蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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51 鷹狩作戦「Stowaway」

「Stowaway」

央暦1969年8月2日

道奥(どうおう)智台(ちだい)上空

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

「各機、右旋回してもう一度雲に突入する! コースを外れるな!」

 

 果ての海に広がる雲の壁。

 それは世界の北端から南端にかけて真っすぐ世界を縦断している嵐のカーテン。

 

 未だチェイス達ですら越えた事のない世界の端。

 もちろん、この周囲は近づく事すら危険な領域である。

 

 松屋(まつや)隧道(ずいどう)を踏破する作戦に続き、幕府軍は再び前人未到の航空作戦を開始したのだ。

 

「ペンギン1! まだ終わらないのか⁈」

 

「行きはこれで最後、生きて帰ったらもう一度だ!」

 

「うひいいっ」

 

 新選組隊員の泣き言を受け流しつつ、チェイスは目前に広がる雲の迷宮を睨んだ。

 

 この異世界では、F-2が持つほぼすべての地図データはあてにならない。

 故に葦原で手に入れた地図と計器、それを頭の中で計算して現在位置を特定する必要があった。

 

 慣性航法。

 速度と距離の積分計算で現在位置を導き出す古臭い知識。

 良介がかつて航空学生を受験するために、血のにじむような努力で理解したものだったが───

 

 まさか、実践で必要になる時が来るとは。

 芸は身を助くとは、まさにこの事であった。

 

「ボス、俺の計算にミスは?」

 

「いや、問題ない。このまま続ければ智台に着くはずだ」

 

 最先任の元上司を部下に持つ経験は、酷く不思議に感じられたが───

 これほど信頼できる部下もそう多くはないだろう。

 

 ボスの太鼓判を受けて、チェイスは安心して指揮を続けられた。

 

 そして、遂にこの時が来た。

 灰色の世界が白み始めたのだ。

 

「各機、間もなく雲を抜ける! 抜け次第、交戦規定に従って交戦!

民間機への攻撃は絶対に禁止!」

 

「了解!」

 

 世界が眩い光に包まれ、暗闇が過ぎ去った。

 その先に広がるのは、淀んだ色をした海と広がる山々。

 そして、奥葦原最大の都市、智台の市街地が見えてきた。

 

 主な交戦地帯は智台西部の山岳地帯。

 智台空港がパンクしないよう、空中待機場所として指定された空域だ。

 

 ピロリ。

 雲を抜けて早速、レーダー警報装置(RWR)が複数のレーダー波を探知した。

 当然、F-2のレーダーも複数の大型航空機を探知している。

 

 すると、通信機から交信が入った。

 暗号化されていない、一般的な周波数だ。

 

「こちら智台空港ATC。貴機はどこから出てきた? 飛行計画(フライトプラン)にないぞ……」

 

 どうやらこの疲れた声の主は、海岸線からほど近い場所にある智台空港の航空管制官らしい。

 

 丁度いいではないか。

 無抵抗な相手に不意打ちをするのはもとより気に入らなかった。

 

 せめて誰の手に掛かって死ぬのか、彼らにも知る権利くらいはあるだろう。

 チェイスは通信機に向けて発信した。

 

「こちら幕府空軍第1航空団彰義隊……政府軍の敵だ」

 

「ばくf……なにっ⁈」

 

「馬鹿ッ、誰何(すいか)されて馬鹿正直に答えるやつがあるかっ!」

 

 ボスの叱責はごもっともだが、こればかりはチェイスも譲れなかった。

 

 チェイスがATCに向け宣言した直後、通信回線は一斉に騒がしくなった。

 

「電探に反応多数! 馬鹿な、果ての海から⁈」

 

「訓練じゃないのかっ⁈ 本当に敵なのか⁈」

 

「おい勘弁してくれっ、俺たちは民間の旅客機なんだぞっ。着陸許可を!」

 

 本来常に冷静でなくてはならないパイロットが、我を忘れて騒ぎ出すのも当然だ。

 

 輸送機はミサイルに対抗する手段を申し訳程度にしか持ち合わせていない。

 もちろん、自分を攻撃する航空機に反撃する手段は皆無だ。

 

 そしてさらに、脱出用の装備さえない。

 10キロ以上あるパラシュートを保管場所から取り出して担ぎ、制御不能となった機体のドアを開けてさらに外へ飛び出せるのは───

 トム・クルーズくらいなものである。

 

