蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年6月30日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
───日本と葦原の気候はあんまり変わらないみたいだ。
特に、北海道と夷俘島は。
ガルーダの風防を開放すると、良介はふとそう思った。
葦原は夏真っ盛りのはずだが、北方の夷俘島には身体中の水分が流出するような暑さはない。
どころかやや肌寒く、夜間には長袖どころか上着が必要な気温となる。
整備隊が持ってきてくれたタラップの段を降り、地上へと足を下ろす。
今日もまた、生きて大地を踏みしめたわけだ。
「志村さん、お疲れ様です」
このタイミングを待ち構えていたのだろう。
整備隊の人混みに紛れて、田中空軍歩兵が近寄ってきた。
彼はいわゆる『良介くん係』というやつだが、舎弟ではない。
良介と会う必要がある、何らかの任務があるのだ。
「うん、お疲れ。何か用?」
「はい、松平宗治郎空軍総裁から招集です。至急、作戦室へお越しください」
思い返せば、先湊奪還───あの松屋隧道踏破の際も、このようなパターンで呼び出されていた。
またあのような無茶をさせられるのだろうか。
そんな良介の表情から察したのだろう。
田中空軍歩兵は案内する前に、ひとこと付け加えた。
「ご安心ください。今回は……そこまでの無茶ではありませんよ」
「無茶は否定しないんだ?」
「それはまあ、戦争ですので」
戦争と言えば、要するに合法的な殺人合戦。
無茶をしない殺し合いなど、せいぜい一方的な
この世界でそんな戦いが望めない以上、誰かが前線で無茶をする必要がある。
「わかった……シャワーを浴びる暇は?」
「誰も匂いなんて気にしませんよ。行きましょう」
田中空軍歩兵は半ば背を押すように、良介を格納庫から引っ張り出すと───
あっという間に作戦室の椅子に放り込んだ。
作戦室には、呼び出した張本人の松平宗治郎はもちろんとして。
晴れて良介の部隊である第一中隊に編成が決まった竜司。
そして奥村陸平をはじめとした、第三中隊である精兵隊の面々が揃っていた。
「よし、全員揃ったな」
宗治郎の呟きを合図に、赫助が部屋の照明を落としてプロジェクターを起動した。
「貴官らには、ある作戦に参加してもらいたい……捕虜奪還作戦だ」
捕虜。
降伏などして、敵側に身柄を確保された戦闘員を意味する。
───誰に説明してるんだ? まさか、俺に必要だと思ったのか?
念のためだ。お前は妙なタイミングで、妙な事を忘れるからな。
「ご存じの通り、奥葦原ではひと月前まで遅滞戦闘が行われていた。
苛烈な航空・砲撃支援を相手に勇戦したが、圧倒的多数を前に、
少なくない数の部隊が投降を余儀なくされた」
プロジェクターの地図が拡大され、奥葦原西方の北部藩の一角が映し出された。
「
そこで、空軍と海軍は共同作戦を決定。我ら空軍は制空権の確保と航空支援、
海軍は
プロジェクターの映像には、牢屋敷(つまり刑務所だ)周辺の地図と確認されている地上戦力の位置が表示されていた。
見たところ手薄で、増援さえなければ対処できるように思えた。
「同じく北部藩の石射飛行場から増援が飛び立つ可能性はあるが……
情報によると、当該飛行場にいた部隊の主力は、海軍の
後方の庄外空港まで下がったとされている」
「信濃?」
「先の先湊奪還の折、三式弾の砲撃を行った播磨……
幕府海軍が持つ、その同型艦だ」
石射飛行場は北部藩東部に位置し、海との間には渓谷がある。
戦艦による長射程の艦砲射撃、ましてや幕府軍は飛行場の位置を把握している。
後方の安全な基地に移すのは、妥当な判断だろう。
「敵増援が飛んで来るにしても、そう多くないはずだ。さて、質問は?」
敵の配置、想定される戦力。
必要な情報はプロジェクターに揃っていた。
良介が抱いたのは敵に関する疑念ではなく───味方に対する疑念だった。
「質問。この手の特殊作戦に投入するなら、普通陸軍じゃない?
