蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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53 鷹狩作戦「Stowaway」

央暦1969年8月3日

夷俘島 斗米空軍基地

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 話し終えた歳三は椅子の背もたれに体重を預けると、天井を仰ぎ見るように脱力した。

 時折歳三は良介に対して、何らかの負債の返済をしようとしている様子はあった。

 

 その正体は、自分の仲間を、友人たちを奪った仇討ちにあったとは。

 

「俺はひとり、生き延びた……」

 

 悲痛な呟きは彰義隊の隊舎に響き渡り。

 しばらく沈黙が辺りを漂った。

 

「その神機隊という部隊。あれは、志村殿が討ち取ったのでは?」

 

 最初にこの静けさを打ち破ったのは、竜司だった。

 彼女の言葉に、他の新選組隊士たちもうんうんと頷く。

 

 しかし、残念ながら良介はこれを否定出来る記憶を持っていた。

 

「いや。ボスを墜した奴は逃げ帰ってる……

ほら、屋岸が空爆されそうになった時。

俺が最後まで探してたけど、結局見つからなかった奴がいただろ?」

 

 良介がこの世界に来て、政府軍もとい神機隊から洗礼を受けたあの空戦だ。

 ボスを撃墜した直後良介を狙ったところを、ちょっとした搦め手を用いて撃退したあの機体だ。

 

 あの機体は、神機隊の中で撃墜を免れた唯一の敵だった。

 

「……俺もあの時、射程ギリギリでGUN当てなかったら、ヤバかったのかな?」

 

「志村殿なら……きっと、勝てるはずです」

 

 その言葉とは裏腹に、竜司の表情には不安が強く浮き出ていた。

 無理もない、自分の師と同義の人間が手も足も出なかった相手なのだ。

 

 良介の乗るF-2が未知の技術の塊だとして、結局空戦は当てた方が勝つのだ。

 機体の速度制限を大幅に超過しながらも、完璧に操縦し、かつ逃げ延びる。

 尋常ではない腕、それは議論する余地すらなかった。

 

───そういえば、竜司ちゃんはあの時……

ヴィクターが警告する前に俺を庇ってくれたよな?

 

 言われてみれば、その通りだ。

 彼女は海軍航空隊の警戒機を務めていたヴィクターが、レーダーでその機影を捉える前に警告を発していた。

 

 レーダーは万能ではない。

 ましてや、この世界の技術水準ならば。

 

 それでも既に、人の目を軽く超越する程度の性能はあるのだ。

 一体、どのようにして真っ先に奇襲に勘付いたのか。

 

 妙な(スパイ)疑いは持っていないが、話を逸らすついでで尋ねてみた。

 

「そういえば竜司ちゃん。あの時、俺を庇ってくれた時。

どうやってあいつに気付いたんだ?」

 

「……わかりません」

 

 その発言は本来、パイロットが絶対に発してはいけない言葉である。

 特に、自分の飛行した記憶に関する部分なら。

 

 航空機は場合によっては一挙手一投足が墜落、死に直結する。

 操縦士や同乗者はもちろん、地上にいる本来無関係な人々もだ。

 

 良介はそれを航空学生時代にみっちり叩き込まれた。

 恐らく幕府軍もとい、飛行学校でも同じ事を教えていたはずである。

 

「わからないのに、あんな無茶が出来たの?」

 

「いえ、わかったんです。ですが……言葉に出来ません。

強烈な害意が志村殿を狙っている。それがわかった(・・・・)としか」

 

「うーん、俺には全然わからないな……」

 

 良介も限定的にわかると言えばわかるが、それは五感を総合的に分析した結果に過ぎない。

 あの足音は常に自分との距離をキープし、あいつの視線は自分から離れないし表情も裏では何か企んでいそうだ。

 

 このように違和感を今までの経験に照らし合わせると、結論として相手が何かしらを画策していると思える。

 勘とはそういうもので、あいつはなんか気に入らないから敵だ、みたいな当てずっぽうとは違うのだ。

 

 あの高高度では、視覚で得られる情報すら限られる。

 音など、風防越しでもエンジンの爆音に掻き消されて何も聞こえない。

 視覚以外の四感は封じられていると言ってもいい。

 

(サトリ)、か……」

 

 歳三の囁きは、良介の記憶にもある言葉だった。

 

「あの、他人の考えてる事がわかるってやつ?」

 

水丘(みなおか)藩が熱心に研究していると聞きます……

ほとんど、都市伝説の類と言われていますが」

 

 新選組の鉄之助が良介の言葉に補足した。

 都市伝説の類というのは、確かに分からんでもない。

 他人の思考が読めるなど、当の他人からすればわかりっこない、考えたくない可能性である。

 

「うーん、だとすると千代ちゃんに聞いてみるべきかな?」

 

「千代、ちゃん?」

 

 サトリといえば、実例が良介のすぐそばにいるのだ。

 すると、タイミングよくガラガラと隊舎の戸が開いた。

 

「おいすー、呼んだ?」

 

 千代。

 元は良介の命を狙う暗殺者で、今は───

 何なのだろう?

