蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年7月9日
北部藩 北部牢屋敷周辺
葦原政府海軍唐津航空隊 振遠隊
中川“リバー”正紀中尉
その報告は、彼らにとって想定外も甚だしかった。
「……北部城の南に敵襲?」
「あそこには住宅街しかないぞ。連中、民を爆撃したいのか?」
庄外空港にてCAP任務に就いていたリバーとウインドは、互いに疑問を口にした。
北部藩西部、葦原海沿いの地域に攻撃機2機が襲来。
防空戦力の手薄な地域で、貴重な地対空誘導弾が失われたという報告だ。
その周囲には陸軍戦力の兵站拠点となる北部城はある───
しかし、彼らが現れたのはそのすぐ南の海岸線。
まさか敵中ど真ん中に上陸作戦など、追い込まれた幕府軍でも考え難い。
補給線の寸断も考えられたが、それにしては攻撃地点が南過ぎる。
「狙いがあるとすれば、恐らく牢屋敷だ」
そう判断したのは、現在地上にいる振遠隊隊長、岸岳茂実少佐だ。
幸利戦争で活躍したエースのひとりにして、切れ者の隊長。
模擬戦闘では部隊の誰もが、真っ向から戦いを挑んで勝てた者はいない。
まさしく、腕っこき達からの尊敬を集める女傑であった。
「リバー、ウインド、先鋒として迎撃しろ。こちらも……」
しばし、彼女の言葉が凍りついた。
「ヘイズ、問題が?」
「たった今、東征空軍司令部から通達があった。
石射飛行場付近に敵影を感知、こちらに迎撃命令が下された」
「同時攻撃か。じゃあこっちは陽動か?」
「どうだかな。破れかぶれの上陸作戦かもしれん。
迎撃に迎え。済み次第、そっちへ向かう」
「攻撃機の1つや2つ、敵じゃありませんよ。黄7、交信終了」
こうして、ふたりは最期の交信を終えた。
黄6と黄7は北へ向かい、北部城に駐屯する部隊との交信が可能な距離まで迫っていた。
「こちら唐津海軍航空隊だ。北部城の部隊、状況は?」
「第7師団だ、敵は牢屋敷を強襲。捕虜を回転翼機に乗せて離脱中」
「ヘイズの推測通りだな。敵攻撃機は?」
「ジェットが2機と、プロペラが3機。
それと……ジェットのひとつに、紅の一つ星を見たという証言がある」
「紅の一つ星?」
その噂は、新入りから散々聞かされてきた。
主翼に紅色の
幕府軍の神兵。
先湊では松屋隧道を戦闘機で踏破して奇襲した実績から、こうも呼ばれていた。
「夷俘の魔物か!」
「ロックの言っていた話、確かめさせてもらおう」
最大出力で現地へ向かうと、遂にレーダーがふたつの反応を捉えた。
昇ってきた朝日が暗闇を払い、そのシルエットを浮かび上がらせる。
どちらもデルタ翼の小型機。
聞かされていた、いわゆる神兵の機体ではない。
既知の機体で、片方は政府海軍の艦上攻撃機ガルーダであった。
「まったく、なんの誤報だ? 単なる幕府軍の攻撃機じゃないか」
「拍子抜けだな。墜とすぞ」
陽光に魔力を送り込み、誘導装置を覚醒させる。
そして、目前のふたつの熱源を捉えさせる。
「黄6、ミサイル発射!」
「黄7、ミサイルを発射」
セオリー通り、旋回を始める。
旋回の最中、彼らは敵機から1発のミサイルが飛び立つ瞬間を目視した。
I-17の可変翼を展開して素早く旋回し、背を向けると同時に畳んで効率よく加速する。
ほどなくして敵のミサイルが持つ推進剤が燃え尽き、虚空へと消えていく。
そろそろ旋回して、次に備えるべきか。
リバーは振り返った瞬間、驚愕した。
「奴らっ、追従してるぞっ⁈」
「馬鹿な、ミサイルを真正面からかわしたと⁈」
理論的には、不可能ではない。
それこそこの間、元神機隊の新入りロックが石射飛行場の防空戦闘で披露したばかりだ。
だとしても、実戦でそんな命知らずな真似が出来る飛行士。
一体何人いる?
