されたのやら。

 

 視線を頭巾の男へやると、宗治郎が彼の肩を叩いた。

 

「ここに監視の目はない。もうそれはいいだろう」

 

「……それもそうか」

 

 頭巾を外すと、覆われていた見事な月代(さかやき)が露となった。

 つまり、絵に描いたようなちょんまげである。

 

 この髪型と容姿には見覚えがあった。

 しかし、あまりにも距離があったせいで確信は出来ない。

 

 良介は彼が口を開く、その瞬間を待った。

 

「久しいな、神兵殿。大和幕府征夷大将軍、大和(やまと)利信(としのぶ)だ。

あの節は、私の力が至らず、辛い思いをさせてしまった。

改めて、お詫びさせて欲しい」

 

───将軍かよォォォォッッッッ!

 

 この男こそ、大和幕府の長、将軍その人であった。

 しかしまさか、本当に将軍とは。

 

 驚きはあったが、声を上げるほどではない。

 エラへ説明を求める視線を向ける。

 

「っと、ちょい待ち」

 

 まるで猫が走り出したかのように。

 素早く千代が玄関口を向かうと、扉を開け放った。

 

「うわわっ」

 

 玄関先で尻もちをついていたのは───

 

「あれれ、竜司ちゃん?」

 

 空知竜司。

 最も付き合いの長い葦原人が、なぜかそこにいた。

 

「うーん。宗治郎さん、どうする?」

 

「……来てしまった以上、仕方がないな。空知飛行隊士、入れ」

 

「はっ、はいっ」

 

 入室を許された竜司が、良介の隣で立ち尽くす。

 なにを思ってこの場に来たのかはわからないが、少なくともただでさえ手狭な部屋がさらに狭くなってしまった。

 

「くくくっ、公方様っ。わっ、私は聞き耳を立てる気など毛頭なく……」

 

「そうそう、しむすけが気になってただけだもんね」

 

「なっ、えっ⁈」

 

 跪いて別件で驚く竜司を、将軍は静かに諌めた。

 

「よい。今宵、私はこの場にいない事になっている。

そなたが気を病むことは何もない」

 

「あっ、ありがたき幸せ……」

 

 どうも葦原には、有力者が衆目に晒されるとその力が失われるという迷信があるらしい。

 そのため特別な許可なしに、一般人は有力者を視界に入れることすら許されないが───

 利信将軍は、その辺りが緩い人物らしい。

 

 それはともかくだ。

 

「そろそろ、話を戻そう。エラちゃん、将軍様との関係は?」

 

「元生徒の弟さん」

 

「元生徒?」

 

 良介の疑問に、エラが扇子を宗治郎に向けた。

 

「総裁さんが合衆国に留学してた頃。丁度私、大学で講師するのに

ハマってた時期なんだ。その時の生徒」

 

「そういう事だ」

 

 思い返してみれば、合衆国に留学していた旨を本人の口から聞いていた。

 ふたりが会っていた時も、まるで旧知の間柄のように話していたように思える。

 

 まさか、そんな繋がりがあったとは。

 しかしそれとは別に、また奇妙な繋がりがエラの口から飛び出していた。

 

「おっさんの弟が……将軍?」

 

「ああ。同じ種と腹から生まれた、正真正銘の兄弟となる」

 

 と、将軍自らが肯定してみせた。

 しかしそれでは、色々とおかしいではないか。

 

「……こういうのってさ、普通兄の方が家を継ぐよな?

なんだって、年上の方が中央放り出して、隅っこで基地司令やってるんだ?」

 

「昔から俺は思っていたんだ。将軍なんて、ガラではないとな。

それに、俺と利信の周りじゃ、胡散臭い動きが散々あってな……

政争を避けるため、俺は父上に許しを頂いて親藩の養子となり、

幕府空軍のいち飛行士として奉公する身になったんだ」

 

 似通っている日本の歴史上に、類似例はあるのだろうか。

 良介の記憶の限りではない。

 

 日本とは政治的事情が異なるため、一概に断言は出来ないが───

 相当な配慮と、危険を伴う行動だったのは推測できた。

 

「その、志村殿。この話は、少なくとも夷俘島では有名な話です」

 

「そ、そうなの?」

 

「そうだな。もっとも、中央の連中は忘れてしまったようだが」

 

 竜司の言葉に、張本人が頷いて見せた。

 しかし、これを忘れてしまったと言い切るのは雑に思える。

 

 この窮地に、もし家督を捨てたとはいえ強い力を持つ有力者が現れれば?

