蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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44 景清作戦「Mighty Wings」

「景清作戦」

央暦1969年7月8日

北部藩 北部牢屋敷周辺

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 チェイスら第一次攻撃隊は夜が明ける少し前に離陸した。

 斗米から南西に進み、夷俘島南西部を抜けて葦原海へと出る。

 

 ここからしばらく南を海面スレスレの低空で飛行し、松後藩領空を通過。

 北部藩牢屋敷周辺に差し掛かったら、東へ進んで攻撃を始めるというプランである。

 

「ツクヨミからペンギンへ。西より接近中の機体を確認しました」

 

 ツクヨミからの知らせに、良介は右手へ視線をやった。

 敵であれば、かなりよろしくない状況だが───

 

 チェイスの機体が積んだレーダーでも捉えられる距離まで接近すると、不明機は敵味方識別装置(IFF)の信号を発した。

 信号のコードは、マランス合衆国海軍。

 恐らく、公海を航行している合衆国海軍空母の艦載機だろう。

 

 幕府政府双方へ支援を行っている合衆国だが、現状では敵でも味方でもない第三国である。

 

 無視してフライトを続けるべきだが、当該機は明確にチェイス達に接近し───

 やがて、肉眼で目視できる距離まで接近してきた。

 

「竜司ちゃん。念の為、いつでも撃てるように」

 

「……はい」

 

 不意打ちを警戒しつつ、相手の動向を伺うと。

 突如として合衆国機のコクピットが光った。

 光でモールス信号を送る、発光信号だ。

 

「発光信号! ……貴機らの活躍を期待する。以上」

 

 どうやら、彼は葦原海に集まったギャラリーの代表らしい。

 繰り返しはせず、一度だけ通信した合衆国機は再び西の観客席へと戻った。

 

「どういうつもりでしょう?」

 

「応援してくれてる……と、解釈しておこう」

 

 厳密には、それほど政府側が諸外国に敵視されているという証左であろう。

 大っぴらに支援を公言出来ないが、友好的な姿勢だけは示しておきたかったのだ。

 

 直接関与しないであろう面々に気を揉む余裕はない。

 もう間もなく、ウェイポイントに到着する。

 そこからは、敵の索敵圏内だ。

 

「ウェイポイント通過、(レフト)旋回(ターン)始め(ナウ)

 

 合図と共に、ペンギン隊は東へ進路をとった。

 北部藩の山々が徐々に水平線から姿を現し、間もなく市街地の起伏が視界に入る。

 

「全機、安全装置(マスターアーム)解除(オン)

 

 兵装をいつでも撃てるように安全装置を解除し、ぶら下げた増槽を投棄。

 

 付近に味方の部隊が潜伏しているらしく、敵兵器の詳細な配置図は事前に用意されていた。

 海岸線沿いには赤外線追尾式の短距離地対空ミサイル(SAM)少数と、対空機関砲(AAA)がいくつか。

 それと付近には牢屋敷警備用の警備艇が2隻、13ミリ機銃を搭載。

 

 牢屋敷の敷地に対空兵器はないが、救出部隊の障害となるであろう装輪車両があった。

 

 ペンギン隊の目標は前者、海岸線沿いの防空兵器。特にSAMだ。

 20(6)フィート(m)。海面の水飛沫が機体に跳ねるような高度で飛行し、北部藩の土地が間近に迫る。

 

 警備艇は戦闘機にとって大した脅威ではないが、速度の遅いヘリにとって13ミリ機銃は非常に危険だ。

 機体の赤外線監視装置(FLIR)で警備艇を捉えると、HUDの照準器を合わせる。

 

「攻撃開始!」

 

 ロケットを発射した直後、警備艇からサーチライトが浴びせられた。

 しかしもう遅い。

 直撃によって艇は爆散し、もう一隻も竜司の放ったロケット弾の至近弾で横転していた。

 

「これで奇襲はバレたな。派手にやるぞ、SAMを最優先に!」

 

「はい!」

 

 敵兵器は海岸線沿いの道路に展開している。

 

