蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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56 声東撃西作戦「When the cat's away」

央暦1969年8月3日

夷俘島 斗米中町(なかまち)

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

「あっ」

 

 などと言っている間に、良介は遊郭の2階。

 引付座敷(ひきつけざしき)に案内されてしまっていた。

 

 幕府が首都武揚から夷俘島に居を移して以来。

 遊郭のような中央政府、つまり幕府公認の風俗店も夷俘島各地に現れた。

 

 新造された場所はなく、全てが元岡場所(おかばしょ)───違法風俗店であった。

 違法とはいえ、藩や幕府がそのような人や金の動くシノギの気配を掴めないはずもなく。

 

 法律上は違法ではあったが、幕府・藩共にその実態を把握し、従業員である飯盛女の人数を管理していた。

 と、良介の読んだ書籍には書かれていた。

 

 なるほど。

 違法店舗の実態を把握しているのなら、従業員や不動産のような資産強奪も容易というわけだ。

 

 当然ながら、ロクでもない話である。

 この権力が必ずしも犯罪者にのみ向けられるとは限らないのだから。

 

「志村さん。お酒、もう飲みませんの?」

 

 そう言ってくれたのは、この座敷に通されて以来、ずっと良介の傍らにいてくれる遊女だった。

 非常に可愛らしい少女で、もし良介が街で見掛けたら迷わずナンパを実行していただろう。

 しかし───

 

───なんか、違うんだよなぁ。

 

 良介はナンパ野郎である。

 これは自他ともに認める事実だが、同時に面倒臭い性質もあった。

 

 相手側が何らかの意図を持って迫っていると感じると、萎えるのだ。

 遊郭という存在が持つ搾取の歴史を知ってしまっている以上、その背景も頭から離れない。

 

───経験豊富(・・・・)だから嫌とか、そういうのが理由じゃないんだけどなぁ……

 

 日本には日本の、葦原には葦原の。

 それぞれに歴史があり、文化がある。それを否定する意図はない。

 だとしても割り切れず、楽しめる気がしなかった。

 

 というわけで。

 良介は持ち前のナンパスキルを活かそうと思えず、テンションは少し低めとなっていた。

 

「いや、あんまりお酒は得意じゃなくってさ」

 

「良介」

 

 遠回しに乗り気でないことを彼女に告げると、対面に座る歳三が口を開いた。

 彼の傍らにいるのは芸妓(げいこ)、つまり芸で楽しませるタイプの遊女である君菊(きみぎく)という。

 

 このふたりは遊女と客以上の関係に見えた。

 実際、ふたりはこの宴の中で片時も離れようとはせず、他の遊女も水を差さなかった。

 歳三はこの店の馴染みと言っていたが、その理由が垣間見えた。

 

 これもまた、居づらさのひとつであった。

 

「飲んでおけ。俺たちはいつ死んでもおかしくない身の上。

楽しめる時に、楽しんだ方がいい」

 

 あれほど重い話を聞かせておいて、なぜ遊郭なのかと疑問を持っていたが。

 良介はようやく合点が入った。

 

 しかし、残念ながらこの好意を無下にするしかなかった。

 

「……歳三。悪いんだけどさ」

 

「なんだ?」

 

「トイレ」

 

「厠なら、お座敷を出て左ですよ。禿(かむろ)に案内させましょうか?」

 

「いいよ、ひとりで平気だからさ」

 

 宴席を横切るように、良介は座敷を歩く。

 歳三と君菊の横を過ぎ去る瞬間、彼は小さく呟いた。

 

「……やはりお前は、葦原(こっち)に留まる存在ではないか」

 

「ああ。悪いね」

 

 座敷の襖を開き、2階広間へ。

 並んだ襖の向こうは時に騒がしく、時に静けさを保っている。

 

 客のプライバシーを探るほど、良介はジャーナリズムを持ってはいない。

 しかし───ナンパ野郎魂は刺激されてしまった。

 

「あれれ? ねえ、君。前に会ったよね」

 

「……えっ? あ、あなたは神兵の……チェイスさん?」

 

 突如この男は、典型的なナンパの文句を口にした。

 座敷の襖の前で正座する女性。

 

 良介が世界で初めて海の下(・・・)を飛行した作戦。

 酉作戦───松屋隧道を飛行する原因となった、五稜郭での作戦会議の時。

 

 良介の死を願っていた幕府陸軍の面々の中でも、上層部の判断に疑問を持っていた様子のあった、ナレーターのおねーさんであった。

 

「それは空の名前(TACネーム)。俺は志村良介。遠慮なく、良介って呼んでくれていいよ」

 

 せっかく広まっていない彰義隊隊長チェイスと志村良介をイコールで結びつけに行くんじゃない。

 本当にお前は、いつ暗殺されてもおかしくない身の上なのだぞ。

 

「りょ、良介……くん?」

 

「もちろん、くん付けでもオッケー」

 