 

 とにかく、ふらっと突然いなくなったり戻って来たり。

 そして普段は基地で清掃員として働く謎の少女である。

 

 ただ十中八九、彼女が持つスキル(ころし)は今も活かしているように思える。

 

「なんか、あたしの話してるような気がしてさ」

 

「うーん、都合がいい……」

 

 そして千代は隊舎中をざっと見渡して───

 竜司のところで視線が止まった。

 

「……わかった?」

 

「……はい。ハッキリと」

 

 千代の微笑みに、呆然とした様子の竜司が答えた。

 

 ただ視線を交わしただけなのに、何がわかったというのか。

 良介が交互にふたりを見ていると、遅れて千代が反応した。

 

「そうだ、しむすけはサッパリだよね。サトリ(あたしら)のこと」

 

「……俺のことはサッパリわからない、って事ぐらいかな」

 

 そう。どういうわけか、どんな人間の内心も読める千代でも、良介だけは読めないのだ。

 これは自己申告なので、確証は一切なかったが───

 

「竜司ちゃんもそのサトリなら、俺の考えてることわかる?」

 

 なぜか良介は両腕を頭の後ろで組み、胸筋をアピールした。

 愚かな志村良介よ、心を読むのにそのポーズは何も関係がないぞ。

 

「いえ……お恥ずかしながら、能動的に読むことは出来ません」

 

「うん。リュージは受動系だし、まだそんなに強くないよ。

本当に強い念だけ、読み取れるくらい」

 

「……サトリって、タイプとかあるんだ」

 

「あるよー。受動系以外にも、相手に念を飛ばせる能動系とか、

読心に特化した読心系とかさ」

 

「じゃあ、千代ちゃんはどのタイプなの?」

 

「全部」

 

 なるほど。

 葦原一の始末屋であると同時に、葦原一のサトリでもあるわけである。

 

 しかし、たとえ世界一のサトリだとしてもわからないことがある。

 千代はあまりにも、全ての能力を内包している能力者だとしても、詳しすぎるのだ。

 

 まるで自分以外の、多くのサトリを目の当たりにして来たような。

 そんな印象を受けるほどに、サトリに関して饒舌(じょうぜつ)だった。

 

「それでもなんか、サトリに関してやたら詳しくない? まるでサトリ博士だ」

 

「半分は当たってる……

正確には、あたしはそのサトリ博士の頭を日常的に読んでたんだ。

ほら、あたし前に水丘藩の生まれって話したじゃない?

そこの彼、鉄之助くんが言ってたサトリ研究が進んでる藩の」

 

「……? あれ。俺、名乗ってないぞ……?」

 

 この話題は、千代が隊舎に現れる直前に話していたものだ。

 思いがけずサトリの能力を見せつけられた鉄之助は、目を丸めて呆然としていた。

 

「サトリ博士?」

 

「サトリの研究してる人……水丘藩は昔から隠密を育ててたけど、

当然隠密にとってサトリの能力は魅力的だ。親元から引き剥がして

育て上げようとするぐらいにはね……」

 

 千代の過去。

 その全てを良介は耳にしたわけではないが、この話は本人から聞いていた。

 拷問を受けた上で、自ら手放す事を強いられた彼女の両親。

 

 そして千代は、その全てを自身の能力で知ってしまったのだ。

 

「でも、どうもサトリって血で決まるわけではないっぽいんだよね。

サトリとサトリの子はサトリ……というわけではなく、普通のふたりから

サトリが産まれることもある。あたしもそうだった。でも、やっぱり

使える人材は安定して供給したい」

 

 そうなれば、人間のやる事は決まっている。

 サトリの身体を徹底的に調べ上げて、常人との差異を見つけ出す。

 

 エスパーの研究は90年代ごろまでどの国もやっていた事だ。

 実在するエスパーなど、それはもう身体の隅々まで調べ上げられているに違いない。

 