 FLIRを最大倍率で拡大し、道路上にいたSAMの輪郭を捉える。

 その砲塔は、こちらへ指向しようとしていた。

 

「SAM来るぞ、回避用意!」

 

 チェイスの発言の直後、発射煙と共にミサイルが打ち上げられた。

 行き先を見るに、シーカーはチェイスの機体を捉えているように見えた。

 

 奇襲には成功していたはずだが、どうやら1基だけ即応態勢にあったらしい。

 FLIRには発見したSAMを注視させ、回避機動に入る。

 

 フレアを投下し、右に急旋回。

 さらに今度は左に急旋回してクランク機動を行い、ミサイルの運動エネルギーを削ぐ。

 

 しかし、敵の短SAMは予想以上に速い。

 あるいは、オーグメンター抜きの速度が遅いのか。

 ミサイルは未だにチェイスの機体を追尾していた。

 

 ふと左の方向を見上げると、竜司のオロールも鏡写しのように真逆の機動をしていた。

 

「チェイス殿、撹乱します!」

 

 その意図はなんとなく読めた。

 敵ミサイルから約50度の角度をつけて直進する。

 通常ならば、ミサイルに対して直進するのは自殺行為だが───

 

 着弾する直前、2機がバツ印を描くようにクロスした。

 入り乱れる熱源に、ミサイルのシーカーがエラーを起こしたのだろう。

 敵のミサイルはチェイス達のやや後方で海面に激突した。

 

「ナイス!」

 

 再び右旋回を行い、SAMを照準器に捉える。

 対空砲が大慌てで打ち上げ始めるが、もう遅い。

 

 2発、ポッド半分を発射機に叩きつけた。

 過ぎ去った直後、ミラーに数メートル飛び上がる残骸が映し出された。

 

「SAMを破壊!」

 

「こちらも破壊! 敵発射機、残数1!」

 

 海岸線を越えれば、すぐそばには市街地がある。

 あの辺りへの爆撃は可能な限り避けなくてはならない。

 

 市街地上空に出ないよう大きく左に旋回しつつ上昇し、次の攻撃の準備に移る。

 曳光弾が機体のすぐそばを過ぎ去り、空へと消えていく。

 

「竜司ちゃん、そっちの迎撃は?」

 

「軽微、被害なし!」

 

 先頭の一番機を優先と判断したらしい。

 彼女がいる場所へ視線をやると、市街地の低空にオロールのエンジンが放つオーグメンターの炎が見えた。

 

 すぐ下は防風林となっていて、防空陣地からは死角になる。

 奇襲なら、彼女が最適だ。

 

「ならラス1は任せた、合図を待て!」

 

「チェイス殿っ⁉」

 

 旋回して、再び敵防空陣地へ機首を向ける。

 すると待ってましたと言わんばかりに曳光弾が殺到し、とどめと言わんばかりにSAMが打ち上げられた。

 

 遅れて曳光弾が描く赤い線が、少しずつ増えていく。

 ほぼ全火力が、チェイスに指向されている。

 

 後ろから頭をド突くにはいいタイミングだ。

 

「竜司ちゃん、今ならいける!」

 

「私より、自分の心配をしてください!」

 

 そう、お前は今ミサイルに追尾されているのだ。

 回避に全力を尽くさねばならない。

 

「言われなくてもっ……」

 

 ロールしつつ降下し、フレアで炎の円を空に描く。

 水面スレスレで水平飛行に戻ると、頭上を敵のSAMが過ぎ去った。

 

 海面に水柱が上がったのは、陣地のど真ん中で爆発が起きたのとほぼ同時だった。

 

「敵の誘導弾をすべて破壊!」

 

「精兵隊、聞いてた?」

 

「応!」

 

 水平線の向こうから、日の落ちる方向から9つの影が現れた。

 6機の颶風と3機のH-62救難ヘリ。

 

 H-62は幕府空軍救難隊が採用したヘリであり、具体的な外観を例えるなら───

 戦国自衛隊に似たような機体が出ていた、というところだろうか。

 