 ましてや、空軍トップという非常に強い背景を備えた有力者。

 それも、幕府の窮地を救ったとなれば。

 

 下手をすれば幕府がふたつに割れてしまう。

 だからこそ、陸海軍は宗治郎を敵視している可能性も考えられた。

 

 あるいは。

 割らないために、次の将軍最有力候補が率いる空軍の勢いを削ぎたがっているか。

 削がれる側としては溜まったものではないが、懸念としては真っ当に思える。

 

 よそ者としては、この件に関しては陸海軍を一概に悪者と位置付けるのは危険に思えた。

 見たところ宗治郎にその気はなさそうだが、彼は少々想定が楽観的過ぎるきらいがある。

 

「じゃあ、ボスは知ってたの?」

 

「俺は入院中に、その辺りを聞いたぞ」

 

「……知らないの俺だけかよ」

 

 お前のように口の軽い人間は、誰からも信用されないのだ。

 特に、命に関わる類の秘密を抱えている人間にはな。

 

「まあいいよ。それで、俺に何の用?」

 

 まさか、将軍自らお忍びで奇人の部屋に泊まりに来たわけではないだろう。

 空軍のトップと、外国の実は権力者でもおかしくない人間を伴っているのだ。

 

「要件はまさに、我が幕府軍内部での力関係にある。ご存じの通り私は幕府、

ひいては幕府軍の長ではあるが……正直な所、軍内部では軽んじられている」

 

「公の場であれほど雑にあしらわれちゃね」

 

 独裁体制に対して思うところはあれど、部下が神輿を雑に扱う組織は別な意味でろくなところではない。

 いずれ割れて、各々が新たな神輿を用意し、互いに殺し合うだろう。

 

 そう、幕府と政府に割れた葦原のように。

 

───もう一度割れたら幕府軍、詰むんじゃ?

 

 同感だ。

 だからこそ、将軍自身が行動を強いられている。

 

 この行動の意味は───本人に直接聞くべきだろう。

 

「まさか、俺に陸海軍の要人を暗殺しろって?」

 

「おい良介っ」

 

「そうではない。私は幕府軍の統制を図っているが、

人の死でそうしたいとは思っていない……

そんな時代は、とうに終わっているはずなんだ」

 

 央暦と西暦を一緒には出来ないが、西暦1969年の日本といえば大阪万博を目前にしている時期だ。

 それなのに央暦では幕府と新政府に分かれて内戦を行い、現代に近い───部分的には現代を凌駕する技術で血で血を洗う争いの真っ最中。

 

 そう、こんな時代はとうに終わっているはずなのだ。

 主張自体には納得出来た。

 あとは、どうアプローチするかだ。

 

「私、大和利信は(まつりごと)を朝廷……葦原の帝である春川親王へお返しし、

大和幕府に引導を渡す」

 

「大政奉還か……」

 

 西暦1860年代に行われた、日本の転換点のひとつ。

 武士という階級の、終わりの始まりだ。

 

「そんな事をしても統制は取れないぞ。

そういう奴らは、()を持ってる奴が一番って考えてるからな」

 

「だが、大衆は違う。現状変化を望み、この状況を生んだのは彼らだからな。

その時、そなたの力をお借りしたい」

 

「……俺に、政治家になれって?」

 

「そこまでではない。巷では、そなたが幕軍の八咫烏(やたがらす)

そう呼ばれているのはご存知か?」

 

 この話は耳からタコができるほど、良介は耳にしている。

 どうも114飛行隊のマークであるファースト・ペンギンくんこと、ブサイク・ペンギンがカラスに見えた事からついたあだ名らしい。

 

 聞くところによると、この世界にはペンギンがいないのだとか。

 それで黒い鳥、カラスだと思われたようだ。

 

「あれって、こっちの世界でいうペンギンって生き物なんだ。

全然そう見えないし、ブサイクだけど」

 

