蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年7月20日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
この日、エラが予告していた代物がついに到着した。
葦原では未だ正式な名がなかったが、合衆国ではこう呼ばれていた。
P-20ドゥン。
合衆国の中心地、パヴィートラム地方で活躍した猛将の駆る動物の名を冠した機体。
その飛行が、この斗米基地で行われようとしていた。
原型となったのはP-5リトル・バーグフこと、幕府空軍所属の五式打撃戦闘機。
搭乗するのは───この男であった。
「うーん。これ、やっぱりタイガーシャークだよな」
「違う。タイガーシャークのエンジンはF110じゃなくてF404だ」
「単発のタイガーなら、タイガーシャークみたいなもんだろ?」
「全ッ然、違う! 俺達の世界にはない組み合わせだ!」
既に隣に立つ良介の上司、鈴木哲也の傍に松葉杖はない。
その二本の足で、自分の足で彼は直立していた。
通常、義足に習熟するには数ヶ月の月日を要するとされるが───
定年を越えても一線級の腕を維持し続ける戦闘機乗りのセンスは、通常の域を遥かに超える早さで新しい足を理解した。
良介の目には、その足にわずかな震えが見えた。
「怖がってる?」
「まさか。ワクワクしてるだけだ」
「ならいいよ。ブルって墜落なんて、面白くないからな」
「ほざけ。俺はお前が生まれた時から飛んでるんだ。んなミスするかよ」
互いに拳を合わせると、良介は565号機へと向かった。
これより、ふたりは空へと上がるのだ。
タラップを登る途中、良介へ視線を向ける一団に気づいた。
傍にはエラがいて、サングラスを掛けた多様な人種の集まり。
先に空に上がった連中もいるが、彼らは地上組のようだ。
エラ曰く、合衆国から来たロング・イラ社の人間らしいが───
色眼鏡の向こうにある鋭い目つきと、体格でわかる。
大方、実際にF-2を見に来た合衆国空軍・海軍の連中だろう。
今のところ敵ではないのだから、威圧する必要もない。
良介はエラに向けて親指を立てると、コクピットに乗り込んだ。
「機付長。あの機体、ドゥン。どう思う?」
「俺はこいつのエンジンも五式も、隅々まで知ってるが……流石に、飛んでるところを見なきゃなんとも言えないな」
「だよな……」
エンジンを始動し、各種チェックを済ませる。
今回も完璧に修復されていた。機体準備はOKだ。
「こちら……ペンギン6、機体準備よし。タキシー許可求む」
「ペンギン6……? チェイス、変な事を言うのはやめてくれ」
「ペンギン1は俺のコールサインじゃない、ボスのものだからさ」
元々、ペンギンは第114飛行隊が用いていたコールサイン。
その隊長たるペンギン1はボスが用いていたもの。
彼が空に戻るのであれば、ペンギン1の名前も戻さなくてはならない。
「こちらボス。斗米ATC、チェイスの発言は無視してくれ。こいつがペンギン1だ」
すると、他ならぬボス自身がチェイスの好意を断ってしまった。
ペンギン1に相応しい人間は、彼を置いて他にいないというのに。
「なんだよボス、せっかく返そうと思ったのに」
「俺はまだ本調子じゃないし、機体だって違うんだ。その名前はしばらく、お前に貸してやるよ」
「……ペンギン1、ペンギン3。移動を許可する。“あ”の88へ移動せよ」
許可が出た2機は誘導路を進み、滑走路へと至った。
果たして、片足を失った彼の飛び方はどう変わったのか。
チェイスが見ていないうちに、旭光や五式で試したとは聞くが───
それはやはり、空で確かめるしかない。
「ペンギン3、離陸を許可する」
先に滑走路へと入ったボスが許可を受け、エンジン出力を上げた。
この世界で初めて、無許可複製されたエンジンが咆哮を上げる。
軽い機体に、高出力エンジン。
あっという間に加速したボスの駆るドゥンは、機首を上げて空へ飛び立った。
その一連の動作に、チェイスは違和感を見つけることはなかった。
「離陸に異常はなかった。ボス、機体の調子は?」
「良好だ。F-16に鞍替えした連中、全員ほぞを噛むだろうぜ」
「どうせデータリンク対応出来ないから、そのうち買い替えだろ?」
「ロマンがない。つまらん野郎め」