 彼らが搭載しているのは、精々対人用の7ミリ機銃のみ。

 装甲目標に対しては、航空支援と潜伏中の味方だけが頼りだった。

 

「チェイス、対空砲はこちらに任されよ。北部城の戦力を削いでくれ」

 

「了解。ペンギン、敵施設の攻撃に移る」

 

 対空砲を精兵隊に任せると、チェイスと竜司は針路を北東に取った。

 牢屋敷自体の守りはほぼないも同然だが、北には陸軍が戦力を配備している北部城があった。

 

 配備されている自走式短SAMや対空砲はヘリや颶風に、戦車や装輪車両は救出部隊の脅威となる。

 危険なのは承知で、2機で対処するしかなかった。

 

 ガルーダのFLIRで拡大すると、城の敷地内を走る街道を南下する車両が視界に入った。

 先陣を切るのは戦車ではなく、短SAMと対空砲。

 

「対空兵器が先頭を走ってる、ここでやらないと味方がやられる」

 

「チェイス殿、あなたに合わせます」

 

 街道沿いは住宅街となっており、遮蔽物は多い。

 攻撃をかいくぐりながら接近するのは容易かった。

 

「高度を下げてステルス攻撃だ」

 

「す、すてるす? わ、わかりました!」

 

 超低空で匍匐飛行を行い、肉薄する一瞬間のチャンスに攻撃する。

 チェイスが散々教え込まれた対地攻撃であり、ガルーダはこの戦い方と非常に相性の良い機体であった。

 

 FLIRの映像で、SAMの砲塔がこちらを指向し始めていた。

 SAMが飛んでくる前に高度を落とし、この攻撃をかわす。

 レーダー誘導と違い、赤外線誘導は誘導装置が熱源を捉えなければ当たることはない。

 

 徐々に街道との距離が縮まると───突如として民家の向こうにある道路から曳光弾が打ち上げられた。

 攻撃を予期して、阻害のために想定される方向へ撃ちまくっているのだ。

 被弾率0%から数%に上昇するが、逃げるわけにはいかない。

 

「ごめん住民の皆様!」

 

 パラシュートを搭載することで、落下速度を極限まで落とした高抵抗爆弾を車列に投下。

 街道を横切った頃に爆炎が舞い上がり、早朝の薄明るい街並みを赤く燃え上がらせた。

 

 戦車ならば対空車両の残骸を押しのけることは可能だろうが、進行はかなり遅れる事だろう。

 願わくば───この破壊で、街に火事など起こらなければいいが。

 

「敵対空車両を無力化。後続の戦闘車両も到着が遅れるはずだ」

 

「ツクヨミ了解。指示あるまで上空で待機してください」

 

 既にSAMの脅威は無力化し、牢屋敷の守りも精兵隊がいれば十分。

 市街地への被害を最小限に抑えるためにも、対地攻撃は控える必要があった。

 

 牢屋敷上空に上昇したペンギン隊は、戦況を真上から俯瞰(フカン)した。

 精兵隊は既に海岸線の対空戦力を排除し、牢屋敷守備戦力に対して近接航空支援を行っていた。

 

 歩兵や重機関銃にとって、颶風が持つ30ミリ機関砲の掃射は致命的である。

 直撃すれば赤い霧と化し、跳ねた砂や小石が風穴を穿つ威力となるのだ。

 

「よし、抵抗が収まった。着陸する!」

 

 敵戦力の抵抗はやがてなくなり、H-62が中庭に部隊を下ろす。

 そこからは、航空機の出番は限定的だ。

 

「こちら團十郎(だんじゅうろう)、これより西牢に突入する」

 

 團十郎は救出部隊のコールサインである。

 彼らが西牢に突入して捕虜を救出し、可能な限りH-62に収容するという流れだ。

 

海老蔵(えびぞう)だ。東牢に突入したが、抵抗はなし。役人は死ぬか投降した」

 

「團十郎、こちらも同じく。これより中庭に捕虜を引っ張り出す」

 

 少なくとも、救出自体の障害は皆無らしい。

 チェイスはほんの少し安堵したが、この空には未だ気を揉む男がいた。

 

「こちら精兵隊の陸平!