「ブサイクじゃねぇっ、カッコいいだろうが!」

 

 デザイナーは憤慨するが、現状には関係のない話である。

 

「それでも、我々からしたら八咫烏なのだ……幕府軍を導く、3本足の(からす)

 

「そりゃ、戦闘機は3本足だけどさ……」

 

「ここでひとつ補足。まだ一般には広がってないけど、

色んな国の情報機関は八咫烏の無茶(・・・・・・)を把握したの。

ユーロネシア各国は極東へ情報機飛ばす準備をしてるし、

武官が次々に幕府・政府双方に入国を求めてる。

もちろん、合衆国(ウチ)はもう全部やってるけど」

 

 ここで国際情報通なエラが恐ろしい事を告げた。

 確かに、神が通したとしか思えない巨大トンネルという現実にはない前提はある。

 良介はそのトンネルを戦闘機で踏破し、基地攻撃を成功させてみせた。

 

 誰だって興味を持って当然だ。

 良介も無関係であれば興味を持っただろう。

 

「あなた、世界で注目の的なんだよ? 近いうちに東海……

失礼、葦原海は世界各国の偵察機が飛び交うだろうね」

 

「嬉しくないギャラリーだな」

 

「そなたが、春川親王殿下を導く八咫烏となれば。大きな注目を受ける。

陸海軍がこれに反対すれば、世界の敵になる。

彼らも、そうはなりたくないだろう」

 

 どうだか。極まった人間には、世間体などあまり意味をなさない。

 それどころか、苛烈な反発を招く可能性だって考えられた。

 

 まあ、うまくいくとしよう。

 うまくいくとして、肝心な問題があった。

 

「みんな勘違いしてるみたいだけどさ。俺って、明日つまらない操縦ミスして

死ぬかもしれない人間だぜ? そこまで賭けられるの?」

 

「我々は本州への橋頭堡を手に入れたが、参加した陸海軍の部隊はごく僅か。

そして先湊はあくまで奥葦原の勝手口に過ぎない。

つまらぬ理由(わけ)で明日死ぬかもしれないのは、我々とて同じだ」

 

 相当、幕府軍もとい将軍には手札が少ないと見える。

 軍内部の統制は取れず、将軍家の威光は失墜し。

 頼れるのは外国人ですらない、異世界人のよそ者とは。

 

 確かに、神兵というよそ者は建国史に載るような存在だ。

 だとしても、自力で何も出来ない有様とは。

 

「既に、春川親王殿下とは話を通してある。あとは、そなた次第だ」

 

 他国の内戦への介入に続いて、政治に関与とは。

 自衛官の地位から逸脱するにも程がある。

 

「……確認だけどさ。本当に俺たちを元の世界に帰す気ある?」

 

「もちろんだ。親王殿下にお願いし、堅石の鏡を試そう。

……ダメな時は、その時だ」

 

 そこへ至るには多くの難があったが───最低限の約束を忘れていないのは行幸だった。

 

「どうせ、俺たちに選択肢はないんだ。

スーツ着て、国会でヤジ飛ばしてればいい?」

 

「そなたはいつも通り、戦働きをしてくれればよい。

ただ、親王殿下が執り行う行事には参加して頂きたい」

 

「……やだなぁ。俺、天ちゃんが関わる行事から出禁食らってた人間なのに」

 

 極めて危険な状況である。

 良介は天皇陛下に対して、どのようなアドリブ(・・・・)をかますのか、自分ですら推測が出来なかった人間だ。

 

 もちろん、火炎瓶や直訴状を叩きつけるような真似をする気は毛頭ないが───

 不安だ。

 

「礼を言う。それと数々の無礼、改めて謝罪させて欲しい」

 

「ああ。上司を人質っていうのは、かなり趣味悪いぜ?」

 

「良介、その辺りに関しては松平総裁から話がある」

 

「鈴木一佐、それは……約束が違う」

 

「こういう事は自分の口から言うべきだと思いましてね。違いますか?」

 

「ううむ……」

 

 哲也と話した宗次郎は珍しく、バツの悪そうな表情を浮かべて起立し。

 軽く深呼吸すると、良介に頭を下げた。

 

「悪かった、志村二尉。俺は貴官を信用出来なかった」

 