 非武装の航空機にとって、敵意剥き出しの戦闘機は抗う術のない死神なのだ。

 

 チェイスらペンギン隊の任務は航空優勢の確保であり、輸送機の撃墜ではない。

 後続の新選組に輸送機狩りは任せ、山岳地帯の高高度で巡航する。

 

「新選組各機へ、誘導弾での攻撃は可能な限り避けろ。民間機誤射の恐れがある」

 

 歳三が率いる新選組が次々と輸送機に食らいつき、撃墜していく。

 輸送機に自衛用火器は一切搭載されていない。

 屋岸空爆を目論んでいた爆撃機よりも、容易く地面へと叩き落されていく。

 

「至急至急! 幕府軍の攻撃を受けている! 援護求む!」

 

「繰り返せ! そこは前線の遥か後方だぞっ、なぜそこに幕軍がいる⁈」

 

「果ての海からっ、雲の壁に沿って南下してきたんだ!

はぐれた雲に隠れながら!」

 

「後ろにつかれた! 助けてくれぇっ!」

 

「この野郎っ、お前らこんな高度まで上がってくるなっ!

民間機を盾にするつもりかっ⁈」

 

 飛び交う電波の中では地獄絵図が広がっていた。

 抵抗も許されず、名も知れぬ人々が次々とあの世へ送られて行く。

 

「もらった! 攻撃する!」

 

 新選組の新米が輸送機の胴体をGUNで銃撃すると、ドアが破損して中身の車両がぽろぽろと落ちていくのが目に入った。

 

 この車両は味方を殺す兵士を運び、積まれた兵装は直接殺す。

 無抵抗なのは気に入らないが、輸送機の搭乗員は誰かを殺す道具を運んでいるのだ。

 遠慮は出来ない。

 

「意外ですね。直掩機が全くいないとは」

 

「西南……合衆国側に主力を貼り付けてるとは聞いてたが、

想像以上にこっちに割いてねえみたいだな」

 

 竜司の疑問にボスが応えた。

 確かに、想定されていた直掩機が一切いない驚きはチェイスも同感だ。

 

 葦原政府軍の頭数では、事実上の二正面作戦は辛い様子だった。

 今までの事情であれば、幕府軍は片手間で済むと見ていた様子だが。

 

「となると、俺達が注意するべきは迎撃機だ……」

 

「こちらヴィクター1。ペンギンへ、急速接近する機影あり。

方位290(西北西)、高度1万(3000)フィート(メートル)。機数6」

 

 ヴィクターはこの作戦に参加した海軍航空部隊だ。

 チェイスが見ていない方向の警戒を担当し───このたび、見事にその任務を果たした。

 

「了解、対応する。噂をすればなんとやらだ。ペンギン隊、行こう」

 

「了解しました」

 

「チェイス。他人に命令するのはいい気分だろ?」

 

「うるさいな。初の実戦なんだから墜とされるなよ」

 

 敵の機体は不明ながら、数的優位は間違いなく上だ。

 旋回して方位290を向き、敵機と対峙する。

 

 この時、レーダー波を受けたF-2がRWRを介して敵機を照会した。

 

 P-5Cリトル・バーグフ。

 葦原でいう五式打撃戦闘機『小鯱』だ。

 ボスが乗るドゥンのベースとなった、侮れない軽戦闘機。

 

 エラの協力によって、F-2が持つデータベースにこの世界の機体データを登録していたのだ。

 

 敵機は味方機の救助を優先したらしく、チェイスらペンギン隊ではなく、輸送機を狙っている新選組に機首を向けていた。

 

「こちら新選組勝又(かつまた)! 敵機に食らい付かれる! ペンギン隊、支援を!」

 

「今向かう、待ってろ!」

 

 高度を下げつつ、逃げ惑う勝又へと機首を向ける。

 すると───この状況を待っていたかのように、敵編隊は3機編隊2つに散開した。

 

 どちらかに集中すれば、片割れが食らいつく。

 対応するために分散すれば、少ない戦力がさらに分断される。

 

 恐らく6機編成の癖は本来、2機で編成した3個分隊に分けるためのものと思われるが───

 どうあっても、敵が優位になるよう動かざるを得ないわけだ。

 頭の回る指揮官が現場を回しているらしい。

 