 その最終目的とは概して、特異的な能力の人工的な発現に帰着する。

 

「……水丘藩の研究っていうのは、そういうもの」

 

 人造サトリ、強化人間とでもいうべきか。

 千代は恐らく、その中でも最高の被験体だったのだろう。

 

 ふと、良介は千代の視線が歳三へ向けられているのに気付いた。

 他人の内心を読める彼女なのだから、何かしら抱いている感情を読み取ったのだろう。

 

 すると思った通り、歳三は瞑目しつつ口を開いた。

 

「……千代、ひとつだけ聞きたい」

 

「その程度のことなら、遠慮しなくてもガンガン聞いてくれていいよ」

 

 事前に問いを読んだ千代はあっさりと言ってのけるが、彼女も自分の能力と付き合って長い。

 他人にもわかるように、言葉にして問答を成立させてみせた。

 

「サトリは。造られたサトリは、戦場(いくさば)に出てくるのか?」

 

「あたしが研究から離れて結構経ったけど……出てくると思うよ。

そのぐらい、進んでると思う」

 

 エスパー軍団。それが陸や海、そして空にも現れる。

 竜司がもしそのサトリというものであったとしたら。

 あの良介を庇った時の挙動を見るに、読みも相当な距離まで可能ということになる。

 

「……正直、葦原新政府ってのは根拠もなくデカいこと

口走ってると思ってたけどさ。

一応、そういう優位性があるって理解してやってたわけか」

 

「他人の心が読める程度じゃ、一対一ならともかく、

集団だと優位性になるとは思えないけどね」

 

 と、当事者である千代は言ってのけた。

 本人も言っていた通り、万能というほどでもないのだろう。

 

 未だ現実を受け入れきれていないのだろう。

 竜司は呆然とした表情のまま、自身の手のひらを眺めていた。

 

 その不安は、なるべく解消するべきだ。

 良介は優しく、彼女に語りかけた。

 

「ま、何にせよ……竜司ちゃんは竜司ちゃんだ。そうだろう?」

 

 これが彼女が求めていた言葉なのかは定かではない。

 竜司は視線を上げ、恐る恐る口を開いた。

 

「……ですが、志村殿は恐ろしくないのですか?

他人の心を、遠慮なく覗ける。そのような、力が……」

 

 確かに自分の心を無遠慮に覗かれるのは、いい気分ではないかもしれない。

 しかし良介の場合、誠に遺憾ながら一番重要なのはそこではなかった。

 

「千代ちゃん。サトリの能力って、制御出来るの?」

 

「無理だねぇ」

 

「となると、それはもうどうしようもない事だろ? 俺はそれよりも……

俺の考えてることで、竜司ちゃんを傷付ける可能性の方が恐ろしいよ」

 

「傷付く……? 私が……?」

 

「そう……俺も男だ。エッチな事を考えてても、許して欲しい」

 

 ばしーん。良介の背中がしばかれた。

 

「はっ、破廉恥な茶化しをしないでください!」

 

「い、いや。確かにちょっとふざけたけど、残りは真面目だよ。

別に竜司ちゃんが傷付くのは、エッチな事だけとは限らないだろう?

それこそ、人間ってのは常に何かを考えてて、ふとした拍子に考えたことが

他人は気に入らなかったり、傷付ける可能性だってあるじゃないか」

 

 具体例を挙げるならば、良介がこの世界に来た直後。

 宗治郎の誘いで訪れた屋岸空港の特級食堂の件だろう。

 

 決して良介は口に出さなかったが、彼女のテーブルマナーは酷いものであった。

 それはまあ、仕方のないことだ。

 彼女の生まれはそうした事を学べる環境になかった。

 

 とはいえ、『お前はマナーがなっていない、生まれが悪い』と思考したのは事実だ。

 サトリとは、そうした口にするべきでない、本来社会性によって留められるふとした感想も意図せず読み取れてしまうのだ。

 

「サトリが他人の心を勝手に読めちゃうのと同じく、

人は思考を止められないんだ。

だから俺は……その素朴な感情で傷つける方が恐ろしく感じるんだよ」

 

 良介はサトリに読まれないが、サトリでもない。

 故にこの言葉で竜司が何を思ったのか知る術はない。

 ただ───

 

「……ありがとうございます、志村殿」

 

 わずかでも、彼女の心の支えになれたのなら。

 幸いな事なのだろう。

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