「事情は理解するけど、度は超えてるぜ」

 

「ああ、わかってる。しかし……貴官の腕を見た俺は、惚れ込んでしまったんだ。その腕に」

 

 頭の中で宗治郎の言葉を反芻する。

 惚れ込んでしまったんだ。その腕に。

 腕、つまり飛行技術という意味である。

 

───よし、問題ないな。

 

「空知飛行隊士の報告は、半信半疑で聞いていた。何かの誤報か、妖術か……

しかし、武士の情けを見せ、性能で劣る蒼鷹でクルーヴィナ連邦が誇る

新鋭機を下し、圧倒的多数の敵に臆せず立ち向かい、松屋隧道を戦闘機で踏破し、

先湊を制圧する。そんな戦闘機乗りの夢を見せられて、

戦闘機乗り(おれ)のような人間が感動しないわけがない」

 

 その告白を聞き届けると、良介は哲也へ視線をやった。

 恐怖や緊張のない、鋭い目つき。

 

 少し顔を見ないうちに、哲也と宗治郎のふたりには共感出来る何かがあったらしい。

 

「俺のやった事は許されないことだ。その上図々しいのも承知の上。

だが、改めてお願いしたい。共に葦原のために戦って欲しい……

せめて、堅石の鏡のある(みやこ)を取り戻すまでは」

 

「将軍の兄、そして幕府空軍総裁として?」

 

「いや。一介の戦闘機乗り、松平宗治郎としてだ」

 

 この告白全てを鵜呑みにする事はできない。

 人間、口ではどんな綺麗事でも言うだけなら簡単だ。

 

 しかし───彼の口ぶりに嘘偽りは感じられなかった。

 

「志村二尉。俺の名は松平宗次郎、諱は吉宗という」

 

「……諱って、やたらに話しちゃダメなんじゃないの?」

 

「この場にいるのは、皆同志だ。そうだろう?」

 

 辺りを見渡すと、皆頷いていたが───

 竜司だけは表情が固く、それを千代が見つめていた。

 視線に気づくと、すぐ良介へ戻した。

 

「大丈夫。宗治郎さんは、本心で言ってるから」

 

「気恥ずかしいな、サトリというやつがそばにいると」

 

 無条件で信じているわけではないが、千代は少なくとも宗治郎よりも信用のおける人間だ。

 ならばあの告白に、嘘偽りはないのだ。

 

 腹立たしい。

 しかし同時に、理解者でもある。

 

 そうやって自分のやり方を理解し、評価している人間がいる事実もまた。

 良介にとって喜ばしかった。

 

 差し出された手を、ぐっと握り返す。

 

「言葉通りに実践して欲しいね」

 

「ああ。約束する」

 

 こうして、士官用兵舎で行われた密会は終わった。

 

 宗治郎が将軍と共に、哲也が赫助の補助を受けて良介の部屋を去ると。

 エラと竜司、それに千代と部屋の主人が残された。

 

「うーん。なんだか、とんでもないことに巻き込まれてしまったぞ」

 

「……私も、まさかこのような事になるとは」

 

 しかし、現実だ。

 さもなくばこの3人が良介と同じ部屋にいるはずがないのだ。

 

「往々にして、世の中にはそういうことがあるんだよ」

 

 エラは空いた椅子に腰掛けると、長い足を組んだ。

 すらっとした形の良い脚が、模様の動く謎タイツで強調されるが───

 

───おっ、俺は奥を覗いたりしないぞっ。

見るなら本人に頼んで、堂々と見せてもらうっ!

 

 アホかお前は。

 この魔力ランタンのぼうっとした灯りしかない暗い部屋で、そんな暗がりが見えるはずがなかろう。

 

───真面目な話、タイツの模様がちょっと光ってるから見える。

レオタードっぽくなってる。

 

 御愁傷様。パンツじゃないから恥ずかしくないのだろう。

 それはさておき、エラがこの場を用意した理由がわからない。

 

 確かに先ほどの密会では色々と補足してくれたが、肝心な内容に彼女は噛んでいない。

 尋ねるくらいは、問題ないだろう。

 

「ところでエラちゃん。おっさんの元先生ってのはわかったけど、

なんでこの場をセッティングしたの?」

 