続いて、チェイスも離陸許可が下り、規定の位置に到着した。
ここでいたずら心が反応した。
───ここはひとつ、海外のギャラリーにサービスしてやろう……
良からぬことを考えたチェイスは滑走を始めると、VRで離陸。
脚を地面から離すと、そのまま上昇せずに5フィートで水平飛行。着陸脚を収納した。
滑走路の隅まで高度を維持し、滑走路末端灯の真上でほぼ90度の垂直上昇。
これはハイレート・クライムというやつで、エンジンの性能がもろに出る。
下から見るこの機動は、それはもう壮観である。
航空祭では行われるたびに、観客たちの割れんばかりの歓声が響くのだ。
陸ギリギリで加速した分であっさりとチェイスは追いつき、ボスの左後ろにつく。
「チェイス、見せ過ぎだぞ」
「航空祭で飛ばせてくれなかったから、つい」
「お前を航空祭で飛ばしたら死人が出る。墜落せずともな」
チェイスは114飛行隊に所属している間、一度たりとも所属基地である羅宮凪基地の航空祭で展示飛行を行った経験がない。
理由は───言わずもがな、だろう。
「……部下になんて言い草だ」
「こちらロング・イヤ。ペンギン1と3、状況は?」
地上のエラが通信機で呼びかけてきた。
彼女は合衆国の窓口にして、チェイスたちが乗る機体の整備や調達を担当している。
機体の調子を気に留めるのは、当然の話だ。
「機体に異常なし。それと、義足の件。この場を借りて、改めて感謝申し上げます。ミス・エラ」
「義足の調子は? 滑ったりはしない?」
「ええ、万全です」
ボスはこれ見よがしに、左右にヨーイングしてみせた。
金属の脚とはいえ、足にはちゃんと靴を履いている。
生身とは感覚は違ってくるのだろうが、彼は見栄で嘘をつくタイプではなかった。
「ならよかった。戦闘機乗り向けに義足作るなんて、初めてだったからね」
その後、チェイスとボスのふたりはちょっとした飛行や機動を試したが、ドゥンやボスの脚に不調は出なかった。
特にドゥンはF-2と同じエンジンに加えて、軽量という利点もあった。
身軽なボディで蝶のように舞い、高出力エンジンで素早く加速する。
純粋な格闘戦では、これほど脅威となる機体はそう多くない。
もちろん小型で軽い分、電子機器が貧弱かつ燃料、兵装の搭載量が少ないという欠点もある。
こちらは少なくとも、現代の地球でも解決できていない問題だ。
何かを得るためには、何かを捨てなくてはならない。
高い精度と長時間の作戦遂行能力を得るために、現用機は軽さとコストを捨ててきたのだ。
「継戦能力は低いけど、やり合うとなると結構怖いな」
「あと、俺の腕もあるからな」
「おかげさまで、俺が無茶をする余地が減りそうで何よりだよ」
まだ本調子ではないと本人は言っていたが、チェイスから見てもボスの腕に衰えや狂いは見られなかった。
常に正確無比で冷静沈着。
共に飛ぶ相手としては、最高の
「これは……想定よりも高性能だね。リトル・バーグフよりもずっと動く機体だ」
「エラちゃん、他に見たい演目はある?」
「ううん、今回のところはこれでオッケー。降りてきて大丈夫だよ」
ならば、必要以上に空に長居する必要はない。
まだF-2の燃料には余裕があったが───
「チェイス。そっちの燃料は?」
すると突然、ボスが語り掛けてきた。
先に述べた通り、何も問題はない。
「しばらくは飛べるけど、なに?」
「……まだ空戦機動は試してない。違うか?」
「珍しい、あんたの方から誘って来るなんて」
「練習は出来るうちにしたいからな。やるのか?」
「もちろん!」
チェイスとボスは左右に散開し、最大出力で距離を取り始めた。
機関砲の弾倉には、あの当たっても機体が壊れない演習用の弾が積まれている。
ある意味、彼と初めて実戦に近い戦いを行うのだ。
「ちょっと、ふたりとも! 勝手な事しないで!」
「そっちだって、空戦のデータ欲しいんじゃないの?」
「それは、そうだけど……わかった! 空域内の全機へ、大馬鹿野郎ふたりが空戦ごっこをするから退避!」
途中まで聞いたチェイスは交信を終わらせると、軽々と頭上へ上昇するドゥンへ視線をやった。
「エンジンは同じでも、軽いから上昇率が高いな」
しかし、電子機器はF-2の方が強い。
ここは照準器を妨害すべく、ECMによる電子戦を行うべきではないのか?