 しかしチェイスは、あえてその網に飛び込んだ。

 

「竜司とボスは背後を頼む。味方はこっちに任せろ!」

 

「了解! 油断しないで!」

 

「チェイス! あの網、食い破ってやれ!」

 

 HMDを起動させ、勝又を追い回す敵機を捕捉させる。

 まだこの世界では一般的ではない、特定の標的を指定するミサイルの攻撃だ。

 

 向こうはミサイルの誤誘導を恐れてガン・ファイトを挑んでくると思い込んでいるはず。

 いきなりやられれば、面食らうに違いない。

 

「ペンギン1、FOX2!」

 

 標的の熱源を教え込まれた、3発の陽光がF-2から放たれた。

 レーダー・スレイヴ機能のない赤外線誘導ミサイルならば、同時発射しても最も強い熱源ひとつに突っ込んでいくばかり。

 

 しかし、3つのミサイルはそれぞれ別の標的を睨みつけた。

 敵も途中でその違和感に気付いたのか、高度を急速に下げて散開。

 地表スレスレを飛行して全員無事にミサイルを回避してみせた。

 

「うわっ! 今、目の前を横切った! 主翼に紅の一つ星だ!」

 

「じゃあ、あれが夷俘の魔物か⁈ 幕府軍の神兵!」

 

「夷俘の魔物、死んだんじゃなかったのか?」

 

「わからん。こっちを狙う様子は……なさそうだ」

 

 もちろん、何もかもうまくいくと思えるほど、チェイスも呑気な人間ではない。

 ミサイルと共に敵を追尾し───

 

 ここなら自分を追ってこないと思っていたのだろう。

 渓谷に飛び込んだ1機の背後に喰らい付いた。

 

 五式のエンジンでは、F-2を振り切るのは困難。

 火器管制レーダー(FCR)にあの小さなふたつのエンジンを捕捉させると───

 

 レーダー波が迫る木々に乱反射し、FCSがエラーを吐いた。

 マーベリックが用いた、あの状況だ。

 

「まさか実戦で活用する奴がいるとはね」

 

 相手は指揮官だけでなく、パイロットも優秀だ。

 

 この進路が限られた状況。

 ミサイルで狙えなくもないが、すぐそばには戦闘を避けるために低空飛行している民間機の姿もあった。

 

「くそっ、退避なら普通高度あげるだろ?」

 

 肝心の政府軍の輸送機は、纏まりを欠いてあらゆる高度へ逃げ惑っている。

 残念ながら輸送機が飛行を避ける、地を這うような低空以外に安全性の高い高度が存在しないのだ。

 

 そんな逃れてきた彼らを流れ弾のミサイルが誤誘導しては、大惨事となる。

 FCSがアテにならない事に変わりはないが、GUN照準システムに切り替えた。

 

 レーダーでの目標捕捉が不能な現状では、FCRを用いない最低限のレベルでしか活用出来ない。

 流れる滝の水をジェット気流で吹き飛ばしつつ、稜線の向こうに消えた機影を追尾し。

 

 渓谷はついに逃げようのない直線に差し掛かった。

 ここはもう限界と悟った五式は上昇を始めるが、もう遅い。

 漏斗(ファンネル)状の照準器を敵機の幅と合わせ───発砲する。

 

 曳光弾が描く光の線が左尾翼を貫き、昇降舵(エレベーター)を吹き飛ばした。

 緻密な操縦を必要とする状況下で突如機体制御を狂わされた五式は、猛烈な勢いで錐揉(きりも)みを始めて地形に激突した。

 

 残念ながら、脱出は叶わなかった。

 

「ペンギン1、スプラッシュ1」

 

 上昇して渓谷から頭を出したその時、こちらを向く機体の姿に気づいた。

 直後、主翼が火を吹く。

 

 相手が誰であれ、攻撃だ。

 

「くそっ」

 

 反転して急速降下。

 再び渓谷の底を這うように飛ぶと、頭上をミサイルが突き抜けて山肌に突っ込んでいった。

 

「レーダーに再び機影! 方位270(西)! 続々と集まって来てるぞ!」

 

 ヴィクター1からの報告。

 奇襲は成功し、新選組が少なくない数の輸送機を狩った。

 作戦の主目標は達成している。

 

 これが潮時というやつだろう。

 

「こちらペンギン1、作戦の終了を提案する」

 

「新選組隊長、歳三だ。ペンギン1の提案に賛成する。

新選組全機、東の撤収地点に向かえ」

 

 敵の迎撃が苛烈化した際は、戦力の消耗を避けるため速やかに撤収する。

 これも予定通り。

 この瞬間からペンギン隊の目的は撤収の支援と帰還の際の先導となる。

 

「チェイス、こっちは片付けた! 撤収はいいが、お前はどこだ?