「……ちょっと前の亡命話、覚えてるでしょ?」

 

「ぼ、亡命っ⁈」

 

「ごめん竜司ちゃん。それは後で説明するから……」

 

 彼女が驚く理由はもっともだが、先にエラの説明が必要だ。

 竜司をなだめると、良介は続きを促した。

 

「実現しなかったとはいえ、準備で色んなところに貸しを作っちゃってさ……

話の通じそうな幕府とのコネクション作りで、

色々動かなきゃいけなくなったわけ」

 

「……今まではやってなかったの?」

 

「ほら、私って合衆国の古株でしょう? そういうのが政治的に口出しをすると、

しがらみが増えるわ、各方面から疎まれるわ……場合によっては、命を狙われる。

だからなるべく政治には関わらないようにしてたんだけど……

誰かさんを逃すために、マイルールを破ったわけ。誰かさんに蹴られたけどね」

 

 建国史に登場する人間。

 エルフ、耳長が現実にいないのだから類似例など探しようがない。

 

 しかし民主的な政治に関わるとなると───強力なカードになるのは想像に難くない。

 どの政党も、どの派閥も、欲しがるだろう。

 あらゆる手段を使って。

 

 だからこそ、政治に関わらないという形でエラは自由を得てきた。

 それを捨ててまで良介を助けようとしてくれたのだ。

 

 当の良介は、そんな事を想像もせずに飛び越えてしまったが。

 

「ごめん。俺、全然想像してなかった」

 

「いいんだよ、別に。これは単なるお節介。

情が移って、好きで危ない橋渡っただけなんだから……

誰かさんみたいにね」

 

 気恥ずかしくなって、良介は口を開けなくなってしまった。

 悪い気分をしているわけではないが───千代が何か、心得違いをしたらしい。

 

「大丈夫だってしむすけ、この人も本心で言ってるんだからさぁ」

 

「わかってるって、千代ちゃん……そういうのは、無粋って言うんだぜ?」

 

 彼女、千代はサトリといういわゆる読心(リーディング)能力を持つ暗殺者である。

 なぜか良介の心だけは読めないらしいが───

 

 そう。彼女は常に他人の心を読んで過ごしている。

 故にサトリの能力を介さないコミュニケーションを知らないのだ。

 

「ずっと思っていたんだけど……この女、なに?」

 

「しむすけの命の恩人、一夜を共にした」

 

「いっ、一夜をおおおっ⁈」

 

 それは事実だが、著しい誇張が含まれている。

 もっとも、意識のない間に何があったかは、良介自身も知る術がないが。

 

───してない、よな?

 

 少なくとも、記憶の限りでは。

 

「そっ、そういう事はやってないだろ?」

 

「そんなぁっ、しむすけ酷いっ! 私とは、お遊びだったのねっ!」

 

「だっ、だからぁ、俺は遊びで女の子と付き合ったりはしないってば」

 

「そうなの? 女のひとりやふたり、いると思ったんだけど」

 

「エラちゃんは、俺のことなんだと思ってるのっ」

 

「タナトくんばりの、ヤリチンマン」

 

「やっ、やっ……槍!」

 

 志村良介は、童貞である。

 

───違う、俺様は順序を大切にしているだけだ。

そんな関係に至る前に、俺が至らないばかりに女の子が俺に飽きてしまうだけだ。

 

 とどのつまり、童貞ではないか。

 

───全然違うの!

 

 それよりも、今はこの修羅場の終息に全力を尽くした方がいい。

 近隣の住民から、苦情が届いても知らんぞ?

 多分、もう遅いが。

 

「だから昨日は……クタクタになって、同じベッドで寝ただけだろ?」

 

 おい良介。事実だが、言い方に語弊があり過ぎるぞ。

 見ろ。竜司など、口をパクパクさせて復唱すら出来ていないではないか。

 

「ねえ、リョースケ……一般的に、それをそのまま信じろっていうのは、

無理があるよ?」

 

「事実だからしょうがないじゃないか」

 

 そんな感じで、しばらく談笑は続き。

 翌日、隣人からかなり真面目な抗議文が投函されたとさ。

 うちのアホが、大変ご迷惑をお掛けしました。

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