誰か、松後藩陸軍第1師団の奥村耕作を見た者はおらんか⁉」

 

 そう、彼にとっては他ならぬ息子がこの施設に収容されているのだ。

 

 やや間をおいて、地上部隊が告げた。

 

「精兵隊の陸平へ。奥村耕作を確認した。

怪我はあったが、安心しろ。命に別状はない」

 

「……ありがとう」

 

 どうやら、この作戦は美談に終わりそうだ。

 邪魔さえ入らなければ。

 

「こちらツクヨミ、長距離電探に感あり! 数2、方位230(南西)、速度500(930)ノット(キロ)!」

 

「ああ、さすがに邪魔が入るよな」

 

 音速近い速度とその方位から、庄外空港周辺を担当する戦闘空中哨戒(CAP)と推測できた。

 戦闘機部隊に対応できるのは、ペンギン隊2機のみ。

 それも、片方は攻撃機だ。

 

 だとしても、やるしかなかった。

 

「負傷者を収容した、これより離陸する」

 

「軽傷者は松後藩陸軍第1師団に任せろ、これより離脱する」

 

 ようやく捕虜の脱出が始まるのだ。

 戦闘機が介入すれば、せっかく重傷者を収容したヘリは容易く撃墜されてしまう。

 

「ペンギン隊、迎撃する。精兵隊は救出部隊の直掩を頼む」

 

「……すまぬ、チェイス」

 

 さて。啖呵を切ったはいいものの、果たして敵の戦力は如何ほどだろうか。

 ガルーダに積んだ兵装はロケットポッド2基と、高抵抗爆弾2発。それと固定兵装の20ミリ機関砲だけ。

 ミサイルはそもそも持ってきていない。

 

 爆弾は使い果たし、ロケットポッドも2発ぶっ放したため、残りは6発しかない。

 そもそも、空戦で使えるかも怪しい代物だ。

 

 となれば───

 

「チェイス殿、機関砲だけでやれますか?」

 

「やるだけやってみるよ」

 

 相手が旭光レベルの第一世代ならばいいのだが───

 

 敵の機体が朝日に照らされて反射した。

 その光は、旭光にしては余りにも大きすぎた。

 

「IFF確認……唐津(からつ)海軍航空隊!」

 

「振遠隊っ⁈ 奴らは西南の守りにいるはずっ!」

 

 またしても、チェイスの知らない名前が出現した。

 ツクヨミも竜司も、その名を知っている辺り政府側の有名人らしい。

 

「何者?」

 

幸利(サチリ)戦争の英雄、リールランドの遠征軍を撃退した部隊です!」

 

 幸利戦争。その名前は資料室の新聞で読んだことがあった。

 極東での拡大を求めたリールランドから因縁をつけられ、始まった戦いだ。

 

 最初期は幸彦藩単独でリールランド遠征軍に対処していたが、追い込まれると南部の諸藩が同盟を組み、かろうじてこれを撃退した。

 問題はこの戦いに、幕府は直接関与しなかったことだ。

 

 無論、大和幕府は葦原を代表する中央政府。

 地方政府たる藩が宣戦を布告されれば介入する。

 

 実際、開戦直前に幕府は外交ルートを通じてリールランドに自重を呼びかけていたが───

 リールランド神聖国というのは恐ろしい国で、幕府が参戦した場合は全面戦争を覚悟するよう警告していた。

 

 故に、幕府は合衆国に呼びかけ、リールランドへの圧力を強めた。

 唯一極東に通じる航路を抑える合衆国に睨まれては、極西の大国とてどうしようもない。

 間違いなく、幕府は南部藩連合の勝利に大きく貢献していた。

 

 しかし戦争当事者からしてみれば、血を流さずお喋りだけでは、助けられた実感など湧くはずがない。

 南部諸藩の幕府に対する不信感は、大きく募る結果となった。

 