レーダーに映らないぞ!」

 

「高度1000フィート!」

 

「なに地面に潜ってるんだ、早く登って来い!」

 

「頭を押さえつけられてる、先に行っててくれ!」

 

 最悪、チェイスがいなくともボスが撤収地点へと辿り着けば新選組を先導できる。

 この状況は、チェイス単独で切り抜けなくては。

 

 呼吸を整えると、上昇して谷を抜ける。

 すると左手、西の方向にその姿が映った。

 

 2機の五式。

 仲間の仇討ちに燃える男達だ。

 

「正当な権利だ。相手になってやるよ」

 

 いくらF-2が速度で優位にあるとはいえ、ミサイルがある以上逃げ切れるほどの距離ではない。

 西から迫る本隊が追いつくまでに彼らを排除して、東へ逃げなければ。

 

 そのためにも、チェイスは機体を西へ向けた。

 

 今度は閉鎖空間ではない。

 FCRは問題なく、標的を捕捉してくれた。

 

「HMD起動! 多重ロック開始!」

 

 2つの敵を睨みつけ、ミサイルにその姿を教え込む。

 そして、同時発射。

 

 敵編隊はフレアを撒きつつ、互いの軌跡を交差させるシザーズ機動を繰り出した。

 熱源となってミサイルを撹乱するフレアと、交差する本物の熱源。

 

 この二重の撹乱によって、ミサイルは本来の標的を見失ってしまった。

 

「やるね」

 

 褒めている場合か。

 2対1の構図は変わっていないのだぞ。

 

 それに、次は向こうのターンだ。

 

 2機の翼端からミサイルが放たれた。

 高度も速度も、回避するには難しい範疇。

 

「でも、俺も弾はまだある」

 

 再びHMDを起動させ、自身に迫るミサイルを捕捉させる。

 そして、発射。

 

 マッハ2の速度を持つミサイル同士が猛烈な勢いで突進し合い───

 正面から衝突した。

 

 爆煙が人とミサイル双方の視界を奪い、事情を知らぬ者の判断を狂わせた。

 熱を帯びた煙によって五式が放ったミサイルは標的を見失い、チェイスが投下したカウンターメジャーによって容易に地面へと吸い寄せられていった。

 

 そして、本人はその爆煙から姿を現した。

 双方進路は変えず、真正面(ヘッドオン)からの遭遇となった。

 

「悪いね」

 

 FCSは五式の機影を最大レベルで捉えていた。

 表示されていた円形の照準器に敵機を収め、発砲する。

 

 虚を突かれて引き金に指が届かなかったらしい。

 反撃はなく、チェイスが放った20ミリ砲弾は片割れの鼻先と右エアインテークを破壊した。

 

 レーダー───この世界の場合、やたら大きな索敵レーダー以外積まれていないノーズが脱落。

 被弾した右エンジンからは、火と黒煙が吹き出し始めた。

 

 機体形状が大きく変わるほどの損傷に、推力源の喪失。

 もうまともに飛行することすら困難だろう。

 

 衝撃波で機体が揺れるほどの距離感で2機とすれ違い、再び旋回して格闘戦に入る。

 被弾した五式は未だ飛行していた。

 

 前回の戦いで、機体を全損したあの失敗を想起する。

 勝ったと思った油断で、致命的な被弾を受けた。

 

 あの時は幸い無事に済んだが、もし片割れと戦っている最中に横槍を入れられれば?

 幸運は2度も続かない。今度こそ、死ぬかもしれない。

 

 生き延びるためなら、背中を向けている今、叩き落とすべきだ。

 そう、これは戦争だ。

 

 たとえ致命的な損傷に見えても一矢報いると命を賭ければ、道連れにされる恐れもある。

 殺すべきだ。殺さなければ、殺されるのだ。

 

───でも、だとしても……

 

 妙なプライドを捨てろ。

 そのプライドに(じゅん)じるほどの価値はあるのか?