「バカ言え、これは実戦じゃないんだぞ。それに、電波妨害で下も滅茶苦茶になっちゃうじゃないか」
それもそうか。
ならば、不利な戦況で戦うしかないというわけだ。
「ああ、ちょうどいいハンデだ」
まるで三下のようなセリフを吐いたチェイスは、高度
少し高い所を飛んでいたボスは旋回すると、空より高い位置から地上を見下ろす太陽に重なった。
ヘルメットのバイザー越しでも、機体のシルエットが眩さに溶けていった。
レーダー誘導ミサイルと、
Mk.1 EYEBALL、つまり人間の目という究極のセンサーを無力化出来る数少ない手段だ。
チェイスから見て、ボスは正確に太陽を背にしていた。
互いの位置を正確に把握しているのだ。
「歳のくせに目がいいな!」
「遠くはまだよく見えるからな!」
状況は一対一だ、目が潰れているこのタイミングで来るぞ。
目もくらむ太陽の煌めきに、揺らぎが見えた。
チェイスは操縦桿を右前に倒し、高度を下げつつ旋回して質量を持った光をかわした。
「残念、外れ!」
「お前こそ、どういう目してるんだ?」
曳光弾のラインが機体のすぐ後ろを過ぎり、ミラーの向こうで雲を引くドゥンの姿が高速で降下していった。
落下した分速度が乗りすぎて、水平飛行へ戻すのに時間と
降下しているという条件は対等。
スピードが乗りすぎていない分、旋回ではチェイスが優位に立った。
フライ・バイ・ワイヤが最適に調整し、ほとんど速度を殺さずに素早い旋回を披露した。
「しくじったな。さあ、こっちの番だぜ」
チェイスがボスのドゥンを正面に捉えると、彼は上昇───いや、宙返りで回避を始めた。
恐らく機体の軽さと上昇力から振り切れると踏んだのだろうが、判断ミスである。
振り切られる前に撃墜判定を出す。
世界がどんどん上を向き始め、間もなく90度の垂直に差し掛かろうとした。
ドゥンの姿がHUDの枠内に入り、GUNの照準器に重なろうとしていた。
「ワンキルもらい……」
発射しようと、指に力を込めた。
その時だった。
突如としてボスのドゥンが左上を向いたかと思うと、急速に減速した。
───木の葉落としッ⁈
瞬時にチェイスは直感した。
スピン状態となることで意図的に失速状態を引き起こし、食らいつく敵機の背後を逆に突く戦闘機動。
フライ・バイ・ワイヤで制御されている機体は、非常用のリミッター解除をしなければできない芸当だ。
木の葉落としは、第二次大戦中の戦闘機乗りが格闘戦における最後の手段として保持していた技術。
まさか実戦形式の訓練でやってのけるとは!
チェイスがボスの真横を通り過ぎると、彼は機体を水平にスピンさせながらも下向きに安定させ───数秒で制御を取り戻した。
フライ・バイ・ワイヤならば自動的に復帰できるが、ドゥンにはこのシステムは搭載されていない。
パイロット本人の技術だけで、危険飛行を空戦技術に昇華しているのだ。
驚異的な機体制御への理解と、エンジンの加速力だ。
軽量な機体への組み込みと、それに伴う機体形状の変更だけで、ここまでの能力を発揮するとは。
「やっべ」
「食らいついても油断するな!」
反転して降下に移るも、少しだけ遅かった。
チェイスのすぐ真上の風防で、演習弾の着弾した光が煌めいた。
これが実弾であれば20ミリ砲弾は容易く風防を貫通し、チェイスの身体をズタズタにしていただろう。
パイロット・キル。
文句なしの敗北である。
「そんな油断で、よくも今まで生き延びて来たな。お前、この前やられた時も油断してやられたんだろ?」
以前の被撃墜は『倒した』と確信した故の油断。
今回は『背後についた』と確信した故の油断。
どちらも優位を誤認した結果の死だ。
愚かなチェイスよ。内省しなくては、本当に死んでしまうぞ───
「……ああ。確かに、油断してた。ありがとよ、ボス。理解したよ」
「せっかくペンギン1を貸してやるんだ。しょうもない死に方をされたら、俺まで恥をかくからな」
まったく、彼の言うとおりだ。
長年、チェイスの鼻っ面を折れる人間が現れなかったが───ようやく、ボスがやってくれたか。
「ほら、ふたりとも。もう十分だよね? 部品が壊れないうちに、さっさと戻ってきて」
呆れた様子でエラが地上から呼び掛けて来た。
その通り、久々にボスから学べた。
「ペンギン1、これより帰投する」
「ペンギン3、部隊長に続いて帰投する……ペンギン1、これから頼むぞ。隊長」
「あんたに言われると、気色悪くて仕方がない」
とはいえ、足を
結局、チェイスがやるしかないのだ。
「……ふぅ。まったく、とんでもない事になったな」
異世界で自衛官が内戦に参加している時点で、とんでもない事態だろうに。
そして、このとんでもない事態を早々に終わらせるためにも尽力が必要なのだ。
「ふん、わかってるよ」
だといいのだが。
虚空に向けて言葉を吐き捨てたチェイスは、斗米空軍基地へ着陸を始めるのだった。