 そして後年、その当事者同士が手を組んで倒幕に勤しむとは。

 歴史とは皮肉を好むものだ。

 

 さて。物思いにふけるのは、もうそろそろ限界だぞ。

 レーダーがツクヨミの言った通り、2つの反応を捉えた。

 

 IFFの反応は、確かにKARATSU.NAVYとあった。

 

「ツクヨミです、今資料を調べました。

振遠隊はクルーヴィナ連邦の新鋭戦闘打撃機、I-17を運用しています!」

 

「どんな機体?」

 

「可変翼と呼ばれる機構を採用した、

あらゆる速度帯で高い機動性を発揮する機体です!」

 

「……トムキャットとスカイホーク。いい対決だ!」

 

「チェイス殿っ、今が危機的状況の自覚あります⁈」

 

 この男には、あまりないだろう。

 すべてがゲーム感覚なのだ。

 

「ペンギン1、交戦!」

 

「ペンギン2、交戦します!」

 

 チェイス以外の全員がミサイルを発射し、空戦が始まった。

 振遠隊のI-17は主翼を広げて旋回を始め、ミサイルに背を向けて回避を始める。

 ミサイル回避の基本、ドラッグ機動だ。

 

 空気抵抗を受けて大きく減速し、再び主翼を畳むことで空気抵抗を削減。

 素早い再加速を実現している。

 

 そこにフレアの撹乱が加われば、あっという間にミサイルは推進剤を切らして落ち始めた。

 

 そしてまたしても、チェイスはまた命知らずの愚行に出た。

 今回はもう一人の道連れを伴って。

 

 エンジン出力を落として排熱を減らし、バレルロールを行いながらフレアをばら撒く。

 炎で描かれた円のど真ん中を、敵ミサイルが突っ切っていった。

 

 恐ろしい事に、竜司も全く同じやり口で回避していた。

 

「……うまくいった!」

 

「無茶したらダメじゃないか!」

 

「迫る死の懐に飛び込む、あなたから学んだ飛び方です!」

 

 今は説教をするべきタイミングではない。

 それよりも、今は敵を倒す絶好のタイミング。

 

 目前の敵機を追尾すると、竜司が最後のミサイルを発射した。

 主翼を畳み、最大出力で急上昇。

 

 見事ミサイルを振り切ってみせた。

 

「これが可変翼……!」

 

「ああ、欠点は壊れやすさと金食い虫!」

 

 チェイスにミサイルがないと悟ったのか、I-17は出力を上げて逃げ始めた。

 もちろん、これは撤退ではない。

 ミサイル抜きのガルーダなら、距離を取れば安全と判断した上での離脱だ。

 

 そう言えば聞こえはいいが、言い方を変えれば───

 

「僚機を捨てる戦法か、実戦でうまくいくかな」

 

 味方がうまく逃げ続けて、食らいついた所を倒せるのなら有効な戦術だ。

 しかし───目論見通り動いてやる気は、チェイスには毛頭なかった。

 

 さすがのI-17でも、上昇しながら加速出来るほどの推力重量比はない。

 徐々に速度は落ちていき、やがて速度をほとんど落とさなかった竜司が喰らいつける程に距離が狭まっていく。

 

「くっ……機関砲でトドメを刺す!」

 

 竜司は追従を続け、I-17とさらに距離を縮める。

 来るとしたら、このタイミング以外にない。

 

「離脱した敵機、針路変更! そちらに再度向かっています!」

 

「俺に任せて」

 

 チェイスは背後から迫り来る死を睨んだ。

 主翼を畳み、全速力で接近を試みるI-17の片割れ。

 その位置と推定される針路からして、狙いはチェイスではなく竜司。

 

 高速で接近、攻撃して離脱する一撃離脱戦法。

 ミサイルのないガルーダならば、後回しでもどうにかなるという判断だろう。

 

 ミサイルの速度には、発射する母機の速度も乗る。

 機動において、機体が持つ速度は非常に重要。

 空戦で速度を殺されている竜司にとって、この奇襲は致命的になる。

 