「じゃあ、良介くん。私は松本(まつもと)家の柳北(りゅうほく)。幕府陸軍の騎兵頭やってます」

 

 柳北さんは正座をしたまま、丁寧に礼をした。

 頭と付く階級は自衛隊に換算すると確か───一佐に値するはずだ。

 

「げげっ! 上官ッ!」

 

「そうだけど、気にしなくていいよ。今は非番だし……

それに、良介くんには陸軍として、負い目があるから」

 

 と、当人は言うが、慎重に対応しなくてはならない。

 何せ相手は個人としては反対していても、お前の死を願っている組織の人間だ。

 それに加えて上官。

 

 既に将官どころか、大臣クラスの人間にタメで話すお前に言っても栓なきことかもしれないが。

 だとしても言わせてもらおう。

 

 言葉は、慎重に、選べ。

 ナンパはするな、妥当に会話を終わらせろ。

 いいな?

 

「騎兵頭……? 幕府軍って、まだ騎兵あったんだ」

 

「違う違う。確かに元は騎兵を運用してたんだけど、

今は戦車を運用する部隊なの。一応、儀礼用に馬を飼ってはいるんだけどね」

 

 言ったそばから!

 タメで世間話をするんじゃないっ! 何様のつもりだっ⁉︎

 

───俺様だ。

 

 黙れ。

 

「戦車部隊か……でも、戦車部隊がどうして斗米に?

陸軍の主力はもっと南の方にいるんだろ?」

 

「あれ、知らなかった? 陸軍の演習場が斗米の東にあるの」

 

 斗米の東となると、そこは農耕どころか居住困難な地域が多くなる場所だ。

 

 果ての海から流れて来る雲は、上陸する可能性はあまり高くない。

 しかし果ての海に近い夷俘島東部ともなると、話は変わってくる。

 

 最東端は常に台風並みの嵐で荒れ狂い、植物すらまともに生えない荒野となっているという。

 もちろんこの嵐の中で、人が住む家など到底建てられない。

 

 人の仕事がなく、住む場所もないともなれば。

 そこは軍の演習地としてはピッタリな場所だろう。

 そこで訓練をする兵士たちはたまったものではないだろうが。

 

「ところで良介くん、遊びに来てるのに私に構ってて大丈夫なの?」

 

「なにが?」

 

「なにがって、遊郭に来て客の付き添いをナンパする人間が

この世のどこにいるの?」

 

 それは至極当然な指摘であった。

 女の子と遊ぶための施設で、従業員でない女の子を口説くとは。

 もっとも、良介はその女の子遊びが苦手なのだが。

 

「ここにいるぜ……真面目な話、ここに来たのは友達付き合いでさ」

 

「それ、私も似たようなものかな。こっちは上官の付き合い」

 

「……女の子がいるのに、遊郭へ?」

 

「ま、男社会だからね……私みたいな姫武者は、(かえり)みる必要のない少数派なの」

 

 彼女のそばにある襖の先はあまり大きくない座敷で、静まり返っていた。

 恐らく、静かにふたつの魂が燃え上がっている事だろう。

 

「全く酷い話だ。女の子を放ったらかしにして、自分たちだけお楽しみなんて」

 

「ここだけの話、お相手しろなんて言われても嫌だけどさ」

 

「ははっ。違いない」

 

 良介はその場であぐらを描いて座り込んだ。

 もちろんトイレなど宴席を離れる方便なので、特に行く必要性はなかった。

 

「いいの? 良介くん、厠か何かじゃないの?」

 

「いいのいいの。素敵な人が退屈してる様子を見たら、全部引っ込んじゃった」

 

「勝手がいいんだから」

 

 同じ高さで視線を交わすと、近くの襖から宴席終わりの一団が姿を見せた。

 幕府陸軍の肋骨(ろっこつ)服を身に付けた、士官の集まりだ。

 

 この士官のひとりが、良介と柳北を見つけた。

 

「ま、松本さん? そっ、その男は……?」

 

「この人は……」

 

 柳北の言葉を制して、良介は口を開いた。

 

「ああ、陸軍の人? どーも。俺は彰義隊隊長、チェイス。よろしく」

 

「彰義隊隊長、空軍の神兵……!」

 

「夷俘の魔物……!」

 

 噂によると、市井(しせい)で一般的な彰義隊隊長チェイスの異名は『幕府軍の八咫烏』らしい。

 しかし余所者が、ましてや別組織の人間が自分たちの代表ヅラをしているのが気に入らないのだろう。

 

 彼らが聞いたことのない異名を口にしていたのは、そういった反発心からだろう。

 

 さて、ここからどうなるか。

 罵倒か? それとも喧嘩か?