なんで海軍との共同作戦なの?」
幕府海軍にも、人質救出作戦に投入可能な練度の特殊部隊は抱えているだろう。
しかし、ここまで大規模な作戦となると陸軍が担当するのが筋だ。
とはいえ、答えは上層部と出会った経験から推測できた。
あれほど
陸軍としては、空軍の提案に反対である。というやつだろう。
ではなぜ海軍の協力が取り付けられたかは───宗治郎に聞くべきだ。
「回転翼機には海軍艦艇の艦載機を使い、艦艇に限界まで牢屋敷に接近させ、
少しでも作戦時間を延ばす……というのは、当然建前だ。
恐らく想像した通り、陸軍は作戦の実行そのものに反対した」
これ以上の出血を嫌い、先湊奪還でも偵察機と少数の歩兵部隊しか寄越さなかった陸軍だ。
良介が不可能と思われる前提を突破してしまったので、彼らも動かざるを得なくなったのだが───本音では、夷俘島の守りだけをしたかったのだろう。
「それは、予想通り。でも、海軍はどうしてOKしてくれたの?」
「あの牢屋敷には海軍の捕虜も含まれているというのが建前だが……
海軍連中は派閥が多く、狡猾な人間が多い。恩を売ろうと考えているのかもな」
「仲間を助けるのに恩を売る? ……まったく、政治に関心が強くてなによりだ」
不躾な良介の独り言だったが、周囲を見れば少なくない数の人間がうなずいていた。
場が落ち着いたのを見計らって、宗治郎は続けた。
「現状では、数少ない頼れる仲間だ。無礼のないようにな」
「俺を誰だと思ってるんだ?」
「他ならぬお前だからこそだろ!」
精兵隊の誰かが突っ込みを入れ、場がどっと沸いた。
そこで、この場は解散となった。
「志村殿。私は新選組の引継ぎがあるので、これで失礼します」
「うん。またね、竜司ちゃん」
人々が散らばる中、良介は宗治郎と陸平が話している現場に気づいた。
「松平公。此度の一件、なんとお礼申し上げればよいのか……」
「奥村さん、顔を上げてください。
幕府のために身を捧げた勇士たちを助け出したいのは、紛れもない俺の本心です」
この作戦、精兵隊が一枚嚙んでいるようだ。
そう思いながら眺めていると、視線に気付いたのだろう。
ふたりは視線をかわすと、良介に歩み寄った。
「な、なんだよ……」
「誤解が生じる前に言っておくとな。奥村さんの息子さんは、
奥葦原藩同盟陸軍……つまり、北部牢屋敷に収監されている可能性が高い」
「息子さんが?」
思い返してみれば、この陸平という老人。子がいて当然の年齢だ。
正確な年齢は尋ねた事がないが───父の、ひとつ上の世代くらいだと思えた。
自分の父親の年齢さえ、良介は知らなかったが。
「あやつのおった部隊は、
あやつは一兵卒。恐らく、生きておる」
若干の職権乱用を感じるが、精兵隊の駆る颶風は低速域でも動きやすいプロペラ機。
いま良介が任されているガルーダよりも、状況次第では有利に働く。
選択としては間違いないだろう。
「なら、息子さんの目の前でやられるなよ」
「賊軍どものへろへろ弾にやられるほど、儂は鈍ってはおらんわ!」
その気概を見れば、陸平がプレッシャーに負けていないのがよくわかった。
これだけわかれば十分だ。
「さて。この作戦に陰謀が絡んでいないとは理解頂けたか?」
「元からそんな心配はしてないよ」
恐らく宗治郎は、良介を哲也の身柄で強引に従わせた件を未だに気に病んでいるのだろう。
もちろん、受け入れたわけでなければ、開き直られても腹が立つが───
「前にも言ったが、俺は貴官の腕に惚れ込んでいるんだ。よろしく頼む」
「ああ。口だけじゃなく、態度で示してくれ」
ここまで来たら、もう行くところまで行くしかない。
彼の言葉に嘘偽りがない事を、良介は心の底で願った。