 チェイスは右に大きく旋回しつつ、ロケットポッドの引き金に指を掛けた。

 

「ミサイルがなきゃ空戦が出来ないってのは、ちょっと危険な思い込みだぜ」

 

 ロケットの弾道と、彼我の相対速度。

 そしてミサイルを撃つタイミング。

 

 撃つとしたら、必中距離圏内まで迫るタイミング。

 射程圏内でも、そこに至るまで恐らく撃つことはない。

 

 猛烈な勢いで迫るI-17のシルエットが大きくなっていく。

 チェイスの脳内で計算が繰り広げられ、ロケットの弾道とI-17が重なった。

 

「ロケット発射」

 

 ポッドの残弾全てを発射し、6発の127ミリロケットが飛翔を始めた。

 ほぼ同時に放たれたロケット弾は互いの衝撃波が干渉して散らばりつつも、I-17に迫った。

 

 残念ながら、直撃させるにはわずかに早かった。

 ロケットはI-17の目前をかすめ、空で自爆した。

 

 しかしそれでも、目前を艦砲レベルの弾体が過ぎ去る衝撃は攻撃を断念させるに十分な威力があった。

 敵は弾が過ぎ去る左に旋回し、一旦攻撃を中断した。

 

 そこをチェイスは突いた。

 機体の性能差は歴然、真っ向からの勝負では勝ち目がない。

 

 しかし、格闘戦は弾が当たれば勝てる戦い。

 減速と旋回を強いて背中につけば、勝利の可能性が生じるのだ。

 

「ペンギン2、敵機撃墜!」

 

 急旋回で速度を大きく削がれたI-17の背後に、チェイスのガルーダが喰らい付く。

 戦闘が長引けば不利、加速される前に撃墜するしかない。

 

「敵機、機関砲の射程内!」

 

 ツクヨミからの情報に感謝し、HUDの照準器を肩を狭めるI-17に合わせる。

 オーグメンターが炎を吹くのと、照準のサークルがピッタリと重なった。

 

「じゃあな」

 

 2基の20ミリ機関砲から曳光弾の線が伸び、右主翼にたどり着いた。

 残っていたミサイルに弾が直撃したのだろう。

 爆発が起き、片翼をもぎ取られ、衝撃でくるくるとロールを始めた。

 

 こいつはもう戦えない。

 I-17は錐揉(きりも)み状態のまま上昇を始めた。

 恐らく、これは戦闘行動ではなく脱出のために高度を稼ぐつもりだ。

 

 脱出する人間を狙い撃つほど、チェイスは腐った人間ではない。

 

「敵機撃墜」

 

「チェイス、油断しないで!」

 

 制御を奪った、撃墜(ミッション・キル)した。

 その油断が、判断を遅らせた。

 

 突如、撃破したと思われたI-17は最後の力を振り絞って機体を制御し、残った翼内の機関砲を発砲したのだ。

 ちょうどその時、チェイスは彼の頭上を通過中だった。

 

「くそったれ!」

 

 機体に衝撃が走り、あらゆる警報が鳴り響いた。

 身を捩って機体を確かめると、右翼に大穴が開いて火を吹いていた。

 

 その煙の向こうで、I-17が爆散した。

 

「チェイス! チェイス! 状況は⁉︎」

 

「良くない! 主翼破損、電気系統に異常……油圧低下!」

 

 中でも、油圧の不調が特によろしくなかった。

 飛行中の航空機は動翼の動作によって旋回を行い、針路を決める。

 

 油圧はこの動翼の動作に不可欠なシステム。

 文字通り油を使って動いているため、炎上や流出によって油がなくなれば機能しなくなる。

 すなわち、機体を捨てるか運命を共にするかの2択を強いられるのだ。

 

 しかもこの世界の戦闘機は、現代では一般的な油圧維持システムがない。

 流出等によって生じる油圧の低下を阻止する仕組みを持たないのだ。

 もちろん、ガルーダはこの仕組みを持たない機体の範疇にある。

 

