蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年8月2日
川口藩 庄外空港
葦原政府唐津海軍航空隊『振遠隊』
川端“ロック”六助大尉
僕は作戦後の会議を待つまでの間。
怒りに耐えきれず、ゴミ箱を蹴飛ばした。
「落ち着けよ……気持ちはわかるけど、物に当たる事はないじゃないか」
行き場のない怒りはゴミ箱如きで発散出来るはずもなく。
僕は怒りを視線に乗せて彼に視線をやった。
僕と同期で、この振遠隊で堅実にキャリアを重ねる若年士官。
腹立たしいけど……彼の言うことは道理だった。
深呼吸して、呼吸を落ち着ける。
「無理もない。こいつにとって幕軍の神兵……
夷俘の魔物は、原隊の仇なのだからな」
「岸岳少佐!」
僕も秀穂大尉に倣い、挙手敬礼を行う。
彼女、
神機隊の加藤隊長と肩を並べて異国と戦った、歴戦の烈士でもあった。
「ご苦労だった。川端大尉、金子大尉。
お前達の活躍で、幕軍の卑怯者による被害は抑えられたのだからな」
卑怯者。
そう、幕府軍は卑怯者だ。
僕たちとまともに戦う事を避け、戦う力を持たない輸送機を集中攻撃するとは。
彼らにも家族がいて、運んでいた物資の先にもまた、家族を持つ兵士がいて。
彼らを飢えさせ、困窮させ。
幕府は常に搾取し、葦原の分断を強いてきた。
奴らはそうやって甘い汁を啜ってきた卑劣な権力者だ。
「少佐、会議の前にお尋ねしたい事が」
「いいだろう、聞こう」
「幕府軍……奴らは、どのようにして果ての雲を突破したのでしょう?」
果ての海に広がる雲の壁、そこから剥がれて葦原に寄ってくるはぐれ雲。
間違いなく奴らは、逃げる時……多分、忍び寄った時もあの中を通ってきた。
あり得ない話だ、そんなことは誰にでもわかる。
でも僕には……心当たりがあった。
「川端大尉。言ってみろ」
「え?」
茂実少佐の指示通り、僕は口を開いた。
「神兵は……果ての雲を通り抜けられます」
「果ての、雲を……⁈ 本当なのかっ⁉︎」
「奴らはそこから現れた。きっと、出来るんだ」
その原理については、僕にはさっぱりわからない。
でも確かなのは、蒼い機体の神兵は幕府軍に過ぎたるおもちゃを渡してしまった。
果ての海の通行権。
あの雲を通り抜けて葦原の東、果ての海の沿岸線すべてから現れる能力。
腐敗した横暴な権力者には、過ぎたおもちゃだ。
「そう。幕府の低能どもが扱うには危険過ぎる……
そして能無しの政府首脳どもにも、劇薬だ」
「と、いうと?」
「後ほど説明するが……その報告を聞いた連中は、顔を真っ青にして
『果ての海沿い全ての警戒体制を強化しろ!』そう喚いたのさ。馬鹿どもが」
軍事を知らぬ、政府の偉い人たちにはそれがどれほど困難なのか。
きっと理解していないのだろう。
葦原は島国でありながら、その面積は細く長い。
奥葦原含め、果ての海沿い全てを警戒する。
そんなのは不可能だ、いくら戦力があっても足りやしない。
実行するとなればマランス合衆国と対峙する西南と、ここ奥葦原の守りを緩めるも同義だ。
幕府軍の馬鹿揃いでもわかる、明らかな隙になる。
「奴らは民主主義の隙を突いてきた。民意には逆らえん」
「では、我々も果ての海の警戒に回されるのですか?」
「そうだ。……奴らは、獲るぞ。奥葦原を」
せっかく、夷俘の最果てに幕府の連中を押し込んだのに。
またこの美しい葦原に、奴らが戻って来るのか?
むかつく、イラつく、我慢が出来ない。
あの烏合の衆が逆侵攻するだと?
すべて、蒼い機体の神兵の仕業だ。
奴さえいなければ今頃、幕府軍など全員無縁仏に放り込んでいたというのに。
「さて。金子大尉、質問は以上か?」
「あ、はいっ! ありがとうございます!」
「いいだろう。……川端大尉、身体の調子はどうだ?」
秀穂大尉との会話を終えると、茂実少佐は僕へと視線を向けた。
先の戦闘で夷俘の魔物が放った5発の誘導弾。
それは全部かわすことが出来たが、あの取り巻き連中が放ったそれは1発だけ、至近距離で炸裂した。
僕自身に怪我はなかったが、風防が割れて可変翼機構が破損した。
せっかく乗れるようになったクルーヴィナ連邦製の機体は、あっという間に修理工場送りになってしまった。
「怪我はありません。予備機は?」
「悪いが機体への習熟の観点から他に回す。余りはない。
代わりと言ってはなんだが、お前には別の機体が用意されている。
東征空軍司令部からだ」
空軍司令部には加藤隊長の紹介もあって、穂積さん以外にも知り合いは少なからずいる。
果たして、誰からの贈り物なのか。
茂実少佐が手渡してくれた書類には、
ざっと仕様に目を通すと、試作だの特殊機だの、色々な表現が目についた。
そしてこの機体の名前は……
解説書には大まかなシルエットと機能が描かれていたが、僕の常識を遥かに超える性能を持っていた。
特殊な推力偏向ノズルを搭載したエンジン。
これを利用した垂直離着陸戦闘機。
それでいて、限定的ながら音速を越える能力もある。
パニッシュほどではないが、確かに強力な機体に見えた。
「……
後ろから秀穂大尉が僕の持つ書類を覗き込んだ。
彼はどうも、距離感が近いというか浅慮な所がある。
悪い人間ではないとは思うけれど。
「ですが少佐。これは我々の扱うような、一般的な固定翼機とは
大きく操縦法が異なるのでは?」
僕が口にしようとした疑問を、距離感のおかしい秀穂大尉が代弁してくれた。
垂直離着陸、つまり回転翼機のように空中に
僕が持っている操縦免許はすべて一般的な固定翼機。
機種転換には多くの課題があるように思えた。
「確かに、回転翼機の操縦免許を得るのと同じぐらいの
時間が必要になるだろうな。
しかし考えてみろ。こいつは垂直離着陸だけでなく、
こいつの扱いを覚えることは、明日の葦原のためにもなる。そうだろう?」
葦原の国土の大半は山岳地帯であり、航空機の離発着に必要な滑走路を築ける平地はそう多くない。
回転翼機の離発着に使うヘリポートや、短い滑走路で運用可能な機体。
なるほど。
確かに、葦原で運用するのにこの機体は最適だ。
「東征空軍はお前について詳しいらしい。すぐにでも使いこなすだろうと言ってのけたよ」
通常ではない動きが可能な機体に、東征空軍からの期待。
僕に断れるはずがなかった。
「喜んで、参加させていただきます」
「いいだろう。詳細はデブリーフィングの後に説明する。しばらく待機せよ」
それだけ告げると、彼女は他の隊員の様子を見るため去っていった。
しばらく少佐と他の隊員が話す様子を見ていると、秀穂大尉が囁いた。
「最新鋭試作機のテスト
幕府との戦いが終わっていれば、間違いなく僕もそう考えていた。
だけれど、本来僕には倒さねばならない奴らがいた。
腐敗した古き権力者と、考えもなく圧政者に力を貸す神兵。
連中を倒す力を得るためとはいえ、この空白期間は僕にとって歯がゆいものだった。