蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年8月3日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
ひとまず、この場は解散となり。
良介は微妙な空気の隊舎を後にした。
「ふぅ。とりあえず、これで今日はフリーだ……なにをしようかな?」
感傷に浸る竜司を邪魔するわけにはいかず、これから仕事があるという千代に絡むのも憚られ。
あてもなく辺りを見渡していると───
「遊郭へ行かないか」
「ギョギョッ⁈」
突然の囁きに驚くと、すぐ真横に歳三が突っ立っていた。
それにしても、とても耳元で言うようなセリフではない。
「な、なんだよ唐突に……」
「なに。暇そうなら、女遊びに行かないか。そう誘っただけだ」
てっきり、歳三はお堅い人間だと勝手に思っていたが───
どうやら見た目や性格に反して、なかなかの遊び人らしい。
もっとも良介の経験上、
「……うーん、遊郭かぁ」
「まさか……嫌いなのかっ?」
「なんでそこまで深刻そうな口調なんだよ」
「信じられん……女遊びが嫌いな男が、この世にいるのかっ⁈」
「うーん、そこは確かに否定しづらい……」
良介とて、自称日本一のナンパ野郎。
当然、女の子は大好きである。
それこそ毎日会いたいほどに。
しかし、良介の信条としては───遊郭のような性風俗関係は違うのだ。
「なあ、歳三。俺はさ、日本一のナンパ野郎なんだぜ……」
「ああ、聞いている」
「ナンパ野郎が風俗通いなんてバレたら、恥もいいとこだろう?」
これは渾身の一撃である。
ナンパ野郎は女の子と話して仲良くなるプロフェッショナル。
それが金を払ってやる事をやって終了では、面白みがない。
自衛隊の同僚からの誘いに、良介はこの口実を使って角が立たないようにしてかわしてきた。
幕府軍でも同じく、鉄板の文句を使って回避が出来るというわけである。
「普通じゃないのか?」
「え、そうなの?」
「第一、ナンパ野郎が気にする恥がどこにある?」
おおよそその通りであると、良介は認めざるを得なかった。
良介のような自称一流のナンパ野郎はともかく、大多数の凡愚はその
既に貶められる名誉など存在しない。
それがナンパ野郎であった。
「……そうか。そういえば良介。鈴木一佐が言っていたな」
「な、なにが?」
「女を知らぬ童貞、とな」
「かっこいい顔と口調と声で、しょうもない事を言うんじゃない」
やはりあの男、良介の不名誉をバラしていたか。
しかしこれは良介自身が蒔いた種でもある。
なにせ、ナンパがライフワークと公言するような不逞な輩が英雄扱いなのだ。
周囲にいる人間としては、『こいつこう言ってるけど、実際に大それた真似する度胸ありませんよ』と、アピールしなくてはならないのだから。
───うるせぇやいっ。
反論の体すら成していない鳴き声を聞いたところで、現状に戻ろう。
「ちょうどいいじゃないか。遊郭の遊女は皆手練れだ。
優しく筆おろししてくれるぞ」
「なっ、なんかその言い方嫌だ!」
と、抵抗むなしく。
歳三は良介の腕を掴んで歩き出した。
「ま、待てっ! 腕を掴むなっ!」
なぜこれほどまでに、風俗の供を探そうとするのか。
連れションの供を探すのとはわけが違うというのに。
この異世界が葦原という国。
たばこのスパスパ加減が5、60年代と良介は以前考えたが、性風俗関係も相応のレベルではないか。
強引に振りほどくべきか、それともなんとか言葉で説得するべきか。
対応に苦慮していると、基地の隅に見覚えのある人影を見つけた。
彼は歳三と共通の知り合いなので、ふたりは揃って足を止めることが出来た。
基地のフェンス沿いにある道をひたすら、一本の脚と一本の義足で駆ける男。
鈴木哲也、良介の上司であり───義足の戦闘機乗りであった。
彼の様子は遠目から見ても尋常ではなく、衣服に染みついた汗の染みがどれほど運動を続けてきたのかという証明であった。
「おいおい、さすがにこれは止めなきゃダメだろ」
「待て、良介」
無理矢理振りほどこうとする良介の手を、歳三がしつこく粘った。
「なんだよ。止めないと死ぬぞ?」
「……あの男は、悔いているんだ」
「な、なにを?」
説明くらいは聞いてやろう。
その腹積もりで、良介は抵抗と足を止めた。
「先の戦いで、お前と鈴木一佐は揃って上昇していたな」
「うん」
「あの時……鈴木一佐は自分が何も出来なかったことを、深く悔いていたんだ」
振遠隊から逃げるとき、新選組が追跡する敵を振り切るためにミサイルを撃った。
それに当たらないために急上昇したところを、単独行動していた振遠隊の機体───恐らく、元神機隊の人間だったか。
急上昇して機動するための速度を失ったところを狙われた。
あの時は竜司の助けがあって命拾いしたが、同時にこれは哲也の危機でもあったのだ。
どういうわけか、件の敵は良介以外眼中になかったのが幸いしたが。
「何も出来なかったって、あの状況はどうしようもないだろう?
俺だって、何も出来なかったんだから」
「気づいたか? あの後、鈴木一佐は一言も口を開かなかった」
記憶を巡らせる。
すると、確かに。
あの後に彼の声を聞いたのは、振遠隊を振り切ったと確信できた時だけだった。
それまでずっと、口を開かなかった。
戦闘機でハイGターンを経験していれば、その理由は明白だった。
「……入院生活で、体力が衰えたのか」
ずっと自力で歩くこともままならない生活をしていた影響で、加齢による体力低下が一気に加速。
高負荷の環境に耐えられず、会話も出来ないほどに困憊していたのだ。
確かに哲也は航空自衛隊の戦闘機乗りの中でも最高齢と言っていいベテランだ。
しかし良介の知る限り、あの程度で口も利けなくなるような年寄りではなかったはず。
「少なくとも、奴はそう言っていた」
肩で息をしていた哲也は、再び走り出した。
傍らには、新選組の───なんとかというパイロットもいた。
「案ずるな。暇をしていた銀之助をそばにつけた。何かあれば対処できる」
「……俺も一緒にやった方がいいのかな?」
「やめておけ」
珍しく良介が良心を見せると、歳三はそれを止めた。
「どうして?」
「こっ恥ずかしいんだよ。奴は」
別に、努力を重ねる姿は恥ずかしいものでもあるまいに。
とはいえ、男にはどうしても意地を張りたくなる瞬間というものは、確かに存在する。
良介にすら、そういった瞬間はあるのだ。
ならばその気持ちを、汲んでやるべきなのだろう。
「というわけで、良介。お前は俺と遊郭へ行くんだ」
「えっ、それ続いてたの?」
「当たり前だ、行くぞ」
再び、良介の腕をつかんだまま歳三は歩き出した。
「まっ、待ってくれぇっ。お、俺はそういうのはあっ……!」
どうやら歳三の決意は謎に固いらしい。
そのまま良介は駐車場まで連れていかれ、車の助手席に放り込まれてしまった。