蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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43 景清作戦「Mighty Wings」

央暦1969年7月8日

北部藩 北部牢屋敷

松後藩陸軍第1師団第8小隊

奥村“睦男(むつお)耕作(こうさく)歩兵(ほへい)(かしら)

 

 近所の寺から、日の出を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

 多くにとっては一日が始まる合図。

 しかし我々にとっては、責め苦の始まりを告げる音色に過ぎなかった。

 

 牢内役人(ろうないやくにん)どもが動き始める気配を感じて、囚人たちの動揺が耳に届く。

 かつての精強な武士たちの姿は見るも無惨。

 多くが腕や足を折られ、顔面は元の形がわからないほどに腫れ上がる。

 

 それがこの、牢屋敷で行われている拷問の痕跡だった。

 

 こつ、こつ。

 役人の履く革靴の足音が通路に響き渡ると、騒然としていた囚人たちは一斉に口を閉ざす。

 

 誰も彼もが、彼らに目をつけられるのを恐れているのだ。

 この牢屋敷で絶対的な権力を持つ人間を。

 

「奥村耕作、生きているか?」

 

 警棒が俺のいる牢の格子を叩いた。

 きん、きんと不愉快な金属音が響き、暴力の芳香を放つ。

 

 その音源へ視線をやると、この牢屋敷の主人がそこにいた。

 北部牢屋敷牢名主(ろうなぬし)櫛部(くしべ)元春(もとはる)少佐。

 幕府からこの牢屋敷を受け継いだ、政府を名乗る賊軍の手先。

 

 そして、松後藩の裏切り者だ。

 

「よし、生きているな……出ろ」

 

 部下の役人が牢の錠を開け、足の縄を切った。

 連中はいちいち運んでくれるほど甘くはない。

 抱えた銃器を見せびらかしながら、自力で歩くように促した。

 

 既に抵抗する気力は奪われていた。

 震える足で直立し、ゆらゆらと歩みを進める。

 

「さっさと歩け!」

 

 背中を蹴飛ばされ、顔面から倒れ込む。

 その景色を見て、連中は笑い飛ばした。

 

「どうした、そんな体幹で武士が務まるのか?」

 

「刀を腰に提げることもままならんな!」

 

 嘲笑と侮蔑。

 耐え難い屈辱で心が燃え上がるも、その炎をはすぐに消えてしまう。

 

 この先に、何が待ち受けているのかを思えば。

 

 暗く、空気の通りが悪い通路を進む。

 左右の牢から向けられる生気のない囚人たちの視線を浴び、そちらへ注意を向けると役人から殴打を受けた。

 

「前だけ見ろ! 横を見るな!」

 

 あらゆる自由を束縛され、ただひたすら歩かされる。

 牢群を抜け、まばゆい外へ。

 

 鼻腔に張り付く血と糞の臭いは遠ざかり、外気の香りが腹に収まってゆく。

 それも、ほんのわずかな癒しに過ぎない。

 

 西牢から出て、中庭を横切る。

 すると、敷地の境から離れた場所にぽつんとひとつ、小さな蔵がある。

 そここそが、この牢屋敷で最も濃い血の臭いが染み付いた建屋。

 

 拷問蔵。

 制裁(リンチ)とは別の、決まりに則った合法な責め苦が行われる場所だ。

 

 魔力ランプの薄暗い灯りだけが頼りのこの場所で、俺は椅子に縛り付けられた。

 牢名主、元春は自ら拷問具を選りすぐると、金槌(ハンマー)を手に取った。

 

「ようし、しっかり治癒魔術をかけた甲斐があったな。まだまだ、殴れそうだ」

 

 鋭い一撃が頰を捉えた。

 奥歯が粉々に砕け、頬骨が割れる。

 

「一応確認してやる。お前の部隊、どこに潜伏している?」

 

 今度は掌に槌が叩きつけられた。

 拳が割れ、骨が皮膚と突き破った感触がした。

 

 指が痺れ、痛みで朦朧とした意識が覚醒した。

 

 この2度の暴力ですっかり息の上がってしまった元春は、しばし呼吸を整えてから笑みを浮かべた。

 

「なあ。私とて、別に痛めつけるのが好きなわけじゃない……

無用の死を減らすため、同胞たる彼らに降伏を促したいのだ。

だから、協力してくれないか? 場所が分からねば、響く言葉も届かんのだ」

 

 暴力の化身が見せる、わざとらしい懐柔策。

 頭では理解し切っているのに、心は終わりを望んで、ありもしない温情に縋りたくなってしまう。

 そう、奴が求めているのは情報だけ、そこに温情などこれっぽっちもないのだ。

 

 もし奴の知りたいことを口走れば、この責め苦はさらに広がってゆくのだ。

 

「……」

 

「なんだ? もう一度」

 

 顔を寄せてきた元春に、明確に告げる。

 

「部隊を見捨てて逃げ出した野郎が、随分と義理堅くなったじゃないか」

 

 はあ、とため息がひとつ。

 続いて、胸に強烈な蹴りが浴びせられた。

 

 椅子ごと後ろに倒れ、真正面に天井が広がった。

 

「お前は一体、何を期待している? 幕府は既に奥葦原同盟を見捨て、

夷俘に立て篭もった! 助けなど、もう来ない!」

 

「来るさ……強い翼(マイティ・ウィング)が」

 

 遠くから、聞き慣れない音が聞こえてきた。

 処刑の刻を告げる時の鐘でも、拷問に絶叫する囚人の声でもない。

 

 人工的な音色、警報だ。

 

「空襲! 空襲! 幕府軍だ!」

 

「馬鹿な……なんでこんなところにっ⁈ 前線じゃないんだぞ⁉」

 

 蔵の戸から入り込んできた絶叫は、俺の期待通りのものだった。

 

「ようやく、来てくれたな……」

 

 他に人のいなくなった蔵に、俺の声が響いた。

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