「チェイス、右尾翼は脱落しています!」

 

「マジかよ!」

 

「脱出を!」

 

 脱出すれば、パイロットは生き残る目が出てくるが───

 真下は幸いにも防風林と背の低い山だ。

 よほど不運な人がいなければ、直接犠牲になることはない。

 

 だが───

 

「限界まで、海まで飛んでみる……」

 

「無茶です、機体を捨ててください!」

 

「ダメだ。山火事になるかもしれない」

 

 夏で空気が湿っているとはいえ、森の木々は可燃物の集まりだ。

 一度火が付けば、手がつけられないほどに燃え上がる。

 

 そうなれば、鎮火までどれほどの時間と労力を要するか。

 しかも山火事が起きる現場としては市街地との距離が近すぎる。

 

 空戦中はやむを得ないが、そうでないとしたら。

 可能な限り、リスクは下げなくては。

 

「こちらツクヨミです。ペンギン1、どこまで飛べそうですか?」

 

「大きなトラブルが起きなければ、海までならなんとか。

幕府軍の支配圏までは飛べそうにない」

 

「……了解しました。救助隊が待機しています。ご無事をお祈りします」

 

「ありがとう」

 

 政府の勢力圏のど真ん中に、救助隊が待機?

 疑問は浮かんできたが、目前の問題と比べれば些事に過ぎない。

 

 火災の消火には成功したが、油圧はほとんど機能しなくなってしまった。

 動翼制御は諦め、エンジン出力の調整だけで緩やかな水平飛行を維持する。

 

 徐々に高度が下がりながらも、かろうじて海岸線を越える。

 燃料が環境に与えるダメージは頭を過ったが、これ以上の配慮は流石に無理だ。

 

「ペンギン1、海上に到達。脱出する」

 

 緊急脱出には2つの手順がある。

 普段は搭乗員を守っている風防(キャノピー)を飛ばし、続いて今座っている座席ごと宙に放り出す。

 

 F-2ならばこれが一つの動作で行えるが、ガルーダはひとつひとつ手順を守る必要があった。

 まずは風防を飛ばさなくてはならないが───

 

「風防が飛ばない、不時着水に切り替える」

 

 被弾の衝撃か、あるいは純然たる不運か。

 風防を飛ばすための火薬が作動しなかった。

 

 もし風防を除去せずに強引に射出座席を起動させれば、コクピット中に脳髄と脳漿を撒き散らす羽目になる。

 ならば、本当に最後の手段を取るしかなかった。

 

 不時着水。可能な限り機体を損傷させず、海面に機体を下ろすのだ。

 これは胴体着陸よりもずっと高難易度で危険な作業だ。

 

 HUDも機能しなくなり、通信機から交信も届かなくなった。

 火災の熱で電気系統が破壊されたのだろう。

 

 もう間もなく海面というところで、竜司の機体が視界に入ってきた。

 

『幸運を祈る』

 

 手信号で、彼女はそう告げてきた。

 チェイスはサムズアップで応えると、いよいよ着水を目指した。

 

「……ガルーダの下はほとんど真っ平だ、うまく着水すれば転がることはない」

 

 だと、いいのだが。

 

 遂に海面がかつてないほど迫り、高度計のメーターが5(1.5)フィート(m)を記録した。

 そして───

 

 チェイスはかつてないほどの衝撃を感じた。

 その衝撃に損傷したガルーダの右主翼は耐え切れず、破断して破片を海に撒き散らす。

 

 脳震盪で意識が朦朧とするが、ぼさっとしている暇はない。

 機体が水没する前に、機外へ出なければ。

 

 開閉スイッチを作動させると、なんとかロックが解除された。

 風防を開け放ち、空を見上げる。

 

 するとそこには───

 

「八咫烏、無事か!」

 

 上空でホバリングするヘリ、H-62。

 先ほど牢屋敷を強襲していた味方のヘリが、良介を助けんと高度を徐々に落としていた。

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