 

「ないかもしれない。だけど……お断りだ」

 

 まったく、馬鹿め。

 ならば好きにしろ。

 

 好きに選んで、人殺しをするがいい。

 

 チェイスは被弾した敵機を放置し、健在な五式の追尾を始めた。

 

 互いの軌跡が交差し合うシザーズ機動。

 先ほどは向こうがミサイルを避けるために行った機動だが、今度は互いの隙を見つけて殺すための交わり。

 

 速度を調整し、互いに相手の背後を取るために旋回を続ける。

 

 チェイスには時間がない。

 既に敵の増援、本隊は背後に迫りつつある。

 しかし敵機の主翼にはミサイルが搭載されている。

 

 無視して背中を向ければ、容赦なくミサイルが突き刺さる。

 最前線で敵を倒すことだけが、優秀な兵士の条件ではないのだ。

 

「くそっ。やるな、認めるよ。さて、どうしようか……」

 

 絶妙な位置どりを続ける敵に、チェイスは打つ手がなかった。

 レーダーの画面すら一瞥する余裕のない格闘戦に、思考を止めることすら出来ない。

 

「チェイス、ブレイク・ナウ!」

 

 その声に、チェイスは咄嗟にシザーズ機動を中断して離脱した。

 すると、一筋の雲が敵戦闘機を貫いた。

 

 雲が伸びてきた方向を睨む。

 そこには、いま木っ端微塵になった機体に限りなく近い機影───

 

 事実上の発展型である、ドゥンの姿があった。

 そう、先に撤収地点へ向かったはずのボスである。

 

「何でここにいるんだよ⁈」

 

「一番足があるのが俺なんだよっ! いいから帰るぞ、馬鹿野郎!」

 

 礼を告げる時間すら、今は惜しい。

 西から迫る敵機は、今にも最大速力でチェイス達にミサイルを投射しかねない距離なのだ。

 

最大出力(マックス・パワー)!」

 

 オーグメンターを起動し、エンジンから炎を吐きながら、東の方角へ。

 F-2は素早く加速を始めて地域を離れていく。

 

 しかし、敵機は徐々に迫っていた。

 

「こちらヴィクター1、敵機は速度1000(1860)ノット(キロ)で接近中!」

 

「ああ、よろしくないな……もう1戦やるか?」

 

「こちら新選組隊長、歳三。

ペンギン1と3、我が隊の誘導弾を追跡する敵機に向け投射する。

合図で上昇しろ」

 

 既に撤収地点で新選組の面々をまとめている歳三が通達してきた。

 確かに、新選組の機体はミサイルを搭載していたが、輸送機相手に使うような事態にはなっていなかった。

 

 彼らと連携すれば、追い掛けてくる敵を撃墜は出来ずとも撒くことは出来る可能性が高い。

 

「了解、頼むぜ新選組!」

 

「ああ……借金は、なるべく返す主義だからな」

 

 ミラーに映る青空に、明らかに異質な黒点が見え始めていた。

 間もなく、ミサイルの射程圏に入る頃だろう。

 

 正面には、こちらを向いた新選組の機体があった。

 

「今だっ、上昇!」

 

 歳三の合図だ。

 チェイスとボスは操縦桿を引き、ハイGターンを開始した。

 

 全身の圧迫感に血流が阻害される。

 視界の隅を銀色の羽虫が飛び回り、灰色の世界を削っていく。

 意識が朦朧とする中、声が響いた。

 

「チェイス殿っ!」

 

「高高度に敵機⁉︎ 1200(2222)ノット(キロ)で降下してくるぞっ!」

 

 ほぼ垂直の状況で上昇をやめ、真上───世界から見て後方やや上へ視線をやる。

 

 正面から見た姿は、MIG-21───F-21イコウェと似た尖り帽子。

 しかしその翼に厚みが見える。

 

 そう、前回の作戦で戦い、チェイスを撃墜したI-17だ。

 あの可変翼機が、明らかなオーバースピードで突っ込んで来ているのだ。

 

 主翼から炎が迸る。

 ミサイルの接近。

 しかし、急上昇によって機動のための速度はほぼ失われていた。

 

───まずい、打つ手がない。

 