少なくともひとりは、彼らも知っていた。
「夷俘の魔物……いるのか、あの中に?」
「それどころじゃないっ、あのレベルがふたりだぞっ!」
速度が失われたウインドに敵の片割れが喰らい付き───ミサイルを発射した。
「ウインド、ミサイルだ!」
「自分の心配をしろ!」
ミラーを睨んで、自分の背後を確かめる。
朝日を受けるあの機体、海軍機のガルーダ。
その主翼には、何かを提げているように見えたが───
一瞬だけ振り返って、確かめた。
あれは対地攻撃用のロケット・ポッド。誘導弾ではない。
思い返してみれば、先ほどウインドがミサイルに狙われたが、リバーには来なかった。
ガルーダの方に、ミサイルはない。
リバーはそこに勝利の芽を見出した。
「ウインド! ガルーダの方、ミサイルを積んでない!
あいつを速度でぶっちぎって、
「頼むぞ!」
下手にウインドを助けに行けば、速度では劣るものの、軽快な機動性を持つガルーダに食らい付かれる恐れがあった。
海軍で負けなしと呼ばれる航空戦闘課程の教官達は、あの機体で新鋭機すら撃墜判定を出すという。
向こうがミサイルをドラッグ機動なしでかわす腕を持つと知った以上、侮ることは出来ない。
リバーはウインドから離れ、最大出力で距離を取った。
ミサイルがあればいい的になってしまうが、ないのであれば有効な戦術だ。
距離を得て、速度を再び稼いで追われるウインドの救援へと向かう。
一撃離脱。
軽快な機動性を持つ機体でも、高速で接近・離脱を繰り返せばいずれ墜せる。
こうやって、神機隊や振遠隊は幕府軍の名だたるエース達を倒してきたのだ。
もう一度、その戦い方で魔物を打ち倒す。
しかしまずは仲間を救う。
オーグメンターを持つ、恐らくオロールをミサイルの誘導装置に捉えさせる。
射程ギリギリで撃っては、逃げられる恐れがある。
確実に仕留められる距離まで迫る。
リバーの機体は現在
I-17のほぼ最大速度だ、角度もあって無誘導の兵装が当てられる速度ではない。
例えそれが、神兵だとしても。
「まずはひとり……!」
もう間もなく、陽光の必中圏だ。
ミサイルの発射スイッチに指を掛け、空へ放たん。
そう思った直後、リバーは視界の隅に輝きを見た。
「当たるかっ、そんな当てずっぽう!」
しかし、その光と煙が目前を過ぎった。
「うわっ!」
反射的に左旋回し、射線から逃れる。
最大のチャンスだというのに、逃してしまうとは!
「リバーっ、この新選組っ、振りほどけない! 助けてくれっ!」
その言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
新選組。
幕府軍が編成した、飛行学校から飛行士を徴発した破れかぶれの学徒兵連中。
あのオロールがそうだとするなら、自分の背後にいるのが。
目測だけで、あと一歩でロケットでの空対空狙撃を成功させていた、あのガルーダが。
「……夷俘の魔物ッ!」
ミラーに魔物の姿が映った。
全速力で逃げなくては。
さもなくば、あの魔物に食われる。
「逃げる……? ダメだっ、奴は危険過ぎるッ!」
ロックは無口で、放つ言葉も抽象的なものが多く理解が難しかった。
しかし、対面して理解出来た。
夷俘の魔物は、危険だ。
単なる一介の飛行士と断じては、足元を掬われる。
「奴はっ、奴だけは……ここで殺すッ!」
さもなくば、あの魔物に焼かれてしまう。
故郷を、友人を、そして家族を。
見たことのないはずの、その力を。
リバーはその身で受け止めることで
振遠隊隊長の茂実隊長は言っていた。
『この隊にいる者は皆、私がサトリの才を見出した者ばかりだ』
その言葉を聞いたとき、リバーに実感はなかった。
単なる人間とは違う
半信半疑だった彼も、今この瞬間に自分が持つ才を確信した。
サトリである能力が脅威を訴えているのだ。
夷俘の魔物を殺さねば、自分たちの多くが殺されると。
とにかく、奴の射程圏外へどうにか逃れなければ。
全速力で離脱し、背を向けなくては。
しかし───魔物の機首が光り、赤い2本の魔手が機体に伸びた。
爆発、爆音、衝撃。
機体が一瞬のうちに制御不能となり、世界の回転が止まらなくなった。
───ミサイルが爆発したっ、狙撃されたっ⁈
無誘導のロケットで正確に狙ってくる相手だ。
もはや驚きはない。
止まらないロールに三半規管がズタボロになり、血流が右側へ集中して世界の半分が赤く染まっていく。
それでも、彼の飛行士としての───武士としての本能が戦いを続けさせた。
無防備にも、魔物が目前に姿を現したのだ。
───お前だけは、ここで終わらせるッ!
目前の、紅の一つ星向かって機関砲を発砲する。
回り続ける世界の中で、一つ星が火に包まれた。
───
それが、リバーが浮かべた最期の思考だった。