 

 固唾を飲んで良介が陸軍連中の動向を窺っていると───

 ひとり、前に踏み出した士官がいた。

 

「彰義隊隊長、チェイス……八咫烏殿ですか?」

 

「そうとも呼ばれてるらしいけど。なに?」

 

「じっ、自分は陸軍歩兵頭の宗像(むなかた)という者」

 

「……ごめん、知り合いだったっけ?」

 

「自分は違います。ですが、弟が航空隊に……先湊攻略に参加しておりました」

 

 その件はハッキリと記憶にある。

 先湊───葦原本州への逆侵攻の際のことだ。

 幕府陸軍は全体から見れば些細な数の歩兵と、対地レーダーを搭載した偵察機を参加させていた。

 

 あの戦闘の終盤、政府海軍の戦艦『播磨』が魔導兵器『三式弾』を投射。

 先湊は広域に渡って破壊されてしまった。

 

 確か、あの三式弾攻撃によって偵察機が1機撃墜されていたはずだ。

 

「……弟さんは、撃墜された機体に?」

 

「いえ、生き延びた方ですっ。あなたの導きによって、助かった方ですっ」

 

「それはよかった」

 

 心の奥底から出て来た言葉を、良介はそのまま口にした。

 三式弾の破壊力を当時、チェイスはろくに知らなかった。

 

 ゲームの知識で地面に潜る(ほど、谷は小さくなかったが)という咄嗟の判断を下していた。

 しかしもし、一歩間違えていれば。

 

 例えば、政府軍が索敵・効果を確認する観測射撃をしていたら。

 頭上で炸裂し、間違いなく一網打尽にされていただろう。

 

「いや、ごめん。仲間が死んでるんだ、よかったはないよな」

 

「いえ。誰もが、何の行動も出来なかったあの時。

判断を下したのはあなただけでした」

 

「あんなの、分の悪い賭けだよ」

 

「ならあなたは、賭けに勝ち救ったのです。弟、それとその仲間もっ」

 

 歩み寄ってきた宗像歩兵頭は良介の前で跪くと、両手を取って無理矢理握手を交わした。

 

「ありがとうっ……ありがとうっ……」

 

 表情をぐちゃぐちゃにしながら涙を流すその姿に、嘘偽りは感じられなかった。

 

 さて、どうしたものかと良介、そして恐らく周囲が対応に苦慮していると。

 宗像は続けて口を開いた。

 

「私は……この立場で申し上げてはいけないのですが……

陸軍の人間として、あなたを捨て駒の如く扱おうとしたのが、

あまりにも情けなくて……」

 

 その言葉は、良介にとって喜ばしいものだ。

 しかし同時に、あまりにも危険過ぎた。

 

「宗像さん。その辺に……」

 

「何の騒ぎか」

 

 彼を諌めようと良介が口を開いた直後だった。

 

 良介と柳北の背後の襖が開いた。

 そこにいたのは、ズボンだけ身に付けた老人。

 

 しかし、その顔は良介の記憶にハッキリ刻まれていた。

 

「これはこれは、陸軍総裁閣下」

 

 あの時、公然と良介の死を願い。

 そして哲也の命を奪うと脅迫してみせた男だ。

 

「……お主、件の神兵か」

 

 明確に良介を認識すると、跪く宗像に続き、隣に座る柳北を見た。

 

「主らは、何をしとる」

 

「私は……」

 

「ねえ! 男として、素敵な女性がいたら声を掛けるのが義務だ……

そう思わない?」

 

 あれほど尊大で傲慢な男だ。

 彼女が嫌っている人間と話していたと認識すれば。

 

 部下を処刑するほど無茶苦茶とは思わないが、キャリアに障るくらいの行動はすると確信出来た。

 だからこそ軽い男が気安く、しつこく口説いた。

 自分から声を掛けたのは事実だからこそ、柳北を守るためにそういう構図を作る必要があった。

 

「ふん、軟弱者め。して、主は何故その軟弱者に跪く?」

 

「じっ、自分はっ……弟を救われた旨の感謝を伝えたくっ……」

 

 これは事実100%。

 流石にこれを否定的に捉える事はないと思いたかったが、良介は念の為付け加えた。

 

「総裁閣下、そんなに怖い顔しないでよ。

俺の事が気に入らないのは知ってるけどさ……

伝えるべき感謝はちゃんと伝えるのは、武士として正しいことだって、

余所者なりに思うぜ?」

 

 武士道という、彼らが共有する価値観を立てる。

 それに、良介が散々彼を陸軍総裁と言葉にしている。

 

 襖の隙間から様子を伺っている他の客や遊女、階段から成り行きを見守っている楼主(オーナー)

 様々な人間が、陸軍総裁の動向を見守っているのだ。

 

 下手な行動は出来ないはず。

 少なくとも、今この場面では。

 

「……ふん。せめて、襖から離れて騒げ」

 

 それだけ告げた総裁は、襖の向こうへと戻っていった。

 

 ひとまずは、この場はしのげた。

 場に取り戻された沈黙が、そう確信させた。

 

「……続きは、そっちの部屋でする?」

 

 柳北をはじめとした陸軍の面々は、そっと頷いた。

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