 朦朧とした意識が弾き出した結論は、それだけ。

 死神の手がコクピットへ手を伸ばすその瞬間を、眺めるしかなかった。

 

「チェイスっ!」

 

 死を睨む目前を、フレアを撒き散らすオロールが横切った。

 

「竜司ちゃんっ……?」

 

 彼女がミサイルとの間に割り込んだ事により、誘導がわずかに逸れた。

 標的を見失ったミサイルがすぐ真横を過ぎ去り、やがて時限信管によって自爆した。

 

 女の子に助けられてばかりでは、日本一のナンパ野郎の名が廃る。

 そうだろう? 志村良介。

 

「当たり前だっ……!」

 

 チェイスは一周する形で上昇を継続し、機体正面に敵のI-17を捉えた。

 まだ主翼にはミサイルがぶら下がっている。

 

「お返しするよ」

 

 残った5発のミサイルを捕捉させ、時間差を開けて発射する。

 敵機は流石に攻撃を諦めると、さらに機首を下に向けて垂直降下を始めた。

 

 いくら可変翼の性能でも、その速度とフレアだけでは逃げ切れない。

 徐々に噴煙と機体の距離が縮まると、敵機は真下に向かってバレル・ロールを始めた。

 

 垂直バレル・ロールだ。

 速度をほぼ殺さずに行える回避機動だが───ほとんど机上の空論だ。

 

 しかし、それは想像を絶する機動だった。

 まるで背中に目でもついているかのように、正確に迫るミサイルを回避し、チェイスが放った5発すべてのミサイルを地面に叩きつけてみせた。

 

「なんて野郎だ……でも」

 

 ミサイルをかわせたとしても、その後迫る地形には対応出来ない。

 どう考えても、真正面から激突してしまう。

 

 明らかに上昇の間に合わない速度。

 それは、丘の頂上の話。

 

 I-17のパイロットは正確に谷へ機体を合わせると、谷底を流れる川の手前で水平飛行に戻してみせた。

 先ほどチェイスとボスが行ったものよりも、とんでもないハイGターンになるはずだ。

 

「マジか……! 主翼もげないのか⁈」

 

 もげていない。間違いなく飛行を続けている。

 この光景を、少し下にいる歳三も見ていたのだろう。

 

「今降下した機体に、誘導弾を撃てっ!」

 

 新選組とヴィクター隊がミサイルを投射し、谷へ逃げたI-17に誘導弾を向かわせる。

 間違いなく、ただでは済まない攻撃だが───

 

 チェイスには何となく、あのパイロットなら対処するという確信があった。

 

「ペンギン1! 離脱するぞ!」

 

「ああ、わかってる!」

 

 ミサイルで追い払った敵の本隊が食らいつく前に。

 チェイスとボスは部隊の先導を始めて、果ての海に広がるはぐれ雲の群発地帯へ突入した。

 

 流石の彼らも、この嵐雲に近づくほど無謀ではなかったらしい。

 海に出て間もなく、追跡を続けている気配はなくなった。

 

「……逃げ切ったか」

 

 最終的にとんでもない空戦に発展したが、奇跡的に彰義隊及び海軍航空隊の被害はゼロだった。

 

「見たかっ、賊軍めっ! メチャメチャにしてやったぞ!」

 

「八咫烏万歳! 俺たちは最強だぁっ!」

 

 新選組の新米たちが、通信回線を使って口々に今回の勝利に歓喜した。

 自分たちは今、本来風速100メートルもあり得る危険地帯にいることも忘れて。

 

「浮かれるな! 雑兵ども!」

 

 その戦勝気分を、隊長である歳三自ら消し飛ばしてみせた。

 

「お前らは見ていたはずだ。あの飛行士を……間違いない、奴だ」

 

「奴って?」

 

 チェイスの素朴な質問に答えたのは、歳三本人ではなかった。

 

「神機隊の腕利き……彼の事ですね、山義隊長」

 

「ああ……間違いない。奴が、首都防空隊壊滅と、魔導兵器撃沈の立役者だ」

 

 竜司の言葉に、歳三は答えた。

 

「何者なんだ? 神機隊の腕利きって?」

 

「……悪い。今、奴の話はしたくない。戻った時に、する。約束する」

 

 そう語る歳三の口調は重々しく、苦々しく。

 口にするだけでも、その辛さが伝わってきた。

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